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【産みの親・育ての親】
enture
本業だけでイノベーションは無理
激変の時代にこそ新規事業を
【次世代共創プロジェクト】
小室 明義 氏
東急不動産株式会社 事業創造本部 マーケティング戦略部 統括部長
小室 明義 氏
縮小する市場を前にして、新規事業に挑戦する意欲もチャンスも後退気味だ。しかし、世の中の変化を
敏感に捉えれば、新しいビジネスの芽は必ず転がっている。I T社会の到来をいち早くキャッチしてWEBに
よる福利厚生代行サービスを行う株式会社イーウェルを興した一方で、現在は、本社に戻り、「産みの親・
育ての親」の立場で新規事業のインキュベートに挑む東急不動産株式会社の小室明義氏にお話を伺った。
聞き手:東京ガス(株)西山経営研究所 八代比呂美 Text&Photo:Apis 山崎玲子
安定していますが、全般的に人材が
枯渇しています。目の前の主力事業で
稼ぐ人材と、新規事業に当てる人材の
バランスをいかに取っていくのかは悩
ましいところです。
まずはイーウェル設立の経緯を
お聞かせください
(株)イーウェルは、インターネットを
使った企業福利厚生のアウトソーシング
の会社です。2000年10月に、東急不動
産の社内ベンチャーとして設立しまし
た。私が所属していたリゾート事業本部
で検討した事業です。当時は、まだバブ
ル崩壊の後遺症が色濃く残る時代でし
たから、大企業の保養所閉鎖や給与の
カットが相次ぎ、株価も軒並み100円を
切るような状況でした。当然、デベロッ
パー業界も事業の撤退や賃料の引き下
げといった話ばかりで、前向きな仕事は
何もありません。そんな時期に、当時の
本部長が「小資金で、既存のリソースを
使える新しい事業」を考えるようにと言っ
たわけです。そこで、福利厚生事業なら、
先行業者はあるものの、違った事業モデ
ルを作れば当社にとって非常に優位性が
あるものになるのではないかと考えて、
1999年ごろより社内検討を始めました。
当時は、弊社の社内ベンチャー制度も
なく、インターネットやアウトソーシング
という言葉自体、珍しかった。ネットの
常時接続も普及していない時代に、イン
ターネットを使った福利厚生のアウト
ソーシングと言っても理解されませんで
した。しかし、その後は順調に売上を伸
6 企業発ベンチャー magazine vol. 6
ばし、今では業界トップクラスの業績を
誇るまでに育ちました。
現在は再び本社に戻り
事業創出に尽力されていますね
本社に戻って 1年半になります。2011
年度に新しく立ち上げた、新たなビジネ
スモデル創出のための事業創造本部
マーケティング戦略部で、大きく 2 つの
ことをやっています。1つはいわゆる新規
事業のインキュベート。そして、もう 1つ
は顧客マーケティングです。
高度成長期は作れば売れる時代でし
たが、これからはお客さま視点が欠かせ
ません。弊社の中期事業計画もお客さま
視点を重視した内容になっていますが、
ひとくちにお客さまと言っても、弊社の
事業領域はリゾート事業から東急ハンズ
のような小売業まで非常に多岐にわたり
ます。当然、約 800万人のお客さまも
非常に多様です。そのすべてのお客さま
の声に耳を傾け、新たな事業に積極的に
活かしていくことが目的です。
私が事業を立ち上げたころとは企業を
とりまく環境も大きく変わり、新規事業
の位置付けも微妙に変わってきていると
感じます。当時は、厳しい経営環境とは
言いながらも人材を投入してもらうことが
可能でした。翻って現在は、経営環境は
新規事業を生み出すために
どんな取り組みをしていますか
方法としては 3 つあります。1つは、い
わゆる 社 内 ベンチャー制 度 で す が、
2004年から続いている制度をリニュー
アルし、募集を社内からグループ企業へ
と広げ、提案者は私たちの部署に異動し
て事業化の検討を進めていくしくみと
しました。インセンティブについても、
従来の賞金といった経済的リターンを
厚くさせることよりも、発案者の負担
軽減、たとえば、事業計画作成にあたって
使用する外部リソース費用を、会社負担
にするといった事業化サポートを強化
する方向にシフトしました。リニューア
ル後の応募件数は、過去最多の 61 件、
うち 36 件がグループ企業からと活性化
しています。現在、事業化の検討まで
駒を進めているプロジェクトとしては、
ペット関連とユニバーサル家具関連の
案件があります。
2つ目は、「次世代共創プロジェクト」。
これは、住宅、ビル、リゾートといったさ
まざまな社内の部門や、東急ハンズ、東
急ホームズ、イーウェルといったグルー
プ内のシナジー効果を高めて新たな事業
を共創しようというものです。新規事業
を興すというより、
「各社同士の現場
KOMURO Akiyoshi
1963年生まれ。東急不動産株式会社、
東京急行電鉄株式会社(出向)にてビル開発
やリゾート開発等に携わる。その後、社内
ベンチャーで企業の福利厚生のアウトソー
シング事業を立ち上げ、2000年に株式
会社イーウェルを設立の後、常務取締役に
就任。2010年に東急不動産に戻り現職。
株式会社イーウェル取締役(兼務)
ベースで、小さいことでも良いので新し
いサービスを生み出していこう」という
イメージです。具体的には、グループ各
社の 30歳前後の社員に参加してもらい、
交流の機会や場を通じて相互理解や信
頼関係の構築を深めてもらう。そして、
その中から検討すべき案件が出てきた
ら、具体的に検討していきます。必要
に応じて合宿も行うんです。もともと
参加者の現場意識が高いこともあって、
他社のことが分かってくるとアイデア
がどんどん出てきて活性化します。
3つ目は、事業創造本部がテーマを
決めて新事業を立ち上げるもの。人口
減や高齢化のような、住宅部門単独、
リゾート部門単独では限界のある、いわ
ゆる縦割りの思想では解決できない分野
を検討領域にしています。現在、すでに
ヘルスケア分野での検討を始めています。
企業発新規事業創出を推進する
上で何に注力すべきでしょうか
やはり、自ら出資して会社を興すだけ
でなく、広い意味での社内ベンチャー、
いわゆる企業発ベンチャーでしょうね。
特に、社内ベンチャーというと、本業と
違うことをやりたがる傾向がありますが、
私は自社のリソースやお客さまを生か
して、相乗効果を生むような事業をやる
べきだと思っているんです。たとえば、
月単位で貸していた不動産業において
も、若い人やベンチャーによって働き方
に変化が起きたら、そこに新たなビジネ
スチャンスが生まれるはずです。それは、
個人向けのサテライトオフィスかもし
れないし、人が集まって仕事ができる場
を創ることなのかもしれません。世の中
の変化を敏感に捉えて、自分のビジネス
領域でできることをやる。やはり、会社
が投資するなら、ある程度、領域が揃
わないと結果的にうまくいかないと思う
んです。
企業は、従来の本業だけをやっていた
らイノベーションは起こせません。近年
のように変化が大きい時代にイノベー
ションがなければ、気づいたら時代遅れ
ということにもなりかねない。新規事
業自体の利益は小さくても、新規事業が
生まれることで人材も育つし、社内に新
しい動きが出てくると思うんです。イー
ウェルも、当時は事業内容を理解しても
らうことが難しかったわけですが、現在
ではグループ会社が使ってくれている。
たとえば、スポーツオアシスの会員の
福利厚生に使うとか、東急不動産の管理
するビル入居者に福利厚生をつけると
いった具合です。当社の場合、新しい
ことをやる風土、DNA はあるんです。
東急ハンズも、東急百貨店ではなく
東急不動産が興した事業だからこそ、
東急不動産グループがグループ内のシナ
ジー効果を活かした新規事業を生み出す
ことを目的に2011年より始めたプロジェ
クト。グループ各社より1名ずつ参加社員
を募り、単に事業企画を検討するだけで
なく、グループ企業間の共感を高めるた
めのチームビルディングやワークショッ
プ、Facebookや合宿なども活用したプロ
グラムを実施している。今年度は、昨年度
の事業化案「会員制サテライトオフィス
事業」の事業化に向け検討を進めている。
うまくブランディングできたのだと
言われています。
最後に、若い人たちへのエールと、
国への要望をお聞かせください
新しいことをやるのは大変です。とく
に大企業における企業内ベンチャーは
「お前ら、何をやっているんだ」と、たい
がい言われる。だから、新規事業は“言
われたからやる”という人は成功しない
と思うんですよ。言い換えれば、やる気
とそれをサポートするしくみさえあれば、
うまくいくかもしれない。個人の能力や
経験による差はあるとしても、めげずに
やり通すことが、一番重要だと思います
ね。あとは、仲間。新しい事業の相談相
手として、メンター的な人や相談相手を
社外に持てるといいですね。
国に対しては、大企業と中小企業や
個人とが、ビジネスマッチングできる
機会を増やしていただきたい。たとえば、
起業に関する講演だけじゃなくて、懇親
会で交流を図ることも必要だと思うんで
す。企業のニーズもあるだろうし、ノウ
ハウや販路のない個人起業家もいる。
そこに、学生や大学の教授が入ってきて
もいい。お互いの接点ができれば、組織
の枠を超えた共創はもっと広がると思い
ます。
「企業発ベンチャーでは、自社の
リソースやお客さまを生かして、
相乗効果を生むような事業をやる
べきだと思っているんです」
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