第 2 章:為替レートは何で決まるのか 1. 経済成長率と為替相場との関係 世界的に国力と通貨は無関係 本節では、経済を中心とする国力と為替相場の関係を、グローバル比較する。円と日本の国力が比例しないこと は、既に、確認した。以下の分析によると、円ドル相場のみならず、世界的に見ても、経済成長率と通貨の強さが ほぼ無関係であることは明らかである。 過去 10 年間で、日本よりもはるかに成長力の高い中国、インド、ブラジル、インドネシアなど新興国の通貨よりも、 円の方が、上昇率がはるかに高い。日本の名目 GDP が最大であったのは 1997 年であり、それ以降、日本経済 は本格的な衰退期を迎えた。ところが、ユーロが誕生した 1999 年以降の実効為替相場において、円の上昇率は 35.0%と、世界の主要 15 通貨のうち 3 位であった(図表 2-1 参照)。 図表 2-1. 名目実効為替相場の推移(1999~2011 年) カナダ オーストラリア 日本 スイス 中国 ユーロ圏 韓国 米国 英国 インド インドネシア ブラジル 南アフリカ ロシア トルコ (%) -100.0 -80.0 -60.0 -40.0 -20.0 0.0 20.0 40.0 出所: BIS、シティグループ証券 日本は、過去 10 年間で主要 30 ヵ国の中で実質経済成長率が年平均 0.7%と最も低く、一方で、実効為替相場騰 落率は 32.1%で、30 通貨中 4 位と高い。2 番目に低かったデンマーク(実質経済成長率は年平均 0.7%)の上昇 率は同 12 位(7.5%)、3 番目のユーロ圏(同 1.1%)は 8 位(20.7%)、8 番目のスイス(同 1.8%)は 5 位(31.6%)、 9 番目のカナダ(同 1.9%)は 2 位(41.7%)であった。 一方で、成長率が 2 位のインド(同 7.8%)の実効為替相場騰落率は同 27 位(-28.4%)、4 位のインドネシア(同 5.5%)は同 22 位(-15.5%)、5 位のトルコ(同 5.2%)は同 30 位(-42.5%)、8 位のロシア(同 4.8%)は 28 位 (-29.4%)であった。 1 図表 2-2. 30 通貨対象国の過去 10 年間の年平均経済成長率上位、下位 10 ヵ国の名目実効為替相場騰落率 上位 10 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 中国 インド シンガポール インドネシア トルコ マレーシア フィリピン ロシア 台湾 香港 名目実効為替 実質 GDP 成長率 相場騰落率 4.9 10.5 -28.4 7.8 13.2 6.3 -15.5 5.5 -42.5 5.2 -6.3 5.1 -7.7 5.0 -29.4 4.8 -12.4 4.6 -22.9 4.5 下位 10 日本 デンマーク ユーロ圏 英国 ノルウェー 米国 ハンガリー スイス カナダ メキシコ 名目実効為替 実質 GDP 成長率 相場騰落率 32.1 0.7 7.5 0.7 20.7 1.1 -20.0 1.5 10.5 1.5 -21.1 1.6 -12.6 1.7 31.6 1.8 41.7 1.9 -40.9 2.2 注:2011 年実質 GDP は、IMF 予想、一部実績含む。出所:IMF、 BIS、シティグループ証券 このように、経済成長率と通貨の強さが、ほぼ無関係であることは明らかである。加えて、少子高齢化、人口減少 などの人口動態も大きな影響があるとは考えにくい。 人口の増加する高成長国通貨は弱い 見方によっては、成長率が低い国の通貨の上昇率が高い一方、人口が増加し、かつ成長率が高い国の通貨の上 昇率が低いとも言える。人口が増加し、かつ成長率が高い国のほとんどは、新興国である。そして、過去、新興国 通貨は、円に対して大幅に下落した。 過去 10 年間の主要 30 通貨の実効為替指数騰落率の 1 位はオーストラリア(49.2%)、2 位カナダ(41.7%)、3 位 チェコ(36.3%)、4 位日本(32.1%)、5 位スイス(31.6%)である。一方で、下落率 1 位はトルコ(-42.5%)、2 位メキ シコ(-40.9%)、3 位ロシア(-29.4%)、4 位インド(-28.4%)、5 位香港(-22.9%)である。上昇率上位 5 ヵ国の過去 10 年間の年平均経済成長率は平均で 2.6%、下落率上位 5 ヵ国のそれは 4.2%であった。 過去 10 年間の成長率の下位 10 カ国の成長率は平均 1.5%、実効為替相場騰落率は同 5.0%上昇であった。同 上位 10 カ国の成長率は同 5.9%、実効為替相場騰落率は同 14.7%下落であった。このように、成長率が高いと 通貨が強いというよりは、何となく、成長率が高いと通貨が弱いような感じである。 主要新興国の中で、経済成長率が高いのが中国、インド、インドネシア、トルコ、ブラジルである。これらは、過去 経済成長率が高かっただけではなく、今後も経済成長率が高いと予想される。2012 年から 2016 年までの 5 年間 の年平均経済成長率(IMF 予想)は、中国が 9.1%、インドが 7.7%、インドネシアが 6.8%、ブラジルが 3.9%、トル コが 3.6%である。また、先進国では代表的な低成長国である日本は 1.6%、スイスは 1.7%に過ぎないので、これ らの方が圧倒的に高い。 2 図表 2-3. インド、インドネシア、スイス、日本の名目実効為替相場の推移 150 140 インド 130 日本 スイス インドネシア 120 110 100 90 80 70 2002 2004 2006 2008 2010 注:2001 年末=100。出所:BIS、シティグループ証券 2010 年までの 10 年間の人口増加率は、インドが 16.2%、インドネシアが 12.4%、中国が 5.7%、日本が 0.6%で あった。しかも、今後もこれらの人口は大きく増加する一方で、日本の人口は本格的に減少する見通しである。国 連人口中位推計(将来人口は以下同じ)によると、2010 年から 2050 年までの人口増加率は、インドが 38.2%、ト ルコが 25.9%、インドネシアが 22.3%、ブラジルが 14.3%となる見通しである。一方で、人口減少率は日本の 14.2%、中国の 3.4%が予想される。 日本の少子高齢化も急ピッチである。高齢化比率(2010 年)は、中国が 8.2%、ブラジルが 7.0%、トルコが 6.0%、 インドネシアが 5.6%、インドが 4.9%に過ぎないが、日本は 23.0%と著しく高い。2050 年には、高齢化比率は 35.6%に達する見込みである。 すでに、こうした実績や予想はコンセンサスになっていると思われる。仮に、人口が増加し、かつ経済成長率の高 い国の通貨が強いのであれば、こうした国の通貨は、強くなければならない。しかし、円は、過去 5 年間に世界の 全主要通貨に対して大きく上昇した。 人口の増加する代表的な高成長国とはインド、インドネシア、ブラジルということになろう。特に、インドとインドネシ アの経済成長率が高く、加えてその安定性が高い。最後にマイナス成長を記録したのは、インドネシアが 1998 年 の-13.1%であって、それ以降、プラス成長が続いている。 さらに、これら 3 ヵ国の人口は巨大であり、かつ増加率が高い。この中で最も注目されるのが、インドである。2010 年時点のインドの人口は 12.2 億人で、中国に次いで、世界 2 位である。2020 年代には、中国の人口を抜き、世界 最大となる見込みである。2050 年には、16.9 億人に達することが予想される。2005-2010 年の合計特殊出生率 3 は、2.73 で、BRICs の中では、最も高い。生産年齢人口(15~64 歳)構成比も上昇傾向にあり、1965 年 55.1%か ら、2010 年は 64.5%に上昇し、2040 年に 68.3%のピークとなる見込みである。 インドネシアの人口は、2.4 億人と、世界 4 位である。合計特殊出生率は 2.19、生産年齢人口は 67.4%と高い (2010 年)。2050 年には、2.9 億人に人口が達する見込みである。ブラジルの人口は、2010 年時点で 1.9 億人、 2050 年には 2.2 億人に達する見込みである。 しかし、歴史的に、これらは弱い通貨である。過去 5 年間(2011 年末時点)で、円に対して、インド・ルピーは 46.2%、インドネシアルピアは 36.0%、ブラジル・レアルも 26.1%それぞれ下落した。ちなみに、日本で人気の高い 豪ドルが 16.5%下落している。これらの通貨が弱いのは、最近、始まった話ではない。データの入手できる 1995 年以降 2011 年までの 16 年間に、主要 30 ヵ国の実効為替相場騰落率では、世界最弱通貨はトルコリラ(97.9% 下落)であった。同期間に、インドネシアルピアは 76.9%下落(下落率 3 位)、ブラジル・レアル 44.3%下落(同 8 位)、インド・ルピーは 37.6%下落(同 9 位)であった。 付け加えると、資源国の通貨が強いという傾向もない。同じ資源国であっても、2001~2010 年の経常赤字対 GDP 比が 4.6%のオーストラリアは過去 10 年間の実効為替相場が 49.2%上昇し、同期間の経常黒字対 GDP 比 が 7.0%のロシアは実効為替相場が 29.4%下落した。実際には、ロシアの方がはるかに資源大国である。 高金利通貨は弱い 一般に、高成長国は高金利でもある。しかし、高金利通貨といわれて人気がある資源国や新興国の通貨は、歴史 的には、意外に弱いものが少なくない。 数多い為替相場の決定要因の中でも、ファンダメンタルズ上、為替相場の有力な決定要因とされるものが、金利 であるとされる。日本では、投資信託を中心に、個人投資家が高い分配金を求める傾向があるため、豪ドルやレ アルなどの高金利通貨は人気がある。このため、高金利通貨は強いというイメージがある。 2011 年末の短期金利が最も高かったのはブラジルの 11.0%であった。次いで、インド、ロシア、ハンガリー、インド ネシアという順である。しかし、過去 10 年間の対円相場下落率は、インドが 46.9%、ロシアが 42.8%、ハンガリー が 33.9%、ブラジルが 27.7%、南アフリカが 13.6%であった。もちろん、過去 10 年間、これらの金利は日本のそれ を大きく上回っていた。2011 年の対円相場下落率は、南アフリカが 22.3%、インドが 20.2%、ハンガリーが 18.8%、 ブラジルが 15.7%、ロシアが 10.0%と不振であった。このように、高金利通貨が強いとは言えない。 4 図表 2-4. 短期金利上位 10 ヵ国 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 (%) ブラジル インド ロシア ハンガリー インドネシア トルコ 南アフリカ ポーランド メキシコ オーストラリア 短期金利 2011 年末 11.0 8.5 8.0 7.0 6.0 5.8 5.5 4.5 4.5 4.3 長期金利 2011 年末 11.1 8.6 8.2 9.8 6.1 9.5 8.0 5.9 6.5 3.8 2016 予想 8.3 7.5 5.0 6.0 6.0 7.5 8.5 5.3 6.8 4.8 2016 予想 8.3 8.3 NA 6.6 7.3 NA NA NA 8.0 6.0 注: 主要 30 通貨のうち、シティグループ証券の調査対象国。以下、図表中では、予想を E と表記す る。出所: データストリーム、シティグループ証券 シティグループ世界国債インデックス構成 34 ヵ国(参考市場含む)のうち、過去 5 年間(2007 年~2011 年)の名 目実効為替相場上昇率 1 位は日本(長期金利残存期間 7-10 年は 0.9%、2011 年末)の 42.4%、2 位はスイス(同 0.7%)の 28.4%であった。3 位はオーストラリア(同 3.8%)の 17.8%であった。このように、高金利国通貨が強いと いよりも、逆に、低金利国通貨が強いという場合もある。過去 10 年間の名目実効為替相場において、日本よりも 上昇率の高かった 1 位オーストラリアの短期金利(2011 年末)は 4.25%、2 位のカナダは 1.00%、3 位のチェコは 0.75%であり、特に、金利が高いとは言えない。 高金利の理由は、その国の名目経済成長率が高いことに起因する場合が多い。名目経済成長率は、概ね、イン フレ率と経済成長率で説明しうる。つまり、高金利国は、インフレ率と経済成長率の両方が高い場合が多い。 インフレ率が経済成長率よりも高いが故に高金利である国については、高金利によってインフレが沈静化すれば、 その国の中央銀行が政策金利を引き下げる可能性が高いために、高金利の持続性に乏しい。また、購買力平価 説によれば、インフレ率が高いと経常収支が悪化するため、通貨は弱くなる傾向がある。その代表例が、最近では インドやトルコである。これが、高インフレ高金利通貨が必ずしも強くない理由である。ただし、これも、ブラジルの ような例外が存在する。 例は少ないが、経済成長率がインフレ率よりも高い高金利国の通貨は強い傾向がある。経済成長率がインフレ率 よりも高い場合、高金利の持続性が比較的高い。オーストラリアやニュージーランドは経常赤字国であるが、高金 利による投資の魅力があるため通貨は強い。 高金利の高成長国通貨が弱く、低金利の低成長国通貨が強い理由 低金利の低成長国通貨が強く、一方で、高金利の高成長国通貨が弱いメカニズムについて、「高成長国、高インフ レ国は経常収支が悪化しやすい」といった仮説を考えることが可能である。 インド、ブラジルは、確かに経済成長率は高いものの、いずれも経常赤字、高インフレである。しかも、これらの国 は、インフレ率が経済成長率と同じ水準か、あるいはそれよりも高い。過去 10 年間(2002~2011 年、2011 年は 5 IMF 予想)の年平均値では、インドの経済成長率が 7.8%、インフレ率が 7.0%、インドネシアの経済成長率が 5.5%、インフレ率が 8.0%、ブラジルの経済成長率が 3.8%、インフレ率が 6.7%であった。 高成長国は、一般に発展途上国であるため、産業が軽工業品など低付加価値品主体である。高付加価値品でな い場合、価格競争力が重要となる。このため、高インフレの発展途上国は製造業の国際競争力が弱くなる傾向が あり、その場合、必然的に経常収支が悪化する。また、経済成長率が高い国は、内需が旺盛であるために輸入が 多く、貿易収支が悪化することがある。一方で、現在の日本が典型的にそうであるが、内需が弱い国は、通貨上昇 の割には輸入が増加しない。 また、新興国特有の要因として、①経済や金融市場の規模が相対的に小さく、同時に経済・金融制度が未成熟で ある、②外貨準備や国内資本の蓄積が十分でない、③インフレ抑制よりも成長を過度に重視する傾向があるため 国際収支が悪化しやすい、などが挙げられる。モレノは、最近の新興国への資金流入増大により、新興国の金融 1 規制当局が十分に対応できていないことを指摘する 。こうした新興国の制度の不備は、投資対象としては不安定 さを増すこととなる。 このため、新興国通貨は、世界的な金融危機に際して、大きく下落する傾向がある。その例が、1991 年前後、 1998 年前後、2002 年前後、2008 年前後である。リーマンショック時の高値から安値(2008~2009 年)までの対 円相場の下落率は、ブラジル・レアルが 37.3%、インドネシアルピアが 35.4%、インド・ルピーが 23.0%と大きかっ た。 これらの逆の経済状況が、低成長ながらも通貨が強い日本やスイスである。1995 年以降 2011 年までの 16 年間 の実効為替相場は、スイスが 45.5%上昇(主要 30 通貨中 2 位)、日本が 33.9%(同 5 位)であった。なお、上昇率 1 位は、これも低成長国であるチェコの 49.6%である。日本、スイス両国の共通特徴として、①金融市場の規模が 相対的に大きく、同時に経済・金融制度が整備されている、②外貨準備や国内資本の蓄積が大きい、③インフレ 抑制を重視する傾向がある、などが挙げられる。確かに、これらの国の経済成長率は低いものの、いずれも経常 黒字、低インフレである。 経済成長のピークを超え、成熟期から衰退期に入りつつある日本やスイスは、輸入がそれほど増加せず、所得収 支の黒字が大きいため、経常収支が高水準の黒字となっている。結果として、対外純資産、外貨準備、国内資本 が豊富である。このため、リーマンショックや欧州ソブリン危機などが発生すると、安全な退避通貨として、資金が 流入する傾向がある(データは後述)。これが、世界不況時のスイスフラン高、円高のメカニズムである。 上述の議論を踏まえると、一般に想定されるように、経済成長率が高く、人口が増加する国の通貨が強いというの ではなく、逆に、低成長国通貨が強く、そして高成長国通貨が弱い場合がある。少なくとも、日本の人口が減少し、 かつ成長率が低いが故に、円が下落するという論拠にはならない。 「デフレ=円高」は誤り 経済成長率とは直接関係ないが、この節の最後にインフレ率と為替相場の関係を分析する。 1 Ramon Moreno, “Policymaking from a “macroprudential” perspective in emerging market economies”, BIS Working Papers No 336, January 2011 6 一部に、「日本がデフレであるため円高になる」という見解がある。デフレの国の通貨は購買力が増し、高インフレ 国通貨は購買力が増すことを意味する。よって、インフレ率が高い国の通貨は弱く、インフレ率が低い国の通貨は 強いということになる。確かに、円とドルの購買力平価の歴史を見るとそのような気がする。 しかし、世界の通貨を全体的に俯瞰すると、インフレ率と為替相場が密接な関係にあるとは言いがたい。「デフレ =円高」論者は、円とドルを中心に分析して結論を得ているようだが、現代の通貨分析に不可欠なグローバルな 視点からは「デフレだから通貨が強い」ということは言えない。 高インフレ国の通貨が低インフレ国の通貨よりも強い例は多い。過去 10 年間の対円通貨上昇率上位 1 位オース トラリアの過去 10 年間のインフレ率は年平均 2.9%、2 位ニュージーランドは同 2.8%、3 位チェコは同 2.3%と、い ずれも 4 位日本の同-0.2%、5 位スイスの同 0.8%を上回っている。なお、実効為替相場上昇率では日本(4 位)を 凌ぐカナダ(2 位)は同 2.1%であった。 意外にも、チェココルナは強い通貨である。過去 10 年間の年平均インフレ率はチェコが日本を 2.5 ポイント上回っ ていた。ちなみに、過去 10 年間の年平均経常収支対 GDP 比は、チェコが 3.5%の赤字、日本が 3.3%の黒字で ある。 「日本はデフレなので、実質金利(予想金利-予想インフレ率)が高く、米国は実質金利がマイナスである。日米実 質金利差を反映して、円高になる」といった実質金利格差に注目する議論もある。これは、日本の実質金利が高 いから、円高になっているという趣旨である。これも、日米だけを見れば、何となくそのような気がする。しかし、同 様に、グローバルの視点を持てば、異なる見方ができる。 ブラジル・レアルは、日本でもたいへんなじみのある通貨である。ブラジルの 2011 年のインフレ率は 6.6%であり、 短期金利は年平均 11.7%(実績)であった。実質金利の定義は様々であるが、2012 年の実質短期金利は約 4% 2 (シティグループ証券予想インフレ率 5.5%、年平均予想短期金利 9.7% )と日本の約 0.5%とよりもはるかに高い。 過去も、圧倒的にブラジルの実質金利は高く、そして、今後も高いと予想される。しかし、レアルは円に対して、 2011 年に 15.7%下落、過去 5 年間に 26.1%下落、過去 10 年間でも 27.7%下落した。同様の傾向は、インドネシ ア、ノルウェー、南アフリカ、ハンガリー、ポーランドなどにも当てはまる。 日本は、インフレ率に関係なく円高が続いている。円高は日本がデフレになったのは 1998 年(消費者物価指数が ピーク)以降である。たとえば、2 度の石油危機が発生した 1970 年代に消費者物価指数は 2.2 倍になった。そし て、その間、円ドル相場は 77.3%上昇した。デフレに陥った 1998 年末から 2011 年末の 13 年間に 47.7%円高ド ル安になった。つまり、日本がインフレの時も、デフレの時も、円高なのである。 そもそも、デフレだから円高になるのではなく、円高だから物価上昇を抑制するのではなかろうか。日本やスイス は、持続的に通貨が強いため、経済成長率とインフレ率が低水準となり、結果として金利が低位安定する傾向に ある。つまり、低金利、低インフレ、低成長が通貨高要因なのではなく、通貨高が低金利、低インフレ、低成長要因 2Willem Buiter, “Global Economic Outlook and Strategy”, Citi Investment Research & Analysis, January 18, 2012, p.8 7 であるとも考えられる。一方で、インドやインドネシアなどは、持続的に通貨が弱いため、経済成長率とインフレ率 が高まり、結果として金利が高止まりする傾向にある。 様々な解釈は成り立つが、主張したい点は、「デフレが円高の主因であるとまでは断定できない」ということである。 それでも、「デフレ=円高」と断定するのであれば、その論者は、①日本やスイスよりもインフレ率が高いオーストラ リア、ニュージーランド、チェコの通貨の上昇率が相対的に高い理由、②日本がデフレ時のみならず、インフレ時に デフレ時以上に大幅な円高であった理由、を分析することが必要である。 2. 累積経常収支の影響は相対的に大きい 経常収支が為替相場に与える影響 最近でこそ、金利差や資本移動の重要性が高まったが、依然として、経常収支の重要性は高い。経常収支の中で も、貿易収支よりも所得収支の重要性が高まりつつある。 一般論として、どちらかと言えば、経常黒字国通貨は、経常赤字国通貨よりも強い傾向があることは事実である。 しかし、必ず経常黒字国通貨は強いとまでは言い切れない。世界 1 位の経常黒字国の通貨である中国人民元、 世界 2 位の日本の円は、確かに上昇している。しかし、過去 10 年間の実効為替相場上昇率上位 1 位オーストラ リア(2010 年経常赤字対 GDP 比 2.7%)、2 位カナダ(同 3.1%)、3 位チェコ(同 3.7%)はすべて経常赤字国であ る。これらは、中国や日本よりも上昇している。 これらの共通点は、いずれも、所得収支の赤字が大きいため、経常赤字となっていることである(オーストラリア、 チェコは貿易黒字)。たとえば、オーストラリアの 2010 年の対 GDP 貿易黒字比率は 1.2%であるが、所得収支の 赤字が対 GDP 比 4.3%である。所得収支の赤字の主因は、海外からオーストラリアに投資された証券、企業の配 当金や利金の支払いである。オーストラリアなどは、対内直接投資、間接投資が大きいため、海外から国内に資 金が流入してくる。このため、経常赤字であっても、これらの通貨の需要が強いため、通貨が上昇し続けている。 つまり、経常赤字分を、資本収支の流入で補っているということである。 円ドル相場において、日米経常収支不均衡が円安の要因の一つであると述べた。2007 年には日本の経常黒字 対 GDP 比は 4.8%、米国の経常赤字対 GDP 比は 5.1%と、9.9 ポイントの乖離があった。2011 年には日本の経 常黒字対 GDP 比は 2.1%、米国の経常赤字対 GDP 比は 3.1%と、5.2 ポイントの乖離まで縮小した。しかし、日 米経常収支不均衡縮小に関わらず、この間、円ドル相場は、1 ドル 124 円から 75 円まで円高になった。 このように、単純に「経常赤字だから通貨が弱い」、あるいは「経常収支不均衡が改善したらドルが上昇する」とい うものではない。 累積経常黒字額が為替相場の有力な指標 決定的とまでは言えないが、単年の経常収支など他の指標と比較して、累積経常収支は、為替相場の有力な指 標であるとは言える。 8 歴史的に、豪ドル、ロシアルーブルなどの例外は若干あるものの、累積経常黒字国は、日本、中国、スイス、シン ガポールのように通貨が相対的に強い。あるいは、ユーロ参加国の場合、ドイツ、オランダのように国債相場が堅 調に推移している。一方で、累積経常赤字国は、米国、英国、トルコ、ポーランドのように通貨が弱い。あるいは、 ユーロ参加国の場合、スペイン、イタリア、ギリシャ、フランス、ポルトガルの国債相場は大きく下落した。 日本は、経常収支黒字の累積などの結果として、対外純資産を積上げてきた 3。21 世紀に入って、増加した対外 純資産の収益が、所得収支の黒字となって、結果的に経常黒字を増大、あるいは高水準で維持させてきた。 図表 2-5. 累積経常収支上位、下位 10 ヵ国(2001~2010 年)の対外純資産 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 上位 10 中国 日本 ドイツ ロシア サウジアラビア ノルウェー スイス オランダ シンガポール 台湾 経常収支累計 10 億ドル 1,867 1,550 1,387 638 604 453 438 398 287 285 対外純資産 10 億ドル 1,791 3,105 1,237 16 NA 411 64 214 531 NA 下位 10 米国 スペイン 英国 オーストラリア イタリア ギリシャ トルコ ポルトガル ポーランド フランス 経常収支累計 10 億ドル -5,783 -765 -502 -355 -355 -257 -216 -194 -150 -117 対外純資産 10 億ドル -2,471 -1,224 -298 -774 -484 -273 -358 -241 -296 -250 注:対外純資産は、2010 年末時点。出所: IMF、各国政府統計、シティグループ証券 クローサーの国際収支の発展段階説は、各国の国際収支によって、未成熟債務国、成熟債務国、債務返済国、 未成熟債権国、成熟債権国、債権取崩国の 6 段階に分類できるとしている。経済が発展するにつれ、徐々にシフ トしていくというものである。そして、日本は、未成熟債権国から成熟債権国にシフトしてきた。つまり、経常黒字を 蓄積することによって対外純資産が増大する未成熟債権国であったものが、対外純資産が生む所得収支の黒字 が経常収支の中心になる成熟債権国に変ったのである。 累積経常黒字は対外純資産を持続的に増加させ、その結果、増加した純資産が生み出す配当や利息も概ね持 続的に増加する。もちろん、配当や利息は変化するし、円高になればそれらは自動的に目減りする。しかし、フロ ーで稼ぐ貿易収支と比較すると、ストックで稼ぐ所得収支は相対的に安定性が高い。 長期的な累積経常黒字が大きいと、通貨高が通貨高を呼ぶパターンに陥ることがある。バブル崩壊、少子高齢化、 そして円高などの理由により、日本は、長い間、低成長、低インフレ、低金利にある。このため、高い投資収益を求 めて、日本企業や個人投資家は、海外投資を増加させている。その海外投資は、配当や利息となって、国内に還 流する。商社の海外現地法人からの配当金や毎月分配型投信の分配金がその例である。 その結果、所得収支の黒字は傾向的に拡大する。2011 年のように、貿易赤字が 1.6 兆円になっても、所得収支が 14.0 兆円に増加したため、経常黒字は 9.6 兆円と高水準を維持した。2011 年は貿易赤字であったが、高水準の 3経済産業省「第 3 章「持続する成長力」のために取り組むべき課題」 「通商白書 2006 年」 河合正弘、高木信二「為替レートと国際収支-プラザ合意から平成不況のマクロ経済」内閣府経済総合研究所「 「バ ブル/デフレ期の日本経済と経済政策」について」(2011 年 3 月 31 日)243 ページ参照。 9 経常黒字と内外金利差縮小を背景に、円ドル相場は史上最高を記録した。そして、円高の結果、日本の景気が低 迷し、金利が低下する。これが、海外投資を加速させるという循環を繰り返している。 日本の過去 10 年間の累積経常黒字額と対外純資産は世界 1 位である。バランスシートの強い国は、危機に強い 傾向がある。世界的な大型金融危機が発生すると、退避通貨として円が買われる傾向が強い。 サブプライム危機の発生した 2007 年には、投資収支の短期債は 10.1 兆円(歴代 2 位)の流入となった。欧州ソブ リン危機の発生した 2011 年には、17.4 兆円(歴代 1 位)の流入となった。ちなみに、LTCM 危機(大型ヘッジファ ンドが事実上経営破綻したことに起因する世界的な金融危機)発生した 1998 年は 4.8 兆円の流入と、1990 年代 では最高であった。 つまり、円は、安全な退避先であると思われ、ゼロ金利に近い日本の短期債であっても、外国人投資家が大量に 買っているのである。2011 年に、スイスフランが大きく上昇したように、世界のソブリン危機が悪化する中では、対 外純資産保有国にリスクマネーが逃避してくる。そして、後述のように、このソブリン危機は長く続くと予想されるた め、より安全と見られる累積経常黒字国の通貨が強い傾向が続く可能性がある。 日本の経常赤字転落は起こるのか 日本の経常赤字転落説は、にわかに注目を集めている。日本の経常黒字は中国に次いで世界第 2 位の規模であ るが、2010 年代半ばに、経常赤字に転落するという見解もある。貿易収支の悪化を主因として、経常収支が悪化 するために、円安になるという見方もある。 2011 年に、東日本大震災、タイの洪水、資源価格上昇、円高、世界景気の低迷などを原因として、日本の貿易収 支が赤字に転落した。日本の経常黒字が大幅に縮小し、早ければ、2010 年代半ばに経常赤字に転落するとの見 4 方が増えてきた 。そして、これを根拠とする円安予想もある。 円暴落や国債暴落同様、経常黒字減少の予測の歴史も長い。1990 年代から言われ続けているが、経常黒字は 拡大を続け、2007 年に経常黒字は史上最大を記録している。シティグループ銀行外国為替部の為替ストラテジス 5 ト高島修は、こうした経常赤字転落説は根本的に誤っていると考えている 。 経常収支の詳細な分析と予測は第 3 章で詳述するとして、経常赤字論者の分析に関しては、論理の整合性にお いて疑問があることを指摘しておきたい。経常赤字論者は、円相場と経常収支が互いに与える影響を整理して議 論することが求められる。 経常赤字論者の主張する通り、経常収支が赤字に転落すれば、大幅に円安となることが考えられる。円安になれ ば、対外純資産は自動的に増加する。たとえば、外貨建て資産の評価額は、円安になった 2005 年に前年比 31.8 兆円(負債の評価額の増加を差し引いた純額 24.1 兆円)、2007 年に同 16.4 兆円(同 15.2 兆円)、2009 年に同 4日本経済新聞電子版 「貿易赤字転落、2010 年代に経常赤字の予測も-エコノミスト調査 財政再建の重要性増す」 (2012 年 1 月 26 日) 5高島修、鈴木一誠「明暗を分ける日米製造立国決戦」 (シティバンク銀行外国為替部、Tokyo FX Market Weekly、2012 年 1 月 30 日) 10 17.3 兆円(同 15.8 兆円)増加した(居住者が保有する外貨建て資産の為替相場変動に伴う評価替え、出所:財務 省)。円安で資産が増加すれば、必然的に所得収支は増加する。 加えて、円安になれば、当然、利息や配当金も、為替換算益によって増加する。たとえば、1 ドル 75 円の時に、配 当 1 万ドルを受け取ると 75 万円であるが、1 ドル 100 円まで円安になれば 100 万円と、自動的に 25 万円増加す る。円高の時には、これと逆の現象が発生する。 他の条件を一定とすると、円安になれば、貿易収支も改善し、経常黒字は再度急回復することであろう。つまり、 「経常収支赤字転落→大幅な円安→経常収支急回復」になるのではないか。そうであれば、再度、円高になるの かもしれない。 無論、オーストラリア、カナダ、チェコがそうであるように、経常赤字化しても、通貨は上昇することがある。経常赤 字論者が「経常収支赤字転落→通貨上昇→経常赤字拡大」を主張しているのであれば、日本が経常赤字に転落 しても、円高が続くという根拠を示すことが求められる。 経常収支に関係するのは家計貯蓄ではなく総貯蓄 経常黒字減少の理由として、国内貯蓄減少を指摘する見解がある。この説においては、貯蓄減少を根拠に、円安 を予想する。貯蓄が減少し、それを上回って投資が増加すると、内需拡大に伴い輸入が増加する。その結果、経 常収支が悪化して、円安になることが考えられる。 6 貯蓄・投資(IS)バランス・アプローチによれば、経常収支は中・長期的には貯蓄・投資バランスで決まる 。これは、 貯蓄と投資の差が、経常収支に等しいという前提を持つ。詳細は省略するが、三面等価の法則においては、以下 の恒等式が成立する。 国民総支出(Y)=消費(C)+投資(I)+政府支出(G)+純輸出(X-M) 純輸出(X-M)=貯蓄(S)-投資(I) この場合の貯蓄とは、家計貯蓄ではなく、家計、法人、政府合計の総貯蓄(広義)である。なお、貯蓄を民間(家計、 法人)の貯蓄とした場合、純輸出(X-M)=(貯蓄(S)-投資(I))+(政府歳入(T)-政府支出(G))となる。 貯蓄・投資バランス・アプローチを用いた円安説や経常赤字説の多くでは、家計貯蓄率が減少すれば、経常黒字 が減少するという見方となる。言うまでもなく、家計貯蓄と総貯蓄は大きく異なる。 家計貯蓄率(国民経済計算、2000 年基準ベース)は 1980 年代の年平均 16.1%、1990 年代の同 12.6%、2000 年代の同 4.4%と低下している。なお、家計貯蓄率は、2008 年には 0.4%まで低下したが、2010 年度は 2.1%へ回 復した(2005 年基準ベース)。 6福田慎一、今喜史「最近の国際収支移動について」 (フィナンシャル・レビュー、2008 11 年 3 月)98 ページ参照。 7 実際には、家計貯蓄率が大幅に低下しているにもかかわらず、経常黒字は趨勢としては増加している 。経常収 支対 GDP 比率は、1990 年代の同 2.4%、2000 年代の同 3.3%と上昇している。2010 年は 3.6%であった。つま り、この説の誤解は、家計貯蓄が減少していることをもって、経常収支悪化予想の理由としていることである。 最大の貯蓄超過の主体は、家計ではなく、法人(主に、企業と金融機関)である。日銀資金循環統計によると、 2010 年度の資金余剰額は、法人が 36.9 兆円(民間非金融法人企業が 28.7 兆円、金融機関(除く中央銀行)が 8.2 兆円)、家計が 11.6 兆円である(合計 48.5 兆円)。これが、一般政府部門の赤字 33.6 兆円と海外への投資分 15.6 兆円(合計 49.2 兆円)をまかなっている。 一般的なイメージと異なり、貯蓄超過主体は、主に法人であって、家計ではない。国内の投資需要が乏しいため、 企業は投資を抑制し、その分、国内の融資の返済に充てている。企業が借金を返済する行為により、貯蓄超過が 生まれる。また、金融部門は、公的金融機関の貸出減少分が大きい。傾向として、法人は景気が好調であれば、 貯蓄超過が減少し、景気が悪化すれば、増加する。政府と概ね逆相関である。 資金循環統計によると、企業の負債(除く株式、出資金)は 2011 年 9 月末時点で 663 兆円もある。今後も、円高、 電力不足、内需低迷などにより、国内投資が活発化するとは思えない。よって、企業の借入金返済を主体に、総 貯蓄率は高水準にとどまろう。「企業の負債削減が貯蓄超過の源泉である」ということに違和感がある人も多いで あろうが、貯蓄を増やすだけではなく、負債を減らすことも、全体としては貯蓄増加になることをご理解いただきた い。 7伊藤元重「変貌する経常収支黒字」 (NIRA 政策レビューNo.7、2006 年 10 月) 12 図表 2-6 部門別資金過不足の推移 (兆円) 60 40 20 0 -20 -40 法人 一般政府 家計 海外 -60 -80 81/3 84/3 87/3 90/3 93/3 96/3 99/3 02/3 05/3 08/3 11/3 注: 法人=民間非金融法人+金融機関-中央銀行。出所: 日本銀行、シティグループ証券 なお、家計貯蓄率はもちろんのこと総貯蓄率も、経常収支とは明確な関係は見られない。家計、企業、政府合計 の総貯蓄対 GDP 比率は、1980 年代の同 30.9%、1990 年代の同 28.2%、2000 年代の同 22.1%と低下した (2000 年基準ベース)。そして、2010 年は 20.1%であった(2005 年基準ベース)。 そもそも、経済学的には、IS バランス・アプローチは、事後的に計算できるものであり(事後的な恒等式)、貯蓄が 8 減るから経常収支が悪化するという因果関係があるものではない 。IS バランス・アプローチは、貯蓄だけではなく、 投資によっても決まる。貯蓄が減少しても、投資が同様に減少すれば、経常収支は変わらないということありうる。 3. 円高ドル安の構造要因 円高ドル安は円高とドル安の複合要因 さて、ここで改めて、円高ドル安がなぜ起こるのか考えてみたい。過去の長期的な円高は、円高とドル安の複合要 因であるという認識が重要である。つまり、円高だけが起こっているのではなく、ドル安も同時進行しているのであ る。為替相場は、基本的には、2 国間のファンダメンタルズの差を反映するため、相対的な要因によって決まるの である。 ドルは円に対してだけ下落しているのではなく、構造的に弱い通貨である。過去 10 年間に、円はドルに対して 71.2%も上昇した。その間、円の実効為替相場は 32.1%上昇する一方で、ドルの実効為替相場は 21.1%下落し 8野口悠紀雄「人口減少の経済学:国内の貯蓄超過は経常収支の黒字に対応する」 (ダイヤモンドオンライン、2010 年 12 月 3 日) 13 た。このように、過去 10 年間は、円高であったことは事実であるが、同時にドル安であったのである。イメージとし て、71.2%の円高ドル安のうち、要因別には、円高が約 6 割、ドル安が約 4 割といったところだろうか。なお、同期 間に、円はユーロに対して 17.5%上昇した。その間、ユーロの実効為替相場は 20.7%下落した。 図表 2-7. 日本と米国の名目実効為替相場の推移 140 日本 130 米国 120 110 100 90 80 70 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 注:2001 年末=100。 出所: BIS、シティグループ証券 円安論者は、日本の構造問題などを指摘しながら、円安を主張するのだが、一方で、ドルのファンダメンタルズの 分析がなされていない場合が多い。円安ということは、一般に、円安ドル高という意味である。言い換えると、円安 論者は、2014 年終盤までゼロ金利が続き、かつ世界最大の経常赤字を抱える米国の通貨が、突如、構造的に上 昇に転じると予想していると解釈しうる。 円安論者は、その予想の根拠として、①経常黒字減少(あるいは赤字化)、②財政破綻、国債暴落、③国内貯蓄 の減少、を挙げることが多い。つまり、日本が構造的な問題を抱えるので、円安になるという論理である。ところが、 為替相場は、あくまで相対的なものであるため、日本が深刻な構造問題を抱えていようが、米国や欧州がより深 刻な問題を抱えているのであれば、それが円高要因にはならないとも考えられる。 「日本が経常赤字に転落するので、円安になる」という予想を聞くことが多い。しかし、仮に、経常収支が有力な為 替相場の決定要因であるとして、日本が経常赤字になったとしても、米国の経常赤字がそれ以上に拡大すれば、 円高になるかもしれない。「日本が経常赤字に転落し、同時に、米国の経常赤字拡大に歯止めがかかる」というの であれば、円安予想の根拠となりうる。しかし、米国の経常収支改善を根拠とする円安予想は聞いたことがない。 14 つまり、為替相場の分析には、両国の相対分析が重要なのである。日本経済が深刻な構造問題を抱えていること は否定しない。しかし、米国の巨額の経常赤字であり、あるいは、欧州のソブリン危機のように、為替相場という観 点からは、それ以上に深刻な構造問題を抱えているとも考えられる。 次に、円高とドル安の複合要因という視点から、過去の円高ドル安の構造要因の分析を試みる。無論、構造的な 円高ドル安には、数多くの理由があるが、重要なものとして、以下のように、日米金利差縮小、日米経常収支の不 均衡の 2 点が挙げられる。いずれも、日米相対比較の点から、分析を進める。 円高ドル安の構造要因:日米金利差縮小 日米金利差縮小は、一般に、円高ドル安要因となる。たとえば、米国金利が低下すれば、投資家は米国債を売却 し、ブラジルやオーストラリアなどの高金利債を買い付けることがある。これはドル売り要因となる。 あるいは、過去 40 年間に年平均 4%円高ドル安になったという実績があるため、日米金利差が 4%以上であれば、 円高になってもトータルで利益を生むことができると期待できる。しかし、2011 年末時点のように、日米金利差(長 期金利)が 0.9 ポイントまで低下すると、仮に、年 1%以上円高ドル安になると、金利差(年 0.9%)では為替差損 (年 1%以上)を埋め合わせることが難しくなる。このように、日米金利差が小さいと、ドルに対する需要が減少す る。 過去、日米金利差は大幅に縮小したが、これが有力な円高要因の一つとなった。円ドル相場は、2002 年 2 月の 1 ドル 135 円から 2011 年 10 月の同 75 円まで、80%も円高になっている。2002 年 2 月の長期金利は、米国が 4.9%、 日本が 1.5%であった。それが 2011 年 10 月は、米国が 2.2%、日本が 1.0%あった。その間に、日米長期金利差 が 3.4 ポイントから 1.1 ポイントまで大幅に縮小した。 15 図表 2-8. 日米長期金利差と円ドル相場の推移(3 ヵ月移動平均) (ppt) 4.0 (円/$) 125 3.5 日米金利差(長期金利、左軸) 120 円ドル相場(右軸) 115 110 3.0 105 100 2.5 95 2.0 90 85 1.5 80 1.0 75 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 出所: FRB、日本銀行、シティグループ証券 低成長とデフレであえぐ日本の長期金利は、1998 年 9 月以降、13 年以上に亘って、概ね、2%以下で推移してき た。言い換えると、日本の金利は低位安定しており、現在の水準から大きく低下しようもない。 一方で、米国の長期金利は過去 30 年間低下傾向にあるが、特に、2007 年のサブプライム危機以降、低下傾向 が加速している。米国長期金利の低下の原因は、主として、成長率とインフレ率の低下である。名目経済成長率 は 1980 年代 7.9%、1990 年代 5.5%、2000 年代 4.1%と長期的に低下している。米国の名目経済成長率はサブ プライム危機発生時の 2007 年の 4.9%から 2012 年には 2.9%(IMF 予想)に低下する見通しである。 16 図表 2-9. 米国名目経済成長率と長期金利の推移(3 ヵ月移動平均) (%) 14 長期金利 12 名目経済成長率 10 8 6 4 2 0 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 出所: BEA、FRB、シティグループ証券 米国長期金利の低位安定と、事実上のゼロ金利は長期化しそうである。 ラインハード、ロゴフは、米国のサブプライム危機を発端とする世界的な金融危機は、過去 8 世紀間の歴史を振り 9 返ると、決して特別なものではないと述べる 。ラインハード、ロゴフは、「今回は違う症候群」(This time is different syndrome)が存在すると主張する。「今回は違う症候群」とは、財政危機や金融危機に関して、歴史の教 訓を軽視し、問題を過小評価する傾向を問題視するものである 10 。 ラインハート、ロゴフは、歴史の教訓として、長期間にわたる信用膨張と財務レバレッジの高まりは、大きなバブル を生み、そして、バブル崩壊は、長期間にわたる経済の低迷をもたらすと主張する 11 。彼らは、リーマンショック後 の 2008 年から 2017 年までの 10 年間は、世界的な「債務の 10 年間」(a decade of debt)になると予想する。 「100 年に一度の危機」と言われたリーマンショックは、世界経済と世界の金融市場に対して大きな影響を与えた。 リーマンショック翌年の 2009 年の主要国の実質経済成長率は、第二次世界大戦直後を除くと、戦後最悪であった (米国-3.5%、日本-5.5%、ユーロ圏-4.3%)。この傷は深いため、世界の景気低迷は長期化している。2007 年の サブプライム危機が現在の世界的な危機の発端である。それ以降、すでに 5 年が経とうとしているが、世界のソブ リン危機は長期化する見通しである。 9Carmen M. Reinhart and Kenneth S. Rogoff, “This Time is Different: A Panoramic View of Eight Centuries of Financial Crises”, NBER Working Paper Series, Vol. w13882, March 2008 10Carmen M. Reinhart and Kenneth S. Rogoff, “A Decade of Debt “, NBER Working Paper Series, Vol. w16827, February 2011 11Carmen M. Reinhart and Vincent R. Reinhart,“After the Fall”, NBER Working Paper Series, Vol. w16334, September 2010 17 サブプライム危機やリーマンショックの発端となった米国住宅価格は、依然として下落基調が続いている。やはり、 バブル崩壊が長期間にわたる経済の低迷をもたらすというラインハート、ロゴフの分析どおりに推移していると言 えよう。バブル崩壊の傷は深く、少なくとも、直ちに、米国住宅市場が回復するとは考えにくい。 図表 2-10. S&P ケースシラー住宅価格(前年同月比)の推移 (%) 60 LA マイアミ 40 ラスベガス NY 30 20都市 50 20 10 0 -10 -20 -30 -40 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 出所: S&P、シティグループ証券 「ヘリコプターベン」と呼ばれ、積極的な金融緩和論者として知られるバーナンキ連邦準備制度理事会(FRB)議長 は、デフレが経済に与えるネガティブな影響を重視してきた 12 。そして、バーナンキは、FRB 理事時代に、マネーを 増加させることにより、インフレ率を高めることができると主張している 13 。 市場とのコミュニケーションは FRB のツールとして重要性が高い。1996 年に、当時 FRB 議長であったグリーンス パンは、IT バブルに沸く米国株式相場を「根拠なき熱狂」を称したのは有名である 14 。バーナンキ、ラインハート、 サックは、日本のゼロ金利政策の実証研究を行った上で、政策金利がゼロ%あるいはその近辺にあるときには、 中央銀行と金融市場のコミュニケーションの重要性が高まるとしている 15 。 12 “Deflation: Making Sure: "It Doesn't Happen Here”, Remarks by Governor Ben S. Bernanke Before the National Economists Club, November 21, 2002 13Remarks by Governor Ben S. Bernanke Before the National Economists Club, Washington, D.C., ”Deflation: Making Sure "It" Doesn't Happen Here”, November 21, 2002 14“The Challenge of Central Banking in a Democratic Society”, Remarks by Chairman Alan Greenspan At the Annual Dinner and Francis Boyer Lecture of The American Enterprise Institute for Public Policy Research, Washington, D.C. December 5, 1996 15Ben S. Bernanke, Vincent R. Reinhart and Brian P. Sack, “Monetary Policy Alternatives at the Zero Bound: An Empirical Assessment “, FEDS Working Paper No. 2004-48, September 2004 18 そのバーナンキは、2014 年終盤まで、現在の事実上のゼロ金利を継続する方針を表明している。つまり、マネー サプライや金利の直接的な操作ではなく、市場とのコミュニケーションによって、金利の低下を促しているのである。 2014 年 1 月に FRB 議長の任期が切れるが、オバマ大統領が 2012 年大統領選挙で再選されると、バーナンキも 議長に再任される可能性が高い。 共和党候補は、いずれもバーナンキ議長の極端な金融緩和政策をインフレ促進政策として厳しく攻撃しているた め、共和党政権になれば、FRB 議長は交代する可能性が高いことには注意が必要である。ただし、仮に、FRB 議 長が交代するとしても、金融政策は連邦公開市場委員会の多数決で決定されるため、直ちに、極端な変更はある まい。このため、今後 3 年間は、日米金利差が低い水準で続くであろう。 加えて、財政政策の転換の影響も大きい。2011 年以降、米国は、総額 8,580 億ドルの大型財政政策を実施中で ある。その減税延長効果は 2011、2012 年に集中する見込みである。しかし、財政赤字縮小のために 2013 年以 降は、大幅な歳出削減を行う予定である。これは長期金利抑制要因である。 今後も、米国の経済成長率が急速に回復するとは考えにくい。IMF は、米国の経済成長率が 2012 年に 1.8%、 2013 年に 2.2%と低水準にとどまると予想する。 以上を総合すると、米国長期金利も、歴史的に低水準で推移し、今後もかなり長期間に亘って、日米金利差は低 水準にとどまろう。 円高ドル安の構造要因:日米経常収支の不均衡 円高ドル安の要因として、世界 2 位の規模を誇る日本の経常黒字と、世界最大の米国の経常赤字の影響も大き い。米国は巨額の経常赤字を生む一方で、東アジア諸国は巨額の経常黒字を計上してきた。日本の経常黒字が 高水準で推移し、かつ今後も黒字を維持できる根拠については、第 3 章で詳述するとして、以下、米国の経常赤 字が巨額に上る理由を説明する。 19 図表 2-11. 世界の経常収支の推移 (10億ドル) 1,200 その他 1,000 800 東アジア(中国除く) 中国 600 日本 米国 400 200 0 -200 -400 -600 -800 -1,000 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 出所: IMF、シティグループ証券 米国の経常赤字(2010 年 4,709 億ドル)の構造は、巨額の貿易赤字(同 6,459 億ドル)を、サービス収支の黒字 (同 1,458 億ドル)と所得収支の黒字(同 1,652 億ドル)で補っていることに特徴がある。2000 年以降、経常赤字が 急拡大したことに注目したい。米国経常赤字対 GDP 比(年平均)は、1980 年代の 1.7%、1990 年代 1.6%から、 2000 年代には 4.7%と急増した。多少低下したものの、2011 年は 3.1%と水準は高い。 歴史的に、日米の経常収支の不均衡は拡大を続けた。1992 年から 2001 年までの経常収支合計は、日本が 1.1 兆ドルの黒字、米国が 2.0 兆ドルの赤字であった。つまり、その差は 3.1 兆ドルであった。それが、2002 年から 2011 年までの経常収支合計は、日本が 1.6 兆ドルの黒字、米国が 5.9 兆ドルの赤字となり、その差は 7.5 兆ドル に拡大した。2010 年末の日本の対外純資産額は 3.1 兆ドル(251 兆円)と世界最大であり、米国の対外純債務額 は 2.5 兆ドルと世界最大である。 米国の GDP に占める製造業の構成比は 11.7%と、日本の 19.4%と比較して著しく低い(2010 年)。米国の製造 業は、アップルやインテルに代表されるように、付加価値の高い半導体、インターネット、通信機器、医薬品、航空 宇宙などが高い競争力を持つ。一方で、付加価値の低い軽工業品や原油などの資源などは輸入に依存してい る。 製品供給地としての中国の台頭と北米自由貿易協定(NAFTA)発効によるカナダ、メキシコからの製品輸入増の 効果が大きい。2010 年の輸入に占める国別構成比は、1 位中国 18.9%(2000 年は 8.2%)、2 位カナダ 14.4%(同 19.0%)、3 位メキシコ 11.9%(同 11.2%)であった。中国は、特に、10 年前と比較して大きく上昇している。過去 10 20 年間の米国の貿易赤字の増加部分の多くが中国との赤字である。加えて、世界最大の資源輸入国である米国に とって、資源価格上昇の影響は大きい。 このため、多少、ドル安になっても、巨額の貿易赤字は容易に解消できない経済構造になっている。米国経常赤 字対 GDP 比(年平均)は、2012~2016 年(IMF 予想)が 2.1%である。やや低下するものの、赤字傾向は続く見 通しである。 大幅な円高ドル安にも関わらず、IMF の 2012 年予想経常収支対 GDP 比率は、米国 2.1%の赤字に対して、日本 2.8%の黒字である。その差は 4.9 ポイントである。そして、2016 年は、米国 2.7%の赤字、日本 2.1%の黒字と、 大きな不均衡は続くという予想である(その差は 4.8 ポイント)。したがって、さらに円高ドル安になる余地があると 解釈することもできる。 通常、これほどの不均衡が 10 年単位で持続することは不可能であり、相場が大きく変動することによって、こうし た不均衡は解消されるのが一般的である。しかし、以下の理由から、米国が長期間に亘って巨額の経常赤字をフ ァイナンスし続けることが可能であった。 第一に、ドルが基軸通貨であるだけに、米国は、経常赤字を垂れ流しても、貿易決済が不能になるなどの通貨危 機に陥ることはない。ドル安は、米国の輸出産業にとってプラスであるために、積極的に米国がドル高政策をとる ことは多くない。例外的に、1980 年代前半のレーガン政権時は強いドル政策をとり、ドルの実質実効為替相場(物 価変動の影響を除いた実効為替相場)は 1985 年に史上最高値を記録した。しかし、ドル高の影響で 1985 年の経 常赤字対 GDP 比が 2.8%に達したため、一点、プラザ合意によるドル高是正策をとらざるを得なくなった。 16 第二に、米国は巨額の経常赤字を生みながらも、同時に世界最大の資本収支の黒字国である 。2001 年の米国 の経常赤字は 3,966 億ドル、資本収支の黒字は 4,135 億ドル、2011 年(第 1-3 四半期年率換算)の経常赤字は 4,728 億ドル、資本収支の黒字は 4,850 億ドルであった。経常赤字と資本収支の黒字は、いずれも長期的に拡大 しているために、巨額の経常赤字にもかかわらず、極端な通貨の下落が発生しにくい。 16経済産業省「第 1 章 世界経済の成長メカニズムと不均衡問題」「通商白書 2005」 21 図表 2-12. 米国の国際収支の推移 (10億ドル) 1,000 800 600 400 200 0 -200 その他投資収支 -400 その他 -600 証券投資収益 -800 直接投資収益 経常収支 -1,000 1990 1993 1996 1999 2002 2005 2008 2011 注: 2011 年は、第 1-3 四半期年率換算。出所: BEA、シティグループ証券 中国や日本が得た経常黒字は、米国債などの証券投資として、米国へ還流している。2011 年 9 月末で、市場保 有分(政府内保有を除く)について、米国債の外国人(非居住者)保有比率は 45.3%となり、2001 年末の 32.7%か ら 12.6 ポイントも上昇した。つまり、米国債の半分近くは外国人が保有していることになる。 外国人保有分のうち、中国の保有比率は 2001 年末の 7.7%(783 億ドル)から 2011 年 11 月末の 23.8%(1.1 兆 ドル)まで、16.1 ポイント(1.0 兆ドル増加)増加した。同じく、日本のそれは 31.3%(3,179 億ドル)から 21.9%(1.0 兆ドル)まで、9.4 ポイント(7,210 億ドル増加)減少した。日中合計で、米国債保有比率は外国人保有分の 45.7% に達する。 22 図表 2-13. 米国国債保有者構成比の推移(市場保有分) (%) 60 50 外国 州、地方政府 FRB 家計 預金取扱機関 国内機関投資家 40 30 20 10 0 1952 1956 1960 1964 1968 1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 2004 2008 注: 2011 年 9 月末現在。国内機関投資家は、保険、年金、投資信託合計。出所: FRB、シティグループ 証券 要は、米国が経常赤字として世界にばら撒いたドルは、世界 1 周して米国に還流しているのである。米国は世界 最大の金融市場を持ち、かつ金融法制もたいへん発達している。会計制度の透明性も高い。しかも、海外からの 投資に対してオープンである。このため、歴史的に、世界の資金流入が拡大している。 こうしたメカニズムのおかげで、ドル暴落は発生せず、緩やかなドル安と高水準の経常赤字が続いているのである。 今後も、こうした世界の資金フローに大きな変化が発生するとは考えにくい。円安論者は、裏返して言うと、ドル高 を予想しているということであろうか。そうであれば、長期的に下落を続けたドルが、突如として長期ドル高に転じ るとする根拠を示すことが求められる。 23 第 3 章:日本の経常黒字はまだまだ続く 1. 貿易立国から投資立国に変身する日本 日本の国際収支の構造の転換 日本の経常黒字は、今後 5 年間程度は、2011 年に近い水準を維持できると考えられる。2011 年は、東日本大震 災、タイの洪水、円高、世界景気の低迷、資源エネルギー価格上昇などの影響で、貿易収支は 1.6 兆円の赤字と、 前年比 9.6 兆円悪化となった。震災、洪水などの特殊要因の影響を除くと、2011 年の貿易黒字は、筆者推計で、2 兆円前後であったと思われる。特別な年であり、やや過度な反応が目立つ。 シティグループ証券チーフエコノミスト村嶋帰一は、2012 年 1 月の日本の経常収支は赤字となったと推測する 17 。 しかし、季節調整をしていない経常収支が、単月で赤字になっても、過剰反応は禁物であると強調している。1 月 は、日本と中国の正月が重なる関係で、貿易収支は毎年低水準である。2012 年のみならず、2006 年、2009 年、 2011 年と貿易赤字であった。経常収支も、1996 年、2009 年に、1 月は赤字に転落している。 近年、日本の国際収支の構造が大きく転換しつつあるとこの認識が重要である。2011 年の経常黒字は 9.6 兆円 (前年比 43.9%減)、所得収支の黒字が 14.0 兆円(同 19.9%増)、貿易赤字が 1.6 兆円(9.6 兆円の悪化)、サー ビス収支の赤字が 1.6 兆円(0.2 兆円の悪化)であった。貿易収支以上に重要であり、かつ長期的に黒字拡大の 牽引役になると考えられるのが、所得収支である。 日本の保有する海外の資産は大きく増加しており、これが所得収支の黒字拡大の主因である。1980 年代、1990 年代までは、経常黒字のほとんどが貿易黒字であったが、近年、経常黒字のほとんどは所得収支の黒字になって いる。2011 年は、所得収支の黒字が 14.0 兆円と、経常黒字 9.6 兆円を大きく上回った。つまり、日本はかつての 貿易立国から投資立国へと変身しつつあるのである。 日本の貿易収支は、今後も悪化を続けるというのが、一般的な見方であると思われる。貿易黒字の絶対額は 1992 年(16 兆円)、貿易黒字対 GDP 比は 1986 年(4.4%)がピークであり、長期的に明確な減少傾向にある。よ って、特殊要因を除いても、貿易赤字転落は時間の問題であった。そう遠くない将来、貿易赤字が定着する可能 性が高い。 しかし、貿易赤字が定着しても、投資収支の黒字の拡大、サービス収支の黒字転換により、経常収支は高水準の 黒字を続けるであろう。貿易黒字減少を埋めて、大きく増加しているのが、所得収支の黒字である。つまり、現在で は、貿易黒字よりも、所得収支の黒字の方が、経常収支の分析において重要である。日本では、貿易収支が重視 されがちであるが、経常収支全体で捉えることが重要である。 2007 年に史上最大となった経常黒字は 24.8 兆円、そのうち、所得収支の黒字が 16.3 兆円、貿易黒字が 12.3 兆 円であった。その後、所得収支の黒字は、円高と世界的な景気後退などの影響で減少に転じたが、2011 年は前 年比 19.9%増と、すでに回復に転じつつある。 17村嶋帰一「マクロ・フラッシュ:12 2 月 8 日) 月の国際収支:経常黒字は年率 9.0 兆円」(Citi Investment Research & Analysis、2012 年 24 図表 3-1 経常収支と貿易収支の推移(国際収支統計) (兆円) 25 貿易収支 20 経常収支 15 10 5 0 -5 1985 1988 1991 1994 1997 2000 2003 2006 2009 出所: 財務省、シティグループ証券 所得収支の黒字は、対外純資産増加に伴い、今後、緩やかに増加すると見られる。そして、サービス収支の黒字 転換は時間の問題であると思われる。所得収支の黒字額は 14.0 兆円(2011 年)にも達するため、特別な事態が 発生しない限り、ごく近い将来、これを上回って経常赤字になるほどの貿易赤字が発生するとは考えにくい。 特別な事態の例としては、極端な円高、資源価格の大幅な上昇、世界景気の極端な悪化などである。極端な円高 の場合、貿易収支悪化のみならず、円換算した外貨建て資産の収益がほぼ自動的に減少するので(為替換算損 の発生)、所得収支まで悪化する。これは、2007 年(16.3 兆円の黒字、円の最安値は 1 ドル 124 円)から 2010 年(11.7 兆円の黒字、円の最高値は同 80 円)にかけて発生した現象である(海外金利低下の影響もあった)。ただ し、必ずしも「極端な円高→経常黒字減少→円安」となるとは限らないことは、2011 年に円ドル相場が史上最高値 を更新したことを見ても明らかである。 輸入物価上昇が貿易収支悪化の主因 経常赤字論の最大の論拠である貿易収支悪化について分析する。貿易統計上、日本の貿易黒字は、2001 年か ら 2011 年まで 9.1 兆円減少している。その間、輸出が 16.6 兆円増加し、輸入が 25.6 兆円増加した。つまり、輸 出が増加したにもかかわらず、輸入増が貿易黒字減少の大きな理由である。この間の輸入増加額のうち、鉱物性 燃料は 13.3 兆円の増加となり、増加額の 51.7%を占める。よって、資源エネルギー価格上昇が貿易黒字減少の 主因であると言える。 25 2002 年以降、中国を中心とする新興国の成長率が高いため、資源エネルギー価格が上昇しており、その結果、 鉱物性燃料輸入金額の増加が顕著である。今後、中国、インド、東南アジアなど人口の多い新興国が高い成長を 維持すると見られるため、日本の輸入依存度が高い資源エネルギー、食料の価格は長期的に上昇基調が続くと 見られる。 図表 3-2. 日本の輸出、輸入上位 10 品目(貿易統計) 輸出 (10 億円) 1 自動車 2 鉄鋼 3 半導体等電子部品 4 自動車の部分品 5 原動機 6 プラスチック 7 科学光学機器 8 船舶 9 有機化合物 10電気回路等の機器 総額 2001 7,211 1,650 3,647 1,880 1,720 997 2,504 1,003 1,219 1,202 48,979 輸入 2011 増加率 構成比 (10 億円) 8,205 3,710 3,565 2,997 2,317 2,188 2,111 2,046 1,909 1,680 65,555 2001 13.8% 12.5% 原油及び粗油 124.9% 5.7% 液化天然ガス -2.3% 5.4% 衣類・同付属品 59.4% 4.6% 石炭 34.7% 3.5% 石油製品 119.6% 3.3% 非鉄金属 -15.7% 3.2% 半導体等電子部品 104.1% 3.1% 医薬品 56.7% 2.9% 鉄鉱石 39.7% 2.6% 電算機類(含周辺機器) 33.8% 100.0% 総額 4,718 1,594 2,318 753 903 1,022 1,910 613 373 1,826 42,416 2011 増加率 構成比 11,414 4,773 2,597 2,445 2,223 1,813 1,762 1,720 1,707 1,611 68,051 141.9% 16.8% 199.5% 7.0% 12.0% 3.8% 224.8% 3.6% 146.1% 3.3% 77.5% 2.7% -7.7% 2.6% 180.4% 2.5% 357.7% 2.5% -11.8% 2.4% 60.4% 100.0% 出所: 財務省、シティグループ証券 最近の貿易収支悪化の原因として、主に、①生産拠点の海外移転に伴う輸出の減少、②原子力発電の停止に伴 う輸入燃料の増加、③資源エネルギー価格上昇に伴う輸入金額の増加、などがある 18 。 原子力発電の停止に伴う輸入燃料の増加が輸入額の増加をもたらし、2017 年度以降、経常収支は赤字に転落 するという見方がある 19 。ただし、経常赤字に転落するほど貿易赤字が巨大化するかは定かでない。 内需が低迷すると、電力需要が減少するし、かつ電力料金が上昇すれば、これまた電力需要は減少する。加えて、 生産拠点の海外移転、節電、省エネも進むであろう。ちなみに、日本の電力需要は 2007 年度がピークであり、景 気悪化の影響のため、減少に転じている。 古くは、1973 年第一次石油危機、そして 2011 年夏の電力不足の例の見ても明らかなように、企業や家庭の対応 力は高い。たとえば、製造業のエネルギー消費原単位は、第一次石油ショックが発生した 1973 年度を 100 とする と、1980 年には 74.1、1985 年には 58.5 と大幅に減少している 20 。エネルギー消費原単位とは、一定の金額を生 み出すために必要なエネルギー消費量である。電力不足に加えて、電力料金引上げが実施されるため、企業や 家庭は電力消費を大きく減少させることであろう。 18野口悠紀雄「未曾有の大災害:日本はいかに対応すべきかー貿易赤字の定着という経済構造の大変化」 (ダイヤモ ンドオンライン、2011 年 6 月 2 日) 19岩田一政、坪内浩「第 37 回改訂中期経済予測(2011-2020 年度):全原発停止なら年 7 兆円の経済損失も――火力代 替で 17 年度にも経常赤字」(日本経済研究センター、2011 年 6 月 14 日) 20 資源エネルギー庁「エネルギー白書 2010」163 ページ参照。 26 これらを総合すると、鉱物性燃料輸入金額が増加し、貿易黒字減少要因となる可能性が高い。しかし、それが急 速に増加する可能性はそれほど高くないと考えられる。日本総合研究所は、原発停止による火力発電燃料輸入 増加額を約 3 兆円と予想している 21 。当面は、この程度の金額を想定すればいいであろう。長期的には、価格の 低いシェールガスの開発と輸入増が進み、火力発電燃料輸入額は大きく減少することが考えられる。 輸入が大きく増加していることは事実だが、長期的に、輸出も増加していることに注目したい。「空洞化で輸出が減 少する」という見方があるが、円高、生産拠点の海外移転にもかかわらず、基調として日本の輸出は増加してき た。 長期的な円高、国内経済の不振などの影響を受けて、生産拠点の海外移転は既に進んでいる。しかし、生産拠点 が海外に進出しても、電子部品、半導体、電子材料など中間財の輸出が増加しているため、日本の輸出は減少す るどころか、大きく増加している。輸出額(国際収支統計)は、1996~2000 年の年平均 47.5 兆円から、2001~ 2005 年の同 53.8 兆円、2006~2010 年の同 68.7 兆円と大きく拡大している。 2001 年と 2011 年を比較すると、輸出相手国別に増加額(貿易統計ベース)が大きいのが、1 位が中国の 9.1 兆 円、2 位の韓国の 2.2 兆円、3 位のタイの 1.5 兆円、4 位の台湾の 1.1 兆円、5 位のロシアの 0.9 兆円である。高 成長のアジア向けの輸出金額は、2001 年の 19.7 兆円(全体の構成比は 40.3%)から 2011 年の 36.7 兆円(同 56.0%)まで増加した。つまり、アジア向けの輸出が日本の輸出増を牽引してきたのである。 今後は、円高や電力料金引上げが加わって、生産拠点の海外移転が加速することが考えられるが、それが直ち に、輸出の減少にならないことは、過去の実績から明らかである。ただし、日本企業の国際競争力低下が顕著で あるため、輸出はそれほど伸びないと考えるのが自然である。 総合的に見て、輸出の低迷と、資源価格上昇に伴う輸入増加の流れに大きな変化はあるまい。よって、貿易収支 悪化、そして将来的な赤字定着は避けられないと考えられる。 2. 貿易収支悪化を埋める所得収支とサービス収支の改善 所得収支の黒字増加とサービス収支の改善 所得収支の黒字増加とサービス収支の改善が、経常黒字拡大のリード役であった。今後も、これらが経常黒字の 中心となることであろう。所得収支とサービス収支の合計額は、1990 年の 2.9 兆円の赤字から 2007 年には 13.8 兆円の黒字となった(2011 年は 12.4 兆円)。過去 10 年間では合計額が 9.2 兆円改善している。 21藤山光雄「原発停止がわが国LNG需要に与える影響~ 総合研究所、2011 年 8 月 25 日) 27 調達コスト抑制に向けた取り組みが急務に ~」 (日本 図表 3-3 所得収支とサービス収支の推移 (兆円) 20 サービス収支 所得収支 15 所得・サービス収支 10 5 0 -5 -10 1985 1988 1991 1994 1997 2000 2003 2006 2009 出所: 財務省、シティグループ証券 1992~2001 年合計の経常黒字は 124 兆円であった。2002~2011 年は、合計 168 兆円となり、経常黒字は 44 兆円増加した。前者と後者を比較すると、貿易黒字は 46 兆円減少し、所得収支の黒字は 62 兆円増加し、サービ ス収支は 29 兆円改善した(赤字が縮小)。 2011 年の経常黒字は 9.6 兆円と、10 年前の 2001 年に比べて 1.0 兆円減少した。同期間に、貿易黒字が 10.0 兆円減少した。一方で、この間、所得収支の黒字は 5.6 兆円増加した。内訳は、直接投資収益が 2.3 兆円、株式 配当金(投信を含む)が 2.1 兆円、債券利子が 1.2 兆円増加した。サービス収支は 3.5 兆円改善した。内訳は、旅 行が 1.5 兆円、特許等使用料が 0.9 兆円である。 経常赤字論においては、所得収支の黒字拡大を過小評価する傾向がある。たとえば、「欧米の金利が低下するの で、債券利子収入が減少する」というものである。しかし、長期的な欧米の金利低下の中で、所得収支は、傾向と して、増加してきた。 過去 10 年間に、欧米主要国の金利は大きく低下した。たとえば、米国の長期金利は 2001 年末の 5.04%から 2011 年末の 1.88%まで低下している。しかし、同期間に、所得収支の黒字は 5.6 兆円増、そして債券利子は 1.2 兆円増である。これは、投資残高が増加していることに加えて、後述のように、日本からの投資が、低金利の欧米 から、高金利の新興国、資源国にシフトしていることの影響が大きい。 28 しかも、投資収益利回りが 6.7%(2011 年推計)と相対的に高い直接投資残高が着実に増加している。このため、 過去 10 年間では、直接投資収益が 2.3 兆円増と債券利子以上に増加した。今後も、新興国投資と直接投資増加 の傾向は加速しよう。 「家計貯蓄残高が減少するので、対外純資産が減少し、所得収支の黒字が減少する」という見方もある。家計部 門が直接保有する外貨金融資産は 30.4 兆円(2011 年 9 月末)しかない。しかし、年金、銀行、生命保険の元々の 資金の多くは家計部門であるので、間接保有を含めると、証券投資、その他の投資合計額 402 兆円(2011 年 9 月末)のうち、家計保有分はその半分を超えると思われる。よって、実質的な家計保有分は対外総資産 564 兆円 のうち、半分前後に相当すると思われる。 ただし、家計貯蓄率はいまだにプラスを維持しているので、円高、株安効果を除いて、直ちに家計貯蓄残高が急 減するとは考えにくい。10 年以上の期間では、家計貯蓄残高減少が所得収支の黒字減少につながることもあろう が、2010 年代に家計貯蓄残高急減が起きる可能性は限定的であろう。 長期的に、貿易黒字が減少する一方で、所得収支の黒字が増加し、かつサービス収支の改善している。以下、そ れぞれの要因を分析し、今後を展望する。 新興国・資源国シフトが所得収支黒字増の主因 円高基調と世界的な金利低下にもかかわらず、2011 年の所得収支の黒字は 14.0 兆円(前年比 19.9%増)に回復 した。内訳は、債券利子 6.9 兆円、直接投資収益 3.8 兆円、株式配当金 2.6 兆円などである。前年比増加額は、 株式配当金が 1.7 兆円と最も大きく、次いで、直接投資収益の 1.0 兆円である。 欧米の金利低下により債券利子は、今後緩やかに減少しよう。ピークは 2007 年の 10.9 兆円であり、2011 年は 6.9 兆円となった。しかし、それを株式配当金と直接投資収益の増加が埋め合わせると考えられる。 所得収支の黒字を増加させる要因は、対外純資産残高の増加である。日本の対外純資産残高は、2000 年末の 133 兆円から 2010 年末には 251 兆円まで 118 兆円増加した。2010 年末の対外総資産残高は 564 兆円である。 主要な構成は、主に金融、年金などが保有する債券が 217 兆円、外貨準備が 89 兆円、貸付金が 71 兆円、直接 投資が 68 兆円、株式投資が 55 兆円である。 その結果、その果実である所得収支の黒字が 2001 年の 8.4 兆円から 2011 年には 14.0 兆円まで 5.6 兆円増加 した。直接投資収益が、同じく、1.5 兆円から 3.8 兆円まで 2.3 兆円増加した。2010 年末までの過去 5 年間では、 対外純資産残高は 71 兆円増加した。資産は 57 兆円増加し、負債は 13 兆円減少した。資産別増加額は、証券投 資が 23 兆円、直接投資が 22 兆円、その他投資(貸付など)が 21 兆円である。 海外金利が低下しているが、日本の対外資産は低金利の先進国から高金利の新興国、資源国へ急速にシフトす るため、その影響は限定的である。 所得収支の黒字のうち、米国は 25.3%、欧州は 23.1%を占めるに過ぎない(2011 年第 1~3 四半期年率換算)。 金利や配当利回りの高い新興国と資源国(アジア・その他)の構成比が 51.6%に達している。たとえば、三菱商事 29 のオーストラリアの現地法人からの配当やレアル建投信の分配金はこれらに含まれる。この構成比は、今後も大 きく上昇するものと思われる。 図表 3-4 日本の地域別所得収支の推移 (%) 60 (兆円) 18 その他(左軸) 16 欧州(左軸) 50 北米(左軸) 14 アジア(左軸) 12 40 アジア・その他構成比(右軸) 10 30 8 6 20 4 10 2 0 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 注:2011 年は、第 1~3 四半期を年率換算。出所: 財務省、シティグループ証券 株式配当金については、高分配金の投資信託の残高増の影響が大きい。分配金利回りの低い先進国ソブリン債 に投資する投信が大きく残高を減少させる一方で、豪ドルや米国不動産投信(REIT)に投資する高分配の毎月分 配型投信の販売が増加している。投信の分配金の多くは、統計上、株式配当金に含まれる。ただし、2011 年後半 以降、投信の販売額にブレーキがかかっているので、今後は、株式配当金の増加の寄与は小さくなろう。 図表 3-5. 日本の投信純資産額上位 10 本の投資収益率(2011 年末) ファンド名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 会社名 グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型) 国際 短期豪ドル債オープン(毎月分配型) 大和住銀 ハイグレード・オセアニア・ボンド(毎月分配) 『愛称:杏の実』 大和 野村 G・ハイ・イールド債券(資源国通貨)毎月 野村 新光 US-REIT オープン(毎月分配型) 『愛称:ゼウス』 新光 ラサール・グローバル REIT(毎月分配型) 日興 ピクテ・グローバル・インカム株式(毎月分配) ピクテ (通貨選択 S) 新興国債券<レアル>(毎月) 三菱 UFJ ブラジル・ボンド・オープン(毎月決算型) 大和 財産 3 分法 F(不動産・債券・株式)毎月分配型 『愛称:財産 3 分法 日興 ファンド』 出所: モーニングスター、シティグループ証券 30 純資産額 純資産増減額 1 年リターン (百万円) (百万円) 1,852,789 -961,404 -0.2% 1,183,237 329,202 -0.6% 918,570 66,833 4.0% 815,540 -319,901 -11.6% 688,280 486,691 0.5% 639,874 189,903 -3.9% 613,707 -288,152 -8.0% 593,796 -106,273 -4.0% 589,572 -64,805 -2.7% 488,436 -203,965 -10.0% 高収益の対外直接投資が増加 最も注目すべきは、対外直接投資の増加である。2011 年の直接投資収益(受取のみ)は 4.7 兆円であった。対外 直接投資資産残高の平均残高(以下、平残、2011 年第 1~3 四半期年率換算)は 70.4 兆円、投資利回りは 6.7% であった。一方で、証券投資収益(受取)は 12.2 兆円であった。証券投資残高(証券投資、その他投資、外貨準備 合計)の平残(同)は 502.9 兆円であり、投資利回りは 2.4%と直接投資より低い。 なお、直接投資収益(受取から支払を差し引いた純額、以下同じ)は 3.8 兆円、対外直接投資残高の平残(同)は 53.1 兆円、投資利回りは 7.2%であった。証券投資収益は 9.5 兆円、証券投資残高平残(同)は 204.8 兆円、投資 利回りは 4.7%であった。 直接投資は順調に拡大している。これは、企業の海外進出が加速しているからである。対外直接投資(居住者の 対外直接投資の実行・引揚げの純額)合計額は、1992~1996 年が 10.3 兆円(年平均 2.1 兆円)、1997~2001 年が 17.0 兆円(同 3.4 兆円)、2002~2006 年が 21.6 兆円(同 4.3 兆円)、2007~2011 年が 42.9 兆円(同 8.6 兆円)と加速している。2008 年に 13.2 兆円と史上最高を記録した。 円高による高コスト構造に苦しむ日本企業は、海外企業買収を増加させている。2011 年の日本企業による外国 企業買収金額は、年間で 502 億ドルと、史上最大の規模となった。その結果、2012 年以降、海外からの配当収入 が増加しよう。あるいは、買収以外による企業の海外進出も増加している。 図表 3-6 日本企業による外国企業買収額の推移 (10億ドル) 60 400 金額(左軸) 50 350 件数(右軸) 300 40 250 200 30 150 20 100 10 50 0 1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010 注:完了案件、完了日ベース。出所:トムソンロイター、シティグループ証券 2009 年に外国子会社配当益金不算入制度が創設された。この制度は、親会社が外国子会社(25%以上を 6 ヵ月 以上保有)から受け取る配当の 95%を益金不算入とするものである。導入後、国内に配当を還元する企業が急増 31 している 22 。これは、所得収支の黒字を国内に還流することを促進し、円高要因となる。 旅行収支改善と工業権・鉱業権使用料増加は続く 意外に、見落としがちなのが、サービス収支の改善である。サービス収支の赤字は1996年の6.5兆円から2011年 には1.6兆円に縮小した。つまり、15年間に約5兆円改善している。この間の最大の改善項目は、旅行の2.3兆円、 次いで、特許等使用料の1.1兆円である(その他営利業務1.3兆円)。以下、旅行、特許等使用料の詳細を分析し、 今後を予想する。 1. 旅行収支 旅行収支は、さらに、大きな改善が見込まれる。政府は、成長戦略において、観光立国の推進を掲げる。2010 年 6 月の新成長戦略(閣議決定)によると、訪日外国人を 2020 年初めまでに 2,500 万人、将来的には 3,000 万人ま で増加させることも目標に掲げている。2,500 万人による経済波及効果は約 10 兆円、新規雇用は 56 万人である という。実現すれば、結果的に、旅行収支を改善する効果をもたらそう。 2011 年は、東日本大震災、放射能汚染問題の影響で、訪日外客数は、622 万人で、前年比 27.8%減となった。 訪日外国人の旅行消費額は、2011 年は、7,085 億円で、前年の 1.1 兆円から 38.3%減少した。韓国人の訪日が 最も多く、全体の 26.7%のシェアを占めるが、震災に加えて、円高ウオン安の影響で激減した。中華圏(中国、香 港、台湾、シンガポール合計)の訪日客数は合計 251 万人である(シェア 40.4%)。10 年前の 2001 年の同 152 万 人(全体の 31.9%)から大きく増加した。 日本政府観光局によると、2011 年 4 月は前年同月比 62.5%減となったが、12 月には 11.7%減まで回復した。国 別には、韓国の大幅減少が響いているが、中国人は前年の水準を上回ってきた。中国人個人観光客に対して、 2011 年 7 月から、沖縄数次査証が開始され、9 月には、ビザの発給要件が緩和された。今後、訪日外国人数の増 加が期待される。 22経済産業省「第 3 章 我が国経済の新しい海外展開に向けて~世界経済危機(の余波)と震災ショックを乗り越えるた めに~」「2011 年通商白書」 32 図表 3-7. 訪日外国人数の推移 (千人) 9,000 アジア 8,000 米国 欧州 その他 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 注:地域別数値は、1-10 月年率換算。 出所: 日本政府観光局(JNTO)、シティグループ証券 2. 特許等使用料 特許等使用料と言っても、これらの中では、工業権・鉱業権使用料の増加が大きい。特許料や著作権使用料は恒 常的に支払い超過である。2011 年の工業権・鉱業権使用料収入は、1.4 兆円と、前年比 11.8%増となった。工業 権・鉱業権使用料の大部分は、特許権、商標権、意匠権、実用新案権、技術指導料、経営指導料などである 23 。 これは、主として、日本企業が海外に進出し、その子会社から指導料としてロイヤルティを受け取るものである。 地域的には、アジア、業種は自動車が多い。たとえば、トヨタ自動車が中国などに進出するが、現地法人の売上高 に応じて、収入が増えるという仕組みである。日本企業の海外進出が進む可能性が高いので、今後も、特許等使 用料は年 10%以上の増加を続けると考えられる。 日本の経常黒字は持続しよう 今後も、上述の基調に大きな変化はなく、貿易収支悪化を、所得収支の黒字拡大、サービス収支改善で補うことと なろう。 名目 GDP のピークは 1997 年の 523 兆円であり、2011 年には 468 兆円と 10.5%減少している。しかも、今後も 少子高齢化が加速する可能性が高い。低成長、低金利では、企業や個人投資家の資金が海外に向かうのは自 然である。 仮に、2007~2011年と同じペースで直接投資が増加し、かつ投資収益利回りが同じであるとすれば、所得収支の うち、直接投資収益は5年後に年間3兆円近く増加することが考えられる。債券利子が若干減少すると見られるの 23増田耕太郎「自動車の海外生産が牽引する「特許等使用料」の黒字拡大」 (国際貿易と投資、Autumn 33 2008/No. 73) で、投信を中心とする株式配当金の増加は、概ね、相殺されよう。この試算によると、5年後の所得収支の黒字は、 15~20兆円に増加すると見られる(2011年は14.0兆円、史上最高は2007年の16.3兆円)。 概ね、サービス収支は約3年間で1兆円のペースで改善しているため、2010年代半ばには、サービス収支が黒字 転換することが考えられる。つまり、5年後に2兆円弱の改善が予想される。単純計算では、所得収支、サービス収 支合計は、5年後に合計4兆円の黒字増が予想される。ただし、新興国や資源国の金利が低下し、あるいは、円高 が進行した場合は、これよりも減少するであろう。 貿易収支の悪化は続こうが、資源価格が極端に上昇し、あるいは極端な円高がない限り、5年後に年間5兆円を 大きく超える赤字になるとは考えにくい。ましてや、こうした特殊事情がない限り、ごく近い将来に貿易赤字が15兆 円以上となり、経常収支の赤字が定着するとは考えにくい。 村嶋(シティグループ証券)は、経常黒字対 GDP 比が 2011 年の 1.9%から 2016 年には 1.7%と、わずかながら 低下すると予想する 24 。IMF は、2016 年の経常黒字対 GDP 比を 2.1%と予想する(経常黒字は 1,405 億ドル、1 ドル 80 円換算で約 11 兆円)。 なお、IMF によると、米国の経常赤字は 2011 年の 4,728 億ドル(第 1-3 四半期年率換算)から 2016 年の 4,988 億ドルへ増加する見通しである。また、シティグループ証券は、米国の経常赤字対 GDP 比は 2011 年の 3.0%から 25 2016 年には 3.0%と同水準であると予想する(金額は増加) 。 以上を総合すると、今後 5 年間を展望すると、貿易収支は緩やかに悪化、所得収支は黒字拡大、サービス収支は 黒字転換といった、これまでのパターンが持続することが予想される。このため、日本の経常黒字は、若干減少気 味ではあるものの、概ね、現在と同水準を維持すると見られる。 ただし、リスクシナリオとして、原子力発電所がすべて、あるいはほとんど運転停止となり、同時に資源価格が大き く上昇すれば、この限りではない。そして、その可能性が高まりつつあることも事実である。この場合は、貿易赤字 が予想以上に拡大し、2010 年代後半に経常赤字が定着するリスクがあると思われる。その意味では、早期経常 赤字論を否定するものではない。前提次第では、こうした予想は大きく変わりうることは承知されたい。 24Willem 25Willem Buiter, “Global Economic Outlook and Strategy”, Citi Investment Research & Analysis, January 18, 2012, p.9 Buiter, “Global Economic Outlook and Strategy”, Citi Investment Research & Analysis, January 18, 2012, p.9 34
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