すばる望遠鏡が解明、 本当に50億光年の彼方からやってきていた 謎の天体・高速電波バースト 戸谷友則 東京大学大学院理学系研究科 天文学専攻 平成28年2月22日 東大理学部記者発表 目次 • 高速電波バースト(Fast Radio Burst, FRB)とは何か? • 今回の成果∼母銀河の発見と距離の解明 • 意義と展望 電波天文学 • 可視光線も、電波も電磁波の一種 • 可視光 波長=0.5マイクロメートル程度 • 電波 波長=ミリ∼センチメートル • 電波で宇宙や天体を観測する=電波天文学 野辺山45m鏡 パークス64m鏡 ALMA (12m x 50台) 高速電波バースト:謎のミリ秒フラッシュ現象? • 電波望遠鏡で観測していると、継続時間 1 ミリ秒(1/1000秒)程度のフラッシュ現象が見つかる • 最初の発見報告は 2007年、サイエンス誌、一つだけ • そんな天体現象があるとは予想もされていなかった • 本当に天体現象なのか、疑われる • 2013年、4つが新たに発見 • 高速電波バースト(FRB)と命名 • このあたりから、天文現象の可能性が高いとして騒がれ始める • 天の川(我々の住む銀河系の円盤)から離れた場所でも起こる • 銀河系外天体? • 頻度は、もし全天をずっと見つめていれば、1日に数千個も! • ただし、電波望遠鏡の視野は狭く、現実に見つかるのは10日観測してせいぜい一つ • 同じ場所で繰り返し起こった事例はまだない 宇宙論的遠方での星の大爆発か? • 分散指標 (dispersion measure=DM)が測定さ れている FRBの電波シグナル • 視線上に分布している(電離した)電子の影 響(光速を低下させる) • DM = 電子密度 伝搬距離 • DM は距離の指標となる • パルサーでも普通にDMが測定されている • 中性子星が数十ミリ秒∼数秒で回転して、 周期的な電波パルスを出す 電波振動数(!) • 電波振動数(=光速 波長)が低いほど、遅れ て到着 時間遅れ"t=A/!2 • FRB の DM は、銀河系内のパルサーより10 倍も大きい! • FRB は銀河系内の天体ではないことを示唆 観測時刻 宇宙論的遠方での星の大爆発か? • 宇宙には無数の銀河が存在し、銀河と銀河の間には「銀河間物質」がある • 実は、宇宙の通常物質の中で、銀河にとりこまれているのはわずか10%以下で、90%以上は銀河 間物質として存在。その密度は 4.2 10-31 g/cm3 と予想されている。 • FRB の DM が銀河間物質中の電子によるとすれば、その電子密度から距離が求まる • FRB の距離は50∼100億光年 • 宇宙年齢は137億年→宇宙論的な遠方! • 銀河系の大きさは約5万光年 • しかし、DMはあくまで距離の目安でしかない • 直接的な距離測定は皆無だった FRB 銀河間空間 我々の銀河系 大発見か? • 誰も全く予想していなかった天体現象 • The discovery of fast radio bursts at the Parkes Observatory, if confirmed at other observatories, would be a monumental discovery, comparable to that of cosmological gamma-ray bursts and even pulsars" • 「FRB の発見は、もし天文現象として確定すれば、記念碑的な発見である。それは ガンマ線バーストの発見、さらにはパルサーの発見にも匹敵するだろう」 • Shrinivas Kulkarni (カリフォルニア工科大の電波天文学者), Scientific American 誌 • パルサーも、ガンマ線バーストも、発見当初は、「全く予想外の謎の天体」だった • これらは、今では天文学の中の重要分野に成長している パルサーとガンマ線バースト • パルサー • 1967年に発見。理論的に予想されていた中性 子星であると結論され、1974年にノーベル物 理学賞 • 連星パルサーからの重力波で、1993年ノーベ ル物理学賞 • ガンマ線バースト • 1970年頃に発見。30年近くの間、距離が不 明で謎の天体とされた。 • 1997年に初めて距離が判明し、宇宙論的な遠 方の天体現象であることが判明。 • 継続時間の長いものと短いものの2種族があ る • 長いものは特殊な超新星で起きる相対論的 ジェット現象であることが確立 • 短いものは中性子星連星の合体説が有力。 • 「宇宙最大の爆発現象」 • 宇宙論研究の道具としても注目されている。 本当に天体現象か? • FRB が本当に天体現象なのか、疑う向きも多かった • FRB は当初、オーストラリアのパークス電波天文台でしか見つかっていなかった • 現在は、アレシボやグリーンバンク電波天文台でも確認 • FRB に似ているが、確実に地球起源の現象(ペリュトンと呼ばれる)もあった • パークス天文台の観測室の電子レンジが原因と判明 • ペリュトンとFRBはよく見ると異なる現象 • FRB はやはり天文現象であるとされている 様々な仮説 • 1 ミリ秒 = 光速で 300 km • コンパクトな天体(サイズ 10 km 程度の中性子星やブラックホール)を示唆 • 普通のパルサーがごくたまに巨大フレアを起こす? • マグネター(普通より磁場が千倍も強いパルサー)が起こすフレア(太陽フレアのよう な表面の大爆発) • 特殊な超新星 • 超新星爆発から千年ほど経過してから、中性子星がブラックホールになる時の現象 • 連星を組んでいる二つの中性子星の合体 • この説は、今回の研究チームの日本での代表である戸谷が2013年に提唱 • 他に、カリフォルニア大学バークレイ校の樫山和己研究員らが、「白色矮星同士の連星合体 説」を提唱 • 太陽に近い銀河系内の星のフレア • この場合、DMは別の物理過程で説明する • 地球大気における雷のような現象など、非天体現象 • 宇宙人からのメッセージ? 今回の成果の説明 すばる望遠鏡によるFRB観測チーム結成 • 次のステップとして重要なのは、FRB の 他波長対応天体を見つけること • 特に、可視光波長での観測は、FRB が発 生した銀河(母銀河)の性質や、赤方偏 移(波長のドップラーシフト)から距離 を正確に割り出せるので、極めて重要 • 問題は、FRB の位置決定精度が悪いこと (満月1つ分ぐらい) すばる望遠鏡によるFRB観測チーム結成 • すばる望遠鏡は、大型望遠鏡(8m)であ りながら、満月1つ分以上の領域を一 度にカバーできるというユニークな特 徴を持つ • FRB 追観測にうってつけ • パークス電波天文台のFRB観測チーム と提携し、すばる望遠鏡による追観測 チームを立ち上げ • 2015年2月より、すばる望遠鏡で観測 時間を獲得、追観測態勢を開始 FRB 150418 の発生と観測 • 2015年4月18日、パークス天文台で新たな高速電波バーストが見 つかる • 赤経 07時16分、赤緯 19度02分 • おおいぬ座の方向 • その発生から約1日後と2日後、すばる望遠鏡を用いて当該領域 を撮像観測(すばるによるFRB初観測) • 変動天体を探したが、FRB に関係していると思われるものは 見つからず • 10月1日になり、Australia Telescope Compact Array (ATCA)で FRB を追観測したチームから、興味深い電波変動天体が見つかっ たと連絡 • FRB発生後、6日間にわたり、徐々に暗くなっていった電波源 • FRBと無関係のものがたまたま見つかる確率は1/1000 程度 → FRB の残光と考えられる • 位置決定精度が、約1秒角(1/3600度)と格段に向上! ATCA すばるデータによる母銀河の同定 • すばる望遠鏡のデータで、電波残光の位置を確認して みたところ、遠方の銀河が写っていた • FRB が発生した母銀河と考えられる。 • FRB の発生場所として可能性がある領域を8m級の感 度で全て観測していた、すばる望遠鏡のユニークな 能力が効を奏した • この銀河を分光してスペクトル(波長毎に分けた光の 強度分布)を取れば、赤方偏移を決定できる! • つまり、距離がわかる! • 11月2日、今度はすばる望遠鏡の分光装置を用いて、 この銀河のスペクトルを取得 電波残光の位置 白丸は、パークス天文台が 電波で観測していた領域 ついに高速電波バーストの距離が解明! • スペクトルの中の原子吸収線や形から、赤方偏移 z = 0.492 と判明 • 地球上に比べ、波長が (1+z) = 1.492 倍に延びている • 膨張宇宙モデルから距離が決まる • 約50億光年! • DM から予想されていた距離とほぼ一致! 黒線:観測されたスペクトル 青線:楕円銀河の標準スペクトル 「見えないバリオン問題」の解決 • 精密宇宙論観測データから決まった宇宙のエネルギー(質量)密度の組成比 • ダークエネルギー 約69% • ダークマター 約25% • 既知元素からなる通常物質(バリオン)5% • 宇宙の全バリオンのうち、銀河の中の星やガスとして存在するものは10%以下 • バリオンの 90% 以上は、銀河間物質として存在すると考えられている • 直接観測はこれまで不可能だった • 遠方天体の吸収痕など、間接的な方法を用いても、半分くらいしか捉えら れていなかった = 「見えない(ミッシング)バリオン問題」 • 今回、DM(=電子密度 距離) と、赤方偏移(=距離)が同時に求まった • これにより電子密度、そして対応する銀河間物質密度が求まり、ほぼ、宇 宙論が予想するバリオン密度(4.2 10-31 g/cm3)と一致していた • 分散指標DMという、明確な基礎物理法則に基づいて、宇宙のバリオン物質 が理論通りに銀河間空間に存在することを初めて証明 高速電波バーストの正体は? • FRB の母銀河は、楕円銀河だった! • 楕円銀河は、数十億年という年齢をもつ古い星の集まりであ り、現在は星形成を行っていない。色は赤い。 • 渦巻き銀河は、現在も活発に星形成を行っている。色は青い。 • 重力崩壊型超新星となるような大質量星(太陽の8倍以上)の寿 命は短い (約百万年以下) • パルサー、マグネター、長いガンマ線バーストなど、大質量星 の最期に生まれる天体は、渦巻き銀河にのみ見られる 渦巻き銀河 M101 • FRB の説としても、マグネター、パルサー、超新星などに直 接関連したものは難しくなる • 連星中性子星の合体? • 重力波を放出しつつ、長い時間をかけて合体 • 楕円銀河で発生しても矛盾は無い 今回の母銀河 • 今回の電波残光は、短いガンマ線バーストの残光と似ている • 短いガンマ線バーストの有力起源候補も連星中性子星合体 楕円銀河 M87 高速電波バーストから重力波が見つかるかも? • 今月11日、米国のLIGO実験が30太陽 質量のブラックホール同士の連星合体から の重力波を検出したと発表 • 連星中性子星合体も、(最も有望な)重力 波源と考えられている • 近い将来、高速電波バーストから重力波が 検出されれば、連星中性子星合体説の決定 的な証明に まとめと展望 • 全くの謎の天体であった「高速電波バースト」について、初めて母銀河と赤方偏移 (距離)を測定し、宇宙論的な遠距離での天体現象であることを証明 • パルサー、ガンマ線バーストの発見に匹敵する、天文学の歴史に残る新たな1ペー ジ • 赤方偏移と電波の分散指標が同時に観測されたことで、銀河間空間の物質密度を初め て直接的に測定。宇宙論の理論的予想と一致しており、宇宙の通常物質の全てを観測 的に捉えたことで「ミッシングバリオン問題」を解決 • FRBが起きた母銀河は楕円銀河であった。これにより、連星中性子星合体など、星形 成から長い時間をかけて高速電波バーストになるような天体が起源と考えられる。 • 高速電波バーストが本当に宇宙論的な天体であることが確立し、今後、研究がいっそ う活発化し、天文学の一分野として成長が期待される • 高速電波バーストの正体は何か? 重力波天文学との連携? • 宇宙論的な研究のための「道具」としても有望 日本チームからの論文共著者一覧 • 戸谷友則(東京大学・理・天文学専攻)すばる望遠鏡観測提案責任者、統括 • 本間希樹(国立天文台)電波観測との連携担当 • 古澤久徳(国立天文台)すばる撮像データ解析 • 服部尭(国立天文台)すばる分光データ解析 • 諸隈智貴(東京大学・理・天文学教育研究セ)すばる撮像データ解析 • 新納悠(国立天文台) すばる撮像データ解析 • 菅井肇(東大IPMU) 可視光観測及び解釈の検討 • 寺居剛(国立天文台) すばる撮像データ解析 • 冨永望(甲南大) すばる撮像データ解析 • 山崎翔太郎(東京大学・理・天文学専攻) すばる撮像データ解析 • 安田直樹(東大IPMU) すばる撮像データ解析
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