復刻製品が成功するメカニズム - 関東学生マーケティング大会2015

復刻製品が成功するメカニズム ① ―――はじめに 1.現状分析
2.本論の構成
② ―――復刻製品について 1.復刻製品の種類
2.復刻製品の定義
3.復刻製品の現状分析
③ ―――既存研究レビュー
1.ノスタルジアに関するレビュー
2.ノスタルジアの規定要因について
④ ―――仮説
1.概念の定義
2.ノスタルジアに及ぼす影響に関する仮説
3.復刻製品購買意図に及ぼす影響についての仮説
⑤ ―――実証分析
1.調査の概要
(1)分析方法の吟味
(2)調査の概要
(3)観測変数の設定
2.分析結果
(1)モデルの全体的妥当性
(2)モデルの部分的妥当性
3.考察
⑥ ―――おわりに
1.学術的インプリケーション
2.実務的インプリケーション
3.本論の限界
4.今後の課題
参考文献
補録―――質問紙調査票・質問紙調査資料・各概念の測定尺度・各因子における製品間比較表
飯島友典 加納政宗 小林果歩 長谷川愛 1
前嶋美樹 渡辺有希江 東京経済大学 森岡ゼミナール 長谷川班 ① ― ― ― は じ め に
は、消費者が懐かしい雰囲気を持つものを好んで
受け入れる傾向を有しているからであるという(堀
1.現状分析
内,2007)。つまり、消費者も懐かしさを感じるこ
とのできる製品が販売されることを望んでいる。
近年、パーソナル 3D プリンターやスマートフォ
このように、復刻製品によって、企業と消費者と
ンなどのハイテクノロジーな製品が増加している。
の双方がそれぞれにメリットを享受しており、そ
技術の進歩は著しく、それに伴い、私たちの生活
れゆえに、復刻製品市場は魅力的な市場であると
はより快適になっている。一方で、技術の発達を
言えよう。
感じさせない、シンプルな製品も多く存在してい
先述したように、市場には数多くの復刻製品が
る。復刻製品はその一例であると考えられる。私
展開されている。しかし、すべての復刻製品が同
たちが復刻製品を目にする機会は増えており、近
じような特徴を有しているわけではない。例えば、
年の復刻製品ブームは各種雑誌や新聞記事でも頻
オリジナル製品の販売された当時のまま復刻され
繁に取り上げられている。新しい技術が開発され、
るパターン、オリジナル製品の販売当時とはパッ
新製品が増加する中で、レトロな雰囲気を持つ復
ケージやロゴを変更して復刻されるパターン、さ
刻製品は、なぜブームとなっているのだろうか。
らには期間限定で復刻されるパターンなど、復刻
株式会社総合プランニングが行った「食品、飲
のされ方も多種多様である。他方、特定の製品カ
料、消費財分野における復刻版マーケットの実態
テゴリーに限られることなく、様々な製品カテゴ
と将来性予測分析(2012 年版)」によると、食品、
リーから復刻製品が発売されている。どの復刻製
飲料などの消費財分野における復刻製品市場は
品も懐かしさを訴求する点で共通しているものの、
2011 年ベースで 601 億円と推計され、前年比で
オリジナル製品が販売されてから復刻製品が販売
153%の急成長を見せている。また、2015 年には
されるまでの経年数に大きな分散が見られる。
621 億円に達すると予測されており、復刻製品市場
1923 年に森永製菓株式会社から販売された「マリ
は今後も拡大傾向にあることがうかがえる。復刻
ー」のように 2013 年に復刻されるまで 90 年も経
製品が消費者の懐かしさを喚起し、定番製品とし
過している製品もあれば、1999 年に販売された「チ
ての知名度を活用することで広告宣伝費を抑制で
ョコエッグ」のように 2009 年に復刻されるまで
きる利点を有していることなどを背景に、このブ
10 年しか経過していない製品もある。一見、オリ
ームはしばらく続くと予想されている(日本経済新
ジナル製品販売からの経年数が長ければ長いほど、
聞夕刊,2012 年 2 月 23 日付,1 面)。また、復刻製品
消費者に懐かしさを訴求するように思われるが、
は、販売する企業にとって利点があるだけではな
経年数が異なっても、復刻製品はそれぞれ成功し
い。近年、菓子類、飲料の復刻版が数多く販売さ
ている。それゆえ、懐かしさが訴求される要因は、
れている。そのようなノスタルジアを喚起させる
オリジナル製品販売からの経年数というだけでな
マーケティング活動が展開され続けている背景に
く、他に何らかの要因に起因しているのかもしれ
2
の年に発売されることが多い。例えば、2013 年 3
ない。
そこで本論は、
「いかなるメカニズムによって復
月に雪印メグミルク株式会社から復刻された「雪
刻製品は成功するのか」という研究課題を設定し、
印ネオマーガリンソフト復刻版」は、オリジナル
消費者行動論的観点からこれを明らかにすること
製品の販売 45 周年を記念して復刻された製品であ
を目的とする。
る。現在の消費者嗜好に合わせた多少の味の変更
があるものの、この製品はオリジナル製品販売当
2.本論の構成
時のパッケージ・デザインを採用している。同様
に、2012 年 8 月に株式会社湖池屋から販売された
本論は、
「いかなるメカニズムによって復刻製品
「コイケヤポテトチップス」は、オリジナル製品
は成功するのか」という課題を解決するために、
の販売から 50 周年の発売を記念して、「うすしお
本章以降は以下のように展開される。第 2 章では、
味」、
「コンソメ」、そして「のり塩」の 3 つの味で
復刻製品の現状について述べる。第 3 章では、ノ
復刻された。1980 年代初めのパッケージ・デザイ
スタルジアとその規定要因に関する既存研究のレ
ンをモデルに復刻版パッケージが制作され、オリ
ビューを行う。続く第 4 章では、第 3 章で概観し
ジナル製品販売当時を想起させるデザインとなっ
た既存研究レビューを踏まえながら、復刻製品の
ている。
購買意図に影響を及ぼす要因を明確にし、それら
続いて、復刻製品は、販売チャネルや期間を限
の因果的関係についての仮説を設定する。その後、
定して発売されることもある。2009 年 11 月にサ
第 5 章では、その仮説の実証分析を行った上でそ
ッポロビール株式会社は「<復刻>サッポロ缶ビ
の結果を考察し、その仮説の経験的妥当性を吟味
ール」を、コンビニエンス・ストアにチャネルを
する。そして、終章である第 6 章では、それまで
限定し、さらに数量限定で販売した。同様に、江
の議論を踏まえ、本論の学術的・実務的インプリ
崎グリコ株式会社から販売されている「ビスコ」、
ケーションおよび本論の限界と今後の課題につい
「プリッツ」、および「ワンタッチカレー」の復刻
て言及する。
製品は、全国に 14 店舗展開されている「ぐりこ・
や」というグリコの製品を扱うアンテナ・ショッ
プでのみ販売されている。
第 3 に、パッケージが変更されて復刻される復
② ― ― ― 復 刻 製 品 に つ い て
刻製品も存在する。大正製薬株式会社は、
「リポビ
1.復刻製品の種類
タンD復刻版」を 1962 年発売当時のデザインをア
レンジして 2005 年に復刻販売した。字体やワシの
前章で述べたように、市場には数多くの復刻製
マークを当時のものにして、復刻製品には当時の
品が展開されている。また、復刻パターンは多岐
キャッチ・コピーを使用したラベルが付されてい
にわたり、様々な製品カテゴリーにおいて復刻製
る。同様に、株式会社明治は、2013 年で発売 45
品は発売されている。ここでは復刻製品の 5 つの
周年を迎える「カール」のチキンスープ味を復刻
復刻パターンについて、事例を挙げながら詳細に
した。復刻製品のパッケージに使用されているカ
検討していく。
ールのロゴや背景の色は、1968 年発売当初のデザ
はじめに、復刻製品は、製品の記念となる節目
インをイメージしている。
3
第 4 に、オリジナル製品とは異なる機能を有し
兼ね合わせた消費者研究を行う。
ている復刻製品も存在する。2012 年に株式会社不
2.復刻製品の定義
二家から復刻された「復刻ルック(ア・ラ・モード)」
は、当時の組み合わせであるバナナ味、ストロベ
リー味、キャラメル味、およびコーヒー味の 4 種
前節において種々の事例を検討してきた。それ
類で発売された。前者 3 種類については、当時の
らに基づいて本論では、復刻を「過去に販売され
ままの味で復刻されているものの、コーヒー味に
ていた製品が販売終了ないしパッケージ変更を経
ついては、現代の趣向に合わせて味の改良がなさ
験した後、再び販売されること」と定義し、その
れている。また、株式会社ナイキは、1995 年に発
ような製品を復刻製品と称する。したがって、レ
売していたスニーカー「エアマックス 95」を新た
トロな雰囲気を感じさせるパッケージや製品名で
な素材を用いて機能改善し、「エアマックス 95 エ
販売されている、東洋水産の「マルちゃん 昔な
ンジニアードメッシュ」として 2013 年に発売した。
がらのソース焼そば 下町ウスターソース味」な
第 5 に、復刻する製品を企業が決定するのでは
ど、過去に販売されていた事実がなく、見た目か
なく、消費者が選択する場合もある。日清食品株
ら懐かしさをコンセプトとして訴求している新製
式会社は、2011 年 4 月から 6 月まで「歴代カップ
品は、本論の定義に照らして、復刻製品に該当し
ヌードル復活総選挙」を開催した。これは、過去
ない。他方、マクドナルドの「グラタンコロッケ
に販売されたカップヌードルの中から、もう一度
バーガー」のように「復活」を謳っていても、毎
食べたい味を消費者に選択してもらい、人気が高
年期間限定で発売されているため、本論ではその
かった上位 3 位を復刻するという企画であった。
ような製品を復刻製品と見なさない。
総投票数は 1,867,933 票にまで上り、133,134 票を
かくして、復刻製品を上記のように定義した上
獲得して 1 位となった「カップヌードル 天そば」
で、以下の議論を展開する。
は、2012 年 1 月に復刻された。森永製菓株式会社
3.復刻製品の現状分析
も、2011 年 11 月から 12 月に「ハイチュウなつか
しの味総選挙」を行った。過去に販売されていた 8
種の味の中から、消費者が復刻してほしい味に投
本節では、いかなる理由で消費者が復刻製品を
票し、結果として 1 位になった「ハイチュウ ヨ
購買するのかという論題に焦点を合わせて議論し
ーグルト味」が 2012 年 6 月に全国で復刻された。
つつ、既存研究を概観する。
以上のように 5 つの復刻パターンを列挙してき
まず、現在販売されている新製品と復刻製品と
たが、復刻製品にはまだ他にも様々な復刻パター
を比較してみよう。このとき、復刻製品がなぜブ
ンが観察される。先述したように、復刻製品にお
ームを起こしていることに違和感を覚える人がい
けるオリジナル製品の販売からの経年数の差異だ
る可能性もある。新製品の方が復刻製品よりも選
けでなく、特徴の違いも考慮することにより、復
好されると一般的には考えられよう。というのも、
刻製品が成功するメカニズムを特定できるのでは
新製品が、次の 2 点で優位性を獲得していると思
ないだろうか。そこで本論は、オリジナル製品販
われるからである。第 1 に、新製品は機能面での
売から復刻製品販売までの経年数や復刻様式の違
改良が見られ、それゆえに復刻製品に比してより
いにも着目し、復刻製品の既存研究の実証分析と
高い優位性を獲得しているかもしれない。第 2 に、
4
新製品はパッケージを時代のトレンドに合わせて
起こっている状況であれば、さらに復刻製品が消
デザインしており、それゆえに、現代消費者の嗜
費者に与える安心感は増幅するであろう。
好により合致しているという点で、復刻製品に比
しかし、安心感を与えるだけならば、復刻製品
して高い優位性を獲得しているかもしれない。そ
でなくとも、長期間存続しているブランドの製品
れにもかかわらず、復刻製品はブームを起こしつ
や、ロングセラーの製品であっても同様に安心感
つ、その市場を拡大させているのである。
を与えることは可能であろう。Keller(1998)に
サントリー食品インターナショナルが 2011 年
よれば、ブランドはリスク低減機能を有している
に清涼飲料水「はちみつレモン」をかつてのデザ
という。そうすると、ブランドによってリスクが
インに変更した上で復刻製品を販売したところ、
軽減すれば、それは確実性を獲得し、消費者に安
派生商品含めた売上は、2011 年の目標を 8 割上回
心感を与えることもできよう。しかし、ブランド
った。この成功についてサントリーは「定番商品
が有しているリスク軽減機能は、消費者が当該ブ
に安心感を覚える消費者が多い」
(日本経済新聞夕刊,
ランドに対して確実な品質を期待できるというこ
2012 年 2 月 23 日付,1 面)と述べている。他にも、
とを意味している。他方、復刻製品が消費者に与
メイトーブランドの協同乳業株式会社は「復刻版
える安心感は、現代に対する不安を感じていると
牛乳と卵でつくったなめらかプリン」を発売した。
きに、その不安を満たしてくれるような感情であ
協同乳業株式会社は、復刻版を発売した理由を「不
る(Brown, et al, 2003a)つまり、現代に対する
況や昨年の震災の影響で消費が安定志向になり、
欠乏感を、復刻製品から得られる過去への安心感
消費者は、子供時代や青春時代に慣れ親しんだ商
で補うということであろう。例えば、復刻製品を
品や信頼のおける商品を購入する傾向がある」(協
介して、オリジナル製品における人や物へのつな
同乳業株式会社メイトー: 公式 web サイト:復刻版 「牛
がりを思い起こすことは、復刻製品特有の安心感
乳と卵でつくったなめらかプリン」新発売 - 新着情報)
であると考えられる。したがって、ブランドが消
と述べている。
費者にもたらす安心感と復刻製品が消費者にもた
これらのことに基づくと、消費者が新製品では
らすそれとは異なる概念であると考えられよう。
なく復刻製品を選択するのは、復刻製品が消費者
転じて、Ayozie(2013)は、消費者自身が望ま
に安心感を与えるからであると考えられる。この
しくないと感じる状況の下において、ノスタルジ
ことに関連して、Davis(1990)は、時代の混乱の
アが消費者行動に有意な影響を及ぼしうると主張
中で消費者は将来に期待するよりも過去に後戻り
している。さらに、そのことに復刻製品の存在意
し、新奇なものよりも見慣れたものを求め、発見
義を見いだしている。関連して、ノスタルジアの
よりも確実性を求めると主張している。また、
役割と重要性について、消費者があらゆる製品に
Cattaneo and Guerini(2010)によると、「消費者
対してノスタルジアを知覚して製品購買している
は、現代が不安定であったり、高いリスクを知覚
わけではないものの、ノスタルジアは確かに肯定
したりする場合に、ブランドの有する歴史の安定
的な感覚を引き起こし、特定製品の購買には影響
性や継続性を喚起させるレトロブランドに安心感
を及ぼしうると主張している(Cattaneo and Guerini,
を感じる」(p.11)と主張している。これらのこと
2010)。また、Brown, et al.(2003b)によれば、人々
から、復刻製品は消費者に安心感を与える機能を
は、混乱した不安定な文化的状況に置かれた時、
有していると考えられる。不況や社会不安が巻き
または、時代が劇的に変化する時に、ノスタルジ
5
ア傾向を示すと主張している。具体的に、2001 年
経験、製品、サービスへの感傷的あるいはほろ苦
9 月 11 日の米国で起こった同時多発テロは、人々
いあこがれ」
(p. 169)と定義している。これら 2 つ
のノスタルジア傾向を強化するきっかけになった
のノスタルジアについての定義は「切ない」や「感
という。そして実際に、テロ直後からカップ・ケ
傷的」などの用語が用いられていることから明ら
ーキやチョコレート・クッキーなどの食品カテゴ
かなように、ノスタルジアに否定的な意味が含ま
リーにおいて伝統的な製品の売り上げが向上した
れていると見なされる。また、Davis(1990)は、
(Brown, et al, 2003b)。それゆえに、不安定な時
ノスタルジアを「現在もしくは差し迫った状況に
代に過去に回帰するようなレトロ・マーケティン
対する何らかの否定的な感情を背景にして、生き
グの重要性が高まり、結果としてレトロ・ブラン
られた過去を肯定的な響きでもって呼び起こすこ
ディングが増加する。
と」(邦訳,27 頁)と定義している。この定義もま
以上のレビューから明らかなように、復刻製品
た、ノスタルジアに関する否定的な感情を含んで
に関して、過去への回帰傾向に関連する「ノスタ
いる。ただし、彼は、現在や未来に対して不安や
ルジア」概念が重要である。そこで本論は「ノス
恐れを感じている場合、人々が美化した過去を肯
タルジア」に焦点を合わせて、その観点から復刻
定的に受け取るということを示唆している。同様
製品の有効性を吟味する。
に、水越(2006)によると、ノスタルジアは過去へ
のあこがれと関連していて、ほろ苦く甘い
(bittersweet)という両義性を担っているという。
③ ― ― ― 既 存 研 究 レ ビ ュ ー
ノスタルジアに過去へのあこがれを指摘している
点では水越(2006)の主張は評価できる。Davis(1990)
1.ノスタルジアに関するレビュー
によるノスタルジアの定義は、ノスタルジアが過
去を美化するという点で、Belk(1990)と Baker and
前章では復刻製品の復刻パターン、加えて、復
Kennedy(1994)の定義はそれぞれ異なると考えら
刻製品とノスタルジアとが深く関係しているとい
れる。したがって、Davis(1990)と水越(2006)
うことを述べた。ここでは、ノスタルジアという
のノスタルジアに対する観点と、Belk (1990) と
概念について既存研究をレビューする。
Baker and Kennedy(1994)のノスタルジアに対
ノスタルジアに関して、これまで多くの研究の
する観点とは異なっていると考えられる。
蓄積がなされてきた。とりわけ、ノスタルジアは
他方、Holbrook and Schindler(1991)は、ノス
社会学的観点から研究されることが多いものの、
タルジアを、
「人が、若かったとき(成人期初期、青
近年ではマーケティングの観点からもノスタルジ
年期、幼少期、さらには生まれる前までも)、今より一
アについて盛んに研究が行われている。詳細なレ
般的だった(人気だった、流行していた、あるいは広く
ビューに先立ってまず、既存のノスタルジアの定
流布していた)もの(人、場所、物)に対する選好(一
義について確認しておこう。
般的な好意、肯定的態度、あるいは好意的感情)」
(p. 330)
Belk(1990)は、ノスタルジアを「物、場面、匂
と定義している。そう定義した上で、彼らは、経
い、音楽の旋律によって促されるかもしれない切
験していない過去のものに対してもノスタルジア
ないムード」
(p. 670)と定義している。また、Baker
を知覚しうると主張している。また、
and Kennedy(1994)は、ノスタルジアを「過去の
Holak and Havlena(1998)は、「過去と関連し
6
たもの(物、人、経験、考え)の反映によってもたら
第 2 に、Davis(1990)は、ノスタルジアを 3 つ
される肯定的に結合された、複雑な感覚、感情ま
に分類した。第 1 は素朴な(simple)ノスタルジア
たは気分」
(p. 218)と定義している。これら 2 つの
である。これは、
「あのころはいまよりも物事がう
定義は、ノスタルジアが肯定的な感情を伴うもの
まくいった、もっと美しかった・もっと健康的だ
であると捉えているという点で共通している。ま
った・もっと幸福だった・もっと上品だった・も
た、これらには否定的な側面が含まれておらず、
っと刺激があったと信じこんでいる主観的な状態」
したがって、Belk(1990)と Baker and Kennedy
(邦訳,27 頁)を指す。このノスタルジアを知覚す
(1994)の定義とは異なっていると考えられる。以
る人は、過去のある時代に熱い思いを寄せていて、
上までの諸研究におけるノスタルジアの定義は下
現在がどれだけ技術が進歩しようともその過去を
記の図表 1 に示される通りである。
賞賛する。第 2 は内省的(reflexive)ノスタルジア
上記のようにノスタルジアは多義的な概念であ
である。人は過去を感傷的に美化し、現在を非難
る。そこで、その多義性を明確化するために、ノ
するだけではない。ノスタルジックな主張のもつ
スタルジアを分類する研究が行われてきた。
真実性、正確性あるいは代表性について、人々は
第 1 に、Stern(1992a,1992b)は、ノスタルジ
経験に応じて、ある種の疑問を感じることがある。
ア を 歴 史 的 ( historical ) ノ ス タ ル ジ ア と 個 人 的
つまり、このノスタルジアは、人が過去にあった
(personal)ノスタルジアの 2 つに分類している。
事柄や事象に疑問を抱くことを意味する。第 3 は、
歴史的ノスタルジアとは、消費者が生まれる前の
解釈された(interpreted)ノスタルジアである。人
歴史上の人物などに対して知覚するノスタルジア
は過去に対するノスタルジックな反応に対して疑
である。このノスタルジアに関して、例えば、
問を呈し、少なくとも潜在的にはその反応を、問
Goulding (2002) は、実験を行った結果、自らの
題をはらんだものと見なす。そして、人はそのノ
生まれる 10~15 年前の時代に対してノスタルジ
スタルジアを対象化して分析しようとする。つま
アを知覚しやすいということを明らかにした。す
り、ある場所である時期に自分が知覚しているノ
なわち、消費者は、自分が実際に経験したことの
スタルジアに対して、
「なぜここでこの時期に感じ
ないことに対してもノスタルジアを知覚しうるの
るのだろうか」や「他の場所では感じないのだろ
である。製品、ブランド、および消費方法につい
うか」などの疑問を抱いて、その分析を行う(Davis,
ての物語を伝えるために歴史的ノスタルジアを利
1990)。
用する広告戦略は、消費者を刺激して想像上の過
第 3 に、Baker and Kennedy(1994)は、ノス
去へ感情移入させる。歴史的ノスタルジアが、想
タルジアを現実的 (real) ノスタルジア、仮想的
像上に再現された過去を理想化するのに対して、
(simulated)ノスタルジアおよび集合的(collective)
他方、Stern(1992a,1992b)は、個人的ノスタル
ノスタルジアの 3 つに分類している。現実的ノス
ジアが個人的に思い出された過去を理想化すると
タルジアとは、直接経験したことのある過去への
述べている。個人的ノスタルジアは、消費者個人
感傷やほろ苦いあこがれである。過去の写真や人
の経験に対して生じる。このことについて、Holak
気だった歌などによって現実的ノスタルジアは喚
and Havlena(1992)が行った実験によれば、消費
起される。現実的ノスタルジアについて、Havlena
者は自らの経験に関係のあるもの(食料品や映画、
and Kennedy(1996)の実験は、人々がカラーの画
誕生日など)からノスタルジアを知覚するという。
像よりも白黒の写真をノスタルジックであると知
7
覚するということを示した。第 2 の仮想的ノスタ
のや異なる文化的環境に対するあこがれを示して
ルジアとは、間接的に経験した過去への感傷やほ
いる。以上までの諸研究におけるノスタルジアの
ろ苦いあこがれである。人は、直接には経験しな
分類は下記の図表 2 から図表 5 に示される通りで
かった過去の出来事を美化して、再現することも
ある。
ある。その再現された出来事に対する感傷的な感
以上のように、スタルジアの分類を試みる既存
情が、仮想的ノスタルジアであり、これは骨董品
研究を概観したが、ノスタルジアという概念を厳
や博物館などを見ることによって喚起される。そ
密に分類することは困難であると考えられる。な
して、第 3 の集合的ノスタルジアとは、文化、世
ぜなら、分類しても説明できない部分をノスタル
代、もしくは国家を表す過去に対するほろ苦いあ
ジアは常に含んでいるからである。したがって、
こがれである。これは個人的な概念ではなく集団
本論ではノスタルジアを分類せず、1 つの概念とし
的な概念であり、例えば、アメリカでは、ホット
て捉えることとする。その上で、ノスタルジアそ
ドッグや野球、国旗など文化を象徴するものに接
のものを分類するのではなく、ノスタルジアを喚
触したり、それらを想起したりすることによって
起させる要素を識別・分類する方略が模索される。
喚起されるようなノスタルジアである。
ノスタルジアを誘発する要因を特定化する既存の
第 4 に、Havlena and Holak(1996)はノスタル
研究は少ないものの、このことについて議論すべ
ジアを、個人的経験と集合的経験の区分、直接的
き余地が十分にあろう。以上より、本論ではノス
経験と間接的経験の区分に基づいて 4 つに分類し
タルジアを分類せず、ノスタルジアを喚起させる
た。
要因を特定化すべく議論を展開する。
第 1 の個人的かつ直接的経験である個人的
さて、これまでの議論を踏まえると、ノスタル
(personal)ノスタルジアは、個人の直接経験によ
ジアは、肯定的な側面と否定的な側面とを有して
って喚起される。例えば、休日に家族と夕食をと
いる。また、ノスタルジアは過去を美化する。加
ることに対して、このノスタルジアが喚起される
えて、消費者は、自らが経験していない過去のこ
という。Holak and Havlena(1992)は、家族や友
とに対してもノスタルジアを知覚する。ここで、
人と過ごしたことが人々にノスタルジアを喚起さ
復刻製品に議論を限定すると、それによって喚起
せるということを実験によって明らかにした。こ
されるノスタルジアは、既存の研究者が主張する
のノスタルジアは Baker and Kennedy(1994)の
ように、肯定的な側面と否定的な側面を有してい
現実的ノスタルジアと類似している。第 2 は、個
るとは考えがたい。なぜなら、復刻製品によって
人的かつ間接的経験である対人的(interpersonal)
消費者が過去の辛い出来事などを想起し、復刻製
ノスタルジアである。例えば、これは家族や親友
品を購買するとは考えがたいからである。また、
の思い出から喚起されるという。そして、第 3 の
製品としての魅力を知覚してもらうために肯定的
集合的かつ直接的経験である文化的 (cultural)ノ
な感情のみを引き起こすノスタルジアを想定する
スタルジアは、消費者の直接的経験と共有された
べきかもしれない。したがって、ノスタルジアに
シンボルとに基づいている。最後、第 4 は集合的
よる復刻製品の有効性を吟味しようとする本論で
かつ間接的経験である仮想的(virtual)ノスタルジ
は、ノスタルジアに否定的な側面は含めないこと
アである。これは、間接的で集合的な経験によっ
とする。
て喚起され、消費者自身の文化的歴史に関するも
かくして、ノスタルジアが肯定的感情であるこ
8
と、過去と関連していること、過去を美化してい
起する要因について既存研究を概観する。
ることを踏まえて、本論ではノスタルジアを「経
験、未経験にかかわらず、過去の物、人、および
場所に対する経験を美化して、想起した肯定的な
感情」と定義し、次節ではこのノスタルジアを喚
■図表―――1 ノスタルジアの定義
著者
Belk(1990)
Baker and Kennedy
ノスタルジアの定義
物、場面、匂い、音楽の旋律によって促されるかもしれない切ないムード。 過去の経験、製品、サービスへの感傷的あるいはほろ苦いあこがれ。 (1994)
Davis(1990)
現在もしくは差し迫った状況に対する何らかの否定的な感情を背景にして、
生きられた過去を肯定的な響きでもって呼び起こすこと。 人が、若かったとき(成人期初期、青年期、幼少期、さらには生まれる前までも)、
Holbrook and Schindler
今より一般的だった(人気だった、流行していた、あるいは広く流布していた)
(1991)
もの(人、場所、物)に対する選好(一般的な好意、肯 定 的 態度、あるいは好意
的感情)。 Holak and Havlena
過去と関連したもの(物、人、経験、考え)の反映によってもたらされる肯定
(1998)
的に結合された、複雑な感覚、感情または気分。 本論の定義
経験、未経験にかかわらず、過去の物、人そして場所に対する経験を美化し
て、想起した肯定的な感情。
(Belk(1990)、Baker and Kennedy(1994)、Davis(1990)、Holbrook and Schindler(1991)、Holak
and Havlena(1998)をもとに筆者が作成)
9
■表―――2 ■表―――3 Stern(1992a,1992b)の 2 つのノスタルジア Davis(1990)の 3 つのノスタルジア
■表―――5 Havlena and Holak(1996)の 4 つのノスタルジ
ア
(Stern(1992a,1992b)をもとに筆者が作成)
■表―――4 Baker and Kennedy(1994)の 3 つのノスタルジ
ア
(Havlena and Holak(1996)をもとに筆者が作
成)
2.ノスタルジアの規定要因
Brown, et al.(2003a)は、フォルクス・ワーゲ
ンのニュービートルとスターウォーズを例に、イ
ンターネット上でその財に関連した記述や意見を
(Baker and Kennedy(1994)をもとに筆者が作
集め、ネトノグラフィ (netnography) を行った結
成)
果、レトロ・ブランドが成功する重要な要因とし
て、
「アレゴリー(Allegory)」、
「オーラ(Aura)」、
「アルカディア(Arcadia)」、および「アンチノミ
ー(Antinomy)」の 4 つを挙げている。ここで、
レトロ・ブランドが「前の歴史的な時代から製品
やサービスのブランドの復活あるいは再スタート
である」Brown, et al.(2003a)と定義されている
ことに鑑みて、復刻製品を販売することは、レト
ロ・ブランディングの有用な手法の1つと見なし
うるであろう。前章において述べた通り、復刻製
(Davis(1990)をもとに筆者が作成)
品とノスタルジアとは強く関連しており、消費者
10
の復刻製品購買の要因となりうる。そうすると、
と、利便性は劣っても拘束感の少なかった過去の
レトロ・ブランドの有効性についてブラウンの挙
両方を望む感情のことであると述べている。それ
げる4つの要因は、ノスタルジアを喚起し、復刻
を踏まえて、堀内(2007)は二律背反を「パラドッ
製品購買を促進する重要な要因と見なしえよう。
クスが内在すること(伝統とテクノロジーといっ
したがって、本論ではブラウンの 4A がノスタルジ
た、一見矛盾する側面を備えていること)」
(p.186)
アの規定要因であると読み替えて議論を展開する。
と解釈している。レトロ・ブランディングにおい
第 1 のアレゴリーについて、Stern(1988)は
て、時代と技術の変化によって生じる二面性を考
社会の変化や消費者の嗜好によって、日々変化す
慮する必要があるといえよう。
るものであると述べている。それを受けて Brown,
以上のように Brown, et al.(2003a)は、レトロ・
et al.(2003a)は「ブランド・ストーリー」、すな
ブランディングの成功要因として、アレゴリー、
わち製品の象新され続けている。製品の象徴的な
オーラ、アルカディア、およびアンチノミーの 4
歴史が消費者の記憶の中に留まっていることは、
つを特定化している。ただし、レトロ・ブランデ
レトロ・ブランディングにおいて重要であるとい
ィングの具体的手法を想定して、実証分析を行っ
う(Brown, et al. 2003b)。
てはいない。それゆえ、この点で限界を抱えてい
第 2 のオーラについて、Keller(1998)はブラン
る研究であると指摘されよう。
ド・アイデンティティの側面であると述べている。
以上のように Brown, et al(
. 2003a)は、レトロ・
それを受けて、Brown, et al.(2003a)は「本物ら
ブランディングの成功要因として、アレゴリー、
しさ」、すなわちそのブランドを本物として識別さ
オーラ、アルカディア、およびアンチノミーの 4
せるものと主張している。そのブランドと識別す
つを特定化している。ただし、レトロ・ブランデ
るために必要なアイデンティティを表現するブラ
ィングの具体的手法を想定して、実証分析を行っ
ンド要素である。レトロ・ブランディングにおい
てはいない。それゆえ、この点で限界を抱えてい
て、消費者が発売された商品を識別できる要素を
る研究であると指摘されよう。
盛り込むことが重要である
第 3 のアルカディアについて、Brown, et al.
④ ― ― ― 仮 説
(2003a)は「理想化された過去」
、つまり理想化さ
れたブランド・コミュニティのことであると述べ
1.概念の定義
ている。また、堀内(2007)は「コミュニティ的理
想郷のことで、過去が理想郷として描かれている
前章では、ノスタルジアとそれを規定する 4
ことである」
(p.186)と解釈している。消費者が過
つの要因の詳細について吟味した。本節では、そ
去を美化することは、レトロ・ブランディングに
れを基にそれぞれの要因を事例に照らし合わせ、
おいて不可欠である(Brown, et al.2003b)。加えて、
概念を再考していく。
第 1 のアレゴリーについて、Stern(1988)は社
理想化された過去を共有するブランド・コミュニ
ティの重要性も指摘している(Brown, et al. 2003b)。
会の変化や消費者の嗜好によって、日々変化する
最後に、アンチノミーについて Brown, et al.
ものであると述べている。それを受けて Brown, et
(2003a)は「二律背反」
、つまり技術進歩により利
al.(2003a)は「ブランド・ストーリー」、すなわ
便性は増したが、せわしなさを感じてしまう現代
ち製品の象徴的な話、物語あるいは教訓と主張し
11
ている。アレゴリーの代表的な事例として、タカ
製品を精巧に再現することによって、
「古臭い」や
ラトミー製「フラワーロック」が挙げられる。1988
「時代遅れ」といった負の感情が誘発される可能
年、人とモノをつなぐというコンセプトの下で販
性がある。このことについて Keller(1988)はブ
売されたこの製品は、大人も購入する玩具として
ランド要素としてのパッケージおよびロゴが意味
話題を呼び、全世界で 850 万個の売り上げを記録
性を有しているとした。意味性とはブランドの価
した。20 年後、一世を風靡したこの「フラワーロ
値や効用に関する情報を伝達できることである。
ック」は、時代に合わせて新しい機能とデザイン
つまり、パッケージやロゴなどから、消費者にブ
を取り入れ、「フラワーロック 2.0」として復刻販
ランドの価値を伝達することが重要であるとされ
売された。これは「フラワーロック」の歴史を消
ている。森永製菓「マリー」はオリジナル製品の
費者が認識していたため、「フラワーロック 2.0」
パッケージに、改良を加えて復刻し、成功した例
が成功を収めたと考えられる。以上のことを踏ま
として挙げられる。オリジナル製品発売から 90 周
えて、本論ではアレゴリーを「復刻製品が発売さ
年を記念して販売された「復刻版マリー」は現代
れるまでに生じた、象徴的出来事を含めた歴史」
風のデザインに変更しつつ、当時のパッケージを
と定義する。
取り入れ、再現したものであった。オリジナル製
第 2 のオーラについて、それを受けて、Brown, et
品「マリー」が販売された当時は、ビスケットは
al.(2003a)は「本物らしさ」、すなわちそのブラ
高級品として扱われ、一般の人々が手に入れられ
ンドを本物として認識させるものと主張している。
るものではなかった。しかし、森永製菓が大衆向
このとき、特定のブランドを識別するためのブラ
けに「マリー」を販売した結果、ビスケットに対
ンド要素は、ブランド・アイデンティティを表現
する消費者の意識は「高貴なもの」から「親しみ
するものであり(Keller ,1998)、ブランドのオー
やすいもの」として変化していった。2009 年に販
ラ に と っ て 重 要 で あ る と い う ( Brown, et al.
売された「復刻版マリー」は、90 年前のパッケー
2003a)。ゆえに、多くの製品に見られる、パッケ
ジ・デザインとは異なるパッケージを採用してい
ージおよびロゴをブランド要素として扱うことが
るものの、
「多くの人が手に入れられるような親し
適切であると考えられる。また、復刻製品はオリ
みやすさを有するビスケット」という製品の有す
ジナル製品との類似性を有しているべきであろう。
る価値は提供され続けている。
なぜなら、オリジナル製品とかけ離れたパッケー
第 3 のアルカディアについて、Brown, et al.
ジやロゴで復刻製品を販売したとしても、消費者
(2003a)は「理想化された過去」、つまり理想化
はそのオリジナル製品の復刻と認識することがで
されたブランド・コミュニティのことであると述
きず、新製品として捉えてしまう可能性があるか
べている。また、堀内(2007)は「コミュニティ
らである。以上のことを踏まえて、本論ではオー
的理想郷のことで、過去が理想郷として描かれて
ラを「復刻製品とオリジナル製品のパッケージお
いることである」(p.186)と解釈している。バン
よびロゴの類似性」と定義する。「コカ・コーラ」
ダイの「キン肉マン消しゴム」を例に挙げて、ア
は当時の瓶のパッケージを忠実に再現し、視覚的
ルカディアについて考えてみよう。
「キン肉マン消
にノスタルジアに働きかけることに成功した例で
しゴム」は、漫画『キン肉マン』に登場するキャ
あろう。しかし、オリジナル製品を当時のまま精
ラクターの消しゴムフィギュアで、オリジナル製
巧に再現し、成功した例は数少ない。オリジナル
品は累計 1 億 8000 万個を売り上げ、1980 年代に
12
小学生男児を中心に人気を博した。2008 年にコミ
復刻版と、機能面が劣るが単純なオリジナル製品
ック連載開始 29 周年を記念して、製品名を通称で
の両者に肯定的な感情を示している状態が、二律
あった「キンケシ」に変更し復刻された。この復
背反の状態であると考えられる。以上のことを踏
刻版の主なターゲットであった 30 代男性は、小学
まえて、本論ではアンチノミーを「復刻製品から
生としてオリジナル製品に親しんでいた当時を懐
知覚する、現代の利便性と過去の安堵感との両方
かしんだ。また、復刻版の発売にインターネット
を望む感情」と定義する。
上では「キンケシ」のコミュニティが形成された。
2.仮説
復刻製品である「キンケシ」の成功要因の 1 つと
考えられるかもしれない。以上のことを踏まえて、
本論ではアルカディアを「復刻製品によって過去
この章では第 1 節で製品購買意図に及ぼす影響に
のコミュニティを理想郷として思い描くこと」と
関する仮説を、第 2 節ではノスタルジアに及ぼす
定義する。また、人と人同士のつながりだけでな
影響に関する仮説についてそれぞれ吟味する。第 1
く、人とモノとのつながりなど、周囲の状況もア
節で用いられる態度とは、感情をベースとした製
ルカディアの意味として含まれる。
品に対する評価のことで、購買行動を説明するた
最後に、アンチノミーについて Brown, et al.
めに必要な概念である。また、一般的に態度は、
(2003a)は「二律背反」、つまり技術進歩により
購買意図に影響を及ぼすと考えられている。以下
利便性は増したが、せわしなさを感じてしまう現
より、これらを踏まえた上で復刻製品購買意図に
代と、利便性は劣っても拘束感の少なかった過去
及ぼす影響についての仮説を第 1 節で展開してい
の両方を望む感情のことであると述べている。そ
く。
れを踏まえて、堀内(2007)は二律背反を「パラ
ドックスが内在すること(伝統とテクノロジーと
(1)復刻製品購買意図に及ぼす影響についての仮
いった、一見矛盾する側面を備えていること)」
説
(p.186)と解釈している。そして、この相反する
第 3 章第 1 節でノスタルジアを「経験、未経験
感情から、最新の技術と旧式の融合した復刻製品
にかかわらず、過去の物、人、および場所に対す
が求められていると考えられる(Brown, et al.
る経験を美化して、想起した肯定的な感情」と定
2003b)。Brown, et al.(2003a)も、オリジナル
義した。ノスタルジアは過去の物、人、および場
製品を精巧に復刻した製品は、最新の製品に比べ
所に対する感情であることを考慮すれば、過去に
性能が劣っている問題として指摘している。バン
対する態度として見なされるであろう。また、復
ダイ製「たまごっち」を扱いアンチノミーについ
刻製品は過去に一度販売されていた製品であるた
ての例を見ていく。「たまごっち」とは 1996 年に
め、復刻製品購買意図には、過去への態度が有意
“デジタル携帯ペット”というコンセプトで発売
な影響を及ぼすと考えられる。すなわち、復刻製
され、女子高生を中心に大ブームを巻き起こした。
品によって喚起されるノスタルジアが高くなると、
8 年ぶりの復刻となった「かえってきた!たまごっ
その製品に対する態度が高くなり、それゆえに復
ちプラス」は、赤外線機能を搭載しほかの人との
刻製品の購買意図も付随して高まると予想される。
通信を可能にすることで、コミュニケーション要
Cattaneo and Guerini(2010)も同様の指摘をして
素が大幅に深化した。最先端の技術を扱っている
いる。よって、以下の仮説を提唱する。
13
ジを採用する復刻製品は、連想される意味も時間
仮説 1:ノスタルジアは復刻製品購買意図に正の影
経過に伴って変容しているため、消費者に過去を
響を及ぼす。
想起させることに失敗してしまうであろう。つま
り、オリジナル製品とのパッケージの類似性の高
(2)ノスタルジアの規定要因に関する仮説 さは、意味伝達の失敗を招いて、消費者のノスタ
本論において、アレゴリーは「復刻製品が発売
ルジーを低める結果となりうる。したがって、以
されるまでに生じた象徴的な出来事を含めた歴史」
下の仮説を提唱する。
と定義される。また、アレゴリーはノスタルジア
仮説 3:オーラはノスタルジアに負の影響を及ぼす。
を 誘 発 さ せ る 要 因 と 見 な し う る ( Brown et al.
2003a)。
社会に対してインパクトを及ぼしうる象徴
的な出来事を起こしたことのある復刻製品であれ
本論において、アルカディアは「復刻製品によ
ば、それを直接経験したかどうかにかかわらず
って過去のコミュニティを理想郷として思い描く
(Holbrook and Schindler,1991)、消費者は、それ
こと」と定義される。また、アルカディアはノス
を手がかりにして過去を思い出すことがあろう。
タルジアを誘発させる要因と見なしうる(Brown et
このとき、消費者は、その象徴的な歴史を介して
al. 2003a)。消費者がオリジナル製品を使用してい
思い出された過去に、ノスタルジアを知覚するよ
た時の人間関係、併用していた物、さらにはそれ
うになると考えられる。したがって、以下の仮説
を使用した主な場所などを思い描けるような復刻
を提唱する。
製品であれば、それを直接経験したかどうかにか
かわらず(Holbrook and Schindler,1991)、消費者
仮説 2:アレゴリーはノスタルジアに正の影響を及
は、それを手がかりにして過去を思い出すことが
ぼす。
あろう。このとき、消費者は、理想郷としてのコ
ミュニティを思い描き、過去への憧憬を知覚する
本論において、オーラは「復刻製品とオリジナ
ようになると考えられる。したがって、以下の仮
ル製品のパッケージおよびロゴの類似性」と定義
説を提唱する。
される。また、オーラは、ノスタルジアを誘発さ
せる要因と見なしうる(Brown et al. 2003a)。オリ
仮説 4:アルカディアはノスタルジアに正の影響を
ジナル製品のパッケージと類似する復刻製品であ
及ぼす。
れば。消費者はそれを手がかりにして過去を感じ
るかもしれない。実際に消費者は、パッケージ・
本論において、アンチノミーは「復刻製品から
デザインから種々の意味を獲得する(Orth, 2008)。
知覚する現代の利便性と過去の安堵感との両方を
しかしながら、注意すべきことに、パッケージが
望む感情」と定義される。また、アンチノミーは、
もたらす製品の意味は、時間の経過とともに更新
ノスタルジアを誘発させる要因と見なしうる
されうる。このことを考慮すると、現代の技術と
(Brown et al. 2003a)。現代の技術と過去に感じた
オリジナル製品の様相を適切に調和させることが
安堵感とを知覚しうる復刻製品であれば、それを
復刻製品にとって重要である(Brown et al. 2003a)。
直接経験したかどうかにかかわらず(Holbrook and
このとき、オリジナル製品と全く同様のパッケー
Schindler,1991)、消費者は、それを手がかりにし
14
てより強力に過去を意識するであろう。このとき、
ると考えられる。
消費者は現代の利便性と過去の安堵感というこれ
なお、この分析を実行するにあたって、IBM
ら 2 つを望む感情を介して思い出された過去に、
SPSS Amos ver.19、および IBM SPSS Statistics
ノスタルジアを知覚するようになると考えられる。
ver.19 を使用した。
したがって、以下の仮説を提唱する。
(2)調査の概要
仮説 5:アンチノミーはノスタルジアに正の影響を
調査対象者は、都内大学のマーケティング科目
及ぼす。
を受講している大学生 187 名であり、その講義に
おいて出席点を加えるというインセンティブを与
え、本調査に協力していただくよう依頼した。1 人
の調査対象者に 2 つの異なる製品について回答し
⑤ ― ― ― 実 証 分 析
ていただいたため、全サンプル数は 374 あり、そ
1.調査の概要
のうち、分析に利用することのできない回答を除
いた有効回答数は 350(有効回答率は 93.6%)であっ
(1)分析方法の吟味 た。調査に際して、7 点リカート法を採用し、本論
本論の概念モデルの経験的妥当性を吟味するた
のモデルを構成する複数の概念に関する各質問群
め、構造方程式モデリング (Structural Equation
について、回答者に 7 段階の度合いによって示さ
Modeling: SEM)を用いる。SEM とは、複数の構成
れた「とてもそう思う」から「全くそう思わない」
概念間の因果的関係を統計的に検討するための分
までの中で、最も近い数値を選択するよう求めた。
析技法である。本論のモデルには、直接的に観測
他方、本論では財の差異及びオリジナル製品販売
することができない複数の構成概念が含まれてお
からの経年数の差異をそれぞれ考慮して調査対象
り、また、それらの因果的関係を想定している。
製品として設定した。概要は以下の表の通りであ
よって、当該分析方法を採用することが妥当であ
る。
■表―――6
調査対象製品
食品
チョコエッグ
マリー
(フルタ製菓株式会社)
(森永製菓株式会社)
オリジナル製品
1999 年発売
1923 年発売
復刻製品
2009 年発売
2013 年発売
経年数
10 年
90 年
フラワーロック
ファービー
(株式会社タカラトミー)
(株式会社タカラトミー)
1988 年発売
1999 年発売
玩具
オリジナル製品
15
復刻製品
2008 年発売
2013 年発売
経年数
20 年
14 年
(3)観測変数の設定
れている (今城,2013)。オリジナル製品の中には
質問票の作成に際し、既存研究の測定尺度を採
現在入手することが不可能もしくは極めて困難な
用し、各観測変数を設定した。
「ノスタルジア」は
製品も存在し、それゆえに希少性に差異が見られ
Holbrook (1993) から、「購買意図」については、
るかもしれない。また、復刻製品も、第 2 章にお
Baker and Churchill(1997)および Dodds, Monroe,
いて述べられたように、数量や期間の限られた製
and Grewal(1991)からそれぞれ測定尺度を用い
品が存在する。それゆえに、復刻製品間でも希少
た。なお、
「アレゴリー」、
「オーラ」、
「アルカディ
性に差異が見られる。そうすると、これら 2 つの
ア」、および「アンチノミー」については、測定尺
希少性が、復刻製品の購買意図に影響しているこ
度に言及している既存研究がないため、Brown,
とも想定される。そこで、
「オリジナル製品の希少
Kozinets, and Sherry(2003)と堀内(2007)を参
性」と「復刻製品の希少性」とが復刻製品の購買
考にして、本論独自の測定尺度を用いた。
意図に及ぼす影響を統制するために、両概念をコ
本分析に先立て、これらのすべての概念につい
ントロール変数としてモデル内に含める。なお、
て、クロンバックのα係数を算出した結果、
「アン
両概念の測定尺度については、柴田・大内・神崎・
チノミー」は 0.619 と十分に高い値であるとは言
横内(2008)を参考にして、本論独自に測定尺度を
いがたいものの、その他のすべての構成概念につ
作成した。
いて、既存研究(Hair, Anderson, Tatham and Black,
1. 分析結果
1995)が推奨する 0.700 以上の良好な値を示してい
る。関連して、すべての概念について確認的因子
分析を実施して、SCR(合成信頼性)および AVE
(1)モデルの全体的妥当
を算出した結果、SCR については、既存研究(Hair,
各モデルのパス係数の推定には最尤推定法が用
et al. 1995)の推奨する 0.500 以上という基準をす
いられた。最適化計算は正常に終了し、各モデル
べて満たしている一方、AVE については、
「アンチ
の全体的妥当性に関しては、以下のような結果が
ノミー」のみ既存研究の推奨する値 0.500 を下回
得られた。まず、χ²検定量は 425.907(p=0.000)で
った。それ以外の概念については 0.500 を上回っ
あった。χ²値/d.f.は、2.278 という数値が出力され、
ている。以上の結果から、
「アンチノミー」の測定
既存研究(Hair, et al., 1995)が推奨する 3.000 以下
尺度の信頼性・妥当性について、本論は限界を抱
という基準を満たしている。また、モデルの説明
えていると指摘される。
力を示す GFI は、0.900 であり、既存研究(Hair, et
なお、上記の変数以外に、コントロール変数を
al. 1995)が推奨する 0.900 以上という基準を満た
設定する。Cialdini(2009)は製品入手不能性を希
しているために、モデルの適合性が高いと判断さ
少性 (scarcity) と見なし、数量的制約と時間的制
れる。さらに、自由度が増減することによる見せ
約は製品の価値を増大させると主張している。さ
かけの適合度変化を考慮している指標である平均
らに、そのような希少性は消費者の購買意図を増
二乗誤差平方根(RMSEA)は 0.061 であり、既存
大させることということが、実証的に明らかにさ
研究(Hair, et al. 1995)の推奨する 0.080 以下とい
16
う基準値を下回るため、収集データは、それぞれ
(2)モデルの部分的妥当性
に正しく適合していると判断される。
モデルについて、設定したパス係数の標準化係
以上のことより、本論の概念モデルは十分に高
数値と t 値は、図表 7 に要約されるとおりである。
い全体的妥当性を示していると判断されよう。
そこで続いて、モデルの部分的妥当性の評価に進
むことにする。
■図表―――7
モデル全体の評価指標
χ²値
425.907
(p 値)
(0.000)
GFI
χ²値/d.f.
2.278
0.900
CFI
0.953
RMSEA
0.061
RMR
0.100
AIC
557.907
BIC
812.531
■図表―――8
パス係数
符号仮説
標準化係数
t値
分析結果
仮説 1 ノスタルジア→購買意図
+
0.460***
7.989
支持された
仮説 2 アレゴリー→ノスタルジア
+
0.399***
5.909
支持された
仮説 3 オーラ→ノスタルジア
-
-1.896
支持された
仮説 4 アルカディア→ノスタルジア
+
7.798
支持された
仮説 5 アンチノミー→ノスタルジア
+
-0.070
-1.066
支持されなかった
オリジナル希少性→購買意図
―
0.031
0.591
―
復刻製品希少性→購買意図
―
-0.010
-0.175
―
-0.098*
0.521***
ただし、***、**、*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で有意。無印は非有意であることを指す。
■図表―――9
17
分析結果パス図
るという知見が得られた。
3.考察
以上のことから、復刻製品購買を促進する要因として、
ノスタルジアが最も重要な要因と見なしうることが示
まず、コントロール変数として設定した希少性につい
唆される。
て見てみよう。オリジナル製品の希少性と復刻製品購買
続いて、復刻製品購買を促進するノスタルジアがいか
意図との間の標準化係数は 0.031 であり、非有意であっ
なる要因に起因しているのかについて、仮説 2 から仮説
た(t 値=0.591)。同様に、復興製品の希少性と復刻製品
5 に対応するパス係数を見てみよう。
購買意図との間の標準化係数は-0.010 であり、非有意で
仮説 2(アレゴリーはノスタルジアに正の影響を及ぼ
であった(t 値=-0.175)。これらのことから、両概念が復
す)について、アレゴリーとノスタルジアとの間の標準
刻製品の購買意図に有意に影響を及ぼしているわけで
化係数は 0.339 であり、正の値かつ 1%水準で有意であ
はないという知見を得た。
った(t 値=5.909)。よって、このことから仮説 2 は経験
他方、仮説1のノスタルジアは復刻製品購買意図に正
的に支持されたと判断できるであろう。社会に対してイ
の影響を及ぼすということについて、ノスタルジアと復
ンパクトを及ぼしうる象徴的な出来事を起こしたこと
刻製品購買意図との間の標準化係数は 0.460 であり、正
のある復刻製品であれば、それを直接経験したかどうか
の値かつ 1%水準で有意であった(t 値=7.989)。このこ
にかかわらず、消費者は、それを手がかりにして過去を
とから仮説1は経験的に支持されたと判断できるであ
思い出すことができる。それゆえ、消費者は、その象徴
ろう。したがって、復刻製品購買意図にはノスタルジア
的な歴史を介して思い出された過去に、ノスタルジアを
が影響を及ぼすということが考えられる。消費者が懐か
知覚するようになるという知見が得られた。
しさを感じることによって、復刻製品を購買しようとす
仮説 3(オーラはノスタルジアに負の影響を及ぼす)
18
⑥ ―――おわりに
について、オーラとノスタルジアとの間の標準化係数は
-0.098 であり、負の値かつ 10%水準で有意であった(t
値=-1.896)
。よって、このことから仮説 3 は経験的に支
1.学術的インプリケーション 持されたと判断できるであろう。オリジナル製品と全く
同様のパッケージを採用する復刻製品は、時間経過に伴
本論は、「いかなるメカニズムによって復刻製品は成
って製品から連想される意味も変容しているために、消
功するのか」という研究課題について、Brown,et al.
費者に過去を想起させることに失敗してしまう。つまり、
(2003a)をもとに、消費者行動論の見地から仮説の検証
オリジナル製品とのパッケージの類似性の高さは、意味
を行った。Brown,et al.(2003a)は、ノスタルジアに
伝達の失敗を招いて、消費者のノスタルジーを低める結
影響を及ぼす要因としてアレゴリー、オーラ、アルカデ
果となりうるという知見を得られた。
ィア、およびアンチノミーの 4 つを提案しものの、その
仮説 4(アルカディアはノスタルジアに正の影響を及
測定と復刻製品購買との関連性の検証を行っていなか
ぼす)について、アルカディアとノスタルジアとの間の
った。それとは対照的に、本論では、それら 4 つのノス
標準化係数は 0.521 であり、正の値かつ 1%水準で有意
タルジアの規定要因を測定した上で、4 つの要因とノス
であった(t 値=7.798)。よって、このことから仮説 4 は
タルジアとの関係性、およびノスタルジアと復刻製品購
経験的に支持されたと判断できるであろう。消費者がオ
買意図との関係性について実証分析を行った。そのよう
リジナル製品を使用していた時の人間関係、併用してい
な本論は、下記のような学術的インプリケーションを提
た物、さらにはそれを使用した主な場所などを思い描け
供している。
るような復刻製品であれば、消費者は、それを手がかり
第 1 に、Brown,et al.(2003a)の限界を解決するた
にして過去を思い出すことができる。このとき、消費者
めに、4 つのノスタルジアの規定要因を測定したことは
は、理想郷としてのコミュニティを思い描き、過去への
一定の学術的意義があると考えられる。さらに、それが
憧憬を知覚するようになると考えられるという知見が
もたらす帰結を論理的・経験的に吟味しえた。 得られた。
第 2 に、既存研究で復刻製品購買意図に影響を及ぼす
仮説 5(アンチノミーとノスタルジアは正の影響を及
と考えられる「オリジナル製品の希少性」と「復刻製品
ぼす)について、アンチノミーとノスタルジアとの間の
の希少性」とは、それぞれ、復刻製品の購買を有意に促
標準化係数は-0.070 であり、非有意であった(t 値
進しないことが明らかにされた。それとは対照的に、本
=-1.066)
。よって、このことから仮説 5 は経験的に支持
論が焦点を合わせたノスタルジアは、復刻製品購買に有
されなかったと判断されるであろう。現代の技術と過去
意な影響を及ぼしていることを明らかにした。このこと
に感じた安堵感とを知覚しうる復刻製品であれば、消費
は、既存研究(Cattaneo and Guerini, 2010)の主張を再確
者は、それを手がかりにしてより強力に過去を意識する
認できた。このことも、学術的に意義深いと考えられる。
ことができる。このとき、消費者は現代の利便性と過去
第 3 に、復刻製品の有効性に関する既存研究(柴田・
の安堵感というこれら2 つを望む感情を介して思い出さ
大内・神崎・横内,2008)は、製品カテゴリーによる差異
れた過去に、ノスタルジアを知覚するようになるという
を考慮していなかった。それゆえに、実証分析に使用さ
知見が得られなかった。
れた製品カテゴリー特有の効果を排除できていない可
能性がある。本論は、食品と玩具という特徴の異なる製
品を対象に実証分析を行ったため、製品カテゴリーの差
異によって生じる効果を適切に排除していると考えら
19
れる。それゆえに。ノスタルジアと前件・後件要因との
ョンの方法を変えることで、より効率的にプロモーショ
関係性についてより一般的な知見を得たと言えよう。 ンをすることができるであろう。 かくして本論は、以上の点に鑑みて、十分な学術的貢
これらのことより、経年数の短い製品を復刻する場合、
献をなしている。
アレゴリーとアルカディアを高める必要がある。よって、
オリジナル製品を知っている世代をターゲットにする
2.実務的インプリケーション 場合、過去に形成されていたコミュニティやその製品の
輝かしい歴史が消費者の記憶にとどまっているうちに
本論の第 4 章の仮説、および第 5 章の分析結果より、
復刻すべきである。また、オリジナル製品を知らない世
ノスタルジアは復刻製品購買意図に正の影響、アレゴリ
代の消費者に対しては、オリジナル製品の象徴的出来事
ーとアルカディアもそれぞれノスタルジアに正の影響
や歴史を感じられるようなプロモーションを行ったう
を及ぼし、オーラはノスタルジアに負の影響を与えると
えで、過去のコミュニティを想起させるような製品とし
いう知見を得た。つまり、オリジナル製品を復刻する場
て復刻すべきである。他方、経年数の長い製品を復刻す
合には、アレゴリーとアルカディアを高め、オーラを低
る場合、オーラを低める必要がある。オーラとは、復刻
めることが重要である。 製品とオリジナル製品のパッケージおよびロゴの類似
上記の結果に加え、アレゴリー、オーラ、アルカディ
性のことであり、オリジナル製品を認知している消費者
ア、アンチノミーのそれぞれの因子得点を算出し、質問
とそうでない消費者によって差異がないため、プロモー
紙調査に使用した4 製品それぞれについて一元配置分散
ションを行う上で消費者を分類する必要はないと考え
分析を行った(補録 4 を参照)。なお、本分析においてノ
られる。よって、オリジナル製品販売当時に大衆向け製
スタルジアとの関係性が経験的に支持されなかったア
品として売り出されていた製品であるならば、現代でも
ンチノミーについては言及しないこととする。分析の結
多くの人に好まれるようなパッケージやロゴに変更し
果、オリジナル製品販売から復刻製品販売までの経年数
て復刻すべきである。このように、オリジナル製品販売
の長さによって、ノスタルジアが喚起されるプロセスに
からの経年数の長さによって、消費者を分類し、復刻の
差異があるという知見を得た。オリジナル製品販売から
パターンを変えることで、復刻製品の有効性を効率的に
経年数が長い復刻製品に関しては、それら 3 つの要因の
消費者に訴えかけることができるであろう。
うち、特にオーラを抑制することによって、ノスタルジ
アを喚起することができるという知見が得られた。他方、
3.本論の限界 経年数が短い復刻製品に関しては、3 つの要因のうち、
特にアレゴリーとアルカディアによってノスタルジア
以上のような成果をあげた本論だが、他方で、いくつ
が喚起されていた。このことは、一様に成功しているよ
かの限界が指摘されるであろう。 うに見えた復刻製品が、すべて同じように成功している
第 1 に、質問紙調査において、本論では時間的・金銭
のではなく、オリジナル製品販売からの経年数の長さに
的制約ゆえに対象者を大学生に設定したため、調査対象
より、ノスタルジアの喚起されるプロセスに違いがある
世代の偏りが限界として指摘されよう。今回の研究対象
ことを明らかにした。 が復刻製品であることを考えると、消費者の年齢によっ
これに関連して、企業はそのオリジナル製品をターゲ
て調査の結果に差が見られるかもしれない。それゆえ、
ット世代が認知しているか否かを特定することがある
今後は無作為抽出法を用いて、より幅広い世代のデータ
程度可能である。そして、消費者を分類し、プロモーシ
に基づき調査を行う必要があろう。 20
第 2 に、質問紙調査を実施するにあたって、対象者の
び販売されること」と定義し、そのような製品を復刻製
世代のほかにも消費者間の差異を吟味していないこと
品と称した。他方、レトロな雰囲気を感じさせるパッケ
が挙げられる。例えば、オリジナル製品の使用経験があ
ージや商品名で販売しているが、過去に販売されていた
る場合とない場合とでは、復刻製品に対する消費者の態
事実がなく、視覚的に懐かしさを訴求する製品も存在し
度が異なることも考えられる。このことを考慮した上で、
ている。本論の構築したモデルを拡張すれば、製品復刻
本論のモデルを改良する余地が残されている。 とは異なるレトロ・マーケティングの有効性を吟味する
第 3 に、概念モデルにおけるアンチノミーの信頼性係
ことができるであろう。その上で、レトロ・マーケティ
数が、既存研究の推奨する値に達していなかったことも
ングのいかなる手法がより有効なのかを吟味すること
問題視されるべきであろう。今後、アンチノミーに関す
も、今後、議論する余地のあるテーマであろう。
る観測変数をより精緻に吟味がする必要がある。 以上のように、本論はいくつかの限界を残しながらも、
第 4 に、いくつかの既存研究では、ノスタルジアをい
多くの成果を挙げ、今後の研究の進展に役立つものであ
くつかに分類することを提案していたものの、本論では
ると結論付けられる。
ノスタルジアを 1 つの概念として捉えている。このこと
について、一定の論理的妥当性が認められるものの、よ
参考文献
り詳細に他の概念との関係性を吟味するためには、ノス
タルジアを分類する必要があるかもしれない。もしくは、
Ayozie Daniel Ogechukwu .[2013], “Consumerism the Shame
本論で構築されたモデルの頑健性を吟味するために、対
立するモデルとしてノスタルジーを分類するモデルを
of Marketing in Nigeria: Challenges to Corporate
構築して比較しなければならないかもしれない。ただし、
Practices,” Journal of Management and Social Sciences ,
このことは、本論の限界であると同時に、復刻製品研究
Vol.3, No. 3, pp.49-71.
のみならず、ノスタルジア研究の抱える限界でもある。
Baker, Stacey Menzel and Kennedy, Patricia F. [1994],
“Death by Nostalgia : A Diagnosis of Context−Specific
4.今後の課題 Cases”, Advances in Consumer Research,Vol. 21,
pp.169-174.
いくつかの限界が指摘されるものの、本論の成果に基
Belk, R.W. [1990], “The Role of Possessions in Constructing
づき、今後、以下のような研究の展開が期待される。
and Maintaining a Sense of Past”, in Goldberg,
まず、本論は、消費者行動研究の見地から、復刻製品
M.E :Gorn, G. and Pollay, R.W. (Eds.), Advances in
が成功するメカニズムを明らかにすることができた。今
Consumer Research, Association for Consumer Research,
後、同様の見地に立つならば、復刻製品が成功する要因
Provo, pp.669-676.
として、消費者を取り巻く環境要因として、製品が復刻
Brown, Stephen.[1999], “Retro-marketing: yesterday's
させる時代の状況や、消費者に関連する他の心理的要因
tomorrows, today! Marketing intelligence and
も考慮してモデル改良を行うことが期待される。例えば、
plannimg”,Vol.17, No. 7, 363-76.
―――,[2001],“Mareting - The Retro Revolution. London”,
経済不況時における消費者の心理的状態を考慮して復
Sage Publications.
刻製品の有効性を吟味することは興味深いであろう。
また、本論では、復刻を「過去に販売されていた製品
―――, Kozinets, Robert V., and Sherry, John F., Jr. [2003a].
が販売終了ないし、パッケージの変更を経験した後、再
“Teaching Old Brands New Tricks : Retro Branding and
21
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日アクセス) 新発売
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森永製菓株式会社 公式HP:
「ハイチュウ」なつかしの味 総選
カルピス株式会社 公式HP:
「カルピス」発売90周年の取り
挙でNo.1の味を復刻!「ハイチュウ<ヨーグルト>期間限
組み|プレスリリース|
定で新発売 23
rg_cmp_readnews.cgi?no=67, 2013 年 10 月 28 日アクセス) (http://www.morinaga.co.jp/company/pdf/20120605_01.pdf,
2013 年 10 月 27 日アクセス) 雪印メグミルク株式会社 公式HP:
「雪印 ネオソフト」に復刻
森永製菓株式会社 公式HP:ビスケットシリーズラインナップ
版登場 - 雪印メグミルク (http://www.morinaga.co.jp/biscuit/campaign/, 2013 年 10 月
(www.meg-snow.com/news/2013/pdf/20130215-552.pdf, 2013
5 日アクセス)
年 10 月 25 日アクセス)
森永製菓株式会社 公式HP:ビスケット誕生秘話『時代を超え
たビスケット、マリー』
日本経済新聞夕刊:
「復刻版」熱い、車・食品など続々 定番に
(http://www.morinaga.co.jp/biscuit/history/story/ex_marie.p
安心感
hp, 2013 年 10 月 28 日アクセス) (2012 年 2 月 23 日付,1 面)
森永製菓株式会社 公式HP:
『復刻版マリー』期間限定発売
(http://www.morinaga.co.jp/cgi-bin/company/newsrelease/m
24
補録 1 質問紙調査表
復刻製品に関する意識調査
<ご挨拶>
私たちは、現在、東京経済大学経営学部森岡耕作ゼミナールでマーケティングに関する研究・調査を
行っています。近年の復刻製品市場に関心を持ち、日々研究を進めています。この調査を進めるにあた
って、復刻製品に対する消費者の意識のデータを必要としています。
ご回答いただいた内容は研究以外の目的に使用されることはなく、個人を特定する情報が外部に流出
することは一切ございません。また、分析の精度を高める為に、似たような質問がいくつか設定されて
いますが、必ずすべての質問にご回答いただきますようお願い申し上げます。
<ご回答にあたって>
・他の方と相談されることなく、ご自身の考えを記入�してください。
・お手数ですが、ご回答が終わりましたら、記入�漏れがないかもう一度ご確認ください。
※調査結果につきましては、下記のとおりご報告させていただく予定です。
関東学生マーケティング大会(2013 年 11 月 30 日/於:学習院大学目白キャンパス)
東京経済大学経営学部ゼミ報告会(2013 年 12 月 21 日/於:東京経済大学国分寺キャンパス)
東京経済大学経営学部森岡耕作ゼミナール(長谷川班)
飯島友典・加納政宗・小林果歩・長谷川愛・前嶋美�樹・渡辺有希江
25
補録 1 質問紙調査表
①チョコエッグ(フルタ製菓株式会社)について伺います。以下の項目についてあてはまるものに○をつ
けてください。
26
補録 1 質問紙調査表
(1)森永マリー(森永製菓株式会社(MORINAGA&CO.,LTD.))について伺います。以下の項目について
あてはまるものに○をつけてください。
27
補録 1 質問紙調査表
②フラワーロック(株式会社タカラトミー)について伺います。以下の項目についてあてはまるものに○を
つけてください。
28
補録 1 質問紙調査表
(2)ファービー(株式会社タカラトミー)について伺います。以下の項目についてあてはまるものに○をつ
けてください。
29
補録 2 質問紙調査資料
① チョコエッグ(フルタ製菓株式会社) オリジナル製品 復刻製品 製品名 チョコエッグ動物シリーズ 1(日本の動物) チョコエッグ 10th(日本の動物) 製品概要 1999 年発売。 2009 年発売。 卵型のチョコレートの中に 発売から 10 周年記念&累計 50 弾の記念として 精工な日本の動物のフィギュアが入っており、 初代と同じ日本の動物のフィギュア入りを発売。 食玩ブームの火付け役となった。 30
補録 2 質問紙調査資料
(1)森永マリー(森永製菓株式会社(MORINAGA&CO.,LTD.))
オリジナル製品 復刻製品 製品名 マリー丸缶入り 24 枚復刻版マリー 製品概要 1923 年発売。 2013 年発売。 森永の代表的なビスケット。 発売 90 周年記念として復刻された。 これまで高級品であったビスケットを 当時の素朴な味も再現されている。 大衆化させた。 31
補録 2 質問紙調査資料
② フラワーロック(株式会社タカラトミー)
オリジナル製品 復刻製品 製品名 フラワーロック フラワーロック 2.0 製品概要 1988 年発売。 2008 年発売。 全世界で累計 850 万個売り上げた。 新機能として、LED が常にカラフルに光り、 周囲の音に反応し、踊るように動く。 音楽プレーヤーとの連動機能などが搭載された。 32
補録 2 質問紙調査資料
(2)ファービー(株式会社タカラトミー)
オリジナル製品 復刻製品 製品名 ファービー ファービー 製品概要 1999 年発売。 2013 年発売。 動きを交えて話す人形として 初代ファービーよりも語彙が豊富であり、 社会現象を巻き起こした。 スマートフォンとの連動機能なども追加された。 全世界で 4000 万個を販売。 33
補録 3 各概念の測定尺度
構成概念 質問項目 α係数 SCR
AVE
0.894
0.894
0.738
0.838
0.842
0.642
0.866
0.887
0.732
0.619
0.556
0.313
0.856
0.884
0.725
0.871
0.880
0.713
0.754
0.773
0.541
0.903
0.914
0.783
そのオリジナル製品は、一時代の歴史を築いた。 アレゴリー そのオリジナル製品は、発売されていた当時を象徴するものである。 その復刻製品は、発売当時流行していた。 その復刻製品は、オリジナル製品に似ている。 オーラ その復刻製品は、オリジナル製品の復刻版だと十分に認識できる。 その復刻製品は、オリジナル製品の雰囲気を十分に感じる。 その復刻製品は、過去の人との楽しかったつながりを思い出される。 その復刻製品は、過去の楽しかった周囲の環境を思い出させる。 アルカディア その復刻製品によって過去の人との楽しかった繋がりを思い出すことができ
ない。 その復刻製品は、昔の技術の乏しさを感じる。 アンチノミー その復刻製品をみると、技術の変化のすごさを十分に感じることができる。 その復刻製品からは、現代の技術進歩を感じられない。 そのオリジナル製品は、常に入手することができる。 オリジナル製品 そのオリジナル製品は、いつでも販売されている。 の希少性 そのオリジナル製品は、いつでも販売されているわけではない。 その復刻製品は、常に入手することができる。 復刻製品 その復刻製品は、いつでも販売されている。 の希少性 その復刻製品は、いつでも販売されているわけではない。 その復刻製品をみると、昔に戻りたい気持ちになる。 その復刻製品をみると、古き良き時代のことを思い出す。 その復刻製品をみると、昔に戻りたいとは決して思わない。 ノスタルジア その復刻製品をみると、今という時代が生き生きしていると感じる。 その復刻製品をみると、今日が色あせて感じる。 その復刻製品をみると、懐かしさを感じる。 その復刻製品を使ってみたい。 購買意図 その復刻製品を試してみたい。 その出国製品を絶対に買いたくない。 34
補録 4 各因子における製品間比較表
F 値:32.859*** (***:1%水準で有意)
F 値:18.187*** (***:1%水準で有意)
35
補録 4 各因子における製品間比較表
F 値:16.881*** (***:1%水準で有意)
F 値:7.876*** (***:1%水準で有意)
36