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わが国における農業生産性に関するデータバンクの作成

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わが国における農業生産性に関するデータバンクの作成
森本健弘(生命環境系)
Ⅰ
はじめに
この報告ではわが国の農業生産力に関するデータバンクの作成をとりあげる.このプロジェクト
では農業生産の大小,および農業の生産性を地域ごとに金額で把握するためのデータを作成し,地理
学的分析に役立てることをねらいとする.
農業の生産規模を部門にかかわらず統一的に把握するには金額で表される生産高を用いることが
有用である.これを把握すれば,土地や労働あたりの生産性を算出し,構造的な検討の出発点とする
ことができる.従来こうした分析には,農林水産省の生産農業所得統計,とくにその農業産出額の値
が利用されてきた.これは市町村の単位まで作成公表されてきたため大変有用であった.
しかし2007年度以降,農林水産省の行政改革によってこの統計値の市町村スケールでの作成公表
は取り止められ,都道府県別の値のみに限られることになった1).このため市町村スケールでの農業
生産規模の比較検討は容易ではなくなっている.この状況のもとで,農業の生産規模を金額で把握す
るための代替的な統計データを作成することには意義があるといえる.こうした目的には農林業セン
サスにおける農産物販売金額規模別農家数のデータを用いることができると考えられる.農産物販売
金額の階級別に表章された農業経営体数を用い,各階級の中央の値を乗じて総計することにより,当
該地域の農産物販売金額合計の推計値を求めることができる.農林業センサスでは市区町村別の表章
が行われているので,市区町村スケールの地域差を把握することが原則的に可能である.また,農林
業センサスは農業経営体を対象とする悉皆調査であることから,それを利用して求めた推計値が地域
内の農業生産の規模を示すという意味での信頼性は低くないと考えられる.この点は,農林業センサ
スでは農業経営体の自己申告を基礎データとしているため過少申告が避けられず,結果の値そのもの
の正確性は充分とはいえない.しかし同一時点の調査における統計値やそこから導いた数値について,
相対的な高低の見地から地域差を把握するには利用可能と考えられる.
同様な手法によって農業の生産性の地域差を検討した地理学的研究がすでにいくつかある(山本
ほか1979,井上・森本 1991,山本ほか 1998,犬井・山本 2005).これらの研究が農林業センサス
を用いたことには,農林業センサスの結果公表の単位地域が調査時点の市区町村のみならず多様であ
ることが関わっている.農業集落および1950年当時の市区町村2)の統計が各調査年次において公表さ
れている.1975年と1980年に限られるが,標準地域メッシュ・データも利用できる.市町村別の統計
公表が大幅に減少したため,農林業センサスをさまざまに活用し,地理学的なデータバンクを構築し
ていくこと,およびそれに関わる諸課題を検討することには意義がある.
本報告ではまず,農業販売額と生産性の推計の手法を具体的に示す.その際にこの手法にともな
う課題を指摘する.次に,得られた結果の特徴をいくつか取り上げる.このとき地域的な特性を都道
府県別,市区町村別の2つのスケールからみてゆく.
Ⅱ
手法と利用データ
以下の4つの指標を都道府県別,市区町村別に算出した.すなわち農産物販売金額の推計値,耕
地面積1haあたり農産物販売金額の推計値,農用地1haあたり農産物販売金額の推計値,および1経営
体あたり農産物販売金額の推計値である.算出の基礎データには2010年農林業センサス結果がウェブ
サイトを通じて公表されているものを用いた.具体的には農林業センサス報告書第1巻
都道府県別
統計書のページ3)である.ここで1つの都道府県をクリックすると,政府統計の総合窓口4)のデータベ
ースに移動して,当該都道府県についてダウンロード可能なファイルの一覧を見ることができる.最
初に「第1部
農林業経営体調査」の「2
農業経営体」のうちの「4 農産物販売金額規模別経営
体数」のファイルを入手する.これを開き,農産物販売金額の階級別に示された経営体数の値に各階
級の販売金額の中央の値を乗じて,それらを全階級について合計することで,地域ごとの農産物販売
金額の推計値を求めた.具体的な計算式は以下のとおりである.なお販売金額5億円以上の階級につ
いてはその上限が定められていないため中央の値を決めることができない.この階級では便宜的に7
億円を経営体数に乗ずることとした.
農産物販売金額の推計値(万円) = 25×「50万円未満の経営体数」+75×「50~100万円未満の
経営体数」+150×「100~200万円未満の経営体数」+250×「200~300万円未満の経営体数」
+400×「300~500万円未満の経営体数」+600×「500~700万円未満の経営体数」+850×
「700~1000万円未満の経営体数」+1250×「1000~1500万円未満の経営体数」+1750×
「1500~2000万円未満の経営体数」+2500×「2000~3000万円未満の経営体数」+4000×
「3000~5000万円未満の経営体数」+7500×「5000~1億円未満の経営体数」+20000×「1億
~3億円未満の経営体数」+40000×「3億~5億円未満の経営体数」+70000×「5億円以上の経
営体数」
次に「5
さらに「5
土地 - (1) 経営耕地の状況」のファイルから経営耕地総面積の値(ha)を取り出し,
土地 - (5) 耕地以外で採草地・放牧地として利用した土地」のファイルから山林原野等
で過去1年間に利用した土地の面積の値(ha)を取り出す.上述の農産物販売金額の推計値を経営耕
地総面積の値で割って,経営耕地あたり農産物販売金額(万円/ha)を求めた.また,経営耕地総面
積と山林原野等で過去1年間に利用した土地の面積とを合わせた値で上述の農産物販売金額の推計値
を割り,農用地あたり農産物販売金額(万円/ha)を求めた.両者を土地生産性の指標と考える.あ
わせて,農産物販売金額の推計値を販売経営体数で割り,1経営体あたり農産物販売金額(万円)を
算出して,地域における経営規模の平均値を示すものと考える.
Ⅲ
結果
計算結果の妥当性をみるため,上述の農産物販売金額の推計値を2009年都道府県別生産農業所得
統計表における「栽培きのこ類(林業)を含めた農業産出額」と比較した5).都道府県別に前者の後者
に対する比率をみると,北海道と佐賀県のみで104%と上回る一方,その他では55%(沖縄県)から
96%(富山県)の間になっており,全国では81%であって,おおむね少なめに計算されることが確か
められた.しかし50%台は1県,60%台は2府7県にとどまり,70%台が15県,80%台が1都14県,
90%台が5県と,比較的高い地域が多いといえる.両者の間には強い正の相関があり(図1,r2 =
0.960),大小関係は保たれている.
図1
都道府県別にみた栽培きのこ類を含む農業産出額と農産物販売金額推計値との比較
(2009年生産農業所得統計,2010年農林業センサスによる)
経営耕地1haあたり農産物販売金額の推計値は,500万円をこえる神奈川県(523万円),宮崎県
(506万円),愛知県(502万円)が最高水準にある(表1).いずれも園芸や畜産が主要な経営部門
となっている地域であり,これらに次ぐ地域もやはり園芸や畜産が主要な経営部門となっている地域
である.一方150万円前後より低い地域は10県あり,稲作部門が主要となっている例が多いことを指
摘できる.たとえば新潟県,石川県,宮城県,富山県,秋田県,福井県である.粗放的で大規模な畑
作畜産の卓越する北海道は最も低い.こうした事実は,それぞれの地域で主要な経営部門の土地当た
り収益性を反映しているといえよう.首都圏近郊の都県において,販売金額の推計値そのものは低い
ものの経営耕地あたりでみると高いことは,都市的な環境下でわずかに残存する経営体が依然として
土地当たり収益性を比較的高く上げていることを示すとみられる.なお,農用地あたり農産物販売金
額は算定したものの,経営耕地あたりの値と差がわずかであった.このため都道府県別スケールでは
論議しないこととする.もっとも差の大きかったのは熊本県で,農用地あたり農産物販売金額が310
万円,経営耕地あたり農産物販売金額が316万円であった.これに次いで大きな差があったのは岩手
県と東京都であった.これらの地域では原野等の利用が相対的に広いことが理由とみられる.
表 1 都道府県別の上位からみた経営耕地1ha あたり農産物販売金額
順位
都道府県
経営耕地1
ha あたり
農産物販
売金額(万
円)
順
位
都道府県
経営耕地1
ha あたり
農産物販
売金額(万
円)
順
位
都道府県
経営耕地1
ha あたり
農産物販
売金額(万
円)
1
神奈川県
523
17
佐賀県
282
33
三重県
180
2
宮崎県
506
18
福岡県
268
34
島根県
171
3
愛知県
502
19
香川県
259
35
青森県
167
4
高知県
441
20
埼玉県
243
36
山形県
164
5
東京都
427
21
茨城県
241
37
岩手県
155
6
群馬県
427
22
愛媛県
231
38
新潟県
149
7
静岡県
411
23
岐阜県
222
39
山口県
149
8
山梨県
378
24
大分県
220
40
福島県
146
9
徳島県
374
25
広島県
218
41
石川県
137
10
長崎県
350
26
奈良県
215
42
宮城県
135
11
和歌山県
337
27
京都府
206
43
富山県
120
12
鹿児島県
333
28
鳥取県
200
44
滋賀県
119
13
熊本県
316
29
沖縄県
191
45
秋田県
115
14
千葉県
315
30
兵庫県
188
46
福井県
104
15
長野県
310
31
栃木県
184
47
北海道
100
16
大阪府
309
32
岡山県
181
全国計(参考)
191
(2010 年農林業センサスによる)
Ⅳ
今後の課題と展望:おわりにかえて
今回のデータバンク作成に関する市区町村別のデータは農林業センサスの数値のある全国すべて
の市区町村(1946)について得られている.これには東京都特別区部・政令指定都市(計19)のそれ
ぞれを1つの単位地域とする値が含まれており,それらを除くと1927市区町村となる.
ただし現時点では,これらのデータと既存の市区町村地図データとの統合が作成途上である.ま
た,市区町村スケールでみた場合の数値の有意性の判断,および地域的特性と関連づけた解釈に難し
さがあるため,それらの点の検討が十分ではない.それは市区町村という単位地区の間では,農業の
規模やそれと関連する地域の基礎的条件が著しく多様であるため,地域的特性の読み取りやその背景
の解釈が複雑となることによる.経営耕地あたり農産物販売金額のもっとも大きな1000万円/haを超
える階級には,多数の経営体が高い販売額をあげている全国有数の園芸産地(愛知県田原市,神奈川
県三浦市等)が含まれる一方で,一般に地域全体としては農業がふるわない山間部や大都市地域が多
く含まれる(山梨県早川村,神奈川県清川村,福岡市博多区,川崎市高津区等)(表2).後者のケ
ースでは経営体の総数がわずかで経営耕地面積が狭小なため,比較的高い販売額をあげる経営体が少
数でも存在すれば,経営耕地あたり農産物販売金額が相対的に高く算定されるものと考えられる.農
林業センサスが属人統計である点も関与していると推測できる.なお,販売金額規模別経営体数が秘
匿されているため販売金額の推計値を計算不可能な地域も37地域存在する.
表 2 市区町村別の上位からみた経営耕地1ha あたり
農産物販売金額の推計値
経営耕地1ha あ
たり農産物販売
金額
(万円)
順
位
都道府県
1
山梨県
早川村
10,500
2
神奈川県
清川村
6,067
3
神奈川県
葉山町
3,288
4
沖縄県
沖縄市
2,101
5
愛知県
半田市
1,616
6
沖縄県
那覇市
1,600
7
静岡県
西伊豆町
1,444
8
福岡県
福岡市博多区
1,422
9
愛知県
田原市
1,422
10
高知県
芸西村
1,393
11
岐阜県
瑞浪市
1,334
12
神奈川県
川崎市高津区
1,329
13
神奈川県
愛川町
1,309
14
香川県
小豆島町
1,304
15
大阪府
池田市
1,294
16
高知県
須崎市
1,285
17
京都府
京都府中京区
1,250
18
長野県
中野市
1,212
19
神奈川県
三浦市
1,175
20
静岡県
新居町
1,138
21
群馬県
桐生市
1,117
22
愛知県
東栄町
1,076
23
神奈川県
綾瀬市
1,075
市区町村
24
神奈川県
川崎市宮前区
1,069
25
三重県
尾鷲市
1,033
26
東京都
東京都大田区
1,032
27
東京都
東京都中野区
1,013
28
岩手県
住田町
1,012
(2010 年農林業センサスによる)
こうした複雑な背景を考慮しつつ地域的パターンや特性を読み取るには,今回作成したデータと
地図との統合を行ったうえで,地域の自然的社会的環境を読み取れる地理空間情報,たとえば地形,
土地利用,あるいは交通条件等との重ねあわせが可能なデータバンクを構築するのが望ましい.また,
地域ごとの農業特性を知ることができるいくつかのデータ,例えば経営部門の特性の分かるデータ等
を今回作成したデータと結びつけて考察できる方法の開発も必要である.残り期間を用いて,この作
業とデータの解釈,データバンクの使用法の作成を行う.さらに近い将来には農業集落データ等のミ
クロスケールなデータとの統合をめざすことに意義があると考えられる.
注
1) 生産農業所得統計の概要
http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/nougyou_sansyutu/gaiyou/
2) これらは旧市区町村と呼ばれる.
3) http://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2010/dai1kan.html
4) http://www.e-stat.go.jp/
5) 農林業センサスの調査対象期間と実質的に適合させるため.
文献
犬井
正・山本 充 2005.日本における農業生産性の地域的変動— 1990年~2000年— .獨協経済,80,1-22.
井上
孝・森本健弘 1991.関東地方における人口密度と農業土地生産性の空間的共変動— 数理モデル構築の試
み— .人文地理,43,479-492.
山本正三・犬井 正・山本
経済,68,1-53.
充・秋本弘章 1998.日本における農業生産性の地域的変動— 1980〜1990— .獨協
山本正三・田林 明・奥井正俊・市南文一 1979.日本における農業生産性の地域的変動— 1960-1975年— .人文
地理学研究,3,101-147.
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