ワシントン情報 (2008 / No.11 )2008 年 4 月 11 日 三菱東京 UFJ 銀行ワシントン駐在員事務所長 Tomoyuki Oku 奥 智之 +1-202-463-0477, [email protected] 米財務省が金融監督体制の抜本改革案を発表 ~監督機関の統合・集約へ。大恐慌時代以来の大改革は成るか~ 3 月 31 日、Paulson 財務長官が金融監督体制の改革案を発表した。現在、連邦レベルでは、4 つの連邦機関(連邦準備制度理事会:FRB、通貨監督庁:OCC、連邦預金保険公社:FDIC、 貯蓄機関監督庁:OTS)が国法銀行を監督し、州法銀行は州政府が監督権を持つ。また、保 険業の監督は州政府に一任され連邦レベルでは監督機関が存在しない。各機関の監督範囲が 重複し、監督を受けない金融取引があるなど、米国の金融監督体制は煩雑、非効率かつ時代 遅れと批判されてきた。 サブプライム問題に端を発した米国の金融危機を機に、金融への監督強化を求める声が高ま りつつある。同改革案は、住宅ローン組成への監督など短期目標を掲げると共に、中長期で は金融監督権限の集約を目指し、監督機関の権限範囲の整理を提案。 究極目的は、業界縦割りの監督機関を、「市場安定」「健全性」「業務活動規制(消費者保 護など)」の3分野の政策目的別組織に再編することにある。一方で、英国や日本のような 一機関への一元化ではなく、監督機関相互の牽制も働く3機関への緩やかな統合を提案した。 米国の金融監督体制は、これまで危機のたびに応急処置的に改訂された継ぎはぎだらけだっ た。実施されれば 1930 年代の大恐慌以来の大改革となるため注目を集めている。 <金融監督体制改革案概要> 同改革案は、銀行、証券、投資、保険会社を規制するシステムの合理化を目指し、全面的な 見直しを行う。主な改革点は、連邦準備制度理事会(FRB)の監督権限の強化。FRB は市場 の安定を監視する保安官の役目を担うよう期待される。 さらに、保険業界を連邦政府の監視下におく。これまで保険会社は州毎の監督に服し営業許 可も州毎だったため、米国に拠点をおく保険会社の国際的競争力を低下させると共に、外国 企業が米国の保険市場に参入する際に障壁となっていた。 金融監督体制改革案は、短期・中期・長期的目標ごとに提案されている。概要は以下の通り1。 1 The Wall Street Journal. “ Paulson Plan Begins Battle over How to Police Market.”March 31, 2008. http://online.wsj.com/article/SB120675834275673863.html Washington D.C. Representative Office 1 短期的目標 ★ 金融サービス規制を担当する大統領作業グループの拡大 現在のメンバーは財務省、連邦準備制度理事会(FRB)、証券取引委員会(SEC)、商品 先物取引委員会(CFTC)であるが、通貨監督庁(OCC)、貯蓄機関監督庁(OTS)、連 邦預金保険公社(FDIC)もメンバーに追加。 ★ 住宅ローンを監視する連邦レベル委員会の設立 サブプライム問題の反省から、住宅ローンを行うための免許基準を設定し、州毎のシステ ムを評価。住宅ローン貸付法を実施する機関の明確化。 ★ FRB の権限拡大 FRB によるノンバンク(預金業務を行わず貸付業務だけを行っている金融機関)への監 視および規制を強化する。 中期的目標 ★ 貯蓄機関監督庁(OTS)を廃止。通貨監督庁(OCC)に統合 ★ 州法銀行を FRB か FDIC いずれが監視すべきか検討 ★ 資金決済システムにつき FRB が監督権限を持ち、監督基準を策定 ★ 財務省傘下に保険監督庁(Office of National Insurance) を置き保険業界を連邦政府が規制 ★ 商品先物取引委員会(CFTC)と証券取引委員会(SEC)を統合 長期的目標 ★ 金融機関を以下の 3 種に分類 連邦預金保険金融機関(連邦預金保険制度に加入する預金・貸出金融機関対象) 連邦保険機関(連邦政府に保証された商品を提供する保険業者対象) 連邦金融サービス・プロバイダー(その他すべての金融サービス企業対象) ★ FRB に市場安定を目指した監督機関としての役割を追加 住宅ローン貸付機関、銀行、保険会社、投資銀行、ヘッジファンドなどを含む金融システ ムの安定を監視。金融市場の安定が脅かされた場合のみ是正措置を求めることができる。 連銀貸出を通じた「最後の貸し手」機能を強化。 ★ 4 つの連邦機関を新設 プルデンシャル金融監督庁 (the Prudential Financial Regulatory Agency : PFRA) 連邦預金保険などの連邦保証を得られる金融機関を規制。OCC や OTS の役割を引き 継 ぐ。 業務活動規制機関 (the Conduct of Business Regulatory Agency : CBRA) あらゆる金融機関の消費者を保護。企業の情報開示、ビジネス手法、特定金融機関の 免許を管理。 連邦保険保証公社 (the Federal Insurance Guarantee Corporation : FIGC) 現在の FDIC に代わり、銀行預金や保険金払戻しを保証。リスクに応じた保険料を徴 収。直接的な監督はしない。 企業財務監督機関 (Corporate Finance Regulator) Washington D.C. Representative Office 2 SEC に代わり、企業の情報開示、ガバナンス、会計監査などを監督。違反を摘発。 <これまでの経緯> 1930 年代以降、金融監督制度は屋上屋を架す改革が続いてきたため、現在の米国の金融監督 システムに問題点は多い。一つには、権限の範囲が重複しているため規制が複雑で、監督機 関の間での縄張り争いが絶えないこと。もう一つは、監督が行き届かず放置されている分野 があることである。例えば、商業銀行の傘下にない住宅ローン仲介業者は監督規制下にない。 サブプライム問題は、連邦政府の監督下にない業者が野放図な住宅融資を行っていたことが 一因として指摘されている。 本来 FRB は預金を受け入れる銀行のみに監督権を持つが、3 月のベアースターンズの救済に おいては、預金受け入れ機関でない証券会社に、実質的には直接資金を貸し付けた。財務省 案の長期目標のいわば先行実践である。FRB の市場安定を監視し実行する役割強化は改革案 の目玉の一つである。 これまで金融規制改革は、不可避と言われながら緊急課題として扱われていなかったが、サ ブプライム問題の世界の金融市場への波及の端緒は、米金融機関への監督不行き届きにある のではとの懸念から、一気に注目を浴びている。 <各監督機関からの反発は必至> 同改革案により、監督権限の縮小を迫られるか又は奪われる監督機関からの反発は必至だ。 廃止を提案された貯蓄機関監督庁(OTS)の John Reich 長官は、同案が発表される前に、 「まだ監督規制の改革を議論すべき時期にない」とのメモを庁内で回覧している。 また保険業界の監督権を 135 年にわたり保有してきた州政府がすんなり受け入れるとは思え ない。小規模の保険会社など、州政府監督の継続選択は可能だが、大手保険会社は連邦監督 を選ぶだろうからだ。 FRB の権限拡大が大きな焦点となっているが、これに伴い FRB が払うコストも大きく、FRB の能力を超えているという声もある。FRB は同案によって市場安定の監督責任を任されなが らも、十分な施行力が与えられないことを懸念している。 <改革案の方向性に賛同しながらも実現性に疑問視> 同改革案に対する反応はさまざまであるが、改革の方向性に同調する声は多い。「現在のち ぐはぐな規制システムを調整のとれた構造に改革する案は好ましい2」と Lehman Brothers 証 券の Thomas Russo 副会長が述べるように、金融業界は概ね楽観的な見方である。 2 The Wall Street Journal. “ Paulson Plan Begins Battle over How to Police Market.”March 31, 2008. http://online.wsj.com/article/SB120675834275673863.html Washington D.C. Representative Office 3 Charles Schumer 上院議員(民 New York)は、3 月 28 日付 Wall Street Journal 紙3で金融システ ムの規制枠組みの再構築を訴えた。金融機関の構造は複雑化しているにもかかわらず、監督 体制は未だ古いままであることを問題点として挙げ、銀行は相変わらず厳しい監督下におか れている一方で、投資銀行やヘッジファンドなどには規制が緩いと批判した。サブプライム 問題は、これまでの監督体制が過度に楽観的であり、金融システムの健全性を連邦政府が監 督する必要があることを証明したとし、具体的に金融機関を一元的に監督する英国の金融サ ービス機構(FSA)を参考にすべきモデルとして提案している。 Barney Frank 下院金融サービス委員長(民 Massachusetts)は同案を好意的に受けとめつつも、 今年度は住宅ローン市場の混乱収拾に議会は集中せざるを得ないとの見方を示した。当の監 督機関も、金融市場を沈静化させるためにすでに手一杯であるのが本音である。 Hillary Clinton 上院議員(民 New York)は Paulson 長官の金融監督改革案は不十分であると反 対し、独自の改革案をすでに表明4。その中で、①連邦レベルで住宅ローンの貸付基準を設定、 ②FRB から貸付を受けられる金融機関全てに商業銀行と同様の規制を課す、③金融派生商品 (デリバティブ)などの非標準型金融商品に対する監督強化、④格付け会社の審査方法の透 明性を高める、⑤ローン金利の上限を 30%に設定することを提案している。 <長年の懸案> 重複の多い米国の金融監督体制の改革は以前から提唱されていた。2007 年 1 月、Michael Bloomberg ニューヨーク市長と Charles Schumer 上院議員の共同レポートは、金融センターの 地位が London などに劣後しつつある New York の復活のために必要な手段の一つとして、金 融監督体制の改革を指摘した。5 JP Morgan Chase 会長と Wells Fargo 会長が共同会長を務めた The Financial Services Roundtable による 2007 年 11 月の提言書も6、従来の詳細ルールベースに対してのプリンシプル(基本原 則)ベースの規制の提唱や、SOX 法の見直し、Anti-Money Laundering 規制の有効化を始め 68 件の具体的な提案を行った。今回の財務省案に影響を与えたと思われる。 3 The Wall Street Journal. “ Regulatory Rethink.”March 28, 2008. http://online.wsj.com/article/SB120665982547770063.html 4 Reuters. “ Clinton Proposals on US Financial Regulation.”March 31, 2008. http://today.reuters.com/news/articleinvesting.aspx?type=comktNews&storyID=urn:newsml:reuters.com:20080331:MTFH5 8070_2008-03-31_11-01-03_N31360818&pageNumber=0&imageid=&cap=&sz=13&WTModLoc=InvArt-C1ArticlePage2 5 Bloomberg-Schumer Report “ Sustaining New York’ s and the US’Global Financial Services Leadership” , January 2007 http://www.senate.gov/~schumer/SchumerWebsite/pressroom/special_reports/2007/NY_REPORT%20_FINAL.pdf 6 The Financial Services Roundtable “ The Blueprint for U.S. Financial Competitiveness”November 2007 http://www.fsround.org/cec/pdfs/FINALCompetitivenessReport.pdf Washington D.C. Representative Office 4 金融業が GDP の 8%を稼ぐ米国にとり、行き過ぎた規制を適正化して、金融業の国際競争力 を取り戻すのは大きな課題であり、上記以外にも多数の規制改革案が提言されてきた。とこ ろが話をややこしくしたのが、米国自身が震源のサブプライム問題である。住宅ローン専業 会社や複雑な仕組み金融商品への監督不足などが、結果として不幸なサブプライムローン借 入人や金融市場の混乱を招いたのだから、金融業への規制はむしろ強化すべきとの主張が逆 に現れた。過大な規制を緩和してほしい民間の意向に対し、議会や学者の一部からの反対論 も予想される。財務省の改革案の具体化に際しては曲折がありそうだ。 今年は大統領や議会の選挙を控え、実質的な改革は次期政権に委ねられるだろうとの見方が 強い。Paulson 財務長官も「米国市場の混乱が収まるまで改革案を実行できないし、すべきで はないだろう」と、今すぐの実施はないとしながらも、議論を本格化させる良いタイミング と見ている。日本の金融業や投資家への影響も大きい米国の金融監督体制の変革は今後も要 注目である。 (担当:龍野裕香) (e-mail address:[email protected]) 以下の当行ホームページで過去20件のレポートがご覧になれます。 https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/site/menuitem.a896743d8f3a013a2afaaee493ca16a0/ 本レポートは信頼できると思われる情報に基づいて作成しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではあり ません。また特定の取引の勧誘を目的としたものではありません。意見、判断の記述は現時点における当駐在員事務所長 の見解に基づくものです。本レポートの提供する情報の利用に関しては、利用者の責任においてご判断願います。また、 当資料は著作物であり、著作権法により保護されております。全文または一部を転載する場合は、出所をご明記くださ い。 本レポートのE-mailによる直接の配信ご希望の場合は、当駐在員事務所長、あるいは担当者にご連絡ください。 Washington D.C. Representative Office 5
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