フランス fnac 社のケース

Japan Marketing Academy
マーケティング・エクセレンスを求めて
フランス fnac 社のケース
シリーズ
●
第88回
〔fnac〕
伊藤 宗彦
●神戸大学 経済経営研究所 教授
マーケティングジャーナル Vol.30 No.4(2011)
http://www.j-mac.or.jp
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フランス fnac 社のケース
パソコン,テレビ,携帯電話,デジタル・
社に焦点をあて,どのように国際間にまたが
カメラといったデジタル機器は,世界中で普
るサプライ・チェーン が構築されたのかを描
及・流通している。その流通量は膨大であり,
く。
市場の関心も非常に高い。デジタル機器製品
は非常に製品ライフサイクルが短く,その多
①
くは半年ごとに新製品が市場化されていく。
fnac 社の創設と発展の経緯
製品需要という側面からみると,新製品の需
要は発売後,2 ∼ 3 ケ月でピークに達し,そ
fnac 社(以後,fnac)は,1954 年にフラン
の後,次の新製品が発売されるまで売り上げ
スのパリで,社会主義運動に加わっていた
が逓減していくというパターンが続く。デジ
André Essel(アンドレ・エッセル)と Max
タル機器を店頭に並べる流通業者の店舗では,
Théret(マックス・テレ)の両名によって設
需要ピーク時の販売予測を立て,予めメーカ
立された。創設当時より,労働者向けに多様
ーに大量発注する必要がある。というのは,
な製品を提供する会員制ディスカウント販売
デジタル機器は半導体を始めとして,部品数
店であり,創業の年の 7 月 31 日に,パリ市内
が非常に多い製品であり,生産には時間を要
セバストポール通りの 2 階建てアパートの一
するためである。しかしながら,発注量が少
室を借り,第 1 号店をオープンした。それ以
なすぎれば販売機会を失い,多過ぎれば在庫
来,顧客満足 100%の経営理念のもと,長年
を抱えるという問題も生じる(田村,1989:
にわたり,フランスにおける文化センター的
矢作・小川・吉田,1993: 高嶋,1994)。デジ
な役割を果たしてきた。fnac は,Fédération
タル機器は,ヒット製品は一気に販売拡大に
nationale d'achats pour cadres(英語:
つながるため欠品は絶対に避けたい一方で,
National
次機種が発売されると,旧機種はほとんど売
Managers)という会社名に由来している。創
れなくなるため,流通業者にとって在庫は持
業当時より,“Contact”という雑誌を刊行し,
ちたくないという二律相反の問題が他産業と
一般的な小売価格より 15%程度値引きした製
比べても顕著である。しかも,デジタル機器
品の情報を発信してきた。この雑誌が一貫し
は,完全にグローバル製品であり,世界中の
ているのは,消費者に買ってはならない製品
あらゆる国に流通しているため,国際間にま
を知らせるという点である。当時より,自社
たがるサプライ・チェーンの構築は生産者,
で製品の実用テストを行い,その結果を,
流通業者,双方にとって重要な課題となって
Contact 誌を通じて消費者に知らせていた。
いる。
このように,創業当時より,当時あった同業
Purchasing
Federation
for
本ケースでは,デジタル・カメラの普及率
の販売店と比べても,多様な文化や技術を消
が世界でもトップの,フランスにおける最大
費者に気づかせるという特徴あるサービスを
のデジタル機器流通企業,fnac 社とその主要
行ってきたのである。その基本方針は,まず
サプライヤの一つである日本のパナソニック
販売店員の徹底した教育,製品の 1 年間保証,
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そして自社のテスト・ラボで評価した製品の
売上は 22 億フランとなった。1981 年,最初
品質を,実用面からコスト・パフォーマンス
の海外店をベルギーのブリュッセルに開店し,
として顧客に知らせることであった。こうし
その後,ベルギーでは 3 店舗まで増えている。
た方針は,現在も継承されている。Contact
1983 年,創業者のアンドレ・エッセルは引退
誌は,現在も fnac の会員向け雑誌として刊行
し,社長は Roger Kerinec(ロジャー・ケリ
され続けているのである。こうして創業され
ネック)に引き継がれた。1988 年には,当時
た fnac は,1957 年には,テレビ,録音機器,
出始めたハイパーストアに対抗するため,初
ラジオ,レコード,カメラのディスカウント
の大型店舗をパリ市内に 3 店舗オープンした。
販売により,5 千万フランを売り上げるよう
1991 年には,初めてドイツのベルリンに進
になった。
出したが,上手くいかず,数ヶ月で撤退した。
創業より,自社で製品評価を行い,消費者
1993 年には,スペイン進出を果たし,マドリ
が買ってはならない製品をブラックリストと
ッドに 1 号店をオープンし,その後,16 店舗
して会員に伝え,さらに良い製品をディスカ
まで店舗が増えている。1994 年には,フラン
ウントして販売することにより,消費者の支
スの大手企業の Pinault-Printemps-Redoute
持を得てきた fnac は,1966 年,会員以外も購
(PPR グループ)の出資を受け,
入できる 2 号店をパリ市内,凱旋門に近いワ
Pinault(フランシス・アンリ・ピノウ)
グラム通りにオープンした。このとき,従業
が社長となった。1995 年には,フランスでは
員は 580 名となっていた。1970 年台に入ると,
45 店舗まで増え,1999 年にはヨーロッパ以外
本の販売等,業容を拡大し,市内だけではな
では初めて,ブラジルへの進出を果たした。
く,パリ郊外にも出店するようになった。売
現在,国内外合わせた店舗数は 245,売上は
上は 7 億フランにまで達し,レコードの販売
45 億ユーロとなっている。
では,フランスの 4%のシェアを持つように
なった。
②
fnac の現在の会社概要
1974 年,fnac は,当時,行われていなかっ
た本の値引き販売を始めた。最大 20%もの値
fnac は,フランスの PPR グループに属して
引きを行ったため,1982 年,フランス政府は,
おり,Gucci(グッチ),Puma(プーマ)と
「‘anti-fnac’law(反 fnac 法)」と呼ばれる再
販防止価格法を制定するに至った。その結果,
いった世界的なブランド企業と兄弟会社に位
本は,5%までしか値引き販売が出来なくなっ
置付けられる。図− 1 に示すとおり,2007 年
た。こうした消費者向けの思い切った経営ス
度のグループ全体の売上は 198 億ユーロ,利
タイルは消費者に受け入れられ,fnac の売上
益は 17.5 億ユーロであり,グループの中で
は伸びていった。1977 年には,12 店舗まで拡
も最も大きな売上げである。利益は,Gucci
大している。
が最も大きい。
次に,fnac 社の業容について見てみよう。
1980 年代に入ると,従業員数は 2,700 名,
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■図―― 1
PPR グループ内の業容(売り上げ・利益)
Puma
8.6%
CFAO
Fnac
Puma
Fnacc
13.5%
23.2%
12.8%
CFAO
11.4%
13.2%
1.746
197.59
16.8%
9.6%
19.6%
Conforama
41.7%
Conforama
Gucci
Gucci
10.6%
19.0%
Redcats
Redcats
■図―― 2
Fnac 社の業容(売り上げ内容・国別売り上げ)
3.1% ブラジル
3.1% イタリ
2.9% その他・サービ
2.7% カメ
2.5% スイス
テレビ
オーディオ/ビデ
6.6%
ポルトガ
5.9%
4.5%
写真
PC
スペイン
37.8%
9.8%
4,584million
ベルギー
9.9%
4.1%
4,584 million
17.6%
音楽CD
71.4 %
18.0%
フランス
書籍
図− 2 に,製品別売り上げ(2007 年度の売り
約 6,000 万人,GDP は世界第 5 位の 1 兆 6865
上げは 45 億 8400 万ユーロ)と国別の売り上
億ユーロである。フランスのデジタル家電の
げが示されている。製品別には,パソコンと
市場規模は,54 億 4500 万ユーロとヨーロッ
書籍で売り上げの半分以上を占めている。ま
パで 3 番目の規模がある。しかし,フランス
たフランス国内での売り上げが 7 割以上であ
政府が,自国産業保護のために VTR ・
ることが分かる。2007 年度の経常利益は 1 臆
FAX ・電話等の輸入規制を行い,大手量販
9900 万ユーロ,従業員数は 19,366 名である。
店・ハイパーストアの寡占化が進むなど,デ
ジタル家電メーカーにとっては参入難易度の
高い市場なのである。このような市場環境下
③
フランスのデジタル・カメラ市況
において,フランスのデジタル・カメラ市場
は,2003 年以降,急激に需要が増大している。
フランスは,面積が日本の 1.4 倍,人口は
2007 年,フランスにおけるデジタル・カメラ
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の普及率は 57%,販売台数実績は約 500 万台
では,銀塩カメラとデジタル・カメラを併売
で対前年比 108%と推移した(GFK 調べ)。主
していた光学機器メーカーが中心となって市
力製品の価格帯は 200 ユーロ以下で全体の約
場を開拓しており,大きな市場シェアを得て
60%を占めており,年々,この価格帯が伸び
いた。2003 年以降,世帯普及率が 10%を超え,
ている。 図− 3 には,こうしたフランスのデ
エレクトロニクス・メーカーが台頭し始める
ジタル・カメラの市場シェアと販売チャネル
と,家電量販店やハイパーストアがチャネル
シェアを示している。
の主役となっていった。
本ケースでは,fnac が日本企業と共に構築
fnac は,創業の 1954 年以来,顧客満足
したサプライ・チェーン・マネジメントにつ
100%の経営理念のもと,長年にわたり,フラ
いて記述する。 図− 3 左図に示すように,パ
ンスにおける文化センター的な役割を果たし
ナソニック(図中,Panasonic,当時は松下電
ている。経営理念である顧客満足 100%を達
器産業株式会社という名称であったが,本ケ
成するために,店頭販売員の質の高いアドバ
ースではパナソニックに統一する)は,2004
イスを通じ,革新的なハード技術の紹介・普
年にフランス市場に再参入した時には 1 %と
及を促進していくことを基本的な営業方針と
いう非常に低い市場シェアだったのが,4 年
しているのである。fnac は,デジタル家電と
後には約 18 %というトップ・シェアを獲得す
いうハイテク商品販売に圧倒的強みを持って
るまでに飛躍した要因に着目したい。
いるが,それを可能にする要因として,消費
図− 3 右図からも明らかなように,フラン
者とのリレーションシップに基づいた以下の
ス市場では,家電量販店並びにハイパースト
4 つの施策が上げられる。
アの売り上げが年々増加している。また,以
前のデジタル・カメラの導入期(2000-2002 年)
① 独自のラボを有し,そこでのテスト結果を
■図―― 3
フランスのデジタル・カメラの市場シェア推移と販売チャネルシェア
50
DSC 流通チャネルシェア(%)
DSC市場シェア(%)
20
15
10
5
0
Panasonic
社
Canon社
NIKON社
SONY社
Pentax
社
2005
2006
2007
30
年
量販店
ハイパーストア
写真量販店
電気店
小売店
20
10
0
Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4
2004
40
2003
2004
2005
2006
2007
年
注: GFK 社のデータ(2008 年)より作成
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1 − 4 つの星で評価し,13 の商品カテゴリ
戦を強いられて来た。日本では非常に強い販
ーについて評価リストを Dossier(以下:
売力を有しているパナソニックであるが,フ
ドシエ)と称する製品カタログとして年間
ランスの販売会社は 2004 年に 2 度目の債務超
2,000 万部,一般消費者に無償配布してい
過に陥り,本社主導の経営改革による経営陣
る。
の総入れ替えが行われた。そのとき,ソニー
② 店舗には,写真個展ギャラリーや映像・音
の副社長経験のある Laurent Abadie 氏を現
響鑑賞用オーディトリアム施設を有し,約
地社長として迎え入れた。取り扱い商品と流
15,000 回/年の文化的イベントを主催して
通を思い切って絞り込み,全ての販売投資を
いる。フランス市場でのショールーム的機
集中するという施策に出た。その際,絞り込
能を持ち,年間,全店で約 2 億人の店舗訪
んだ商品の一つが,デジタル・カメラであっ
問者数を得ている。
た。デジタル家電製品は,規模の論理が収益
③ 会員メンバー制度により,消費者との関係
構造に直結しているため,大量生産・大量販
性を強化している。会員メンバーになると,
売が基本命題になっており,プロダクト・ア
商品の割引購入(最低 5%)や,会員向け
ウト志向が強かった。加えて,薄型 TV やデ
情報誌が無償送付を受けることができる。
ジタル・カメラといった商品の成長段階では,
会員メンバー数は 180 万人(2008 年現在)
欠品を起こさない供給能力が成功の鍵を握る。
となっており,全社売り上げの約半分が会
フランスでのデジタル・カメラ市場は,2005
員メンバーへの販売となっている。
年には世帯普及率が 30 %を超え,市場は 460
④ 美しい店舗作りと店舗立地を最も重要なポ
万台,対前年比 115 %,対前々年比 184%とデ
イントとしている。ほとんどの店舗は,ア
ジタル家電の花形商品として,大きな成長の
クセスが便利な大都市の中心部に建てられ
ステージに立っていた。
ている。その店舗は,全て,整然とした展
こうした市場環境の中,2005 年当時,パナ
示方法が取られており,店内の柱にいたる
ソニックの営業は,流通バイヤーに対し,価
まで,しっかりとした意匠が施され,顧客
格面での条件を提示し大量の受注を狙うとい
が気持ち良く買い物ができるような環境が
うスポット発注型交渉を行っていた。また,
整えられている。
パナソニックの製品開発部門も,実際は,消
費者との接点は限定的であり,その対応は流
通企業に任せきりというのが実態であった。
④
パナソニック社のフランス市場での位置づけ
従って,年々ライフサイクルが短縮化し,製
品開発スピードが加速する中,顧客ニーズを
パナソニックは,1968 年 7 月にフランス市
十分に把握しきれず,売れる商品は欠品率が
場に進出した。フランス市場では,過去 VTR
恒常的に高く,売れない商品は在庫が恒常的
や電話といった家電商品の輸入規制や大手流
に溜まるという悪循環から抜け出せない状況
通やハイパーストアの存在の中で,長年,苦
にあった。fnac 側も,出来るだけ安く仕入れ
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るため,ある程度の在庫覚悟で,メーカー側
技術説明力を通じて,メーカーとともに新
に大きな販売台数をコミットするというやり
しい技術提案を推進出来る質的に高いレベ
方を踏襲していた。一方,フランスの消費者
ルであったこと。
は,欲しいものを買うために何週間も待つと
② デジタル・カメラでは,25 %というトッ
いうことはしないため,欲しい商品を,欲し
プ・シェアを獲得しており,デジタル家電
い時に提供しなければ顧客満足は有り得ない。
のハイテク商品販売に強みを持っており,
このように,市場変化のスピードが年々早く
量的な販売台数の確保が可能であったこと。
なり,先々の需要予測がますます難しくなっ
③ 180 万人の fnac 会員情報を通じて,消費者
ていたため,メーカーと流通がそれぞれ個別
の購買動向についての情報が入手可能だっ
の目標のもとに活動するという営業形態では,
たこと。
必要な時に,必要な商品を,必要なだけ消費
このようにして,fnac とパナソニックのト
者に届けると言う顧客満足を実践することが
ップ・マネジメント同士の合意から,『100 %
困難な状況であった。こうした問題を解決す
顧客満足』を実現するための共同プロジェク
るために,fnac とパナソニックの間でトップ
トがスタートした。
会談が行われ,営業,マーケティング,業務,
IT,ロジステイックという全ての職能が,共
⑤
サプライ・チェーンの構築
に一つの目標として,『100 %顧客満足』を共
有し,新たな需要を創造するための共同作業
fnac は家電製品の大手量販店として,日本
をするに至った。
を始め,韓国などさまざまな国のメーカーと
の間で,サプライ・チェーンを構築している。
当時,fnac がパナソニックをパートナーと
して選択した理由は,以下の 3 点であった。
その中でも,最も成功した事例の一つである
① 顧客満足を企業活動の目的に位置付ける価
パナソニックとのサプライ・チェーンの構築
の事例について,その過程を見てみたい。結
値観を共有できる企業であったこと。
② グローバル市場に比較優位のある製造・販
果として,2004 年から 2007 年にかけてのパ
売活動を推進しており,フランス以外の主
ナソニックとのサプライ・チェーン構築の取
要市場では,中核となる商品カテゴリーで
り組みがフランス市場でのデジタル・カメラ
トップ・シェアを確保していたこと。
のシェアをトップにまで押し上げ,欠品率 は
5 分の 1,販売数量は 4 倍に,在庫日数は 3 分
③ トップ・マネジメント同士の信頼関係が構
の 1 になった。パナソニックのデジタル・カ
築できること。
メラ販売が急伸した最大の要因であるサプラ
イ・チェーンが構築される過程を三段階に分
パナソニックが fnac をパートナーとして選
択した理由は,以下の 3 点であった。
け,各過程においてどのように進展していっ
① fnac カタログ(Dossier)と店頭販売員の
たかについて,その詳細を見ていこう。
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1.取り組み以前段階
115 %,前々年比 184%と,大きな成長段階に
フランスのデジタル・カメラ市場は,2003
入っていた。新規参入企業も増え,従来の光
年に 10%の世帯普及率を超え,需要が 250 万
学機器メーカーに加え,エレクトロニクス・
台と急激に拡大した。さらに,2004 年には,
メーカー,PC メーカーが,相次いで参入し
400 万台を超える市場となっていた。fnac で
ていた。fnac 店頭でも 10 ブランド以上,100
販売するパナソニック製品は,年 2 回,春と
機種を超える展示が行われていた。
秋の商談を通じ,製品評価結果,価格競争力,
fnac の購買体制は,購買商品アイテムと販
流通マージン等を総合的に判断した上で決定
売施策を決定するバイヤー,商品の仕入れ・
されている。fnac から消費者への販売(実需)
在庫と店舗間の配分を担当するコントローラ
と,パナソニックから fnac への販売(引渡し)
ー,店舗販売担当の営業部門という三部門体
という 2 種類の販売目標が並存し,その中で,
制であった。他の量販店はバイヤーに商品の
パナソニックは,価格面での条件を提示しな
在庫に関する権限を集中させていたが,fnac
がら月次,四半期ごとの販売台数を決めると
は分業システムを展開していた。権限を一任
いうプロダクト・アウト志向の販売を行って
する仕組みでは,バイヤーは日常の業務に追
いた。現行製品の販売が落ち込むことを恐れ
われ,本部と店舗が満足する形で商品を管理
て,次期導入商品の情報やその価格の開示は
することが困難になっていたからである。本
あまり行われなかった。
部と店舗を有機的につなぎ,各店舗での市場
発注のリードタイムは,fnac から見た場合,
への適切な対応を推進する意味で,コントロ
パナソニックから工場に発注し製品がドイツ
ーラーの果たす役割は大きかった。fnac の購
の配送センターの倉庫に納入されるまで船便
買部門は,コントローラーに対し,在庫を減
を使用して 28 日かかり,fnac からパナソニッ
らし販売を伸すという新しい仕組みを作るミ
クへの発注後,店舗納入までの 10 日を合わせ
ッションを与え,新たなプロジェクト・パー
ると,合計 38 日かかっていた。つまり,急激
トナーとなるメーカーを探すよう指示してい
な市場変化への対応は困難な状態であった。
た。つまり,それまではメーカーと販売を行
2004 年の,パナソニックのデジタル・カメラ
う fnac は,ある程度の在庫を共に保持しなが
市場占有率(台数ベース)は 1.0%,fnac のデ
ら量を売りさばいてきたが,市場変化のスピ
ジタル・カメラの欠品率は 10%,在庫日数は
ードが上がり,市場が拡大するにつれ,新た
54 日,パナソニックの欠品率,在庫日数もほ
なサプライ・チェーン・マネジメントの仕組
ぼ同等レベルであった。
みが必要となったのである。
こうした問題を解決するために,両社は,
2.第一段階(2005 年 5 月-2006 年 9 月):
営業,マーケティング,業務,IT,ロジステ
組織横断チーム誕生
イックという全ての機能が,顧客満足を
2005 年には世帯普及率が 30 %を超え,デ
100%にするという目標を共有し,新たな需要
ジタル・カメラ市場は 460 万台と対前年比
を創造していくための共同作業を推進するこ
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とに合意した。2005 年 5 月,組織横断プロジ
③ fnac から,EDI で前週の実需実績が送付さ
ェクトが始まった。まず,両社間で自動補充
れてから店舗配送まで 11 日を要しており,
のプロセス(自動発注システム: Automatic
週次で対応できるロジステイック・サイク
Availability)の標準化を行うことになったの
ルの構築が必要。
である。その仕組みは以下のようなものであ
ここでは,パナソニックへの発注から納入
った:
まで,2 ヶ月のリードタイムが存在する。つ
まり,配送センターを経由して商品を運ぶ仕
① 月曜日 10 時までに,fnac よりパナソニッ
組みでは,解決策が見出せなかった。パナソ
クに前週の機種別販売実績を EDI により
ニックの工場と fnac を直接結ぶ新しい自動補
送付するとともに 2 ヶ月の先行確定注文と
充システムの構築が必要と判断されたのであ
4 ヶ月の先行販売見通しを連絡する。
る。しかし,新たな取組は,両社の経営の枠
② 木曜日 10 時までに,パナソニックから
組みを大きく変える必要があり,半年間は達
fnac への補充提案を行う。
成できなかった。当時,パナソニックでは,
③ 同日 14 時までに,fnac からパナソニック
欧州販売会社の仕入れは,各市場から直接工
へ確定注文を連絡する。
場へ発注するのではなく,欧州統括会社が各
④ 火曜日にパナソニックから fnac の中央倉
国からの注文をまとめて工場に発注し,入荷
庫へ配送する。
後は優先順位をつけ,供給量を決めていた。
⑤ 水曜日に fnac の中央倉庫から各店舗へ配
両社は,過去の POS 情報をベースにした自動
送する。
補充システムだけでは先行販売の見通し判断
が不可能であり,モデルが半年ごとに入れ替
このように,fnac とパナソニックが取り組
わる市場変化の早いデジタル・カメラでは,
んだのは,月曜日から翌週水曜日に店舗配送
新旧モデルの切り替え時期には在庫は減って
という 11 日のリードタイムでの自動発注シス
も欠品率は減らないという課題を認識した。
テムであった。さらに,2005 年 6 月から 10
特に,顧客満足を経営理念としている fnac に
月にかけて,両社は次の課題に取り組んだ:。
とって,いくら在庫が削減され販売が上がっ
たとしても,店舗での商品購入を目的として
① 自動補充の仕組みは,2 ヶ月前の確定注文
訪問いただいた顧客に商品を供給できないと
を前提とする長いリードタイムとなってお
いうのは許されない。その結果,共通課題と
り,市場変化の激しいデジタル・カメラで
して販売見通しを指標とする自動補充プロセ
は,1 ヶ月の確定注文をベースに自動補充
スを工場と直結することにより,リードタイ
としなければならない。
ムを短縮することにした。
② fnac から 4 ヶ月先行販売見通しが提示され
こうした施策により,2006 年 6 月には,パ
た時点で,その可能性を明確化する必要性
ナソニックからの製品出荷リードタイムが 11
がある。
日から 5 日に削減された。その結果,2004,
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フランス fnac 社のケース
2005,2006 年度のデジタル・カメラの販売数
に上げていく CPFR の自動補充システムが
はそれぞれ,17,000 台,43,000 台, 125,000 台
2006 年 10 月からスタートした。当時,fnac
と飛躍的に伸びていった。
の欠品率は 10%前後であったが,こうした取
り組みによって新モデルの切り替え時期に関
3.第二段階
(2006 年 10 月-2007 年 9 月)
:
係なく,欠品率は 2%前後にまで改善された。
プロセス整備と組織間関係の形成
さらに,先行確定注文のリードタイムも, 2
2006 年は,デジタル・カメラの世帯普及率
ヶ月から 1 ヶ月に,4 ヶ月先の数量確保も可
が 50%に近づき,市場全体としては横ばいの
能になった。2006 年 10 月以降,パナソニッ
460 万台となったが,ハイ・ズーム,デジタ
クのデジタル・カメラは必要なときに必要な
ル一眼レフといった商品カテゴリーが大幅に
だけ供給されるため安心して販売できるとい
伸びた。2007 年には,500 万台の市場規模に
う信頼感が fnac 内に生まれ,店舗店員も消費
達した。市場が拡大するにつれ,各企業は価
者に対して積極的な販売活動が行われるよう
格下落という厳しい状況に直面していた。
になった。2006 年 12 月,さらに進んだサプ
2006 年 9 月,販売,在庫,欠品率,リードタ
ライ・チェーンの仕組みが立ち上がった。パ
イムを考慮したサプライ・チェーンの仕組み
ナソニックの販売計画と fnac の実需計画の相
を自動補充(AA : Automatic Availability)
違や販売見通しと実績の差異推移をリアルタ
から,販売数量予想値を加えたシステム
イムで確認できるようになったのである。パ
(CPFR : Collaboration Planning Forecasting
ナソニックは,過去の fnac 実需データ,2 年
and Replenishment)への変更を目指すこと
分の履歴を分析し,季節性などを加味して年
になった。その後,両社の情報交換も,パナ
間の週次ベースの変動率,トレンド性,広
ソニックからの製品仕様書の提示だけではな
告・販促・価格調整等による増販のパターン
く,具体的なサンプルを基に意見交換を行う
により,需要予測の精度を上げる仕組みが出
ように変更し,fnac からも,コンセプト的な
来上がったのである。
ものではなく他社動向を踏まえた製品の競争
このように,fnac とパナソニックは,2005
力評価や売れ筋モデル,画素数,LCD 画面の
年から 2007 年にかけて,双方の情報を共有す
大きさなど,製品トレンドについても開示さ
ることができるようになった。こうして構築
れるようになった。情報共有を通じて,年間
さ れ た サ プ ラ イ ・ チ ェ ー ン の 仕 組 み の 結 果,
の販売ターゲット,週次季節係数,プロモー
広角,ハイ・ズーム,手振れ防止機能を搭載
ション案を具体化するようになったのである。
した 2007 年,春モデルが発売後 4 ヶ月間,フ
こうした紆余曲折を経て構築されたサプラ
ランス市場でトップ・シェアとなった。パナ
イ・チェーンの仕組みにより,fnac とパナソ
ソニックとしては初めてのことであった。
ニックの間で合意した販売ターゲットをベー
2007 年度の fnac への販売台数は,20 万台を
スに,日本の工場と自動補充システムを直結
越えるようになっていた。
し,fnac への供給優先権を世界トップレベル
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⑥
た星の数で評価される。こうした評価は,納
製品評価の仕組みと顧客への開示
入企業よりプロトタイプの提供を受け,評価
される。発売前に製品評価を行うために,製
fnac とパナソニックは,国際間にまたがる
品の売れ行きに大きな影響を与えている。
自動発注システムの限界を感じ,実需創造の
この評価システムが市場に与える影響を確
ための新たな仕組みを構築した。1 台売れれ
認してみよう。 図− 4 は,2004 年下期より
ば 1 台作って追加するという,自動発注の仕
2008 年上期の期間内に,日本企業 5 社,韓国
組みでは製品ライフサイクルが短く,しかも,
企業 1 社の合計 6 社が星を獲得した製品数の
価格変動の激しいデジタル・カメラでは上手
推移と,その期の市場シェアが示されている
く機能しないことを両社は感じていた。そこ
(伊藤・永島,2009)。市場シェアは,GFK 社
で,両社が考えたのは,予測を入れたサプラ
のフランス市場調査結果より,企業別の星の
イ・チェーンの仕組みであった。パナソニッ
数の製品数は各年の Dossier より抽出した。
クは,サプライ・チェーンの予測確率を上げ
図より,パナソニックとキヤノン(図中,
る必要性があり,そのためには,実需を発起
Canon)が 4 つ星の製品を多く獲得している
するための更なる仕組みが必要と強く感じて
ことが分かる。こうした星の数は,製品の販売
いたのである。そこで再認識されたのが,
実績とどのような因果関係があるのであろう
fnac が持つ製品評価とその結果を公表する
か。図より明らかなことは,fnac から高い評
Dossier の仕組みであった。本章では,fnac
価を受けることにより,製品認知度が高まり,
が発売前に行う製品評価とその評価結果を消
実需が発起されることである。その結果,高
費者に開示する仕組みが市場シェアに大きな
い評価を受けた製品の市場シェアが上ってい
影響を与えることを説明する。次に,高い市
る。
場シェアを獲得することが発注数量の予想確
2003 年のフランス市場への参入時から 2005
率の向上につながり,欠品・在庫率の改善に
年までは,パナソニックは fnac の注文以前に
つながることを示す。
見込みで生産を決め,ドイツにある配送セン
ターでヨーロッパ市場への在庫管理を行って
1.製品評価システムと市場シェア
いた。一方,デジタル・カメラ市場は成長期
fnac は,1950 年代の会社創業以来,自社で
にあり,市場拡大とともに機種数,数量,市
販売する製品の評価を行い,その結果を
場投入タイミングの予想が重要な案件になっ
Dossier という冊子を発刊し消費者に公開し
てきた。旧製品から新製品への切り替えは,
ている。評価対象となる製品数は,年間,
製品開発と生産の間で一義的に決められる問
1,500 にも及ぶ。この Dossier は年に 2 回,そ
題である。しかし,fnac とのサプライ・チェ
れぞれ 2,000 万部,発行される。製品評価は,
ーンが構築され,こうした意思決定にも fnac
消費者の視点に基づいた実用的な項目が設定
の意見は大きな影響を与えるようになった。
されており,最終的に 4 つ星を最高得点にし
具体的には,fnac の製品評価結果が製品開発
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フランス fnac 社のケース
■図―― 4
fnac の評価と市場シェア
項
企業名
目
期
2004
下期
2005
Panasonic
評価結果(獲得した星の数)
と市場シェア
年
2006
(日本)
2007
1
2
3
下期
5.55 %
上期
下期
9.90 %
上期
14.87 %
下期
上期
2004
下期
14.70 %
16.33 %
17.10 %
16.84 %
上期
Canon
2006
(日本)
下期
15.53 %
上期
上期
2004
下期
13.97 %
2006
(日本)
下期
11.84 %
上期
12.15 %
下期
11.86 %
上期
9.88 %
下期
10.48 %
上期
2007
下期
2008
上期
2004
下期
2005
SONY
15.57 %
16.28 %
上期
2008
2005
Nikon
下期
12.23 %
11.17 %
11.12 %
2007
9.43 %
11.65 %
15.43 %
14.48 %
上期
下期
12.54 %
上期
2006
(日本)
11.42 %
下期
13.19 %
上期
2007
12.62 %
下期
2008
上期
2004
下期
13.08 %
12.38 %
4.05 %
上期
2005
PENTAX
2006
(日本)
2007
3つ星
7.79 %
上期
2つ星
9.90 %
下期
下期
4つ星
8.53 %
下期
2004
(韓国)
7.61 %
上期
上期
2006
5.24 %
下期
2008
2005
SAMSUNG
5
1.83 %
2.78 %
上期
2008
2005
4
0.96 %
1つ星
8.67 %
9.60 %
1.16 %
上期
下期
2.27 %
3.41 %
上期
下期
5.38 %
7.64 %
上期
2007
2008
3.15 %
下期
10.78 %
10.23 %
上期
の質を高め,売れる製品が市場投入される確
させた新製品は,市場投入前後の需要の推定
率が上がることにより,パナソニックの生産
確率が上がり,欠品,在庫の問題が解消され
現場での在庫が削減された可能性が考えられ
るのではないかと考えることができるのであ
る。このように,精度が高い市場情報を反映
る。
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fnac は,流通企業として 2 つの特徴あ
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る仕組みを有している。まず,販売する製品
ソニックのデジタル・カメラが fnac の評価に
を自社独自の視点で評価し消費者に独自のカ
よって獲得した 4 つ星と 3 つ星製品の機種数
タログ(Dossier)を作成・公開し,さらに,
の推移と,パナソニック内の在庫日数,欠品
自社の会員に対して優良製品を特別な価格で
率,製品リードタイム,市場シェアを対比さ
提供する仕組みである。パナソニックは,フ
せたものである。パナソニックの製品の 4 つ
ランス市場に参入した 2003 年当初は,製品開
星獲得数は,2005 年からの 3 年間で 6,9,12
発プロセスとして自社内部で評価した売れ筋
機種へと増加するとともに,市場シェアは大
製品を導入していたが,それは,フランス市
きく増加している。さらに,在庫日数,欠品
場独自の顧客要求を正確に把握する手段がな
率,製品リードタイムといった生産に関わる
かったためである。そこで,fnac の持つ評価
指標も大きな改善が進んでいることが分かる。
システムへの同期が極めて有効であると考え,
つまり,マーケティング,製品開発,生産を
2005 年より,fnac の評価の中では最高ランク
同期化させることによりパナソニックと fnac
である 4 つ星を獲得することを製品開発の重
が構築するサプライ・チェーンの精度が高め
要課題とした。そのためにパナソニック製品
られた結果,市場シェアの拡大につながった
開発エンジニアの fnac 担当者とのミーティン
と考えることができる。
fnac のマーケティングとパナソニックの生
グ回数の増加,fnac のさまざまな部門のマネ
ージャーを日本の製品開発・生産現場に招き,
産は,製品開発革新を通じて同期化されたこ
試作段階の製品に対する意見交換の機会を積
とを示した。それ以外にも,市場情報を通じ
極的に増やすことにより,パナソニック,
て,fnac のマーケティングはパナソニックの
fnac ともに,製品開発段階において顧客満足
生産と直接,同期化されている。 表 − 2 は,
度を向上させる仕組みが出来上がっていった。
2005 年以前,2006 年,2007 年に行われた
このような経緯を示したのが 表− 1 である。
fnac とパナソニックの製品発注の仕組みの変
表− 1 は 図− 4 のうち,パナソニックについ
遷を表したものである。表中,F 社は fnac,
て記述したものであり,こうした取り組みが
P 社はパナソニックを表し,在庫日数,欠品
行われた 2005 年から 2007 年にかけて,パナ
率,製品リードタイムが示されている。結果
■表―― 1
製品開発と生産の関係(パナソニックデータ)
2005
年度
DSC
☆☆☆☆
評価結果
(☆の数) ☆☆☆
在庫日数
欠品率 (%)
リードタイム (日)
市場シェア (%)
2006
2007
前期
後期
前期
後期
前期
後期
3
3
6
3
5
7
1
-
-
-
-
48.0
37.2
19.5
22.6
16.0
22.3
-
8.0
5.4
11.0
5.4
2.1
1.4
16.0
13.0
10.3
6.7
6.7
6.7
1.8
2.8
5.5
9.9
14.9
14.7
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フランス fnac 社のケース
■表―― 2
リードタイム・在庫・欠品率の推移(fnac データ)
発注プロセス
プロセス
の主体
2005年4月以前
月曜日
月曜日
火曜日9:00以前
毎月
木曜日11:00
火曜日11:00
毎月
木曜日14:00
火曜日12:00
F社→P社
POSデータ更新
F社→P社
無し
提案
P社→F社
確定
F社→P社
製品出荷
倉庫への搬入
店頭搬入
3ヶ月ごと
P社
P社→F社
2005年5月-2006年9月 2006年10月-2007年9月
月曜日と火曜日
在庫確認
23日
F社
金曜日
火曜日午後
次の月曜日午後
水曜日午後
次の水曜日午前
金曜日午前
全リードタイム
23日
13日
DSC市場シェア (%) (P社製品)
3.9 %
10.3 %
17.9 %
F社の在庫日数
54日
48日
39日
欠品率 (%) (F社)
10.0 %
6.1 %
3.7%
として,実需発生後,パナソニックより fnac
7日
した組織の能力が格段に高まったのである。
店舗へ製品が納入されるまでの日数(受発注
リードタイム)は,23 日,13 日,7 日と大幅
⑦
まとめ
に改善されることになった。製品リードタイ
ムの改善の結果,在庫が減り,欠品率が改善
されたことにより,市場シェアの拡大につな
fnac を中心に,パナソニックと構築したデ
がったことが表より読み取れる。従来,公開
ジタル・カメラのサプライ・チェーンについ
できなかった情報,つまり,fnac は発注する
て記述した。本ケースについて,以下の二点
直前の週の POS データを,また,パナソニッ
よりまとめていきたい。
クは新製品の内容や投入時期を互いに開示す
まず,fnac の持つ,製品を評価し発信する
ることにより,コミュニケーション機会が増
仕組みとその能力である。フランスにおいて
大し両社が入手する情報量も飛躍的に拡大し
も,ハイパーストアや家電量販店といったデ
たため,サプライ・チェーンの能力が強化さ
ィスカウント幅が大きい流通の売上が伸びて
れたのである。マーケティングと生産は,市
いるという事実がある。こうした中で,デジ
場情報の相互開示によって信頼感が醸成され
タル・カメラのように,新製品が次々に市場
たことにより,実需発生から店舗配送を 7 日
に投入される際の選択基準を顧客が持てなく
で結合した。情報の相互開示によって高めら
なっているという現実もある。fnac は,創業
れた信頼感により,欧州配送センター経由と
当時より買ってはならない製品を公表すると
いうバッファー的な役目を排除し,直接,マ
いう消費者の立場から製品を見極めることに
ーケティングと生産を結合することにより,
より,顧客満足度 100%という経営理念を実
それぞれの会社とそのインタフェイスを包含
行してきた。こうした製品の選択に関る情報
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を提供することは,流通企業の基本機能であ
めた製品流通の経験則が明示化できるように
る。こうした基本を,しっかりと実行してい
なり,適正な在庫日数,欠品率,製品リード
ることに着目する必要がある。販売員の製品
タイムが決まり,結果として市場シェアの拡
知識も浅く,メーカーから派遣される販売員
大につながったのである。
に売り場を任せる日本の家電量販店や,店舗
fnac とパナソニックの取り組みは,店頭と
の多くをテナントに任せるデパートと比べて,
工場を結ぶだけではなく,製品開発をも含め
fnac の製品を評価する仕組みは,「本当に良
た新たなサプライ・チェーンの構築の重要性
い製品を提供したい」という強いメッセージ
を示している。国際間にまたがるサプライ・
を発している。こうした経営理念に共感する
チェーンの構築の実例として,有益な示唆を
固定顧客に支えられ,fnac はフランスでは,
多く与えてくれるケースであろう。
最も信頼される企業となっている。
次に,デジタル家電製品のように非常にラ
<謝辞>
イフサイクル短い製品の欠品・在庫率の改善
本稿を作成するにあたり,パナソニック株式
にいかに取り組んだのかという点に着目する
会社,フランスの fnac 社には,調査の受け入
必要がある。生産地と消費地の間にバッファ
れ,および,多くのデータ提供,十名以上に
ーとして中継地を設け,そこに大量の在庫を
も及ぶ多数の方のインタビューにご協力いた
持ちながら消費地の欠品を防ぐという仕組み
だいた。ここに記して謝意を表する。
は,特に,デジタル家電製品のように製品ラ
イフサイクルが極めて速く,なおかつ生産に
手間のかかる製品では上手く機能しない。そ
の対策として,製品の販売傾向を反映した経
験則を活かした自動発注システムのような仕
組みを作る必要があるが,自社製品の販売数
量が伸びなければ経験則を築くことができな
いというジレンマがあった。この点に着目す
ることにより,POS データなど販売情報の共
有だけではなく,fnac が持つ製品評価の仕組
みにより,販売数量の予想確率を上げるとい
う機能が付加され,精度の高いサプライ・チ
ェーン・マネジメントが実現したのである。
つまり,製品開発プロセスを製品評価プロセ
スに同期することにより,マーケティングの
段階での製品評価の精度が上がり,それによ
り実需が発生し,新製品投入タイミングを含
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.4(2011)
注
1)本ケースでは,サプライ・チェーンを,テーマで
あるデジタル・カメラの生産から最終消費者にい
たる物の流れに関わる活動を指す。しかしながら,
注意すべき点は,本ケースで記述するする fnac 社
は流通企業であり,同じデジタル・カメラという
商品においても,多くの企業とサプライ・チェーン
を組んでいる。本ケースでは,日本企業のパナソ
ニック社と構築した,生産から消費者への物の流
れに関わる,価格や納期といった情報の流れをサ
プライ・チェーンと呼ぶことにする。
2)GFK は 1934 年に設立された,世界 4 位の市場調査
会社である。約 100 カ国以上にグループ企業 115
社の活動拠点を持っている。本研究では,GFK 社
の 2008 年版家電市場総括レポートより,フランス
市場のデータを抜粋したものである。
3)Dossier というのは,フランス語でファイルという
意味であるが,F 社は自社で扱う製品の独自の評
価結果を,半年に一度,“Dossier”という冊子に
して発行している。
4)欠品率:在庫が 1 台のみの 店舗数/全ストアー
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フランス fnac 社のケース
(77 店)X 100(%)を欠品率として週単位で計算
し月単位で加重平均したもの。
5)EDI:Electric Data Interchange POS データなど,
販売・取引情報を標準化された書式に統一し,企
業間で電子的に交換する仕組み。受発注や出入荷
などに関わるデータを,決められたフォーマット
によって電子化し,インターネットなどのネット
ワークを通じて送受信する。
伊藤 宗彦(いとう むねひこ)
1957 年京都市生まれ。
2003 年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。
名古屋大学工学部卒業後,パナソニック電工株式会
社を経て神戸大学経済経営研究所教授。博士(商学)
。
専門は技術経営,製品開発論,イノベーション論
参考文献
伊藤宗彦・永島正康(2009)「国際間にまたがるサプ
ライ・チェーン・マネジメント‐日仏間の情報家
電製品のケース‐」,『流通研究』第 12 巻 1 号,
pp33 − 48
高嶋克義(1994),
『マーケティング・チャネル組織論』
千倉書房
田村正紀(1989),
『現代の市場戦略』日本経済新聞社
矢作敏行・小川孔輔・吉田健二(1993)『生・販統合
マーケティング・システム』白桃書房
107
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