マーケティング・エクセレンスを求めて——73 > 購買プロセスの観点から

Japan Marketing Academy
マーケティング・エクセレンスを求めて
購買プロセスの観点から見た
賃貸ビジネスの成功要因
シリーズ
●
第73回
〔三井不動産住宅リース株式会社〕
金児 誠之
●慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 博士課程
マーケティングジャーナル Vol.28 No.2(2008)
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購買プロセスの観点から見た賃貸ビジネスの成功要因
賃貸市場は大きく分けると家賃 100 万円超
①
えの超高級市場,家賃 15 万円超えの高級市場,
はじめに
それ以外の一般市場に分類される。森ビルや
地域差もあるが 21 世紀に突入して以来,居
住友不動産などが得意としている超高級市場
住用の賃貸市場は供給過剰気味であるといわ
は都心でも 1 %未満に限られており,外資系
れ続けている。これには少子高齢化や人口減
の外人幹部や日本人経営者たちが主なターゲ
などのマクロ環境の変化や不動産投資ファン
ットである。しかし彼らにはライフサポート
ドの影響が大きい。つまり賃貸市場において
をする取り巻きの企業があるため超高級物件
は次々と新規物件が供給されるなか,ある一
の情報は市場に出回っていないことが多い。
定のパイの奪い合い競争が繰り広げられてい
また立地的には都心でも山手線の内側の超高
る。もちろん賃貸においても他の消費財と同
級エリアに限られている。三井不動産住宅リ
様に最終的な意思決定を下すのは消費者であ
ース,東急,東京建物など比較的大手のディ
るため,消費者購買プロセスの理解は必要不
ベロッパー系不動産会社が得意としている高
可欠であるのだが,それらを大きく変え,業
級市場は全体の 8 ∼ 9 %程度で,大企業に勤
界構造にまで影響を及ぼす革命が起こった。
める会社員,専門職の人たちが主なターゲッ
いわずと知れたインターネットの普及である。
トである。立地的には都心や大都市周辺の利
インターネットの普及により消費者の情報探
便性の高い駅で,更に徒歩圏内に限られる。
索コストは劇的に低減し,逆に得られる便益
従来からの街の不動産屋が得意としている一
は格段に上昇した。特に高関与財においては
般層は残りの 90 %程度で,地方の物件のほと
顕著であり,賃貸もこれに該当する。
んどがこれに該当する。そしてそれらのうち
居住用の賃貸業界は,不動産情報を消費者
10 ∼ 20 %は低所得者層向けといわれている。
や業者に伝達する情報業,実際に消費者に物
また管理会社は家賃の 3 倍の収入を審査の判
件を紹介し契約する場ともなる仲介業,不動
断基準としており,10 万円の家賃だと年収の
産オーナーから預かった物件を管理し消費者
目安は 360 万円以上と考えられる。家賃は賃
の審査をする管理業の 3 つから成り立ってい
料坪単価に面積を乗じて算出されるが,賃料
る。情報業者は物件掲載に伴う広告料を受取
坪単価は立地条件の影響を強く受け,一般的
り,仲介業者は契約時に消費者から仲介手数
に駅から離れるほど安くなる。
料を受取り,管理会社はオーナーから月々の
賃貸の契約形態には仲介業者等を挟まずオ
管理料を受取る。しかし 3 つの業者は明確に
ーナーが入居者と契約する直接契約,管理会
区分されているわけではなく,従来からの街
社が客付け,契約等の業務を代行するが,オ
の不動産屋は賃貸の仲介,賃貸の管理,土地
ーナーと入居者のあいだで契約が結ばれる管
建物の売買の仲介の 3 つを兼業しており,仲
理受託契約,オーナーと管理会社が契約し,
介フランチャイズ系などは仲介業以外にも情
管理会社と入居者とが契約するサブリース契
報業,管理業も兼ねている。
約があり,これには空室保証の有無を選ぶこ
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とができる。更に近年は職業,国籍,性別,
設立当初から独自の法人ネットワークの企業
年齢などにより家賃の支払い能力があるにも
の総務部から住居を探す依頼が絶えないほど,
関わらず入居できなかった人たちを対象とし
B to B 市場において順調に成長を遂げてきた。
た連帯保証人代行サービスを提供する業者も
その後の主な沿革は(図表− 1)に,業績の推
現れてきている。
移は( 図表− 2 )示されるが,2001 年頃に進
本稿ではこのような賃貸業界において,イ
んだ本業に特化したい企業の社宅業務代行や
ンターネットの普及にかかわりなく持続的な
ファンド物件のプロパティマネジメント業務
成長を遂げている三井不動産住宅リースを取
を充実させることで,供給過剰のなかでも着
材対象として取り上げる。三井不動産住宅リ
実に管理戸数を増やしてきた。そしてインタ
ースは都心ならびにその周辺地域の高級市場
ーネット普及後の 2003 年より消費者とのダイ
における空室保証つきサブリース契約を特徴
レクトな営業チャネルとして e-デスクを立ち
とした管理会社である。次節以降その特徴的
■図表―― 1
な要因を抽出し,インターネット普及前と普
三井不動産住宅リースの主な沿革
及後における成功要因について消費者の購買
1986 三井不動産(株)の等価交換事業により供給される賃貸住戸
の運営会社として設立
プロセスの観点から分析を試みる。
1995 社名変更「(株)エム・エフ・リース」から「三井不動産住宅リー
ス(株)」
1998 社宅代行部門として法人営業課を開設
②
三井不動産住宅リース
2001 横浜営業所(現プロパティマネジメント部)を開設
2002 不動産証券化プロジェクトに対応する新都心営業所(現プロ
パティマネジメント部)を開設
2003 インターネット活用による顧客とのダイレクトな営業チャネルと
してe-デスク
(株)を設立
三井不動産住宅リースは 1986 年に,親会社
2004 e-デスク
(株)が「レジデントファースト
(株)」へ社名変更
である三井不動産が開発した物件や取引のあ
2006 都心エリアの賃貸マンションを中心に、ご入居者にサービスを
提供する
(株)アコモデーションファーストを設立
る企業からの物件の管理を目的として設立さ
れた部署であった。三井不動産の影響もあり,
出所:三井不動産住宅リース HP より抜粋
■図表―― 2
三井不動産・賃貸住居業績
70000
70000
60000
60000
50000
50000
40000
40000
30000
30000
20000
20000
10000
10000
0
0
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
売上(百万円) 戸数
出所:三井不動産有価証券報告書・賃貸住居より抜粋
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上げ仲介業務にも進出し,2006 年より入居者
く,常に新しい契約を要するフロー型の収益
向けの付加価値サービスを提供する新たな業
形態のため,ひとりあたりの売上には限界が
務も開始した。
ある。一方,管理業はひとたび契約を勝ち取
2007 年 3 月時点での従業員数は 415 名,売
れば契約期間内は毎月管理料が入ってくるス
上高は 467 億円,賃貸借業務受託 34121 戸,
トック型の収益形態のため,ひとりあたりの
借上社宅管理代行 16853 戸で,2006 年 7 月 31
売上が見込める。しかし仲介業務に進出しな
日に全国賃貸新聞が発表した管理物件数では
いことを選択したことにより,消費者との直
18 位にランキングされている。これらの業績
接的な接点がないという弱みが生じた。この
が示すように着実に成長を遂げているが,特
弱みを克服するために三井不動産住宅リース
に注目すべきは管理会社の指標となる全管理
は 2 つの施策をとった。仲介業者との幅広い
物件における平均入居率である。三井不動産
提携と企業総務部との B to B ネットワークの
住宅リースの全管理物件における平均入居率
活用である。
は常時 97 %を超えており,新築時の入居まで
では 1 つ目の仲介業者にとっていかなる物
の期間や,再募集時の期間を考慮すると
件が魅力的であろうか。家賃に応じた仲介手
100 %に近い数値である。同市場での競合が
数料が収益の源泉であることから高マージ
90 ∼ 95 %であることを考慮すると最も成功
ン・高回転な物件であることは明白である。
している管理会社の 1 つに挙げられるが,な
高マージンな物件となるために最も寄与する
ぜ三井不動産住宅リースはこのような結果を
要因は立地条件で,高回転な物件となるため
残すことができたのか,その主な要因を抽出
に最も寄与する要因は商品力である。もちろ
する。
ん商品力が高ければ賃料は相場よりも相対的
賃貸は経時的に需給が変動するユニーク財
に高くなる。つまり仲介業者にとって最も魅
で,内覧という行為があるため,インターネ
力的な物件は,都心部ならびにその周辺にお
ット普及前においては直接物件を仲介する仲
ける商品力の高い物件ということになる。
介業者の役割が特に大きかった。管理業での
2 つ目の企業総務部との B to B ネットワー
競合他社が仲介業に進出し,主要駅付近に店
クは仲介店舗なしに消費者との直接的な接点
舗展開するなか,管理業に特化してきた。こ
を持つことを可能にしている。このようなネ
れに対し三井不動産住宅リースの担当者は,
ットワークが充実している競合企業は少なく,
インターネット普及後は都心に 1 店舗だけ仲
親会社である三井不動産の影響力も大きいが,
介店舗を構えたものの,インターネット普及
社員の貴重な時間を割かれたくない企業側と,
前にはあえて利益率の低い仲介業に進出しな
信用力の高い消費者を抱え込みたい管理会社
かった,そして高い利益率を維持していくた
側の利害が一致した結果といえる。そしてこ
めには都心ならびにその周辺に限定していく
れらの物件は一般市場に出回る前に優先的に
ことが必要であった,とコメントしている。
契約が取り交わされていることが多い。ただ
実際仲介業はテナント料,人件費の割合が高
し最終的な意思決定は消費者である社員に委
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ねられているため,商品力がなければ話しは
買プロセスの観点からの分析を試みる。
まとまらない。そして企業との関係を維持し
ていくうえでも商品力は重要な要素である。
③
購買プロセスの観点から見た成功要因
消費者との接点である仲介店舗を持たない
三井不動産住宅リースにとって,商品力が重
要であることが明らかになったが,いかにし
賃貸は通常,敷金,礼金,仲介手数料,当
て商品力を高めてきたのであろうか。ここに
月家賃の前払いを合わせて,家賃 6 ヶ月分程
は 2 つの秘密が隠されている。1 つ目は企画
度の費用が発生し,更に引越し代,家具代,
段階への参入である。管理会社が完成直前に
カーテン代が加わり高額な財となる。また他
決められることが多いなか,独自の品質管理
の消費財と比べて購買頻度は低いが,リスク
室を持ち,積極的に設計段階から長期事業計
が高く,自己表現にもかかわってくる。そし
画を携え企画に参入し,建物に人を呼ぶので
て個々の財には独自性があり全く同じ部屋は
はなく,人を呼べる建物づくりをオーナーや
ひとつとしてない。このことは同じ間取りで
設計事務所と協力しながら行っている。2 つ
あっても部屋の位置によって競争力に差が生
目は低い不満足度である。賃貸はクレーム産
じるなど,バラツキが非常に大きくなること
業といわれており,些細なことであっても入
を意味する。よって問題認識→情報探索→ブ
居者は不満を募らせる。三井不動産住宅リー
ランド評価→購買→購買後評価,という 5 段
スではこのような性質を理解したうえで,重
階の購買プロセス 1)を経ていくと考えられる。
要事項説明書や契約書などのファイリング,
ここでこのプロセスを賃貸における財に適
24 時間サポート窓口の設置などクレームを即
用するにあたって以下の操作と定義を行う。
座に吸い上げ,対処するシステムを持ち合わ
まず賃貸は経時的に需給が変動するユニーク
せている。そして管理会社の強みを活かし,
財であり内覧や契約という行為があるため店
入居後でないとわからないような消費者の声
舗選択と物件選択の関係が重要になってくる。
を拾いあげて企画に反映させており,不満足
ゆえにブランド評価を店舗選択と物件選択に
度が高まるのを未然に防いでいる。
分類する。そしてここでの選択は購買とは異
つまり利益率を高めるために都心ならびに
なり,評価し購買の意思表示をすることとす
その周辺での管理業に特化し,仲介店舗を持
る。なぜなら消費者が選択して意思決定をし
たないことを選択した。そして仲介店舗を持
たとしても賃貸の場合は審査があり購買に至
たない弱みを克服するために仲介業者との幅
らないこともあれば,申込みをした消費者が
広い提携と企業総務部との B to B ネットワー
諸事情によりキャンセルすることもあるから
クを活用し,それらを効果的なものとするた
である。よって購買を正式な契約と定義する。
めには商品力を高めることが求められ,企画
以上を整理すると次のモデル(図表− 3)と
と不満足度を低く抑えることに注力してきた,
なる。ここでは店舗選択が物件選択より先行
と説明される。次節ではこれらを消費者の購
して行われるルートをルート 1,物件選択が
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店舗選択より先行して行われるルートをルー
なかった。しかも賃貸の場合,消費者の処理
ト 2 とする。このモデルをベースとしてイン
すべき属性が多く,情報過負荷の状態になり
ターネット普及前と普及後における典型的な
やすい。人間には認知的限界があり,消費者
消費者購買プロセスを分析することで三井不
は限定された合理性(bounded rationality)2)
動産住宅リースの成功要因の解明を試みる。
のもと最適化ではなく満足化を目指した行動
をとるため全ての店舗,全ての物件を評価す
1.インターネット普及前
ることはない。よってインターネット普及前
転勤,契約更新,現況への不満,ステップ
の主な消費者購買プロセスは(図表− 3)にお
アップなど様々な理由で消費者は問題認識を
けるルート 1 であり,満足した段階で探索を
すると,情報探索を行う。情報探索は程度の
打ち切ると考えられる。そこでまずはルート
差こそあれ通常店舗情報,物件情報の両方に
1 についての詳細な分析を試みる。
ついて行われる。店舗情報や周辺物件情報に
不動産仲介業は参入障壁が低い市場分散型
ついては若干の内的情報探索が行われるが,
業界(fragmented industries)で,駅前には
賃貸がユニーク財であることから外的情報探
いかがわしいものも含めると相当な数が軒を
索が主流になると考えられる。インターネッ
連ねている。消費者はこの中から物件情報を
ト普及前の情報源としては店頭広告,情報誌
得るための店舗,ならびに内覧や契約を行う
が挙げられる。しかし店頭広告も情報誌も客
ための店舗を選択しなければならない。つま
寄せ的な要素が強く,既に借りられている物
り物件選択されるためには,物件取扱い店舗
件であることはよくある話であった。さらに
が消費者の想起集合に入り,かつ物件取扱い
情報誌においては掲載まで 1 週間のタイムラ
店舗が選択される必要がある。次に店舗選択
グがあるなど,一定の便益を提供しているも
がなされた後,物件が店舗内で想起集合に入
のの,情報の質・量・鮮度において問題を含
り,内覧を経て選択されなければならない。
んでいた。これらのことから消費者は店舗内
では最初に店舗選択について考えてみる。
で物件に対する情報探索を行わなければなら
物件取扱い店舗が想起集合に入るためには,
■図表―― 3
賃貸における消費者購買プロセス
フィードバック
問題認識
購買後評価
店舗選択
物件選択
ルート 1
情報探索
購買(契約)
ルート 2
物件選択
店舗選択
出所: Assael に筆者加筆
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単純ではあるが店舗そのものが消費者の目に
B ネットワークが威力を発揮する。賃貸の選
留まることが重要である。そのため立地条件,
択には金銭的コスト以外に時間的コストや心
店舗認知度などの果たす役割は当然大きく,
理的コストがかかる。ゆえに社員を本業に専
駅前の大通りに面しているとそれだけで優位
念させたい企業の総務部からすると,社員に
性がある。また店舗情報も記載されておるこ
代わって希望条件に見合った優良物件のセレ
とから情報誌など広告の果たす役割も軽視は
クトをサポートしてくれる管理会社の存在は
できない。次に重要なのは物件取扱い店舗が
非常に助かる。一方管理会社の立場からする
選択される可能性である。消費者にとって仲
と B to B ネットワークは店舗選択される可能
介業者とは敷居の高いものであり,入店する
性を向上させる最も効果的なルートであり,
までの心理的コストは通常の財よりも高い。
同時に想起集合に入る物件まで提供すること
よって入りやすさ,イメージ,店頭広告から
が可能となる。もちろん物件自体に魅力がな
予想される取扱い物件の魅力度などが重要に
ければ選ばれることはないが,商品力が高い
なってくるが,インターネット普及前におい
ため物件が内覧後選択される可能性は高くな
ては情報の質・量・鮮度に問題があり仲介業
る。競合他社の B to B ルートが充実していな
者も店頭広告にそれほど注力していなかった
いことからも差別的競争優位性を構築してい
ことから重要度はやや劣る。例えば駅前の 2
ることは明らかであるといえる。
階に仲介フランチャイズ系の店舗と従来から
次に物件選択について考えてみる。物件選
の街の不動産屋があった場合,立地条件がよ
択される可能性を向上させるためには,物件
いため共に想起集合には入る可能性は高いが,
が想起集合に入る可能性と物件が内覧後選択
イメージのよいフランチャイズ系の店舗が選
される可能性の双方を向上させる必要がある。
択される可能性の方がより高いと考えられる。
では店舗内でどのようにして消費者は想起集
業者物件が流通し,ある程度は同じ物件を取
合を形成するのであろうか。通常仲介業者は
扱っているにもかかわらず,従来からある街
膨大な数の取扱い物件を全てファイリングし
の不動産屋が淘汰されるなか,フランチャイ
てある。判断力の高い消費者 3)であれば,縮
ズ系が勢力を拡大してきている原因は,独自
尺があいまいな図面や部分写真の全てに目を
の情報誌と大量の TVCM により店舗認知度
通しセレクトすることも可能であるが,ほと
とイメージを高めることで,物件取扱い店舗
んどの消費者には難しい。おおよその希望条
が想起集合に入る可能性と,物件取扱い店舗
件を伝えれば営業担当がセレクトをサポート
が選択される可能性の双方を向上させてきた
してくれることが多く,消費者ならびに営業
ことにあるといえよう。さてこの点に関して
担当者は選択肢が多くなるため非相補型の決
B to C 市場において管理業に専念していた三
定方式 4)を採用して絞込みを行っていると考
井不動産住宅リースは仲介業者との幅広い提
えられる。特にこの場合には消費者の希望条
携により対処してきたが,B to B 市場におい
件である属性ごとに必要条件が満たされてい
ては三井不動産住宅リースの特徴である B to
るかどうかが営業担当者によって検討されて
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いるため EBA(elimination by aspects)型の
棲み分けがなされていた時代でもあったこと
決定方略であることが多い。ここで重要にな
から大きな問題にはならなかった。
では(図表− 3)におけるもうひとつのルー
るのは一連のプロセスにおいて消費者の絞込
みをサポートする営業担当者の存在である。
トであるルート 2 はどうであろうか。まずは
つまりどのような物件をセレクトするかに営
物件選択について考えてみる。物件選択され
業担当者の影響力が及ぶということである。
る可能性を向上させるためには,物件が想起
営業担当者によってセレクトされた物件を前
集合に入る可能性と物件が内覧後選択される
に消費者は追加的な絞込みと内覧を経て物件
可能性の双方を向上させればよい。先にも述
を選択することになるのだが,この段階にき
べたようにインターネット普及前には情報の
てようやく物件の理解を深める消費者は多く,
質・量・鮮度に問題があったため割合的には
本当の意味で物件自体の良し悪しが問われる
低かったと考えられるが,現地周辺の案内看
ことになる。また,ここでは認知的緊張が緩
板や,散歩中に見つけた物件,雑誌で見つけ
和されていることや,賃貸における選択肢数
た物件などで,コンセプトマンションやデザ
や属性数の多さから相補型の決定方式 が採
イナーズマンションなどがこれに該当する。
用されていると考えられる。賃貸がユニーク
よってメディアが取上げやすいような特徴を
財であることから単純な属性比較は難しく,
持った物件を企画することが,物件が想起集
各選択肢の全体的評価がなされていることか
合に入る可能性を高める数少ない方法である。
ら加算(additive)型の決定方略であること
またこの場合,選択肢数は多くないが特徴的
が多い。もちろん現実的には同行する営業担
な属性が大きく寄与しており,この時点では
当者の,人気物件なのですぐになくなります
属性間に補償関係がないことから非相補型の
よ,といった殺し文句も後押しすることには
決定方式 4)が採用されている。特にデザイン
なる。さて三井不動産住宅リースの管理物件
性などの影響が大きいことから分離
4)
の場合,都心ならびにその周辺部で相場より
(disjunctive)型の決定方略であることが多い。
家賃が高めの高級物件で商品力が高い,とい
次に内覧が行われるが,入居を前提とした場
う特徴が挙げられる。仲介の営業に携わる担
合,選択肢数や属性数が増えることから相補
当者からすると,仲介手数料が相対的に高く,
型の決定方式 4)が採用されていると考えられ
内覧後に物件が選択される可能性も高くなる。
る。そして賃貸がユニーク財であることから
つまり高マージン・高回転な物件である。ゆ
単純な属性比較は難しく,ルート 1 の場合と
えに仲介業者にも三井不動産住宅リース管理
同様に各選択肢の全体的評価がなされている
物件を取扱い推奨するメリットが生じる。た
と考えられ,加算(additive)型の決定方略
だし管理も行っている仲介業者の場合,同じ
であることが多い。ただしこのような物件は
ターゲットであれば自社管理物件を紹介する
もともと商品力が高い物件であることが多く,
インセンティブが働くものと思われるが,イ
正式な内覧後物件が選択される可能性は非常
ンターネット普及前は,高級市場においても
に高い。つまり物件が内覧後選択される可能
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性を向上させるために必要なことは物件自体
に成功し,競合他社との差別化を図ってきた。
の魅力,すなわち商品力を高めることである。
もちろん高い入居者向けサービスが不満足を
次に店舗選択について考えてみる。店舗選
低く抑え問題認識を生じさせにくくさせてい
択される可能性を向上させるためには,物件
ることも忘れてはならないが,このサービス
取扱い店舗が想起集合に入る可能性と物件取
自体は模倣可能であることから,問題を吸い
扱い店舗が選択される可能性の双方を向上さ
上げて次回以降の企画に反映していることの
せればよい。物件取扱い店舗が想起集合に入
方が重要であると考えられる。
る可能性を向上させるためには,現地や雑誌
2.インターネット普及後
に連絡先を明記しておくこと,情報の質・
量・鮮度に考慮した魅力的な広告ならびに店
インターネット普及後,消費者は賃貸検索
頭広告などが挙げられる。また物件取扱い店
サイトを利用して,自宅にいながら気楽に情
舗が選択される可能性を向上させるには,入
報探索が行えるようになった。例えば家賃,
居を希望している消費者に迅速に情報を提供
面積,間取り,最寄り駅からの距離,南向き
することである。これには会員登録などが有
やフローリングなどのこだわり条件にチェッ
効な手段と考えられる。
クを入れるだけで膨大な数の賃貸物件から絞
上記のようにインターネット普及前におい
込みが行われる。同時に店舗情報や街情報な
て三井不動産住宅リース管理物件は(図表− 3)
ど様々な情報探索が可能となった。しかし総
のルート 1 が主であった。B to C 市場におい
務省の情報通信利用動向調査において 2006 年
ては商品力が高く仲介手数料も高い,いわゆ
度のインターネットの人口普及率が 68.5 %を
る高マージン・高回転な物件により仲介業者
記録しているにもかかわらず,住宅不動産情
の支持を集め,B to B 市場においては充実し
報ポータルサイト HOME'S 調査(N=1030 /
た B to B ネットワークを活用し,商品力の高
インターネット調査)によると契約に至った
い物件の紹介により企業の支持を集めること
不動産会社や物件を見つけた経路(図表− 4)
■図表―― 4
消費者アンケート
Q)契約不動産会社を知ったきっかけ(N=1030)
不動産情報サイトの不動産コーナーから物件問い合
わせで知った
住宅情報誌で知った
新聞・雑誌・ラジオなどの記事やニュースで知った
折込みチラシや街頭配布チラシで知った
インターネットで会社のホームページにたどり着いて
知った
友人知人や家族から知った
現地周辺や最寄り駅周辺の実地をまわっていて知った
覚えていない
その他
2007年 2006年
25.6%
25.3%
4.5%
3.6%
2%
5.5%
3.6%
3%
13.4%
13.2%
14.8%
23.1%
5.7%
7.3%
14.2%
22.5%
3.2%
9.4%
Q)契約した物件について(N=1030)
2007年 2006年
不動産物件サイト、ポータルサイトの不動産コーナー
に掲載されていた物件
住宅情報誌に掲載されていた物件
住宅・不動産会社の担当者とメールや電話などのや
りとりで紹介された物件
住宅・不動産会社の店舗に訪問してから紹介された
物件
友人・知人・家族などに紹介された物件
その他
25.9%
26.8%
3.2%
6%
9.9%
11.1%
34.9%
44.7%
7.9%
18.3%
*
11.5%
出所:住宅不動産情報ポータルサイト HOME'S 調査(2006 年/ 2007 年)
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購買プロセスの観点から見た賃貸ビジネスの成功要因
■図表―― 5
は,インターネット経由と現地で直接が同程
度である。
Q)実際に訪問した不動産会社の数(N=618)
つまりインターネット普及後も現実の世界
ではインターネット経由と,現地で直接の両
方が共存していることになる。「不動産物件
0件
10%
1件
35.3%
2-3件
39%
4-5件
11.8%
6-10件
3.9%
サイト」
,
「住宅情報誌」
,
「友人・知人・家族」
Q)実際に現地で見た物件数(N=618)
経由で契約した物件を知った人は(図表− 3)
0件
7.8%
1件
18.4%
2-3件
28.6%
4-5件
24.6%
とり」で契約した物件を知った人は主にルー
6-10件
16.2%
11-20件
3.7%
ト 1 に該当すると考えられる。(図表− 4)の
21-30件
0.6%
でいうところの主にルート 2 に該当し,「現地
の不動産屋」,もしくは「不動産屋とのやり
契約した物件についての回答項目である,
出所:住宅不動産情報ポータルサイト HOME'S 調査(2007 年)
「その他」の箇所は詳細が不明のため除外し
たうえで,2007 年の比較を試みるとルート 1
選択される可能性を向上させるためにはイン
が 44.8 %に対しルート 2 が 37.5 %である。イ
ターネット普及前と同様に物件取扱い店舗が
ンターネット普及前のルート 2 がほとんど無
想起集合に入る可能性と,物件取扱い店舗が
かったことを考慮すると大きな変化であると
選択される可能性の双方を向上させることが
いえる。また 2006 年度における住宅不動産情
必要となる。物件取扱い店舗が想起集合に入
報ポータルサイト HOME'S 調査(N=618 /イ
る可能性を向上させる方法は従来と同じで,
ンターネット調査)によると賃貸物件探しに
立地条件,店舗認知度,情報雑誌などの広告
かけた期間は全体の 57 %が 1 ヶ月前後で,
が影響するが,消費者が事前にインターネッ
40 %以上の契約者が「物件探しの時間が足り
トで店舗情報を探索することは十分に考えら
なかった」と回答しているにもかかわらず,
れるため,当然 HP を持っていた方が有利で
実際に訪問した不動産会社の数で最も多いの
ある。物件取扱店舗が選択される可能性を向
は 2 ∼ 3 件,実際に現時で見た物件数で最も
上させるためには入りやすさ,イメージ,店
多いのも 2 ∼ 3 件である( 図表− 5 )。このこ
頭広告が影響するが,インターネット普及前
とからインターネット普及後も消費者は限定
との比較において情報の質・量・鮮度が格段
された合理性(bounded rationality) のもと
に向上したことから予想される取扱い物件の
最適化ではなく満足化を目指した行動をとっ
魅力度の影響も大きい。その他として仲介手
ていると考えられる。
数料や評判も重要になってくる。仲介手数料
2)
これらの現実社会での現象を踏まえたうえ
の低下は仲介業者の情報優位性が低下したこ
で(図表− 3)のモデルを使い消費者の購買プ
とと,供給過剰により業者間の競争が激化し
ロセスからの説明を試みる。まずはルート 1
ていることに起因している。また評判はイン
における店舗選択について考えてみる。店舗
ターネット上の掲示板やソーシャルネットワ
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籖
ークの影響で,インターネット普及後,いか
下したことになり,インターネット上での絞
がわしい仲介業者は存続しにくい環境となっ
込みに適応した商品の開発が重要になってき
た。実際,駅前を探索するとカフェのような
た。またこの場合の消費者の希望条件に応じ
雰囲気の仲介業者は評判がよくにぎわってい
て各属性についての必要条件が設定され,イ
るが,閉鎖的な雰囲気の店舗は閑散としてい
ンターネット上で絞込みが行われているため
る。さてこれらに対して,インターネット普
属性間に補償関係はなく非相補型の決定方式 4)
及後,三井不動産住宅リースは物件取扱い店
が採用されている。そしてひとつでも属性を
舗が想起集合に入る可能性を向上させるため
満たさないと絞込みの時点で除外されてしま
に,従来どおりの仲介業者との幅広い提携や
うため,連結(conjunctive)型の決定方略で
B to B ネットワークの他に,仲介を専門に行
あることが多い。次に内覧後物件が選択され
う別会社レジデントファーストを立ち上げた。
る可能性には従来どおり物件自体の魅力度,
レジデントファーストはフランチャイズ系な
すなわち商品力が問われるが,これらは三井
どのように派手な TVCM こそ流さないもの
不動産住宅リースが最も得意としている点で
の,山手線の駅構内に広告を出すなどターゲ
ある。一方,仲介業者としてみれば高額賃料
ットとしている都心の会社員に向けてピンポ
でありながらも消費者に選択されやすい高マ
イントにアピールしている。その他としては
ージン・高回転な三井不動産住宅リースの管
インターネットで「賃貸」と打ち込んだ際,
理物件を取り扱うメリットは十分にあるとい
検索順位が上位になるよう広告費をかけ,高
える。またここではインターネット普及前と
級物件のみを取扱うことでターゲットの想起
同様に相補型の決定方式 4)が採用されている
集合に入りやすくなるよう考慮している。ま
と考えられる。そして賃貸がユニーク財であ
た物件取扱い店舗が選択される可能性を向上
ることから単純な属性比較は難しく,各選択
させるためにレジデントファースト管理物件
肢の全体的評価がなされていることから加算
(additive)型の決定方略であることが多い。
内での住み替えに対して,仲介手数料の優遇
では(図表− 3)におけるもうひとつのルー
や二重家賃が発生しないなどの対策も講じて
ト 2 においてはどうであろうか。最初に物件
いる。
次に物件選択について考えてみる。物件選
選択について考えてみる。この場合,主な情
択される可能性を向上させるためには,物件
報源がインターネットであることから,まず
が想起集合に入る可能性と物件が内覧後選択
はサイト選択される必要がある。サイト選択
される可能性の双方を向上させる必要がある。
される可能性を向上させるためには,物件取
インターネット普及後,営業担当者と消費者
扱いサイトが想起集合に入る可能性と,物件
が共に店舗内のパソコンのモニターに向き合
取扱いサイトが選択される可能性の双方を向
って希望条件を入力して絞込みを行うといっ
上させればよい。想起集合に入りやすいサイ
た形が多くなった。そのため営業担当者の推
トとしては,ポータルサイトの物件サイト,
奨は効果的なものの,その役割は相対的に低
TVCM を流しており認知度の高いサイト,ポ
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購買プロセスの観点から見た賃貸ビジネスの成功要因
ータルサイトでキーワードを打ち込むと上位
力的なカットの写真を掲載する等が考えられ
に出てくる検索サイト,ポータルサイトのバ
る。その後,内覧を経て物件が選択されるの
ナー広告からのリンク,競争力の高い物件の
だが,インターネット上で擬似内覧を済ませ
みをセレクトしたサイトなどが考えられる。
ていることもあり,インターネット普及前よ
そして消費者は様々な使用経験を積みながら,
りは重要度が薄れている。ただし画像と現実
使いやすさ,信頼性,情報の質・量・鮮度な
にはギャップがあることには変わりなく,や
どを考慮して複数のお気に入りサイトを形成
はり現物の商品力が最後に影響する。これら
していくと考えられる。つまりここで重要に
は設立当初より企画に注力してきた三井不動
なるのは主要サイトへの幅広い情報掲載と,
産住宅リースには一日の長がある。またここ
物件の特徴に適応したサイトの選択であるが,
ではインターネット普及前と同様に相補型の
雑誌と比較した場合に広告費が格段に安くな
決定方式 4)が採用され,加算(additive)型
ったことから難しいことではなくなった。こ
の決定方略であることが多い。
の点に関して,三井不動産住宅リースでは主
もうひとつの店舗選択について考えてみる。
要サイトへの掲載,自社サイトへ誘導するた
店舗選択される可能性を向上させるためには,
めのバナー広告などにかなりの広告費をかけ
物件取扱い店舗が想起集合に入る可能性と物
て対応している。
件取扱い店舗が選択される可能性の双方を向
上させればよい。インターネット上では店舗
次に物件が想起集合に入る可能性と,物件
が内覧後選択される可能性の双方を向上させ
情報から連絡先まで全て記載されているため,
ればよい。消費者は物件検索サイト上で条件
自動的に物件取扱い店舗が想起集合に含まれ
を入力しルート 1 と同様に非相補型の決定方
ることが多いが,自社の HP へのリンクなど
式 を採用して絞込みを行い,お気に入り物
は効果的である。三井不動産住宅リースにお
件の想起集合を形成すると考えられる。また
いてもインターネット普及後にレジデントフ
この場合も消費者の希望条件に応じて各属性
ァーストを立ち上げており,ミッドタウンな
について必要条件が設定され,インターネッ
ど話題物件の影響力は大きいものの,都心の
ト上で絞込みが行われているため連結
1 店舗でありながら業績を伸ばしているのは
(conjunctive)型の決定方略であることが多
このためである。その他としてインターネッ
い。つまりここではインターネット上での絞
ト普及前と同様に,キャンセル待ちができて
込みに適応した商品力が求められる。特に図
いるような特別な人気物件においては,空室
面や建物の写真などは当たり前となっており,
情報を会員向けに流すことなどが早期入居を
サポートしてくれる営業担当者がいないこと
実現させるため,つまり物件取扱い店舗が選
からインターネット上での商品力の差が業績
択される可能性を向上させるのには有効であ
に結びつきやすい。例えば絞込みでチェック
り,三井不動産住宅リースをはじめ各社取り
される頻度の高い,南向き,バストイレ独立,
組んでいる。
4)
フローリング等の属性を満たしたうえで,魅
上記のように,賃貸に代表されるユニーク
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財はインターネットの普及にかかわらず,絞
のルート 1,またはルート 2 を選択するかま
込みの時点では非相補的な決定方式 が採用
では本稿で明らかになってはおらず,これら
され,その後,相補的な決定方式 が採用さ
は今後の課題としたい。
4)
4)
れ最終的な意思決定に至る。インターネット
3.収益の源泉
普及前は情報探索コストが高かったため絞込
みをサポートする営業担当者の役割が非常に
これまで消費者の購買プロセスの観点から
大きかったが,インターネットの普及によっ
三井不動産住宅リースの成功要因を分析して
て絞込みが消費者の手に委ねられることとな
きた。しかしここで重要となるのは適切な消
った。これこそがインターネットの普及によ
費者の購買プロセスの理解をいかにして収益
って消費者の購買プロセスにもたらされた最
に還元してきたかである。そこで忘れてなら
大の変化である。ゆえに(図表− 3)における
ないのは,三井不動産住宅リースは管理会社
どちらのルートにおいても商品力の差が業績
であり,業績を伸ばしていくためには高い入
に連動しやすくなったと考えられる。本稿の
居率を維持したまま管理物件数を増やしてい
取材対象である三井不動産住宅リースの場合,
かなければならないということ。そして競合
インターネットの普及にかかわらず持続的な
他社と差別化された収益の源泉は,通常のサ
成長を遂げてきたが,B to B 市場での優位性
ブリース契約による管理料 8 %にプラスされ
が相対的に低下し,商品力の重要性が上昇し
た空室保証分の 7 %であるということだ。つ
ているなど,その中身は変化してきている。
まり本当の意味での成功要因を知るためには,
しかしインターネットという強力なツールを
いかにして本来の顧客である優良物件のオー
手にした現在において,どのようなタイプの
ナーを獲得してきたかについての分析を行う
消費者が,どのような財のときに,どのよう
必要がある。
な状況において,どのような理由で(図表− 3)
ではオーナーの抱えている悩み(図表− 6),
■図表―― 6
オーナーアンケート
Q)賃貸経営をしていて今までに経験した悩み(N=153)
入居者関係
事業関係
入居者による家賃の滞納
入居者による室内の汚染
入居者のゴミだしマナーのトラブル
入居者の騒音や悪臭などから来る近所からの苦情
入居者同士のトラブル
退去時の返金トラブル
入居者の契約時の申告に虚偽があった
入居者が退去勧告に従わない
ペット不可や男性不可などのルールに入居者が従わない
固定資産税やその他の税負担が重い
空室率が高い
物件のクリーニングや日々のメンテナンスにかかる費用負担が重い
物件の老朽化
年末調整などの手続きが煩雑
2007年
49%
42.5%
35.9%
22.9%
20.3%
20.3%
16.3%
15.7%
14.4%
35.9%
29.4%
24.2%
16.3%
13.7%
出所:住宅不動産情報ポータルサイト HOME'S 調査(2007 年)に筆者加筆
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購買プロセスの観点から見た賃貸ビジネスの成功要因
すなわち不確実性にはどのようなものが挙げ
定したうえで,三井不動産住宅リースがどの
られるのであろうか。住宅不動産情報ポータ
ような不確実性除去サービスを行っているの
ルサイト HOME'S 調査(N=153 /インターネ
かについて分析を試みる。
ット調査/複数回答)によると,入居者に関
まず入居者に対する不確実性除去に対して
係する不確実性と事業に関係する不確実性に
はサブリース契約が大きな役割を果たしてい
分けられる。これらのオーナーのうち,「全
る。サブリース契約とすることで入居者との
てを自主管理している 26 %」,「一部管理会社
直接の契約名義は管理会社となるため,オー
に委託している 37 %」,「全て管理会社に委託
ナーは入居者とのあいだのトラブルから解放
している 37 %」で,その属性は「会社員
される。特に平成 16 年 10 月に施行された賃
59 %」,「自営業 14 %」,「不動産経営のみ
貸住宅紛争予防条例,通称「東京ルール」な
8 %」,「その他なんらかの仕事を持っている
どの影響もあり,近年は訴訟リスクが高まっ
18 %」,「専業主婦 1 %」となっている。また
ている。これらの問題に対処するため三井不
不動産経営や不動産投資に興味を持ったきっ
動産住宅リースは業界一といわれる厳しい審
かけとして,「老後の安定収入を得たかった
査を課しており,さらに B to B ルートを活用
ため 41.8 %」,「給与所得以外の副収入を得た
することで信用力の高い消費者を選んでいる。
かったため 38.6 %」,「将来の相続税対策のた
そして都心ならびにその周辺で,相場よりも
め 2 8 . 1 % 」,「 不 動 産 物 件 を 相 続 し た た め
高めの賃料設定としていることで,ある程度
23.5 %」,「もともと所有していた遊休地の税
のふるいわけもなされていると考えられる。
金対策の必要にかられて 19.6 %」,「現在の所
もうひとつの事業に対する不確実性除去に
得税などの減税のため 15.7 %」,「その他税金
対しては空室保証が大きな役割を果たしてい
対策のため 9.8 %」,「本や雑誌で不動産投資
る。空室保証をつけることでオーナーは収益
に関する記事を読んで 9.2 %」,「インターネ
を確定することができる。特に副業として賃
ットで不動産投資に関する本を読んで 8.5 %」,
貸業を営んでいるオーナーにとって事業面で
「資産運用のセミナー等に参加して 6.5 %」,
の心配事から完全に解放されるメリットは大
「友人知人が不動産投資を行っていたため
きい。当然その分の費用負担は生じるものの,
4.6 %」と続く。つまり副業として不動産経営
相場より高めの家賃設定となっていることか
を行っているオーナーが全体の 92 %をしめて
ら競合他社との比較においては優位性がある。
おり,74 %は何らかの形で管理会社を利用し
またオーナーは三井不動産住宅リースと空室
ており,その主な目的は副収入と税金対策で
保証つきのサブリース契約を選択した場合,
ある。このアンケートが賃貸オーナーの現況
提携金融機関から金利優遇政策を受けられる。
を代表しているとの断定はできないものの,
このような制度を採用できている企業は見当
将来への不安などから副業で賃貸オーナーに
たらず,差別化要因のひとつに挙げられる。
なる人たちが増えてきている傾向にあること
更に金融機関の審査のために着工時期が遅れ
は間違いない。ではこれらのオーナー像を想
ることがなくなるという副次的な効果も期待
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できる。そして空室保証によって逆さやにな
を得ることに成功し,相場より高額賃料であ
らないようにするために三井不動産住宅リー
りながら高い入居率を示すことで能力的信頼
スでは管理会社で培ったノウハウを活かし,
(competence trust)を得ることに成功し,長
企画段階から参入することで高い商品力の物
期空室保証条件を付したサブリース契約によ
件をつくることに成功し,かつ長期的な事業
って契約的信頼(contractual trust)を得る
計画の提示と長期保証を付与することで不確
ことに成功していると説明できる。そしてオ
実性が可視化される等,オーナーからの信頼
ーナー,設計事務所,金融機関,仲介業者と
を得ることができている。ここで「三井」の
連携しながら,それぞれが抱えている不確実
ネームバリューが信頼に寄与していることは
性を請負,それらを除去して収益に還元して
否めないが,結果を残しているからこそ守ら
きている企業であるといえる。
れているものと考えられる。
これらの信頼はオーナーだけにとどまらず,
設計事務所や金融機関や仲介業者についても
④
まとめ
同様であり,それぞれが抱えている不確実性
の除去と可視化による提携メリットが生じる。
では三井不動産住宅リースの成功は現実の
具体的には三井不動産住宅リースと提携する
ビジネスにおいてどのような示唆を与えるの
ことにより設計事務所はオーナーに対しての
であろうか。戦後の日本の消費者の特性 7)と
説明責任,事後責任から解放される。金融機
して,未熟だが関心が高く購買におけるリス
関にとっては与信の高い物件となり不良債権
ク回避志向が挙げられる。おそらく現在にお
に対する心配から解放される。仲介業者にと
いてもこの傾向は,特に高関与財においては
っては高マージン・高回転な物件は利益貢献
変わらないであろう。更に日本の消費者の特
度が高い。もちろん三井不動産住宅リースに
性としてつけ加えるならば,サービスを要求
とっても,優良なオーナーが集まらなければ
するもののサービスに対しては代償を払いた
業績は伸びないし,優れた設計事務所がいな
がらない。そして保証を要求するものの納得
ければ魅力的な建物にはならない。金融機関
のいく説明がなければ信じられない。つまり
の金利優遇制度は差別化要因につながると共
信頼のできる保証を伴ったサービスでなけれ
に円滑な事業を保証し,仲介業者の推奨は入
ば代償を払いたがらない傾向が見受けられる。
居率を高めることにつながる。つまりそれぞ
本稿のケースのように,消費者の購買プロセ
れは互恵関係 にある。
スの理解による的確なマーケティングがなさ
5)
以上のことを継続的取引における信頼概念
れることが前提条件となるが,信頼に基づいた
6)
を適用すると,通常プロジェクトの最終段階
互恵関係によって不確実性を収益に還元して
で選ばれる管理会社でありながら長期事業計
いくことができれば成熟した市場においても
画を携え,企画段階から積極的に情報提供を
ビジネスチャンスを見つけられるのではない
行うことで誠意による信頼(goodwill trust)
だろうか。特に信用属性(credence attributes)8)
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マーケティングジャーナル Vol.28 No.2(2008)
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購買プロセスの観点から見た賃貸ビジネスの成功要因
の比重の高いナレッジサービスなど,購買時
者向けのサービスに進出している。更に本業
には形が見えにくく,不確実性を多分に含ん
における空室保証つきサブリースにおいては
だ財には有効かと思われる。
リスクに応じた保証を検討し始めている。し
しかし三井不動産住宅リースにも環境変化
かし信頼に基づいた互恵関係こそが競合他社
に伴う 2 つの潜在的な課題がある。1 つ目は
との差別化された収益の源泉であり,強みと
新規の新築物件獲得の困難さである。タイム
考えれば,入居率を業績の一番重要な指標と
ラグがあるため直接業績に影響が出始めるの
してマネジメントする必要がある。外部環境
はやや遅れるであろうが,建築基準法の改正
的に新規の新築物件権の獲得が困難であるこ
に伴う着工件数の落ち込み,資材インフレ,
とから,企画という強みを活かしリノベーシ
職人不足に伴う建設費の高騰等により,順調
ョンやコンバージョンにより新たな価値を提
な新規の新築物件の増加は見込めなくなって
案していく戦略も有効であると考えられる。
きている。三井不動産住宅リースの強みは企
ただし新規の新築物件とは若干ノウハウも異
画段階から参入することで,物件に人を呼ぶ
なるため,成長戦略に合わせて組織体制を整
のではなく,人の呼べる物件をつくることに
備する必要がある。
あるが,今後は企画にかかわっていない物件
注
1)購買プロセスについては Henry Assael(2004)参
照
2)限定された合理性(bounded rationality)について
は H. A. Simon(1945 ・ 1947 ・ 1957)参照
3)判断力については池尾(1992)参照
4)決定方式については杉本(1997)参照
5)互恵関係については矢作(1994)参照
6)信頼概念については小野(1997)参照
7)日本の消費者の特性については池尾(1999)参照
8)信 用 属 性 ( credence attributes) に つ い て は
Christopher Lovelock, Lauren Wright(1999)
参照
の管理が増えることも予想され,そのような
場合に高い入居率を維持することができるか
どうかが課題として挙げられる。2 つ目は高
級市場における競争の激化である。分譲価格
の高騰やサブプライムローン問題の余波によ
り大量の売れ残り分譲物件の一部が賃貸の高
級市場に流れ込んでくる。また今まで分譲主
体であった不動産会社が今後賃貸ビジネスに
注力してくることや,仲介フランチャイズ系
などの参入も十分考えられ,利益率の高い高
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級市場が激化することは明らかである。更に
インターネットの普及により商品力そのもの
が重要になってきたが,今後は競合他社も商
品力向上に努めてくることが予想される。た
だし信頼に基づいた互恵関係を構築するのは
模倣困難なことから競争優位は失われていな
い。
このような状況を考慮し三井不動産住宅リ
ースは新たな収益源として,仲介業務や入居
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金児 誠之(かねこ まさゆき)
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1997 年 京都大学工学部建築学科卒業
2006 年 慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課
程修了
現 在 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課
程在籍
134
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