AHM (Airplane Health Management: エアプレーン・ヘルス

(公財)航空機国際共同開発促進基金 【解説概要 26-6】
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AHM (Airplane Health Management: エアプレーン・ヘルス・マネージメント)
の歴史と仕組み、ならびにボーイング 787 型機 AHM について
1.概要
JAL グループでは、運航整備部門を中心に、ボーイング社の提供する整備支援システム
である AHM(Airplane Health Management: エアプレーン・ヘルス・マネージメント)を
ボーイング社の 777 型機および 787 型機に導入しています。本稿では、AHM の歴史と仕
組みについて解説すると共に、JAL グループの機材品質を支えるボーイング社の 787 型機
AHM について紹介します。
2.航空機の機上システムの進歩
テクノロジーの進歩に伴い、アビオニクス技術も進歩し、航空機の機上システムのモニ
タリング機能も進歩してきています。
従来、航空機の機上システムに不具合が発生した場合、運航乗務員に対してこれを知ら
せる方法は警告灯の点灯が中心でしたが、1980 年代後半には、各機上サブシステムが自ら
の 作 動 状 況を 監 視 し、不 具 合 発 生を 検 知 した場 合 に は 、そ の 情 報を EICAS(Engine
Indication and Crew Alerting System: エンジンディスプレイ警告システム)にメッセージ
として表示することができるようになりました。更に 1990 年代以降には、CMC (Central
Maintenance Computer: 機上整備用コンピューター)が各機上サブシステムを監視し、不
具合発生に至る前の冗長性の低下をいち早く把握することができ、また、不具合発生に伴
うメッセージ表示に至ってしまった場合においても、整備方針策定に必要な整備用メッセ
ージと合わせて記録すると共に、ACARS (Aircraft Communication Addressing and
Reporting System: 空地データ通信システム)を利用して、地上の整備士に対してその状況
をいち早く知らせることができるようになりました。また、日々の運航中に各機上サブシ
ステムのデータを監視、記録するシステム ACMS (Aircraft Condition Monitoring System:
機上データモニタリングシステム)の機能が 787 型機から格段に充実してきました。
3.地上系モニタリングシステムの進歩
2000 年以降、機上システムの進歩とともに、地上系のモニタリングシステムも進歩を遂
げてきています。
航空機メーカーやエンジンメーカーが中心となり、ウェブベースの整備支援システムが
開発されてきました。これらの整備支援システムは、ACARS を通じて得られた CMC や
ACMS 等の情報を収集・解析し、ウェブ画面を通じて、エアラインの整備処置の準備・検
討を支援する仕組みとなっています。
このうち、ボーイング社の提供する整備支援システムは AHM と呼ばれており、AHM を
導入することにより、エアラインは、独自の地上システムを構築することなく、インター
ネットに接続できる環境さえ準備すれば、他エアラインの整備実績や、メーカーの持つノ
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ウハウを踏まえた上で、関連メンテナンスマニュアルの準備も含め、迅速かつ効率的に整
備処置の準備・検討を行うことができるようになります。
4.AHM 開発への参画と導入機種の変遷
2000 年代に入り、ボーイング社は AHM の開発を開始しました。2003 年より、日本航空
も外国他社とともに、
AHM の開発パートナーに加わり、
CMC 装備機である 747-400 型機、
777 型機それぞれ数機レベルでの検証を行いました。開発フェーズを経て、製品化された
AHM の試験運用を評価した結果、全機への導入の価値があるとの判断に至り、2006 年以
降、日本航空では、747-400 型機および 777 型機に AHM を導入しました。その後、2012
年 3 月の 787 型機の導入とともに AHM を導入し、2014 年 11 月現在、777 型機 45 機と
787 型機 15 機の全 60 機の整備支援に AHM を活用しています(747-400 型機は全機退役)。
5.AHM へのデータの流れ
以前日本航空では、ACARS を通じて送信されてくる整備向けの情報は、到着地の空港や
整備基地に設置されたプリンターへ自動出力されるため、自社で管理するサーバーに取り
込んでいました。AHM を導入して以降、これらの情報は、自社サーバーのみならず、ボー
イング社の準備した AHM 用サーバーへも合わせてコピー送信するように地上側の配信の
仕組を変更しました。E-Mail の To (宛先) と Cc (コピー配信先) のイメージです。(図 1)
コピー配信の対象となるのは、AHM の運用に必要な情報に限定しており、具体的には
CMC が作成する各種不具合・冗長性の低下情報を含むレポートや ACMS、EICAS が作成
する各種システムのセンサー情報、計算情報を含むレポートが対象となっています。また、
フライト毎の情報管理を行うため、駐機場出発、離陸、着陸、駐機場到着の各時刻の情報
等も AHM へコピー配信しています。
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6.リアルタイムモニタリングとヘルスマネージメント
上述の仕組みを通じて受け取ったデータを元に、AHM は主にリアルタイムモニタリング
とヘルスマネージメントを支援する機能を提供します。
6.1 リアルタイムモニタリング
リアルタイムモニタリングの中心となる画面は、Fleet Status 画面(図 2)と Fleet Monitor
画面です。
Fleet Status 画面では、AHM を導入している機体における不具合発生状況や到着予想時
刻等を視覚的に把握することが可能です。画面表示は、最新のフライトの情報だけを表示
する、あるいは現在時刻を中心とした前後 12 時間のフライトの情報を横棒グラフのスタイ
ルで表示することができます。特に、次のフライトの出発に影響を及ぼすおそれのある不
具合が発生した場合には赤色で表示される等、各機の現状が視覚的に一目で把握できるの
が特徴です。
Fleet Monitor 画面は、Fleet Status 画面の常時監視からユーザーを解放してくれる機能
で、AHM 導入機材における不具合の発生をポップアップ画面と音で知らせてくれます。
Fleet Status、Fleet Monitor の両画面は、表示対象機材の属性(国際線機材・国内線機材・
機種毎)や発着空港、表示対象とする不具合の重大度等をユーザー一人ひとりがそれぞれの
担当業務に応じて任意にフィルタリング(選択表示)可能となっています。また、Fleet
Status、Fleet Monitor いずれもそれぞれ数クリックで、同種不具合の発生履歴、当該不具
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合の原因と想定される部品と他社を含めた過去の修復成功率、関連メンテナンスマニュア
ルへ直接アクセス可能なリンク等が用意されているため、迅速な整備処置の準備・検討を
サポートしてくれます。
6.2 ヘルスマネージメント
リアルタイムモニタリングでは、次のフライトに向けた整備処置の準備や検討に必要な
情報を提供するのが中心でした。一方ヘルスマネージメントは、潜在的な不具合を抑え健
全(ヘルス)に保つよう管理(マネージメント)することが中心となります。ヘルスマネー
ジメントには、Actionable Items 画面(図 3)と Work Items 画面を利用します。
Actionable Items 画面には、ACARS を通じてリアルタイムに送信されてくる不具合発生
情報とフライト終了後に送信されてくる冗長性低下情報が関連するもの毎に”アイテム”
としてまとめられ、当該アイテムの重大度、発生履歴とともに、リストアップされます。
Fleet Status、Fleet Monitor 画面等と同様に、重大度に応じて、赤色、橙色、黄色、無色
と視覚的に判断できるようになっており、表示対象機材の属性やリストアップ対象とする
アイテムの重大度等をユーザーが任意にフィルタリング(選択表示)可能となっています。
このフィルタリング機能を利用し、機材品質モニタリングを担当するユーザーは、自身の
担当する機材に対する”アイテム”を確認し、整備処置の必要性を検討し、整備処置要と
判断したものを Work Items 画面に移行させます。
これにより、Work Item 画面には整備処置が必要と判断された”アイテム”が集まりま
す。整備作業計画を担当するユーザーは、この Work Item 画面を基に、機体の整備作業計
画を立案することができます。そして当該”アイテム”に関する整備処置を完了した後、
作業内容(部品交換等)を数クリックで入力する(メニューから選択)ことで、その”アイテム”
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は Work Items 画面から消えます。
AHM は、ユーザーにより、
”現段階では整備処置不要であるが、連続的に発生した場合
には整備処置を要する”と判断した”アイテム”について、Actionable Items や Work Items
画面には表示させず、バックグラウンドで継続監視し、あらかじめ設定した頻度を超える
再発が認められた場合に、
”再発アイテム”として Actionable Items タブに表示させる機能
を備えているため、機材品質モニタリングを一部自動化することもできます。
7.787 型機 AHM について
777 型機では、不具合発生情報や冗長性の低下情報を含むレポートを基に、リアルタイム
モニタリング・ヘルスマネージメント機能が提供されてきましたが、これらは CMC が作成
するレポートが情報元となってきました。
2012 年 3 月に導入した 787 型機では、この機能に加えて、ACMS、EICAS が作成する
各種システムのセンサー情報、計算情報を含むレポートを基に、これまで事前の検知が難
しかったメカニカル部品の劣化傾向や不具合発生の兆候等を警告として捉えることができ
るデータ解析・警告機能が利用できるようになりました。この機能により発出される警告
も、CMC が検知する不具合情報や冗長性の低下情報等と同様に、リアルタイムモニタリン
グ、ヘルスマネージメントの対象となっています。
787 型機での具体的な事例をいくつか紹介します。
7.1 運航乗務員用酸素圧力量(Crew Oxygen Pressure)モニタリング
運航乗務員が緊急時に使用する運航乗務員用酸素圧力量(Crew Oxygen Pressure)のモニ
タリング(図 4)が可能です。Crew Oxygen Bottle は、非常時に運航乗務員が使用する重要
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装備品であり、Pressure 値がある値を下回った場合、交換が必要となります(図 4 で酸素圧
力が低下しているのは、運航乗務員が出発前に酸素マスクの確認をするためです。)。その
ため、多くの機体の Pressure 値をリアルタイムに AHM でモニタリングできることは非常
にメリットがあります。また、酸素量の急激な変化など、酸素供給ラインからの漏れが疑
われるようなシステム不具合にも早期に対処することができます。
7.2 ブレーキ温度モニタリング
ブレーキの温度が異常に熱くなることを事前に検知し、AHM が警告を出すことが可能で
す(図 5)。787 型機は、従来の油圧ブレーキではなく、電気ブレーキという新しいシステム
が導入されています。重要なシステムであるため、不具合を事前に検知することが非常に
重要となっています。AHM の警告は、同じ軸にある対をなすブレーキの温度差が 3 度以上
になると発せられる仕組みとなっています。この警告が出た場合、最寄りの整備機会で電
気ブレーキの構成部品の交換が計画され、不具合が発生する前に整備処置が実施されます。
注:縦軸目盛は都合により削除。
7.3 スポイラー電気モーターアクチュエーター温度モニタリング
スポイラーを駆動させるための電気モーターアクチュエーターの温度が、上昇傾向にあ
ることを検知し、AHM が警告を発出した事例がありました(図 6)。 この警告は、当初、ボ
ーイング社により 75 度を超えた場合に発生するよう設定されていましたが、当社の経験に
基づき 60 度を超えた場合に発生するよう設定し直しました。このように JAL グループの
経験をボーイング社に提供することで、より精度の高い不具合予測を可能にするよう取り
組んでいます。
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注:縦軸目盛は都合により削除。
8.AHM の課題
ここまで述べてきた通り、AHM は、機体から絶えず送られてくるデータを受け取り、それ
を表示し、ユーザーに対し、多くの有益な情報を与え、故障情報のデータを蓄積していく
ことができます。しかし、AHM 内に蓄積された膨大なデータを、故障情報データベースと
して有効に活用するためには、ユーザー側で必要なデータを AHM へ入力するといったア
クションが必要となります。AHM を真の意味でエアプレーン・ヘルス・マネージメントと
して活用するためには、必要となるデータをタイムリーに入力し、例えば、不具合発生時
の故障個所特定作業において、故障情報データベースから可能性のある故障個所を抽出し、
故障探求の時間短縮に役立てる等、その蓄積された故障情報をいかにうまく利用していく
のかが重要であり、今後の課題となっています。
参考文献
1)航空技術 AVIATION ENGINEERING 平成 26 年 4 月 1 日発行 No.709
「ボーイング 787 型機の導入とエアプレーン・ヘルス・マネージメント(Airplane Health
Management: AHM)の最新動向」
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