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経済成長と環境保全の調整で揺れ続けた日本

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公益社団法人
日本経済研究センター
Japan Center for Economic Research
2015 年 8 月 6 日
経済成長と環境保全の調整で揺れ続けた日本
-COP21 前に温暖化対策の歴史を振り返る-
特任研究員
小林
光
1
国際社会は、気候変動対策の一層のステップアップに向けた交渉の最中にある。日
本でも、交渉に参画するべく、去る 7 月 17 日、2030 年における我が国の温室効果ガス
の排出量削減目標案(2030 年度に 13 年度比 26%削減)などを政府が決定し、国連事
務局に提出した。今年 12 月にはパリで、国連の気候変動枠組み条約の第 21 回締約国
会議(COP21)が開かれ、2020 年から先の期間に全世界が進める対策について、新たな
ルールが決められると目されている。
論者は、フロン規制のモントリオール議定書(1987 年採択)に関する内外の交渉や
気候変動政府間パネル(IPCC)の設立(1988 年)を手始めに、環境省(2000 年末まで
は環境庁)の職員として地球環境政策に長年携わってきた。また、2011 年の退官以降
は、大学の教員・研究者として地球温暖化対策の向上や普及に努めている。以下では、
日本国内では公知となっている事実に依りながら、専門外の読者に分かりやすい形で
日本での気候変動対策の発展の過程を整理し、併せて、その抱える課題も指摘した。
論者の立場は、批判的であって、環境を確実に守るためには、日本で現状考えられて
いる政策や取組みよりも一層強いものが必要と考えていることを最初に記しておく。
1. 既存経済への悪影響回避――京都議定書交渉までの成果と日本の取組みの特徴
日本政府における地球温暖化問題への政策的な取組みは 1987 年頃に遡る。この時期、
東西冷戦の雪解けが進み、国際社会は、軍事以外の人類的な課題に取り組むことがで
きるようになった。このような中、地球公共財とも言うべきオゾン層を守るため、フ
ロンの規制(モントリオール議定書)が国際合意されるに至り、これに係る動きの中
で、地球の温暖化に対しても国民の関心が集まった。たまたまの猛暑が襲う中、米国
でハンセン博士の議会証言があったことと軌を一に、日本でも、環境庁の中に学者を
集めた研究会が組織され、
「不確実性はあるにせよ可能な対策に着手すべし」といった
方針が提案された。国際社会は、科学的知見を集約する IPCC の設立へと急速に歩みを
進め、日本でも、環境庁のみならず産業活動を所管する通産省(現・経産省)を含め、
政府は、地球温暖化問題の孕む大きなリスクに注目することとなった。このため、IPCC
の設立やその活動への日本のコミットメントに関しては大きな反対論は見られなかっ
た。
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慶應義塾大学大学院特任教授、元環境事務次官
http://www.jcer.or.jp/
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日本経済研究センター
気候変動対策と日本の取組み動向
国内で意見対立が生じたのは、地球温暖化対策、とりわけ、二酸化炭素(CO 2)の排
出削減対策が国際的な約束になる可能性が生じてからだ。89 年の G7 アルシュ・サミッ
トの経済宣言において条約の必要性に言及され、同年 11 月のノルトヴェイク会議では、
1992 年に予定される国連環境開発会議(UNCED、地球サミット)までに条約を採択する
との合意が生まれた。日本国内では、環境庁が欧州諸国と同様に、2000 年時点で排出
総量を 1990 年のレベルに戻すことを主張する一方、通産省は、人口一人当たりの排出
量を 1990 年レベルに戻すことを主張して対立が生まれた。当時の日本は、緩やかなが
ら人口が増加していたので、後者の目標の方が緩いことは言をまたない。また、条約
上の義務の厳しさについても、環境庁はモントリオール議定書のように排出削減目標
自体が約束の一部となることを望んだが、通産省は、排出目標自体を約束するのでは
なく、
「自主的に設定した目標の達成努力を国際的にレビューする」という間接的な約
束形式を望んだ。これらの対立は、欧州と米国との主張の違いに対応している。
日本の国内の対立は、1990 年 10 月に「地球温暖化防止行動計画」という各省庁間の
合意文書が作成されて当面の収束を見た。そこでは、目標は 2 階建てとなり、必達の
目標は一人当たりの排出量の 90 年レベルでの安定化であるとされ、それに加え、仮に
予想を超えた技術進歩などがあれば、総量ベースの安定化も目指す、との整理がなさ
れた。目標達成の方策については、地球温暖化防止を規制目的とした特別な立法措置
を取るのではなく、これまで進められてきたエネルギー政策を借用して運用する道が
採られた。
ところで、国際社会では、ドイツのコール首相と米国のブッシュ大統領との交渉を
踏まえ「義務的な排出削減についての交渉は条約発効後に始める一方、当面の各国の
排出削減目標はあくまで示唆的なものにとどめ、その達成の過程をピアレビューする
ことを約束内容とする」との妥協が成立した。こうして 1992 年には、気候変動枠組み
条約が採択された。国内では、前述した行動計画の実行によって条約の履行が支障な
く確保できると判断され、新たな立法措置などは取られなかった。
同条約は、95 年に発効し、5 月に第 1 回の COP1 がベルリンで開かれ、先進国の排出
抑制あるいは削減に向けた数量的な目標を含む、一層実効性のある国際約束を産み出
すべく、国際交渉を始める方針(ベルリン・マンデート)が決められた。
これに伴い、日本国内では、環境を重視する官庁や民間団体と経済界や経済官庁と
の確執が、再度、顕在化した。目指すべき目標に関しては、環境庁が、EU 並みの厳し
い削減を先進国共通に行うことを重視したのに対し、通産省や経団連は、他の先進国
がどうであれ日本に関しては、CO 2 排出量の 1990 年レベルでの安定化が最大限厳しい
実行可能な目標だと主張した。ベルリン・マンデートでは、交渉は 2 年で終えて、新
しい約束を COP3 で採択することになっていたが、この COP3 のホスト国としては、欧
米の中間に位置し、資金力・技術力が豊かで、国際貢献にも熱心であった日本がふさ
わしいとの雰囲気があり、日本も自らそれを認めていた(COP1 では、日本は「COP3 以
降のできるだけ早期の締約国会議をホストする用意がある」旨発言している)。このた
め、日本は、議長国として、国際交渉に結論を出す必要があり、その前提として国内
の考えも一致したものにしておく必要があった。そこで、国内での意見調整作業は、
枠組条約の検討時に比べ大変に真剣で過酷なものになった。
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気候変動対策と日本の取組み動向
経済界側の主張の根拠は、日本は、枠組条約の基準年である 1990 年頃で見ると、一
人当たりでも、GDP 当たりでも、CO 2 の排出量は欧米諸国よりもはるかに少ないことに
あった。日本では限界削減費用が相対的に高いはずなので、各国一律の削減が求めら
れると日本の生産費が他国に比べ増高してしまい、貿易に不利となる。削減すべきは
贅肉のある欧州であり米国である、との論が唱えられた。また、CO 2 の削減目標は、高
いエネルギー価格の形で経済モデルに入れられ、そのマクロ経済影響のシミュレーシ
ョンが行われた。その上で、1990 年レベルを深堀りする厳しい排出削減は、炭素制約
がない BaU(Business as Usual)ケース(成り行きケース)に比べ、GDP を大幅に引
き下げる、との不安を経済官庁は指摘した。
他方、環境側は、経済官庁のシミュレーションでは、鉄鋼業などの一部の産業の産
出量を将来にわたって現在規模から変えないことや、対策技術の導入が産業界の自主
的計画の範囲にとどまっていて、環境への意欲的な投資を避けていることを批判した。
さらに、一層の省エネ対策や再生可能エネルギー利用拡大は、今はまだ投入産出分析
に反映されていないとはいえ、将来的には大きな需要拡大を生み、マクロ経済への悪
影響は、そうした新規の国内需要の誘発でも緩和される。環境税のような経済効率的
な新政策手段の導入、さらには、国際的な排出量取引の実施によっても緩和すること
ができる、といった反論が行われた。
このような対立が続く中、強いリーダーシップを発揮したのが、当時の自民党・社
会党のいわば大連立内閣の首相に 96 年 1 月に就任した橋本龍太郎氏(故人)である。
橋本首相は、国際交渉では各国の主張は大きく変わって妥協が得られることがしばし
ばあることや、議長国となる以上日本が足を引っ張って国際合意が得られない事態を
避けることが重要と考えたのであろう。橋本首相は、90 年レベルでの温室効果ガス排
出量目標よりも深堀りしたレベルの目標となることに備えた知恵出しを各省庁に求め
るほか、欧米の首脳とも直接に意見交換をしていたと聞く。
97 年 12 月の COP3 は、難航の末、京都議定書を採択した。欧州、米国、日本のそれ
ぞれの削減目標は、90 年比で 8%、7%、6%の削減という具合に若干の差別化が図ら
れた。日本の、90 年頃の優れた省エネ努力にいささかの配慮がなされたものと思われ
る。数字だけを見ると、日本の経済界の主張がほとんど退けられたように見えるが、
その実は、森林が吸収する CO2 を排出量から差し引くことができたり、幅広い種類の
温室効果ガスのパッケージとしての削減で対応できたり、先進国のみならず途上国と
の間でも削減量の移転、そして国内削減目標への算入ができたり、といった様々な工
夫が認められた上での数字である。日本国内、そして他の先進国内での環境派と経済
派の中庸が図られたとも言えよう。
枠組み条約以来、この京都議定書に向けた交渉までの期間を振り返ると、日本の取
組みの特色や課題も見えてくる。論者なりに整理すると、これらは、良い面も悪い面
も含め、次のとおりである。
(1) 環境対策は経済の重荷。既存の経済の姿、利潤の源泉などに対して環境対策が
影響を与えることを極力さけることをまず一番に考える。具体的には、排出削
減の可能性は、業界ごとにボトムアップで厳しくチェックされ、保守的なもの
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になるが、実現可能性は高い。
(2) 技術進歩による解決。業界ごとのボトムアップ・アプローチであるため、経済
構造などを変えることによってではなく、先進的な技術の価格低下、大量生産
といった技術進歩を通じた問題解決が好まれる。実際、京都の COP3 のほぼ同時
に、飛躍的に燃費の優れたハイブリッド乗用車プリウスが市場投入され、以降、
国際自動車市場の低炭素化に大きく貢献した。また、1990 年の地球温暖化行動
計画に盛り込まれて以来、原子力発電が CO2 を直接には発生させない電源であ
るため対策の一つとして位置付けられ、その拡大が図られてきた。
(3) 制度上の新工夫は避ける。他方、法目的を環境保全に置いて、エネルギーの使
用を律するべし、との環境側の主張は嫌われ、円滑な経済成長と国家の存立・
安全確保の観点で進められてきたエネルギー政策の範囲内で地球温暖化対策も
進めるとの経済官庁・経済界側の主張が一貫して優勢であった。
2. 受け身だが、制度的な改革が進んだ――京都議定書の実行段階での国内議論と成果
京都議定書の採択を受け、この国際約束が枠組条約とは異なって数量的な義務を課
していたため、日本政府内でも、地球温暖化防止自体を保護法益・法目的とした法制
度が必要であるとの考えが生まれた。このため、環境庁は、通産省との厳しい調整を
経て、「地球温暖化対策推進法案」を国会に提出した。1998 年 10 月、国会はこの法案
を可決成立させた。温対法は、温暖化防止のために既存のエネルギー政策を借用する
点では従前と変わらないが、温室効果の防止に向けた政府、自治体、企業、国民の責
務を定め、温室効果ガスの排出量算定の方法を決め、大きな組織体である政府や自治
体、そして大企業は、進んで排出抑制や削減のための計画を作り、実施し、その成果
を公表することなどを内容としたものである。その後に、様々な対策が、地球温暖化
対策として発展していく土台を提供するものであった。2001 年には、橋本首相時代か
ら開始された中央行政組織改革の中で、環境庁は環境省に昇格し、地球環境局や温暖
化対策課などの組織の強化が行われた。
しかし、日本国内での政策の進歩や対策の普及が順調に進んだわけではなかった。
米国が京都議定書に加入しない方針を固めたため、京都議定書が果たして発効するか
否かにも不安が生じ、また、京都議定書自体の膨大な規定を実行に移す国際ルールの
細目に関する交渉が延々と続いたからでもあった。経済界では、議定書が発効しない
ことや、議定書不順守の場合の罰則適用ルールの弱体化を願う向きもあったと聞く。
そうした中、国際ルールの細目はマラケシュ合意(2001 年)によって確定し、また、
欧州とロシアとの調整が終わってロシアが加入(2004 年)し、議定書発効が決まった。
これらを踏まえ、日本の地球温暖化対策整備のスピードは上がっていった。
主な進展を見ると次のとおりである。
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2002 年
京都議定書に日本が加入。
2003 年
石炭への課税の開始。税収は省エネや再生可能エネルギー対策に使う。
2005 年
企業に対し、温室効果ガス排出量の算定をして公表することを義務付け。
2005 年
京都議定書目標達成計画を閣議決定。例えば、2008~12 年には、温室効果ガ
ス全体の排出量を 90 年比で 0.8%から 1.8%削減する方針を確定。残りは、
森林吸収量の増加や国外削減。
2006 年
国外の削減クレジットを日本国内で売買することに関する法規定を整備。こ
れにより排出量取引などの京都メカニズムに日本が対応できることになった。
2008 年
企業の行う対策を、エネルギー法に基づく政策ではなく、温暖化対策として
政府が指導できることとなった。自治体がその区域からの排出量を削減する
計画を義務的に策定することが決められ、自治体がその判断でエネルギーに
係る環境政策を行えることがはっきりした。
2010 年
東京都が、超過削減量の取引を認めた上での事業所別排出総量規制を条例に
基づき開始。
2011 年
3 月、東日本大震災発生。原子力発電所が順次停止。その後 2015 年の本稿執
筆時まで原子力発電所はほとんど稼働されていない。
2011 年
再生エネルギー発電電力の固定価格買い取り制度(FIT)の導入を決定。
2012 年
すべての化石燃料に、含有炭素分当たり一定額の上乗せ税(石油石炭税に上
乗せする地球温暖化対策税制)の課税開始。14 年、16 年にも段階的に課税強
化。税収は、省エネや再生可能エネルギー対策に使用。
2014 年
7 月に、政府は、京都議定書の目標達成を公表。
以上のように、京都議定書を確実に達成する仕組みは整い、逐次実施に移される。
ところで、この間、具体的には上述のとおり、第一期京都議定書目標達成期間の 4
分の 3 を過ぎたところで、東日本大震災が日本を襲った。京都議定書目標達成計画で
は、削減量のかなりの部分を担うこととされた原子力発電所は事実上すべて停止した。
このため、我が国の電源ミックスは、化石燃料主体(特に、安価な石炭への傾斜が顕
著)のものとならざるを得なくなった。
しかしながら、元々の計画の想定に比べて経済活動が不活発に推移したことや、電
力不足の恐れを背景に各界各層で節電が進んだことなどがあり、電源ミックスは化石
燃料主体になったが、CO2 の排出量はそれに比例する形では増大しなかった(5 年間平
均で 90 年度比 1.4%の増加。ちなみに EU15 か国は、この期間での排出量は 90 年比で
12.2%の大幅削減を果たした)。さらに京都議定書目標達成計画で見込んだように、森
林吸収源の増強(主に間伐)により 3.9%分の削減、国外削減量の買い取りにより 5.9%
分の削減が行われ、差し引きの排出量では 8.4%の削減(ちなみに、このベースでの
EU15 か国の排出量削減率は 15.5%)となって、京都議定書を日本は達成することがで
きた(図1)。
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気候変動対策と日本の取組み動向
図1
○
我が国の温室効果ガス排出量と京都議定書の達成状況
2012年度の我が国の総排出量(確定値)は、13億4,300万トン(基準年比+6.5%、前年度比+2.8%)
○ 総排出量に森林等吸収源※1及び京都メカニズムクレジット※2 を加味すると、5カ年平均で基準年
比 -8.4%※3 となり、京都議定書の目標(基準年比 -6%)を達成
排出量
13億4,300万トン
(基準年比 +6.5%)
<前年比 +2.8%>
(億トンCO2換算)
13億5,000万トン
13
12億8,100万トン
(基準年比 +1.6%)
12億6,100万トン
10
12億5,600万トン
(基準年比 -0.4%)
5カ年平均
12億7,800万トン
(基準年比+1.4%)
12億600万トン
(基準年比 -4.4%)
12
11
13億700万トン
(基準年比 +3.6%)
②森林等吸収源※1
(基準年比
3.9%)
京都議定書 第一約束期間
目標:基準年比-6%
(11億8,600万トン)
③京都メカニズム
クレジット※2
(基準年比
5.9%)
①実際の総排出量
①-② -③
5カ年平均
基準年比-8.4%
9
基準年
(原則1990)
2005
2008
2009
2010
2011
2012
2008~2012
5カ年平均
※1 森林等吸収源: 目標達成に向けて算入可能な森林等吸収源(森林吸収源対策及び都市緑化等)による吸収量。森林吸収源対策による吸収量については、
5カ年の森林吸収量が我が国に設定されている算入上限値(5カ年で2億3,830万トン)を上回ったため、算入上限値の年平均値。
※2 京都メカニズムクレジット: 政府取得 平成25年度末時点での京都メカニズムクレジット取得事業によるクレジットの総取得量(9,749.3万トン)
民間取得 電気事業連合会のクレジット量(「電気事業における環境行動計画(2013年度版)」より)
※3 最終的な排出量・吸収量は、2014年度に実施される国連気候変動枠組条約及び京都議定書下での審査の結果を踏まえ確定する。
また、京都メカニズムクレジットも、第一約束期間の調整期間終了後に確定する(2015年後半以降の見通し)。
なお、東日本大震災は、遠隔地の大規模電源に頼ることの危険性を国民に強く意識
させ、震災当時の民主党内閣、管直人首相のイニシアチブにより、日本にも、再生可
能エネルギーにより発電した電力を長期にわたり固定価格で買い入れることを電力供
給会社に義務付ける法制度(FIT)が導入されたことは特筆に値しよう。
以上のような経験を踏まえれば、日本の気候変動への取組みに係る特色として1に
おいて示した(1)から(3)に加え、次のような特色を加えることができよう。
(4) 外発要因への円滑な対応。日本においては内発的な制度改善は遅いが、京都議
定書の発効、大規模な天変地異といった外発的な要因があればそれに対応する
べく、日本の法制度や国民意識には大きな変化を受け入れる余地が十分にある。
(5) 保守的な計画であったがゆえに激変下でも目標を達成。2005 年に定めた計画は、
産業からの排出量削減の目安については、企業が確実に実行できると思われる
対策を積み上げたものであったことや、体面を重んずる企業文化があるため、
震災後の厳しい経済環境の中でも実行が可能であった。
(6) 業務ビル、家庭での排出削減はますます困難。他方、電力供給を東京電力など
に依存するビルや家庭では、節電にもかかわらず電源ミックスの悪化に伴って、
CO2 排出量は増加している。今後に計画されている電力小売り自由化の動きで、
石炭火力電力などの安価な電力が普及し、CO 2 排出量の削減が困難になる素地が
ある一方、その防止策はまだ立案されていない。
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気候変動対策と日本の取組み動向
3. 地球的課題解決への役割を縮小させる――COP21 へ臨む日本の姿
冒頭に述べたように、日本は、2030 年の排出削減目標の草案を国際社会に明らかに
した。その内容は、数字は基準年を、枠組条約と京都議定書の基準年であり EU も基準
年としている 1990 年から、米国などの準拠する 2005 年、及び京都目標期間直後の 2013
年の 2 か年を基準年(日本は暦年でなく、財政年度で計算しているので、以下では年
度と記述。)とすることに変更をしている。このため、その削減程度を一目で見ること
は難しい。90 年度比では 18%削減、05 年度比では 25.4%削減、日本の排出量として
はほぼ過去最高の 13 年度比では 26.0%の削減となる。
ただし、この削減は、国内での削減と吸収増加によって実現するものとされる。か
つての京都議定書目標達成計画では国外削減を多量に見積もっていたこととは大きく
異なっている。ちなみに、90 年比 18%程度の削減では、EU の提唱する 90 年比 40%削
減に比べ見劣りするし、05 年度比で 25%強の削減を 30 年度に行うのでは、米国が決
めている同じく 05 年比で 26~28%の削減を日本より 5 年間早い 25 年に行うとの目標
に比べ見劣りしよう。もっとも国内の排出量だけで見ると、京都議定書目標期間では
前述のとおり、90 年度比 1.4%の増加で国際義務を果たしたのに比べ、19%ポイント
以上のネットの削減なので、ようやく日本も CO2 のピークアウト(削減)を決めた、と
評価することもできよう。
このような提案に至る間、日本国内ではどのような議論があったのだろうか。
日本は、京都議定書の第一約束期間が終わった 2012 年以降には、新興国も含めて地
球温暖化防止の義務を果たすことになるような国際約束が必要と主張していたが、こ
のような約束に向けた国際交渉は遅々として進まないため、2010 年末に日本は、当時、
欧州諸国が 2020 年までのつなぎの措置として呼び掛けていた京都議定書上の第二約束
期間には不参加を表明した。京都議定書の下で欧州と日本のみが義務的に排出削減を
行う仕組みでは、米国や中国が国際的対策へ参加することの必要性をかえって低めて
しまう、という判断である。ただし、日本として自主的に 2013 年以降も対策を行うと
も述べた。
このように日本が牽引して国際社会を良い方向に動かす、という気持ちが萎えてし
まったのは、国際交渉の遅延のほか、折からの不況(ちなみに、2009 年には日本はリ
ーマンショック後の不況に苦しみ、ひさびさのマイナス成長に陥っていた)の影響が
大きかったと思われる。
さらに追い打ちを掛けたのが 2011 年 3 月の東日本大震災である。震災により、電力
がひっ迫すると、化石燃料、とりわけ安価な石炭を焚いた火力発電への依存が高まり、
CO2 の排出増加には眼をつぶっても発電量を確保したいという気持ちが、政府にも産業
界にも高まった。国民は、電力が不足するからといっても、安全対策が抜本的に強化
されないままでの原子力発電所の再稼働には強い反対の気持ちを持ち続け、結果的に、
火力発電の増加を容認した。こうして、CO 2 を削減する力も弱まってしまった。
このような中、枠組条約事務局から各国への要請であった 2020 年の目標の決定につ
いては、日本は COP19 を控える 2013 年に、05 年度を基準年として 3.8%削減(90 年度
比では逆に 3.7%の増)を目標として登録した。内外の環境団体などからは強い批判が
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気候変動対策と日本の取組み動向
寄せられた。ただし、この数値は、原子力発電所の再稼働あるいは非稼働の方針が確
定していないため、原子力発電による CO 2 削減効果を一切見込んでいないものである。
2030 年度に関する約束草案は、本年 7 月に公表されたが、20 年度目標に比べては、
90 年度比で見ると 21%ポイント強の削減積み増しになっている(05 年度比では 22%
ポイント弱の削減積み増し)。どのような変化があったのだろうか。
変化は、2030 年度のエネルギー需給の見通しや電源構成などについての政策決定が
行われたことである。15 年の春からそれらの原案が審議会などで議論されていたが、
約束草案の決定と同時に 2030 年度の電源構成の見通しなども決定された。これによる
と、総発電量はおよそ 1 兆 kWh( ちなみに、近年の年間総発電電力量はやや減少傾向で、
およそ 9000 億 kWh)であり、再生可能エネルギーについては、総発電量に対し現状の
ほぼ倍の 22~26%分の電力を賄い、他方で、常時稼働するベース電源である原子力と
石炭火力についてはその合計で 46~48%を発電し、うち、原子力が福島事故以前のシ
ェアよりも若干低い 22~20%、石炭が残りの 26%程度を担うこととなった。報道によ
ると、電力 1kWh 当たりの平均 CO2 排出係数は 0.38kg 程度になるという。これは京都議
定書目標達成計画で想定されていた電源構成により実現される排出係数が 0.34kg/kWh
と言われていたことに比べると 1 割程度悪い数値である。その理由は、再生可能エネ
ルギーが伸びたものの、原子力のシェアが減り、石炭火力が京都議定書目標達成期間
の頃よりもシェアを伸ばすためである。したがって、この電源見込みのとおりであれ
ば、電力の供給サイドの力で CO2 を大幅に削減する可能性は乏しいと言わざるを得ない。
この背景には、報道によれば安倍首相が、日本全体の景気対策の観点から、電力価格
の上昇を避けるように指示したことがあると言われている。大震災後、電力の価格は、
家庭用も工場用もおよそ 20%以上も高騰した。その引き下げを図るため、石炭や原子
力が重用されることになったと想像される。他方で、環境派からは、石炭火力の想定
が大きく他方で再生可能エネルギーの想定が低いことを批判する声がある。論者にも
そう思われる。例えば、FIT を強いインセンティブとして設置の計画(2015 年 4 月末
時点)が進んでいる太陽光発電所が仮にすべて完成すると、今回の電源構成で見込ま
れる太陽光発電電力量 749 億 kWh を 30%程度凌駕することになると計算される(ちな
みに、FIT の結果、日本はここ数年、太陽光発電の新規設置量(能力ベース)が最も多
い国となり、累積設置能力でも世界第 3 位(14 年時点で 2330 万 kW、国際エネルギー
機関調べ)にまで達している)。
大きな変化はむしろ総エネルギー消費の見込みを経済成長への期待にもかかわらず
小さく計算したことである。つまり、省エネが大いに進展し、経済成長とエネルギー
消費の増加との関係が弱くなっていく、という想定である。GDP 成長率に対するエネル
ギー消費増加率の弾性値は、長らく 1.0 であったところ、2030 年に向けては 0.01 を想
定しているとの計算になる。ちなみに、震災後のここ数年の弾性値は、海外市場での
燃料価格上昇に加えて円安による輸入品価格の上昇があって、省エネが進んだため、
マイナス(経済成長しても電力消費量は減少)であるので、このような大きな変化が
中期的にも続くし、政策的にも続かせよう、との含意があるように思われる。
経済界では、政府が想定する高い経済成長は実現せず、省エネがそれほど進まずと
も、ちょうど予想された総エネルギー消費量になるのではないか、との声もある。し
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気候変動対策と日本の取組み動向
かし、省エネ市場の発展が経済成長実現の鍵になってくるとも言えよう。例えば、エ
コビル、エコハウスや飛躍的に低燃費の自動車の普及、これらを組み合わせた都市改
造などの大きな省エネビジネスのチャンスがあろう。
図2 東日本大震災後の省エネと電気料金の推移
1.0
2.0
(100億kcal/10億円)
15
(百万kWh/10 億円)
(前年比、%)
0.9
1.9
0.8
1.8
0.7
1.7
国内企業物価・電力
12
消費者物価・電気代
9
6
3
0.6
1.6
エネ効率(最終エネルギー消費/実質GDP)
2010
電力効率(電力消費/実質GDP、右目盛)
(年度)
0.5
2001
2003
2005
2007
2009
0
2011
1.5
2013
2011
2012
2013
2014
-3
(出所)電力調査統計、日本エネルギー経済研究所統計データベース、国内企業物価指数、消費者物価指数か
ら日本経済研究センター作成
2020 年度目標や京都議定書目標との変化は、もう一つある。それは今回の 2030 年度
目標は、海外削減量を算入していないことである。報道によれば、この背景には、産
業界が、京都議定書時代に国連のクリーン開発メカニズム(CDM)を通じて中国などか
ら多量の削減クレジットを義務的に購入しなければならなかったところ、このような
事態の再来を避けたいと主張したからであるとされている。
ここで、2030 年度に関する約束草案策定の過程から見た日本の取組みの特色を整理
してみよう。
(7) 経済優先の姿勢には、近年は多少の変化が見られる。電力の価格が重視されて
おり、また、相変わらず、将来の削減見込みは、業界ごとに積み上げて計算さ
れており、産業構造を積極的に環境保全型のものに変更するまでの気概はない
ものの、省エネについては相当に大きな期待が寄せられている。省エネが結果
的に日本経済の環境保全型への移行に当たっての大きな起爆力になる可能性が
ある。
(8) 国際社会を牽引することに向けた意欲は、京都議定書交渉の頃に比較すると、
減退したままである。京都議定書の経験から、産業界は国外削減が義務となる
ことを嫌っている。しかしながら、在外資産、海外投資額、技術開発力といっ
た観点での日本の力が実際になくなってしまったわけではなく、経済的な地位
と、地球環境保全のために担う役割との間にはギャップが生じている。日本が
このギャップを埋めるモチベーションに目覚めた時には事態は大きく変化する
可能性がある。
http://www.jcer.or.jp/
9
日本経済研究センター
気候変動対策と日本の取組み動向
4. 経済構造変化を伴う全体最適の対策への転換を
最後に、論者の個人的な感想を記したい。
日本には、安いエネルギーを多量に使うことによって比較優位を得るような産業は
存在しない。物づくりにしても知識集約型になっていき、新興国との垂直分業をして
いかざるを得ない。温暖化対策とは、そのような日本の大きな方向に合致するもので
ある。既に日本は、G7 などの場で、2050 年時点での温室効果ガス排出量 80%削減にコ
ミットしている。
幸い、日本社会には、極めて大きな外圧とも言える、京都議定書への対応を通じて、
様々な環境保全的な仕掛けが組み込まれた。この効果はじわじわと発揮されて、日本
経済の構造変化を加速していくと思われる。そうであれば、日本は、単に経済や世界
の成り行きにまかすのではなく、自覚的に、環境への取組みやその強化を望ましい経
済社会への移行の手段として活用すべきではなかろうか。言い換えれば、部分最適の
積み上げで社会設計を考えることから、そろそろ脱却し、大胆な全体最適を目指す手
段を持つべき時期ではないだろうか。
やや細かくなるが、目標の持つ影響力を考えてみたい。本文で述べたように、京都
議定書目標は日本にとっては厳しい排出削減をしなくとも達成できるものであった。
これは、基準年における日本の優れた環境パフォーマンスを国際社会が評価し、日本
には余分な省エネなどを求めることを控えた結果とも言えよう。このため、日本で何
が起こったのか。図 3 のとおり、購買力平価で見た GDP 当たりの CO 2 排出量(ここでは
一次エネルギー消費量で代替)、いわばマクロの省エネ指標は、重要な競争国に追い付
かれるに至ったのである。国内での環境対策を後回しにしていては、COP21 を契機に世
界に広がる折角の大環境市場に参入できなくなる恐れもある。日本は意識して、優れ
た環境目標を持つべきであろう。
図3 先進国の省エネルギーの推移
石油換算kg/2011年基準PPPドル
0.6
0.5
一次エネルギー消費/GDP
日本
米国
中国
ドイツ
英国
0.4
0.3
0.2
0.1
0
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
(年)
(出所)World Bank, World Development Indicators
COP21 における交渉はこれからである。新興国からの排出が世界の排出量の過半を占
めるようになったとはいえ、先進国中第二位の大排出国が日本であり、国際的な役割
をもっと果たすようにと、これからの交渉の中で求められても当然であろう。そうし
http://www.jcer.or.jp/
10
日本経済研究センター
気候変動対策と日本の取組み動向
た場合、既述のように、国内でもさらなる削減の余地もあろうし、あるいは、直ちに
は無理にでも削減を積み増していく手順や仕組みを設けることはできよう。
もう一つ重要なことには、今回の約束草案が、国外削減を含んでいないために、こ
こにも役割の追加的な発揮の可能性がある。約束草案には、今後に見込まれる政府の
通常の予算措置を通じても、2030 年度までの累積的な海外削減量が 1 億トン程度まで
は見込まれる。また民間企業の通常の商行為の結果によって環境保全的な製品が世界
に普及し、同じく累積的な削減量として 10 億トン程度を見込むことができる旨が付記
されている。政策を考え、この数字をもっと大きくすることもできるに違いない。
国際社会は今年末の COP21 で、2020 年以降に先進国も途上国もこぞって参加して進
めていく気候変動対策の大枠のルールを形成することになる。しかし、その中身は、
先進国だけを相手にした京都議定書の場合とは大きく異なるはずだ。
新ルールは様々に事情の異なる国々において可能な、様々に異なる種類や程度の取
組みを大きく包み込むことにならざるを得ない。例えば、排出量目標が国際約束の中
に取り込まれるのではなく、法的意味での約束としては、自主的な約束の実行状況を
チェックする仕組みや、対策を強化していくための仕掛け(国際的な資金融通、先進
国の自主的な取組みの評価と報償など)が約束の内容になることが見込まれる。
このパリでの「約束」は、粗いがゆえに、実施のための細目について合意形成し、
その後長期にわたって進めることを余儀なくさせるものでもある。
2016 年の G7 サミット議長国である日本は、パリで萌芽を見せる新たな国際的な仕掛
け、例えば国際的な環境資金確保のメカニズムなどについて、世界の合意形成を進め
る役割を担うだろう。COP21 は巨大な外圧を産む。COP21 以降には、世界の経営に再び
コミットする日本の登場を期待したい。
(注)本稿に掲げた CO 2 排出量は二酸化炭素としての重さである。
本稿は日本ドットコムに掲載した内容に加筆修正したものであり、ドットコムの了解を
得て掲載しています。
本稿の問い合わせは、研究本部(TEL:03-6256-7730)まで
※本稿の無断転載を禁じます。詳細は総務・事業本部までご照会ください。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〒100-8066
公益社団法人 日本経済研究センター
東京都千代田区大手町1-3-7 日本経済新聞社東京本社ビル11階
TEL:03-6256-7710 / FAX:03-6256-7924
http://www.jcer.or.jp/
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