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お 客 様 の た め の 技 術 情 報 誌
◆特集…湿度計測
CONTENTS
■技術レポート1
○湿度計測に関する規格と
トレーサビリティーの最近の動向(その1) 1
■技術レポート2
○HASTにおける湿度計測と制御 5
■トピックス
○事業紹介……トレーサビリティー・サービス 12
株式会社
技術レポート
1
湿度計測に関する規格と
トレーサビリティーの最近の動向(その2)
稲松照子*
湿度計測は、気象の分野では紀元前から行われているように長い歴史をもっているにもかか
わらず、技術的にはあまり進歩しにくい分野で、いまだに、原理的には18世紀に考えられた
露点計を持ち回りの基準にしようとしている。そこで、技術情報として新しい湿度計測につ
いて紹介するのではなく、最近、制定・改正された J I S規格について解説し、次の号で、新計
量法に伴うトレーサビリティーへの動きについて述べる。
1. 新しい規格について
水分についてはそれを含む物質や材料によって分析・試験
方法が決められる傾向にあるので比較的多いが、湿度に関す
JI S( 日本工業規格) の中から水分・湿度関連のものを拾い上
げてみると表1に示すようなものがある。
るものはそれほど多くない。J I S Z 8806「湿度測定方法」は
1961年に制定され、数少ない湿度測定のための指針として広
く使われてきた。その後、1981年に見直されてはいるものの、
表1 湿度・水分に関する日本工業規格
JIS B 7306
自記湿度計
湿 JIS B 7920 湿度計−性能試験方法
JIS K 0225 希釈ガス及びゼロガス中の微量成分測定方法
度
時代に合わない点もでてきたので、1995年に大幅に改正され
て、名称も「湿度−測定方法」 となった。また近年、省エネ
のための環境制御の要請、データ処理技術の進歩、新しい物
質の開発などによって種々のセンサが出現した。特に、湿度
センサは今までよいものがなかっただけに、開発研究が盛ん
JIS Z 8806
湿度−測定方法
JIS A 1203
土の含水比試験方法
JIS K 0113
電位差・電流・電量・カールフィッシャー滴定方法通則
JIS K 0068
化学製品の水分測定方法
JIS K 2275
原油及び石油製品水分試験方法
JIS K 2301
燃料ガス及び天然ガス−分析・試験方法
JIS M 8211
鉄鋼石−化合水定量方法
JIS P 8002
パルプ材分析用試料の水分試験方法
JIS P 8127
紙及び板紙の水分試験方法
所の湿度が問題になる場合が多いということで、芝亀吉先生(東
JIS Z 2101
木材の試験方法
洋大名誉教授)を委員長として、1958年から2年以上かかっ
JIS C 0022
環境試験方法(電気・電子)高温高湿(定常)試験方法
JIS C 0027
環境試験方法(電気・電子)温湿度サイクル
で、湿度計の種類が多くなり、性能の評価が議論され、評価
水
分
環
(12+12時間サイクル)試験方法
JIS C 0028 環境試験方法(電気・電子)温湿度組合せ(サイクル)試験方法
JIS C 0032 環境試験方法(電気・電子)機器用高温高湿(定常)試験方法
境
JIS C 0033
環境試験方法−電気・電子−耐湿性試験−指針
JIS Z 8703
試験場所の標準状態
方法の統一が必要となり、1993年にJ I S B 7920「湿度計−性
能試験方法」が作られた。
1-1 JIS Z 8806 -1995「湿度−測定方法」
1-1-1 経 緯
繊維、化学、精密機械などの生産の過程および試験する場
て、A S T M(米)やB S(英)などの外国規格および内外の文
献を参考に原案がまとめられた。その後、かなりの歳月が経
過し、実用に供されている方法に変化が生じており、内容を
全面的に見直すことを目的に1981年に改正されたが、電気的
な測定方法などについては統一的な記述ができないままで、
再び時間が経過した。
数年前から、 ISO 9000シリーズの品質保証制度の普及など
に伴って、湿度の標準供給に対する要望が高まり、国際度量
衡委員会で国際比較の提案がなされるという状況のもとに、
後述の新しいJIS が作られ、重複する記述を整理しなければ
ならないなど内外ともに改正の必要が生じた。
* 日本計量協会 調査役、元計量研究所 主任研究官、工学博士
1
ESPEC技術情報 No.5
今回の改正原案作成委員会は小林壽太郎先生(元気象研究
(4)湿度測定方法の種類
所 所長)を委員長とし、
(社)計測自動制御学会を事務局とし
従来と全く違った観点から、測定方法を物理・化学的な原
て、委員18名で構成され、1年弱という短期間ながら精力的
理に従って整理し、分離定量、熱力学的平衡温度測定、空気
な活動の後、1995年7月に日本工業標準調査会 第70回基本部
の物性測定、吸湿性物質の物性測定のそれぞれによる方法の
会で承認され、12月に発行された。
4つに分類してある。
1-1-2 内 容
規格の構成は本文と解説より成り、本文は
・適用範囲
(5) 測定方法及び計測器
湿度の測定方法および計測器の選択に当たって留意する事
項を記してある。
・用語の定義
・湿度の表示・単位及び関係式
以上の項目の後では新しい分類に従って、実際使用される
・湿度測定方法の種類
計測器について述べ、原理、構成、測定範囲および精度、取
・測定方法及び計測器
扱い方法および注意事項を規定してある。測定範囲および精
・分離定量による方法
度については評価が難しく、これまでは何も規定されていな
・熱力学的平衡温度測定による方法
かったが、あえて具体的な数値を挙げるようにしてある。
・空気の物性測定による方法
・吸湿性物質の物性測定による方法
・湿度計の校正方法
に分かれている。
(1)適用範囲
旧規格は適用範囲を鉱工業に限っていたが、湿度測定は非
常に広い分野で用いられているので、その記述を除いた。
また、従来は気体の湿度の測定となっていたが、対象を空
気に限定している。
(2)用語の定義
空気に限定したため、空気、乾燥空気および湿潤空気に
ついて定義している。また、飽和水蒸気圧、感湿部および
感湿素子の定義を加えている。
(3)湿度の表示・単位及び関係式
(6)分離定量による方法
一般に用いられる方法ではないが、絶対測定が可能で、湿
度の基準とされているひょう量法を取り上げている。
(7)熱力学的平衡温度測定による方法
これには従来の露点計と乾湿計が属する。
露点計は、湿度標準のトランスファ機器としても用いられ
る重要な測定器であるので、特に取扱い方法および注意事項
を詳しく記述している。塩化リチウム露点計については、近
年利用が少なくなっているようであるが、まだ使用例がある
ので、今回は残している。
通風乾湿計は正しい使用方法に従えば信頼性の高い計器で
あり、気象関係で基準とされているほか、実用的にも湿度セ
ンサや毛髪湿度計のチェックなどに用いられているので、ISO
湿度は多くの表示方法および単位があるので、国内で、あ
との整合を図りながら、かなりのスペースを割いて規定し
るいは国際的に用いられている単位を追加し、並べ方を変え
ている。乾湿計公式はSprungの式6)を踏襲し、解説にWMO
て、定義式を与えている。単位の換算については、規格の解
基準乾湿計などを紹介している。また、付表の乾湿球温度か
説付表に記してある。本文付表の水の飽和蒸気圧の表につい
ら相対湿度を求める湿度表は、従来の湿球温度基準から乾球
ては、湿度以外の分野でも利用されていることを考慮して、
温度基準に改め、従来の表は解説付表としている。
温度目盛をITS- 90に改め、試験機メーカなどの要望を入れて、
温度範囲を従来の−100∼+100 ℃から高温側を臨界点(約
374 ℃) までに拡大してある。表の計算に用いる飽和蒸気圧
式は、−100∼+100 ℃の範囲では、従来の Goff-Gratchの
式1)に代えて、Sonntagの式2)を採用している。理由は、q
世界気象機関(WMO)で採用されている、w質量関連量諮
問委員会(CCM)および諸外国の国立標準機関で用いられて
(8)空気の物性測定による方法
熱伝導率式湿度計を新しく採用し、解説にライマンα/OH
蛍光法、屈折率測定による方法などの新しい技術を紹介して
いる。
(9)吸湿性物質の物性測定による方法
吸湿による電気的特性の変化を利用する方法としては、従
いるWexlerの式3)とほとんど同等の飽和蒸気圧値を与える、
来、電気抵抗式湿度計のみが取り上げられていたが、現在は
e水の三重点の圧力がGuildnerらの絶対測定値4)と一致す
電気容量式などもあるので、電子式湿度計という広義の名称
るなどである。
を採用している。種類として塩化リチウム電気抵抗式湿度計、
100 ℃以上では、国際水・蒸気性質委員会(IAPW S)で採
高分子電気抵抗式湿度計、高分子電気容量式湿度計、セラミ
用されているWagner-Prussの式5)を用いている。計算機を
ックス電気抵抗式湿度計を取り上げ、共通的な取扱い上の注
内蔵した計測器での利用などのために、これらの式を簡易式
意事項を規定して、個別に特記すべき事項を示している。
を含めて規格の解説表に説明し、精度を要する扱いのために、
解説には、新しい原理や素材による電子式湿度計として、酸
圧力の補正に必要な増加補正係数についての記述もある。
化アルミニウム皮膜湿度計、限界電流式湿度計、濃淡電池式
湿度計、半導体湿度計を紹介している。
ESPEC技術情報 No.5
2
(10)湿度計の校正方法
標準湿度発生方法などは後述の JIS B 7920を引用するこ
ととし、従来の項目の湿度が分かっている気体を得る方法を
削除した。
その他に関連規格として、湿度・ 水分測定に関連する JIS
および国際規格・ 外国規格のリストを記している。解説には
本文の項目に従って、教科書として使用できるような、詳細
な説明を加えている。
1-1-3 問題点
問題点としてはいくつか考えられるが、現在、次のような
課題にまとめられる。
(1)用語・記号の統一
この J I S に限ったことではないが、湿度の分野では統一に
向けての活動がほとんど行われていないので、この機会に課
題として取り上げたい。まず記号では、特に相対湿度を今ま
で広く用いられているHではなく、Uとしたことに疑問や反
論があると考えられる。変えた理由は、JIS B 7920の解説に
述べられているが、世界気象機関や国際法定計量機関の動き
1-2 J I S B 7920 -1994「湿度計−性能試験方法」
1-2-1 経 緯
前記のように J I S Z 8 8 0 6「湿度−測定方法」は途中で記
号や単位の修正をしただけではなく、1981年には改正委員会
を作って本格的に改正をしようとしたが問題点が多く、1年
間の議論では満足できる改正が行われなかった。その経験と
新たに策定する困難を考えて、まず湿度計測研究懇談会で19
88年8月より2年半をかけて、湿度計の評価方法について討
議を重ね、業界規格として「 湿度計の性能試験方法」 とその
解説を作った。ちなみに、この懇談会は湿度に係わる問題を
自由に討議するために、1985年に日本計量機器工業連合会を
事務局として発足した任意の団体である。それを母体に、小
林壽太郎先生を委員長として、1992年6月に JIS 原案作成委員
会ができ、1年間の審議の後、JI S B 7920「湿度計−性能試験
方法」となって、 1993年度に新しく湿度関連の JI Sに加えられ
た。
1-2-2 内 容
規格の構成は本文と解説より成り、本文は
に合わせようということである。その他に、湿度には表示方
・適用範囲
法が多く、換算に温度、圧力、定数などを使用するので、そ
・用語の定義
れぞれの記号を他の分野とともに統一したいということがあ
・湿度計の種類
る。その中で湿度の分野に限ったこととしては、乾球温度、
・性能試験
湿球温度、および露点温度の区別や測定状態と飽和状態の区
別を表す添字が、紛らわしくならないような統一が望まれる。
用語に関しては、機械、建築、空調などの分野で混同して使
用されている絶対湿度と混合比の区別、乾湿計への統一、命
名について議論が多かった電子式湿度計という名称の普及な
どが挙げられる。
(2)湿度関連 JIS の整合
本規格は湿度一般の解説書的な色彩が濃く、その中に湿度
計についても触れられ、従来のものは校正方法で性能試験に
までも言及していた。後述のように、性能試験方法を独立さ
・性能の表示
に分かれている。
(1)適用範囲
湿度計は種類が多く、感湿部だけの性能試験では表示が統
一できず、また、変換や補償に使われる回路などによって、
さらに性能の変動が生じる可能性があるので、適用範囲は湿
度の表示機構を持ったものに限定されている。
(2)用語の定義
他の規格で定義されていない特殊な用語として、感湿部、
試験槽および飽和槽が定義されている。
せた J I S ができた現在、問題になるのは湿度計の種類ごと
の規格を作るということである。日本では湿度計の規格とし
ては、自記湿度計という表題の毛髪湿度計だけであるが、
(3)湿度計の種類
通風乾湿計、露点計、伸縮式湿度計、電子式湿度計およ
AS T M(米)
、BS(英)
、DIN(独)などでは、湿度計の種類
びその他の湿度計に分けて説明されている。通風乾湿計とい
ごとに規格が作られており、J I S をそれに合わせることも検
うのは、従来通風乾湿球湿度計と呼ばれることが多かったが、
討する必要があろう。
現在は使用する温度計がガラス製温度計とは限らず、球とい
う文字は適当でないという理由で除かれたものである。電子
式湿度計は、それまでの J I S では電気抵抗式湿度計だけが
取り上げられていたが、電気抵抗を含めたすべての電気量に
対して用いられるように新しく命名されたものである。その
他の湿度計としては、解説で塩化リチウム露点計、簡易乾湿
計、サーミスタ湿度計が挙げられている。
(4)性能試験
湿度計の性能試験を行うには、湿度のわかった雰囲気が必
要であるから、標準湿度発生装置を用いるか、または湿度を
一定に保つことができ、その値が標準湿度計によって測定さ
れる恒温恒湿槽を用いなければならないとされている。標準
湿度発生装置は、本文中に湿潤空気の発生方法として説明さ
れているいずれかの方法によって所定の湿度の空気を発生さ
せ、維持できるものであって、かつ、国の湿度標準にトレー
サブルであることが確認されているものという規定がある。
3
ESPEC技術情報 No.5
また標準湿度計は、目量や読み取り限度を指示した通風乾
湿計、または読み取り限度を指示した露点計であって、かつ、
標準湿度発生装置などによって校正されているものという規
定がある。試験範囲は温度10∼40 ℃、相対湿度30∼90%に限
られ、性能として器差、応答性、再現性、温度依存性、ヒス
テリシス、短期および長期安定性の測定方法と表示方法が決
められている。
(5)解 説
まず、種々の湿度表示の定義とそれらの間の換算式、飽和
水蒸気圧、および湿潤空気の増加補正係数についての詳細な
解説がある。さらに、相対湿度の記号、絶対湿度と混合比の
区別、湿度の標準、湿度計の試験に必要な前処理の事例、本
文中に取り上げられた性能試験の趣意などについて記述され、
本文よりも多くの紙面を使い、参考文献も付記されている。
湿度計測ひとくちメモ
湿度を計るということについて、昔からいろいろな方
法が考えられてきました。
15世紀から16世紀にかけて活躍したレオナルド・ダ・
ビンチは、物体が水分を吸収すれば重くなるという現象
を利用して図1のような天秤式湿度計を考案しました。
一方の皿には水分を吸収・発散しやすいもの、他方には
水分を吸収しないものを置きます。湿度が高くなると水
分を吸収しやすい方が重くなり、天秤が傾きます。その
傾きの程度で湿度が測定できます。当時の天秤の精度か
ら考えれば、高精度の湿度測定は無理であったと思われ
ますが、湿度の大きな変動をとらえて季節の確認や天気
の予報に利用されていたようです。
1-2-3 問題点
(1)
「湿度−測定方法」との整合
この JIS ができた後で JIS Z 8806「湿度−測定方法」が改正
されたので、再び、用語、記号および内容について整合する
必要性が生じている。
(2)試験範囲の拡張
まず一般的に信頼性のある性能評価ができることを目指し
て規格を作ったので、温度および湿度範囲を限定している。
しかし、産業界では100 ℃近傍、またはそれ以上の高温度や
0 ℃以下の低温度で、高湿度や低湿度の測定・制御が要求さ
れ、JISで決めた範囲以外の湿度測定を目的とした湿度計や
水分計も市販されている。したがって、それらの評価のため
に、標準湿度発生装置および標準湿度計の使用範囲の拡張と、
それに伴う試験方法の検討が今後の大きな課題となるであろ
う。
図1 レオナルド・ダ・ビンチの考案した天秤式湿度計
次号(その2)では、トレーサビリティーへの動きについて述
べる。
《次号目次》
2.トレーサビリティーへの動き
2-1 日本の湿度標準の現状
2-2 日本のトレーサビリティー体系
編集室より
本文中の飽和蒸気圧式および乾湿計の公式について、詳細にお知りになりたい方は、以下の参考文献をご参照ください。
本文中の添字の番号と参考文献の番号は対応しています。
著者の参考文献については、次号にまとめて掲載します。
1)J. A. Goff and S. Gratch :Low-pressure Properties of Water from−160 to 212 F, Trans. Amer. Soc. Heat. and Vent. Eng. 52, (1946) 95-122
2)D. Sonntag :Important new Values of the Physical Constants of 1986, Vapour Pressure Formulations based on the ITS-90, and Psychrometer
Formulae, Z. Meteorol. 70-5, (1990)340-344
3)A. Wexler:Vapor Pressure Formulation for Water in Range 0 to 100 ℃. A. Revision, J. Res. Net. Bur. Stand., 80A. (1976) 775-785
A.Wexler :Vapor Pressure Formulation for Ice, J. Res. Nat. Bur. Stand., 81A, (1977)5-20
4)L. A. Guildner, D. P. Johonson and F. E. Jones : Vapor Pressure of Water at Its Triple Point, J. Res. Net. Bur. Stand. 80A, (1976)505-521
5)W. Wagner and A. Puss:International Equations for the Saturation Properties of Ordinary Water Substance. Revised According to the International
Temperature Scale of 1990. Addendum to J. Phys. Chem. Ref. Data 16, 893 (1987), J. Phys. Chem. Ref. Data 22-3, (1993)783-787
ESPEC技術情報 No.5
4
技術レポート
2
HASTにおける湿度計測と制御
山本 敏男*
HASTはHighly-Accelerated Temperature and Humidity Stress Testの略称であり、環
境パラメータとして温度、湿度を主体とした高度加速耐湿性評価試験方法である。HASTは、
プレシャークッカーテスト(PCT)または不飽和プレシャークッカーテスト(USPCT)と呼
ぶこともある。一般の耐湿性評価試験方法と大きく異なる点は、温湿度に係わる環境が
100℃以上の領域であり、しかも高密度な水蒸気雰囲気の中での試験であることである。
H A S T の目的は、試験槽内の水蒸気圧力を供試品の内部の水蒸気分圧よりも極端に高めるこ
とにより、供試品内部への水分の侵入を時間的に加速することで、その耐湿性を評価しよう
とするものである。
本稿は、このような特異な環境のもとで行なわれる試験に係わる温度、湿度などの環境因子
の取り扱い、実際の試験装置や試験規格の現状、および1 0 0℃以上での湿度の計測と制御に
関し、限定された範囲から報告する。
1. 試験実施時の環境
まず図1で示すように、大気圧下において区画された容積V
の空間に乾燥空気と水蒸気が存在していると仮定しよう。
1-1 HASTにおける相対湿度
H A S Tで扱う相対湿度は、大気圧下で定義されている相対
湿度の概念とは異なるので留意しておく必要がある。大気圧
下では「一定容積の空気中に実際に含まれる水蒸気量と、そ
の空気がそのときの温度で含み得る最大(飽和)の水蒸気量
との比」で表わすことになっており、圧力の観点からは乾燥
空気圧+水蒸気圧=全圧の関係を前提としている。この全圧
は常に大気圧近傍の値にあり、水蒸気圧は大気圧で制限を受
け、それ以上は上昇することができない。ところがH A S Tで
は大気圧下の雰囲気とは完全に遮断された密閉容器内で、し
かも空気が存在しない完全な水蒸気雰囲気として論じられる。
T,V
P = Pa + Pw
(P s)
図1 区画された大気圧下空間
そのときの温度における各々の分圧をP a、P w、水蒸気の飽
和圧力をPsとするとき、相対湿度ψは次式で定義されている。
ψ=
Pw
Ps
×100(%RH)
このとき、ψは全圧 Pおよび乾燥空気の分圧Paには無関係
なものとしている。
* 環境試験技術センター
5
ESPEC技術情報 No.5
次に、この空間を完全密閉としてPa分の乾燥空気を何らか
の方法で排出し、空間内が水蒸気のみで満されたとすると、
P = Pw = Ps
の関係が成り立つ。従ってこの空間内では水蒸気は単独の理
想気体として取り扱うことができ、温度、圧力の一方が決ま
れば、他方が自動的に決まることになる。すなわち、
PV = n K T(K:ボルツマン定数)あるいはPV = RT
が成立する。但し現実にはこのような線形ではなく
●蒸気表(次ページ)の見方
蒸気表は、次のようにして使う。
例えば、完全密閉空間内の温度、相対湿度をそれぞれ130℃、
90%RHとしたとき、圧力は0.2431MPa a b s.、Saturation
temperatureは126.5 ℃となる。
Relative Humidity
%RH
90
PV = R T + Pf(P.T )
P:圧力
V:容積
R:気体定数
T:温度
f(P.T )修正項(圧力と温度に関する)
Temp.
℃
130
.2431
126.5
上段は圧力(MPa abs.)を示す。
下段はSaturation temperature
(℃)を示す。
のような修正項が付いたものになる。この修正項の補てんも
含め、H A S Tでは温度と飽和水蒸気の関係を表わしたK関数*
図3 蒸気表の見方
をもとにした蒸気表(日本機械学会編)を基準として用いて
いる。
さて、図2のように完全密閉された空間内は常にそのとき
の温度における飽和水蒸気雰囲気にあるものとして、その中
の部分空間(破線で囲まれた空間)をさらに加熱して T’
>T
としたとすれば、その部分空間内に不飽和水蒸気領域が生じ
たとみなすことができる。そこでこの部分的空間の温度T ’に
対する飽和水蒸気圧をP s’とし周囲の飽和水蒸気圧をP sとす
れば、
周囲の飽和水蒸気圧(Ps)
ψ’=
×100
(%RH)
部分空間の温度における飽和水蒸気圧(Ps’
)
を定義してH A S T における相対湿度と称している。
このように大気圧下ではすべてを同一温度下で処理してい
るが、H A S T では各々異なった温度をベースとして相対湿度
を算出している。
T, V, (Ps)
T’
(Ps’
)
図2 完全密閉空間
* K関数(換算飽和圧力)
この関数は飽和線を表わし、この曲線はまた部分領域間の
境界線でもある。換算飽和圧力βkを換算温度θの関数として
表わした式は、次の通りである。
5
β(θ)
k
= exp
1
・
ν
Σ kν(1−θ)
ν=1
1−θ
2
2
θ 1+k(1−θ)
6
+k (
7 1−θ) k 8(1−θ)+k
9
K関数に含まれる定数の値は、
k6 = 4.167 117 320×10 0
k7 = 2.097 560 760×10 1
k8 = 10 9
k9 = 6
出典:1968日本機械学会蒸気表(JSME STEAM TABLES)
上式より作成された蒸気表は、表1(次ページ)の通りである。
ESPEC技術情報 No.5
6
表1 蒸気表(乾球温度 100℃ t o 170℃)
Pressure . MPa
Temp .
℃
7
abs . /
Relative
Saturation
Humidity
Temperature
℃
%RH
Temp .
℃
100
95
90
85
80
75
70
65
60
55
50
100
.1013
100.0
.0963
98.6
.0912
97.1
.0861
95.5
.0811
93.9
.0760
92.1
.0709
90.3
.0659
88.4
.0608
86.3
.0557
84.1
.0507
81.7
100
101
.1050
101.0
.0997
99.6
.0945
98.1
.0892
96.5
.0840
94.8
.0787
93.1
.0735
91.2
.0682
89.3
.0630
87.2
.0577
85.0
.0525
82.6
101
102
.1088
102.0
.1033
100.6
.0979
99.0
.0925
97.5
.0870
95.8
.0816
94.0
.0761
92.2
.0707
90.2
.0653
88.1
.0598
85.9
.0544
83.5
102
109
.1385
109.0
.1316
107.5
.1247
105.9
.1177
104.3
.1108
102.5
.1039
100.7
.0970
98.8
.0900
96.7
.0831
94.5
.0762
92.2
.0693
89.7
109
110
.1433
110.0
.1361
108.5
.1289
106.9
.1218
105.2
.1146
103.5
.1074
101.7
.1003
99.7
.0931
97.7
.0860
95.5
.0788
93.1
.0716
90.6
110
111
.1481
111.0
.1407
109.5
.1333
107.9
.1259
106.2
.1185
104.5
.1111
102.6
.1037
100.7
.0963
98.6
.0889
96.4
.0815
94.0
.0741
91.5
111
119
.1923
119.0
.1827
117.4
.1731
115.7
.1635
114.0
.1539
112.1
.1442
110.2
.1346
108.2
.1250
106.0
.1154
103.7
.1058
101.2
.0962
98.5
119
120
.1985
120.0
.1886
118.4
.1787
116.7
.1688
114.9
.1588
113.1
.1489
111.2
.1390
109.1
.1291
106.9
.1191
104.6
.1092
102.1
.0993
99.4
120
121
.2049
121.0
.1947
119.4
.1844
117.7
.1742
115.9
.1639
114.1
.1537
112.1
.1434
110.0
.1332
107.8
.1229
105.5
.1127
103.0
.1025
100.3
121
129
.2621
129.0
.2490
127.3
.2359
125.5
.2228
123.7
.2097
121.7
.1966
119.7
.1835
117.5
.1704
115.2
.1573
112.8
.1442
110.2
.1311
107.4
129
130
.2701
130.0
.2566
128.3
.2431
126.5
.2296
124.7
.2161
122.7
.2026
120.6
.1891
118.5
.1756
116.2
.1621
113.7
.1486
111.1
.1351
108.3
130
131
.2783
131.0
.2644
129.3
.2505
127.5
.2366
125.6
.2227
123.7
.2087
121.6
.1948
119.4
.1809
117.1
.1670
114.6
.1531
112.0
.1392
109.1
131
139
.3513
139.0
.3337
137.2
.3161
135.3
.2986
133.4
.2810
131.3
.2635
129.2
.2459
126.9
.2283
124.5
.2108
121.9
.1932
119.1
.1756
116.2
139
140
.3614
140.0
.3433
138.2
.3252
136.3
.3072
134.3
.2891
132.3
.2710
130.1
.2530
127.8
.2349
125.4
.2168
122.8
.1988
120.0
.1807
117.1
140
141
.3717
141.0
.3531
139.2
.3346
137.3
.3160
135.3
.2974
133.2
.2788
131.1
.2602
128.8
.2416
126.3
.2230
123.7
.2044
120.9
.1859
117.9
141
100
95
90
85
80
75
70
65
60
55
50
ESPEC技術情報 No.5
1-2 湿度の計測と制御
2.試験装置の実際
温湿度制御には当然のことではあるが、計測が前提となる
ことから、ここでは計測と制御は一体のものとして取り扱う。
前述のようにH A S Tでいう相対湿度は、各々の温度におけ
る飽和水蒸気圧を用いて換算する。しかし現実の問題として
試験空間である部分空間の圧力Ps’は直接には得ることがで
きないため温度を計測することにより圧力に換算することに
なる。ただし、周囲空間の圧力(Ps)は直接に精密級の圧力
計で得ることができるが、長期に安定した計測器が得にくい
こともあり、実際にはやはり温度計測値から圧力換算を行な
っている。
現在、実際に活用されているH A S T 装置は、次のように分
類できる。
図4は実際の試験装置の原理を示している。なお、完全密
閉空間を構成する槽は、内圧が大気圧力以上になるので、一
般には圧力容器を用いる。
圧力容器
T (Ps)
T’
( P s’
)
試験空間用温度検出端
試験空間
蒸気加熱用ヒータ
周囲空間用温度検出端
加湿用水
T
蒸気発生用ヒータ
図4 試験装置の原理
圧力容器底部に蒸気発生用ヒータを設け、加湿用水を溜め、
試験空間内に蒸気加熱用ヒータを装備した試験空間を設ける。
各々の適切な位置に温度検出端を装備し計測を行なう。圧力
容器内は何らかの方法で空気を排出して、全水蒸気雰囲気を
生成させる。
圧力容器内に必要な水蒸気は、蒸気発生用ヒータを用いて
加湿水を加熱することになって得られる。試験空間内に入る
水蒸気は蒸気加熱ヒータにて再加熱され、周囲の水蒸気より
高温となる。このとき試験空間内は不飽和水蒸気雰囲気にな
ったと見ることができる。再加熱しなければ、試験空間は周
囲空間温度における飽和雰囲気となる。
試験空間を出た水蒸気は、圧力容器壁面の熱交換による熱
放出によって冷却、凝縮して加湿水に戻る。このような水分
の循環によって試験環境が生成、維持される。
ESPEC技術情報 No.5
飽 和 型
縦 型
不飽和型
横 型
一槽式
HAST装置
一槽式
(飽和型兼用)
二槽式
図5 HAST装置の分類
機能別には、不飽和環境を生成できない飽和専用型と飽和
雰囲気を含め不飽和環境がつくれる不飽和型に分けられる。
不飽和型は構造上、一つの圧力容器で構成される一槽式と、
加湿用水を試験用容器とは別の容器内で処理する二槽式とに
分けることができる。原理的には不飽和型−縦型−一槽式も
つくれる訳であるが、現実には様々な縦型特有の欠点から使
い難く、ほとんどの場合飽和型の専用装置となっている。
そもそも当初、H A S T 装置は、医用滅菌器(オートクレー
ブ)を改造して製作された経緯から縦型のものが大勢を占め
ていた。その構造は図4に示した原理図通りであり、理解し
やいシステムであるが、実際の装置では、圧力容器上部の天
井部分に凝縮、付着した露が試験中に供試品上へ落下しやす
く、試験の再現性を保つことが難かしく、このような環境で
は、バイアス印加等の電気的試験の併用ができないことから、
除々に使われなくなってきている。ただし、過去のデータの
つながりを重視するところでは、今だに活用しているところ
もある。
一方、その後で開発された不飽和型−横型はメーカの改善
努力もあり、縦型の欠点をとり除いた機能を有し、さらに
様々な新規機能の追加も図られたこともあって、急速な活用
拡大がなされた。特に、公的な信頼性確認評価のための装置
として確立するに至っている。実際、I E C P u b.68−2−66
のHAST の試験規格の中でも取り上げられている。
では現在、主流となっている横型の装置を例にとって、構
造とそのシステムを簡単に紹介しておく。
横型における一槽式と二槽式は本質的には同じようなシス
テムであり、大きな差異はないが、蒸気循環ファンシステム
の有無、温湿度計測方法の相異などは各々のメーカの開発思
想の違いを表わしたものと言えよう。
8
●
一槽式(タバイ方式)
PG
●
二槽式
PG
SV
PV
SV
PV1
DO
DO
S1
WS
S1
HM
WS
F
AV
AV
WA
HW
S2
HM
PV2
PV 加圧(圧力)容器
DO 扉(ドアー)
WS 試験用空間
PV1 試験用空間加圧(圧力)容器
PV2 水蒸気発生用加圧(圧力)容器
WA 加湿水
PG 圧力計
SV 安全弁
AV 空気排出弁
S1 水蒸気用温度センサー
S2 加湿水用温度センサー
F 送風機(ファン)
HM 水蒸気加熱用ヒーター
HW 加湿水加熱用ヒーター
S2
WA
HW
図6 実際の試験装置の構成
図6に示す横型−一槽式は圧力容器内を区画して試験空間
と周囲空間をつくっている。
このタイプの特長は、蒸気循環用のファンシステムを有し
ていることである。ファンによる試験空間内の水蒸気流は自
然対流の流速に対応させるため平均 0.3 m/s 程度としている。
試験空間内の底部の加湿用水から発生した水蒸気は、このフ
ァンに吸い込まれる直前に加熱用ヒータによって再加熱され
て、周囲空間の水蒸気よりも高温となって試験空間に送られ
る。試験空間を通過した水蒸気は、前面扉部で方向を反転し、
試験空間隔壁と圧力容器内壁の間を戻る間に冷却され、一部
は凝縮して加湿水に戻る。不足分は加湿用水から再び供給さ
れる循環ループを取る。このようにして常に新しい一定の環
境を供試品に供給し続けることができる。
装置はこのような試験環境を造成維持するために各種の補
助熱源、動力源の他、圧力容器であるための様々な安全装置、
バルブをはじめとする各種配管類で構成されている。
また、不飽和雰囲気で実施されるバイアス印加などの電気
的試験のための電圧印加端子を装備したものが多い。
なお、図では温度検出端の一つは試験空間内、他の一つは
加湿用水内にあるが、最新の装置では、乾湿球方式を取り入
れたシステムを用いて、温湿度の上昇、降下期間中の制御も
可能としている。
一方、加湿用水も装置の一部と見なすことができるが、そ
の水質については、蒸留水あるいは高度のイオン交換水を用
いることとしている。理由は、圧力容器をはじめとし、ほと
んどの構成品には腐食、劣化の少ないステンレス鋼材を用い
ているが、それでも水分の活性度の高いH A S T 領域では供試
品への悪影響を避ける意味からも特に塩素濃度の高い水質、
9
例えば水道水などや井戸水の使用は厳に避けなければならな
い。なお、試験装置の運転パターンについては、次章の中で
試験パターンと併せて説明することとする。
写真1 当社製の高度加速寿命試験装置(HAST CHAMBER)
ESPEC技術情報 No.5
(1)初期測定
3. 試験規格
供試品は、目視検査、寸法、機能など供試品の個別規定に
従った事前実験を行なう。
H A S T に関わる公的な試験規格としては、下記のものが挙
げられる。
(2)試 験
室温状態にある供試品を同じ室温下にある試験装置(以下
試験槽)へ設置し、必要な電気配線などを施す。
加湿用水を供給された試験槽は扉を閉められ、設定の温湿
度へ向って加熱、加湿される。通常100 ℃近傍で水蒸気が飽
和するまでは、空気排出弁(図6中のAV)は開放されており、
−国際規格−
(1)IEC Pub. 68-2-66(1994-6)Environmental testing
Part 2:Test methods-Test Cx; Damp heat,Steady
state(unsaturated pressurized vapor)
(2)IEC Pub. 749 AMMENDMENT 1(1991-11)
Semiconductor devices
Mechanical and climatic test methods
5C Damp heat, steady-state-highly accelerated
この間に槽内に残留していた空気は蒸気の一部とともに槽外
へ排出される。100 ℃近傍で槽内が水蒸気で満たされると、
この弁は閉じられ、再度、目標値へと向うが、この時点から
徐々に槽内圧力(蒸気圧力)が上昇し、設定値条件へ到達す
る。設定値条件が安定した時点で試験時間がカウントされ、
規定の時間、供試品はこの環境にさらされる。必要ならば、
バイアス印加等の電気的試験が並行して行なわれる。
−各国の規格−
(3)JEDEC STANDARD (1988-6) No. 22-110(U.S.A.)
Test Method A110
Highly-Accelerated Temperature and Humidity
Stress Test(HAST)
(4)E I A J ED-4701(1992-2)
(日本)
半導体デバイスの環境及び耐久性試験法
試験方法B−123 不飽和蒸気加圧試験
(3)中間測定
供試品に対して要求される測定(主に電気的測定)は許さ
れるが、運転中の槽を途中で停止して、供試品を取り出すこ
とは許されない規定になっている。
これらの中で最も新しいものは、IEC Pub. 68-2-66であり、
Part 2:試験方法のシリーズの中でH A S T専用規格となって
いる。特長としては、附属書(ANNEX)の内容が、かつて
の各種試験規格に比べて充実しており、より具体的な解説書
となっている点である。すなわち、H A S T の物理的意味、湿
度の計測手法、設置のメンテナンス、代表的な試験装置のシ
ステムなどの概要について知ることができる。また、附属書
の中の蒸気表は本文の一部として位置付けられ、本文中の温
湿度の規定に対し拘束力を有するものとなっている。
なお、試験の厳しさ(試験条件)はIEC規格内の統一を図
るために Pub. 749と同一としている。当試験規格は、その骨
子が全面的に日本提案で作られたはじめての世界的な公的規
格となっている。
それでは、当規格における試験工程(温湿度のシーケンス)
を図7に従って説明する。
(4)後処理
規定の試験時間の経過後、試験槽は自然冷却に近い制御に
よって徐々に冷却、圧力降下し、元の状態へと戻る。
供試品は圧力が大気圧近傍に降下してから試験槽より取り
出し、24時間以内に最終測定が行なわれることになる。
以上は試験装置の制御パターンを含めた試験手順の大ざっ
ぱな工程である。図7では非常に理想的な直線で表現されて
いるが、温湿度の上昇、降下する温度期間にある程度の乱れ
を生じるのが実情である。しかし、試験測定の条件を大きく
はずれるものとはなっていない。これは圧力容器全体の熱容
量が大きく、かつ構造上圧力容器自体(例えば、扉および固
定装置、容器フランジなど)が極めて重いためである。また、
これらの熱的な乱れは試験時間に比べると短く、温湿度の比
較的低いレベル(100 ℃以下の領域)で生じることから、実
用上、供試品に与える影響は無視できるものとして扱われて
いる。
上昇過程における条件
※本図は規格書には記載されていない
設定条件値
湿度
温度
湿度
圧力
・上昇時間はさらし時間が48hを越えるもの
については3h以内であれば許される。
・相対湿度は85%RHを越えないこと。
・この間に残留空気は、水蒸気によって槽よ
り排出される。
温度
圧力
降下過程における条件
大気圧
1.5h以内
規定によるさらし時間
1∼4h
後処理工程
2∼24h
バイアス印加
時間
・相対湿度は85%RHを越えないこと。
・基本的には自然冷却で降下させる。
・開放装置によって減圧する場合は、急速な
減圧となってはならない。
・圧力はいかなる場合にも、大気圧以下にな
ってはならない。
図7 試験工程の概念図
ESPEC技術情報 No.5
10
4. 計測・制御の問題点
H A S T における湿度の取り扱いは、空気を排出した理想に
近い水蒸気単一の環境の中でなされる。従って基本的に理論
的な理想気体としてみることが可能になる。
計測・制御装置の観点から問題があるとすれば、装置の
各々の構成品は、温度計測端を含め現存する材料と加工を伴
なう形あるものから製作せざるを得ないものであることから
生じる。
もともとH A S T は、試験環境のストレスを極端に強めるこ
とにより高度な加速試験をめざしているので、装置構成品の
耐環境性、あるいは劣化と汚れ等の程度に起因する計測精度
の劣化の可能性を有しており、これらを含めた観点からの精
度維持管理の実施が必要になると思われる。
特に、計測制御の観点からは、具体的に次のような点が挙
げられる。
(1)計測素子を収納する保護管の材質と加工法による劣化。
(2)供試品からの発散物質による計測端の汚れや腐食。
(3)乾湿球方式を用いる場合の湿球用ガーゼの材質の耐久
性および汚れ。
これらの項目は、通常の大気圧下で行なわれる湿度試験の
場合と共通しており、その内容は「環境試験装置の計測・制
御技術の標準化に関する調査研究報告書(平成7年4月、日本
試験機工業会)
」にも記載されているところである。
しかし、H A S T の試験環境下で、すなわち100 ℃以上の高
圧蒸気のもとでは、きわめて早期にこれらの現象が生じる。
したがって、要因が温度計測の感度を鈍らせ、結果として制
御誤差や不安定さを発生させることになる。
これらの問題は根本的な解決が難しく、日常的な試験槽内
構成品の清掃・管理が最も有効な手段となる。
以上のようなハード面からの問題点の他に、装置の本質的
な問題を含めたソフト面からの課題が無いとは言えない。す
なわち、空気の排出に関しては、現存の装置では試験開始直
前の残留空気を直接に検出する機構は装備されておらず、各
装置メーカ共に実験値から空気排出弁を閉めるタイミングを
設定している。そのためコールドスタート(試験槽が冷えた
状態からのスタート)の場合と、ホットスタート(試験槽が
暖まっている状態からのスタート)する場合とでは、空気の
排出程度が微妙に違ってくる。一方、供試品からの脱ガスや
加湿水中の溶存空気などは試験中に除々に試験槽内へ放散さ
れることになり、厳密には完全な水蒸気雰囲気とは言い難い
環境となる。もし、この量が大きいと、先程の問題はさらに
早期に生じるであろうし、他方酸素の存在は槽内構成品をは
じめとして、供試品に酸化という新たな問題を発生させるこ
とになる。このような場合には、当然の結果、蒸気表に基づ
く温湿度値に狂いを生じる測定となってしまう。
この問題を解決するためには、試験開始前に、真空ポンプ
を使用して、試験槽内を供試品、加湿水も含めベーキングし
ながら脱ガスを行い、溶存酸素を強制的に排出させることも
考えられるが、このようなことは例え一時的にしろ供試品を
不必要な環境にさらすことになり、ありのままの供試品を評
価する立場からは許されない。
ただし、これらの問題は今のところ試験の実用的な観点か
らは、供試品に対する影響が問題にする程大きくないものと
して、何らかの補正を加えるまでには至っていない。
しかし、精度の高い試験の再現性を維持するためには、使
用者側として常に同一の条件で試験を行なうことを心がけて
もらうことが肝要である。
5. まとめ
H A S T は、このように「100 ℃以上の湿度の計測・制御」
という課題からは、そのごく一部の環境で行なわれる試験方
法である。しかも、本質的に飽和水蒸気雰囲気を操作して得
られる環境である。そこには水蒸気以外の気体は存在しない
ことを前提としている。
この意味では、相対湿度の定義は大気圧下でいう相対湿度
とは根本的に違っていることを再度認識しておく必要がある。
すなわち、第1章「試験実施時の環境」で説明した通りの定
義を前提とし、K関数を用いた蒸気表を用いて換算させてい
る。装置は複数のシステムが存在するが、いずれもこの定義
に基づいた構成で製作されている。前述のように試験規格も
今では一応整えられ実用に供されており、実際に多方面で活
用されている。ただし、このような中においても、その環境
の厳しさから発生する問題はないとはいえず、その問題を少
しでも回避するためには、今のところ日常的な管理、特に清
掃は欠かせない手段である。装置も完全に完成した域に達し
ているとは言い難く、様々な問題点(改善点)を残している。
ただし、実用面からこれら装置の有する問題点は、試験ス
トレスの大きさとの比較において大きな問題となっていない
のが実情である。しかし、今後メーカ側としてはこれらの問
題点の解消に向けてさらに努力を重ねる必要があると考えら
れる。
No.4の記事訂正のお知らせ
10ページ左側、上から7行目に誤植がありました。
“1/R = 1/8.1659(K/eV)”を削除してください。
”です。
正しくは“1/R = 1/8.6159 ×10−5(K/eV)
11
ESPEC技術情報 No.5
トレーサビリティー・サービス
谷口 茂*
2-2 環境試験器のトレーサビリティー
1. トレーサビリティー・サービス導入の背景
計測機器等の精度の維持・管理を行う計測管理には、あら
ゆる産業の発展に欠かすことの出来ない重要な役目がありま
す。
タバイエスペックでは、主に製品の品質管理に使用される
環境試験器を製造・販売していることもあり、これらに搭載
している計器類や性能検査等に使用する計測機器等の計測管
理については、創業時から重点をおいて実施してきました。
(計測管理活動の一つである国家標準とのトレーサビリティ
ーの確立に努めてきました。) また、近年のI S O9000シリ−
ズの普及、薬事法の改正等もあり、タバイエスペックのお客
様より試験器や計測機器等の校正依頼が増えてきました。
この様な背景から、タバイエスペックでは1994年初めから
本格的にトレーサビリティー・サービスを開始しました。
トレーサビリティー・サービスは、
「お客様に代わり環境試
験器や各種計測機器を校正する事業」のことをいいます。
2. トレーサビリティー・サービスの内容
2-1 トレーサビリティー・サービスの特長
環境試験器の製造メーカーならではのノウハウを生かして、
環境試験器の校正以外に性能確認・点検までお客様のご要望
に応じて実施します。また、サービスの結果、万一不具合が
発見された場合でもエスペック製品であれば修理をお受けし
ます。
トレーサビリティー・サービスを実施する事業所としては、
環境試験技術センター(福知山試験所,宇都宮試験所)と、
サービス拠点(全国)があり、特に環境試験技術センターは
ISO/IECガイド25に基づくIECQ独立試験所の認定を受けて
おり、校正・試験技術が公的に認められております。実際に
お客様のところにお伺いしてのトレーサビリティー・サービ
スは、社内技能検定に合格したスタッフによって実施してお
ります。
* 環境試験技術センター
ESPEC技術情報 No.5
環境試験器については、現在「国家基準」はありません。
したがって、個別に基準を定めて確認する必要があります。
エスペックグループでは、特に他の規定がない限り『日本試
験機工業会』の定める下記のJ T M規格に準拠して校正を行
っています。
・JTM K 01-1991 「恒温恒湿槽の性能基準」
・JTM K 03-1992 「恒温恒湿室の性能基準」
・JTM K 05-1991 「高温恒温槽の性能基準」
2-3 計測器のトレーサビリティー
エスペックグループでは、
「トレーサビリティー・チャー
ト」
(次ページ)に基づいて計測器を管理しており、この国
家標準とのトレーサビリティーのとれた計測器により、環
境試験器の校正及び付属計測器の校正を実施しています。
2-4トレーサビリティー・サービスの証明書類
トレーサビリティー・サービスを実施した結果を証明する
書類として、ISO9000シリーズが求める下記の文書をご用意
できます。
「試験成績書(校正結果)
」
「校正成績書(当社発行)
」
「国家機関の発行する証明書のコピー(国家基準との法的な関係)」
このサービスは新規製品だけでなく、既納入製品につきまし
ても対応させて頂きます。また、お客様のところにお伺いし
ての出張校正作業もお受けいたします。
2-5 トレーサビリティー・サービスの対象製品
対象製品は、タバイエスペックの環境試験器と付属計測器
としております。ただし、他社製品についてもタバイエスペ
ックの校正方法であれば、お客様とご相談のうえ実施させて
いただいております。
2-6 現在実施している校正項目
・環境試験器の温度(湿度)精度
環境試験器の設定温度(湿度)に対して、試験槽内に再
現される温度(湿度)との差を温度(湿度)精度として
います。
(測定点は試験槽内の中心点)
・環境試験器の温度(湿度)変動幅(調節幅)
環境試験器の試験槽内中心点の温度(湿度)の時間的な
変動幅。
・環境試験器の温度(湿度)分布
環境試験器の試験槽中心点の温度(湿度)に対して、試
験槽内の各点の温度(湿度)との差を温度(湿度)分布
としています。
・環境試験器の付属計測器(温度調節器・温度記録計等)の
精度
12
一次標準(社内標準器)
直流
電圧電流
直流標準電圧発生器
電
子
技
術
総
合
研
究
所
日
本
電
気
計
器
検
定
所
二次標準(社内標準器)
マデ
ルジ
チタ
メル
ー
タ
直流電圧電流発生器
校正対象計測器
温度(湿度)記録計
ハイブリッドレコーダ
ペンレコーダ
メモリーレコーダ
デジタルマルチメータ
デジタルマルチメータ
直流抵抗
標準抵抗器
冷接点補償装置
直流高抵抗
デジタルマルチメータ
ダイヤル抵抗器
固定抵抗器
ダイヤル形抵抗器
絶縁抵抗計
交流標準電圧電流発生器
クランプリークメータ
交流電流計
デジタルマルチメータ
交流電圧電流計
交流電圧計
交流
電圧電流
NQR温度計
水晶温度計
温度
国
際
度
量
衡
局
工
業
技
術
院
計
量
研
究
所
水の三重点装置(照合用)
水の沸点装置(照合用)
湿度
秤量法の湿度絶対測定装置
気圧
気
象
庁
ガラス管温度計
熱電対+指示部
基準ガラス管温度計
露点計
湿度センサ
湿度計
露点計
フォルタン型指示気圧計
(財)
日
本
品
質
保
証
機
構
長さ
振動
正圧
メ
ー
カ
負圧(真空)
質量
ブロックゲージ
ノギス
マイクロメータ
汎用振動計
振動計
標準圧力発生器
圧力計
デジタルマノメータ
真空計
二級標準分銅
天秤
電子秤
図1 トレーサビリティー・チャート
13
ESPEC技術情報 No.5
3. 校正事例
3-1 計測器の校正
環境試験器の校正に用いる温度記録計と熱電対を、上位標
準(二次標準器の水晶温度計)と比較校正します。
水晶温度計(二次標準器)
測定温度範囲:−80℃∼250℃
精度:±0.01℃
恒温油槽(比較校正用)
温度範囲:−30℃∼300℃
安定度:±0.01℃(10分間)
温度記録計(ハイブリッドレコーダー:被校正用)
分解能:0.1℃
精度:±
(0.05% of rdg+0.5℃)
図2 校正用計測器の校正システム
3-2 環境試験器の温度(湿度)精度
前項(3-1) で校正済の温度記録計と熱電対を校正対象であ
る環境試験器の試験槽内の幾何学的中心にセットし、温
度(湿度)を測定し校正します。
・湿度の校正は、トレーサビリティーの容易性、校正温湿度
範囲の確保、安定性等から熱電対による乾湿球測定方式を
採用しております。
また、測定した温度(乾球温度、湿球温度)から湿度(相
対湿度)を求める乾湿計公式は、多くの式がありますが、
JISおよび JTMに整合させるため、
・スプルングの式(風速2.5m/s以上の時に適用)
・ペルンターの式(風速が低い時に適用)
を採用しております。
恒温恒湿器(被校正品)
湿球
乾球
ファイン
ウィック
純水
図3 環境試験器の校正システム例
4. おわりに
1993年11月に計量法が大幅に改訂施行され、新制度として
トレーサビリティー制度ができました。このトレーサビリテ
ィー制度は、校正機関認定制度または計量標準供給制度であ
り、国より指定または認定を受けた校正機関が、国家計量標
準とのトレーサビリティーのとれた標準器を用いて校正サー
ビスを行う制度です。タバイエスペックはこの制度の温度・
湿度の認定事業者取得を目指して、次のような取り組みを行
っています。
●お気軽にお問い合わせください。
トレーサビリティー・サービスについてのお問い合わせは、
託験部および最寄りの各営業所にお申し付けください。
ESPEC技術情報 No.5
・温度の認定事業者として、測温抵抗体(0∼200℃)および
ガラス温度計(0∼200℃) について取得準備を進めており
ます。
・湿度については、トレーサビリティー制度立ち上げの準備
段階であり、弊社も湿度標準の研究会に参加して協力させ
ていただいております。
託
験
部
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14
・発行日……1996年3月25日発行(年4回発行)
・発 行……タバイエスペック株式会社
大阪市北区天神橋3-5-6
●本誌に関するお問い合わせは
タバイエスペック株式会社「ESPEC技術情報」編集室
までお申し付けください。 TEL.06-358-4511
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・本誌からの無断転載、複製はご遠慮ください。
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