EU 拡大問題 トルコの EU 加盟を探る 柳瀬沙織 2004 年 5 月 1 日、EU に新たに 10 カ国が加盟、25 カ国に拡大し「新しいヨーロッパ」 が実現された。東欧社会主義体制の崩壊、民主主義への期待、グローバル時代、ヨーロッ パの国々が様々な思いで成し遂げた EU の第五次拡大。そして 2007 年にはルーマニアと ブルガリアの二カ国が新たに EU 加盟を果たす。そのような中、欧州では EU 拡大慎重論 や、テロ問題に絡めてイスラム大国であるトルコ加盟への忌避感が強まっている。 トルコは 1987 年に EU 加盟申請を行って以来、現時点までEU加盟は認められていな い。しかし、2006 年 10 月、ようやくトルコのEU加盟交渉が開始された。なぜこれほど 長い期間を経た今でもトルコの加盟が認められないのであろうか。EU とトルコの関係は シンプルなものではなく、より複雑で微妙なのだ。 1923 年アンカラ政権は共和制を宣言、トルコ建国の父である初代大統領ケマル・アタ テュルクにより近代化=西欧化が進められた。彼は世俗主義を通し、トルコ人のみの国家、 近代的単一国家を目指した。このようなケマリズムのもと、1960 年以降の二度のクーデ ターで軍の政治介入がみられた。これまで、トルコでは小党分裂のため、各党連立による 政権が目まぐるしく交替し、政治的に不安定な状況が長く続いてきたが、2002 年エルド アンを党首とする公正発展党(AKP)単独政権の発足により、長期的な政治的安定が期待 されている。しかし世俗主義の国是を護持する軍部は AKP のイスラム色を強く警戒、政 府・軍部間の関係は冷たく、不安材料となっている。トルコ軍は歴史的にも、また現在に おいても、きわめて政治的な行動をとる軍隊であり、EU加盟の問題点ともなっている。 2002 年エルドアン内閣発足以降、コペンハーゲン基準に基づき、EU 加盟に向けて急ピ ッチで国内改革に取り組んできた。まずトルコはコペンハーゲン基準の中の政治的基準が 特に満たされていないため、「民主主義、法の支配、人権およびマイノリティーへの配慮 と保護を保障とする制度の確立」が求められた。2004 年までに 2 回の憲法改正、8 回の EU 基準整合法改正パッケージ、新民法と新刑法を施行した。その中には、死刑廃止、クルド 語による教育・放送の解禁、文民統制の徹底、拷問・人権侵害の処罰などが含まれていた。 こういったトルコの民主化努力に対し、2006 年 10 月の加盟交渉開始に至った。 しかしトルコの EU 加盟を阻むさまざまな要因があり、トルコの EU 加盟は早くても 2014 年以降と考えられている。その最大の要因としてあげられるのは、トルコが未だに キプロスを承認していないということである。トルコは 83 年、キプロスの北部を占領、 トルコ・キプロス共和国を樹立して以来、南北は分裂。2004 年の第五次 EU 拡大では、 南のギリシャ系キプロス共和国のみ加盟を果たしている。2002 年には国連のアナン事務 総長が新国家案を提示し、一時は統一の機運が高まったが、住民投票の結果、統一の機会 は失われてしまった。トルコは加盟交渉こそ開始できたものの、このキプロス未承認問題 を解決しない限りトルコのEU加盟はないであろうといえる。 さらに 1915 年オスマン=トルコで起きたとされるアルメニア人の大量虐殺についても 問題となっている。アルメニアは約 150 万人が虐殺されたと主張、しかし現在のトルコ政 府は、この虐殺の存在を否定しており、治安維持および敵軍(ロシア軍)のスパイ、戦闘 員を戦死させたことがあるとしているだけでアルメニア人、トルコ人の犠牲者は計 50 万 人としている。この国家間の認識のずれが EU 加盟の問題となっている。 人権問題としては未だトルコの地方で起こっているとされる名誉殺人、マイノリティー 問題としてはクルド人問題があげられる。クルド人に対してもトルコ人と同様の市民権が あると、差別撤廃を公約したエルドアン政権だったが、イラクのフセイン政権崩壊後、イ ラク北部で勢力を拡大しているクルド人にトルコのクルド人たちも影響をうけ、彼らの民 族的要求は強まるばかりである。国内改革の進められる一方、まだまだ解決には至ってい ない。 ではトルコの EU 加盟のデメリットとは何であろうか。まず考えられるのは、トルコの 人口。トルコ 1 国の人口は約 7,100 万人、これは 2004 年 5 月の新規加盟 10 カ国分(7420 万人)に匹敵する。トルコが EU に加盟すれば、この人口の多さはドイツ(約 8,000 万人) に次ぐ国となる。 人口増加率は EU 加盟国と比較すると圧倒的に高く、将来的に見ると 2025 年にはドイツの人口をも超えるだろうという予測がされている。そうなれば、人口が多い 国が相対的に多くの議席を有する欧州議会や、欧州理事会における特定多数決の持ち票で、 トルコはドイツと並ぶ強い発言権を得ることになる。 経済的な面をみると、EU 加盟国とトルコの国内総生産(GDP)を比較すると、トルコ のそれはかなり低い。さらに農業従事者が人口全体に占める比率は高く、失業率も EU 平 均を上回っている。大きく、かつ貧しい国が加盟すると、EU の農業および開発補助金を 吸い上げていってしまう。EU への門戸が開けばトルコからのムスリム移民が大量に加盟 国に流れてくるだろう。フランスやドイツなどの移民大国では、異文化の文化や社会に似 溶け込まないムスリムの問題に常に頭を悩まされている。 このようなデメリットをみても分かるように、ヨーロッパ国民の中には、EU 経済の低 迷や移民問題、イスラムへの恐怖などの不安要素を多く含む EU 拡大問題には懐疑論を唱 える人々も少なくない。しかし、欧州先進国では少子化が進みでいるため、イスラム系移 民は、この少子化を補う労働力となるともいえる。 トルコの加盟を許さないということができるのであろうか。トルコは NATO 加盟国で もあり、欧州安全保障問題に大きな影響を与える。また中東やカスピ海という産油地域に 隣接するトルコは拡大 EU の安定的エネルギー供給へとつながる。さらにヨーロッパにと ってイスラム系移民は、少子化を補う労働力であるともいえる。決してトルコの EU 加盟 はマイナス面ばかりではないのだ。 トルコは EU 加盟を実現するために、キプロス問題の解決や国内改革をさらに進めていく 必要がある。そして、加盟交渉が始まった今、EU 諸国もイスラム大国を受け入れる立場 としての努力が必要
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