会誌ファイル - アルカロイド研究会

アルカロイド研究会会誌
Vol.36(2010)
第 36 回
アルカロイド研究会
会長:藤村 欣吾
(広島大学 名誉教授、広島国際大学 薬学部 教授)
日 時:平成 22 年 6 月 26 日 13 時
場 所:日経ホール (東京都千代田区大手町)
共 催:化研生薬株式会社
沢井製薬株式会社
第 36 回アルカロイド研究会を終えて
こ の 度 お 陰 を もちまして第 36 回アルカロイド 研 究 会 を 無 事 終 え る こ と が 出 来 ま し た。
36 年も続いている研究会は昨今では非常に珍しく、このような長寿命の研究会も一つには
セファランチンが多様な、マイルドな効能を有する薬剤であるために、新たな臨床的、基
礎的研究テーマが生まれやすい点、さらにはセファランチン一筋でアルカロイド研究会に
こだわり続けた化研生薬の心意気によるところが大きいと思います。
研究会の内容もセファランチンの効能効果に関する基礎研究中心から、蛇毒咬傷、放射
線治療後の白血球減少症、円形脱毛症の治療など臨床研究、また自己免疫疾患に対する効
果やガン治療に対する補助的効果などの研究から、時代を反映した種々の癌治療に加え癌
の集学的治療が研究会のテーマとして取り上げられるようになって来ました。
今回も一の柱は本来のアルカロイドによる臨床研究として、「アルカロイドと疾患」を取
り上げ、アコニンサン錠が難治性の疼痛疾患の一つである線維筋痛症の痛みのコントロー
ルに有用であることが報告され、さらにセファランチンが円形脱毛症の治療ガイドラインの
中に位置づけられたことが紹介されました。またセファランチンが多発性骨髄腫細胞株の
アポトーシスを誘導することから臨床的に化学療法との併用により難治性多発性骨髄腫症
例に対し総合的生活支援に非常に有用であることが述べられました。これらの報告はいず
れもアルカロイド が 優しく効 果 を 発 揮 す る 薬 剤であることが再確認できた点と臨床上アル
カロイドが新たな展開をして行く可能性を示唆したワークショップとなったと思います。
二つめの柱はがん医療が在宅で可能か? の命題に関して患者家族や多方面の医療従事
者の方々から現状を報告していただき、現在どこまで可能で何が問題かが浮き彫りになり
ました。参加された方々は日本の各地で草の根的活動がなされていることに心強さを感じ
たのではないでしょうか。
最後に今回新たな試みとして市民公開特別講演を開催しました。生き物としてのヒトの
行く末、その行く末を見据えた生き方、過ごし方を医学的に、社会学的にどのように考え
るのか、大阪市立大学井上教授、東京大学上野教授お二人による絶妙のトークは、団塊の
世代の多くがこれから直面する難題に一石を投ずる道標となりました。このように多彩な
研究会に快く協力を頂いた演者の方々、また会を盛り上げていただいた聴衆の方々に改め
て御礼申し上げます。また裏方として化研生薬と昨年より新たに加わっていただいた沢井
製薬の新しい力の結集により何とか成功裏に終了することが出来ました。
この研究会を通じて 2 社のこれからのますますの発展を祈念しております。
平成 22 年 7 月末日
第 36 回アルカロイド研究会
会長 藤村 欣吾(広島大学名誉教授、広島国際大学薬学部教授)
目 次
Section Ⅰ:ワークショップ
「アルカロイド(生薬)と疾患」
座長 広島国際大学 薬学部 病態薬物治療学講座 藤村欣吾
1) 線 維 筋 痛 症 の 病 態 と ア コ ニ ン サ ン 錠 の 治 療 …………………………………………………………11
尼崎中央病院 整形外科、大阪大学疼痛医療センター、行岡病院 リウマチ科
三木健司 ほか
2)円形脱毛症の治療におけるセファランチンの役割 ………………………………………………17
北里大学医学部 皮膚科 齊藤典充
3)M y el o m a(骨髄腫)の 病態とセファランチン ………………………………………………………25
熊本大学医学部附属病院 血液内科 畑 裕之 ほか
Section Ⅱ:ワークショップ
「がん治療と地域・在宅医療の今後は」
座長 独立行政法人国立病院機構西群馬病院 院長 白十字訪問看護ステーション 統括所長 斎藤龍生
秋山正子 1)がん患者・家族からのメッセージ ……………………………………………………………………33
NPO 法人愛媛がんサポートおれんじの会 松本陽子
2)がん拠点病院 外来化学療法から在 宅へ ……………………………………………………………37
三重大学医学部附属病院 外来化学療法部 影山慎一
3)がん診療連携拠点病院看護師からみた医 療 ………………………………………………………41
日本大学医学部附属板橋病院 在宅療養支援室 師長 鹿渡登史子
4)いま、地域の家庭医に求められている「がん医療における役割」とは? ……………………………49
医療法人聖岡会新逗子クリニック
(現職:医療法人社団医創会セレンクリニック) 高橋秀徳
5)在宅医療・看護師から見た医療 〜訪問看護からのメッセージ〜 ………………………………55
白十字訪問看護ステーション 統括所長 秋山正子
Section Ⅲ:特別講演
「市民公開特別講演」
1)航老学処方箋………………………………………………………………………………………………65
大阪市立大学大学院医学研究科 分子病態学講座 井上正康
2)女の老い・男の老い ………………………………………………………………………………………73
東京大学大学院人文社会系研究科(社会学者) 上野千鶴子
Section Ⅳ:一般演題・示説
1)セファランチンは pan-ATP binding cassette transporter inhibitor として作用するか ………………………79
岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 山本昌直 ほか
2)ヒト培養細胞(HSC4)の増殖に及ぼすセファランチンの影響 ……………………………………………………85
中国学園大学現代生活学部 人間栄養学科 川﨑祥二 ほか
3)腎虚血再還流障害に対するセファランチンの有効性の検討 ………………………………………………………91
大分大学医学部 麻酔科学講座 日下淳也 ほか
4)血小板減少モデルマウスにおけるセファランチンの効果 …………………………………………………………93
山口大学大学院医学系研究科 情報解析医学系専攻 病理形態学分野 崔 丹 ほか
5)セファランチンは LPS 誘導全身性炎症モデルにおいてNF‐κBを阻害することで 抗 炎 症 作 用を発 揮する …97
大分大学医学部 麻酔科学講座 長谷川 輝 ほか
6)口腔扁平上皮癌における Cepharanthine の放射線増感効果 ………………………………………………………99
山口大学大学院医学系研究科 上皮情報解析医科学講座 歯科口腔外科学分野 原田耕志 ほか
7)放射線治療時におけるセファランチンの 併 用 ……………………………………………………………………105
地方独立行政法人県立多治見病院 放射線科 小山一之
8)口腔癌における外部放射線治療による白血球減少症に対するセファランチン投与の 効 果 …………………109
秋田大学医学部附属病院 歯科口腔外科 大渕真彦 ほか
9)頭頸部悪性腫瘍に対する放射線化学療法時の白血球減少症へのセファランチン、アンサーの効果
:静注化学療法と動注化学療法の比較 ………………………………………………………………………………113
大阪大学大学院歯学研究科 歯科放射線学教室 柿本直也 ほか
10)食道癌化学放射線治療における白血球減少に対するアンサー
VS
セファランチンの 検 討 ………………115
東北大学病院 放射線治療科 久保園正樹 ほか
11)放射線性唾液腺障害と味覚障害に対するCepharanthin効 果 の 検 討……………………………………………117
佐賀大学医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座 島津倫太郎 ほか
12)当科におけるセファランチンを用いた頭 頸 部 悪 性 腫 瘍に対する DCS 療法 …………………………………127
岐阜県総合医療センター 歯科口腔外科 秋山京子 ほか
13) 高齢者頭頸部悪性腫瘍患者に対する化学療法時の白血球減少症へのセファランチンの使用効果について……133
九州歯科大学 第二口腔外科 山本哲彰 ほか
14)セファランチン長期投与例の臨床的検討 ……………………………………………………………………………137
八戸赤十字病院 歯科口腔外科 小幡和郎 ほか
15)長 期 経 過を辿った末にセファランチン ® が 有 効であった 口 腔 扁 平 苔 癬 の1例………………………………141
住友別子病院 歯科口腔外科 兵頭誠治 ほか
16 )当院皮膚科の口腔疾患におけるセファランチンの有効であった6症例 ………………………………………145
高松市民病院 皮膚科 佐伯圭介
17)丘疹 紅 皮 症に対する セファランチンの有用性 ……………………………………………………………………151
京都市立病院 皮膚科 小西啓介 ほか
18)SADBE 療法とセファランチン ® 内服療法によって治 癒した女児の全頭型円形脱毛症の1例 …………157
白河厚生総合病院 皮膚科 竹之下秀雄
19)当院における脱毛治療 ─第2報 ─ ……………………………………………………………………………………163
医療法人美咲会 ふくずみ形成外科 吹角善隆
20)線維筋痛症 に対するアコニンサン錠の使用経験 …………………………………………………………………169
北里大学医療衛生部 酵素・紅豆杉 補完医学研究部門 中島 修 ほか
21)肩夜間痛に対するアコニンサン錠の使用経験 ……………………………………………………………………175
宏善会諫早記念病院 整形外科 木村和也 ほか
22)神経障害性疼痛に対して近赤外線照射と加工ブシ末(アコニンサン錠)が 有効であった症例 …………………177
鶴見大学歯学部 歯科麻酔学講座 三浦一恵 ほか
23)舌痛症に対する加工ブシ末製剤の臨床効果 …………………………………………………………………………181
玉造厚生年金病院 歯科・口腔外科 原田利夫 ほか
24)口腔顔面痛に 対するアコニンサン錠 ® の 有 用 性 …………………………………………………………………185
大阪大学歯学部附属病院 歯科麻酔科 河野彰代 ほか
25)過去 4 年間のアコニンサン錠投与症例についての検討……………………………………………………………189
琉球大学医学部高次機能医科学講座 顎顔面口腔機能再建学分野 砂川奈穂 ほか
26)医薬品ラベル表示及び包装に関する考察~ 医療安全管理の視点から~ ………………………………………193
公立大学法人横浜市立大学附属病院 薬剤部 古川大輔 ほか
27)ビカルタミド錠 80mg「サワイ」およびカソデックス ® 錠80mg のヒト前立腺癌由来細胞移植
モデルに対する 抗 腫 瘍 作 用……………………………………………………………………………………………199
沢井製薬株式会社 生物研究部 田中祥之 ほか
Section Ⅰ : ワークショップ
「アルカロイド(生薬)と疾患」
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ワークショップ
アルカロイド(生薬)
と疾患
1)線維筋痛症の病態とアコニンサン錠の治療
1)
2)
3)
尼崎中央病院 整形外科 、大阪大学疼痛医療センター 、行岡病院 リウマチ科 、
4)
桐蔭横浜大学医用工学部 臨床工学科 不老科学・加齢制御学部門 、
横浜総合病院 リウマチ科
三木健司
1 ~ 3)
5)
3)
、行岡正雄 、後藤 眞
4,5)
いる圧痛点のうち 11 箇所以上の圧痛点を確
線維筋痛症の病態
認できるものを線維筋痛症と診断する。圧痛
線維筋痛症は、1970 年代半ばに欧米でそ
点の測定には圧痛計を用いて 4kg/m2 の圧力
の存在が確認され、1980 年代に本邦でも確
を加えるが、圧痛計の無い場合には診察者の
認された全身に耐えがたい痛みがある疾患で
母指の爪が白くなる程度の力で押さえること
ある。原因不明の多様な疼痛が主に頚部から
を基準に行う(図1)
。また診断には Yunus
肩甲骨周囲や背部に始まり、徐々に全身の筋、
が 1981 年に提唱した小基準 2)も参考にすべ
関節などの結合組織に広がる疾患である。妊
きである。
娠可能な女性、特に 40-50 歳代の女性に多
線維筋痛症は、現在でも病態が明らかに
く、アメリカリウマチ学会が 1990 年に発表
なっていない。脳脊髄液中に発痛物質である
した診断基準
1)
では、3 ヶ月以上持続する全
身にわたる痛みがあり、18 箇所設定されて
サブスタンスPが増加し 3)、セロトニン前駆体
や代謝物の減少 4)が指摘され、下行性(疼痛)
1. 広範囲にわたる疼痛の病歴( 3ヶ月以上)
上半身、下半身を含めた対側性の広範囲の疼痛と
頚椎、前胸部、胸椎、腰椎部の疼痛、
いわゆる axial skeletal pain が存在
2.18 ヵ所の圧痛点のうち 11ヵ所以上に疼痛を認める
後頭部:後頭骨下部筋付着部(左右)
下頸部:C5−C7における横突間帯の前部(左右)
僧帽筋:上側縁の中間点(左右)
棘上筋:内側縁付近の肩甲棘の上(左右)
第二肋骨:第二肋骨軟骨接合部、接合部上面のすぐ脇(左右)
外側上顆:上顆から遠位2cm(左右)
臀部:外側に張り出した片側臀部を四分割した上外側(左右)
大転子:転子窩突起の後部(左右)
膝:関節線近傍の内側脂肪体(左右)
図 1 アメリカリウマチ学会の線維筋痛症診断基準(1990年)
11
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
Section Ⅰ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
抑制系の異常が原因と考えられている。この
と考えている。
ことから、中枢の感作によるものが原因のひと
「線維筋痛症診療ガイドライン 2009」(日
5)
つではないかと考えられている 。
本リウマチ財団発行)が平成 22 年 3 月に完
6)
からも線
成し今後は治療方法なども標準化されてゆく
維筋痛症患者は健常人なら痛みを感じない刺
ものと考えられる。また最近では運動器疼痛
激でも脳の中で痛みを感じていることが解っ
に対する治療が注目されつつある。線維筋痛
てきており高次脳機能の異常が原因の一つで
症も運動器疼痛と言う観点からも治療すべき
はないかと考えている。
である 11)。
線維筋痛症の診断は除外診断が重要であ
次にアコニンサン錠の線維筋痛症に対する
り、早期関節リウマチ、リウマチ性脊椎炎、
疼痛治療の効果を報告する。
SLE、ベーチェット病など膠原病や絞扼性神
附子は古くから漢方薬に配合され、主に疼
経障害などや運動ニューロン病、悪性腫瘍に
痛性疾患の鎮痛、虚寒証の患者の冷えおよび
よる痛みについても鑑別する必要があり、鑑
新陳代謝の改善に用いられてきた。しかし、
別が困難であるのは心身症、詐病、身体表現
附子は毒性が強く、附子を使いこなすのは名
性疼痛障害などがあげられるが、これらの鑑
医と言われていた。今回使用した化研生薬の
別については精神科的な鑑別を要する。
加工附子末は、附子を一定条件下で加圧加熱
セロトニンの前駆物質であるトリプトファ
処理を施して附子の毒性を減じ、その有益な
ン補充療法が線維筋痛症の痛みを軽減するこ
作用を保持した製剤である。アコニンサン錠
また最近の脳機能画像の研究
7)
とが報告され 、また最近では下行性抑制系
を賦活化するノイロトロピンが効果的という報
告も出されている 8)。
は、この加工附子末を主成分とする錠剤である。
症例・方法
ノイロトロピンは作用機序がはっきりし
線維筋痛症 23 症例
(女性 18 例、男性 5 例)
なかった薬剤であったが、脊髄のセロトニ
である。
ン受容体やα2 ノルアドレナリン受容体を介
アコニンサン錠は原則 1 日9錠3ヶ月間
する下行性抑制系を活性化することが明ら
以上投与とし、アコニンサン錠以外の投薬
9,10)
、慢性痛症の治療に使用されて
は変更しなかった。VAS(Visual Analogue
いる。慢性痛症の治療には、NSAIDs が中心
Scale, Pain Scale)、CRP、ESR を ア コ ニ ン
ではなく、主に中枢神経に作用する NMDA
サン錠投与前、後に記録した。
かになり
antagonist や GABA agonist やセロトニン再
吸収阻害剤である抗うつ剤、ノイロトロピン
(セロトニンおよびノルアドレナリン作動性
結 果
線維筋痛症では VAS はアコニンサン錠投
9,10)
与 前 61.74±30.13 が 41.61±31.44 と 有 意 に
れる。近年欧米ではプレガバリン(リリカ)
減少した(図 2)。圧痛点は 13.33±3.4 から
が使用されており、本邦でも治験が行われて
11.38±4.75 へと改善傾向あるが有意差は認
おり、認可されれば治療薬として有望である
められなかった(図 3)。線維筋痛症、関節
下行性抑制系賦活化
12
)などの薬剤が使わ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
は、著明改善 9 例(39.2%)、改善 1 例(4.3%)、
の疾患群もアコニンサン錠投与による CRP、
やや改善 1 例(4.3%)、不変 10 例(43.5%)、
ESR は変化無かった(図 4 ,5)
。
やや悪化 2 例(8.7%)であった。
線維筋痛症における患者による最終評価
副作用による中止症例はなかった。
図 2 線維筋痛症患者の VAS scores はアコニンサン治療後に有意に減少した。
(p<0.05)
図 3 FM:圧痛点数の変化
圧痛点数は治療前後で有意な変化は無かった。
図 4 CR P の変化
CRPはアコニンサン治療では変化無かった。有意差なし。
線維筋痛症(FM)のみならず、関節リウマチ(RA)
、脊椎関節炎(SA)
で も変化無かった。
13
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
リウマチ、リウマチ性脊椎関節炎のいずれ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 5 ESRの変化
ESR は変化無かった。
線維筋痛症(FM)のみならず、関節リウマチ(RA)
、脊椎関節炎(SA)
で も変化無かった。
まとめ
アコニンサン錠は線維筋痛症の圧痛点数は
有意には変化させなかったが、VAS を低下
させた。最終評価も約 40%の症例で著明改
善を示した。線維筋痛症、関節リウマチ、リ
ウマチ性脊椎関節炎のどの疾患群での炎症
マーカーである CRP、ESR には変化が無く、
抗炎症作用以外の機序でアコニンサン錠の鎮
痛効果があったと考えられる。アコニンサン
錠の鎮痛効果はプロスタグランジンとは関与
せず、
中枢性モノアミン(ノルアドレナリン、
ドーパミン、セロトニン)との関与が示唆さ
れている 12)。アコニンサン錠投与にて、うつ
指数である SRQ-D の改善が見られ、セロト
ニンとの関連が示唆されており 13)、これら
は下降性抑制系を介する鎮痛効果と考えられ
ている 14)。これらよりアコニンサン錠を慢
性疼痛疾患に使用することは NSAIDs に効
果のない症例に効果がある可能性が高く合目
的であると考えられる。
14
参考文献
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アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
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14)Isono T, Oyama T, Asami A, et al . : The
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tuber: the involvement of descending inhibitory
system. Am J Chin Med. 22(1):83-94, 1994
mice with spinal nerve ligation. Anesth Analg.
101:793-799, 2005
15
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
7) Russell IJ, Michalek JE, Vipraio GA, et al . :
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ワークショップ
アルカロイド(生薬)
と疾患
2)円形脱毛症の治療におけるセファランチンの役割
北里大学医学部 皮膚科
齊藤 典充
行性脱毛:頭髪の生え際が帯状に脱毛するも
円形脱毛症とは
のに分類することができる。
原因不明の後天性の脱毛症であり、頭部を
はじめ毛髪の存在するあらゆる部位に発症し
円形脱毛症の発症機序
得る。突然に脱毛をきたし、円形の脱毛斑を
円形脱毛症の発症機序は未だ不明瞭であ
生じる。小さな単発の脱毛斑のみの症例から、
り、これまでに多くの説が論じられているが、
重症例では脱毛斑が全頭部に拡大する場合
そのなかで関連があると思われるものについ
や、全身の体毛まで脱毛することもある。人
て以下に述べる。
口の 1 〜 2% に発症するといわれ、どの年代
1.遺伝的素因
でも発症するが、その半数が 30 歳までに発
本症に遺伝的素因があるという説は以前よ
症し、1/4 が 15 歳以下で発症するとされる。
り根強い。その根拠として以下の報告が挙げ
男女間に性差はない 1)。
られる。一般に患者の約 20%に家族内発症
分 類
を認めるといわれ、遺伝性の背景をもってい
図1
ることが示唆される 2)。一卵性双生児にお
本症は臨床的に脱
いて同時期、同部位に円形脱毛症が発症した
毛斑の数、範囲、形
例がある 3)。一卵性双生児ではその 55%に
態などにより大きく
両者に円形脱毛症が発症したが、二卵性双生
通常型(単発型:脱
児ではその確率は 0%であった 4)。などがそ
毛 斑 が 単 発 の も の、
の根拠となる例である。
多発型:複数の脱毛
2.アレルギー説
斑を認めるもの
(図 1)
)
再発性で難治性の円形脱毛症患者にアト
全頭脱毛:脱毛巣が全頭部に拡大したもの、
ピー性皮膚炎を合併することがあることは以
汎発性脱毛:脱毛が全身に拡大するもの、蛇
前より知られている。このことより円形脱毛
17
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
Section Ⅰ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
症発症の病因としてアレルギーが関与してい
るという説がある。
当科における検討では、円形脱毛症患者
200 名中 108 名
(54.0%)
にアトピー素因を認め、
46 名(23.0%)は脱毛の発症時にアトピー性
皮膚炎に罹患あるいは既往があった 5)。
3.精神的ストレス説
一般的に円形脱毛症はストレスとの関連が
深いと考えられがちであるが、その因果関係
についてはいまだ不明瞭である。これまでに
図2
円形脱毛症と精神的素因との関連を検討した
報告 6)では、特に子供に生じた円形脱毛症
2.成長期毛包における免疫学的特権について
には精神的ストレスが関与しているとしてい
毛漏斗部以下は古典的 MHC class Ⅰ抗原
る。しかし一方で精神的素因と円形脱毛症と
の発現を認めない特殊な部位で、脳、眼前
の関連はないとする考え方
7)
もあり、見解
房などと同様に Immune-privileged-sites and
は一致していない。
tissue(免疫学的特権を有する部位と組織)
4.自己免疫説
に分類される。この免疫学的特権は、古典
現在、円形脱毛症の発症要因として最も有
的 MHC class Ⅰを発現しないことに加え、
力なものは自己免疫説である。これは、①円
TGF- βの発現および Fas リガンドの発現に
形脱毛症には甲状腺疾患、白斑などの自己
より獲得される。すなわち、Fas 抗原の発現
8)
免疫疾患の合併がみられることがある 、
(Fas-Fas-L)により浸潤 T 細胞にアポトーシ
②脱毛巣の成長期毛包周囲には多数のリンパ
スを誘導することで死滅させ、その攻撃から
球浸潤がみられる、③円形脱毛症患者の血中
組織を防御していると考えられる。成長期毛
循環リンパ球のサブセットの比率に変動があ
球部には古典的 MHC class Ⅰが発現しない
9)
る 、④治療として接触アレルゲン、サイク
ことが判明しているが、加えて Fas-L が発現
ロスポリンなどの免疫修飾剤が有効である、
している可能性が高い。ところが、円形脱毛
といった点が根拠となっている。
症病巣部では Fas-L が減弱しているために免
円形脱毛症における免疫学的側面
1.病理組織学的所見
円形脱毛症の脱毛巣では、成長期毛根部周
囲や外毛根鞘、毛球部内に多数のリンパ球
疫学的特権部位としての機能が保たれず、毛
包周囲にリンパ球の浸潤をきたし、脱毛を生
じる。
治療について
が浸潤している(図 2)。これらのリンパ球
軽症例では、局所の血流を改善させる目的
は T 細胞が主体で、CD4(+)helperT 細胞と
で用いる塩化カルプロニウム液や副腎皮質ス
CD8(+)supressorT 細胞比は約 4:1 である。
テロイド含有外用剤の外用と、網内系賦活剤
18
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
(2)年齢は 16 歳以上で、性別は不問とした。
アレルギー剤などの内服とを組み合わせて
(3)糖尿病、肝疾患、腎疾患等重篤な合併症
治療が開始される。しかしこれらの治療で
を有する患者、脱毛症を発症しうる基礎疾患
も数ヶ月発毛がみられなかったり、全頭型
を有する患者、その他担当医師が不適当と判
や汎発型の場合には、PUVA療法、液体窒
断した患者は除外した。
素冷却療法、副腎皮質ステロイド局注療法、
Ⅱ)治療方法
squaric acid dibutylester(SADBE)を 用 い
セファランチンは 2 〜 3mg/day の経口投
た局所免疫療法などが行われている。一般的
与を基本投与量とし、最大 6mg/day までの
に単発型や多発型でも急速に拡大しない症例
投与量で治療を行った。また併用療法として
は予後が良いとされ、全頭型や汎発型は難治
グリチルリチン製剤を含む抗アレルギー剤の
とされている。単発型や多発型の中には治療
内服、塩化カルプロニウム、副腎皮質ホルモ
により早期回復、あるいは自然寛解する症例
ン剤の外用および液体窒素療法を各々の用
が多いが、そのような症例でも再発すること
法、用量をもとに用いた。
が多く、完全に治癒させることは困難な疾患
Ⅲ)臨床評価
といえる。
臨床評価については各担当医の主観的判断
円形脱毛症に対するセファランチンの有効性
に関する検討
前の項で述べた通り、円形脱毛症に対する
治療は、局所免疫療法、ステロイド局注療法、
によって決定された。
(1)治療期間は原則 3 か月間とし、治療開始
時と治療終了時の臨床症状を比較し治療効果
を判定した。
(2)臨床効果については、薬剤投与前に対し
紫外線療法、
血管拡張剤の外用、抗アレルギー
て 1: 著効(脱毛巣がみられなくなった)、
剤の内服や副腎皮質ホルモン剤の内服や外用
2: 有効(脱毛巣が投与前の 50% まで縮小)、
等を単独、あるいは複数を組み合わせて行わ
3: や や 有 効(脱毛巣に生毛がみられる)、
れているが、病型や症状に応じた決まった治
4: 不変、5: 悪化(脱毛巣の拡大がみられる)
療法は確立されていない。
の5段階で評価を行い、有効以上の症例数
今回我々は円形脱毛症に対し、セファラン
の全体数に占める割合を有効率として算定し
チンの経口投与と他剤との併用療法を行い、
た。
病型別に臨床効果、併用薬剤数、有害事象等
を検討した。
対象と方法
Ⅰ)対象患者
(1)
平成 19 年より 20 年の 2 年間に受診した、
(3)有用度は臨床効果に有害事象の発生状況
をふまえて、1: 極めて有用、2: 有用、3: や
や有用、4: どちらともいえない、5: 好ましく
ないの5段階で評価し、有用以上の症例数の
全体数に占める割合を有用率として算定し
た。
単発型、多発型、全頭型、汎発型の AA
患者 71 例
19
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
であるセファランチン、グリチルリチン、抗
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
結 果
(1)登録症例数
(4)多発型における改善度および有用度の検討
多発型登録症例は 48 例であった。全般改
善度としては、著効 5 例(10.4%)、有効 27 例
円形脱毛症の病型別内訳は単発型 18 例、
(56.2%)、 や や 有 効 14 例(29.2%)、 不 変 2
多発型 48 例、全頭型 1 例、汎発型 4 例の計
例(4.2%)、悪化なし(0%)であり、有効率
71 例であった。統計解析にはχ2 検定、マン
は 66.6% であった(図 3)。また有用度とし
ホイットニー U 検定を行った。
ては、極めて有用 5 例(10.4%)、有用 29 例
(2)全症例による改善度および有用度の検討
(60.4%)、やや有用 10 例(20.9%)、どちら
全 71 例における改善度は著効 8 例(11.3%)、
ともいえない 4 例(8.3%)、好ましくないな
有効 34 例(47.9%)、やや有効 23 例(32.4%)、
し(0%)であり、有用率は 70.8%だった(図 4)。
不 変 5 例(7.0%)、 悪 化 1 例(1.4%)で あ
併用薬剤数の検討では 2 剤併用で治療が行
り、有効以上の症例は 42 例であり、有効率
われた症例が 24 例と最も多く、次いで 3 剤
は 59.2% であった(図 3)。同様に有用度は
の 13 例であり、セファランチン単独使用例
極めて有用 9 例
(12.7%)、有用 35 例(49.3%)、
は 3 例であった。症例数が多かった 2 剤併用
やや有用 20 例(28.2%)、どちらともいえな
群の有効以上の症例の治療内容を検討して
い6 例(8.4%)、 好 ま し く な い 1 例(1.4%)
みると、セファランチン・フロジン群 7 例
であり、有用以上の症例は 44 例であり、有
(87.5%)、セファランチン・ステロイド外用
用率は 62.0% であった(図 4)。
剤 3 例(75.0%)であり、経口剤と外用剤の
(3)単発型における改善度および有用度の検討
併用が行われた症例が経口剤のみを併用した
全般改善度は、著効 3 例(16.7%)、有効 5
セファランチン・グリチルリチン製剤群 11
例(27.8%)、やや有効 7 例(38.9%)、不変
例(45.5%)に比し高い有効率があり有意差
2 例(11.1%)、悪化 1 例(5.5%)であり、有効
が認められた(p<0.05)
(図 5)。
率 は 44.5% で あった( 図 3)。ま た 有 用 度 は、
各々の併用薬剤と対照群とを臨床効果で比
極めて有用 4 例(22.2%)、有用 4 例(22.2%)、
較すると、ステロイド外用剤を併用した群と
やや有用 8 例(44.4%)、どちらともいえな
併用をしないで治療を行った群との間の有効
い 1 例(5.6%)、 好 ま し く な い 1 例(5.6%)
率に有意差が認められた(p<0.05)。その他
であり、有用率は 44.4%だった(図 4)。
の薬剤群では対照群との間の有効率に有意差
治療は 2 種類の薬剤を用いて行われた症例
は認められなかった(図 6)。
が最も多く 9 例であった。以下、4 種類の薬
剤を用いて治療を行った症例が 4 例、セファ
まとめ
ランチン単独で行われた症例と 3 種類の薬剤
このようにセファランチンは円形脱毛症治
を用いた症例がそれぞれ 3 例、5 種類の薬剤
療において他の薬剤との併用によってある程
が用いられた症例が 1 例であった。治療薬剤
度の有効性を示した。
の数によって治療効果には有意差はなかっ
た。
20
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
図 3 結果:臨床効果
図 4 有用度
図 5 併用療法数別臨床効果(多発型)
図 6 薬剤別臨床効果(多発型)
21
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
円形脱毛症診療ガイドラインのポイント
円形脱毛症は後天性脱毛症の中で最も頻
度が高い。これまでに数多くの治療法が報
表 1 クリニカルクエスチョン
(1) グリチロン内服は有益か
(2) セファランチン内服は有益か
告 さ れ て き た が、EBM 評 価 に 立 脚 し た 治
(3) 抗アレルギー剤内服は有益か
療法に基づく診療ガイドラインはなかった。
(4) 漢方薬は有益か
しかし患者に精神的ダメージや QOL 低下を
もたらす円形脱毛症は、あらゆる治療法を
用いて治療しなくてはならない。そこで日本皮
膚科学会が作成した円形脱毛症診療ガイド
ライン
10)
のポイントを示す。
表 1 に示すようなクリニカルクエスチョ
ンを設定し、各治療法におけるエビデンス
を検討し、推奨度を決定した。
その結果、B 群として
(12)ステロイド局注 、
(18)局所免疫療法を
挙げた。
治療対象より狭くした場合に B 群として
(13)ステロイドパルス療法(静脈注射)を
挙げた。
さらに C 群として
(1)グリチロン内服、
(2)セファランチン内服 、
(3)抗アレルギー剤内服、
(5)ステロイド内服 、
(8)ステロイド外用、
(9)塩化カルプロニウ
ム外用、
(10)ミノキシジル外用 、
(14)冷凍
療法、
(15)スーパーライザー療法(直線偏
光近赤外線照射療法)、
(16)星状神経節ブ
ロック、
(17)PUVA 療法、
(22)予後からみて、
(5) ステロイド内服は有益か
(6) シクロスポリン A 内服は有益か
(7) 精神安定薬内服は有益か
(8) ステロイド外用は有益か
(9) 塩化カルプロニウム外用は有益か
(10) ミノキシジル外用は有益か
(11) アンスラリンは有益か
(12) ステロイド局注は有益か
(13) ステロイドパルス療法(静脈注射)
は有益か
(14) 冷凍療法は有益か
(15) スーパーライザー療法(直線偏光近 赤外線照射療法)は有益か
(16) 星状神経節ブロックは有益か
(17) PUVA 療法は有益か
(18) 局所免疫療法は有益か
(19) 分子標的療法は有益か
(20) 催眠療法は有益か
(21) 鍼灸治療は有益か
(22) 予後からみて、治療しない(受けない)
選択は有用か
(23) 円形脱毛症の発症にアトピー素因が
関連するか
(24) Ophiasis 型への特異治療はあるか
(25) 発症に関して精神的ストレスの関与を
どう考えるか
治療しない(受けない)選択 を挙げている。
結 語
が行われている。そのなかでセファランチン
円形脱毛症は毛器官をターゲットとした
はある程度の効果を有し、安全に使用出来る
全身性の疾患である。しかし発症機序には
薬剤である。円形脱毛症は再燃を繰り返す疾
まだまだ不明瞭な部分が多く、今後のさら
患であるため、それぞれの患者さんに合った
なる検討が期待される。それゆえに病型、病状
治療法を長期にわたり継続して行うことが大
に応じた決まった治療はなく、様々な治療
切である。
22
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
1) 伊藤雅章:円形脱毛症 . 皮膚臨床,34:831-837,1992
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ント . 臨床皮膚科 , 63 : 96-99, 2009
23
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
参考文献
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ワークショップ
アルカロイド(生薬)
と疾患
3)Myeloma(骨髄腫)の病態とセファランチン
1)
2)
熊本大学医学部附属病院 血液内科 、八代総合病院 耳鼻咽喉科 1)
2)
1)
畑 裕之 、神崎順徳 、菊川佳敬 、満屋裕明
1)
どが臨床応用されているが依然として治癒困
1:骨髄腫とは
難な疾患で、平均余命は 3 ~ 5 年である。骨
おもな血液腫瘍(がん)は、白血病、悪性
髄腫の好発年齢は 60 歳台であり、近年の高
リンパ腫、骨髄腫である。前 2 者は、抗がん
齢者増加に伴い患者数は増加し、本邦の罹患
剤で治癒することがあるが、骨髄腫はいまだ
者数は 4000 名と推定される。
に治癒が得られない。50 年前にアルキル化
多発性骨髄腫の定義は、B リンパ球が最終
剤であるメルファランによる治療が開発され
分化した形質細胞の腫瘍である(図1)。骨
たが、平均余命は 2 年であった。近年サリド
髄腫細胞は、破骨細胞を活性化する一方、骨
マイドやその誘導体であるレナリドマイド、
芽細胞を抑制するため骨融解がみられ、骨痛
プロテアソーム阻害剤であるボルテゾミブな
や病的骨折の原因となる。その結果、血液疾
図 1 B 細胞の分化と骨髄腫
骨髄腫は形質細胞の腫瘍である。
25
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
Section Ⅰ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
患でありながら骨の異常をきたす。骨髄腫細
は不明であり、血管新生阻害効果も症例にお
胞は免疫グロブリンを産生する形質細胞が腫
いては証明されていない。
瘍化したものであるから、大量の免疫グロブ
サリドマイドは、50 年ほど前に薬害を起
リン(Monoclonal Protein;M タンパクとい
こした薬として有名である。強い胎児発育障
う)を産生する。M タンパクは時に、腎尿
害をきたすことから、処方に際しては厳重な
細管に沈着し腎不全の原因となる。また臓器
管理が必要である。日本では平成 21 年度か
に沈着後アミロイドに変性し、AL アミロイ
ら保険承認されたが、TERMS という薬剤管
ドーシスを惹起し多くの臓器を障害する。こ
理システムのもとでのみ処方可能である。平
のように骨髄腫は血液疾患ではあるが、多彩
成 22 年7月にサリドマイド誘導体であるレ
な病状を呈する。
ナリドマイドも承認されているが、これにも
RevMate という管理システムが導入されて
2:骨髄腫とサリドマイド
いる。
1990 年ごろよりサリドマイドが骨髄腫に
1)
このように、処方は容易ではないが、これ
効果を示すことが報告され始めた 。サリド
ら薬剤が奏功すれば、余命も年単位で延長さ
マイドは血管新生を抑えるとの論文があり 2)、
れうる。
さまざまな腫瘍に理論的には効果を示す可能
性がある。なかでも骨髄腫はその効果が明ら
3:骨髄腫とセファランチン
かであり、現在では広く用いられており、標
症例:この度、cepharanthine(CEP)大量療法
準治療に抵抗性の症例でも 3 割程度に効果を
が難治性骨髄腫に奏功した症例を経験した 3)。
示すと言われる。しかし、その機序について
症例は 75 歳女性である。これまでに標準的
図 2 セファランチンが奏功した症例の経過
縦軸は総タンパクを示し、高値であれば病状の憎悪を示す。
丸で囲った部分はセファランチンの効果を示す。
26
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
その後、セファランチン単剤を試行すると、
を認めたが、徐々に効果が薄れていた(図2)。
やはり効果は認められたが持続せず、ステロ
経過中に突発性難聴をきたし、近医耳鼻咽喉
イド剤とセファランチンの併用が奏功し、効
科に入院となった。その際、骨髄腫によると
果は 1 年以上持続した。
思われる血小板減少を認めていた。耳鼻咽喉
科では、血小板減少にセファランチン大量療
4:セファランチンの in vitro 効果
法が奏功することがあることから 4)、セファ
以上のように、症例においてセファランチンの
ランチン 30mg/ 日を処方された。同時に、
骨髄腫細胞に対する効果が観察されたので、
突発性難聴に対してリンデロンも開始され
in vitro における効果も検討した。検討には
た。突発性難聴回復後、当院血液内科受診し
骨髄腫細胞株 2 種類と患者由来骨髄腫細胞を
たところ、著明な血小板の増加と M タンパ
用いた。その結果、セファランチンは、骨髄腫細胞
クの低下を認め、近医耳鼻咽喉科へ問い合わ
株に、細胞周期の停止またはアポトーシスの誘
せたところ上記処方内容が判明した。
導 を直接もたらすことが示された(図3)。
図 3 A:骨髄腫細胞株に対するセファランチンの増殖抑制効果
すべての細胞株においてセファランチンは濃度依存性に増殖抑制効果を示した
B:セファランチンによる骨髄腫細胞へのアポトーシス誘導
形態観察 左:細胞、右:アポトーシスを呈する細胞の定量化
C:AnnexinV/PI 染色によるアポトーシス定量化
D:患者由来骨髄腫細胞へのセファランチンによるアポトーシス誘導(AnnexinV/PI 染色)
27
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
な多くの化学療法を施行され、その都度奏功
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 4 A:セファランチンによる Caspase-3 活性化
セファランチンは KHM-11 にのみ Caspase-3 の活性化を誘導した。
B:セファランチンによる活性酸素誘導
C:細胞周期解析
セファランチンは KHM-11 にのみ SubG1 期細胞(アポトーシス細胞)を誘導した。
S 期の低下、G0/G1 期の増加は両細胞株に見られた。
さ ら に 検 討 を 行 い、 ア ポ ト ー シ ス の 誘
導 は、 活 性 酸 素(ROS)の 産 生 と caspase
5:終わりに
活 性 化 に よ る こ と、 細 胞 周 期 の 停 止 は
骨髄腫は 60 歳以降に発症する治癒の得ら
p15INK4B および p21Waf1/Cip1 の増加によ
れないがんである。治癒は得られなくても、
ることが判明した(図4,5)。
さまざまな薬剤が開発され、そのたびに余
これまでにも、セファランチンが抗腫瘍効果
を示すことは散発的に報告されているが
5 〜 10)
、
命は延長されているとはいえ、患者は、骨
の痛みに苦しみつつ、迫る命の終わりにお
骨髄腫に対する報告は本例が初めてである。
びえねばならない。
抗腫瘍効果がミトコンドリアを経由する系
セファランチンは安全性が高く、長期間
と、細胞周期停止系の両方によることは、
使用可能かつ安価であり大量投与も可能と
セファランチンが多くの分子を標的とする
考えられるため、治癒の得られない骨髄腫
ことを示唆する(図6)。
においては終末期でも安全に使用可能であ
る。実際に、終末期の症例でセファランチン
28
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ア ル カ ロ イ ド( 生 薬 )と 疾 患
Section Ⅰ ワ ー ク シ ョ ッ プ
図 5 セファランチンによる Cyclin dependent kinase inhibitor の誘導
A:12PE においてのみ p15 INK4B , p21 Waf1/Cip1 が誘導されリン酸化 Rb の減少がみられた。
B:Caspase 阻害剤、ZVADfmk 存在下でのセファランチンによる p15 INK4B の誘導
KHM-11では Caspase 阻害下で 12PE と同様に p15 INK4B の誘導が見られた。
による一時的な病状の安定を得、在宅看護、
介護で看取られたかたも経験しており、セ
ファランチンは骨髄腫の終末期に有用である
と考えられた。筆者の経験では、単独投与よ
りもステロイド剤やサリドマイドなどとの併
用が有用であると思われるが、最適な投与法
の策定は今後の課題である。
図6 骨髄腫細胞に対するセファランチンの効果
アポトーシス誘導と細胞周期停止が
誘導されると考えられる。
29
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
参考文献
1)
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combined effect with adriamycin against
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CPT-11 resistance by using a biscoclaurine
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8) F u r u s a w a S , J W u , T F u j i m u r a , e t a l . :
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Cepharanthine exerts antitumor activity on oral
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Cepharanthine triggers apoptosis in a human
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through the activation of JNK1/2 and the
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2006
Section Ⅱ : ワークショップ
「がん治療と地域・在宅医療の今後は」
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅱ
ワークショップ
がん治療と地域・在宅医療の今後は
NPO 法人愛媛がんサポートおれんじの会
松本 陽子
はじめに
足掛け 5 か月の入院生活を終えて退院する
とき、もし自分が生き続けられるのであれば
33 歳の夏、私はがん患者になってしまい
「知識」ではなく「経験」を活かして、後に
ました。父親をがんで亡くしていたので、い
続く患者のために何かしたいと願いました。
つかは自分もと思っていたものの 30 代前半
で向き合うとは想定外の出来事でした。
おれんじの会の活動について
当時、NHK 松山放送局で医療問題を中心
退院後約 10 年を経て、地元愛媛でがん患
に取材する仕事をしていました。がんに関す
者と家族の会を立ち上げました。知り合いに
る情報、知識をかなり持っているつもりでし
声を掛け 6 人で始めた活動が新聞で報道され
たが、パジャマを着て病気に向き合うときに
ると、瞬く間に仲間が集まり 100 人を超える
は殆ど役に立ちませんでした。「知識」と「経
人が参加して 2008 年春に設立総会を開催し
験」はまったく別物でした。手術をして子宮
ました。1 年後の 2009 年 4 月に NPO 法人化
を摘出するという知識に、痛みの実感は伴っ
し、現在の会員数は約 140 人です。
ていませんし、抗がん剤治療の副作用として
活動は 3 つの柱を据えています。
「交流」
「学
嘔吐は知っていても、それがどのくらいの頻
び」「情報発信」です。
度で起こりどれほど辛いかは経験してはじめ
2 人に 1 人ががんと向き合う時代になって
てわかることでした。
なお、病気のことを大きな声では言えない雰
社会から切り離されていく孤独感、将来へ
囲気があります。患者も家族も孤独の中で療
の不安、
再発と死の恐怖。体の痛みに加えて、
養生活を続けています。でも、ひとりじゃな
闘わなければならない対象が次々と目の前に
い、仲間がいるということを分かち合うため
立ちはだかりました。これらには薬は効果は
の交流会を定期的に開催しています。
なく、家族や友人の支え、同病者の共感が大
また、がんに関する様々な勉強会も行って
きな力になることを思い知りました。
います。治療とおカネの話、補完代替医療の
33
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
1)がん患者・家族からのメッセージ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
こと、緩和ケアなどについて専門家から話を
聞いています。
病診連携に関する意識調査
そして、社会へ向けての情報発信です。患
◆調査主体 : 愛媛がん患者・家族会 おれんじの会
者・家族はどんな痛みを抱えているのか、医
療についてどう感じていて何を欲しているの
か、そうした思いを可視化し行政や医療者に
◆調査対象 : おれんじの会会員、例会参加者等 回答数 80
伝えることで療養環境を変えていきたいと
◆調査方法 : 質問用紙を例会で配布・回収
メールで配布・回収
願っています。
◆調査時期 : 2009 年1月〜2月
地域での医療連携に関する意識調査から
2009 年 1 月に
「病診連携に関する意識調査」
を実施しました。在宅医療への大きな流れの
「病診連携」という言葉を知っていましたか?
中で患者・家族はどういう状況に置かれ、ど
う感じているのかについての調査です。概要
は図に示す通りです。その結果、多くが肯定
的に捉えていることがわかりました。ただし、
そこには「主治医からの十分な説明を受け納
得すれば」という条件がついています。実は、
この「主治医からの十分な説明」が現実には
かなり難しいということも調査結果から伺え
ます。
「いまの状況でこれ以上の説明が可能
なのか?」
「パスに頼れば紙一枚で送る冷た
い医療になりかねない」などの厳しい声も寄
せられました。
実際、十分な情報提供のないまま転院し心
身の痛みに苦しんだ患者の例も少なくありま
せん。
では、どうすればよりよい医療連携が出来る
のか?意識調査の中で「最初から最後まで専
任で関わってくれるケアマネージャーのよう
な役割が必要」といった意見が複数みられま
した。従来の治療施設の主治医に何もかもを
求めるのは無理だということは明らかですの
で、そうした新たな役割、機能を創り出して
いくことが、解決の糸口になるかもしれません。
34
「病診連携」をどう思いますか?
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
病診連携について
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
自分や家族が、病院から診療所へ紹介されることになったらどうしますか?
納得するために何が必要だと思いますか?
35
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
さらに、医療者と患者・家族、行政だけで
この条例を受けて、患者・家族、医療者、
地域でのがん医療を考えるのではなく、政治
行政、政治、経済界、マスコミなどさまざま
や経済界、地域住民も含めた広い枠組みの中
な立場から意見を出し合うがん対策推進委員
で考えていくべきではないでしょうか?
会が設置されることになりました。がん患者
愛媛での取り組み が抱える経済的な問題や就労について、また
効果的な情報の周知など、これまでとは違っ
愛媛県では、2010 年3月に「愛媛県がん
た視点でもがん対策が議論されることになる
対策推進条例」が制定されました。この前文
と期待しています。
には次のように書かれています。
こうした動きが好事例を生み出せば、いず
「がん対策基本法の趣旨を踏まえ、すべての
れがんだけでなく他の疾病対策にもよい影響
県民が生命を尊重する良心に基づき、温かみ
が及ぶのではないでしょうか。
のある適切ながん対策を推進することによ
どんな病気であっても安心して暮らしてい
り、がんになってもお互いに支え合い、安心
ける街になるための取り組みが始まろうとし
して暮らしていける地域社会を実現すること
ています。
を決意し、この条例を制定する」
36
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅱ
ワークショップ
がん治療と地域・在宅医療の今後は
三重大学医学部附属病院 外来化学療法部
影山 慎一
2006 年 に 「 が ん 対 策 基 本 法 」 が 成 立 し、
診療が 「 手術中心の治療 」 からがん治療の 3
厚生労働省は施策として 「 がん対策推進基本
本柱である 「 放射線療法 」、「 化学療法 」 を
計画 」(図 1)を策定し、重点的に取り組むべ
加えての総掛かりの治療体系を構築しなが
き事項として、すべての 「 がん拠点病院 」 で
ら、「 どれでもどこでも 」 の均てん化治療の
「放射線療法・外来化学療法」を実施するこ
推進をしようとするものである。また、「 在
とを掲げた。このことは日本においてはがん
宅医療 」 の推進として 「 がん患者の意向を踏
図1
37
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
2)がん拠点病院 外来化学療法から在宅へ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
まえ、住み慣れた家庭や地域での療養を選択
べて効果予測がつきにくく、専門家でないと
できる患者数の増加 」 を目標としている。こ
実際には治療が行えない。すなわち、専門病
れらは、これまでの入院での抗がん剤治療か
院(がん拠点病院)の一元化して行う必要が
ら、通院による抗がん剤治療、地域・在宅で
ある。
の療法への転換推進を意味するものである。
このことより、治療を受けるかどうかについ
これまでのがん診療の中心は大きな病院で
ては、
利益、
不利益のバランスシートに乗っ取り、
の長期入院が中心であった。日本人のがん
患者自身が決断を下す必要がある(図 4)。
罹患が 「 二人に一人 」、がん死亡が 「 三人に
一人 」 と言われる中で国民病ともいえるがん
を入院診療しかも都会の大病院に任せること
が不可能になってきた(図 2)。また、患者
図4
三重大学医学部附属病院は 2007 年に三重
県のがん診療連携拠点病院に指定され、三重
県の地域のがん診療の中心的な役割を課せら
れている。2009 年 4 月より、外来化学療法部
図2
を独立して運営させて、化学療法専用 12 ユ
ニットによって、通院抗がん剤治療を行って
の側からの病名告知を受け、「 治療の方法と
いる(図 5)。治療件数は、月平均延べ数:
場 」 を患者自身が選択する時代となり、より
、稼働率は 1.4 であり、
338 件(2009 年 7 月〜)
QOL が高い治療を望むようになってきた。
当初の予想を上回る治療を行っている
(図 6)。
化学療法剤(抗がん剤)は様々な副作用を
通院治療の恩恵は、治療を受ける患者さん
生じさせる(図 3)。また、他の薬剤にくら
自身にあると考えている。家庭生活や仕事と
の両立をしながら、治療を受けられることは
誰もが望まれることであり、それを可能にし
たのは、副作用を軽減化できる支持療法の進
歩と自宅での自己管理のできるノウハウが明
らかになったことである。かつては、抗癌剤
の伴う吐き気のために食事がとれないことが
あったが、5HT3 受容体拮抗制吐剤により、
かなりコントロール可能となった。また、抗
図3
38
癌剤投与後の白血球数低下による感染リスク
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
時期を予測した自宅管理が可能となり、
G-CSF 使用により感染危険性の制御も
できるようにもなった。外来通院治療
を行う上で重要なことは、患者さんを
の医療スタッフがチームを組んで安全
に治療を行う技術と環境を整えること
と考えられる。
今後の課題として、抗がん剤治療か
ら緩和ケアへの移行をどのように行う
か、病院からクリニック(診療所)へ、
クリニックから在宅へ、切れ目のない
移行をどうするか、医療側、行政、患者、
家族、地域の全体での取り組みが必要
図5
図6
であろう(図 7)。
図7
39
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
中心として、医師、看護師、薬剤師ら
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅱ
ワークショップ
がん治療と地域・在宅医療の今後は
日本大学医学部附属板橋病院 在宅療養支援室 師長
鹿渡 登史子
1.はじめに
2.在宅療養支援室の機能・業務
当院は東京都区西北部に位置し、病床数
筆者が所属する在宅療養支援室は、看護
1,037 床、診療科 33 科、平均在院日数 14 日
部長直属の 1 看護単位組織である。看護師・
の大学病院である。第3次救命救急センター
保健師 10 名で構成され、スタッフ1名をが
を併設し、高度先進医療の研究・実践を行う
ん相談支援センターに出向している。室は
特定機能病院であり、かつ医療者の育成を行
1976 年に「訪問看護室」として開設して以来、
う教育・研修病院である。そして、がん対策
業務拡大に伴って「ホームケア相談室」
「在宅
基本法の制定された 2007 年からは、地域が
療養支援室」と改称したが、一貫して「在宅
ん診療連携拠点病院としての指定も受け、板
で療養する人を支援する」看護部署として、
橋・練馬・豊島・北区の人口 184 万人という、
その機能を担っている。
日本一規模の大きな二次医療圏を担当してい
主な業務は、在宅支援(退院支援および外
る。基本的に病床の種類としては、急性期の
来患者の療養支援を含む)、訪問看護、教育
一般病床である上に、このように多種多様な
指導である。当院で高度在宅医療や緩和医療
機能を同時に求められているのが、国内ほと
を導入し、地域に戻る患者・家族に、必要な
んどの大学病院が現在置かれている状況であ
医療・看護・介護を継続し、その人の生活の
る。
場でその人らしく、安心・満足・納得のいく
私はこのような大学病院のがん診療連携拠
療養生活を送ることができるように、支援・
点病院に勤める在宅療養支援専門部署の看護
調整を行う事を業務としている(図1)。 師の立場から、日頃患者との関わりの中で感
じている、がん治療と地域・在宅医療に関す
る課題について考えてみたい。
41
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
3)がん診療連携拠点病院看護師からみた医療
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図1 在宅療養支援室の業務
3.特定機能病院とがん診療
追い出さない病院』だろう。
がん診療を推進する役割を持つがん診療連
当院が特徴として強調する病院機能は、24
携拠点病院としては、患者の期待に応えたい
時間態勢で提供する超急性期医療や高度最先
のは当然ではあるが、一方特定機能病院でも
端医療などの「特定機能病院」としての機能
ある大学病院が患者の望む、治るまでの入院
である。しかし当室が相談を受ける多くの患
を受け入れれば、病床稼働率は低下し病院経
者・家族の声からは地域住民、なかでもがん
営そのものを逼迫する。これは容認できない
患者が求めるものと病院が強調したい機能と
ため、早期退院を促し、長期化しそうな入院
は、少しずれがあるように感じている。
そのものを回避する方針をとる事になる。
藁をもすがる思いで化学療法を継続する進
特定機能・大学病院、そしてがん診療連携
行再発がん患者にしてみれば、どんなに最先
拠点病院が行うがん患者の退院支援は、基本
端ですばらしい治療であっても、自分自身
的に対立する立場の違いの中で、施設や在宅
にその恩恵がなければ、命を危険にさらす辛
の受け入れを待てず、結果的に早々に在宅に
い副作用や衰弱を我慢して、この治療を受け
シフトしているのが現実であり、がん難民発
る意味は無い。がん患者は最高水準の治療が
生につながりやすい、大きな課題を抱えてい
できる病院に、自分のがんを治してほしいの
る。特定機能病院の医療連携は、今まさに施
であり、病院に望むことは『NOと言わない外
設完結型から地域完結型医療連携への転換が
来診療と救急入院、そして最後まで見捨てない、
急務とされている。
42
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
4.地域がん診療連携拠点病院の機能
1)集学的治療の提供体制および標準治療等
の提供
国ががん診療連携拠点病院を整備する根本
それによると、地域がん診療連携拠点病院
の目的は、全国どこでも質の高いがん医療を提供
は、我が国に多い 5 大がん(肺がん、胃がん、
できるよう、がん医療の均てん化を目指している
肝がん、大腸がん、乳がん)その他各医療機
ためである。ここで地域がん診療連携拠点病
関が専門とするがんについて、集学的治療及
院の機能を、指定に備えるべき要件から整理し
び緩和ケアを提供する体制を有し、各学会の
ながら、改めて本章の課題を考えていきたい。
診療ガイドラインに準ずる標準的治療等、患
厚生労働省より示された「がん診療連携拠
者の状態に応じた適切な治療を提供するこ
点病院の整備について」
(健発第 0301001 号平
と、と規定されている。集学的治療とは、手
成 20 年 3 月 1 日)によると、地域がん診療
術、放射線療法及び化学療法を効果的に組み
連携拠点病院の指定要件は大別して、⒈ 診
合わせた治療を言う。そしてこの治療を、ク
療体制に関するもの、⒉ 研修の実施体制に
リティカルパス(検査及び治療等を含めた詳
関するもの、⒊ 情報の収集提供体制に関す
細な診療計画表)を整備し、病態に応じたよ
るものが示されている。その内の⒈ 診療体
り適切な医療を計画的に提供できるように、
制の中に、地域がん診療連携拠点病院の診療
キャンサーボード(治療に携わる専門的知識
機能の詳細が明記され、提供する治療や提供
及び技能を有する医師等による治療に関する
体制についても規定されている(図 2)。
カンファレンス)を設置し、定期的に開催し
43
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
図 2 地域がん診療連携拠点病院の診療機能
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 3 在宅がん化学療法
て治療をすることとされている。
は、病棟医、外来医、病棟看護師、外来看護師、
2)化学療法の提供体制
化学療法室看護師、薬剤師、栄養士、リハ
また化学療法の提供体制については、化学
ビリテーション科、緩和ケアチーム、MSW、
療法のレジメンを審査し、組織的に管理する
医事課など、院内多職種メンバーを集め、入
委員会を設置すること、および外来化学療法
院による患者教育から退院後の外来での治療
室において化学療法を提供するがん患者が、
継続のパスを作成し、各職種からのアドバイ
急変時等の緊急時に、入院できる体制を確保
スをまとめた患者用パンフレットも作成する
することも規定されている。
プロジェクトに参画し、当室はその企画調整
当院においても外来化学療法室を設置し、
専門の医師、看護師、薬剤師等を中心に、外
来化学療法を実施している。2008 年からは
外来通院か入院でしか行う事が出来なかった
化学療法に、
外来で開始した抗がん剤投与を、
終了時自宅で患者自身に抜針してもらう「在
宅がん化学療法」の運用を開始した。
m FOLFOX6療法などに代表される進行再
発がんに対する新たな化 学 療 法である
(図 3)
。
この在宅がん化学療法運用の整備において
44
図 4 患者用パンフレット
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
遂行に中心的役割を担った(図 4)。
ケア・ホスピスという選択肢の提示さえ、易々
当院の在宅がん化学療法の開始は、がん患
とは認められない心情になる。
者にとって化学療法のための入院や頻回の外
新薬に一縷の望みをかける患者・家族には、
来通院を回避でき、より質の高い在宅療養を
決してあきらめず必死にがんと闘おうとする
享受できる可能性を広げられた点で意義があ
人、ただただ悲嘆にくれる人、怒りに転ずる
り、この恩恵を享受できた患者・家族が年々
人、様々なその人の反応があり、生き方があ
増加している事は良い結果と考える。
り、受容の様相がある。患者・家族が事実と
3)緩和ケアと相談支援の提供
向き合い、療養の場や生活の仕方を意思決定
しかし一方で、次々と開発され進歩する新
できるためには、今置かれている状況につい
たな化学療法は、そもそも進行・再発がんに
て、医療者からの適切な情報提供や納得の
対する治療であることに変りがなく、多くの
いく説明と同意、そして円滑なコミュニケー
場合いったん奏功する可能性はあるが、最終
ションがとれる信頼関係の樹立が必須である。
的に再燃・死の転帰をとるものであるという
そのためには、患者の内面に深く係る医 療 者
厳しい現実は、いかんともし難い。患者・家
の介入が最も重要であると考える(図 5)。
族にとって新たな化学療法の提示は、一筋の
揺れる患者・家族の気持ちをありのままに
希望の光である反面、逆にここまで病状が進
受け止め、厳しい局面に立つ自分と向き合う
んでいるということ、そして死の恐怖を、改
ことを支え、療養生活の意思決定を促し、がん
めて突き付けられる事にもなる。また、段々
とともに生きる生活を心身共に支える支援。
化学療法が奏功しなくなると、一旦期待して
今病院で行う医療の中で、一番不足し、必要
いただけに、奏功しない現実も、まして緩和
な支援は、これではないだろうか。
45
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
図 5 患者・家族の思い
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 6 がん相談支援センターの業務
がん診療連携拠点病院には、がんに特化し
ルパスの整備とその活用 ④退院時共同指導
て様々な 相 談 が できる「 相 談 支 援センター」
の推進である。診療報酬の改定で経済誘導も
(図 6)と、
「緩和ケアチーム」の設置も義務
され、このポイントに沿った地域医療連携の
づけられている。本来このような支援は、患
強化は大変重要な戦略目標となっている。
者を担当するどの医療者も対応ができて当然
当室は従来から変わらず在宅看護の実践部
のはずだが、
現代の病院の診療提供体制では、
署である。入院でも外来でも、病院から地域
業務の専門分化がすすみ、このような患者丸
に戻るその人が、その人の生活の場でその人
ごとの相談は、難しくなってきた。また、業
らしく、安心・満足・納得のいく療養生活を
務の専門分化が進めば進むほど、より多職種
送ることを目指して活動している。特に近年
協働のチーム医療で、医療を提供することが
は、地域の訪問診療・訪問看護につなぎ、必
必要となる。このような現状を踏まえて、相
要な医療・看護・介護が在宅で継続される退
談支援センターや緩和ケアチームの設置を、
院支援、在宅支援に力を入れてきた。 国は義務付けているのかもしれない。
ここにきてまさに在宅支援へのニーズは高
4)病病連携・病診連携の協力体制(図7)
まりを見せている。改めて室が実施している
病病連携・病診連携の協力体制で、国が強
業務の重要性を自覚すると共に、看護の質を
化を目指しているのは、①拠点病院と地域医
高め、病院と地域、患者・家族とケアチーム、
療機関との患者の紹介・逆紹介 ②診断・治
それぞれの架け橋となって、がん診療と地域
療に関する連携協力 ③地域連携クリティカ
医療連携へのより一層の貢献を目指したい。
46
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
図 7 地域医療連携
参考文献
1 ) h t t p : // w w w . m h l w . g o . j p / t o p i c s / 2 0 0 6 / 0 2 /
tp0201-2.html
厚生労働省健康局総務課がん対策推進室;が
ん 診 療 連 携 拠 点 病 院 の 整 備 に つ いて,健 発 第
0301001号,2008
47
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅱ
ワークショップ
がん治療と地域・在宅医療の今後は
「がん医療における役割」とは?
医療法人聖岡会新逗子クリニック
(現職:医療法人社団医創会セレンクリニック)
高橋 秀徳
ちな代替補完療法(CAM)に積極的に取り
研究の背景
組んでいる印象を受けた。
2006 年制定のがん対策基本法(表 1)では、
新しく創設された「在宅療養支援診療所」
国は進行がん患者に対する病診連携の推進を
とは、これまでの「開業医」とは異なる概念
求めているが、現状ではほとんど進んでいな
であり、緊急時の「往診」をするだけでは不
い。筆者(緩和医療専門医、がん治療認定医)
十分で、定期的・計画的に訪問診療を行う形
は、がん専門病院の緩和ケアチームおよび緩
態である「在宅医療」を行う診療所で、一定
和ケア病棟での勤務を経て、2008 年からは
の条件を満たすことが必要である。その条件
在宅療養支援診療所に勤務したが、これらの
としては、24 時間対応可能な体制をとって
いわゆる「緩和ケアプログラム」の3つの場
おり、訪問看護ステーション、および緊急入
(緩和ケア病棟、緩和ケアチーム、在宅緩和
院対応が可能な病院との連携が必須、などが
ケア)を経験する中で、病診連携がなぜ進ま
あり、その認可を受けた診療所が行う訪問診
ないのか?について、考えるようになった。
療に関する保険診療点数は、通常の診療所が
そのなかで、在宅緩和ケアを希望する進行癌
行う場合と比較して優遇される。このインセ
患者の多くが、がん専門病院では否定されが
ンティブの存在により、急速にその認可を受
表 1 がん対策基本法:第 16 条「がん患者の療養生活の質の向上」
国及び地方公共団体は、がん患者の状況に応じて疼痛等の緩和を目的とする医療が早期
から適切に行われるようにすること、居宅においてがん患者に対しがん医療を提供するた
めの連携協力体制を確保すること、医療従事者に対するがん患者の療養生活の質の維持向
上に関する研修の機会を確保すること、その他がん患者の療養生活の維持向上のために必
要な施策を講ずるものとする。
49
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
4)いま、地域の家庭医に求められている
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
けた診療所は増加し、現在 1 万箇所を超える
在宅療養支援診療所の登録がなされている。
結 果
しかしながら実態は、その目的本来の機能が
対象期間である 2009 年度に、当診療所で
発揮できていないというのが現状である。
関わった進行がん患者は 9 名で、うち 6 名
(67%)が当診療所の初診時にすでにCAM
目的と方法
を自ら選択・施行していた(図 1)。初診時
進行がん患者におけるQOL向上および病
にCAMを使用していた患者 6 名中、3 名は
診連携の促進に向けた、これからの在宅療養
他院での診療継続を拒否されていた。CAM
支援診療所(いわゆる家庭医)に求められる
の具体的な内容としては、食事養生(玄米・
役割・方向性について探ることを目的として、
菜食など)6 名(100%)
、漢方 3 名(50%)、
当診療所において診療を行った進行がん患者
丸山ワクチン 2 名(33%)
、キノコ 2 名(33%)
、
について、代替・補完医療(Complementary
その他、という内訳であった(重複あり)。
Alternative Medicine:CAM)の初診時にお
CAM使用患者6名中、在宅死となった4名
ける使用の有無に着目して、後ろ向きにカル
の最終オピオイド使用量(経口モルヒネ換算)
テ調査を行ってみた。本研究における CAM
は平均 13mg/日
(0〜40mg)であった。
の定義は、
「現代西洋医学において、その有
用性に関するエビデンスが十分には確立して
考 察
いないにも関わらず、患者や家族が強い期待
多くの進行がん患者が、病院医療者には内
を寄せる医療、もしくはそれに準じたアプ
緒のまま「代替・補完医療(CAM)」を行っ
ローチ」とした。なお、対象とした当診療所
て い る(Hyodo I, et al.: JCO 2005:23;1-10)。
の医療形態は医師 2 名体制で、午前は外来、
このような現状において、医療者がCAMを
午後に訪問診療を行っており、明治時代より
やみくもに否定すると……唯一の頼みの綱で
続く、
家庭医としての役割を期待されている、
あるCAMが否定された!→患者は、もう自
地元密着型の在宅療養支援診療所(24 時間
分でできることはないと考える→ますます病
対応で、連携病院への緊急入院可)である。
院医療に頼るしかないと考える→結局、病院
また、医療者の CAM に対する態度としては、
からの見放され感の増大↑→がん難民として
患者が希望するCAMは基本的にすべて受け
漂流、となる。このようにCAMを一概に否
入れ、可能な限り支持することにしている。
定することは、患者の心を支えることには決
図 1 研究対象となった患者の流れ
50
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
してつながらない(患者の“自律性”を奪う
表 3 スピリチュアリティ
ことにつながる可能性がある!)。そこで、
進行がん医療においては、医療者の医療アプ
ローチに対する発想の転換が必要と考えてい
療への転換」という視点を導入することであ
る(表 2)。
表 2 医療者に必要な発想の転換:Cure から
Care を目指す医療への転換
「患者の“心(こころ)”を支える」にはどう
“一縷の希望の光を見出したい”とする非常
すればいいのか?を考える上で、スピリチュ
に自律的な患者の行動である。すなわち、こ
アルペインにおける3つの構成要素を知るこ
の自律的な行動を支えることは、患者のスピ
とは有用であろう。村田理論とは、スピリチュ
リチュアリティを支えることにつながる可能
アリティ(表 3)は「自律性の柱、関係性の柱、
性がある。しかしながら、このような進行が
時間性の柱」と呼ばれる 3 本の柱によって支
ん患者のCAMへの期待・ニーズに対して、
えられているとする考え方である。この考え
患者が安心して相談できる医療者がいない。
方に従うと、人は死に直面すると時間性の柱
これは、緩和ケア病棟においても同様であろ
を失うことでスピリチュアリティのバランス
う。多くの病院では、逆にそれを否定するこ
が崩れることになるが、逆に、残りのいずれ
とに終始してしまっているのではないだろう
かの柱が強化することによってその人のスピ
か。では、いったい誰がその役割を担うのか、
リチュアリティ=心のバランスを取り戻すこ
という問題に突き当たることになる。われわ
とができるとも言える。
れ医療者は、それを科学的根拠がないからと
患者が心の支えとしてCAMに対して期待
いって、ただ黙って民間のサプリメント販売
する内容は、例えば、
「もしかすると延命効
会社や怪しげな民間療法に患者が向かってい
果があるのでは?(がんの縮小効果もあるか
ることに対してこのまま目をつぶっていてい
も?)
」
とか、
「症状緩和につながるのでは?」、
いのだろうか、という問題にまず気がつく必
「大往生につながるのでは?」などといった、
要がある。
51
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
る。すわなち、
「Cure から Care を目指す医
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
CAM の問題を考えるにあたって、これま
での西洋医学と何が異なるのかについて考え
る必要がある。これを答えるには、それぞ
れの根底にある医療哲学を知ることが有用
で、西洋医学は“pathogenesis(パソジェネ
シス)
”、すなわち 「絶対的健康論」、
「病因
追求論」とも呼ばれる考え方(医療哲学)で
あり、病因(pathogen)を叩く、悪いものを
叩く・除去する、という善悪二原論に通じ
図 2 東洋医学における、病気の捉え方と
その治療アプローチ る考え方に基づく医療であると言える。一
私は、この東洋医学に基づく医療哲学を学
方、CAM は“salutogenesis( サ ル ト ジ ェ ネ
ぶことによって、患者のCAMへのニーズ=
シス)
”、すなわち 「相対的健康論」、
「健康
東洋医学における補法アプローチへのニーズ
創成論」とも呼ばれる考え方(医療哲学)で
として、捉えるようになった(図 2)。通常、
あり、これは宿主(host)を支える・バラン
病院で行われる癌治療の主軸、すなわち手術
スを取る、
生体の本来持っている力を高める、
や抗がん剤、放射線治療といったいわゆる抗
ホメオスタシスを発揮させるためにどうする
がん治療が「瀉法」であるのに対し、食事や
か、といった考え方に基づく医療であり、両
栄養アプローチ、心理療法、リハビリテーショ
者にはこのような健康・病気に対する根本的
ン、漢方薬や鍼灸といったアプローチが「補
な考え方・哲学感の違いがある。通常、医療
法」に相当する。これら補法アプローチは、
者は西洋医学に基づいて保険診療を行ってい
あまり病院では重要と考えられないものばか
るため、CAM の考え方については受け入れ
りである。ここに、地域医療が担うべき役割
がたいものがあるのは当然である。しかしな
が見出される。すなわち、補法アプローチは、
がら、通常の保険診療では対処することがで
病院ではできない、患者にとって自宅だから
きない病態になった患者にとって、この医療
こそ選択可能なアプローチであるということ
哲学に縛られる必要は必ずしもないわけで、
である。このような補法アプローチを医療者
別の医療哲学に基づく医療に希望を見出そう
が取り入れることの意義としては、病態を時
とする行動が生じるのはある意味自然なこと
間軸でみることが可能になることや、生体反
であり、これを誰が否定できるだろうか。
応のバランスをとることを目指す(中庸)視
ましてや、われわれ日本人は明治時代まで
点が生まれること、また心身一如(心と身体
は東洋医学を軸としていた民族であり、その
の区別はしない)、医食同源(食事を見直す
東洋医学の医療哲学がまさに“salutogenesis
ことの重要性)などが挙げられ、このような
(サルトジェネシス)”に基づくものであった
医療哲学を持つと結果として、たとえ病状が
ことを我々医療者は改めて学ぶ必要があるの
どんなに悪かろうと「なにもできない」とい
ではなかろうか(参考:永田勝太郎:汎適応
うことにはならない、のである。進行性の疾
症候群と六病位 「<死にざま>の医学 」)。
患を抱える患者にとって、このような医療哲
52
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
の6割以上が、CAMを利用していた(病院
かろうか。
医療者には内緒か、既に否定されていた)。
以上より、これからのがん診療における医
②進行がん患者が抱くCAMへの期待は非常
療連携を構築するにあたっては、それぞれの
に大きいことから、これに対して医療者の誰
役割が明確になる必要があるが、これについ
かが何らかの形でそのニーズに応えることが
て次のような提案をしたい(表 4)。
必要である。③地域医療 ( 特に、在宅緩和ケ
これまでの病院中心・瀉法中心のがん医療
アを担う在宅療養支援診療所)は、病院医療
では、地域医療の役割が明確でないが、この
と比較して、患者の「自律性」をより尊重し
表のように「地域医療(家庭医)
」の役割とし
やすい立場にあることから、積極的にCAM
て補法アプローチを軸とすることは、これか
支持の役割を担うことによって、進行癌患者
らがん医療における病診連携の促進(がん難
のQOL向上のみならず、病診連携の促進(が
民の緩和)に役立つかもしれない。このよう
ん難民の緩和)にも役立つ可能性がある。④
な瀉法と補法アプローチの両者を患者が自律
今後の課題として、わが国においても進行癌
的に選択・統合できる医療提供システムの構
患者におけるCAMに有用性に関するエビデ
築こそ今後のがん医療において求められてい
ンス確立に向けた臨床研究を進めていく必要
ると考えている。
があるのではないだろうか。
(なお、
この研究は、
最後に本稿をまとめる。①当診療所(在宅
2009 年日本癌治療学会総会にてポスター発
療養支援診療所)へ新規来院した進行癌患者
表を行ったものである。)
表 4 提言:今後のがん医療における役割分担
53
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
学を持つ医療者ほど心強い存在はないではな
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅱ
ワークショップ
がん治療と地域・在宅医療の今後は
〜訪問看護からのメッセージ〜
白十字訪問看護ステーション 統括所長
秋山 正子
家族に対して「退院したいですか?」という
緒 言
問いすらなされず、退院したいという思いを
訪問看護ステーション制度が出来て 20 年、
飲み込んでいる患者も多い。訪問看護とは医
がん患者と家族を支える地域での医療サービ
療保険でも介護保険でも使えるサービスであ
スは少しずつ充実してきている手ごたえは感
り、一般的には介護保険が優先されるが、特
じている。しかしながら、がん患者に対する
にがん患者では医療保険が適用される場合が
在宅での訪問看護について急性期病院の医療
多い。がん治療時における訪問看護の利用は
者に十分伝わっていないことがあり、患者や
図 1 のような流れとなる(「訪問看護活用ガイ
図 1 訪問看護サービスを受けるまでの流れ
55
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
5)在宅医療・看護師から見た医療
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ド」参照:公益財団法人・在宅医療助成 勇
ける所は少なく、相談支援センターの窓口が
美記念財団事務局)。
あっても「看板は立っているけれども人が居
今回は在宅で過ごすがん患者の様子を紹介
ない」というのが現状である。実際退院調整・
し、
「最後まで家で」という願いを叶えられ
退院支援の部門を設立した施設もあるが、部
るように、どのように病院と連携していくの
門の無い所もあり、全ての患者に在宅治療に
かも含めて紹介する。また、昨今のがん治療
関する様々な調整を適確に行うことは難しい
の長期化・慢性化により在宅での支援のあり
状態である。
方も変わってきている。外来通院中の支援の
癌治療拠点病院と在宅の接点、外来患者の
あり方も含め、在宅看護への繋がり方や、相
悩みや普段の生活へのサポート、家族の悩み
談支援のあり方の新しいシステム等、これか
の受皿、緩和ケアへのシームレスな移行とそ
らの展望についても提言し、どんな病期で
の医療者間の連携、特に後方連携を中心とし
あっても、個性豊かにいのちの輝きを見せて
た調整役、退院調整部門の確立とその活用な
日常生活を過ごせるような支援のあり方を訪
ど、長期化するがん治療の過程で訪問看護が
問看護の経験から述べたい。
担える機能もあるのではないかと考える。実
帰りたい思いを飲み込んで……
際、訪問看護師は入院中や退院前に病院に訪
問し色々なサポートを行うが、最近では退院
外来患者に訪ねると「なるべく家に居た
調整・退院支援部門に関わることも多くなって
い。
」と言うが、入院後には帰りたい思いを
いる。しかしその訪問看護師自体もマンパワー不
飲み込んでいる。入院期間の短縮化が推進さ
足であり、十分な対応が難しいことも事実である。
れているなかで、
「がん患者は家では看られ
ない」との急性期病院の医療者の考えから、
見放された思いを抱く患者
多くの医療施設では他の医療機関への「転院」
治療が効果的でない場合、医療者から「緩
や有料ホームで医療が外付けされている施設
和に切り替えましょう」と言われ、退院・在
への「入所」が勧められるというのが現状で
宅を宣告され、「もう見放された」とか「お
ある。
がん対策基本法が施行されたことから、
迎えが近いのよね」等の思いを抱いたという
病院でもシームレスな緩和ケアチームや緩和
ことを、訪問看護師に滔々と訴える患者も多
医療への繋ぎが進んでいると言われている。
い。また情報が十分に得られずに、在宅での
しかし、実際には入院中には緩和ケアチーム
療養やターミナルステージのイメージが持て
になかなか繋がらず、退院後に初めて緩和ケ
ず「在宅でいったい何をしてくれるの」とい
アに繋がるというケースも少なくない。
う不安を持つ患者も多く、訪問看護師も「いっ
がん治療の進歩により生存率が高くなり治
たい何をしてくれる人なのか?」を説明する
療期間も非常に長期化しているなか、在宅
のにとても苦労することもある。
患者が長期間外来治療を受けるケースも多く
また、なにかしらもう少し早めのアプロー
なっている。しかし、外来患者の悩みや普段
チが必要ではないかと感じるケースも多い。
の生活へのサポート等積極的に相談支援を受
例えば、病院で介護保険を申請するように言
56
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
た。その経験から看護の道を目指したが、そ
て申請しなかった。」「介護保険とは寝たきり
のうちに 2 歳上の姉が 41 歳で末期の肝臓が
の人の為の制度だと思っていて、自分は関係
んと診断された。出来るだけ子供の居る家で
ないと思って行かなかった。」と使える制度
過ごしたいという事で在宅ホスピスケアを導
も使われていないケース。色々と話を聞き、
入する経験をし、その後淀川キリスト病院の
様々な相談を受けていると「こんなことまで
訪問看護室で研修ならびに非常勤保健師とし
聞いてもらえるのですね」と言われたケース。
て勤めた後、1992 年から東京の市ヶ谷にて
病気・治療に対して家族それぞれが違う捉え
訪問看護を開始した。2008 年 11 月に、国際
方をしていたが、訪問看護師が間に入る事で
がん看護セミナーでエジンバラから来日した
家族全員きちんと話し合える場を提供できた
アンドリュー氏の講演でマギーズ・センター
ケース。このように在宅で出会う患者やその
を知り感銘を受け、それから 4 ヵ月後にエジ
家族から「もう少し早く相談できるところが
ンバラとロンドンのマギーズ・センターを訪
あれば…」
という声を聞くことも少なくない。
問した。この相談支援の本来のあり方を日本
がん患者やその家族のための緩和ケアが実
でも紹介したいと思い、6 ヵ月後に長崎でセ
現できる地域作りが必要である。ホスピスト
ミナーを開き、今年 2 月には、CEO のロー
ライアングルとは、一般病院・緩和ケア病棟・
ラ氏・サラ氏を招聘しシンポジウムを開催し
地域在宅がうまく情報が共有され、中心にい
た。
る患者やその家族が十分な情報の下、意思決
がん対策基本法のもと、がん拠点病院には
定ができ、そして幅広い選択肢が持てるよう
相談窓口の設置が義務付けられており、都道
な連携を充実させて行くことである(図 2)
。
府県にも在宅がん緩和ケア支援センターの設
置が義務付けられている。その結果、十分に
その機能が発揮されている施設もあるが、実
際のところ「看板に偽りあり」のところも
非常に多い。本来の意味での相談支援とは何
か?筆者は患者・家族の求める相談支援の機
図 2 緩和ケアが実現できる地域づくり
—ホスピスケアの三角形の具体化−
能を発揮できる場所、即ちマギーズ・センター
の構想が必要であると考えた。
マギー氏は乳がん患者で造園家であり、ご
これが理想論ではあるが、なかなかこうはい
主人は建築家である。マギー氏自身が乳がん
かないのも実情である。
の宣告を受けた時に、胃にパンチを受けたよ
マ ギ ー ズ・ セ ン タ ー (Maggie’
s cancer caring
centres) における相談支援のあり方
うになったにも関わらず、
「ほかの患者が待っ
ているから、廊下に行きましょう」と言われ
て相談を受け止めてもらえずに非常に傷つい
筆者自身、高校一年生の時に、畳の上で老
た。そして、食事(栄養)法や運動・サプリ
衰のような容で末期がんだった父を看取っ
メントなど自分も挑戦し自立する為に、継続
57
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
われたが、
「寝たきりにはなりたくないと思っ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
する事は気分が良いのだが、それを支援して
紀章氏のデザインで建築中であり、その他の
もらえない、情報が得られないという状態で
所でも計画が進行中である。
あった。病人ではなく一人の人間に戻れる、
マギーズ・センターの建築概要は以下の通
「死の恐怖の中で生きる喜び」を再発見でき
りである。
る小さな家庭的な安息所が欲しいとマギー氏
1) 自然光が入って明るい
は考え、
病院の敷地内の屋外売店を改造して、
2) 安全な(中)庭がある
がん相談支援センターにしたいという青写真
3) 空間はオープンである
を描いた。
4) 執務場から全て見える
がん患者やその家族及び友人を対象として
5) オープンキッチンがある
現在提供しているのは第 2 の我が家(家庭の
6) セラピー用の個室がある
ような空間)であり、がん専門看護師、心理
7) 暖炉がある、水槽がある
療法士、栄養士、給付金アドバイザー等信
8) 一人になれるトイレがある
頼のおけるスタッフが常駐し、イギリスで
9) 280m2 程度(それほど広くはありません)
は全てチャリティー(無料)で運営されてい
10)建築デザインは自由
る。マギーズ・センターの建物は、最初、エ
具体的には、非常に小さく、大きな病院の
ジンバラ(1996 年)に建てられ、当初スコッ
建物の横に家庭的な雰囲気でちょっと奇抜な
トランドで発展、グラスゴー(2002 年)ダン
デザインであるが中の空間は普通と変わりな
ディー(2003 年)ハイランド(2005 年)ファ
い建物である(図 3)。
イフ(2006 年)、その後ウェールズに飛び、
このようなマギー氏の取り組みに接し、筆
2008 年にはロンドンに設立された。そして
者は本来の相談支援のあり方というのは患者
2009 年にはコッツウォルズに建築家・黒川
本人が自分自身で考える力を取り戻すこと、即
図 3 マギーズ・センターの建物
58
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
期悲嘆の表出ができる状態になっており、寂
なった。この患者本人の自立支援が長くなった
しく悲しい思いもあるが、十分に看取れたこ
化学療法の外来においては「今、非常に必要な
とに満足感も持つことができていた。緩和ケ
ものではないかな」と感じるようになり、これ
アは患者の死後の遺族ケアも含めてのプロセ
からは積極的にこの相談支援部門にも訪問看
スが本来のホスピスケアとなる。
護師として関わりたいと考えている。
在宅緩和ケアの実際例
2)一人でいる時間も必要なんだよ:76 歳・
肺がん・男性・独居
1)スキントラブルにて訪問看護に繋がった事例
娘達は入院治療を希望したが、患者本人が
38 歳 胃 がん(type4 stageIV T3N3M1 )単
「でも一人でいる時間も必要なんだよ」といっ
身者、診断時より手術は難しいとの事で放射
て帰宅。この患者の奥さんも半年前に同じ肺
線化学療法を大学病院で施行し 1 年が経過。
がんで亡くなられている。当時「今しか帰す
リンパ浮腫となって下半身全体が浮腫、足背
時がない」と病院から勧められ帰宅したが、
を中心に水疱を形成し、そのケアの為に訪問
オピオイドの使い方が十分でなく、半日後に
看護の依頼が家族からあった。
非常に強い痛みのため救急車で病院に戻りそ
ケ ア の 実 際: 呼 吸 困 難 の 対 処 の た め に
のまま亡くなられた。娘達は母親の状態とそ
HOT の導入に際し、大学病院では患者を連
の後の急変の場面をトラウマとして封じ込め
れて行かないと指示が出ないとの事で、患者
ていたため、今回はそれを解きほぐしてケア
を連れて行き在宅酸素療法の指示をもらい、
にあたった。一般に一人暮らし・男性・肺が
情報提供を依頼し、在宅往診医を導入する。
んの在宅療法ということは考えられないこと
オピオイドの使用では、種類だけではなく剤
から、急性期の看護師は在宅療法を勧めな
形によるオピオイドローテーションも工夫す
かったが、患者本人が家に帰りたいと言った
る。また、介護者の状況・本人の受け入れで
ので帰したという経緯がある。在宅ホスピス
投与経路の変更も検討する。その後、無呼
ケアは患者の語る地域の話を「聞き書き」す
吸が増えチェーンストーク(Cheyne-Stokes
るボランティアも加えて 4 週間行った。その
respiration)様呼吸となるがそれ程苦しそう
時に出来た患者独自の聞き書きの本「つれづ
ではなく、家族全員・親友が見守るなか、命
れなるままに…」は、「こどものころはね…」
のリレーがなされる様に在宅でそのまま静か
といった話し言葉で書かれている(図 4)。
に臨終を迎える。医師は死亡後往診し、死亡
この本は臨終の 3 日前に完成し、満足そうに
診断書を交付。その後在宅看護師として、2歳
の子供への配慮、突然な死と思えた友人・知
人への配慮、介護の中心であった実母へのグ
リーフケア、家族に協力し本人が遣り残した
ことの継続、新たな家族関係の構築など、遺
族へのケアを行った。母親は介護を通じて予
図 4 聞き書き「つれづれなるままに…」
59
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
ち自立を支援する事ではないかと考えるように
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
うなずかれながら本を見ることが出来た。結
提案した(図 5)。新宿区では平成 21 年度高
果として自宅で亡くなるが、その後、患者が
齢者保健福祉計画・第 4 期介護保険事業計画
入院していた急性期の病院に経過報告をして
の重点策として、認知症対策、ケアマネジメ
フィードバックを行った。
ントの質の向上及び在宅療養体制の整備の 3
行政との協働による地域医療連携システムへの提案
点が挙げられた。平成 21 年度新規事業とし
て運用を開始した在宅療養体制の整備は、区
現在では病院死が一般化しており、死に逝
内の病院で働く職員の在宅療養に対する理
く人を見た事が無く、老化に伴う自然な亡く
解を深め、病院と地域の関係機関との連携を
なり方のモデルが身近にないために「病院
強化するために、急性期病院の看護師による
でなければ死ねない」と、一般人のみならず
区内訪問看護ステーションでの実習研修の実
急性期医療の医療者も思っている。急性期病
施、それに伴う区内訪問看護ステーションへ
院も含めて《 End of life care 》をどうするか
の協力要請や計画推進担当保険師による区内
を早急に検討すべき時がきていると考えられ
病院の病院長及び看護部長への主旨説明等を
る。在宅療養を推進するためには病気や死の
行った。その結果、在宅の経験をした急性期
病院化を脱していくべきではないかと考え、
病院の看護師達ががん患者の退院調整に積極
行政との協働による地域医療連携システムを
的になり、在宅死もあるということを認識し
図 5 行政との協働による地域医療連携システムへの提案
60
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
す。とりわけこのような話ですと家族介護が
変わらないと医療は変わらないと考え、区民
前提になっているのではないかという印象を
への啓蒙活動として市民公開講座を年 3 回程
持ってしまうのですけれども、たとえば単身
度行い、特に在宅療養で看取りをした家族に
で在宅にお戻りになるような方の場合の医療
話をして頂いている。看取った後の体験談は
介護の連携とはどうなっているのかをお教え
多くの感動を呼び、現実に関わったものが体
下さい。
験談をふまえて話すことで、理想論ではない
現実的な話として聞く者にも当事者意識が芽
A:実は、在宅では、介護の方と連携して初
生える、
語ったご遺族が語ることで癒される、
めて在宅療養が成り立つということなのです
新たな地域のボランティアとしての繋がりが
が、説明を省略して申し訳ないです。けれど
発展するなど、在宅ホスピスが実現できる街
も、先程挙げました 76 歳の一人暮らしの方
に成長するために非常に効果を顕している。
で、もちろん周りに家族は居らして通っては
最後に
来ますけれども、医療が入るのは、例えば看
護は週 3 回・ドクター 1 回・訪問入浴が入り、
現在筆者らはこのように在宅で訪問看護を
日に 2 回 3 回とヘルパーさんが入って下さる。
しているが、まだまだ在宅療養のあり方が急
介護保険を適応しながら、医療は医療保険で
性期医療機関の医療者に伝わっていないとい
入りますが、介護保険は要介護4の状態でめ
うことを痛感している。「訪問看護は命に寄
いっぱい使いながらです。もちろん一人にな
り添うケアを生活の場にお届けします。」と
る時間もある、でもそこをボランティアの方
いう事をモットーに現場で日々看護を行って
も入れながらこの方を支えて 4 週間過ごし
いるが、急性期病院の医療者との交流をさら
ました。でも一人暮らしで肺がんで酸素を 4
に深め、在宅医療が進展していくことを祈念
〜5 L 吸っている人のところに入るのも実は
している。
ヘルパーさんも不安なのですね、そこでヘル
質疑応答
パーさん達と訪問看護とは、良く連携を取り
ながら、ヘルパーさんも支えながら、そして
Q:他の方達の話を聞いていても思ったこと
ヘルパーさんがしっかり看て下さる事でこの
なのですが、医療介護の連携についてはお話
方の在宅は成り立っていきます。介護の方が
をされますが、
在宅の患者さんを支えるのは、
入る時間がこの方の場合非常に長いですが、
患者さんの命を支えるだけでは無くて、暮ら
ずっと滞在する訳にはいかない、それで聞き
しを支えるということが非常に重要で、介護
書きのボランティアは週 1〜2 回なのですけ
職との連携の話が少ししかなく、医療と介護
れども、看護が入る最後のところに 2 人体制
の連携は実は口で言うほど行われておらず、
で入りまして約 2 時間、見守りを兼ねてこの
その中にあきらかに序列関係があって、医療
方の話を聞いたものが先程の冊子になりまし
の方達は、介護の方達とあまり繋がりを持っ
た。もちろんご家族の出番というのもあるし、
ておられないという印象を強く持っておりま
ご家族の介護も頼るところはありますけれど
61
がん治療と地域・在宅医療の今後は
Section Ⅱ ワ ー ク シ ョ ッ プ
てもらえるようになった。また、受け手側が
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
も、でも家族だけの介護に頼らない地域の中
本のご紹介
での介護システムを十分に組み合わせるケア
マネさんがいる。そういう様な事で連携を良
く取っていかないと、とてもこれは支えきれ
ないという内容です。
30 年後の医療の姿を考える会 編
メディカルタウンの再生力
〜英国マギーズセンターから学ぶ〜
62
Section Ⅲ : 特別講演
「市民公開特別講演」
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅲ
特 別 講 演
市 民 公 開 特 別 講 演
1)航老学処方箋
大阪市立大学大学院医学研究科 分子病態学講座
はじめに
生命科学の飛躍的進歩を背景に、最先端の
遺伝子治療、再生医療、テーラーメイド医療
老々介護の背景には、貧困とセーフティー
ネットの崩壊という哀しい現実がある。
アンチエイジング思想と抗酸化幸福教団
などの夢が語られて久しい。しかし、身近に
ヒトには物事を白黒や善悪に単純化して考
眼を向けると、日々の快眠・快便・快食すら
えたがる傾向がある。これは医学界も例外
おぼつかなく、5〜6 年の要介護期間を経た
ではない。“悪玉コレステロール”や“善玉コ
後に風邪などのありふれた病気で亡くなる高
レステロール”などはその代表的なものであ
齢者が少なくない。“おひとりさま”に至っ
る。コレステロールに善悪はないが、それを
ては孤独死も珍しくないご時世である。この
便宜的に二極化させることにより動脈硬化の
ため巷では、老いを忌み嫌い、若さと健康長
原因を説明し易いために汚名を着せられてい
寿を目指す“アンチエイジング思想や抗加齢
るに過ぎない。先進国の主要な死因である脳
医学”
、およびその関連ビジネスが熱い眼差
心血管障害や癌などに活性酸素が関係するこ
しを浴びている。しかし、抗酸化物や健康食
とや動物の寿命が活性酸素の処理能力と比例
品の愛好者で健康長寿法を熱心に実践されて
することから、ヒトの寿命も活性酸素が決め
きた方々でも、
意外に短命な方も少なくない。
ていると考えられている。この為、活性酸素
最近は医療側も患者側も
“どんな病気でも治
も魔女狩り的ターゲットにされており、「コ
すべきであり、また治せるものである”との思
レステロールを排除し、活性酸素を解毒すれ
い込みが強く“
、命には限りがある”
ということ
ば健康で幸せに長生きできる」との思い込み
を忘れているかに思われる。この様な健康幻
が世界中を闊歩している。この抗酸化幸福教
想病が医療崩壊やモンスター患者を生み出す
団の信者が多い日本では、「赤ワインのポリ
基盤の一因になっている。百寿に近い親の死
フェノールが動脈硬化を予防する」とのフレ
を隠してまで年金にすがらなくてはならない
ンチ・パ ラドックスに煽られ、驚くほど沢山 の
65
市民公開特別講演
Section Ⅲ 特 別 講 演
井上 正康
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
高 級フランスワインが売れている。赤ワインは
れた好中球が集積し、活性酸素や一酸化窒素
緑茶の2倍のポ リフェノール(約 200 mg/dl)
(NO)
を常に産生して病原菌を排除している。
を含んでいるが、その有効量を摂取するには
活性酸素や NO が無ければ、ヒトは日々の食事
毎日5杯以上の赤ワインを飲まなければなら
を摂る事も出来ない。多少の細菌で汚染された
ない。これではアルコール分解酵素の弱い日
食物を食べても安全なのはそのお陰である。
本人はアルコール依存症になりかねない。少
面白い事に、歯の間や舌表面の味蕾の窪み
し考えれば、世界最長寿の日本人高齢者で赤
には白血球が産生するNOなどで排除されな
ワインをガブ飲みしてきた方は例外的である
い特殊な細菌が沢山住み着いている。スーパー
ことが判る。本当にポリフェノールが動脈硬
オキシドを産生して NO の殺菌作用を軽減す
化の予防や長寿に有効であれば、日本人が昔
る虫歯菌 S. mutans などはその代表である。
から食べ親しんできた豆腐や納豆などの大豆
口腔内細菌の中には硝酸を用いてエネル
食品やバランスの良い日本食や緑茶などの恩
ギーを産生する集団もいる。野菜の三大栄養
恵を考える方が妥当に思われる。
素は窒素・リン酸・カリであり、窒素の主体
活性酸素と医食同源
は硝酸イオンである。野菜をよく噛んで食べ
ると、口腔内の細菌が硝酸を利用してエネル
高齢者の健康には、先ず良く食べる事が大
ギーを産生し、代謝産物として亜硝酸が生じ
切である。2 万 3000 種の遺伝子、100 万種の
る。この亜硝酸が食物と共に飲み込まれると、
タンパク質、および数千種類の代謝物で構成
酸素濃度の低い胃液中で胃酸と反応して NO
された人体を正常に機能させるには、多彩な
となり、胃粘膜の血流と胃酸分泌を増加させ
成分を含む食材の摂取が必要である。菜食主
る。このため食物と一緒に胃に入ってきた病
義のプラス面のみを過大評価することなく、人
原菌の大半は NO と胃酸により殺菌されてし
体の構成分に近い動物性蛋白質や脂肪を適度
まう。この様な作用を発揮した NO は再び硝
に摂取する事も大切である。事実、元気なお
酸イオンとなり、消化管から吸収されて唾液
年寄りの中には肉の好きな方も少なくない。
中に分泌される。口腔、胃腸、唾液腺にはこ
動物は草食系から肉食系へと進化してき
の様な NO サイクル(図1)が存在する。良く噛
た。栄養豊富な動物の体は病原体にとっても
んで食べると、胃袋はカンブリアの殺菌箱に
美味しいご馳走である。食物には様々な細菌
なるのである。子供の頃、「ご飯を良く噛ん
が付着しており、その中には病原菌も含まれ
で食べるように」と母から厳しく躾けられた
ている。獲物を仕留める際には捕食者も傷を
が、これは細菌で汚染された食物を食べても
負うことが多く、そこから病原菌に感染する
お腹をこわさない為の知恵だったのである。
可能性が高まる。堅い食物を口に入れて噛む
ヒトや動物の胃は病原菌を殺菌する為に強
だけでも口腔粘膜には無数の擦過傷が生じ
力な胃酸を分泌しているため、強いストレス
る。このため動物にとって最も重要な課題は
を受けると胃炎や胃潰瘍に罹る。上記の NO
感染防御能と免疫力を強化することであっ
サイクルはストレスから胃粘膜を保護する役
た。事実、ヒトの口腔内には多数の活性化さ
割も担っている。ネズミのストレス潰瘍実験
66
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
活性酸素と循環エネルギー制御
ヒトは生きるために血圧を維持しなければ
ならない。実は、ヒトの動脈は遺伝子と酵素
により活性酸素や NO を積極的に産生する仕
組みを進化させ、これにより血圧を制御して
いることが明らかになった。フリーラジカル
のスーパーオキシドと NO はお互いに反応性が
くなると血管が収縮して血圧が高まり、後者
が多くなると逆に拡張して血圧が低下する。
すなわち、動脈はスーパーオキシドと NO の
バランスにより血圧や血流を制御しているの
図1
である。脳卒中や心筋梗塞の原因となる高血
圧では動脈壁でスーパーオキシドが過剰に生
で口腔内に硝酸イオンを添加しておくと、胃
産されていることも明らかになった。心臓薬
粘膜血流が増加して潰瘍が起こらなくなる。
として 100 年の歴史を誇るニトログリセリン
この際、口腔内細菌をイソジンで殺菌してお
は、冠動脈で代謝されて NO になり作用して
くと、NO サイクルが働かないためにストレ
いる。NO は動脈の血流を増やして酸素や栄
ス潰瘍が生じてしまう。ストレスに強い野生
養素を供給し、下流の組織のミトコンドリア
の生存能力には、口腔内の共生菌が大切なの
で産生するエネルギー量を制御している。
である。
NO は細菌のエネルギー代謝を阻害する
幼児はよく指シャブリをするが、これには
が、同様の阻害作用はミトコンドリアでも観
心の平安を保つ効果がある。ストレス潰瘍の
られる。NO はミトコンドリアの呼吸も可逆
実験では、箸などをガリガリと噛ませるだけでも
的に抑制してエネルギー産生をコントロール
胃潰瘍が起こらなくなる。物を噛む行為は歯
している。このためスーパーオキシドと NO
や咀嚼筋の神経を介して脳を刺激し、ストレス
は上流の動脈と下流の組織ミトコンドリアで
を軽減してくれるのである。この際、咀嚼に
アクセルとブレーキの様に作用し、「何時、
より脳の血流が著明に増加することも判明し
何処で、どれだけエネルギーを産生するかを
ている。咀嚼による脳血流の増加作用は特に
自動制御」しているのである(図2)。
高齢者で著しく、脳機能の維持やボケ防止に
も有効である。美味しい料理は視覚、嗅覚、味覚
活性酸素による遺伝子の旅
を刺激して脳の血流を更に増加させる。美味
ヒトは、この様なスーパーオキシドや NO
しい料理を良く噛みしめながら楽しく食べる
のバランスにより感染防御や循環エネルギー
ことが高齢者の活性酸素流食事作法である。
制御作用を駆使しながら、今日まで遺伝子
67
市民公開特別講演
Section Ⅲ 特 別 講 演
高く、瞬時に反応する。このため、前者が多
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図2
を維持しながら生き延びてきたのである。実
り囲む顆粒細胞では NADPH Oxidase の遺
は、この遺伝子継承反応も活性酸素や NO に
伝子が毎月発現して酵素的にスーパーオキシ
より支援されていることが判明した。性的に
ドが産生され、この酸化ストレスにより顆粒
興奮すると NO 産生神経が無意識的に活性化
細胞を自殺させて卵胞壁を崩壊させている。
され、NO により海綿体の平滑筋が弛緩して
成熟した卵細胞がこの崩壊した卵胞壁のトン
男子の本懐を成り立たせる。この反応に必要
ネルを通って腹腔から子宮へと旅立つのが排
な cGMP を分解するエステラーゼの特異的
卵である。この際に起こる過剰な反応が生理
阻害剤がバイアグラである。当初、バイアグ
痛などである。
ラは循環器薬として開発されていたが、予想
この様な反応が毎月 1 回卵巣で起こるた
しなかった副作用が功を奏し、短期間で勃起
め、卵巣に残された細胞は排卵の度に活性酸
不全患者の特効薬となったメガヒット商品で
素のシャワーを浴び続けることになる。通
ある。一連の研究から、雄の遺伝子を体外へ
常、女性は一生の間に約 400 回排卵できる
旅立たせるためには NO が必要である事が判
が、その度に卵細胞に酸化的障害が蓄積され
明した。
ていく。高齢出産でダウン症が激増して母体
実は、卵子の旅立ちにはスーパーオキシド
のリスクも増加するのは、卵巣が活性酸素の
が不可欠なのである。通常、ヒトの卵巣では
シャワーを浴び続けて酸化障害が蓄積するか
毎月複数個の卵子が成熟してくるが、その大
らである。閉経は母胎の安全性を確保する上
半は酸化ストレスにより排除され、1個の成
でも重要な生存戦略として進化してきたので
熟卵子のみが生き残る。この際、卵胞腔を取
ある。この為、女性はある程度排卵を繰り返
68
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
すと閉経を迎える。そのトレード
オフとして、ホルモンバランスの
激変による様々な不定愁訴や更年
期障害に悩まされることになる。
実は、数日ごとに排卵を繰り返
すマウスやラットも一生の間に約
400 回排卵できる。しかし、その
後の彼らには閉経の代わりに死が
市民公開特別講演
Section Ⅲ 特 別 講 演
待ち受けている。あらゆる動物の
中で、集団の中に多くのお婆さん
やお爺さんがいるのは人類のみで
ある。高齢者は活性酸素が創生し
た第三の性とも云える。
図3
産業革命は寿命革命
有史以来、人類はミトコンドリ
アのエネルギー代謝と活性酸素
NO 系のバランスを利用しながら
飢餓、怪我、感染症などを克服し、
時空を超えて旅してきた。そして
約 200 年前の産業革命を契機に新
たなエネルギーを手に入れ、生活
環境を激変させながら一気に寿
命を延ばしてきた(図3)
。この
エネルギー革命は食物自給率 39%
の危うい日本にも嬉しいご馳走を
図4
届けてくれている。しかし、このエネルギー
革命は、長寿やご馳走と引き換えに血管病や
ある(図4)。世界最長寿の日本人の血中コ
癌のリスクを増大させ、様々な生活習慣病の
レステロールの平均濃度は、この U 字型の
原因ともなっている。
鍋底に相当する理想的な値である。それにも
日本では“コレステロール恐怖症”や“メタ
かかわらず、医者も患者も“薬でコレステロー
ボ恐怖症”がお茶の間や巷を跋扈している。
ルを下げる”ことばかりに熱心である。これ
しかし、コレステロールの血中濃度と総死
はメタボリックシンドロームでも同じ事が云
亡率は U 字型の関係を示し、
“血中コレステ
える。現在、BMI 22 が理想とされているが、
ロールが高すぎても低すぎても短命”なので
BMI 値と総死亡率の関係も男女共に U 字型
69
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
なのである。その中間値は約 25 であり、
“ちょ
である」と記されている。なるほど、ウイル
いメタ集団が長寿”なのである。この様な事
スや病原菌に感染した患者たちが沢山訪れる
実に眼を瞑り、所謂メタボ検診が大真面目に
病院は“危険が濃縮された場所”でもある。
実施されている。この様な医療費の無駄使い
以下に高齢者に対する彼らのメッセージを紹
を仕分けし、本当に必要な介護費用などに回
介する。
した方が遥かに生きた税金になると思われ
る。コレステロール恐怖症やメタボ恐怖症か
高齢者の医薬処方箋
ら解放され、そこそこの健康を享受する事が
・病院は危険な場所である
節度ある行き方の様に思われる。
・検診で軽度陽性なら、無視するか再検査
おひとりさまの処方箋
・検査値が多少異常でも、症状が無ければ投
薬や手術は不要
“クスリ”は逆から読むと“リスク”となる。
・薬の種類はできるだけ少ない方が良い
古くより「毒でなければ薬ではない」との名
・多種類の薬剤を投与された患者の体内変化
言がある様に、薬は薬効と毒性の微妙なバ
ランスを匙加減しながら処方されるものであ
る。しかし今日、特定の“有効成分”を高濃
を本当に説明出来る医者はいない
・高齢者の症状の多くは、薬の中止で改善さ
れる事がある
度に含む“サプリメント”や“健康食品”が
店頭に溢れ返る時代になった。アメリカのド
ベテランの医者は「高齢者も薬に頼り過ぎ
ラッグストアーではビックリする様な物まで
ないことが大切」と考えている。したがって、
高価格で販売されている。日本でも“サメ○
日々の食事や生活スタイルの中に無理のない
匹分の△”
、
“○のエキス×キロ分をギュッと
健康法を取り入れる事が大切である。その一例
濃縮した△”などと、根拠の無い健康情報が
として、老若男女が、何時でも、何処でも、無料
メディアにより垂れ流しにされている。この
で出来る<健康ほぐし健康法>を紹介したい。
ため儲けたい側の欲望と健康になりたい側の
期待が一致すると、非常識な量の健康食品や
サプリメントを摂取するケースが出てくる。
活性酸素流動脈マッサージ
血管には動脈、毛細血管、静脈、そしてリ
“毒でなければ薬ではない”のと同様に、実
ンパ管がある。これらの中で、高血圧、動脈
は“本当に効くサプリメントは怖い”と考え
硬化、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病など、多く
るのがバランスのとれた考え方である。
“あ
の生活習慣病と関係が深いのは動脈である。
まり効かないから黙認されている”のが実体
動脈の中でも特に細〜中動脈(中細動脈)が
かもしれない。
重要であり、これをしなやかに保つ事が健
第1線で長年患者を診察し続けて来たアメ
康長寿の秘訣である。静脈は体の浅い場所
リカの熟練医師達が辿り着いた“処方箋”が
を、動脈は筋肉の間や筋肉と骨の間の深い場
『Doctor’
s Rule 425』として出版されている。
所を、そしてリンパ管は組織のどこにでも流
この名著の第一章には、「病院は危険な場所
れている。このため動脈を骨に押し付けなが
70
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
で、冷え性の方では手が暖かくなり、直ぐに
時 に マ ッ サ ージされ、
『究極の血管マッサー
その効果を実感できる。自分の手の届く場所
ジ法』となる。以下にその方法(図5)を簡
であれば何処をマッサージしても良い。もっ
単に紹介する。
とも効果的なのは顔や頭である。自分の手に
先ず、自分の手で指、手、腕、顔、頭、頚、
よりマッサージされるのは、局所の血管だけ
胸、足などの皮膚を骨に向かって押しつけな
でなく、筋肉を動かしている脳の運動神経や
がら、前後左右に擦り付ける。これにより皮
知覚神経を養う血管も含まれる。
膚と骨の間にある動脈、静脈、リンパ管を同
世界的に著明なピアニストや指揮者の平均
時にマッサージすることができる。この刺激
寿命は日本人も顔負けする 86 歳である。実
により動脈で NO が生じて血流が増加する。
は、ピアノを弾いている時は指の筋肉を制御
マッサージした部分はすぐさま温かくなるの
する脳の神経細胞がエネルギーを消費するた
め、その領域に酸素を供給する動脈が拡張す
る。これにより脳の動脈の可塑性が大きく
(柔
らかく)なり、脳卒中に罹るリスクが低下す
るのである。これは指揮者でも同様であり、
脳と全身の動脈マッサージが彼らの長寿の秘
訣なのである(図6)。
皮膚と骨の間の動脈を直接マッサージする
事に加え、径絡のツボを刺激することも大切
図5
図6
71
市民公開特別講演
Section Ⅲ 特 別 講 演
らマッサージすれば 、 静 脈 や リ ン パ 管 も 同
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
である。身体には広く全身に分布している径
な“自活おひとりさま”もいずれは“寝たき
絡のツボがあり、血流や体調が悪い時に対応
りおひとりさま”になる。『動脈マッサージ』
するツボを押さえると痛く感じる。この様な
は、要介護期間を先延ばしし、介護する側と
ツボはアゼ穴と呼ばれ、マッサージや鍼灸で
される側の負担を軽減する<健康長寿の処方
刺激されると“痛気持ちよく”感じられる部
箋>である。その方法をお茶の間で判り易く
位である。この様なアゼ穴を親指などで骨に
役立てて頂ける様に、角川 SSC から<何時
向かって押し付けながら刺激すると、それに
でも何処でもだれでもできる『血管ほぐし健
対応する遠隔部位も刺激されて血流が改善す
康法』>として上梓した。「男女おひとりさ
る(遠隔マッサージ)。手や足には合谷や手
まの健康処方箋」としてご利用頂きたい。
三里・足三里などが、頭部や顔には百会をは
“寝たきりおひとりさま”でも認知機能の
じめ沢山のツボがある。これらのツボを介し
高い方から重度の認知症の方までいろいろで
て脳を含む全身の動脈を遠隔マッサージする
ある。どの様な“おひとりさま”でも穏やか
ことができる。デスクワークなどで疲れた時
に旅立つには、終の住処での良い人間関係が
には、コメカミを両手で挟んで頭蓋骨に押し
大切である。輝いていた時期もそうでなかっ
付けながら前後上下にしごけば頭痛や疲れが
た時代も含めて、
“おひとりさま”が自分の
軽減する。解剖学や経絡のツボを知らない人
人生を懐かしく受容しながら旅立てる社会で
でも、アゼ穴や全身の動脈を骨に押し付けな
あって欲しいものである。
がらマッサージすることにより血流を改善で
きる。指揮者やピアニストに限らず、お風呂
やカラオケの大好きな日本人が知らずに行っ
ているのも脳の動脈マッサージであり、世界
最長寿の秘訣の一因でもある。
歳を取っても生き甲斐のある生活を送りた
いという思いに男女の差はない。
“人”という
字は左右からヒトが支えあう象形文字であ
り、
「ヒトはひとりでは生きていけない」こ
とを意味している。世代を超えた老若男女の
仲間たちで、よく食べ、よく動き、五感を刺
激し、全身の動脈をしなやかに鍛えながら元
気に人生を旅したいものである。しかし、元気
72
参考文献
1)活性酸素と病態(井上正康ら、学会出版)
2)活性酸素と医食同源(井上正康ら、共立出版)
3)活性酸素と運動(井上正康ら、共立出版)
4)活性酸素と老化制御(井上正康ら、共立出版)
5) NO とスーパーオキシド(井上正康ら、日本アク
セル・シュプリンガー社)
6)生命誕生と生物の生存戦略(井上正康ら、日本
アクセル・シュプリンガー社)
7)ドクターズルール 425 < 医師の心得集 >(Clifton
K Meador 著、福井次矢訳、南江堂)
8)国際治療ハンドブック(井上正康監修、エルセ
ビア・ジャパン)
9)いつでもどこでも<血管ほぐし健康法>(井上正
康、角川 SS コミュニケーションズ)
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅲ
特 別 講 演
市 民 公 開 特 別 講 演
2)女の老い・男の老い
東京大学大学院人文社会系研究科
老い方に性差はあるか?
すます増えるだろう。
マクロデータによると、女性単身高齢者の
ある、というのが答えである。もともと老
主要な問題は貧困、男性単身高齢者の問題
いれば個人差がきわだつ、と言われている。
は孤立である。女おひとりさまの貧困率は
そうなれば、それまでの生き方がどんなもの
52%、男おひとりさまの貧困率はそれより低
であるかが、老い方に影響するのは当然だろ
いが、それに加えて孤立が問題となる。この
う。
それがおひとりさまになればなおさらだ。
世代は、自営業の比率が高く、無年金、低年
多くの女性は夫をみとって残されたあとは
金者が多いからである(図)。
おひとりさまになることを予測し覚悟してい
『遺品整理屋は見た!』[2006] で話題を呼
るが、男おひとりさまも確実に増えている。
んだ、株式会社キーパーズの代表、吉田太一
これまで多くの男性は、⑴婚姻率が高く、
さんによると、孤独死の大半は、50 代から
⑵平均寿命が女性より短く、⑶年齢差のある
60 代の男性に集中している。このひとたち
妻を選んできたことで、男おひとりさまにな
は介護保険の 1 号被保険者になる前の年齢、
る可能性に目をふさいできた。だが、男性有
高齢者のカテゴリーにも含まれない人たちで
配偶率のデータを見ると、60 代後半がピー
ある。男性単身者の問題は社会的孤立にある
クで、
その前後で低下を示している。つまり、
と言われるが、それは高齢者でも同じである。
70 代以上になれば男性にも妻との死別の可
さて、「社会的孤立」をいかなる指標で測
能性が増えるということだ。反対に 60 代前
るか?単身高齢者を長期にわたって研究して
半より下の年齢になると、離別と非婚が増え
きた河合克義さん [2009] は、横浜市鶴見区
てくる。人口予測によれば現在 40 代男性の
在住の 3,848 人の単身高齢者を対象に次のよ
4 人にひとり、30 代男性の 3 人にひとりは、
うな調査を実施した。「正月 3 が日をひとり
生涯非婚になるであろうと言われているか
で過ごしましたか?」。これに対する答えは
ら、この先、家族のない男おひとりさまはま
前期高齢者で男性 61.7%、女性 26.5%。後期
73
市民公開特別講演
Section Ⅲ 特 別 講 演
上野 千鶴子(社会学者)
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 年齢階級別死別率・離別率・有配偶率
資料:『国勢調査 総務省』
高齢者は男性 46.8%、女性 32.0%と減少する
安定性の低下、子ども自身の高齢化、高齢逆
が、この数値は前期高齢者ほど家族と交流の
縁の可能性等で、それが期待できなくなって
ない人が多いことを示す。この数値はこれか
きた。家族に代わる代替ネットワークの構築
ら上昇することこそあれ、低下することはな
が不可欠になってきたと言える。
いだろう。河合さんはまた東京都港区の高齢
わたし自身が実施した「女縁」の研究 [1988,
者を対象に、生存子の有無を問う調査を実施
2008] では、脱血縁・脱地縁・脱社縁の第 4
している。それによると生存子がいると答え
の縁、名づけて「選択縁」のネットワークの
たひとは半分以下の 49.3%。それというのも
構築には、女性が一歩も二歩も先んじている。
子どもの数がふたりまでで 73.2%、3 人まで
それというのも社縁にどっぷり浸かった男性
で 91.9%と少子化の趨勢のもとにあるからな
にくらべて、社縁から排除され血縁・地縁か
のだが、自身が高齢化すれば少ない数の子ど
らも遠ざけられた女性たちが「必要は発明の
もに先立たれる高齢逆縁もあることを示す。
母」と、キーパーソンになってつくってきた
河合さんは回答のなかで「無回答」が 6%に
ものだからだが、彼女たちにはネットワーク
のぼることに注意を喚起するが、これもたと
構築に必要な時間資源と貨幣資源があっただ
え子どもがいても離別等で生死を確認できな
けではない。何よりも地位と報酬という資源
いであろう男性の孤立度を示すものと解され
配分でコントロールすることのできない平場
る。これが超高齢社会の現実なのである。
の人間関係をつくる関係能力という資源が
これまでの高齢者は家族頼みの老後を視野
あった。それをもとに、女縁のルールを挙げ
に入れてきたが、このように少子化、結婚の
たものが以下である。
74
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
多くの男おひとりさまに取材して気がつい
その1 夫の職業は言わない、聞かない
たことがある。穏やかで幸せな老後を過ごし
その2 子どものことは言わない
ている男おひとりさまの共通点は、妻がいな
その3 自分の学歴を言わない
くても女性の友人が多いことだ。最後は金持
その4 お互いに「奥さん」と呼び合わない
ちより人持ち、それも男性は異性の友人を、
その5 おカネの貸し借りはしない
女性は同性の友人を持つことが秘訣のよう
その6 女縁をカネもうけの場にしない
だ。
その7 相手の内情に深入りしない
男おひとりさまに生きる道はあるのだろう
か。『男おひとりさま道』[2008] の取材を通
これに対して男性高齢者のネットワークづ
して、元気で充実した暮らしを続けている多
くりは、覇権主義的な行動様式を脱しきれな
くの男おひとりさまに出会った。
いせいか、困難を伴うことが多い。デイサー
その経験のなかから、男おひとりさまが機
ビスでも、女性利用者同士が交わりを持って
嫌よく暮らすための十か条を考えてみた。
いるのに対して、男性利用者同士はお互いに
なかなか溶け合わない実情を見ると、男性の
男おひとりさま道十か条
あいだで、女縁に対応する脱血縁・脱地縁・
第一条 衣食住派の自立は基本
脱社縁の男縁をつくることがむずかしいこと
第二条 体調管理は自分の責任
がわかる。現実的な処方箋は、すでに地域に
第三条 酒、ギャンブル、薬物にはまらない
ある女縁に後から男性が参入することで、
「男
第四条 過去の栄光を誇らない
女共学化」することであろう。その際の参入
第五条 ひとの話をよく聞く
の留意点を、次のように挙げてみた。
第六条 つきあいは利害損得を離れる
第七条 女性の友人には下心を持たない
男性の参入 7 戒
第八条 世代の違う友人を求める
その1 自分と相手の前歴は言わない、聞か
第九条 資産と収入の管理は確実に
ない
その2 家族のことは言わない、聞かない
第 十 条 まさかのときのセーフティネットを
用意する
その3 自分と相手の学歴を言わない、聞か
ない
ひとり暮らしの果てには、最後は誰でも死
その4 おカネの貸し借りはしない
が待っている。これまでは男女を問わず、家
その5 お互いに「先生」や「役職名」で呼
族のいないおひとりさまの終末は施設でと言
び合わない
その6 上から目線でものを言わない、その
場を仕切ろうとしない
その 7 特技やノウハウは相手から要求が
あったときにだけ発揮する
うのが相場であったが、ようやくそれ以外の
選択肢として「在宅ひとり死」の可能性が見
えてきた。
そのための条件は以下の三点セットがあれ
ばよい。
75
市民公開特別講演
Section Ⅲ 特 別 講 演
女縁の 7 戒
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
① 二十四時間対応の巡回訪問介護
可能性という選択肢が登場したのも、介護保
② 二十四時間対応の訪問看護
険制度のおかげである。介護保険制度の施行
③ 二十四時間の終末期医療
から 10 年。さまざまな問題は抱えているも
つまり、介護・看護・医療の多職種連携が
のの、この制度が高齢社会におけるリスクの
ありさえすれば、おひとりさまの在宅死は可
再分配という社会連帯 [ 上野・辻元 2009] の
能である。これを「孤独死」と呼ぶ必要はな
実現として成立したことの意味ははかりしれ
い。がん末期や寝たきり、認知症になれば、
ない。この制度を持続可能なものとして使い
もはや男も女もない。だれかに支えてもらっ
回しながら、「おひとりさま仕様」に改善し
て死んでいくほかない。
ていくことが、これからの課題であろう。な
超高齢社会では、だれもがいつかは弱者に
ぜなら家族がいようがいるまいが、超高齢社
なる。どんなに社会的地位の高いひとや、健
会では最後はおひとりさまになる可能性がす
康なひとでも、下り坂を経験する。人生の
べての男女に開かれているのだから。
ピークに上り詰めたひとでも、そのピークに
死ねるわけではない。女性が老化になじみや
すいのは社会的弱者である経験を味わって
いるからだが、逆に男性の方が過去の栄光と
現在の自己とのあいだの落差を受けいれる
ことが困難であろう。その意味で超高齢社会
は、だれもが弱者になる可能性と想像力を持
つ時代の到来であり、それを歓迎したい。
これまで家族のいないおひとりさまは、男
女を問わず、みじめさの代名詞だった。おひ
とりさまの老後につづいて在宅ひとり死の
76
参考文献
1)河合克義 2009『大都市のひとり暮らし高齢者と
社会的孤立』法律文化社
2)上野千鶴子 2006『おひとりさまの老後』法研
3)上野千鶴子 2008『男おひとりさま道』法研
4)上野千鶴子 1998『
「女縁」が世の中を変える』日
本経済新聞社
5)上野千鶴子 2008『女縁を生きた女たち』岩波現
代文庫
6)上野千鶴子・辻元清美 2009『世代間連帯』岩波
新書
7)吉田太一 2006『遺品整理屋は見た!』扶桑社
Section Ⅳ : 一般演題・示説
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
1)セファランチンは pan-ATP binding cassette
transporter inhibitor として作用するか
1)
岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 、高知大学医学部 泌尿器科
1)
1)
1)
2)
2)
山本昌直 、内田昌孝 、藤田洋史 、井上啓史 、
2)
1)
執印太郎 、佐々木順造 、内海耕慥
1)
か に さ れ た 7,8)。こ の ABC フ ァ ミ リ ー に 属
近年 5 -アミノレブリン酸(ALA)に依存
す る タ ン パ ク 質 に は、ABCB1、ABCC10、
したヘム合成の中間体プロトポルフィリン
ABCG2 のように、ある種の抗ガン剤の細胞
IX(PpIX)を利用した光力学的診断(PDD)
外への移動を促進し薬物耐性に関与するもの
や治療(PDT)が広く利用されるようになっ
が存在する 9)。Cepharanthine(Cepha)は様々
た 1)。 こ の PDD や PDT の ガ ン へ の 応 用
なガン細胞の薬物耐性に対し克服作用があ
の原理は PpIX がガン細胞特異的に蓄積す
る こ と が 明 ら か に さ れ て お り 10,11)、現在
るという機構によるもの 2,3)であるが、そ
も多くの研究者により、この Cepha の新しい
の詳細な機構はなお明らかでない。細胞内
薬理作用の機構について研究されている 12)。
の PpIX の蓄積は、5 -ALA dehydratase4)や
この結果は ABCG2 による PpIX の細胞内蓄
porphobilinogen deaminase などのへム合成
積を Cepha により増強させる可能性を示唆
酵素の増大や、PpIX と鉄イオンを結合させ
した。本研究では、Cepha が PpIX の輸送に
ヘ ム 合 成 を す る ferrochelatase(FECH)の
関わる ABCG2 にどのように関与するか、また
が大きく関与するとされてきた。臨
Cepha は pan-ABC 阻害剤として作用するの
床的に ALA は細胞毒性をもつため、微量
か否かについて解析し、Cepha の新たな薬
の ALA を使用することで効果的に PpIXを
理作用の解明を目的とした。
5)
低下
6)
細胞内蓄積させることが要求され、FECH
の活性に要求される鉄イオンのキレーター
方 法
deferoxamine(DFX)によるPpIX 蓄積の亢進
細胞は主としてヒト口腔扁平上皮ガン細胞
が多くの研究者により試みられている。最近、
の HSC-2 と HSC-4 を常法により培養し、実
PpIX の細胞内移動に ATP-binding cassette
験を行った。ALA 依存性蓄積 PpIX の動態
transporter(ABC)、特に ABCG2 が 関 与し、
は ALA 処理後、細胞を ALA-free 培地で洗
79
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
その阻害が PpIX 蓄積を高めることが明ら
目 的
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 1 HSC-2 細胞、HSC-4 細胞における ALA 依存性 PpIX 蓄積の濃度と時間依存性
浄し、
フローサイトメトリーにより解析した。
2. ALA 依 存 性 PpIX 蓄 積 に 対 す る FECH
また細胞内蓄積 PpIX の分布は蛍光顕微鏡に
と ABC 阻害剤の影響と FECH、ABCG2、
より解析した。ABC 発現は RT-PCR とイム
ABCB7 の遺伝子発現
ノブロット法により、ABC ノックダウンは
HSC 細 胞 の ALA 依 存 性 PpIX 蓄 積 は
siRNA によった。
FECH と ABCG2 に強く依存すると考えられ
結果と考察
1. HSC - 2細 胞、HSC - 4 細 胞 に お け る ALA
依存性 PpIX 蓄積の濃度と時間依存性
ることから、その遺伝子発現を測定した。ま
た、鉄イオンの移動に関係すると考えられ
ている ABCB7 の遺伝子発現も同時に測定し
た。その結果、全タンパク質において HSC-4
HSC-2 細胞、HSC-4 細胞共に ALA 依存性
細 胞 の 遺 伝 子 発 現 が HSC-2 と 比 較 し て 強
PpIX の細胞内蓄積は濃度、時間依存的に増
かった(図 2A)。
加し、その増加は HSC -2 細胞が高かった
(図 1)。
図 2B は図 2C の実験スケジュールを示し、
また、0, 1, 2mM ALA と 3 時間反応させた
ALA- 依存性 PpIX 蓄積はFumitremorgin C
HSC 細胞をミトコンドリアのカルジオリピンに
などのABC transporter 阻害剤で弱く、Noc-18
結合する NAO にて染色し、蛍光顕微鏡で観
や DFX など FECH 阻害剤で強く促進され、
察した。その結果、蓄積 PpIXはミトコンドリ
Cepha には ABC 阻害剤の作用に似た影響が
ア分布と一致するが、HSC-4 細胞では 3 時間
観察された(図 2C)。
後に細胞質に漏出していた(データ示さず)。
80
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 2 ALA 依存性 PpIX 蓄積に対する FECH と ABC 阻害剤の影響と
FECH、ABCG2、ABCB7 の遺伝子発現
図 3 ALA 依存性 PpIX 蓄積に対する Cepha の作用とその濃度依存性
3. ALA 依存性 PpIX 蓄積に対する Cepha の
作用とその濃度依存性
胞内蓄積に対して促進作用がある可能性が
示唆されたことから、種々の濃度における
Cepha は ABCG2 の阻害剤に類似した性質
Cepha の作用を検討した。
があり、HSC 細胞の ALA 依存性 PpIX の細
その結果、図 3 に示すように HSC-2 細胞
81
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
においては ALA 依存性 PpIX 蓄積に対して
ALA+inhibitor 3h)を NAO にてミトコンド
はほとんど Cepha の作用が認められなかっ
リアを染 色し、蛍光 顕 微鏡下に PpIX の 分
たのに対し、HSC-4 細胞において特に ALA
布とミトコンドリア分布を観察した。それぞ
濃度が高い時にその蓄積に対する促進作用が
れの阻害剤による細胞内蓄積の PpIX の量の
認められた。このことは、ABCG2 の発現が
低下は抑制されるが、PpIX の分布はそれぞ
HSC-4 細胞において強いことと関係している
れの阻害剤で特異的であり、Noc18 は細胞質
可能性を示唆する。
に、FTC はミトコンドリアに PpIX が分布
4. 細 胞 内 蓄 積 PpIX の 時 間 依 存 的 低 下 と
する傾向にあったが、明確な結果を得るに
FECH や ABCG2阻害剤によるその抑制
は今後更なる解析が必要である(データ示さ
ALA 処理後、PpIX を蓄積した細胞を洗
ず)。
浄すると蓄積 PpIX は速やかに低下する。その
合わせて、同様の実験スケジュールで細胞
低下の抑制は ABC 阻害剤で強く、FECH 阻
内 PpIX の細胞洗浄による低下の Cepha 濃
害剤で弱かった。また、この傾向は HSC-4
度依存的な抑制を観察した。結果、細胞内
で 強く、Cepha の 作 用 は ABC 阻 害 剤 の そ
PpIX は細胞洗浄により低下するが、それは
れ に 類 似 し て い た( 図 4B)。 ま た、 図 4A
Cepha の濃度に依存して抑制され、その作
に 実 験 ス ケ ジ ュ ー ル を 示 し た。そして、 こ
用は HSC-4 で強かった(図 4C)。
の 実 験 に お け る 各 細 胞(Control, ALA 3h,
図 4 細胞内蓄積 PpIX の時間依存的低下と FECH や ABCG2 阻害剤によるその抑制
82
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
5. HSC-4 の siRNAによるABCG2、ABCB7の
ノックダウンとRT-PCR、PCR、電気泳動像
結 論
とALA 依存性蓄積 PpIX の細胞洗浄による
HSC 細 胞 の ALA- 依 存 性 PpIX の 蓄 積 は
低下に対する Cepha、Noc の作用
NO や鉄キレーターなど FECH によるへム
合成の阻害や、Fumitremorgin C などの細胞
により抑制され、Noc18 では抑制されないが、
内 PpIX 移動に関与する ABC 阻害剤により
siRNA で ABCG2 をノックダウンした細胞で
増大され、Cepha にもその作用が認められた。
は Cepha の抑制作用は低下し、逆に Noc-18
そして、その度合は細胞種で異なり、FECH
の抑制作用は増加していた。一方、
ABCG7 のノッ
や蓄積 PpIX 移動に関与する ABCG2 の遺伝
クダウンでは PpIX 蓄積は増加されたが、蓄積
子発現の強度と対応していた。また Cepha
PpIX の細胞洗浄に伴う低下に対して Noc18
は ABC 阻害剤と同様に、PpIX の局在性も
はほとんど影響なく、Cepha はわずかではあ
変化させ、PDT における細胞死に大きく影
るがむしろ増加させた。この結果は Cepha が
響することを示唆した。このことは、Cepha は
ABCG2 ノックダウンの細胞に作用したのと異な
ABCC10 阻害による多剤耐性克服作用のみなら
り、Cepha の作用部位の一部は ABCG2 である
ず、pan-ABC 阻害剤として他の ABC 阻害作用
ことを示唆するものと考えられる。
のあることを示唆し、Cepha は医薬として他の
分野にも応用できることが示唆された。
図 5 HSC-4 の siRNA による ABCG2、ABCB7 のノックダウンと RT-PCR、PCR、電気泳動像と
ALA 依存性蓄積 PpIX の細胞洗浄による低下に対する Cepha、Noc の作用
83
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
蓄積 PpIX の細胞洗浄による低下は Cepha
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
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アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
2)ヒト培養細胞(HSC4)の増殖に及ぼすセファランチンの影響
中国学園大学現代生活学部 人間栄養学科
1)
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 歯科放射線学分野
1)
1)
1)
2)
2)
松石嘉織 、松野瞳美 、川﨑祥二 、村上 純 、浅海淳一
剤、紫外線、熱、放射線等)による損傷を自
らチェックするシステムをもっており、その
培養細胞は分裂を繰り返しながらその数を
反応系は G1 期、G2 期に存在することが報告
増してゆく。細胞の増殖過程は大きく分裂期
されている。
と休止期の2つに分けられ、形態的に劇的な
近年フローサイトメトリーの発展によりこれ
変化をする分裂期(M 期)に比して休止期は
ら細胞内の細胞あたりの DNA 量を測定する
形態的には大きな変化が見られない。
ことができ、得られる DNA ヒストグラムから
しかしながら、この休止期には次の分裂の
細胞周期の分画を測定し細胞動態を解析する
ための準備、すなわち DNA やタンパク質の
ことが可能となった。すなわち、薬剤等に対
合成が活発に行われている。細胞分裂から次
する細胞の反応が処理後どのような細胞動態
の分裂までの間を細胞周期と呼び、分裂期を
を示すかを知ることができる。フローサイト
M 期、休 止 期 の DNA 合 成 が 行 われている
メトリーは蛍光物質により染色された細胞内
時期を S 期と呼ぶ。M 期と S 期との間を G1 期、
物質を励起光により発する蛍光量を測定する
S 期と M 期の間を G2 期と呼び細胞周期を G1
ことにより細胞あたりの量を測定する方法で
期、S 期、G2 期、M 期と 4 つの期に分けられて
いる。体細胞は分裂を行うとき細胞内 DNA
量は、4n から 2n になる。したがって、S 期
では DNA が合成され 2n から 4n に増加する。
図 1 に示すように DNA 量は G1 期で 2n、G2
期では 4n となり、S 期では 2n から 4n の間
の DNA 量となる。
細胞は周期を進行する過程でいくつもの遺
伝子が発現しており、また、外からの刺激(薬
図 1 細胞周期の図式化
85
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
はじめに
2)
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
あり、遺伝子発現により産生されるタンパク
増殖曲線
質や核酸(RNA、DNA)を測定することが
シ ャ ー レ(Falcon 3003, 3001)に 5 × 10
できる。
細胞 /10cm dish、10 細胞 /6cm dish を播種
一方、タマサキツヅラフジから抽出され
し、24 時間ごとにシャーレあたりの細胞数
たセファランチン(以下 CEP と略す)は、細
を血球計算盤で測定した。
胞膜の安定化剤として知られている。その
セファランチン
5
5
+
薬理作用として K イオンの透過性の阻害、
タマサキツヅラフジから抽出されたビスコ
NADPH の酸化酵素の阻害、ホスフォリパー
クラウリン型アルカロイド(商品名セファラ
ゼ C の阻害、ホスフォリパーゼ A 2 の阻害ヒ
ンチン)は化研生薬株式会社から提供を受け
スタミン遊離阻害、脂質酸化の阻害、細胞膜
た。薬剤投与は CEP の使用濃度に希釈した
に存在する薬剤排泄ポンプの阻害等が報告さ
培養液で毎日交換した。薬剤除去は無薬剤の
れている。また、この薬剤の細胞動態に対す
培地で 3 回洗滌後新鮮培養液と交換した。
る作用は G1/G0 期に作用することが報告され
細胞分画を算出
ているが明確ではない。これらの阻害作用を
対象群、CEP 処理細胞群は 24 時間ごとに
有するセファランチンが細胞の増殖にどのよ
トリプシン処理して単一細胞を作成し、冷
うな作用をするかは興味ある問題である。
70% メタノール(-20℃)で固定した。その
本実験ではヒト口腔癌細胞の培養細胞を使
後−20℃で 24 時間以上保存した。DNA 測
用し、その増殖曲線及び細胞動態への CEP
定前に保存細胞懸濁液を冷 PBS で 3 回洗滌後
の影響を観察し、興味ある知見を得たので報
50 μg/ml Propidium Iodide(PI)
(Sigma)で
告する。
染色し細胞あたりの DNA を計測した。測定
材料と方法
細胞
は FACS キャリバー(Becton-Dickinson)
で
測定し、得られた DNAヒストグラムより細胞
分画を算出した(図 2)。
使用した細胞はヒト口腔癌細胞 HSC4 細胞
である。
培養
培養液はダルベッコ変法培地(日水製薬)
にペニシリン(明治製菓)、ストレプトマ
イシン(明治製菓)を添加し、10% 仔牛血清
(Gibco)を加えたものを使用した。培養は 5%
CO2+95% Air の炭酸ガス培養器(ASTEC )で
培養した。トリプシン(Difco 1 : 250)は 0.25%
トリプシン溶液を使用した。
86
図 2 HSC4 細胞の DNA ヒストグラム
HSC4 細胞の移植後 8 日の比例増殖期細胞の
DNA ヒストグラムで、この図から G1、S、G2/M の
細胞分画を算出した。
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 3 HSC4 細胞の増殖に及ぼすCEPの影響
図 3 から HSC4 細胞の倍加時間は 36 時間
間には急激に増加し細胞数が 2 倍以上に増加
が得られ , それを基にそれぞれの期の時間を
した。除去後 48 時間には対象群と同じ細胞
求めると G1 期 18.5 時間、S 期 12.4 時間、G2
数になった。この急激な増殖を示す曲線から
/M 期 3.1 時間が得られた。
倍加時間を求めると 16.8 時間となった。
2 比例増殖期細胞の細胞周期の変動
結 果
図 4 は、播種後 1 〜 8 日の対象群の細胞
1 細胞動態に及ぼす CEP の影響(図 3)
5
HSC4 細 胞 は 10 個 /6cm シ ャ ー レ、5 ×
5
分画の変化を示している。G1 期、S 期、G 2 /M
期の分画は大きな変動はなかった。S 期は
10 個 /10cm シャーレを播種し、24 時間毎
35% 前後を維持していた。
にシャーレあたりの細胞数を計測し増殖状態
3 CEP(1μg)添加後の HSC4 細胞の細胞
を観察した。播種後約 24 〜 48 時間のラグ後
分画の変化
細胞は増殖しはじめる。倍加時間 36 時間で
図5は、CEP(1μg)添加後の HSC4 細胞
5
10 個 /6cm シャーレの場合は播種後 5 日に
の細胞分画の変化を示す。CEP 添加後 G1 期
はプラトーになった(図示していない)。
が徐々に増加し、S 期、G2/M 期は徐々に減
5
5×10 個 /10 cm シャーレでは播種後 8 日で
少した。CEP 添加後 5 日には G1 期細胞の分
も増殖を示した(図 3)。播種後 48 時間に
画が 66% と高値を示した。
CEP 5μg/ml、1μg/ml を添加すると 5μg/ml
4 CEP(1μg/ml)を除去後の細胞分画の変化
では増殖が抑制された。CEP 1μg/ml では
図6は、CEP(1μg/ml)を 5 日間処理後、
添加後 3 日には細胞増殖が抑制された。
培養液交換にて CEP を除去し、その後の細
この CEP(1μg/ml)処理で増殖しなくなっ
胞 分 画 の 変 化 を 観 察 し た。CEP(1μg/ml)
た細胞群から CEP を除去すると除去後 24 時
を除去したことにより、24 時間後には G1 期の
87
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
HSC4 細胞を播種後 24 時間ごとにシャーレあたり
の細胞数を測定した。
図 4 播種後の HSC4 細胞の細胞分画の変化
HSC4 細胞を播種後 24 時間ごとにエタノール
固定後 PI にて染色後フローサイトメーターにて
得られた DNA ヒストグラムから細胞分画を算
出した。
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
考 察
セファランチン(CEP)の薬理作用として
細胞膜の安定化に作用したり、細胞膜に存在
する酵素の阻害や多剤耐性細胞の薬剤排泄ポ
ンプの阻害等が報告されている。しかしなが
ら、この薬剤を持続的に投与することによる
細胞動態に対する影響は明確ではない。
比例増殖中の HSC4 細胞の増殖は CEP を
添加すると5μg/ml の濃度では 1 日後から抑
図 5 CEP(1μg/ml)添加後の HSC4 細胞の細胞分画の変化
制され、また、CEP(1μg/ml)の処理でも細
HSC4 細胞を播種後 48 時間に CEP(1μg/ml)
添加後 24 時間ごとに細胞を固定後フローサイト
メーターにて細胞分画を求めた。
胞増殖が徐々に抑制され、添加後 4 日には増
殖は見られなくなった(図 3)。したがって、
CEP は細胞増殖を抑制する作用があること
が明らかとなった。
CEP は細胞増殖を抑制する作用が見られ
ることから、細胞分画のどの時期に作用する
のかを検討した。G1、S、G2/M の分画はコ
ントロールではほぼ同じ割合であるが(図 4)、
CEP(5μg/ml)で は、 添 加 後 急 激 に S 期、
G2/M 期細胞の分画が減少をし、投与後 3 日
目には79%にも達した(図 7)。CEP(1μg/ml)
図 6 CEP
(1μg/ml)除去後のHSC4 細胞の
細胞分画の変化
比例増殖中の HSC4 細胞を CEP
(1μg/ml)
で5日
間処理し、処理後 24 時間ごとの細胞分画を求めた。
細胞が減少し、S 期細胞の分画が増加してい
た。その後、細胞の分画は一定な状態に戻っ
た。
5 CEP
(5μg)添加後の細胞分画の変化
図7は、CEP(5μg)添加後の細胞分画の変
化を示す。CEP の添加後には G1 期が急激に
増 加 し、 処 理 後 3 日 に は 79% に 達 し た。
S 期細胞、G2 期細胞の分画は減少した。
88
図 7 CEP(5μg/ml)添加後の HSC4 細胞の細胞分画の変化
HSC4 細胞を播種後 2 日目に CEP(5μg/ml)
を
添加後 24 時間ごとの細胞分画を求めた。
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
では比較的ゆっくりと G1 期分画が増加し、S、
G2/M 期分画が減少した(図 5)。このことは、
要 旨
この薬剤により、細胞の周期移行に必要な反
ヒト口腔癌 HSC4 細胞を使用し、細胞動態
応(遺伝子の発現)がこの薬剤で阻害され、
に対するビスコクラウリン型アルカロイド
進行が G1 期で止まり、G1 期に集積すること
(セファランチン)
(CEP)の作用を検討した。
を示している。
1 比例増殖中の細胞は倍加時間 36 時間で、
薬剤を培養液から取り除くと、24 時間後
その細胞周期分画はほぼ一定であり、G1 期
には 2 倍以上の細胞数となり(図 3)、G1 期
18.5 時 間、 S 期 12.4 時 間、G2/M 期 3.1 時
に集まっていた細胞は急速に S 期、G2 /M 期
間であった。
に進行したことを示している。CEP を取り除い
2 比例増殖中の細胞に CEP を添加し、細胞
増殖に及ぼす影響を観察した。CEP(1μg)
めると 16.8 時間となり S 期、G2 /M 期の時間
では細胞増殖がゆっくりと CEP(5μg)で
が同じであるとすると、16.8 時間から S 期、
は急激に抑制された。
G2/M 期の時間を差し引くと、細胞は DNA
3 CEP(1μg)の抑制を解除すると 24 時間
合成 1.3 時間前に停止していたことになる
(図 8)。
後には 2 倍以上に細胞が増殖することが
したがって、DNA 合成約 1.3 時間前に発
観察された。
現する代謝(遺伝子)を明確にすることによ
4 比例増殖中の細胞に CEP(1μg)を添加し
り CEP の作用機構がより明確になると考え
細胞周期の分画の変化を観察した。CEP
られる。
を添加すると G1 期分画はゆっくりと増加
し、S 期、G2 /M 期が減少した。
5 比例増殖中の細胞に CEP(5μg)を添加す
ると G1 期分画が急激に増加し、S 期、G2/
M 期が減少した。
以上のことから H S C 4 細胞への CEP の作
用起点について考察した。
図 8 セファランチンの細胞動態に及ぼす作用機点
HSC4 細胞の倍加時間は 36 時間であるが、
セファ
ランチンを投与すると DNA 合成前 1.3 時間の
G1 期に集積する。
89
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
た後の細胞の増殖曲線部分から倍加時間を求
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
3)腎虚血再還流障害に対するセファランチンの有効性の検討
大分大学医学部 麻酔科学講座
日下淳也、萩原 聡、古賀寛教、長谷川 輝、岩坂日出男、野口隆之
はセファランチン投与群で有意に抑制され
に認められる病態の一つであるが、原因の
た。また、腎虚血再還流障害による腎組織の
代表的なものとして、腎虚血再還流障害が挙
出血や尿細管細胞の脱落、ミトコンドリア膨
げられる。一方セファランチンは、タマサキ
化等の破壊性変化がセファランチン投与群で
ツヅラフジから抽出したアルカロイドである
抑制された。さらに、腎虚血再還流障害によ
が、最近の研究から、膜の安定化や抗アレル
り上昇した MDA をセファランチン投与群で
ギー作用など様々な作用を有することが証明
は有意に抑制できた。また、セファランチン
されている。今回我々は、セファランチン投
投与群で、ミトコンドリアの形態学的変化や
与により、腎虚血再還流障害を抑制できるか
組織中 MDA の割合が抑制されていたことか
否かを検討したので報告する。
ら、セファランチンが ROS の抑制を介して
雄性 Wistar 系ラットを使用。無作為にセ
腎虚血再還流を抑制する機序が示唆された。
ファランチン (10mg/kg) または生理食塩水を
今回の研究により、腎虚血再還流のメカニ
皮下注射した後、全身麻酔下に右腎を摘出し、
ズムとして、ROS の関与が示唆された。また、
左腎動・静脈を 60 分間クランプしモデルを
セファランチンは腎虚血再還流障害の改善効
作成した。再還流 24 時間後に犠死させ、血
果があることが示された。以上のことから、
液検査にてBUN,Crの測定を行った。さらに、
セファランチンは虚血再還流障害における病
再還流 24 時間後の組織学的変化を HE 並び
態改善の新たな薬剤となるかもしれない。
に電子顕微鏡を使用して検討した。また、脂
質が活性酸素種(ROS)により障害されるこ
※詳細につきましては J Surg Res. 2010 Feb
とで生じ、虚血再還流障害時の ROS の指標
11. Kusaka J, Hagiwara S, Hasegawa A,
として有用である組織中マロンジアルデヒド
Kudo K, Koga H, Noguchi T: Cepharanthine
(MDA)
の測定も併せて行った。
腎虚血再還流障害に伴うBUN , C r の上昇
Improves Renal Ischemia-reperfusion Injury
in Rats. をご参照ください。
91
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
急性腎障害は、集中治療領域において頻繁
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
4)血小板減少モデルマウスにおけるセファランチンの効果
1)
山口大学大学院医学系研究科 情報解析医学系専攻 病理形態学分野 、
2)
山口大学医学部附属病院 総合診療医学 、山口大学名誉教授
1)
1)
2)
崔 丹 、河野裕夫 、小野咲弥子 、石原得博
3)
3)
2.ウサギ抗マウス血小板抗血清の作成
末梢血中の血小板減少の機序に関しては
健常の 8 週齢のマウス 10 匹より血小板を
1)血小板生成の阻害、2)血小板破壊の亢進、
回収し(1 回免疫で 1 匹ウサギの使用量 )、
3)血小板分布の異常が知られている 1)。
PBS で 混 ぜ 懸 濁 液 を 作 り、1:1 の 割 合 で
動物実験では抗血小板抗体をマウスなどに
adjuvant complete freund(DIFCO)ア ジ ュ
一回注射すると、数時間で血小板が急激に減
バントと混ぜ、エマルジョンにした。最終回
少し、血小板数はほぼ 0 となるという事実が
免疫の 2 週間後、ネンブタールの麻酔下で心
すでに知られている。
臓からウサギの全採血を行い、分離した血清
近 年、 タ マ サ キ ツ ヅ ラ フ ジ(Stephania
を抗血小板抗血清(APS)として次の実験に
Cepharantha Hayata)から抽出されたビスコ
使用した。
クラウリン型アルカロイド製剤セファランチ
3.APS の投与によるマウス血小板減少効
ン(Cepharanthin、以下 Cephと略する。化研
果の検討
生薬)の大量投与で ITP 患者や再生不良性貧
グループA:各濃度(0.2 ml, 0.1 ml, 0.05 ml)の
血の患者の血小板を増加することが報告され
APS をそれぞれのマウスの腹腔内に1回投
ている
。
2〜4)
与後、経時的に血小板の変化を観察した。
今回、マウス血小板減少症モデルを用いて
4.血小板減少マウスにおける Ceph の効果
Cepharanthin の効果を検討した。
グループ B:Ceph 0.1mg, 0.5mg, 2.0mg を
材料および方法
それぞれ腹腔内に 1 日 1 回、3 週間連続投与
を行い、血小板数の変化を検討した。
1.動物
グループ C:Ceph 0.5 mg を連日腹腔内に
7 ~ 8 週齢 ICRメスのマウス、体重 25~30g。
1 週間予備投与後、0.1 ml APSを1 回腹腔内に
1 群のマウスは10 匹とした。NZ whiteウサギ、
投与し、
その後Ceph 0.5mgを継続に投与した。
93
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
体重 2.5kg を用いた。
はじめに
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
グループ D:Ceph 0.5 mg を連日腹腔内に
血が重度になる傾向が認められた。
1 週間予備投与後、0.1 ml APS を1回腹腔内
2. Ceph の効果:
に投与し、翌日より0.005 ml より毎日 0.005 ml
① Ceph 単独投与により血小板数の経時的な
ずつ増量して APS を連日投与した。併せて
変化:
Ceph 0.5 mg を連続3週間投与した。対照と
各濃度の Ceph 投与群での血小板数の変動
して 0.1 ml APS のみを上記スケジュールで
は少なく、有意差は無かった(図 2)。光学
マウスに投与した。
顕微鏡的検索では 2.0mg 投与群のほとんど
グループ D を除き各群の対象として健常
の個体の脾臓で著明な泡沫細胞の集簇が認め
マウスに 0.1 ml の正常ウサギの血清を腹腔内
られた。
に投与した。
APS または Ceph 投与前、投与後 4 時間、
24 時間および 3、4、5、7、9、12、14、17、21
日に眼底静脈叢から採血し、血小板数をカウ
ントした。
結 果
1. 各濃度の APS 投与による血小板の経時的
な変化:
APS 投与 4 時間および 24 時間後に各群マ
図 2 Ceph単独投与の効果
ウスの血小板数は対象群に比較し顕著に低下
し、有意差(P < 0.05)を認めた。すべての AP S
②血小板減少の急性期においてCephの効果:
投与群で 7 日目には血小板数が徐々に正常値
Ceph の一週間前投与を行い、0.1ml また
に回復し、9 日目には旧値に復した(図 1)。
は 0.05 ml APS を投与する群と Ceph を併用
APS 投与したマウスでは腹壁、胃、腸管
しない群ともに APS 投与後 4 時間で血小板
に出血が見られ、APS の濃度に比例して出
数が減少し、24 時間で最低値を示した。以
後 12 日目でほぼ正常値に戻り、各群に有意
差は認められなかった(図3)。
③ APS の連続投与グループ(慢性血小板減
少モデル )において Ceph の効果:
APS 単独投与群では 4 時間後に正常値の
20%程度まで血小板数が減少、以後 7 日間以
上持続し、21 日目までに正常値には戻らな
かった。一方 Ceph 併用群では 9 日目から血
小板数が上昇 12 日目には正常の 143.6%まで
図1 APS 濃度による血小板数の変化
94
に達し、21 日目まで持続した。APS 単独投
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
でマウスの血小板減少モデルの作製を試み
た。抗血小板抗体を一回投与すると急性的に
血小板の減少が生じ、この時期に Ceph を投
用したが、明らかな血小板の上昇がみられな
かった。Ceph 投与群ではマウスの出血の程
度は軽かった。一方、APS を継続に腹腔内
投与する場合、長期的に血小板減少を認めた。
この群に Ceph を投与すると対照群より血小
図 3 APS 投与状態におけるCephの効果
板が有意に増加した(図4)。慢性的な血小
板の減少の例において、長期に Ceph を投与
した結果、血小板を上昇させる効果があると
学的な検討では末梢血の塗抹切片で血小板の
減少を認めたが、ITP 脾のような泡沫細胞が
ほとんど出現しなかった。従って、血小板減
少の原因については不明な点も多く更に検討
する必要がある。しかし、このモデルを用い
て、血小板減少の機序の研究や治療薬の開発
図 4 慢性血小板減少マウスにおけるCephの効果
などへの応用が期待される。
Ceph の単独投与で血小板減少マウスの血
与群と比較して有意差(P < 0.05 )を認めた
(図4)。
小 板 数 が 増 加 す る こ と が 確 認できた。慢
性に血 小 板 低 下 が 経 過 す る ITP 症 例 では
ステロイド剤が第一選択として挙げられ 4,5)、
考 察
H・Pylori 陽 性 例 に 対 し て は 除 菌 療 法 が 行
Ceph は種々の薬理作用を持つといわれ、
われ、多くの症例において、有望な成績が得ら
血小板増加作用があることが臨床的に確認
れたが、難治例やステロイドの副作用で使用で
。ITP での Ceph の作用機序
きない例もまだ多くみられる。経口剤で使用で
されている
2〜4)
は確定していないが、生体膜安定化作用
、
11)
免疫機能増強作用 7)、副腎皮質ホルモン産
生増強作用
などの薬理作用が予想される。
8)
き、安全性が高く、過去の臨床報告からの効
果など総合的に判断すると、Cephは血小板減
少症治療の選択薬の一つとして期待できる。
本研究において抗マウス血小板抗体の投与
95
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
思われる。血小板減少マウスについての組織
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
参考文献
1)
野村昌作:特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
6) 宮原正信ほか : 生体膜系に対するビスコクラウ
概論 . 日本臨床 , 61 : 552-557,2003
2)
小林正之ほか : 難治性特発性血小板減少性紫斑
リン型アルカロイドの作用とその機序に関する
研究 . 岡山医学会雑誌 , 89 : 749-756,1977
7)
小野稔ほか:Cepharanthinによる Organassociated
病に対するセファランチンⓇ大量療法の検討 . 診
断と治療 , 83 : 589-595,1995
3)
野村昌作ほか : 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
に対する各種治療効果と HLA-DRB1アリルに関する
検討 . MHC(日本組織適合性学会誌 ), 6 : 206-208,
1999
4)
藤村欣吾 : 血小板減少症の治療―成人血小板減少 症
とセファランチン― .新薬と臨床 ,47 : 1584-1594,1998
5)Ishihara T, et al .: Foamy cells in ITP spleens
and in granulomas induced by murine platelets,
commercialized phospholipids, and erythrocyte
membrane. Histological and ultrastructural
studies. Acta Pathol Jpn, 33 : 943-958,1983
96
免疫細胞の活性化. 癌と化学療法 , 15 : 127-133, 1988
8)吉川典孝ほか : セファランチンの下垂体―副腎系に
及ぼす影響 . 日薬理誌 , 87 : 99-104,1986
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
5)セファランチンは LPS 誘導全身性炎症モデルにおいて
NF‐κB を阻害することで抗炎症作用を発揮する
大分大学医学部 麻酔科学講座
長谷川 輝、萩原 聡、古賀寛教、日下淳也、工藤享祐、野口隆之
研究対象及び方法
最近の医学発達に伴い、集中治療領域での
Wistar 系雄性ラットを用い以下の5群を
患者数は減少してきている。しかし、敗血症
作成した。1)生 理 食 塩 水 を 投 与 し た 群、
などに起因する全身性炎症反応症候群におい
2)生理食塩水を投与した後、LPS(7.5mg/
ては、各種臓器障害の結果、更なる病態の悪
kg)を静脈内投与した群、3)セファランチ
化をもたらし、致死率は高い。全身性炎症反
ン(10mg/kg)を腹腔内に投与した後、LPS
応症候群における病態のメカニズムのひとつ
を静脈内に投与した群、4)LPS を静脈内
に、TNF-αや IL - 6 といった炎症性サイトカ
に投与した 2 時間後にセファランチンを腹腔
インの存在が知られている。炎症性サイトカ
内投与した群、5)セファランチン(10 mg/kg)
インを制御することは、患者死亡率を改善で
を腹腔内に投与した後、生理食塩水を静脈内
きる可能性がある。一方、セファランチンは
に投与した群を作成した。血清中の TNF-α、
植物由来のアルカロイドであり、抗アレル
IL-6、NOx 量 を 測 定 し た。 さ ら に LPS 投
ギー作用、免疫機構への関与など、様々な生
与 12 時間後の、肺、肝臓組織を評価した。
理活性を有する。我々は、ラットを用い、セ
RAW264.7 細胞を用いて、LPS 投与時におけ
ファランチンの LPS 誘発全身性炎症モデル
る、セファランチンの上清中炎症性サイトカ
に対する病態改善効果について検討し、さら
イン(TNF-α、IL-6)分泌能の変化、ならび
にセファランチン後投与での病態改善効果を
にNOx 産 生 量 の 変 化 を 評 価した。さらに、
検討した。また、細胞培養系を用いてセファ
LPS 刺激細胞を用いて、細胞内 NF-κB 活性
ランチンの作用メカニズムの検討を行った。
化や IkB、pIkB に対するセファランチンの
与える影響についても検討した。
97
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
結果及び考察
この抑制効果は、IkB のリン酸化抑制を介し
た NF-κB の活性化抑制の関与が示唆された。
LPS 誘発全身性炎症モデルにおいて、前
投与、後投与のいずれの群においても IL-6、
※詳細につきましては J Surg Res. 2010 Feb 4.
TNF-αならびに血清中 NOx 量が有意に減少
Kudo K, Hagiwara S, Hasegawa A, Kusaka
した。肺ならびに肝組織においても臓器障害
J, Koga H, Noguchi T:Cepharanthine Exerts
が改善された。さらに、細胞培養系において、
Anti-Inflammatory Effects Via NF-kappaB
濃度依存性にセファランチンは上清中へのサ
Inhibition in a LPS-Induced Rat Model of
イトカインおよび NOx の遊離を抑制した。
Systemic Inflammation. をご参照ください。
98
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
6)口腔扁平上皮癌における Cepharanthine の放射線増感効果
山口大学大学院医学系研究科 上皮情報解析医科学講座 歯科口腔外科学分野
原田耕志、原田豊子、板敷康隆、上山吉哉
Cepharanthine の放射線増感効果について検
Cepharanthine はタマサキツヅラフジから
発見されたアルカロイドで、結核菌の発育
阻止作用を有することが見出されたことに
討した。
材料と方法
よって注目を集め、現在では脱毛、蝮咬傷、
細胞株
放射線治療による白血球減少症に対する治
ヒト舌癌細胞株 HSC2、HSC3、HSC4 を用
療薬として臨床で用いられている。我々は、
いた ( 理化学研究所より購入 )。
Cepharanthine が 口 腔 癌 細 胞 に お い て ア ポ
MTT assay 、5-FU 系抗癌剤
96 穴プレートに 5 × 103 個の口腔扁平上
の抗癌効果を増強すること 3)、血管新生阻害
皮 癌 細 胞 (HSC2,HSC3,HSC4) を 播 種 し、24
作用を発現すること 4)を報告してきた。もち
時間後に各種濃度に調製した Cepharanthine
ろんその他にも様々な作用を有していると考
と medium change し て か ら 48 時 間 後、 ま
えられる。近年、口腔扁平上皮癌患者が外科
た設定した放射線照射を行ってから 48 時間
的切除を行わない治療いわゆる機能温存療法
後、あるいは Cepharanthineと放射線照射を
を希望され、化学放射線療法が一次治療とし
併用処理してから 48 時間後に、通法に従っ
て選択されるケースが増加し、この際にも
て MTT 溶液を加え 37℃、4 時間反応させ、
白血球減少症に対して Cepharanthine が投
形成された MTT formazanをジメチルスル
与される。しかしながら、放射線に対する
ホキシド (DMSO) で溶解し、マイクロプレー
Cepharanthine の影響については、放射線性
トリーダーを用いて OD490nm にて吸光度を
口内炎予防の可能性に関する報告が散見され
測定することにより生細胞数を評価した。
トーシスを誘導すること
る他
1,2)
5,6)
、放射線増感効果に関しては未だ十
分に解明されていない。そこで今回、口腔扁
99
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
平上皮癌に対する放射線治療時に用いられる
はじめに
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Clonogenic survival assay PVDF 膜に転写し、WesternBreeze クロモ
6 穴プレートに 1×10 個の細胞を播種し、
ジェニック検出システム(Invitrogen)を用い
24 時間後 Cepharanthine 濃度 0, 10μg/ml に
て目的の蛋白を検出した。すなわちブロキン
調製した D-MEM と medium change し、1 時
グ溶液にて30分間ブロッキング行い、1次
間後 放射線照射 0, 3, 6, 9, 12, 15Gyを行い、
抗体希釈液にて 5000倍希釈した1次抗体と
その後 D-MEMで 37℃、9 日間培養を行った。
4℃にて 8 時間反応させ、wash buffer にて洗
形成されたコロニーを 90%エタノールで固
浄後、発色液を用いて、目的のバンドを検出
定後、ヘマトキシリンで染色し、染色された
した。
3
コロニーを肉眼で算定し、surviving fraction
をコロニー数 / 播種細胞数× plating 効率よ
り算定し、clonogenic survival curve を作製
結 果
MTT assay にて、Cepharanthine(5-20μg/
した。
ml)単剤処理により HSC3 の増殖が有意に
Western blotting 抑制され、Cepharanthin e( 10-20μg/ml)単剤
Cepharanthine(10μg/ml)ならびに放 射 線
処理によりHSC2、HSC4の増殖が有意に抑 制
(10Gy)の そ れ ぞ れ 単 独 処 理 あ る い は 併 用
された(図 1)
。すなわち、HSC3、HSC4、HSC2
処 理 細 胞 と、 未 処 理 細 胞 を 回 収 し、RIPA
の 順 にCepharanthine に対 する感 受 性 が 高
buffer にて蛋白抽出した後、ナノドロップ
かった。次に、MTT assay を用いて放射線
(Thermo Fisher Scientific 社)により蛋白定
に対する感受性を検索したところ、HSC3、
量を行い SDS-PAGE にて展開した。その後
HSC4、HSC2 の順に放射線に対する感受性
図 1 Cepharanthine の細胞増殖抑制効果
100
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
が高かった(図 2)
。さらに、Cepharanthine
また、clonogenic survival assayにてCepha-
(10μg/ml)と放射線 10Gy をそれぞれ単独あ
ranthine(10μg/ml)処理は、放射線感受性株
るいは併用処理したところ、すべての細胞株
HSC3 だけでなく、放射線非感受性株 HSC2
において併用処理することで、より顕著な細
や中等度感受性株 HSC4 の放射線による分裂
胞増殖抑制効果が得られた(図 3)
。 死(Mitotic death) を有意促進し、放射線増
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 2 放射線の細胞増殖抑制効果
図 3 Cepharanthine と放射線併用の細胞増殖抑制効果
101
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 4 Clonogenic survival curve
感効果を発現した(図 4)。
断裂修復蛋白の発現が XLF 以外は認められ
次に、Cepharanthine の DNA二重鎖断裂
なかった(図 5)。
修復蛋白への影響を Western blotting を用
いて検索した。放射線非感受性株 HSC2 に
考 察
おいて相同組替えに関与する Rad51、非相
放射線による治療効果を高めるためには、
同末端結合に関与する Ku86、Ku70、DNA-
癌細胞における DNA 二重鎖断裂修復を抑制
PKcs、Rad50、XRCC4、XLF の蛋白発現は、
することは重要と考えられる。DNA 二重鎖
それぞれ未処理細胞ではほとんど発現が見
断裂修復機構には、相同組替えと非相同末端
られないかあるいは軽度から中等度の発現
結合の二つがよく知られている。相同組替え
を 示 し、Cepharanthine 処 理 細 胞 で は、 そ
は、まず初めに、切断末端が DNA エンド /
れぞれ未処理細胞より蛋白発現は増強し、
エクソヌクレアーゼの働きによって 3’側に
放射線処理細胞では Cepharanthine 処理細
一本鎖が形成される。次に、この一本鎖領域
胞 と比較して、Rad51は 顕 著 な 増 強、DNA-
に原核生物では RecA、真核生物では Rad51
PKcs、XRCC4 は同程度の発現を示し、さら
が結合してヌクレフィラメントを形成し、相補
に Cepharanthine と放射線の併用処理細胞
的な DNA 鎖と対合し鎖交換反応を行う。こ
では、XLF 以外すべて顕著に発現が減弱し
の反応によって出来た組換え中間体を基に、
た。放射線中等度感受性株 HSC4 において
DNA 修復合成によって失われたヌクレオチ
は、Cepharanthine と放射線の併用処理細胞
ド部分が合成される。最終的にエンドヌクレ
では DNA-PKcs、XLF の発現減弱を認めた。
アーゼ等による中間体の切断により二 重 鎖
また HSC3 においてはこれらの DNA 二重鎖
DNA が解離して、DNA リガーゼによる結合
102
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 5 Western blotting
が 行われ反応が完了する。一方、非相同末端
放射線の併用処理にて顕著に抑制されてお
結合は、原核生物や下等真核生物ではあまり
り、Cepharanthine の新たな作用が見出せた
重要ではないが、ヒトなどの高等真核生物に
と考えている。放射線中等度感受性株 HSC4
おいては、電離放射線などによる DNA 二重
においては、Cepharanthineと放射線の併用処
鎖断裂修復において中心的な役割を果たして
理により DNA-PKcs、XLF の発現減弱を認
いる。この反応では、まず初めに切断末端に
めたが、その他の DNA 二重鎖断裂修復関
Ku70/Ku80 へテロダイマーが結合し、DNA-
連蛋白の発現抑制は認められず、別の因子
PKcs と呼ばれるプロテインキナーゼがリク
の関与も想像される。また興味深いことに、
ルートされる。その後、Rad50/Mre11/Nbs1
HSC3においては、DNA 二重鎖断裂修復機構
(Xrs2)のヌクレアーゼ活 性を持つ複 合 体 に
である相同組替えと非相同末端結合がともに
よって末端部分が処理された後、DNAリガーゼ
ほとんど機能していない可能性が考えられた。
IV や XRCC4、XLFによって末端部分の再結
図3、図4で示したように、Cepharanthine は、
合が行われて修復が完了する。
放射線に対する感受性に拘らず口腔扁平上皮
今回の検討では、放射線非感受性株 HSC2
癌細胞に対してある一定以上の放射線増感効
において、放射線照射により活性化された
果を発現していることから、今後更なるメカ
DNA 二重鎖断裂修復が、Cepharanthine と
ニズムの解明が必要であろう。
103
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
参考文献
1)Harada K, et al .:Characteristics of antitumour
activity of cepharanthin against a human
adenosquamous cell carcinoma cell line.Oral
Oncol.37:643,2001
2)Harada K, et al .:Cepharanthine exerts antitumor
activity on oral squamous cell carcinoma cell
lines by induction of p27 Kip1.Anticancer Res.
23:1441,2003
3)Harada K, et al . :Effects of cepharanthine alone
and in combination with fluoropyrimidine
anticancer agent, S-1,on tumor growth of human
oral squamous cell carcinoma xenografts in
nude mice. Anticancer Res.29:1263, 2009
104
4 )H a r a d a K , e t a l . : C e p h a r a n t h i n e i n h i b i t s
angiogenesis and tumorigenicity of human oral
squamous cell carcinoma cells by suppressing
expression of vascular endothelial growth factor
and interleukin-8. Int.J Oncol.35:1025,2009
5)Murakami S:Effectiveness of Cepharanthin
in decreasing interruptions during radiation
therapy for oral cancer.Oral Radiol.21:41,2005
6)永井政男ら : 照射前 FAD 静注法の放射線口内炎
発生防止効果に関する研究 . 耳鼻咽喉科展望 , 第
27巻補冊第 3 号 :332,1984
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
7)放射線治療時におけるセファランチンの併用
地方独立行政法人県立多治見病院 放射線科
小山 一之
推移、② 何らかの理由でアンサーを使用で
きず、セファランチン末を使用した患者にお
放射線治療施行による白血球の減少は広く
ける白血球数の推移、③ アンサー注とセファ
知られた副作用の一つである。全骨盤照射の
ランチン末を併用した患者における白血球数
ような広い照射野や、化学療法後は白血球減
の推移、について検討した。
少が目立ち、2000/μLを下回ることも多く、
治療の中断を余儀なくされることが再三ある。
対象及び方法
これに対して、我々はアンサー注を使用して
2009 年10月1日から 2010年4月30日の間に
おり、基本的には放射線治療開始と共にアン
当科で照射を終了した患者のうち、化学療法
サー注を週 2 回、照射終了まで使用すること
を同時併用していない患者を選択した。
にしている。当院は現在、DPC を採用して
放射線治療における照射野は体積として200
いるために入院患者(照射患者の 60%、30 人)
mL以下のものから6000 mLを超えるものまで存
に決して安価ではないアンサーを使用するこ
在するため、全骨盤照射(当院では 4 門照射
とには若干の躊躇がある。また、入院患者の
を採用している)で 90% 線量域が約 4000 mL
約半数は化学療法を併用していることから、
程度の患者を選択した。原疾患としては子宮
白血球増多作用を示さないアンサーは基本的
頸癌 7 名(術後 4 名)
、
子宮体癌 3 名(術後 3 名)、
には使用していない。これらの事情より最近、
卵巣癌 3 名(術後 3 名)、大腸・直腸癌 8 名
入院患者、外来患者共にアンサー使用の有無
(術後 8 名)、前立腺癌 8 名(術後 4 名)及び
にかかわらず、安価なセファランチンを使用
その他 7 名であった。患者総数 36 名(男性:
する頻度が増えてきている。
女性=15:21)、年齢は 36-80 歳(平均 62.4 歳)
今回、放射線治療患者における白血球減少
であった。照射体積は 3072-4693 mL(平均
症に対するセファランチンの効用について、
4327mL)で、全骨盤照射線量 36-60 Gy(平均
①アンサー注の併用の有無による白血球数の
47.2 Gy)であった。
105
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
セファランチンは放射線治療開始と同時に
アンサー注もセファランチンも投与しない群
6 mg/日を分 3 で内服投与した。アンサー注
に比較して、アンサー注単独投与では治療開
は放射線治療開始と同時に週 2 回、1 回 1A
始時より白血球数減少抑制作用が認められ、
を投与した。なお薬剤を投与する前に、患者
セファランチン単独投与では治療後半に白血
には薬剤の薬理作用や投与方法について十分
球数減少の抑制傾向が認められた。さらに、
なインフォームドコンセントを行い、治療に対
アンサー注にセファランチンを併用投与する
し同意が得られた場合のみ投与を開始した。
と白血球減少に対する相加的抑制傾向が認め
36 名の患者をアンサーもセファランチンも
られた(図 1, 2)。内山等は頭頸部癌患者の
投与しない群、アンサーのみ投与群、セファ
放射線治療時に生じる白血球減少症に対しア
ランチンのみ投与群、アンサー及びセファラ
ンサー注とセファランチンの併用投与を行
ンチン投与群の 4 群とし、白血球減少の割合
い、白血球維持率が有意に高値を示すことを
を治療開始時の白血球数を 1 とした時の相対
明らかにし、アンサー注単独処置に比較して
値で示した。
セファランチンの併用処置の方が維持率の高
いことを報告している(第 35 回アルカロイド
結果及び考察
研究会)。今回、セファランチンの効果が緩
今回は、癌患者への放射線治療時に認めら
和であった理由として、照射範囲が大きいこ
れる白血球減少症に対するアンサー注及びセ
とが影響している可能性が考えられる。今後、
ファランチンの抑制効果を検討したところ、
年齢、照射体積、治療開始時の白血球数等を
図 1 4 群の白血球減少割合
106
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
詳細に解析する必要があると考えられる。
血球減少症に対するセファランチンの作用機
放射線治療時に生じる骨髄抑制による白血
序は血液幹細胞増加作用であるが、それ以外
球及び血小板の減少は重大な副作用の一つで
にも膜安定化作用、抗アレルギー作用、副腎
あり、患者の QOL を著しく損なう等治療の
皮質ホルモン産生増加作用、活性酸素産生抑
完遂にも強く影響を及ぼすことは周知のこと
制作用及び免疫調節作用等の多くの薬理作用
である。現在では放射線治療時に生じる白血
が報告されており、これらの薬理作用により
球減少症にはアンサー注がよく使用され、今
癌治療時の副作用を多角的に軽減し、患者の
回の結果からも有効性が高いことが明らかと
QOL 改善に寄与するものと考えられる。
なったが、副作用としての発赤や肉芽腫形成
以上の結果より、放射線治療時における白
等の問題点も多い。一方、セファランチンは
血球減少症にアンサー注の使用は有意義なこ
古くから白血球減少症に使用されており、副
とと考えられる。一方、セファランチンの
作用や有害事象報告の非常に少ない薬剤であ
白血球減少抑制効果は緩和であり、高い有効
る。癌治療時には白血球減少症以外にも脱毛
性を有するとは言えないが、アンサー注との
を始め口内炎や唾液腺障害等の口腔粘膜疾患
併用や治療後半の白血球減少に対するセファ
等重篤な副作用が重大な問題となり、患者
ランチンの効果は期待できるものと考えられ
の QOLを著しく低下させるが、セファラン
る。現在、白血球減少に対してアンサー注の
チンが脱毛や口腔粘膜疾患等に対して改善作
治療途中からのセファランチン投与が奏功し
用を有することが近年報告されている。白
ている症例について詳細を分析中である。
107
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 2 4 群の白血球減少割合
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
8)口腔癌における外部放射線治療による白血球減少症
に対するセファランチン投与の効果
秋田大学医学部附属病院 歯科口腔外科
大渕真彦、高野裕史、本間高志、伊藤 悠、桑島精一
中田 憲、福田雅幸
血球減少症に対する有用性を検討することを
口腔癌に対する放射線治療は、機能温存や
局所制御率向上の為、有用な治療法のひとつ
であるが、有害事象として口内炎、唾液分泌
目的とした。
対象と方法
障害、味覚障害、造血障害などを引き起こす
対象は、2004 年から 2009 年の間に当科に
ことが知られている。なかでも、造血障害に
入院し、外部放射線治療を施行した口腔癌患
伴う白血球減少症は、易感染性、免疫機能低
者のうち、放射線治療期間中にセファランチ
下を引き起こし、治療の中断を余儀なくされ
ンを投与(3mg/日)
した 7 例(以下、投与群)
る場合もある
とした(表 1)。男性 4 例、女性 3 例で、平均
。
1)
セファランチンは、ツヅラフジ科の植物タ
年齢は 68 歳(56 ~ 75 歳)
、原発部位は、上
マサキツヅラフジから抽出したビスベンジル
顎歯肉 2 例、下顎歯肉 3 例、口底 1 例、下顎
イソキノリン型アルカロイド、またはそれを
骨中心性 1 例であり、平均照射量は 50Gy で
含有する医薬品であり 2)、その薬理作用と
あった。対照は、放射線治療期間中にセファ
して、生体膜安定化作用、抗アレルギー作用、
ランチンの投与を行わなかった 8 例(以下、
脂質過酸化反応抑制作用、血液幹細胞増加作
非投与群)とした。男性 4 例、女性 4 例、平
用、副腎皮質ホルモン産生増加作用、末梢循
均年齢は 77 歳(62 ~ 85 歳)で、原発の部位は、
環改善作用があげられる
。それ以外にも、
3)
上顎歯肉 2 例、下顎歯肉 1 例、舌 2 例、頬粘
白血球減少症の抑制効果などが報告されてお
膜 3 例であり、平均照射量は 47.5Gy であった。
り、以前より造血障害に伴う白血球減少症に対
なお、外部放射線治療は 4MV の X 線を用い、
する予防処置
や放射線性口腔乾燥症
4〜6)
7,8)
1 日 1 回、1 回線量 2Gy、1 週 5 回で行った。
などに用いられてきた。
同時併用化学放射線治療を施行した患者は対
本研究では、口腔癌患者に対する外部放射
象から除外した。
109
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
線治療中にセファランチンを経口投与し、白
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 1 症例の内訳
表 2 総白血球数の維持率の評価
セファランチンの有用性の評価は、放射線
高かった(図 1)。好中球数の維持率の平均は、
治療前、治療前半、後半、治療後に一般血液
投与群で 150.2%、181.5%、168.3%、非投与
検査を施行し、総白血球数、好中球数、リンパ
群で 90.4%、128.5%、81.9%であり、両群間
球数、血小板数の増減を比率で表し、
それらを
に統計学的有意差を認めなかった(図 2)。
維持率として評価を行った。維持率の効果の判
リンパ球数の維持率の平均は、投与群で 59.1
定としては、鎌田ら3)の報告に従い、80%以上を有
%、38.9%、52.3%、非投与群で 93.9%、80.1%、
効とした。統計学的解析として は、Student -
94.7%であり、投与群において維持率の低下
t 検定を用いた。有意水準は、p<0.05 とした。
を認めたが、両群間に統計学的有意差を認め
結 果
なかった(図 3)。血小板数の維持率の平均は、
投与群で 121.9%、105.6%、114.6%、非投与
放射線治療前半、後半、治療後での総白血
群で 87.9%、112.8%、131.2%であり、両群
球数の各々の維持率は、投与群が 1 例を除い
間に統計学的有意差を認めなかった(図 4)。
て 80%以上の維持率を示していた(表 2)
。
今回、投与群においては、放射線治療による
また、総白血球数の維持率の平均は、投与群
有害事象により一時中断を余儀なくされた症
で 87.9%、
107.4%、110.5%、非投与群で 70.6%、
例が 1 例存在したが、予定線量の照射は可能
87.8%、91.6%であり、維持率は放射線治療
であった。また、セファランチンが原因と考
前半、後半において投与群で維持率が有意に
えられる副作用は全例に認めなかった。
110
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 3 リンパ球数の維持率の推移
図 2 好中球数の維持率の推移
図 4 血小板数の維持率の推移
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 1 総白血球数の維持率の推移
考 察
れている。鎌田ら4)の報告では、60mg/日を
経口投与で行い、白血球減少に良好な効果を
本研究は、口腔癌患者に対する外部放射線
得ている。今回われわれは、白血球減少に対
治療中にセファランチンを経口投与し、白血
しての投与量では最小量である 3mg/日の投
球減少症に対する有用性を検討した。その結
与で検討を行ったが、最少量でも有効性が示
果、セファランチン投与による白血球減少の
された。
抑制効果は、
投与群において有意に高かった。
リンパ球数においては、投与群が非投与群
セファランチンは、脾臓中造血幹細胞数およ
に比較して減少傾向を認めた。槇殿ら 9)の報
びコロニー刺激因子に間接的に作用すること
告では、放射線治療によってリンパ球、なかで
で、造血機能亢進作用を示すと考えられてお
も抗原未感作 T 細胞が高度に傷害され、リン
り
、長年にわたって放射線治療による
パ球減少とそれに伴う免疫機能低下を引き起
白血球減少症に対して用いられてきた。投与
こし、それに対して高用量のセファランチン
量に関しては様々な報告、検討がなされてき
を投与することで、リンパ球の減少を抑制す
たが、セファランチンは副作用が少ない薬剤
る事が報告されている。このことから、今回の
であり、投与量は多いほど効果が望めるとさ
投与量ではリンパ球減少の抑制には不十分で
9〜11)
111
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
あった可能性が示唆された。一方で、投与量
によっては、原因は明確ではないが、投与群
が非投与群と比較してリンパ球数が減少して
いる結果も散見される 12)。本症例では、投与
群に対して、非投与群が高値を示す結果とな
った。これは、非投与群の中に他の症例より
CRP の上昇を示していた症例が存在してお
り、炎症の亢進が関与していたことに起因し
ていると考えられた。また、セファランチン
を投与することで、局所的にはリンパ球の減
少が認められる事が報告されているが、この
時、血中循環リンパ球の変動の可能性が指摘
されている 13,14)。今回は、これらに対しては
明確な結果が得られなかった。さらなる症例
の検討が必要と考えられる。
今後の課題としては、セファランチンの投
与量の増減での症状の変化、同時併用化学放
射線治療を施行した患者における投与効果の
検討が必要になると考えられる。
結 語
今回われわれは、口腔癌に対する放射線治
療を施行した患者に対し、セファランチンを
投与することでの造血障害に伴う白血球減少
症の抑制について検討した。結果、放射線治
療前半、後半において総白血球数の維持率が
有意に高かった。このことから、セファラン
チンの投与は、放射線治療中の白血球減少の
抑制について有効であることが示唆された。
参考文献
1) 井上ら : 頭頸部癌の放射線治療による白血球減
少に対するアンサー 20 注の臨床評価 . 新薬と臨
床 , 30(4):818-824, 1993
2) 石井ら : セファランチンを中心としたビスベン
ジルイソキノリン型アルカロイドの化学におけ
る新展開 . 天然有機化合物討論会講演要旨集 ,
26 : 102-109, 1983
3) 野元ら : 前立腺における Cepharanthin の放射線
の正常組織障害抑制効果 . 癌と化学療法 , 31(7):
1063-1066, 2004
4) 鎌田ら : 白血球減少症に対する Cepharanthin の
臨床的効果の検討 . 臨床と研究 , 62 : 2654-2664,
1985
5) 内山ら : 放射線治療時における Cepharanthin お
よびアンサー 20 注投与による白血球に対する影
響 . 歯科放射線 , 36(1): 27-31, 1996
6) 柿本ら : 頭頸部癌の外部放射線治療による白血
球 減 少 症に対するCepharanthin 投与の臨 床 効果 .
歯科放射線 ,45(1):17-22, 2005
7) 今 田 ら : 頭 頸 部 癌 に お け る Cepharanthin の 放
射線口腔乾燥症抑制効果 . 癌と化学療法 , 31(7):
1041-1045, 2004
8)
島津ら : 頭頸部癌における放射線性唾液腺障害
と味 覚 障 害に対するCepharanthin 効 果 の 検 討.
日本耳鼻咽喉科学会会報 , 112 : 648-655, 2009
9) 槇 殿 ら : 放 射 線 治 療 に よ る 抗 原 未 感 作 T 細 胞
(CD45RA+ 細胞)の傷害とその回復 . 日本医放会
誌 , 52 : 223-228, 1992
10)
槇殿ら : サイトカインによる造血系細胞の放射線
障害の回復 . 日本医放会誌 , 54 : 1294-1305, 1994
11)
小野ら : セファランチンの正常マウスにおける
造血機能亢進作用 . 新薬と臨床 , 50(8): 771-779,
2001
12)
飯田荘介 : 血液系細胞の放射線障害とビスコクラ
ウリン型アルカロイドに関する研究 . 岡山医学
会雑誌 , 96 : 883-890, 1984
13)
齊藤ら : 円 形 脱 毛 症 の 発 症 機 序 お よ び 治 療に
ついて.MINOPHAGEN MEDICAL REVIEW, 51
(4): 1-10, 2006
14)
平山ら : 禿髪症と単核細胞浸潤(T 型リンパ球細
胞 ). Skin Sugery, 15(3): 98-103, 2006
112
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
9)頭頸部悪性腫瘍に対する放射線化学療法時の白血球減少症への
セファランチン、アンサーの効果:静注化学療法と
動注化学療法の比較
大阪大学大学院歯学研究科 歯科放射線学教室
柿本直也、玉木順子、内山百夏、村上秀明、古川惣平
総白血球数、リンパ球数、好中球数、血小板
頭頸部悪性腫瘍の化学療法を併用した外部
放射線治療時にみられる白血球減少症に対す
®
®
る Cepharanthin 、Ancer 20 注 の 効 果 に つ
数の維持率について検討した。
結 果
いて、静注化学療法併用放射線治療と、動注
動注化学療法を併用した放射線化学療法患
化学療法併用放射線治療での相違について検
者群の白血球維持率は RT 前半、RT 後半、
討することを目的とした。
RT 終了 1 ヶ月後で 86.4%、84.6%、81.9% で
あったが、静注化学療法を併用した放射線
対象と方法
化学療法患者群では、104.2%、69.5%、63.1%
2005 年 8 月から 2009 年 11 月の間に頭頸部
であった。これらに統計学的有意差は認めら
悪性腫瘍にて放射線化学療法を施行した患者
れなかった。一方、放射線単独治療群では
のうち、RT 前、RT 前半、RT 後半、RT 終
100.4%、101.1%、96.9% であり、RT 後半およ
了 1 ヶ月後の 4 回に血液検査を行い、血液検
び RT 終了 1 ヶ月後において、静注化学療法
®
査期間中に Cepharanthin を6mg /dayもしく
を併用した放射線化学療法群と比較して、白
はそれ以下を投与し、Ancer 20 注 1A/day
血球維持率に統計学的有意差を認めた(P <
を 2 回 /week のみの白血球増多剤を投与し
0.05)。
®
た患者 24 名(動注化学療法 18 名、静注化学療
法 6 名)を対象とした。同期間の化学療法を併
用していない放射線単独治療患者のうち上記血
®
液検査期間中に Cepharanthin を 6mg/day も
結 論
放射線化学療法における白血球減少症に
ついて、動注化学療法では中和剤を併用し
®
®
しくはそれ以下を投与し、Ancer 20 注 1A/day
て いるこ と もあり、Cepharanthin 、Ancer
を 2 回 /week のみの白血球増多剤を投与した
20 注の投与は有効であるが、静注化学療法
®
113
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
患者 11 名を対照群とした。各々の期間での
目 的
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
では全身的に化学療法の効果がでるため、
®
®
Cepharanthin 、Ancer 20 注の投与のみでは
白血球減少症予防することは困難であること
が示唆された。
※現在雑誌投稿中の為詳細につきましては、
出版されたのち同論文をご参照ください。
114
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
10)食道癌化学放射線治療における白血球減少に対する
アンサー
VS
セファランチンの検討
東北大学病院 放射線治療科
久保園正樹、清水栄二、小藤昌志、武田 賢、小川芳弘、山田章吾
方 法
食道癌に対する治療法は、内視鏡的切除、
高エネルギーX線を用いる。
外科手術、放射線治療、化学療法の単独もし
鎖骨上窩〜縦隔〜胃小弯側〜腹腔動脈起始部
くは複数の治療を組み合わせた集学的治療が
ま で を 含 む long T field に て 40Gy/20frs./4
用いられる。放射線化学療法は根治的治療と
週間照射後、病変部に 20Gy/10frs./2 週間の
して広く用いられているが、有害事象も種々
boost 照射、合計 60Gy/30frs.
にわたる。特に骨髄抑制は問題となる急性期
骨髄抑制により2コース目の化学療法が施行
有害事象の 1 つである。今回我々は、食道癌
できない場合は総線量 66Gy
に対し化学放射線治療を施行した患者を以下
CDDP 70mg/m2 day1 投与
のように分け、
白血球減少について検討した。
5-FU 700mg/m2 day1-4 連続投与
・セファランチン(経口投与)併用群
以上を1コースとして、3〜4週間の休薬
・アンサー(皮下注)併用群
期間を置いて2コース行う。
対 象
白血球数2500以下の場合は延期もしくは休
止する。
患者背景
◆化学放射線治療開始から終了まで
cT1N0 〜 cT4N1M1b stage Ⅰ〜Ⅳb の食道癌
セファランチン 2g/day 3× 連日内服
10 例
アンサー 1A 皮下注射 週 2 回
男性のみ
いずれかを併用する。
年齢は 58 - 79 歳 中央値 66 歳
◆ 白 血 球 減 少 の 程 度 の 評 価 に は CTCAE
Performance Status:0 - 1
version4.0 を用いた。重ねて化学療法の延期、
血液生理検査などで放射線化学療法に耐えう
休止基準である白血球数 2500 未満の持続期
る肝腎心肺機能を有している。
間を検討した。
115
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
目 的
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
結 果
表 1、2 の通りである。
表 1 セファランチン投与群
表 2 アンサー投与群
2群間の有意差をt検定を用いて調べた。
白血球減少に関して 2群間に有意差なし(p=0.807)
持続期間に関して 2群間に有意差なし(p=0.326)
まとめ
白血球低下の持続期間に関してはセファラ
4例対6例と検討数は少ないが、今回の検
ンチン投与群に延長する傾向もみられたが症
討では2群間に有意差は無かった。
例に進行癌が多いためかもしれない。
116
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
11)放射線性唾液腺障害と味覚障害に対する
Cepharanthin 効果の検討
佐賀大学医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座
島津倫太郎、田中 剛、富山里那子、倉富勇一郎、井之口 昭
射線科にて化学放射線療法を施行した頭頸
部悪性腫瘍患者のうち、本研究実施前に目
放射線治療は頭頸部悪性腫瘍に対する治療
的、方法、副作用について十分に説明し、
法として、機能温存が可能である点から多く
同意を得た 40 例である。その 40 例を当院
の症例において選択されている。しかし、そ
患者ID番号の下 1 桁が奇数である患者を
の照射野に舌を含めた口腔・咽頭領域が含ま
Cepharanthin 投与群に、また偶数である症
れるため、治療中および治療後に高度の味覚
例を対照群に分割した。両群間における年齢
障害が必発であり、患者の QOL を著しく損
構成および原発部位の分布には大きな差はな
なうことが多い。近年、複数の施設からアル
かった(表 1)。
カロイド製剤である Cepharanthinの放射線
治療は全例に化学放射線療法を施行してお
誘発性粘膜炎および口腔乾燥症に対する軽減
り、化学療法はシスプラチン 25mg/m2 の点
効果について報告されている 1,2)。そこで今
滴静注を 1 週間に 1 回、4 〜 7 クール施行した。
回我々は、その効果の定量的評価を目的とし
上顎癌に対してはシスプラチン 100mg/m2
て、化学放射線療法を施行する頭頸部悪性腫
の超選択的動注療法を施行した。また放射線
瘍患者 40名から Cepharanthin 投与群と対照
照射は Liniac4MV または 6MV X-ray を使用
群を無作為に抽出し、唾液分泌量の測定およ
し、1日1回2Gy照射し、根治照射例では 60
び味覚検査、自覚症状に関するアンケート調
〜 70Gy、手術併用例では 30〜 60Gy照射した。
査を行い、その結果を比較検討したので報告
なお対象とした 40 例全例に口腔または中咽
する。
頭が部分的に照射野に含まれることを確認し
対象と方法
た。
Cepharanthin 投与方法は放射線治療中の
対象は 2005年1月から2006年3月までに、佐
週 2 回、Cepharanthin 注 30mg を生理食塩水
賀大学医学部附属病院耳鼻咽喉科および放
100ml に溶解し、約 30 分かけて点滴静注した。
117
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
はじめに
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 1 40 例の内訳
図 1 対象症例数の内訳
Cepharanthin 投与群 22 例中 70Gy 照射症例は14 例であり、治療後 6ヶ月まで追跡し得た症例は 8 例であっ
た。また対照群 18 例中 70Gy 照射症例は 12 例であり、治療後 6ヶ月まで追跡し得た症例は 9 例であった。
評価方法は治療前および30Gy照射時、治
ては治療前と30Gy 照射時の 2 回のみ測定を
療終了直後、治療終了 6 ヶ月後の 4 回にわた
行い、その後の評価からは除外した(図 1)。
り、以下の 3 つの項目について測定、評価
また根治照射まで終了した症例においても、
を行った。なお当科の治療方針では、術前
その後、ピロカルピン塩酸塩(サラジェン)
40Gyまで化学放射線療法を施行した時点で
や塩酸セビメリン(エボザックまたはサリグ
悪性細胞が残存する症例については手術治療
レン)を内服した症例や死亡または全身状態
を行っているため、手術施行した症例につい
が悪化したため再評価が出来なかった症例に
118
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ついては治療終了後 6 ヶ月での評価対象から
に調整した味液を作成し(表 2)、各 2cc を
除外した(図 1)
。
被験者の口腔内に散布して、認知閾値を測定
(1)安静時および刺激時の唾液分泌量
した。甘味、塩味、酸味、苦味の順に検査を
安静時唾液分泌量は 2 分間開口させ、分泌
行った。ここでも治療前の認知閾値を1とし
される唾液を吸引採取し、その重量を測定し
て、その後の閾値の変化率を比較検討した。
た 3)。また刺激時唾液分泌量は saxon 法にて
評価した。乾ガーゼを 2 分間咀嚼させ、その
3)
(3)自覚症状アンケート
自覚的障害を評価するために患者に対しア
前後の重量差を測定した 。唾液分泌量の変
ンケートを行った。表 3 に示すように唾液、
化の評価は、各症例の治療前の分泌量を1とし、
味覚および口腔内不快感についてその障害の
それに対する分泌量の比率を比較検討した。
強さの選択肢を選んでもらい、両群間での比
(2)味覚検査(全口腔法)
較検討を行った。
4〜6)
唾液分泌量および味覚検査の結果について
を
は Wilcoxon 検定を用い、また自覚症状アン
採用した。4 基本味をそれぞれ5段階の濃度
ケートについては Fisher’s exact testを用い
一致する定量的検査法である全口腔法
表 2 全口腔法検査溶液の濃度
表 3 自覚症状アンケートの内容
119
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
ここでは患者の自覚的な訴えと検査結果が
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 2-1 唾液分泌量の比較:安静時唾液分泌量
治療前の唾液分泌量を 1 とし、それに対する分泌量の比率を示す。
対 照 群 で は 治 療 前と30Gy 照 射 時 の 分 泌 量 に 有 意 差 を 認 め る が、
Cepharanthin 投与群では治療後 6ヶ月の時点まで有意な低下は認めない。
て、それぞれ統計学的解析を行った。5%以
を認めなかった(図 2-2)。
下の危険率で有意とした。
味覚障害の比較
なお本研究は佐賀大学医学部臨床倫理委員
味覚障害に対する Cepharanthin の効果を
会の承認を受けている。
全口腔法による味覚検査にて比較検討した
結 果
(図 3)。治療終了直後までは 4 基本味の全て
において両群ともに認知閾値の上昇を認めた
唾液分泌量の比較
が、治療終了後 6 ヶ月の時点では全ての味覚
対照群において治療前と 30Gy 照射時を比
の回復を認めた。甘味は30Gy照射時に、ま
べると統計学的有意差(p=0.02)を認めたが、
た塩味では30Gy照射時と治療終了直後にお
Cepharanthin 投与群では治療終了6ヶ月後
いて、対照群に比べ Cepharanthin 投与群で
の時点まで有意な低下は認めなかった。ま
は有意に閾値の上昇が少なく、甘味と塩味に
た両群の唾液分泌量を治療前と比較すると、
関する味覚障害が Cepharanthin 投与群では
Cepharanthin 投 与 群 の 唾 液 分 泌 量 が 若 干
軽減されていた。
多い結果であったが、有意差は認めなかった
自覚症状の比較
(図 2-1)
。同様に刺激時唾液分泌量を比較す
アンケート結果に基づき自覚的な唾液の性
ると、安静時唾液分泌量と異なり、両群とも
状について比較したところ、両群間に明らか
に治療前と比較して30Gy照射時には有意な
な差は認めなかった。両群ともに 60%以上
低下(Cepharanthin 投与群:p=0.007、対照群:
の症例が 30Gy 照射の時点で既に唾液分泌量
p=0.002)を認めたが、両群間には明らかな差
の低下を自覚しており、治療終了 6 ヶ月後に
120
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 2-2 唾液分泌量の比較:刺激時唾液分泌量
治療前の唾液分泌量を 1 とし、それに対する分泌量の比率を示す。
両群ともに治療前と比較して30Gy 照射時には有意な低下を認める。
図 3 味覚検査
4 つの基本味質別に両群間で閾値の変動を比較した。治療前の認知閾値を 1 として、その後の
閾値の変化率を示す。甘味および塩味にて Cepharanthin 投与群と対照群間に有意差を認める。
121
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
おいても 60% 以上の症例で回復は認められ
あった(図 4-2)。
なかった(図 4-1)。
口腔内不快感についても同様に 30Gy 照射
また両群ともに 60%以上の症例で30Gy照
時点で 70%以上の症例に不快感がみられた。
射時に自覚的な味覚の低下を認め、治療終了
2 群間を比較すると Cepharanthin 投与群で
後 6 ヶ月でも 50%以上の症例で障害が残存
は治療終了直後において重度不快感と咽頭痛
していた。ただし、Cepharanthin 投与群では、
を自覚する症例が 50%であり対照群の 76%
治療中および治療後における味覚脱失症例が
に比べ少なく、治療終了 6 ヶ月後には全例で
20%以下であり、対照群に比べ少ない結果で
不快感の消失を認めた。これに対し対照群で
※グラフ内の数字は症例数を示す。
図 4-1 自覚症状アンケート結果:唾液の性状
図 4-2 自覚症状アンケート結果:味覚障害
122
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
は、治療終了 6 ヶ月後においても半数の症例
月になるまで有意な低下を認めなかった。こ
に不快感の残存を認めたが、両群間に統計学
れは Cepharanthin の放射線防護作用の可能
的有意差は認めなかった(図 4-3)
。
性があると考える。唾液分泌量の低下は放射
線治療開始早期より出現し、発現時期は 10
考 察
〜 20Gyとの報告がある 7)。さらに60Gyの根
Cepharanthin はツヅラフジ科植物タマサ
治線量を照射した場合、唾液腺組織では腺細
キツヅラフジの塊根から抽出精製したビスコ
胞の崩壊や間質結合織の増加といった著明な
クラウリン型アルカロイドを含有する製剤で
退行性変化が 生じてくるため、不可逆的で永
あり、さまざまな生物活性がみられ、これま
続的な唾液分泌障害を受けるとされている 8)。
で造血機能における放射線防護作用が報告さ
今回の検討では 30Gy照射時点から終了直後
4〜6)
まで刺激時唾液分泌量が著しく低下していた
に対しても口腔粘膜炎の発生時期に対する
が、これに比べ安静時の分泌量の低下は軽
遅延効果や口腔内乾燥症を軽減させる効果
度であった。一方、治療後 6 ヶ月時点では
1,2)
が報告されている 。そこで本研究において
Cepharanthin 投与にかかわらず、安静時唾
我々は、頭頸部癌治療にて生じる放射線性唾
液分泌量は低下していたが、刺激時の分泌量
液腺・味覚障害における Cepharanthin の効
は治療中の分泌量と変化がなかった。唾液腺
果を定量的に評価することを目的とし、唾液
の腺細胞には漿液腺と粘液腺があるが、漿液
分泌量の測定と味覚検査を行った。
細胞は粘液細胞より放射線感受性が高く、そ
まず安静時唾液分泌量では、対照群におい
のため照射開始早期より変性が認められる 9)。
て治療中には唾液分泌量の有意な低下を認め
安静時唾液分泌は漿液と粘液がバランスよく
るが、Cepharanthin 投与群では治療終了 6 ヶ
分泌されるが、刺激時には漿液性唾液が多量
図 4-3 自覚症状アンケート結果:口腔内不快感
図 4 自覚アンケートの結果について両群間で比較した。グラフ右にp値を示す。
各アンケート結果において有意差は認めない。
123
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
。頭頸部癌における放射線治療
れている
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
に分泌される 10)。今回、刺激時唾液分泌が照
線治療では、ほとんどの症例で抗癌剤の副作
射早期より低下したのはこのためであると考
用である消化器症状に加え、放射線性味覚障
えられる。また 60Gy以上の根治照射を施行
害による摂食障害が生じ、血中蛋白質の低下
した唾液腺では、漿液腺と粘液腺ともに不可
や電解質異常などの全身状態の悪化が大きな
逆性の変性が生じるため安静時および刺激時
問題となる。Cepharanthinは放射線性味覚
唾液分泌ともに治療後長期間にわたって低下
障害を軽減する効果を持つことから、栄養摂
すると考えられる。
取の面からも化学放射線治療中の全身状態の
今回の全口腔法による味覚閾値の定量的
維持に有用な薬剤であると言える。
評価では、Cepharanthin 投与により照射中
また Cepharanthin 投与群においては、統
の味覚障害を緩和できることが示され、特
計学的有意差はみられなかったが、口腔内
に甘味および塩味においては統計学的有
不快感を軽減できる傾向を認めた。これは
意 差 を 認 め た。 ま た 自 覚 症 状 に お い て は
Cepharanthin の持つ口腔粘膜炎発症を抑制
Cepharanthin 投与群で味覚脱失例の頻度が
する効果 2)と密接な関連があると考えられ、
少なくなる傾向がみられ、Cepharanthin に
治療後 6 ヶ月では、Cepharanthin 投与群の全
放射線性味覚障害を軽減する一定の効果が
例で不快感がみられなかった。口腔内不快感
あったと評価できる。なお今回、甘味と塩
は頭頸部癌、とりわけ咽頭癌および口腔癌に
味にて Cepharanthin の効果を認めたが、基
おいて、治療後長期間にわたり患者の精神的
本味質別の放射線障害については甘味が最も
苦痛の一因となるが、Cepharanthinは口腔
遅く障害が発現し、障害の程度も軽いとされ
内不快感においても患者のQOLを向上させ
ている
11〜13)
。また今回の検討と同様に甘味
る効果が期待できよう。
や塩味の味覚低下の程度が酸味や苦味の味質
Cepharanthin の 作 用 機 序として、サイトカ
と比較して比較的軽く、回復も早かったとの
イン産生促進作用、生体膜安定化作用、抗ア
14)
。甘味は元来、糖質の味覚で
レルギー作用、脂質過酸化反応抑制作用、血
あって、生体のエネルギーとなる物質の味覚
液 幹 細 胞 増加作用、 副 腎 皮 質ホルモン産 生
であるために、4 味質の中で最も障害に対す
増加作用、末梢循環改善作用が報告されてい
報告がある
と考えられており、今回
る 17)。化学放射線療法が施行された口腔内
も味覚障害の程度が比較的軽度であったため
において、Cepharanthinの持つ複合的組織
Cepharanthin の放射線防護作用が発揮され
修復機構が作用した結果、サイトカインの増
たのではないかと考えられた。
幅による味蕾および末梢神経細胞における放
放射線性味覚障害は照射終了後 60 〜120
射線性障害の回復促進や、循環不全の抑制な
る抵抗性が高い
15)
16)
、今回の結果
らびに副腎皮質ホルモン産生増加による口腔
でも治療後 6 ヶ月の時点では両群ともに全口
粘膜炎症の抑制などの機序により、放射線性
腔法による味覚閾値は治療前とほぼ同じレベ
味覚障害の軽減が生じたと推察されるが、こ
ルまで回復していたが、治療中は味覚閾値の
れについても今後の検討が必要である。
日で回復するといわれており
上昇を全症例で認めた。頭頸部癌の化学放射
124
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
参考文献
9) 中村和正、塩山善之、佐々木智成、大賀才路、
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8) 伊藤善之、森田皓三、村尾豪之、不破信和、菊
池雄三 他:頭頚部腫瘍・放射線治療後の障害に
関する臨床的研究.癌の臨床 , 41:749-755, 1995
125
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
1) 今田 肇、野元 諭、大栗隆行、矢原勝哉、加
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
12)当科におけるセファランチンを用いた頭頸部悪性腫瘍
に対する DCS 療法
岐阜県総合医療センター 歯科口腔外科
秋山京子、石丸純一、水井 工
患者及び方法
癌化学療法において重篤な合併症の一つと
岐阜県総合医療センター歯科口腔外科にて
して白血球減少症が挙げられる。これに対し
診断された頭頸部悪性腫瘍患者を対象とし、
て従来よく行われてきた方法は G-CSF 製剤
術前・術後化学療法としてドセタキセル、シ
の投与であったが、その投与が可能な白血球
スプラチン、TS-1 を用いた DCS 療法を行い、
数の値に制限があり、また白血球数の上昇に
セファランチンを静注、内服にて併用した。
約1週間を要し、使い勝手が悪かった。セファ
化学療法前の白血球数、Nadir 値、総セファ
ランチンの投与は白血球の減少を抑制する
ランチン量、及び抗腫瘍薬剤量(表 1)を比
効果があり、その preliminary な結果を第 35
較検討し、統計処理を行った。
回アルカロイド研究会で発表した。今回我々
は頭頸部悪性腫瘍に対する DCS 療法(DOC,
結 果
CDDP, TS-1 の 3 剤を併用した化学療法)に
化学療法施行前の白血球数の中央値は
おけるセファランチンの効果について検討し
4,800/mm3、 化 学 療 法 施 行 後 の 白 血 球 数 の
たのでその概要を報告する。
Nadir 値は 3,200/mm3 であり、化学療法施行
目 的
前と比較し施行後の白血球数は 1 例を除き全
症例において有意に低下していた。
(p<0.001,
頭頸部悪性腫瘍患者に対する化学療法
Wilcoxson’s signed rank test)
(図1)。また、
(DCS 療法)に対しセファランチンを併用し、
化学療法施行後に白血球数が 1000/mm3 以下
化学療法の合併症である白血球減少症の程度
に低下した症例は認められず(表 2)発熱や
を検討する。
易感染性となった、あるいは重篤な合併症を
呈した症例は認められなかった。DCS 療法
における総セファランチン量/抗腫瘍薬総
127
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
量と Nadir 値/化学療法施行前 WBC 数の比
瘍薬量に対するセファランチン量の比率が高
においては有意な相関性を認めたが(r=0.79,
いほど化学療法後の白血球減少率が低かっ
p<0.01 Fisher’
s test)
、各種抗腫瘍薬間にお
た。
(r=0.77, P<0.01, Fisher’s test)
(図2)。
いては顕著な差は認められなかった。また、抗 腫
表 1 投与薬剤・トータル量
図1 化学療法施行前後の白血球数の比較
128
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 2 化学療法前後の白血球数
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
考 察
題点が多く指摘されており、白血球減少症に
対する予防的手段を持ち合わせていなかっ
白血球減少症は化学療法における重篤な副
た。
作用である。これまで白血球減少症に対する
これまでセファランチンの白血球減少抑制
手段として G-CSF 製剤が広く使用されてきた。
効果については多く検討されてきたが、その
しかし、この製剤は白血球の減少を認めてか
効果について今回我々はドセタキセル、シス
ら初めて投与を行うことができ、またその効
プラチン、TS-1 の 3 剤を併用した DCS 療法
果発現にはある程度の時間を要するなどの問
に対するセファランチンの効果を検討し、ド
129
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図2 セタキセル、シスプラチン、TS-1 それぞれ
ら、DCS 療法における補助療法としてのセ
の抗腫瘍薬に対してセファランチンは白血
ファランチンの使用はドセタキセル、シスプ
球減少を有意に抑制しているという結果を
ラチン、TS-1 それぞれの抗腫瘍薬に対する
得た。セファランチンはこれらの抗腫瘍薬単剤
セファランチンの投与量を増加させること
に 対する効果はもちろん、3 剤を併用したDC
で、有意に白血球減少を抑えうることが示唆
S療法に対する補助療法としても有意な効果
された。
を認めた。また、抗腫瘍薬量に対するセファ
ランチン量の比率を高めることで化学療法
結 語
後の白血球減少抑制が可能であることも今
セファランチンは DCS 療法における白血
回の検討から示唆された。これらのことか
球減少症に対して有用である。
130
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
参考文献
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川宗正:頭頸部癌未治療例に対するドセタキセ
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磯田幸秀 , 山内宏一 , 前川仁:再発頭頸部癌に対
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対する RP56976(Docetaxel)の後期第Ⅱ相臨床試
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対するドセタキセル、シスプラチン、TS-1 併用療法
の検討 . 耳鼻 , 50:S14-S18,
2004
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治療による白血球減少症に対する Cepharanthin
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ファランチンの臨床的意義 . 岐阜大学医学部紀
要 ,49(2): 43-48,2001
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
131
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
13)高齢者頭頸部悪性腫瘍患者に対する化学療法時の白血球
減少症へのセファランチンの使用効果について
九州歯科大学 第二口腔外科
山本哲彰、山下善弘、山内健介、宮本郁也、片岡良浩、高橋 哲
球減少症に使用しており、今回当科におい
て 2007 年から 2009 年までの期間に再発、転
平均年齢の延長によりわが国は急速な高齢
移口腔悪性腫瘍に対して根治的放射線化学療
化社会を迎え、近年では高齢者の口腔癌に遭
法を施行し、外来にて維持化学療法を施行し
遇する機会が増加している。高齢者は一般的
た 85 歳以上の超高齢者の口腔悪性腫瘍患者
に 65 歳以上とされ、65 歳以上 75 歳未満の
において、抗癌剤の種類・投与量・併用したセ
前期高齢者、75 歳以上 85 歳未満の後期高齢
ファランチンの量、放射線治療照射量を検討
者、85 歳以上の超高齢者に分類されており、
し、治療中の白血球数、その他の合併症につ
高齢者の口腔癌治療においては全身状態、合
いて検討を行ったので報告する。
併疾患などにより、根治的手術療法の適応が
困難な場合も多く、放射線化学療法を選択す
対象と方法
る場合がある。放射線化学療法時の重篤な合
2007年から2009年までに、当科において
併症の一つとして白血球減少症があげられる
初回治療後に、局所再発、後発頸部リンパ節
が、特に高齢者においては厳重な管理下にお
転移を認めた口腔悪性腫瘍に対して放射線化
いて放射線化学療法を施行する必要が有る。
学療法を施行し、外来にて維持化学療法を施
セファランチンはタマサキツヅラフジを主
行した 85歳以上の超高齢者の口腔悪性腫瘍
成分とした植物アルカロイドであり、その薬
患者 5 症例とした。
理作用として、生体膜の安定化、免疫機能増
症例の内訳は男性 1 例、女性 4 例、平均年
強作用、抗アレルギー作用、血液幹細胞増加
齢 88 歳であった。原発部位は舌 2 例、上顎
作用など多岐にわたることが知られており、
歯肉 2 例、下顎歯肉 1 例であり、後発頸部リ
臨床病態に応じて様々な用途に使用されてい
ンパ節転移 3 例、局所再発 2 例であった(表 1)。
る
1 〜 3)
。
当科においては主に放射線治療時の白血
全例において入院下 TS-1 併用の放射線療
法を施行し、3 例はサイバーナイフ照射、2 例
133
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 1 症例(初回治療)
表 2 症例(局所再発、後発頸部リンパ節転移時治療)
表 3 維持化学療法
134
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
は外照射を施行した(表 2)
。
であった(表 3)。
退院後 TS-1 もしくは UFT 内服による外
来維持化学療法を施行していた。維持化学療
結 果
法は TS-1 においては 1 日量 60mgもしくは
総 白 血 球 数 の 推 移 を 図 1 に 示 す。 白 血
80mgを 2 週間投薬、1 週間休薬を 1 クール
球 減 少 は 4 例 に 認 め ら れ、Grade1が 2 例、
とし、UFT においては 1 日量 300mg を 2 週
Grade2 が 1 例、Grade3 が 1 例 で あ っ た が、
間投薬、1 週間休薬を 1 クールとした。継続
重篤な肺炎や熱発を認めた症例は認められな
期間は 8〜19 クールであり平均 12.4 クール
かった(表 4)。
であった(表 3)
。
全例においてセファランチンによる副作用
セファランチンは放射線療法開始時より投
と考えられる症状は認められなかった。
与を開始し、
全例において投与量は 1 日 0.3mg
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 1 総白血球数の推移
表 4 副作用
135
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
考 察
根治的治療後の口腔悪性腫瘍の局所再発、
後発頸部リンパ節転移に対する治療は再手術
困難なことが多く、予後不良である。さまざ
まな理由により再手術不能症例においては、
放射線化学療法時を選択する場合が多く、特
に高齢者においては全身状態、合併疾患など
により、放射線化学療法時を選択する割合が
高くなっている。放射線化学療法において白
血球数の減少は避けられず、これによる免疫
能の低下は、腫瘍の進展やさまざまな感染症
を合併する原因となる。
セファランチンは放射線治療により障害を
受けたリンパ球を回復し白血球数およびリン
パ球数を増加させるとされており 4)、臨床に
おいてもセファランチンの投与は放射線治療
時の白血球減少抑制効果に有効な薬剤である
と報告されている 5 〜 7)。
今回 85 歳以上の超高齢者に対する放射線
化学療法後の外来維持化学療法時にセファラ
ンチンの併用を行い、総白血球数の減少に対
して一定の効果が認められたこと、またセ
ファランチン投与による副作用は認められな
かったことより高齢化社会における口腔悪性
腫瘍の治療においてセファランチンの使用は
有用であると考えられた。
136
参考文献
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リンパ系細胞の障害と白血球増多剤の回復促進
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アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
14)セファランチン長期投与例の臨床的検討
1)
八戸赤十字病院 歯科口腔外科 、草津総合病院 歯科口腔外科
1)
1)
1)
小幡和郎 、南舘英明 、吉峰斉昭 、遠藤昌敏
2)
2)
最高 83 歳で、現在の最高年齢は 93 歳である。
2003 年の第 29 回アルカロイド研究会にお
年代別では、40 歳代 3 例、50 歳代 11 例、60
いて、口腔扁平苔癬13例の臨床的検討につい
歳代 10 例、70 歳代 7 例、80 歳代 1 例であっ
1)
て報告した 。当科ではセファランチンは、
た(図1)。口腔癌 18 例のうち、部位別では
口腔癌、口腔扁平苔癬、慢性再発性アフタ、
舌 10 例、上顎歯肉 2 例、下顎歯肉 4 例、口
口腔乾燥症、
舌痛症などに広く使用している。
峡咽頭 2 例であった。
今回われわれは、セファランチン長期投与例
2.治療方法
について検討したので、その概要を報告した。
口腔癌では放射線治療とユーエフティー
対 象
Ⓡ
を中心とした抗癌剤治療を併用している。時
に動注化学療法や手術療法を行うこともあ
対象症例は1993年から2006年までの14 年
る。近年では放射線治療の際、セファランチ
間に経験し、セファランチン 3 年以上の長期投
ン投与の他に、アンサー 20 の週 2 回皮下注
与32例である。
疾患別では口腔癌 18 例
(表1)
、
射を併用している。平成 18 年以降では、入
口腔扁平苔癬 6 例、慢性再発性アフタ 2 例、
院中よりツムラ十全大補湯も使用している。
口腔乾燥症その他 6 例であった。
退院後、ユーエフティー 2 カプセル、セファ
結 果
Ⓡ
Ⓡ
ランチン 2.0g、ツムラ十全大補湯 5.0g を 2
年間続け、それ以後はセファランチン単独投
1.臨床的検討
与で経過観察を行っている。
性別は男性 15 例、女性 17 例であった。口
口腔扁平苔癬の治療にはセファランチンを
腔癌で男性 10 例、女性 8 例、口腔扁平苔癬
中心とした薬物療法を行っている 1)。セファ
で男性 2 例、女性 4 例、慢性再発性アフタで
ランチン末(1%)を原則として 2g(セファ
男性 1 例、女性 1 例、口腔乾燥症で男性 2 例、
ランチンとして 20mg)と複合ビタミン剤(ビ
137
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
女性 4 例であった。年齢別では最低 41 歳、
はじめに
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 1 セファランチン長期投与の口腔癌 18 例
症例
初診時年齢
性別
初診日
1
59 歳
女
平成 5 年 6 月 4 日
左側舌縁
16 年 7 ヵ月
2
68 歳
男
平成 9 年 2 月 10 日
右側口峡咽頭
13 年
3
66 歳
男
平成 9 年 12 月 24 日
右側舌縁
12 年
4
60 歳
女
平成 10 年 12 月 24 日
左側上顎歯肉
11 年 2 ヵ月
5
56 歳
男
平成 11 年 4 月 9 日
右側舌縁
9 年 8 ヵ月
6
83 歳
女
平成 11 年 10 月 28 日
左側上顎歯肉
10 年 5 ヵ月
7
53 歳
女
平成 12 年 2 月 15 日
右側舌縁
9 年 8 ヵ月
8
57 歳
男
平成 12 年 10 月 16 日
左側舌縁
9 年 5 ヵ月
9
65 歳
男
平成 13 年 8 月 9 日
右側舌縁
8 年 6 ヵ月
10
67 歳
女
平成 13 年 10 月 3 日
右側下顎歯肉
8 年 8 ヵ月
11
73 歳
女
平成 16 年 3 月 9 日
左側口峡咽頭
5 年 11 ヵ月
12
57 歳
男
平成 17 年 5 月 16 日
右側下顎歯肉
4 年 10 ヵ月
13
55 歳
男
平成 17 年 5 月 25 日
左側舌縁
3 年 7 ヵ月
14
62 歳
女
平成 17 年 12 月 27 日
左側舌縁
4 年 4 ヵ月
15
56 歳
男
平成 18 年 4 月 17 日
右側下顎歯肉
3 年 6 ヵ月
16
73 歳
男
平成 18 年 6 月 12 日
右側舌縁
3 年 4 ヵ月
17
48 歳
男
平成 18 年 6 月 29 日
左側舌縁
3 年 2 ヵ月
18
45 歳
女
平成 18 年 7 月 14 日
右側下顎歯肉
3 年 6 ヵ月
図 1 セファランチン長期投与32例の初診時年代別分布
138
部位
投薬年数
図 2 セファランチン長期投与32例の投与期間
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Ⓡ
タメジン )との併用を行い、1 日2回朝夕
症例で、発赤やびらん等を繰り返した症例で
食後に投与している。症例により副腎皮質ス
ある。セファランチンの投与を中止すると症
Ⓡ
状が再び出現したりするので、結果的には長
キサルチン軟膏 )、含嗽剤を併用し、広範囲
期間の投与となった。山口ら 2)は、口腔扁平
の場合には CO2 レーザーによる蒸散を追加
苔癬患者においてセファランチンの投与は活
している。
性リンパ球を減少させ、リンパ球の異常活性
テロイド(プレドニン )、ステロイド軟膏(デ
Ⓡ
慢性再発性アフタについては、口腔扁平苔
Ⓡ
癬と同様にセファランチンとビタメジン の
Ⓡ
を抑制する可能性があると述べている。
口腔癌 18 例のうち、全例に再発が認めら
れず、他病死したのは症例 5 のみであった。
ている。口腔乾燥症についても、セファラン
村上ら 3) は口腔癌の放射線治療においてセ
チンを中心とした薬物療法を行っており、舌
ファランチンの投与により口腔粘膜炎の発生
痛症を伴う場合には、アコニンサン錠を併用
が抑制されたり、口腔粘膜炎の発生時期を遅
Ⓡ
し、シェーグレン症候群ではサリグレン 、
Ⓡ
延させ、放射線治療を中断なく完遂させるこ
サラジェン を使用している。
とが可能になったと報告している。
3.投与期間
抗癌剤とセファランチンを併用させること
口腔癌では最低 3 年 2 ヵ月、最高 16 年 7 ヵ
により、さらに抗腫瘍効果を高め、セファラ
月で、口腔扁平苔癬では、最低 3 年 6 ヵ月、
ンチンを長期に投与することで、何らかの抗
最長 11 年 1 ヵ月、慢性再発性アフタでは最
腫瘍免疫増強作用が形成されるのではないか
低 7 年 3 ヵ月、最長 10 年で、ともに当院精
と考えられた。
神科通院中の患者である。口腔乾燥症その他
では最低 4 年 9 ヵ月、最高 15 年 2 ヵ月である。
図2に示した通り、投与期間 3 〜 5 年 10 例、
5 〜 10 年 13 例、10 〜 15 年 7 例、15 年以上
2 例であった。最長は口腔癌の症例 1 の 16
年 7 ヵ月であった。
考 察
まとめ
1) 3 年以上経過したセファランチン長期投
与例について報告した。
2)男性 15 例、女性 17 例で、疾患別では口
腔癌18 例、口腔扁平苔癬6例、慢性再発性
アフタ2 例、口腔乾燥症その他 6 例であった。
3) 投与期間は 3 〜 5 年 10 例、5 〜 10 年 13 例、
セファランチンの長期投与の報告は今まで
10 〜 15 年 7 例、15 年以上 2 例で、最長
ほとんどなく今回われわれの報告が初めてで
は 16 年 7 ヵ月であった。
あると思われた。セファランチンの効能は生
4)口腔癌では再発例がなく、
予後はほぼ良好
体膜安定化作用、免疫増強作用、血液幹細胞
であった。また、口腔扁平苔癬では難症例が
増強作用、末梢血管拡張作用、抗アレルギー
ほとんどで、症状の再燃は見られなかった。
作用など多彩である。われわれの長期投与
32 例のうち、ほとんどが口腔乾燥症状を有
5)セファランチンの投与は口腔乾燥症状の改
善に帰するのではないかと考えられた。
していた。口腔扁平苔癬 6 例はいずれも難治
139
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
併用、デキサルチン軟膏 の局所投与を行っ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
参考文献
1)小幡和郎、佐々木恵三 他:当科における口腔扁
平苔癬 13 例の臨床的検討.アルカロイド研究会
会誌 , 29:121-125,2003
2)山口孝二郎、大久保章朗 他:口腔扁平苔癬患者
のセファランチン投与における免疫学的変動.
アルカロイド研究会会誌 , 24:120-125,1998
3)村上秀明、内山百夏 他:口腔癌の放射線治療
中に発生する副作用ならびに完遂度に対する
cepharanthin の有用性に関する研究 .アルカロイド
研究会会誌 , 24: 98-101,1998
140
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
15)長期経過を辿った末にセファランチン ® が有効であった
口腔扁平苔癬の1例
1)
住友別子病院 歯科口腔外科 、岡山大学大学院 顎口腔再建外科学分野
1)
兵頭誠治 、高木 慎
1,2)
、飯田征二
2)
2)
現病歴:平成 12 年 1 月頃から舌および両側
口腔扁平苔癬は口腔粘膜に発症する原因不
頬粘膜に接触痛を自覚し近医内科、皮膚科、
明の角化異常を伴う炎症性病変である。中
歯科等を受診するも軽快なく、同年 7 月に当
年以降の口腔粘膜に比較的よく見られる疾患
科紹介初診となった。
で、通常は多発性で特に頬粘膜に両側性に見
現 症:舌背部に深在性のびらん性潰瘍形成、
られ、舌、口唇、歯肉、口蓋にも生じる。疼
両側頬粘膜にびらんを伴う白斑を認め、柑橘
痛や出血、違和感などが慢性的に持続し、び
類に対する刺激痛を訴えた。口腔外所見にお
らん性潰瘍を形成すると接触痛が強くなり特
いて特記事項は認めなかった。
に辛味食品に刺激されて強い疼痛を訴える。
処置および経過:同年 8 月に生検を行い口腔
また経過は慢性で非常に長く、1 年から 10
扁平苔癬の診断を得た(図 1,2)ため、ステ
数年の症例も少なくない 1)。発症に関しては、
ロイド軟膏の局所塗布にて経過観察を行って
何らかの機序により生じた自己反応性リンパ
いたが、臨床症状は一進一退のまま長期を
球が粘膜上皮に対して傷害性に働くという自
辿った。そこで平成 17 年 5 月にセファラン
己免疫説が有力であるが、いまだに解明され
チン 6mg/dayの投与を開始したところ、約
ていない。
半年後に舌背部の潰瘍は治癒傾向を示し、約
Ⓡ
今回、我々は長期経過を辿った口腔扁平苔
2 年後には接触痛もほぼ消失、平成 19 年 11
Ⓡ
月には舌潰瘍の完全消失を認めた(図 3)。ま
投与が有効であったと思われる症例を経験し
た、両側頬粘膜の白斑(図 4)も内服開始か
たので報告する。
ら約1年後には正常粘膜様を呈し、柑橘類へ
癬の治療に難渋した末に、セファランチン
症 例
患 者:62 歳男性
の過敏症状もなくなった。現在も副作用を認
めず、同量投与により安定した状態を維持し
ている(図 5)
。
141
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
既往歴:特記事項なし
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 2 上皮表層に錯角化、基底層には空胞変性
がみられ、上皮下にリンパ球の浸潤があ
る。
(強拡大)
図 1 上皮下に帯状の炎症性細胞浸潤があり、
上皮に錯角化がみられる。
(中拡大)
Ⓡ
セファランチン 投与前
左舌背部に潰瘍の形成を
認める。
図3
投与開始 1 年 6 ヶ月
潰瘍はほぼ 消失
投与開始 4 年
扁平苔癬で、長期に渡りステロイド軟膏の局
考 察
所塗布を試みるも症状は一進一退であり、ま
口腔扁平苔癬の治療法は、ステロイド剤の
た潰瘍の消失を得ることは出来なかった。そ
局所応用が比較的有効であるとされている
こで、セファランチン の単独投与に切り替
が、植物性アルカロイド製剤であるセファラ
えたところ、劇的な病変の消失を認めた。ま
2 〜 4)
た、比較的少量の投与であったため、副作用
セファランチン はビスコクラウリン型アル
も認めず安定的な状態を維持出来たものと思
カロイドの一種で、抗炎症作用、抗アレルギー
われる。本症例のような深在性の潰瘍を伴い
作用、免疫増強作用などの多彩な薬理作用を
比較的自覚症状の強い難治症例においては、
Ⓡ
ンチン が有効であるとの報告もある
。
Ⓡ
5)
Ⓡ
Ⓡ
持つアルカロイドである 。
セファランチン 少量の長期投与が有効であ
本症例は難治性のびらん性潰瘍を伴う口腔
ると思われた。
142
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Ⓡ
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 4 セファランチン 投与前 両側頬粘膜にレース状の白斑を認める。
図 5 投与開始 3 年
白斑はほぼ消失している。
参考文献
1) 内田安信 , 河合幹 , 瀬戸晥一:顎口腔外科診断治
療大系 , 104 -105, 講談社 , 東京 , 1991
2)井川加織 , 迫田隅男:口腔扁平苔癬に対するセ
ファランチンの効果 . アルカロイド研究会誌 , 29:
141-146, 2003
3)城山明宏 , 毛利大介:セファランチンが有効で
あったと思われる口腔扁平苔癬の 2 例 . アルカロ
イド研究会誌 , 32:117-120, 2006
4)佐藤美樹 , 上山吉哉:口腔扁平苔癬の免疫組織
学的検討 . アルカロイド研究会誌 , 32:121-125,
2006
5)小幡和郎 , 佐々木恵三:当科における口腔扁平
苔癬 13 例の臨床的検討.アルカロイド研究会誌 ,
29:121-125, 2003
143
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
16)当院皮膚科の口腔疾患におけるセファランチンの
有効であった6症例
高松市民病院 皮膚科
佐伯 圭介
既往歴:循環器疾患あり、近医内科処方薬を
内服中。
セファランチンはビスコクラウリン型アル
現病歴:平成 19 年頃より、両側の頬粘膜の
カロイドを含む生薬製剤であり、膜安定化作
ただれがあり、お茶もしみるとのことで、平
用、抗アレルギー作用や末梢循環改善作用に
成 21 年 2 月 10 日に当院耳鼻咽喉科受診。ア
加え、免疫調節作用及び活性酸素産生抑制作
フタゾロン口腔用軟膏、サルコートカプセル、
用等さまざまな薬理作用を有することが報告
コルヒチン等を処方されるも改善なく当科紹
されている。これらの薬理作用に基づいて、
介となる。
スーパーオキサイド等の活性酸素や TNF- α
治療経過 1:
や IL-1β等のサイトカインが重要な役割を
3 月 24日:1% セファランチン末 1g/日、分 2
で治療開始。
担っていることが報告されている口腔扁平苔
癬や再発性アフタ性口内炎等種々口腔粘膜疾
4 月 7 日:左舌縁の紅色丘疹は残るも、頬粘
膜のただれは改善。
患に多用され、
その有用性が報告されている。
当院皮膚科では、口腔扁平苔癬・再発性
5 月 19 日:一旦略治癒状態となる。
アフタ性口内炎・舌痛症・口腔内違和感に対
再燃時臨床:8 月 14 日頃まで良好であった
して、数年前からセファランチンを first line
が再び悪化し、8 月 26 日に再度当科受診。
で使用し、成果をあげている。今回、他科でま
口腔粘膜のびらん・潰瘍を認める。頬粘膜部
ず加療されても不応であるからと当科に紹介
にはレース状の白苔あり口腔扁平苔癬と再度
されてきた難治性の 6 症例について報告する。
診断した(図 1)。内科で処方されている薬剤
症 例
に扁平苔癬型薬疹報告があり、また金属アレ
ルギーが疑われたため検査を行った。
症例 1:75 歳、男性
検査結果 :
初 診:平成 21 年 3 月 24 日
①扁平苔癬型薬疹報告のあるノルバスク(全
145
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 1 症例 1:再燃時臨床像
6 報告中 1 報告)とラニラピッド(全 2 報告
1 日より 2 剤再開。本人の判断で
中 2 報告 ) のうち、ラニラピッドの薬剤によ
1% セファランチン末 2g/日を隔
るリンパ球刺激試験(DLST)を行ったが S.I.
日で内服。
5 月 18 日:歯を抜いた方の口腔びらんはきれ
値は 99% で陰性であった。
②金属パッチテスト(ICDRG 基準で判定)
いに治癒の様子。5 月 21 日に金属
48 時間後
72 時間後
168 時間後
残存歯の抜歯予定。お茶は若干し
?+
W+
W+
みるが、以前とは比べものにならな
塩化第二スズ
硫酸銅
?+
いとのこと。1% セファランチン末
硫酸ニッケル
?+
1g/日及びムコスタ 1 錠を 1 日 1 回
検査結果を通院中の歯科医院に連絡。
で連日内服するように指導した。
治療経過 2:
9 月 29 日:1% セファランチン末 2g /日にム
症例 2:74 歳、男性
コスタ 2 錠 / 日を追加して経過観
初 診:平成 21 年 6 月 21 日
察。
主 訴:口腔粘膜のびらん痛
10月27日:歯科で 10 月 1 日に抜歯され仮歯
現病歴:初診のひと月前より咽喉の詰まる感
になった。11 月 24 日に上の歯を
じがあり、当院耳鼻咽喉科受診。喉頭蓋に白
いれる予定。口内痛が 10 月 15 日
斑が認められ、真菌症を疑い、イトリゾール
頃から消失したために、セファラ
を処方された。しかし変化が無いばかりか両
ンチンを自己中断。しかし醤油以
腕にびまん性の浮腫性紅斑が出現したために
外では、しみなくなっている。
内服を中止し、皮膚症状改善する。その後、
11月17 日:多少しみるが、お茶も飲めて歯磨
きもできている。
下口唇・口腔底・舌にも白斑が出現したため、
当科紹介となる。
平成 22 年
初診時臨床:舌小帯に直径 3 〜 4 mm の白色
2 月 16 日 :1 月末より再び口内痛あり、2 月
丘疹、頬粘膜には僅かに白苔、口唇も高度な
146
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 2 症例 2:初診時臨床像
Erosive-Ulcerative な局面があり、口腔扁平
20日頃から無刺激下で痛みはな
苔癬と診断(図 2)。
く、刺激時の痛みの程度も改善さ
治療経過:
れているとのこと。
6 月 21 日:1% セファランチン末 3g /日、分 3
9 月 11 日:口内痛さらに著減。服用しにくい
を開始。
ため錠剤への変更希望。セファラ
7 月 2 日:改善傾向を示す。耳鼻咽喉科再診
は拒否。
ンチン錠 1 mg、20 錠 / 日を処方。
10月16日:口内痛完全に落ち着き、10 錠 /日
8 月 20 日:最低 1 日 2 回は内服とのこと。治
癒状態で治療中止。以後来院無し。
に減量。
11月27日:口内痛が全く気にならなくなった。
平成 22 年
症例 3:70 歳、女性
2 月 19 日:「私に合う薬が見つかってヨカッタ!」
初 診:平成 15 年 2 月 5 日
5 月 14 日:10 錠/日で継続中。痛みの VAS 値で
主 訴:口腔内違和感
は 70% の改善。以前は受診の度
既往歴:高血圧・肝臓病
に 非常に険しい表情であったが、
現病歴:当科前医にてビタミン B2・B6、クラリ
ここ最近は非常に柔和な落ち着いた
シッド、アレロックで加療。平成 18 年 4 月
表情・雰囲気になってきている。
1 日赴任のため担当医となり、同処方で経過
観察するも症状不変のため、1 年半近く通院
症例 4:66 歳、男性
を中断。痛みが我慢できなくなり平成 21 年
初 診:平成 20 年 1 月 15 日
4 月 3 日に再診。
主 訴:舌の縁のブツブツ・口内痛
治療経過
現病歴:近医精神病院入院中。上記主訴にて
6 月 5 日:直ちに 1% セファランチン末 1g/
当科を受診。アフタゾロン口腔内軟膏をずっ
日、分 2 を処方に追加。
と処方されているとのこと。
147
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
8 月 7 日:無刺激でも舌痛のあったのが、7月
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
治療経過 1:
2g/ 日で継続。
1 月 15 日:右舌縁に紅色丘疹。1 日 1 回の塗
12月24日:口内痛さらに漸減
平成 22 年
布を 1 日 3 回に増量。
2 月 1 日 :丘疹若干軽快。鉄欠乏性貧血・骨
2 月 18 日:口唇のただれが上皮化。
4 月 15 日:口内痛・舌痛も口腔内・口唇病変
髄腫等を疑い検査。
検査結果:WBC:2500、Plt:4.5 万、RBC:360
万、フェリチン:523(<46)、Fe/Cu/Zn:正常域、
のいずれも略治癒。
次回 3 ヶ月後に再診予定。
(−)
TP/Alb:7.5/3.4、A/G 比:0.83、B-J 蛋白:
治療経過 2:
症例 5:89 歳、女性
4 月 7 日:リザベン 3 Cap/日、分 3 を試み
初 診:平成 21 年 11 月 25 日
主 訴:口腔内びらん
るも改善は極僅か。
8 月 29 日:1% セファランチン末 1g /日及び
プロマック D 錠 150mg /日を開始。
既往歴:他総合病院内科にて腎疾患加療中。
(s-Cr:2.4、K:5.9)
9 月 29 日:1% セファランチン末を 1.5g /日
現病歴:初めは舌の両側のただれのみであっ
に増量し、プロマック D 錠中止。
たが、徐々に頬粘膜に拡大。平成 21年11月
10 月14日:口内症状持続するため、歯科受診
するも異常なし。
14 日頃より口腔内びらんがあるとのこと。11
月20日に当院耳鼻咽喉科でシナール・アリナミ
平成 21 年
ン F と共にアフタゾロン口腔用軟膏を処方さ
8 月 19 日:再び口内違和感を訴え再受診。頬
れるも不変で当科受診。
粘膜のレース様白斑と口唇のた
初診時臨床:口唇に浅い潰瘍があり、舌苔が
だれの他に、舌の背側腹側両面に大
減 少 し 舌 乳 頭 の 著 明 な 委 縮 が 認 められた
小の丘疹・水疱が認められる(図 3)
。
(図 4)。鉄欠乏性貧血を強く疑った。
1% セファランチン末 2g /日で治
検 査 結 果:RBC:358 万、Hb:10.8(11.0<)、
療再開し、歯磨き粉使用を禁止。
Hct:34.1(35.0<)、K:5.9
(<4.4)、s-Cr:2.4(0.8<)、
9 月16 日:口内痛激減し、セファランチン
s-Fe:45(70<)、MCV/MCH/MCHC:正常域、
図 3 症例 4:再診時臨床像
148
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 4 症例 5:初診時臨床像
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
A/G 比:1.27、その他特記すべきデータは無い。
明らかな貧血は認められないが、血清鉄の中
等度低下が認められる。
治療経過:
11月 25日:1 % セファランチン末 2g / 日で 開
始。
12 月 2 日:痛みの VAS 値は 50%の改善。
フェログラデュメット 1 錠追加。
12 月 9 日:舌乳頭委縮の改善傾向著明。
図 5 症例 6:初診時臨床像
12月 28日:口 内 痛 は 完 全 消 失 。 2 剤 を 継 続
処方。
検査結果:表皮の鋸歯様変化が弱いながら認
以後来院はない。
められる。真皮表層では中等度の帯状のリン
パ球・形質細胞浸潤が認められる。基底層
症例 6:67 歳、男性
では液状変性や civatte body も認められる。
初 診:平成 22 年 2 月 16 日
核異型等の悪性所見はない。臨床を含めて、
既往歴:高血圧
lichenoid pattern を示す疾患である口唇扁平
現病歴:2 年前まで喫煙。平成 21 年 5 月頃
苔癬と診断して矛盾はない(図 6)。尚、形
より口唇のただれが生じた。何ヶ所か近医を
質細胞の浸潤が目立つ部位があり、念のため
受診し、種々の外用薬を処方されるも効果な
Lues の有無を確認したが TPHA/RPR 共に
く、当科を受診。
(−)であった。
初診時臨床:下口唇中央付近に瘢痕を伴う痂
治療経過:
皮を有する不規則局面が認められ(図 5)
、癌
2 月 22日:1% セファランチン末 2g/日及び
前駆症としての白板症、または初期の SCC
プロパデルム軟膏外用の併用で
を疑い生検を行った。
治療開始。
149
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 6 症例 6:生体検査結果
3 月 9 日:皮疹消失し、1% セファランチン
り適宜調節し 2g/日前後での維持観察を心が
末を 1.6 g/日に減量。
けている。扁平苔癬 5 例では著効 4 例、有効
4 月 20 日:前回受診 後 5 日間程 、内 服・外 用
1 例、口腔違和感は 1 例のみであったが著効
し、すっかりよくなり自己中断し
であった。
たところ、4 月 15 日頃より再び
論文等では、扁平苔癬の治療にはステロイ
皮疹が出現したので、慌てて両薬
ド剤、エトレチナート、タクロリムス、トラ
剤を再開したとのこと。皮疹は認
ニラスト、グリセオフルビン等が有効である
められない。5 月 18 日まで内服
とされているが、有効性が高いものはやはり
の継続を指示。
副作用も多く、薬価の点でも患者負担は少な
以後受診はなし。
くない。
考 按
著者がセファランチンを使用し始めたきっ
かけは、有効性が高くかつ 1 錠 10 数円と安
今回セファランチンの投与を試みた 6 症例
価である点が気に入って胃薬とセットで頻回
を提示した。症例 1・2・4・5 を口腔扁平苔癬、
に処方していたグリセオフルビンの製造中止
症例 6 を口唇扁平苔癬、症例 3 を口腔内違和
ではあるのだが、セファランチンは有効性が
感と診断して加療を行った。いずれも院内外
高く安価である上、グリセオフルビンのよう
の他科で一旦加療されて不応であったため当
に高頻度に発現する胃腸障害も殆ど考慮しな
科を受診されていた。開始量はいずれも 1〜
くてよい点で、現時点で最も使い易い薬剤で
3g /日であるが、症状・希望に合わせ途中よ
あると考えている。
150
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
17)丘疹紅皮症に対するセファランチンの有用性
京都市立病院 皮膚科
小西 啓介
紅斑と丘疹が出現した。かかりつけ医にて抗
アレルギー薬を投与されるも増悪傾向にあり日
丘疹 - 紅皮症は 1979 年に太藤らにより提
常生活に支障がでたため当院を初診した。
唱された疾患概念である。高齢の男子の体幹
初診時臨床像:頸部から体幹は、丘疹が癒合
に好発し、褐色充実性丘疹と紅皮症様変化が
し、紅斑局面となっているが、横皺に一致し
あり、丘疹は散在、集簇し、または融合して
て皮疹を欠いていた。四肢・体幹の瘙痒は強
びまん性に発展する。腋窩、肘・膝窩、鼠径
く日常生活に支障がでるほどであった。下腿
部、腹部の大きな皺には明らかな境界をもっ
には褐色の扁平隆起する丘疹が存在し、手掌
て皮疹が欠如するのが特徴である。原因は不
と足底の角化を認めた。両腋窩・鼠径リンパ
明であるが、
悪性腫瘍を合併するものもある。
節は母指等大に数個触知した(図 1)。
これまでステロイド外用、内服を始め、色々
皮膚生検:表皮は compact orthokeratosis と
な治療法が報告されている。今回我々は、セ
軽度の acanthosis があり、軽度の spongiosis
ファランチンの内服が有効であった、手掌に
と vacuolar alteration を認め、真皮には血管
水疱が多発した丘疹紅皮症の一例を経験した
増生を認める。真皮浅層の血管周囲には、単核
ので報告する。
球主体の炎症細胞浸潤が認められた(図 2)。
検査所見:末梢血の血球検査では、白血球
症 例:68 才 男性
が 7800/μ l で、分画では好酸球が 14.4%と
主 訴:体幹・四肢の紅斑・丘疹・瘙痒
上昇していた。血液生化学検査で LDH が
家族歴:特記することなし
531IU/L と高値を示した。悪性腫瘍の合併
既往歴:35 才 より糖尿病、高血圧にて内服
を除外するために、各種腫瘍マーカーの測
加療中。 67 才から糖尿病性腎症で人工透析
定と全身検索を行った。腫瘍マーカーは抗
を受けている。
SCC 抗原、sIL−2R に高値を認めた。悪性リ
現病歴:数ヶ月前から体幹・四肢に瘙痒を伴う
ンパ腫の合併を疑い、血液内科にコンサルト
151
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
はじめに
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 1 初診時臨床像
・ 表皮はcompact orthokeratosis と
軽度の acanthosisがあり、軽 度 の
spongiosis と vacuolar alteration
を認め、
真皮には血管増生を認める。
真皮浅層の血管周囲には、単核球
主体の炎症細胞浸潤がある。
図 2 右前胸部の紅斑からの生検組織像
したが、非特異的な sIL−2R 上昇のみと考え
②乾癬性紅皮症
られた。胸部 CT、腹部 CT、腹部超音波検査、
皮疹が鱗屑をほとんど伴わない。病理組織
上部・下部内視鏡を試行したが、明らかな悪
像が異なる。
性腫瘍の合併は認めず、腫瘍マーカー高値は、
③皮膚T細胞リンパ腫
慢性腎不全によるものと考え経過観察するこ
病理組織学的に異形を認めず、末梢血にも
ととなった(図 3)。
異形リンパ球を認めない。
臨床像、検査所見、病理組織像より丘疹 -
④薬疹
紅皮症を疑った。鑑別疾患として以下のもの
すべての内服薬を続行しているが、皮疹の
が考えられた。
消長があったことより考えにくい。
①慢性湿疹
以上より丘疹 - 紅皮症と診断した。
ステロイド外用剤に抵抗性であり、否定的。
その後の経過:入院日より、抗アレルギー剤
152
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 3 初診時検査所見
・ 皮疹は、明らかな改善を認めず、
瘙痒が強かった。
・経過中、6/28 ごろより手掌に
汗疱様の水疱が多発してきたた
め 6/29 に生検を行った。
図4
内服および very strong クラスのステロイド
表皮内水疱の形成を認めた。水疱内には単核
軟膏による外用治療を開始したが、手掌の水
球を少数認めた。真皮乳頭層は浮腫状で、毛
疱が出現した(図 4)
。皮疹は、明らかな改
細血管の増生があり、基底部には vacuolar
善を認めず、瘙痒が強かった。経過中、6/28
alteration を 認 め た。Superficial vascular
ごろより手掌に汗疱様の水疱が多発してきた
plexus には血管周囲に単核球の浸潤と赤血
ため 6/29 に生検を行った。
球漏出を認めた。以 上より Spongiotic vesicle
手 掌 の 生 検 結 果: 一 部 に parakeratosis を
formationを 示 す spongiotic dermatitis の 所
伴 う 表 皮 で、rete ridge の 等 長 性 の 延 長、
見で、水疱内、周囲表皮のspongiosis, 好酸
spongiosis with exocytosis of lymphocytes,
球浸潤が軽微であることから dyshidrosiforme
153
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 5 手掌の生検の HE 染色
pemphigoidとしてはあわない所見でdyshidrotic
2)褐色充実性丘疹と紅皮症様変化があり、 eczema を疑うような所見であった(図 5)
。
丘疹は散在、集簇し、または融合して その後の経過:入院日より、抗アレルギー
びまん性に発展する像がみられる
剤内服および very strong クラスのステロイ
3)顔にはないか、あっても軽度
ド軟膏による外用治療を開始したが完治に
4)腋窩、肘・膝窩、鼠径部、腹部の大きな
は至らなかった。6 月 29 日よりセファラン
皺には明らかな境界をもって皮疹が欠如
チン 30mg/日の内服を開始したところ翌々
する
日より紅斑と瘙痒が急速に消褪した。手掌
5)掌蹠の炎症性角化を認めることが多い
の水疱も消褪した。その後再燃はなく、内
6)痒みがあるが、全身的違和感はない
服治療を継続している。上下部内視鏡検査、
7)病理組織検査は、丘疹・紅斑とも真皮上
胸部・腹部 CT 撮像などを行ったが、入院
層における主として血管周囲性の好酸球
時悪性腫瘍の合併はなかった。
を混じる非特異的な単核球浸潤を認める
考 察
丘疹 - 紅皮症は 1979 年に太藤らにより提
8)末梢血に好酸球増多をみる
9)腋窩、鼠径部に無痛性のリンパ節腫脹を
触れる
唱された疾患概念で、その特徴として以下
10)年余にわたり、慢性に経過する
の 10 項目があげられている。
自験例は以上の特徴を満たし、丘疹紅皮症と
1)高齢の男子に好発
診断したが、経過中に手掌に水疱が出現した。
154
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
・UVB 照射などの紫外線療法
103 報と PubMed で検索し得た 31 報のうち、
・悪性腫瘍合併例では腫瘍の摘出
丘疹紅皮症の経過中に手掌に水疱の出現した
・セファランチン内服 15 mg/日(南;皮膚
症例は、1997 年 に第360回京滋皮膚科集談
科紀要 83(1)
:119-120,1988)
会で望月らが報告した 2 例のみである(皮膚
本症例では、糖尿病性腎不全と高血圧が既
科紀要 92(4)
:436, 1997)。 手掌の小水疱を
往にあり、副作用を考えるとステロイド内服
合併した丘疹紅皮症は稀であった。本症例で
やシクロスポリン内服は難しく、セファラン
は、丘疹紅皮症の皮疹の増悪の時期に一致し
チン 30mg/日の内服を開始した。 内服開始
て、手掌に水疱が出現し、皮疹の軽快に伴っ
翌々日より紅斑と瘙痒が急速に消褪し、手掌
て手掌の水疱も消失し、初診時みられた手掌
の水疱も消褪した。その後再燃はなく、内服
の角化も軽快した。したがって手掌の水疱も
治療を継続している。このように本症例には
丘疹紅皮症の一連の症状と考えた。
セファランチンが著効した。当科では、これ
これまでに報告されている丘疹紅皮症の治
までにセファランチンの投与が有効であった
療法には以下のものがある。
丘疹紅皮症を多数経験しており、今後総括し
・シクロスポリン
報告したいと考えている。
・ステロイド
(本症例は第 412 回日本皮膚科学会京滋地方
・エトレチナート内服
会で当科の伊藤令子が報告した症例と同一症
・内服・外用 PUVA
例である)
・PUVA-Bath 療法
155
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
医中誌で 1983 〜 2009 年の期間で検索し得た
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
18)SADBE 療法とセファランチン ® 内服療法によって
治癒した女児の全頭型円形脱毛症の1例
白河厚生総合病院 皮膚科
竹之下 秀雄
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
はじめに
症 例
円形脱毛症は皮膚疾患の 2 〜 5%を占める
患 者:10 歳 、 女児 比較的よくみる疾患である。円形脱毛症の
初 診:2008 年2月5日
うち、脱毛斑が1個のみの単発型は予後良好
主 訴:頭部全体の脱毛
であるが、多発型、全頭型、汎発型の治療は
家族歴:特記事項なし
困難な場合が多い。今回、女児に発症した
既往歴:特記事項なし
全頭型円形脱毛症に対して、SADBE 療法を施
現病歴:2006 年 8 月頃から頭部に脱毛が出
行し、改善が認められたが、両側頭部に残存し
現し、近医で加療されたが改善せず当科を紹
®
た脱毛部の更なる改善のため、セファランチン
介された。
2m g /日の内服を開始したところ、両 側 頭 部
初診時臨床像:頭部全体の頭髪がかなり少
にも毛髪が新生した例を経験したので報告す
ないものの、頭 部 以 外 に 脱 毛 部 はなかった
る。
(図 1a,b,c)。
図 1a 初診時臨床像(前頭部)
、図 1b (頭頂部)
、図 1c(後頭部)
かなり乏しい頭髪であった。
157
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
初 診 時 検 査 成 績:RBC 458 万/μl、Hb 13.2
g/dl、WBC 8900/μl( neut 65.9%、lympho
24.5%、mono 6.9%、eosino 2.5%、baso 0.2%)、
PLT 46.9 万 /μl、
AST 18 IU/l、ALT 12 IU/l、
LDH 207 IU/l、γ-GTP 14 IU/l 、T-Bil 0.27
mg/dl、BUN 13.4mg/dl、Cre 0.40mg/dl、
TP 7.1g/dl、CRP 0.43mg/dl、Na 141mEq/l、
K 4.3mEq/l、Cl 106mEq/l、Ca 9.5mg/dl、
血糖 97mg/dl 、HbA1c 5.0%、IgE 143.7mg/
図 2a 2%の SADBE 溶液で感作した頭皮の浸
潤を伴う紅斑(2008 年 3 月 14 日)
dl 、 抗 核 抗 体 40 倍 未 満、 抗 DNA 抗 体 2.0
IU/ml、 血 清 補 体 価 44.0 CH50/ml、RF 10
IU/ml 以下、尿糖(−)、尿蛋白(−)。
診断 円形脱毛症は次の4種類に分類される。
①通常型円形脱毛症(単発性:孤立性脱毛斑、
多発性:脱毛斑が多発または融合)
②全頭型円形脱毛症:頭髪のほとんどが脱落
③汎発型円形脱毛症:頭髪とそれ以外の全身
の毛が脱落
④蛇行状円形脱毛症(ophiasis 型):後頭〜
側頭部の生え際が帯状に脱落
図 2b 2008 年3月17 日には、背部における低濃度
の SADBE によるパッチテストで SADBEに
感作されたことが判明した。
⑤特殊型としてacute diffuse and total alopecia
of female scalp(女性に発症し、急に発症し、
作されたか否かを確認するために、0.00005%、
急に軽快するタイプ)
0.0001%、0.001%、0.005% の SADBE
以上の臨床症状および抗核抗体など膠原病
液のパッチテストを背部で施行したところ、
関連検査を含め異常がなかった血液生化学所
全ての濃度の SADBE 液で陽性となり、2008
見から、
本例を全頭型円形脱毛症と診断した。
年 3 月 17 日には SADBE 液によって感作さ
治療 れたことが確認できた(図 2b)。そこで、通常
近医で施行されたさまざまな通常の円形脱
の SADBE 療 法 に 従 い、2008 年 3月17 日よ
毛症に対する治療で改善しなかったことか
り 0.00005% の SADBE 液を1週に1回の割
ら、SADBE 療法を施行した。2%SADBE 液
合で頭部に塗布する処置を開始した。その
を鳥居薬品のパッチテスト用テープに付着
後 SADBE 塗布部に明らかな瘙痒感や紅斑な
し、これを頭部に 2 日間貼付したところ、同
どの皮膚炎の症状がないため、SADBE の濃
部に浸潤を伴う浮腫性紅斑が生じた(2008
度 を 0.05 % ま で 上 昇 さ せ 塗 布 を 続 け て
年 3 月 14 日)
( 図 2a)
。SADBE 液によって感
いった。その結果、SADBE 療法を開始して
158
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
6ヶ月後の 2008 年 9 月 20 日頃になり、ようや
く頭髪の新生がみられるようになってきた
(図 3a,b,c)。その後 , 順調に頭髪の新生が進
ようになった(図6)。
考 察
み、2009 年2月 27 日 頃 に は ほとんど正常
円形脱毛症は、単発型では自然治癒を見る
に 近 い 状 態 ま で 回 復した よ うになった
例も少なくないが、それでも数ヶ月以上を要
(図 4a,b,c)。しかし、2009 年 9 月頃に、両
する。さらに全頭型円形脱毛症では自然治癒
側頭部の頭髪が、頭 部 の 他 部 と 比 較 し て
はほとんど期待できない。このため、円形脱
依 然として少ないことが判明した(図5)。
毛症の第一段階の治療としては、外用剤とし
そこで小児用量の設定は な い が セファランチ
てセファランチンアルコール、塩化カルプロ
Ⓡ
ン 2m g /日の内服を開始した。その 1〜2 週
ニウム液、トウガラシチンキ含有剤、副腎皮
間後には両側頭部にも頭髪の新生がみられる
質ホルモン外用剤、ミノキシジル、アントラ
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 3a 2008 年 10 月 24 日の臨床像(前頭部)
、
図 3b(頭頂部)
、
図 3c(左側頭部)
SADBE 療法によって明らかに頭髪の新生がみられるようになった。
図 4a 2009 年 2 月 27 日の臨床像(前頭部)
、
図 4b(左側頭部)
、
図 4c(後頭部)
頭髪はかなり豊かになった。
159
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 5 2009 年 9 月 11 日の左側頭部の臨床像
図 6 2009 年 11 月 6 日の左側頭部の臨床像
両側頭部の頭髪が、頭部の他部と比較して
依然として少ないことがわかった。
そこで
小児用量の設定はないがセファランチンⓇ 2mg/
日の内服を開始した。
セファランチンⓇ 2 mg/日の内服 2ヶ月で両側
頭部の頭髪が明らかに増加した。
リン、内服薬としてセファランチン、グリチ
果、接触皮膚炎のリンパ球が毛根を攻撃して
ルリチン、副腎皮質ホルモン剤、シクロスポ
いるリンパ球と置き変わるようになるため治
リン、イソプリノシンなどが挙げられる。
療効果があると考えられている 2)。本例では
これらの治療で改善がみられない場合は、
SADBE 療法を開始してから約 6 ヶ月後に毛
特殊治療を行うのが基本である。特殊治療と
髪の新生が認められた。
して副腎皮質ホルモン剤の局注療法、カリ
円形脱毛症の原因として、従来から細菌や
ジノゲナーゼ局注療法、雪状炭酸圧抵療法、
ウイルス感染説、自律神経障害説、精神的ス
1)
PUVA 療法、局所免疫療法がある 。これ
トレス説、内分泌異常説、毛周期障害説など
らの療法のうち、副腎皮質ホルモン剤の局注
多数の説が挙げられているが、最近では、自
療法と局所免疫療法はかなりの効果が期待で
己免疫説が有力とされている。一般的には、
きるとされている。本例では、初期の治療と
病理組織学的に脱毛の進行部位の毛根周囲
して近医で上記に示した幾つかの治療がすで
部、外毛根鞘および毛根部内に多数のリンパ
に施行されており、発症から 1 年 6 ヶ月経過
球浸潤が認められる。
し患者と家族のストレスも大きく、当科とし
竹之下 3)は、自験例の 45 歳男性の汎発性
てはすみやかに局所免疫療法である SADBE
脱毛症の頭部皮膚を生検し、病理組織学的
療法に踏み切った。
所見として、真皮内の毛根周囲部、外毛根鞘
SADBE 療法は、SADBE 液で感作させた
および毛根部からはなれた部位に主として
後、低濃度の SADBE 液を脱毛部に塗布する
CD3 陽性 T リンパ球の浸潤がみられたこと
ことによって、
脱毛部に軽度の接触皮膚炎(遅
を記載した。この病理組織学的所見は、リン
延型アレルギー反応)を生じさせ、その結
パ球が毛に対する攻撃を終えたことを意味し
160
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ているのかもしれないと類推し、このため、
SADBE 療法開始直後に、すみやかに毛髪の
著明な新生が生じたものと考えた。
本例では頭皮に対する SADBE 療法を施行
したが、治療開始約 6 ヶ月後というやや遅れ
て毛髪の新生が開始された。本例では生検し
なかったが、生検していたら毛根部に T リン
パ球の密な浸潤がみられた可能性が高いと考
えられた。本例で両側頭部の頭髪が、頭部の
参考文献
1)西島真理子 , 佐藤英嗣:局所免疫療法が奏効した
難治性円形脱毛症の 2 例.北海道農村医学会雑誌 ,
30:99-101, 1998
2)蜂須賀裕志ほか:脱毛症に対する Squaric Acid
Dibutylester(SADBE)外用療法.西日皮膚 56:
105-108, 1994
3)竹之下秀雄:SADBE 液で感作直後に改善した
汎発性脱毛症の1例.アルカロイド研究会会誌 ,
34:115-119, 2008
他部と比較して依然として少ないことが明ら
Ⓡ
かになり、セファランチン が投与され、短
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
期間で両側頭部に頭髪が新生したが、これま
Ⓡ
での報告のようにセファランチン 内服療法
が、円形脱毛症に何らかの機序(抗アレル
ギー作用や副腎皮質ホルモン産生増強作用な
ど)によって効果を発揮することが裏づけら
れた。
161
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
19)当院における脱毛治療 ─第2報─
医療法人美咲会 ふくずみ形成外科
吹角 善隆
強作用、毛乳頭細胞の増殖・成長作用、末梢
循環改善作用等多彩な薬理作用を有すること
当院では、約 10年前から脱毛症治療とし
が報告されている。医薬部外品であるクロウ
てミノキシジル製剤(5% 及び 2%、商品名:
に含まれるセファランチンは非常に低濃度で
ロゲイン、カークランド)とフィナステリド
あることから、ミノキシジル及びフィナステ
(1mg、商品名:プロペシア)を組み合わせた
リドの併用療法に円形脱毛症及び粃糠性脱毛
治療を施行している。フィナステリド内服と
症に適応を有するセファランチン を組み合
ミノキシジル外用は 2010 年に発表された男
わせることにより、さらなる治療効果の増大
性型脱毛症ガイドライン(日本皮膚科学会)
が期待できると考えられる。
においていずれも推奨度Aと評価されてお
今回、ミノキシジル製剤外用とフィナステ
り、男性型脱毛症における両者の併用療法は
リド内服を継続している患者で、治療効果が
世界的にもスタンダードな治療法である。しか
頭打ち傾向にある症例に対するセファランチ
しこの併用療法は 1〜2 年継続すると効果が頭打
ンの内服併用療法の効果を検討した。
ちになる場合も多い。そのために、4 年ほど前か
らはさらにセファランチンを主成分とする外
®
対 象
用薬であるクロウ(商品名)を組み合わせた
平成12年7月1日から平成 22 年 4 月 30 日ま
治療を試みたところ、前髪の正中部が充実す
での間に、当院にて脱毛症で受診した患者、
るという増毛効果が認められた。
男性3,337 名、女性 648 名の合計 3,985 名のう
クロウの主成分であるセファランチンはツ
ち、ミノキシジル製剤外用とフィナステリド
ヅラフジ科の植物タマサキツヅラフジの塊根
内服の併用療法において、治療効果が頭打ち
から抽出したビスコクラウリン型アルカロイ
傾向にあった 229 例に対しセファランチンの
ドを含む生薬製剤であり、生体膜安定化作用、
内服併用療法を施行した。
抗アレルギー作用、副腎皮質ホルモン産生増
163
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
害 1 名、胸やけ 1 名、下痢 1 名で、いずれも
脱毛症治療の基本方針
軽微であり重篤な副作用を示す症例は無かっ
①ミノキシジル製剤(5% 及び 2%、商品名:
ロゲイン、カークランド)
た。
ミノキシジル外用とフィナステリド内服は
②フィナステリド(1mg、商品名:プロペシア)
男性型脱毛症の 2 大治療であることは論を待
③セファランチン製剤外用(商品名:クロウ)
たないが、セファランチンはこの 2 種類の薬
④セファランチン製剤内服(4mg、分 2、商
剤と協調しあって、その薬効を高める作用が
®
品名:セファランチン 錠 1mg)
あると思われる。セファランチンの薬理作用
としては膜安定化作用、抗アレルギー作用、
平成 12 年より、①+②
副腎皮質ホルモン産生増強作用、毛乳頭細胞
平成 18 年より、①+②+③
の増殖・成長作用、血液幹細胞増加作用、末
平成 20 年より、①+②+③ and/or ④
梢循環改善作用、免疫調節作用等が報告され
原則として、男性患者には 5% ミノキシジル
ている。さらに近年、活性酸素やサイトカイ
の外用と1mg フィナステリドの内服を 6 ヵ
ンの産生を抑制することも報告されており、
月〜 2 年程度行っている。一方、女性患者
脱毛症の原因となる TNF 及び TGF-β等の
には 2% ミノキシジル外用から開始し、めま
産生を抑制することにより毛母細胞の機能低
い・かぶれ等の副作用がないことを確認の上、
下やアポトーシスを抑制する可能性が示唆さ
5% ミノキシジルに移行している。閉経後の
れている。今回、セファランチンがミノキシ
女性には、実験的治療である旨のインフォー
ジルとフィナステリドの治療効果を増大した
ムドコンセントを十分行い、了承を得たうえ
作用機序としては先に述べた薬理作用やこれ
で 1mg フィナステリドの内服を併用している。
らの作用が相互的もしくは相乗的に関与した
結果及び考察
結果であると考えられる。
今後、男性型脱毛症に対するセファランチ
ミノキシジル外用とフィナステリド内服の
ンの治療効果増大作用をさらに追及するため
併用療法を継続した患者のうち、増悪と寛解
に、セファランチン単独投与による効果の
を繰り返す症例にセファランチンの内服を追
実証、3 薬剤併用により治療効果が得られた
加したところ治療効果が増大し、脱毛の減少、
症例のうち、セファランチン内服を中止した
安定性の増大が認められ、また多くの症例で
場合の反証を追究する必要があると考えられ
髪質が太くなり毛量が顕著に増加する等の効
る。
果が認められた。
セファランチン製剤を処方した 229名のう
ち、数日〜数週間で服薬を中断した患者は 9
名であった。そのうち副作用で中断した患者
は 4 名であり、他の 5 名は中止理由が不明で
あった。副作用としては、発疹 1 名、胃腸障
164
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
症 例
症例 1:56 歳(治療開始時)
、女性
2%、5%ミノキシジル外用
併用
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎ 内服
開始
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎ 内服 2ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服 4ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服 6ヵ月
セファランチン服用開始直前・
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
セファランチン服用(4T分2)
2ヵ月・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
セファランチン服用(4T分2)
4ヵ月・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
セファランチン服用(4T分2) セファランチン服用(4T分2)
6ヵ月・5%ミノキシジル外用 + 8ヵ月・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
フィナステリド1㎎内服
セファランチン服用(4T分2)
10ヵ月・5%ミノキシジル外用
+フィナステリド1㎎内服
コメント:白髪が大部分であった患者が、脱毛症治療を受けた場合、
新規に発毛してくる毛はメラニンを含んだ黒髪が多いこと
が経験上分かっている。
セファランチン服用(4T分2)
12ヵ月・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
165
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
2%ミノキシジル外用
開始
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
症例 2:37 歳(治療開始時)、男性
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド 1㎎内服
開始
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服 2ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎ 内服 4ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎ 内服 6ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服 8ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服 10ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎ 内服 1年
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎ 内服 1年 2ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服 1年 4ヵ月
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服 1年 6ヵ月
セファランチン服用開始直前・
5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎ 内服
セファランチン服用(4T分2)
2ヵ月・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
セファランチン服用(4T分2)
4ヵ月・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
セファランチン服用(4T分2)
5ヵ月半・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
セファランチン服用(4T分2)
7ヵ月半・5%ミノキシジル外用 +
フィナステリド1㎎内服
コメント:いわゆる猫毛の患者で、髪が細く腰のない患者であった。5% ミノキシジル外用+フィナス
テリド 1mg 内服だけでは症状が安定せず、発毛と抜け毛を繰り返していた。
セファランチン内服の追加により前頭部〜頭頂部にかけて一通りの発毛が得られた。
166
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
結 論
ミノキシジル外用及びフィナステリド内服
の併用療法を継続した患者のうち、増悪と寛
解を繰り返す患者にセファランチンの内服併
用療法を施行し、以下の結論を得た。
◦セファランチンの内服併用療法は、男女共
に発毛効果が確認された。
◦セファランチンの内服併用療法は、副作用
が少なく、数ヵ月という短期間で効果発現
が得られた。
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
◦セファランチン内服は、多剤併用療法の中
で選択する価値があり、
‘酵素的’役割を担
っていると感じた。
167
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
20)線維筋痛症に対するアコニンサン錠の使用経験
1)
北里大学医療衛生部 酵素・紅豆杉 補完医学研究部門 、
2)
医療法人順和会 山王病院 膠原病内科 、杏林中医薬情報研究所
中島 修
1,2)
、袁 世華
3)
3)
ある。これらのストレスが引き金となり、神
線維筋痛症
(Fibromyalgia Syndrome、以下
経・内分泌・免疫系の異常に伴い、複雑な疼
FM)は現在注目を集めている疾患であり
痛状態が惹起されるものと考えられる 4 , 5)。
、
1)
欧米ではリウマチ外来のなかで高頻度に見ら
れる疾患である
。
2)
FMの診断基準は、1990 年に米国リウマチ
学会のYunusらの分類診断基準がある 6)。こ
米国では、1970 年代頃から注目され、患
の基準では、上半身、下半身を含めた対側性
者数は徐々に増加している。米国の疫学調査
の 3 カ月以上継続する疼痛と、腱付着部を中
による有病率は人口の 2% と推定され、リウ
心とした 18 カ所の圧痛点について、11 カ所
マチ患者の 3 ~ 20% が本症であることが明
以上に圧痛が存在することとされているが、
らかになってきている 3)。
全身倦怠感や睡眠障害が含まれていない 7)。
FM の種々な自覚症状は身体の広範な部位
今回我々はこの様に疼痛に伴う複雑な諸症
の慢性疼痛とこわばりを主症状とし、疲労、
状を呈する FM の患者に身体を温めること
頭痛、関節痛、睡眠障害、不安、抑うつなど
と併せて鎮痛作用を有する加工ブシ末の製
の症状を併発し、また過敏性腸炎や間質性膀
剤・アコニンサン錠を用い、その臨床効果に
胱炎などの多彩な症状を呈する症例もある。
ついて検討を行ったので報告する。
一方、一般的な臨床検査では異常は認めら
れず、さらに物理学的な検査での器質的な病
対 象
変はないと言われている 4)。
平成 6 年より平成 8 年までに当院外来を受
FM の発症の誘因としては、
診、疼痛を主として諸症状の訴えがあり線維
①外傷(手術、関節炎など)
筋痛症と診断をし、下記に該当する患者を除
②心因性(離婚、別居、解雇など)
外した 10 例を対象とした。
③感染性(帯状疱疹、インフルエンザなど)
169
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
④生活状態(生活環境、経済的困難など)が
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
①悪性腫瘍、消化器潰瘍(瘢痕は除く)
、炎症
利尿、代謝賦活などの作用があり、古来、神
性腸疾患および器質的疾患を有するもの
経痛や手足の冷えなどの改善に用いられてき
②肝、腎、心または血液に重篤な合併症を有
たが、毒性が強く、その取り扱いには慎重を
するもの
要する生薬であった。アコニンサン錠はハナ
③妊婦、妊娠している可能性がある女性およ
トリカブトならびにオクトリカブトの附子に
び授乳婦
一定条件下で加圧・加熱処理を施した錠剤で
④アコニンサン錠投与前に、頭痛薬、ステロ
あり、品質的にも安定している。
イド剤および非ステロイド性抗炎症剤で
1 錠中に加工ブシ末 166.67mg を含有する
休薬期間が 1 日以内のもの
製剤である。通常、成人で 1 日 9 錠を 3 回に
⑤主治医が不適当と判断した症例
分服する。
なお、臨床効果については患者本人の主た
結 果
る自覚症状の改善がこの薬剤投与において満
対象患者 10 例(表 1)については、調査・
足されたか否かの回答を持って有効とした。
研究目的を説明、インフォームド・コンセント
試験薬剤
を得た。
附子は、ヤマトリカブト、オクトリカブト
今回アコニンサン錠を投与された患者は、
などキンポウゲ科植物の塊根で、鎮痛、強心、
精神的症例のものは 4 例、関節痛、筋肉痛を
表 1 症例および臨床効果
症例 No 患者名
170
性別
年齢
当院受診前診療名
処方日数 臨床効果
01
S.K
♀
72
・強迫性障害 ・不眠症
・慢性 C 型肝炎
02
Y.H
♀
58
・不安神経症 ・過敏性大腸炎
・骨髄炎(疑い)
・膠原病(疑い)
03
J.N
♀
55
・パニック症候群
04
N.S
♂
53
・足蹠痛
・両膝関節痛
05
M.T
♀
39
・低髄圧迫症候群 ・胸痛
・四肢痛
17
-
06
H.I
♀
37
・両下肢痛・頭痛
・不安神経症 ・高血圧症
56
+
07
N.S
♀
36
・線維筋痛症
189
+
08
A.E
♀
36
・発熱(39℃以上 ) ・両下肢痛
・背部痛 ・脂肪肝
7
+
09
M.F
♂
32
・両側手 , 肘 , 関節痛
・うつ状態
68
+
10
M.H
♀
29
・帯状疱疹 ・大腸憩室 , 腹部痛
・全身痛
63
+
132
-
147
+
69
+
105
+
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
訴えるもの 6 例、
大腸症状を訴えるものは 2 例、
次に 3 症例について提示する。
低髄圧迫症候群、帯状疱疹各々 1 例、その他
症例 1
た。
Y.H(女性)55 歳
これらの 10 症例は既施設での治療にまっ
2001 年 10 月、
“ 朝の手のこわばり
“のため、
たく反応せず、病態が改善されないために、
某国立病院を受診したが、正常と言われた。
既治療薬の服用を中止した後に、アコニンサン
2002 年 1 月、関節痛のため同病院を受診、
錠(166.67mg)
9 錠を 1 日 3 回食後に内服した。
膠原病の疑いで検査したが正常と言われた。
主に大腸症状を訴える患者は女性に見ら
同年 2 月 1 日に再診、血尿のため泌尿器科
れ、腹部大動脈周囲に慢性線維性炎症をきた
で腹部エコー等検査したが正常と言われた。
すことがあり、その成因は、動脈硬化疾患と
その後、2月8日の再診では、性器出血の
関連した免疫の機序である。後腹膜線維症と
ため婦人科を受診したが、所見はなく、更年
言われており、治療としてはステロイドが良
期障害と診断された。
好とされているが、アコニンサン錠の投与に
さらに、2 月 15日に体温 37.8 度、めまい、
より、腹部の著しい疼痛は改善された。
全身的な関節痛の疼痛状態でつらいと言った
症例 10 では、まず帯状疱疹を発症し、さ
が、経過を見るようにいわれた。
らに大腸憩室と大腸性の激痛をきたした女性
2 月 18 日、右肘関節の脱力感、両股関節・
では、アコニンサン錠の投与のみで疼痛は消
膝関節の脱力感があり、疼痛も激しく整形外
失した。
科を受診し、腰椎すべり症と診断された。骨
アコニンサン錠投与前後に、CRP と RFを
シンチを受けたが正常と言われ、カネボウ人
測定したが、全例で検査値は正常範囲であっ
参養栄湯が処方された。
た(表 2)。
2006 年 3 月には“めまい”が強く、頭部か
表 2 CRP および RFの測定値
症例 No 患者名
CRP
治療前 治療後
RF
治療前 治療後
01
S.K
0.14
0.18
4
3
02
Y.H
0.00
0.04
14
12
2
03
J.N
0.02
0.02
1
04
N.S
0.27
0.18
3
1
05
M.T
0.02
0.04
1
1
06
H.I
0.05
0.08
4
0
07
N.S
0.08
0.04
3
2
08
A.E
1.21
0.04
(-)
(-)
09
M.F
0.04
0.02
4
3
10
M.H
0.03
0.18
5
12
171
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
の症状では C 型肝炎、脂肪肝、不眠などがあっ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
ら水が流れ落ちる感じ、骨が焼けている感じ、
状の所見より線維筋痛症としてカネボウ人参
全身の関節が痛む、下半身の痺れ感などがあり、
養栄湯(7.5g/日)を処方したが改善せず、ア
MRI と MRA で検査が行われ、パニック症
コニンサン錠(9 錠 /日)を処方、その後疼痛
候群と診断され、パキシル錠 10mg/日を追
状態は改善された。
加処方された。
2006 年 3 月中旬、食欲がない、右肩関節痛、
症例 3
両上腕の上げ下げが不可能等の愁訴により、
N.S (男性)52 歳
当院内科受診。まず、電解質液、ビタミン類
2007 年 1 月、前年の秋ごろから右第二指
で様子を見たが症状の改善は見られず、アコ
の関節痛、手指全体の疼痛の持続、さらに両
ニンサン錠 9 錠 /日を投与した。2 週間目に
手肘、両膝関節痛、左足踵の疼痛の激化、ま
は気持ちが良くなり、家事も出来るようにな
た歩行が不可能になってきたので、当院内
り、関節の腫脹、疼痛も改善された。
科でリウマチの疑いで臨床検査を行ったが、
2006 年 4 月、気持ちが良くなり、気分が落
RF 3、ANA 14.7、CRP 0.29mg/dl 等 ほ ぼ 正
ち着き、痛みも不眠も改善された。
常範囲であり、放射線の検査でも異常は認め
2006 年 8 月、関節痛や不眠状態は少し有る
られなかった。
が、良好である。
アコニンサン錠 9 錠 / 日の投与を開始、1 月
末には関節痛などの軽減が見られ、その後 4
症例 2
月には歩行への改善があり、全体として良好
J. N(女性)54 歳
に推移している。
2003 年 5 月“ 首の痛み”で某大学病院受診、
10 月には両下肢痛、両手関節痛、手指の痛
考 察
みで更年期障害と診断され、さらに心悸亢進
FM は、びまん性疼痛を主症状とする疾患
のため甲状腺検査を受けたが異常は認められ
である。また FM は疼痛とともに、うつ病、
なかった。
睡眠障害などの精神症状を併発、我々の経験
2003 年 11 月、首筋のしこり、頭重感、頭
では過敏性腸症候群といわれる腸そのものに
痛、めまい等にて頭部 CT、ECG 腹部レント
実体の明らかでない症状を合併する事も多
ゲン、臨床検査も受けたが、頚椎所見、血圧
い。また、自己免疫疾患と共存していること
も 140/90mmHg と正常であったが、ロキソ
も多く、米国ではリウマチ外来を受診する患
ニン 6 錠が処方され、自律神経失調症として
者の 2 ~ 20% が FM といわれている。わが
神経内科を紹介された。
国においても、本症の実態は殆ど把握されて
2007 年 5 月、 蕁 麻 疹 の た め 皮 膚 科 受 診、
いないため、治療についての指針も残念なが
ANA160x のため、シェーグレン症候群の疑
ら確立されていない。
いで当院内科を受診。外来時は右上腕、右膝
感染症や自己免疫疾患は炎症反応を伴う。
関節、両下肢の関節の疼痛などと頭痛があっ
炎症反応または組織破壊が進行していることを
た。RF 1、ANA 11.6、CRP 0.02mg/dl、 症
モニターするには、発熱、
CRP、
赤沈が 役に立つ。
172
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
これらのパラメーターのうち、生理的状態
8 症例で疼痛を含む臨床症状の改善が見ら
では必ず正常値であり、病的変化はすばやく
れた。全例で血液検査、身体的な検査での数
反映される。CRP の上昇は、数値の程度に
値は正常範囲であった。また、有害事象は認
よらず病的であり、組織破壊される外傷、手
められなかった。
術、熱傷、悪性腫瘍、臓器梗塞、骨折などは
この値が上昇する。今回検討した FM の症
例では CRP は陰性であった。また ANAでも
全例陰性であった。
一方 RF 陽性は、RAの有力な診断根拠と
なるが、
他の膠原病にも陽性例が多い。また、
健常人でも RF 陽性となり関節症状を呈する
常値範囲であり、アコニンサン錠投与中に上
昇することはなかった。
まとめ
今回疼痛を主愁訴として多彩な臨床症状を
呈する FM と診断された 10 症例にアコニン
1)
村上正人 ほか : リウマチ性疾患とストレス . ストレ
ス科学, 14 : 58,1999
2)
Wolfe F, et al .:The prevalence and
characteristics of Fibromyalgia in the general
population. Arthritis Rheum 38:19,1955
3) Bradley LA, et al .: Fibromyalgia, Arthritis and
Alled Conditions.Williams & Wilkins, Baltimore.
:1619,1996
4)
西岡真樹子 ほか : 線維筋痛症の病態と概念 . 日本
医事新報 .No4177,2004
5) 岡 寛 ほか : 線維筋痛症 . 総合臨床 ,92:2916,2008
6)
Wolfe F, e t a l . : The A m e r i c a n College o f
Rheumatology 1990, Criteria for the
classification of Fibromyalgia. Arthritis Rheum
33:160,1990
サン錠を投与検討した。
173
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
こともある。今回の使用例検討では RFは正
参考文献
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
21)肩夜間痛に対するアコニンサン錠の使用経験
1)
宏善会諫早記念病院 整形外科 、同 リハビリテーション科
1)
木村和也 、本田俊介
2)
2)
圧術施行。以後痛みは軽減していた。平成
22 年 2 月頃、仕事で肩を強く使った日は夜間
肩関節の夜間痛や明け方の痛みはよく経験
痛が強く、鎮痛剤、眠剤服用しても夜間目覚
する訴えであるが、鎮痛剤を服用してもあま
め睡眠不良となる。ツムラ 53(疎経活血湯)
り改善が得られない例も多い。今回肩関節の
5gと、ツムラ 78(麻杏薏甘湯)5g を1日2回、
夜間痛に対し、駆於血剤にアコニンサン錠を
ツムラ 105(通導散)5g とアコニンサン錠 2T
併用して夜間痛が消失した例を経験したので
の眠前服用を開始し、夜間痛はほぼ消失し睡
報告する。
眠良好となる。
症例と経過
考 察
症例は 38 歳男性、板金加工業。主訴は左
肩の夜間痛は睡眠障害を引き起こし、本人
肩痛。病歴として、平成 21年 4 月頃、左肩挙
にとっては大きな ADL 障害となる。夜間痛
上時痛を生じる。MRI 所見にて、肩峰下の
例の MRI 所見では、図 1、図 2 の様に、T2
インピンジメント症候群があり鏡視下肩峰徐
強調 像 で 腱 板 表 層 に 高信号が見られ 水 分
図 1 左肩甲骨面断面図 MRI 所見
図 2 左肩矢状面断面図 MRI 所見
175
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
はじめに
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
の貯溜が示唆され、関節鏡所見では充血が見
られる。漢方的には、於血と水毒と考えられ
る。水の貯溜は冷えを誘発し、これが痛みを
増強させると思われる。駆於血剤で於血に対
処し、温熱、鎮痛、利水作用のあるアコニン
サン錠を加える事は、ADLを大きく害う肩
の夜間痛に対し試みる選択肢の一つと思われ
た。
176
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
22)神経障害性疼痛に対して近赤外線照射と加工ブシ末(アコニンサン錠)
が有効であった症例
鶴見大学歯学部 歯科麻酔学講座
1)
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 麻酔・生体管理分野
1)
三浦一恵 、深山治久
2)
2)
症 例
口腔領域の神経障害性疼痛は、患者にとっ
症例 1
て不快で耐えがたいものであるが、明確な診
52 歳 女性
断基準がなく、適切な治療法も確立されてい
主 訴:左側上下顎歯肉の痛み
ないため、治療に難渋することが多い。
現病歴:1 年半前、上下顎骨隆起が気になり、
今回、口腔内の外科的治療に伴って神経障
口腔外科で切除術を受ける。その後、同部位
害性疼痛を発症した患者に対して、近赤外線
のひっぱられるような痛みを主治医に訴え、
照射 と 加 工ブシ末(アコニンサン錠)を投与
メコバラミンを半年間内服するが、改善がな
して、疼痛の緩和が得られた 3 症例を経験し
いため当科へ紹介される。
たので報告する。
現 症:全身状態は良好。口腔内に異常所見
なし(図 1)
。痛みの部位は左側上下顎で日に
図1
左は術前の口腔内写真である。上顎および下顎の骨隆起がみられる。
右は術後の口腔内写真である。歯および歯肉に痛みの原因となる器質的な異常は認められない。
177
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
よって変動し、ジンジンした持続性疼痛を訴え、
症例 3
四肢冷感、近親者の介護疲れから肩こり、不
48 歳 女性
眠など日常生活に支障をきたしていた。
主 訴:右上顎前歯部歯肉の痛み
診断名:骨隆起切除術による神経障害性疼痛
現病歴:4 年前、他院で右上顎側切歯の根管
経 過:3 か月間、星状神経節ブロックを行
治療を 7 か月行っても痛みが治まらなかった
い、疼痛が強度から中等度にやや軽減した。
ため、歯根端切除が行われた。術後、同部の
冷えがあるためアコニンサン錠内服と近赤外
ジーンとした持続性の痛みがあり、歯科にて
線による星状神経節近傍照射により、疼痛は
歯周治療を行うも痛みの改善はなく、当科紹
軽度になり、冷え、肩こり、不眠も改善した。
介となる。
現 症:全身状態は良好。口腔内も異常所見
症例 2
なし。痛みは口腔内だけでなく頭痛を伴うこ
50 歳 女性
ともあり、日常生活に支障をきたしていた。
主 訴:左 オトガイ部の し び れ と左側下顎
診断名:歯根端切除術による神経障害性疼痛
の痛み
経 過:治療は 3 か月間、星状神経節ブロッ
現病歴:4 年前、他院口腔外科にて左下顎嚢
クを行うも、疼痛は軽減しなかった。家族と
胞摘出術後、左オトガイ部の感覚がなく、メ
のトラブルで疼痛は増強したため、パロキセ
コバラミン、当帰四逆加呉茱萸生姜湯を処方
チンを内服させるが、副作用のため中止した。
される。触覚は回復してきたがビリビリした
冷えにより痛みが増強するためアコニンサン
持続性の疼痛を伴うようになり、会話、食事
錠を内服させ、近赤外線による局所照射によ
に支障をきたす。治療法を求めて、自ら当科
り、患者の QOL が改善した。
を受診する。
現 症:全身状態は良好。口腔内に異常所見
考 察
なし。
左オトガイ部の触覚閾値はSWテスト、
神経障害性疼痛は、慢性難治性疼痛として
ニューロメータで右同部と変化なく異常な
広く知られているにもかかわらず、その実態
し。痛みの原因となる器質的な変化はなし。
については不明な点が多く、診断と治療には
診断名:下歯槽神経損傷による神経障害性疼
苦慮する。当科では口腔外科手術後に起きた
痛
口腔内の神経障害性疼痛に対して、星状神経
経 過:治療は局所の循環改善のために近赤
節ブロック、薬物療法、理学療法、東洋医学
外線による星状神経節近傍照射を行った。
的治療を行っている 1 〜 3)。
2 か月後、実父の死により、母親の世話をす
今回の症例は症状発現してから当科に来る
ることになり、疲労、肩こりを訴えた。冷え
までの経過が長かったため、星状神経節ブ
により痛みが増強することよりアコニンサン
ロックは行わなかった。3 例に共通する経過
錠を内服させたところ、痛みは強度から中等
および症状は表 1 の通りである。身体的な痛
度になった。
みだけにとらわれず、心理社会的因子も考慮
して面談を行った。
178
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 1 3 例に共通する経過および症状
1 中年の女性に発症した
2 痛みは「重いような」
「ひっぱられるような」
「しびれたような」と表現された
3 痛みによる障害は身体的側面だけでなく、気分も高度に障害されていた
4 家族の介護の問題をかかえており、痛みはその負担を感じると増強していた
近赤外線照射は、疼痛や知覚過敏の緩和、
局所血行の改善、炎症の軽減、創傷の治癒促
進効果がある 4)。患部の直接照射のみでなく、
奮を抑制する効果もある。アコニンサン錠は
抗炎症作用、血行改善作用、強心・利尿・鎮
痛作用があり、体を温めて痛みを改善する 5)。
3 例とも中年以降の女性で冷え性であっ
た。したがって、両者の温める効果により痛
みは改善されたと考えられた。
1)三浦一恵,深山治久:口腔内の慢性疼痛患者に
対して加工ブシ末(アコニンサン錠)が有用であった
3 症例 . アルカロイド研究会会誌 , 33:161-163,2007
2)三浦一恵,戸出一郎,別部智司,深山治久:鍼治療と
立効散が奏効した抜歯後疼痛の一例 . 痛みと漢方,
20:77-80,2010
3)三浦一恵:インプラント手術後の神経障害 . 歯界
展望 , 108(6)
:1169-1174,2006
4) 片岡洋祐:神経組織における低反応レベルレー
ザーの作用機序.ペインクリニック, 30(1)
:53-58,2009
5)大山口藍子ら:口腔顔面痛に対する加工ブシ末
製剤の有用性 . 日歯麻誌 , 37(5):580-581,2009
結 語
口腔内の神経障害性疼痛に対して、近赤
外線照射とアコニンサン錠の内服は有効で
あった。
179
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
星状神経節近傍照射も行われ、交感神経の興
参考文献
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
23)舌痛症に対する加工ブシ末製剤の臨床効果
玉造厚生年金病院 歯科・口腔外科
原田利夫、野津一樹
受診し、舌痛症と診断された症例のうちア
コニンサン錠Ⓡ を投与された 15 例(女性 12
舌痛症は舌及びその周辺に疼痛を訴えるが
例、男性 3 例、平均年齢 61.6 歳)である。治
器質的変化の認められない疾患をいい、日常
療効果の判定には Visual Analogue Scale
臨床上、歯科口腔外科領域において比較的多
(VAS)を用い、VAS による疼痛変化で投与
く遭遇する疾患である。その背景に心因的問
前と比べて 50% 以下になったものを有効、
題が存在する症例もあり、診断や治療に苦慮
25% 以下を著効と判定した。
することも少なくはない。従って、この疾患
に対する治療は多方面からの試みも必要であ
結 果
り西洋医学的アプローチのみの一辺倒の治療
1)性別、年齢別頻度
では良好な結果が得られないと考えられる。
性別では男性 3 例、女性 12 例で、男女比
加工ブシ末はトリカブト属植物の塊根・ア
1 対 4 と圧倒的に女性が多かった。年齢は 50
コニチン系アルカロイドであり、古来、神経
歳台から 70 歳台が 8 割を占めた。
痛や冷え性などの改善に用いられてきたこと
2)アコニンサン錠Ⓡの投与量
が知られている。今回、当科において舌痛症患
アコニンサン錠Ⓡの投与量は各症例 3 錠~
者に対して薬物療法として加工ブシ末製剤
9 錠 / 日で、投与期間は 3 週間から 24 週間
(以下アコニンサン錠Ⓡ)を投与し、その臨床
であった。効果発現は早い患者で 1 週間、最
病態像および本剤の治療効果について臨床的
長 5 カ月で認められた症例もあった
( 表 1)。
検討を行ったので報告する。
3)治療効果
対象と方法
治療効果は症例の 73.3% に症状の消失また
は軽減がみられた(著効 7 例(46.6%)、有効
対象は 2005 年1月から2009 年 12 月までの
4 例(26.7%)、 無 効 4 例(26.7%))
( 図 1)。
5 年間に玉造厚生年金病院歯科・口腔外科を
また、副作用としては全例に全く症状の訴え
181
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
はじめに
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 1 当科における加工ブシ末製剤を投与した舌痛症患者一覧
図 1 加工ブシ末製剤の治療効果
A:舌苔を伴う舌炎
B:舌カンジダ症
図 2 舌痛症と鑑別すべき舌病変
がなかった。
考 察
る報告は少ない。しかるに、歯科・口腔領域
の疾患の特徴として、痛みによる生理的・作
業障害 1)をみると心理的・社会的要因と深
加工ブシ末は古来漢方薬として鎮痛、強心、
い関係をもつものが多くみられる。とりわけ
利尿や虚寒症患者の新陳代謝賦活に用いられ
舌痛症はその特徴を具備していると考えられ
てきたが、口腔顔面領域の疼痛性疾患に関す
る。そこで、舌苔を伴う舌炎や舌カンジダ症
182
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 2 当科で行っている疼痛性舌病変に対する治療
表 3 舌痛症の特徴
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
表 4 当科における舌痛症の臨床的観察
などと舌痛症を鑑別(図 2)すべく、当科で
るものはその中に含まれるメサコニチンと考
は表 2 に示すような手順で疼痛性舌病変に対す
えられており、その作用はプロスタグランジ
る治療を試みている。これらの試みの結果、
ン生成阻害によるものではなく、麻薬性鎮痛
先人の見解に加えて舌痛症の特徴(表 3)や
薬とは異なる中枢性の作用によるものである
当科における臨床的観察(表 4)をまとめる
と述べている。また、舌の微小血管の血流障
ことが可能となった。このような結果から、
害が舌痛症の病因の一つであるとする報告 4)
われわれは本剤の生薬としての薬効を勘案
もありメサコニチンの血流改善作用により舌
し、舌痛症に対して今日まで行なってきた西
痛の緩和が得られている可能性も考えられ
洋医学的アプローチに加えて、副作用も少な
る。このような考察を踏まえて、アコニンサ
く長期的投与が可能な点に着目した
。
2)
村山ら 3)は加工ブシの鎮痛作用を示す主た
ン錠Ⓡの投与によって舌痛症に対する比較的
高い有効率が示されたことから、本剤の内服
183
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
投与は前回の本誌への発表よりさらに一歩進
めて舌痛症に対する治療に加えられるべき治
療法の一つであるとの確信が得られた。
結 語
日常の臨床において比較的よく遭遇する顎
顔面痛のうち舌痛症の臨床病態像ならびにこ
れに対する加工ブシ末製剤(アコニンサン錠 Ⓡ)
の治療効果について臨床的検討を行った。本
剤の内服投与は比較的高いその有効率から、
しばしば治療に苦慮する本症に対する治療に
加えられるべき治療法の一つであるとの結論
が得られた。
184
参考文献
1) 佐々木元賢編:口腔外科学 , 都 温彦;口腔心
身症 . 413 - 418, 1995
2) 原田利夫 , 竹中暁恵 , 野津一樹 , 他:加工ブシ末
製剤による舌痛症ならびに特発性三叉神経痛の
治療~その効用に関する検討~ , アルカロイド研
究会誌 , 33:141-146, 2007
3)
村山光雄 , 並木理乗:加工ブシ末の薬理学的 研 究 .
日薬理誌 , 94:309-317, 1989
4) 白川 愛:舌 痛 症 の 身 体 要 因の 研 究 . 日口科誌 ,
48:291-303, 1999
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
24)口腔顔面痛に対するアコニンサン錠 ® の有用性
大阪大学歯学部附属病院 歯科麻酔科
河野彰代、大山口藍子、吉田好紀、瀧 邦高、杉村光隆、丹羽 均
た患者はブシ製剤の非適応と考え、アコニン
口腔顔面領域における慢性疼痛のなかには
サン錠 Ⓡの投与は行わなかった。アコニンサン
非歯原性疼痛が多く、原因不明でしばしば治
錠 Ⓡ の効果判定については、3 ヶ月以上投与
療に苦慮するものが認められる。そこで西洋
した患者に対して、投与開始後 3 〜 4 ヶ月後
医学的治療だけではなく、鍼や漢方薬など東
に判定を行い、疼痛が消失したものを著効、
洋医学的アプローチも多く用いられている。
軽減したものを有効、変化がなかったものを
今回、我々は、古くから鎮痛作用を有する
無効とした。
ことが知られているブシを主成分とするアコ
調査項目は、各患者の①疾患②性別③年
ニンサン錠 の口腔顔面痛に対する有用性を、
齢④東洋医学的病態(気血弁証および八綱
疾患・性別・年齢・東洋医学的病態(証)お
弁証)⑤副作用について、診療録をもとに
よび副作用について調査したので報告する。
retrospective に調査した。また、他の薬物
Ⓡ
対象・方法
療法、神経ブロックや鍼治療などを併用して
いる患者に関しては、アコニンサン錠Ⓡの有
対象は平成 17 年 1 月から平成 20 年 12 月に、
効性の評価に影響を及ぼす様な併用療法の条
口腔顔面痛を主訴に大阪大学歯学部附属病院
件の変更がある場合は除外した。東洋医学的
歯科麻酔科ペインクリニック外来を受診し、
病態(証)の決定には、寺澤のスコア 1)と東
疼痛緩和のためアコニンサン錠Ⓡ(加工ブシ
洋医学的問診表を用いて決定し、患者によっ
末として1日量 1.0 〜 1.5g)を投与された 40
ては一人で複数の証を呈する者もいた。
名。これらの患者のほとんどは西洋医学的治
療を受け、
十分な効果の得られなかった患者、
結 果
あるいは西洋医学的治療が副作用のため継続
①疾患
できなかった患者であった。また、極度の暑
疾患別にアコニンサン錠Ⓡの有効性を調べ
185
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
がり・のぼせ・赤ら顔などの強い熱証を呈し
緒 言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
たところ、三叉神経痛では 14 例中著効 2 例、
③年齢
有効 10 例、
無効 2 例、舌痛症は 3 例中有効 3 例、
年齢区分は厚生労働省の区分を用いて 25
非定型顔面痛は 23 例中著効 3 例、有効 10 例、
歳~ 44 歳を壮年期、45 歳から 64 歳を中年
無効 10 例であった(図 1)。
期、65 歳以上を高年期に分類したところ、年
齢別では、40 例中、壮年期が6例、中年期が 13
例、高年期が 21 例であった(図 4)。著効・
有効例は壮年期では6例中 4 例(67%)、中
年期では 13 例中 10 例(77%)、高年期では
21 例中 14 例(67%)であった(図 5)。
図 1 疾患と有効性
②性別
40 例中男性 12 例、女性 28 例と女性が 70
%を占め(図 2)、それぞれの著効・有効例を
合わせた人数の割合は、男性が 12 例中 9 例
(75%)、女性 28 例中 19 例(68%)で有効率
に男女差はほとんどみられなかった(図 3)。
図 4 年齢
図 2 性別
図 5 年齢と著効・有効率
④東洋医学的病態(証)
アコニンサン錠Ⓡ の有効性は、著効・有効
例を合わせて、気虚が 20 例中 12 例(60%)、
気鬱が 11 例中 7 例(64%)、気逆が 11 例中
図 3 性別と著効・有効率
186
全例(100%)、血虚が 18 例中 12 例(67%)、
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
瘀血が 15 例中 9 例(60%)、水滞が 12 例中
られる 2)。また、三叉神経痛の主な治療法で
8 例(67%)、寒証が 12 例中 10 例(83%)、
あるカルバマゼピンの投与・神経ブロックや
熱証が 5 例中 3 例(60%)であった(図 6)。
神 経 血 管減圧術が 患 者の年 齢や副 作 用から
高い有効性を認めた気逆証の患者 11 例の
選 択できない場合、アコニンサン錠 ®の投
うち、
ブシの適応である寒証の患者は3例で、
与が有効であると考えられる。また、舌痛症
逆にブシの投与が不向きとされる熱証の患者
の症例数は少ないのだが、3 症例全てにアコ
も3例含まれていた。
ニンサン錠 Ⓡ が有効であった。舌痛症は原因
不明で精神的要因の関係する症例が多く、不
定愁訴を随伴することが多い。このような舌痛
症の抑うつ症状に対してアコニンサン錠Ⓡ の
抗うつ作用が有用である 3)との報告もある。
アコニンサン錠 Ⓡ が有効で、ある程度の鎮痛
効果は期待されると考える。
図 6 東洋医学的病態(証)
と著効・有効率
今回の対象患者は、女性および 65 歳以上
の高年期が多くを占めていた。高齢者では、
⑤副作用
侵襲的治療による合併症や西洋薬による副作
40 例中、顔面のほてり 3 例、のぼせ 1 例、
用が懸念されるが、漢方治療はそれらの危険
頻脈 1 例の計 4 例に加工ブシ末の副作用と考
性を軽減できる可能性があり 4)、関心の高い
えられる症状が見られたが、いずれの症例で
治療法と考えられる。また、今回の結果から、
も投与量の減量にて副作用は消失し、その後
アコニンサン錠 Ⓡ の著効・有効率は、中年期
も継続して服用することが可能であった。ま
の患者で高い傾向にあった。これは、女性に
た効果判定時には、いずれの症例でも、アコ
おける更年期がこの中年期に含まれ、更年期
ニンサン錠 の効果は著効・有効性を認めた。
でのホルモンバランスの失調や動脈硬化によ
Ⓡ
考 察
る微小血管循環不全(瘀血)5)による不定愁訴
に対して、ブシの体を温め、血行を良好にする作
今回、三叉神経痛に対する、アコニンサン
用により改善された可能性が考えられる。
錠 の著効・有効率は 86%であった。三叉神
東洋医学では、患者の証にあわせて漢方薬
経痛では「風に当たるだけでも痛い。」とか、
を投与するというのが一般的である。ブシの
Ⓡ
「寒いと痛みが強くなる。」と訴える患者が多
作用としては、体の新陳代謝を高め、体を温
い。また、経口・水分摂取が困難になり、な
める。また、疼痛性疾患の鎮痛・水分循環改
おかつ痛みのために交感神経の緊張が起こる
善作用がある。適応としては、冷えを伴う虚
ため手足が冷たいことが多い。このような症
弱な人(虚証・寒証)の人に用いられる。今回、
状に対して、ブシの体を温める作用や水分循
東洋医学的病態について調べたところ、寒証
環改善作用が効果を示すのではないかと考え
の患者の著効・有効率は 83%とやはり高い
187
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
非定型顔面痛に対しては、半数以上に対して
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
傾向を示した。また、気逆証の患者において
は全例に対して有効であった。気逆証は、本
結 語
来、上半身から下半身へめぐるべき「気」が
口腔顔面領域の疼痛に対するアコニンサン
逆流することによって、冷えのぼせ(頭はの
錠 Ⓡ の有用性を検討した。口腔顔面痛全体に
ぼせるが、手足は冷える)や顔面紅潮などが
対する有効率は 70%であった。アコニンサ
起きている状態である 6)。この気逆証に対
ン錠 Ⓡ は疾患にかかわらず、中年期の寒証と
してブシを投与することにより、四肢の冷え
気逆証を呈する患者に特に有効性を認めた。
を取り、熱が体全体に分配され、のぼせが改
善されたと考えられる。今回の結果より、証
とアコニンサン錠 の有効性に関しては、手
参考文献
Ⓡ
足の冷えがみられる寒証や気逆証を呈する口
腔顔面痛患者で特に効果があることが示唆さ
れた。
一方で、ブシの副作用としてのぼせや顔面
のほてりが見られることもあり、このような
場合はアコニンサン錠 の投与量を減量する
Ⓡ
などの注意が必要である。有効性が認められ
れば、投与量を調節することによって、長期
に服用し続けることも可能である。
188
1) 寺澤捷年:症例から学ぶ和漢診療学 . 医学書院 ,
東京 : 16-85, 1994
2) 堀口勇 , 大竹哲也 , 他:三叉神経痛に対して漢方
薬が有効であった症例の検討 . 日東医誌 , 54(2):
383-386, 2003
3) 北原朋広:舌痛症における加工ブシ末単独療法
の検討 . 日歯東洋医誌 , 24(1.2): 9-11, 2005
4) 富田美佐緒:ペインクリニックにおける漢方療
法 , 新潟 , 医学会雑誌 , 120(10): 553-557, 2006
5) 日本東洋医学会学術教育委員会編:入門漢方医
学 , 南江堂 , 東京 : 62-67, 2002
6) 日本東洋医学会学術教育委員会編:漢方医学テ
キスト, 南江堂 , 東京 , 20-22, 2008
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
25)過去 4 年間のアコニンサン錠投与症例についての検討
琉球大学医学部高次機能医科学講座 顎顔面口腔機能再建学分野
砂川奈穂、牧志祥子、新垣敬一、新崎 章、砂川 元
患者に対しアコニンサン錠投与を行ってい
口腔異常感症や舌痛症のように口腔内不定
る。アコニンサン錠の主成分はアコニチン、
愁訴を主訴とし、口腔外科外来を受診する患
メサコニチン、ヒポアコニチン、ジェサコニ
者数は近年増加傾向にある。その発症が明ら
チン等アコニチンアルカロイドで鎮痛作用、
かな器質的な変化を伴わない為に、病態を特
抗炎症作用を有しており、その鎮痛作用は大
定することが困難であり、他医療機関を転々
脳皮質機能の抑制やオピオイドレセプターと
と受診される患者も少なくない。
作用するモルヒネ等と異なり中脳や延髄にあ
これら疾患は、口腔内の乾燥感、ザラザラ
る中脳水道灰白質、下行性抑制系の賦活によ
感やネバネバ感、舌痛などの異常感を訴える
るとされている 。すでに帯状疱疹後の神経
が、その症状に見合うだけの身体的変化が認
痛や関節リウマチ、三叉神経痛、癌性疼痛や
められない状態を口腔異常感症といい、また
更年期の不定愁訴等に有効であると報告され
舌のヒリヒリ擦り切れるような痛みや燃える
ているアコニンサン錠であるが、原因不明で
ような灼熱感を訴えるが、視診や触診などに
ある口腔内異常感症や舌痛症に対して有用で
よって器質的な変化が認められない慢性的な
あるかについて、今回過去 4 年間の投与症例
痛みの状態を舌痛症と定義づけている。誘因
から検討を行った。
として軽度のうつ状態、まじめ、几帳面な性
格、癌恐怖症を生じるような身近な体験など
2)
2.対象および方法
心理社会的因子などがある。中年から初老期
2006 年 1 月から 2009 年 12 月までに口腔
に多く、舌縁や舌尖部そして舌脊部に発生し
内不定愁訴を主訴に琉球大学医学部附属病院
やすいといわれているが、疼痛部位が同時多
歯科口腔外科を受診し、表1のフローチャー
発性に発生する場合もある。また非労作時に
トに沿って口腔異常感症または舌痛症と診断
1)
疼痛が増強するのも同疾患の特徴である 。
された 183 症例のうち、アコニンサン錠を投
189
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
当科では 2006 年より舌痛症と診断された
1.序 説
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表1
与した 40 症例について検討を行った。 治療効果の判定には Visual Analogue Scale
3)
(VAS)を用い、北原ら の評価法をもとに投
与前と比較し、
50%以下となったものを有効、
25%以下を著効とした。
アコニンサン錠の投与量は各症例9錠/日
(加工ブシ末で 1,500mg/日)を基本とした。
3.結果および考察
口腔異常感症もしくは舌痛症と診断されア
図 1 総症例数およびアコニンサン錠投与症例数
コニンサン錠を処方内服した 40 症例は女性 33
例、
男性 7 例、
平均年齢 65 歳であった(図1)
。
アコニンサン錠内服による副作用として頻
尿(1 例)
、頭痛(1 例)、動悸(1 例)を認め
た。アコニンサン錠投与症例のうち、著効が
15 例(37.5%)
、有効は 7 例(17.5%)、無効
は 18 例(45%)であった(図2)
。
アコニンサン錠投与期間は最低 7 日間から
最大 272日間で、著効症例は平均 101.1日、有効
症例は平均 81.6 日、無効症例は平均 32.2 日
190
図 2 各年の治療成績
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
間であった(図3)
。
アコニンサン錠無効症例の7割が基礎疾患
を有し、またその 5 割以上に精神疾患を認めた
(図4)
。口腔異常感症または舌痛症に対して
のアコニンサン錠投与は、投与症例の 5 割 に
著効もしくは有効の効果を認めた。また、無効
であった症例も投与期間を延長すれば、効果
を得る可能性もあると考えられる。しかし無効
であった症例はうつ病や統合失調症の随伴症
状である可能性が高い為、疼痛に対して精神
図 3 各治療効果の平均的なアコニンサン錠投与期間
科的なアプローチも必要であると考えられる。
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
4.結 語
過去 4 年間において口腔内異常感症または
舌痛症患者 40 症例に対しアコニンサン錠を投与
した結果、臨床的に良い結果が得られた。有
効以上の結果を得る為には約 3 か月の投薬期
間が必要であるが、その副作用出現頻度は少
ない為、
同疾患に対し有用な治療方法である。
図 4 アコニンサン錠無効症例における基礎疾患別割合
引用文献
1)柿本泰明:JOHNS 23(7): 994-1000, 2007
2)松本 勲:漢方と最新治療 4(2):157-162, 1995
3)北原朋広:舌痛症における加工ブシ末製剤単独
療 法 の 検 討 . 日 本 歯 科 東 洋 医 学 会 誌 42:123-128,
2005
191
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
Section Ⅳ
一般演題・示説
26)医薬品ラベル表示及び包装に関する考察
~医療安全管理の視点から~
公立大学法人横浜市立大学附属病院 薬剤部
古川大輔、内藤えりか、鈴木太一、小池博文、西川能治、有山良一
により先発医薬品の弱点を改良した付加価値
適正に製造された医薬品が適正に使用されな
の高い製品がある。
ければならず、そのためには有効成分の効果
横浜市立大学附属病院における後発医薬品
や製剤としての品質のみならず、名称・表示・
の選択基準項目として従来からの、後発医薬
容器・包装を含めたあらゆる視点から安全性
品への切り替えによりもたらされる経済効
が確保されたものでなければならない。しか
果、医薬品の品質、医薬品の安定供給能力、
し実際には医薬品の効果や品質以外は軽視さ
製薬会社の情報提供能力に加えて、医療事故
れる傾向にあり、安全管理上の視点が十分で
防止対策および識別性を配慮した医療安全対
ない製品が数多くみられるのが現状である。
策、患者および医療従事者の利便性を配慮し
病院においては、医薬品は薬剤師、医師、看
たユーザビリティが重要項目として挙げられ
護師だけでなく、ME、看護助手や物流職員
る(図 1)。特に注射剤は直接体内に注入さ
など多くの職種が関わっており、実際の取り
れることから、速効性や確実性が期待でき有
扱いに関しては、かなりの部分を専門外の職
種に依存している。また、新採用の看護師や
研修医など毎年の異動も多く、医薬品を熟知
して扱い慣れている職員ばかりでないのが現
状である。このような状況下で医薬品の適正
使用を確保するためには、医薬品自体に何ら
かの医療事故防止対策がとられることが必要
である。先発医薬品の安全対策に関する改善
が思うように進まない中で、後発医薬品のな
かには医療現場の意見を反映し、医療事故防
止の観点から包装・表示などを工夫すること
図 1 医薬品ラベル表示の重要性
193
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
医薬品が期待された効果を発揮するには、
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
用性が高いが、一方、誤って投与した場合の
の規制区分を、処方や治療に携わる医師では、
危険性も高いため、ラベル表示においては特
薬効タイトルや成分を重要視している傾向が
に配慮されるべきであると考えられる。そこ
あった。一方、会社名や会社の住所を選択し
で今回、医療従事者を対象に注射剤のラベル
たものはいなかった(図 3)。また製薬会社の
に表示されている項目のうち何を重視してい
MR が重要と考えている項目も医療従事者が
るかアンケート調査を実施した(薬剤師:125 名、
考えている項目と同じであった。しかし、実
医師:44 名、看護師:110 名、MR : 53 名)。
際の製品を調査してみると医療現場で必要と
アンケート調査の内容は、注射薬ラベルに主
されていない会社名やロゴマークが重要な項
に表示されている 13項目のうち、重要と考
目よりも大きく表示されている製品が非常に
える上位 5 項目を選択し、1 番から 5 番まで
多く、医療現場のニーズにあったラベル表示
順位をつける形式とした(図 2)。アンケート
がされていないのが現状である。取り違え事
調査の結果、各職種とも商品名、規格、使用
故が生命に直結する医薬品ではアンプルや
期限を最重要視しており、それ以外の項目に
バイアル等の容器、錠剤やカプセルの PTP
ついては各職で異なり、注射薬の調製や管理
シート、分包散剤・液剤等の限られたスペー
に携わる看護師では、貯法や麻薬・毒薬など
スの中で、薬事法等で規制される項目を記載
図 2 注射薬ラベルに関するアンケート
194
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
品名が長くなることで文字が小さくなり、従
防止対策が採られることが求められる。その
来品に比べて識別性が低下している製品もあ
ためにも製薬会社は会社名の表示を最小に控
る。このようにラベルへの記載項目の追加に
え、限られたスペースの中で医療事故防止の
より、ラベル表示の工夫にも限界があるた
観点からフォントサイズや色調の組み合わせ
め、薬事法上の表示義務項目の見直しや、特
などを工夫し、識別性を高めることに取り組
に注射剤については現在 2mL 以下のアンプ
んでいただきたい。また、厚生労働省は医療
ルに対して認められている一部の表示項目の
事故防止を目的にバーコード表示や製品名を
省略や簡略を、すべてのアンプルやバイアル
ブランド名 + 剤型 + 含量(または濃度)とす
に対しても適応するといった規制の緩和が必
ることを義務化した(薬食安発第 0915001号
要であると考えられる。さらに、これからは
「医療用医薬品へのバーコード表示の実施に
ラベル表示だけでなく、包装形態や容器自体
ついて」
、薬食発第 0602009 号「医薬品関連
に独自性のデザインを加えることも識別性や
医療事故防止対策の強化・徹底について」)。
ユーザビリティの向上に必要であると考えら
しかし、バーコード表示が新たに追加された
れる。特に後発医薬品については単に先発医
ことで、製品名などの表示面積が縮小し、製
薬品と似せるのではなく、先発医薬品の欠点
図 3 各職種における上位 5 項目の内訳
195
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
しつつ、医療現場の実態を踏まえた医療事故
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
を補った製品の開発が望まれる。
は包装を外さずに調剤をして患者に渡すこと
ピロー包装は薬事法上、内袋として位置づ
がある。そのため薬剤師の正確な調剤、患者の
けられ医薬品の直接の容器や被包にあたらな
正 確 な 服 用のためには、「製品名」、「規格」、
いため、記載義務に関する規制は受けない。
「包装単位」、
「貯法」のピロー包装への表示
一般に医療現場においては、調剤の迅速化や
は必須である。また「使用期限」
は医薬品を適
省スペース等のために、個装箱から医薬品を
正に保管管理するうえで必要な情報で あ る。
取り出し、ピロー包装あるいはピロー包装か
以前、開局薬剤師および病院薬剤師を対象に
ら出したヒートシール包装の状態で、調剤棚
実施したピロー包装に表記されている項目の
などに充填・保管することが多い。しかし、
中で重要だと考える項目を選択する調査で
個装箱に表示されている使用期限は、ヒート
は、「製品名」、「規格」、「使用期限」、「包装
シール包装の状態での安定性を必ずしも保証
単位」、「貯法」を上位に挙げていた。そこで
するものではない。そのため、処方日数制限
今回、現状ではピロー包装にどのような項目
の緩和により長期投与が増えるなかで、薬局
が記載されているか、当院採用の内用医薬品
においては品質の最終期限までの保持の点か
(錠剤・カプセル剤・分包散剤・分包液剤)
らピロー包装の状態で保管し、場合によって
507 品目を対象にピロー包装の表示の有無と
図 4 個装箱内の包装形態および包装の表示項目の調査
196
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
の障害につながることから、安全管理、品質
た(図 4)
。調査の結果、個装箱内の包装形
管理の点からもピロー包装の表示の改善が強
態がピロー包装であったのが 248 品目、その
く望まれる。
うちピロー包装に表示があるのが 179 品目
適正に製造された医薬品が適正に使用され
(72%)
、
表示がないのが 69 品目(28%)であっ
るためには、医療従事者や患者が安全かつ確
た。ピロー包装の表示項目については、「製
実に使用する必要があり、その目的のため
品名」
、
「規格」は各々 97.8%、89.4% と大部
に表示や包装は非常に重要な役割を担ってい
分に表示されていたが、「包装単位」、「貯法」
る。しかし現状では、製品開発において製品
は各々 68.1%、64.1%、「使用期限」にいたっ
の効果や品質に重点が置かれ、表示や包装な
ては 11.2% と一部の包装にしか表示されてい
どの医療安全面まで考慮しているのは、それ
なかった。また薬剤取り間違えの防止策のひ
ほど多くないのが現状である。このような状況
とつと考えられる「薬効タイトル」も 8.9% と
を改善するために、医療従事者は現場の声を
低かった(図 5)。このように薬剤師が必要
製薬企業へフィードバックし、製薬企業はそ
と考えている表示項目が全て記載されている
れを受けてより識別性や安全性さらには利便
医薬品は非常に少なく、表示不足は適正使用
性に優れた製品を製造することが望まれる。
図 5 ピロー包装への表示の有無 ピロー包装の表示項目 197
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
ピロー包装の表示項目について調査を実施し
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
一般演題・示説
Section Ⅳ
27)ビカルタミド錠 80mg「サワイ」およびカソデックス® 錠 80mg の
ヒト前立腺癌由来細胞移植モデルに対する
抗腫瘍作用
1)
沢井製薬株式会社 生物研究部 、
兵庫医科大学先端医学研究所 生体防御部門
1)
田中祥之 、小倉岳治
1,2)
2)
1)
、片岡博文 、岡村春樹
2)
2)投与スケジュール
ビカルタミドの経口製剤は、1 日 1 回投与
①投与方法1
が可能な非ステロイド性抗アンドロゲン剤で
LNCaP 細胞の移植当日から、2 日に 1 回、
あり、アンドロゲン受容体において競合的に
5 あるいは 25mg/kg の用量でビカルタミド錠
結合を阻害することにより、前立腺腫瘍の増
80mg「サワイ」
(1 錠中にビカルタミド 80 mg 含
殖を抑制する。
有、 沢 井 製 薬(株)、以下ビカルタミド 錠
今回、ビカルタミドの経口製剤であるカソ
Ⓡ
Ⓡ
(1 錠中
「サワイ」)
および カソデックス 錠 80mg
デックス 錠 80mg および、そのジェネリック
にビカルタミド 80mg 含有、アストラゼネカ
医薬品であるビカルタミド錠 80mg「サワイ」
を25 日間経口投
(株)、以下カソデックス 錠)
に おける前立腺癌に対する抗腫瘍作用を、ヒト
与した。コントロール群には精製水を同様に
前立腺癌由来株である LNCaP 細胞を移植し
経口投与した。
た SCID マウスを用いて比較検討した。
②投与方法 2 (治療的投与)
Ⓡ
LNCaP 細胞移植後 14 日目から、2 日に 1 回、
2.実験方法
5 あるいは 25mg/kg の用量で両製剤を 11 日
1) ヒト前立腺癌細胞移植モデルの作成
間経口投与した。コントロール群には精製水
アンドロゲン受容体発現ヒト前立腺癌由来
を同様に経口投与した。
細胞株である LNCaP.FGC(LNCaP)細胞は、
3)測定
10% FCS および抗生物質含有 RPMI-1640 培
腫瘍体積は、4 日に 1 回、長径および短径
地を用いて、5% CO2 存在下、37℃で培養し
をデジタルノギスで測定し、以下の計算式に
7
た。培養した細胞は、2×10 cells/mL に調整し
より算出した。
て等量のマトリゲルと混合し、0.2 mL(2 ×
腫 瘍 体 積 (mm3 ) = 長 径 (mm) × 短 径 (mm)2
106 cells)を 7 週齢の SCID マウスの右腹側
× 0.53262
199
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
皮下へ移植して、モデル動物を作成した。
1.緒言
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 1 腫瘍体積の推移(投与方法 1)
LNCaP 細胞移植と同時に2日に1回、25日間反復経口投与した。
腫瘍重量は、移植より 26 日目に腫瘍部位
以下の場合に「有効」と判断した。
を摘出し、重量を測定した。さらに、PSA
T/C(%)=製剤投与群の平均腫瘍重量/コ
(prostate specific antigen) 値 は 血 清 を 分 離
ントロール群の平均腫瘍重量× 100
し、ELISA kit (PSA、EIA-1778、DRG) に従
い測定した。
3.結果
4)統計処理および効果の判定
1)移植と同時に投与開始したときの抗腫瘍
腫瘍体積の経時的変化では、コントロー
効果(投与方法1)
Ⓡ
ル群およびカソデックス 錠投与群またはビ
SCID マウスに LNCaP 細胞を移植し、移
カルタミド錠「サワイ」投与群間で経時型
植当日より両製剤を 2 日に 1 回、反復投与
分散分析を行い、両製剤の効果を確認した。
した際の腫瘍体積の経時的変化を図 1 に示
これらの条件下、両製剤間での各用量で経
した。カソデックス 錠およびビカルタミド
時型分散分析を行い、有意差のないことを
錠「サワイ」投与群は、腫瘍体積の増加を抑
確認した。
制し、25mg/kg の投与で有意な抑制を示し
腫瘍重量および PSA 値は、コントロール
Ⓡ
Ⓡ
た。これらの条件下、両製剤間で経時型分散
群およびカソデックス 錠投与群間またはビ
分析を行った結果、いずれの用量においても
カルタミド錠「サワイ」投与群間で t 検定を
群、群×時点の要因において有意な差が認め
行い、両製剤の効果を確認した。これらの
られず、同様の推移を示した。また、移植か
条件下、両製剤間の各用量でt検定を実施
ら 26 日後に摘出した腫瘍重量の比較におい
し、両製剤間の作用に有意差のないことを
て、コントロール群では 1.05 ± 0.16 g の腫瘍
確認した。 効 果 の 判 定 は T/C(%)を 以 下
重量を示した(図 2)。これに対し、カソデッ
の 式に従って算出し、米国国立癌研究所の
クス 錠およびビカルタミド錠「サワイ」の 5
スクリーニング方法 6)に準じ T/C(%)が 42%
ならびに 25mg/kg の投与群はそれぞれ有意
200
Ⓡ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 2 投与終了後の腫瘍重量および PSA 値に及ぼす影響(投与方法 1)
LNCaP 細胞移植と同時に2日に1回、25日間反復経口投与した。
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
図 3 腫瘍体積の推移(投与方法 2)
LNCaP 細胞移植後 14日目から2日に1回、11 日間反復経口投与した。
に腫瘍重量の増加を抑制した。これらの条件
行った結果、いずれの用量においても有意な
下、
両製剤間で腫瘍重量の比較を行った結果、
差は認められなかった。なお、両製剤の投与
いずれの用量においても有意な差は認められ
は、全ての用量において体重推移に大きな影
なかった。さらに、前立腺癌の腫瘍マーカー
響を与えなかった。
とされる PSA 値はコントロール群で 35.2±
2)治療的投与による抗腫瘍効果
(投与方法 2)
3.1ng/mL まで上昇したのに対し、カソデッ
SCID マウスに LNCaP 細胞を移植し、腫
Ⓡ
クス 錠およびビカルタミド錠「サワイ」の
瘍体積が著しく増加し始める 14 日後から両製
5 ならびに 25 mg/kg 投与群では、いずれも
剤を治療的に反復投与した際の腫瘍体積の経
有意に PSA 値の上昇を抑制した(図 2)。こ
時 的 変 化を図 3 に示した。カソデックス 錠およ
れらの条件下、両製剤間で PSA 値の比較を
びビカルタミド錠「サワイ」投与群は腫瘍体
Ⓡ
201
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
図 4 投与終了後の腫瘍重量および PSA 値に及ぼす影響(投与方法 2)
LNCaP 細胞移植後 14日目から2日に1回、11 日間反復経口投与した。
積の増加を抑制し、5 ならびに 25mg/kg の
影響を与えなかった。
いずれの用量においても有意な抑制を示し
3)同等性の評価
た。これらの条件下、両製剤間で経時型分散
両製剤は、移植と同時に投与開始した場
分析を行った結果、いずれの用量においても
合(表 1)および治療的に投与した場合
(表 2)
群、群×時点の要因において有意な差が認め
の、いずれの投与スケジュールにおいても
られず、同様の推移を示した。また、移植か
25mg/kg の用量で有意な腫瘍重量の増加抑
ら 26 日後に摘出した腫瘍重量の比較におい
制が認められ、かつ、T/C
(%)
により
「有効」
て、コントロール群では 1.02 ± 0.15 g の腫瘍
と判定され、またその作用には有意な差は認
重量を示した(図 4)。これに対し、カソデッ
められなかった。以上のことから、両製剤の
クス 錠およびビカルタミド錠「サワイ」の
ヒト前立腺癌に対する抗腫瘍効果は同等であ
5 ならびに 25mg/kg の投与群はそれぞれ有
ると判断した。
Ⓡ
意に腫瘍重量の増加を抑制した。これらの条
件下、両製剤間で腫瘍重量の比較を行った結
4.考察
果、いずれの用量においても有意な差は認め
本邦では、高齢人口の増加や食生活の欧
られなかった。さらに、PSA 値はコントロー
米化などにより前立腺癌患者が急増してお
ル群で 31.1± 5.5 ng/mL まで上昇したのに対
り、将来的に男性における癌罹患率の上位を
し、カソデックス 錠およびビカルタミド錠
占めると予測されている。多くの前立腺癌は
「サワイ」
の 5 ならびに 25mg/kg 投与群では、
アンドロゲン依存性に増殖し、病態を悪化さ
いずれも有意にPSA値の上昇を抑制した(図 4)
。
せることが知られている。ビカルタミドは競
これらの条件下、両製剤間で PSA値の比較
合的拮抗作用によりアンドロゲンの作用を抑
を行った結果、いずれの用量においても有意
制し、前立腺腫瘍の増殖を抑制するものであ
な差は認められなかった。なお、両製剤の投
る。今回、ビカルタミドの経口製剤であるカ
与は、全ての用量において体重推移に大きな
ソデックス 錠 80mg および、そのジェネリック
Ⓡ
202
Ⓡ
アルカロイド研究会会誌 Vol.36(2010)
表 1 移植と同時に投与開始したときの抗腫瘍効果比較(投与方法 1)
Section Ⅳ 一 般 演 題 ・ 示 説
表 2 治療的投与による抗腫瘍効果比較(投与方法 2)
医薬品であるビカルタミド錠 80mg「サワイ」
効」かつ有意な腫瘍重量の抑制作用を示し、
における前立腺癌に対する抗腫瘍作用を比較
その作用に有意な差は認められなかった。ま
検討した。
た、腫瘍体積の経時的推移、PSA 値の上昇
Ⓡ
カソデックス 錠 80mg および、ビカルタ
においても同様の効果が認められた。従って、
ミド錠 80mg「サワイ」は、移植と同時に投
両製剤は同等の抗腫瘍効果が期待できるもの
与を開始した場合のみならず、治療的に投与
と考えられた。
した場合においても、ともに 25mg/kg で「有
203
M E M O
M E M O
アルカロイド研究会の歩み
回
数
開
催
年
月
日
開 催 場 所
会 長
第 1 回
昭和 50 年 6 月 26 日
岡山ロイヤルホテル
内 海 耕 慥
第 2 回
昭 和 51 年 7 月 3 日
岡山ロイヤルホテル
折 田 薫 三
第 3 回
昭 和 52 年 7 月 2 日
岡山ロイヤルホテル
野本亀久雄
第 4 回
昭和 53 年 6 月 24 日
ホテルニューナゴヤ
太 田 和 雄
第 5 回
昭和 54 年 6 月 22 日
岡山ロイヤルホテル
折 田 薫 三
第 6 回
昭和 55 年 6 月 28 日
岡山プラザホテル
内 海 耕 慥
第 7 回
昭和 56 年 7 月 10 日
岡山プラザホテル
野本亀久雄
第 8 回
昭和 57 年 6 月 26 日
大阪東洋ホテル
森 澤 成 司
第 9 回
昭 和 58 年 7 月 2 日
岡山郵便貯金会館
藤 井 達 三
第 10 回
昭 和 59 年 7 月 6 日
岡山郵便貯金会館
折 田 薫 三
第 11 回
昭和 60 年 7 月 20 日
岡山プラザホテル
青 野 第 12 回
昭和 61 年 6 月 21 日
福岡ガーデンパレス
野本亀久雄
第 13 回
昭和 62 年 6 月 20 日
京都平安会館
藤 井 達 三
第 14 回
昭和 63 年 6 月 18 日
三越劇場(大阪)
森 澤 成 司
第 15 回
平 成 元 年 6 月 24 日
東京大学山上会館
長谷川嗣夫
第 16 回
平 成 2 年 6 月 30 日
愛知県中小企業センター
太 田 和 雄
第 17 回
平 成 3 年 6 月 15 日
おかやま“三光荘”
内 海 耕 慥
第 18 回
平 成 4 年 6 月 27 日
東京サンケイ会館
長谷川嗣夫
第 19 回
平 成 5 年 6 月 19 日
大阪国際交流センター
安永幸二郎
第 20 回
平 成 6 年 6 月 18 日
日経ホール(東京)
野本亀久雄
第 21 回
平 成 7 年 6 月 17 日
岡山衛生会館三木記念ホール
折 田 薫 三
第 22 回
平 成 8 年 6 月 22 日
日経ホール(東京)
大 川 智 彦
第 23 回
平 成 9 年 6 月 21 日
よみうり文化センター(大阪)
井 上 正 康
第 24 回
平成 10 年 6 月 13 日
よみうり文化センター(大阪)
佐 藤 隆 司
第 25 回
平成 11 年 6 月 19 日
日経ホール(東京)
長谷川嗣夫
第 26 回
平成 12 年 6 月 24 日
よみうり文化センター(大阪)
寺 田 弘
第 27 回
平成 13 年 6 月 23 日
日経ホール(東京)
塚 越 茂
第 28 回
平成 14 年 6 月 15 日
よみうり文化センター(大阪)
藤 村 欣 吾
第 29 回
平成 15 年 6 月 21 日
よみうり文化センター(大阪)
秋 山 伸 一
第 30 回
平成 16 年 6 月 19 日
日経ホール(東京)
長谷川嗣夫
第 31 回
平成 17 年 6 月 18 日
コスモスクエア国際交流センター(大阪)
荒 瀬 誠 治
第 32 回
平成 18 年 6 月 10 日
科学技術館 サイエンスホール(東京)
田 中 良 明
第 33 回
平成 19 年 6 月 16 日
JA ホール(東京)
野 本 亀 久 雄
第 34 回
平成 20 年 6 月 21 日
コスモスクエア国際交流センター(大阪)
井 上 正 康
第 35 回
平成 21 年 6 月 27 日
コスモスクエア国際交流センター(大阪)
福 本 第 36 回
平成 22 年 6 月 26 日
日経ホール(東京)
藤 村 欣 吾
要
学
第 36 回 ア ル カ ロ イ ド 研 究 会 運 営 事 務 局
T E L : 0 4 2 2 - 4 2 - 6 0 4 9( 直 通 )
F A X : 0422-44-0150
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