1P 新しい市場にアクセスし続けることの意味 2005・6・27 439号 「新しい市場探し」が最大の成長エンジン 財部誠一今週のひとりごと 原油価格が上昇を続けて、1バレル60ドル時代に突入しました。1 年半で原油価格はなんと2倍にまではねあがった計算です。幸いなこと に、1973年の第1次石油ショック以降、日本は国をあげて「脱石油 政策」を展開し、成果をあげてきました。オイルショック当時と現在を くらべると、日本社会の石油への依存度は30%も落ちています。しか も原油取引はドル建てであり、当事の為替レートが1ドル300円であ ったのに対して、現在は1ドル110円です。原油価格上昇の影響は3 分の1になるわけです。だから日本社会は、原油の異常な高騰に対して 鈍感でいられるのです。ただし、原油価格の上昇は間違いなく米国・中 国を直撃します。この両国の経済が異常をきたせば、日本経済もタダで はすみません。原油高騰問題、きちんとウォッチしていかなければいけ ませんね。 (財部誠一) ※HARVEYROADWEEKLYは転載・転送はご遠慮いただいております。 先週のサンデープロジェクトで放送した『中国自 動車大戦争』はご覧いただけましたでしょうか。前 半はトヨタ自動車、後半はライトメーカーの小糸製 作所をとりあげましたが、小糸の中国における生き 方には中堅・中小企業にとって学ぶべき教訓がじつ はいくつもありました。 中国における小糸製作所のシェアはじつに 40%。凋落気味であるとはいえ、いぜんとして中 国における最大の自動車メーカーであるフォルクス ワーゲン、それを猛追するGMをはじめとする外国 メーカーはもちろん、トヨタやホンダなどの日本メ ーカーにもライトを供給しています。小糸の生産ラ インが止まれば、中国の自動車生産が止まるといっ てもいいくらいの影響力をもつにいたっています。 金融の世界では投資対象をたくさんのものに分け ることによってリスク分散をはかることが常識です が、中堅・中小のメーカーは、リスク分散のために 取引先企業を多角化する努力を継続していくことが 苦手です。創業して必死に顧客基盤の拡大をはかっ ていた時期ならいざ知らず、ある一定の経験値を積 んできた企業となると、どうしても企業行動が硬直 化してきます。たとえば、松下の系列として発展し てきた部品メーカーの経営者は松下に、ソニーの系 列として発展してきた部品メーカーの経営者はソニ ーに引きずられます。知らず知らずのうちに、松下 なりソニーなりの存在が経営者の意識のすべてを支 配するようになり、その他のメーカーとも取引をす るにはどうしたらいいのかと、考えることすらなく なってしまうものです。 新しい市場にアクセスし続ける努力を放棄した瞬 間、その企業は発展の可能性を放棄したばかりか、 大きなリスクを抱え込むことになるのです。ところ が日常的に、会社がなんとかまわっていると、今日 と同じ明日がまた来ることを無意識に経営者は期待 してしまうのです。経営者ばかりではありません。 医者も学者も、もちろんジャーナリストである私自 身も、この罠に簡単に陥ってしまいます。 サンデープロジェクトの中国特集で小糸製作所を とりあげた意義はまさにこの一点につきます。 1P ◆小糸製作所沿革(主に海外展開) 1915年 ・小糸源六郎商店創業 ・鉄道信号灯用フレネルレンズ 生産販売開始 36年 ・株式会社小糸製作所設立 43年 ・静岡工場開設 49年 ・東京・大阪証券取引所に 株式上場 57年 ・オールグラスシールドビーム (SB)ヘッドランプ 生産販売開始 68年 ・アメリカ駐在員事務所開設 70年 ・本社社屋落成 71年 ・小型船舶用船灯生産販売開始 72年 ・航空電装・電子工場竣工 74年 ・自動車用小型電球の 生産販売開始 78年 ・ハロゲン・ヘッドランプ 生産販売開始 79年 ・異形ヘッドランプ 生産販売開始 80年 ・米・ワシントン州に シアトル事務所開設 ・ハイブリッドIC開発・生産 販売開始 82年 ・ハロゲン電球の生産販売開始 83年 ・米国にノース・アメリカン・ ライティング・インク設立 84年 ・ベルギーにブラッセル事務所 開設 (次ページへつづく) 1P 2P 中国という世界最大の成長市場でしのぎを削る ライバルメーカー各社に入り込み、フォルクス ワーゲンが多少落ち込んでも、GMやトヨタと の取引が伸びれば何の問題もありません。とい うよりも、どこのメーカーが勝っても負けても、 中国の自動車市場が拡大すれば、そっくりその ままその成長を自社の成長へ直結させられる構 造を作り上げたところに、小糸製作所のすばら しさがあります。 小糸マジック もちろんそこに到るまでのプロセスをみると、 小糸製作所の戦略性の高さというよりも、幸運 な一面があったことも事実です。小糸製作所が 取引をしていた上海汽車がフォルクスワーゲン、 GMの2社と合弁を組み、結果としてその2社 が現在の中国における2大メーカーへと成長し てくれたのですから、小糸製作所にとってこれ 以上のラッキーはありません。ただし、26日 放送のサンデープロジェクトで放送したVTR のなかでもご紹介した通り、たしかにただのラ ッキーではありません。フォルクスワーゲンと の取引が開始されるまで、小糸製作所はフォル クスワーゲンのドイツ本社との間で非常にハー ドなネゴシエーションをしていますし、苦労に 苦労を重ねたうえで取引開始にこぎつけました。 当時の様子を小糸製作所の大嶽隆司社長は次の ように話しています。 「上海汽車もフォルクスワーゲンも国産化の比 率をあげたいという目的は共通していましたが、 ワーゲンサイドは出来るだけ国産化に時間をか けたいというのが本音でした。なぜなら、どこ のカーメーカーでも同じですがCKD(コンプ リート・ノック・ダウン方式=必要な部品をす べて輸入して現地で組み立てる方式)部品の輸 出はドル箱なのです。ですから国産化にできる だけ時間をかけ、その間、ドイツから部品を輸 出して稼ぎたいというニーズがワーゲンサイド にあったわけです」 そこに上海の小糸製作所がしゃしゃりでてき たのですから、フォルクスワーゲンにしてみれ ば面白いはずがありません。さまざまな嫌がら せが小糸製作所にたいして行われました。 しかし、その一方で、中国サイド(上海汽 車)には1日も早く国産率をあげていきたいと いうニーズがあります。ノックダウン部品は、 非常に高額な輸入部品ですし、それを減らせば、 知識やノウハウも獲得できるうえに、CKD部 品購入にともなう外貨の支払いも減らすことが 出来ます。小糸製作所のパートナーは、じつは 上海汽車グループで、一日も早く国産化したい と考えていました。しかしドイツサイドは出来 るだけ遅らせて自国ドイツのオリジナルランプ を使いたい。そんな思惑のぶつかりあいのなか で小糸製作所はフォルクスワーゲンを口説いて いきました。 「上海小糸は小糸製作所との長い間の技術供与 の上に成り立ったジョイントベンチャーであり、 品質はドイツ製品となんら変わらないことを何 度となくプレゼンテーションする一方、上海小 糸の現場だけでなく、日本の小糸製作所にも上 海VWのドイツ駐在メンバーを何度も招聘して、 認めてもらうといった努力を続けました。相手 方も品質がまったく変わらない現物を見せられ、 しかも価格は破格に安いという現実を見せ付け られれば、国産化を拒否する理由はなくなりま すよね」(大嶽隆司社長) また小糸製作所が他社に先駆けて「開発の現 地化」を押し進めたことも成功の大きな要因の ひとつとして指摘しておかざるを得ません。こ れもまたVTR中で私自身がレポートをしてい たことですが、GMのビュイック・リーガルと いうクルマは、米国仕様のクルマをそのまま中 国に持ち込んでもさっぱり売れませんでした。 ところが小糸製作所の提案で中国人好みのピカ ピカの派手なタイプにライトを交換し、フロン トグリルも他のデザインのものに交換したとこ ろ、見た目には、まったく異なるクルマに大変 身し、売り上げが10倍になるという驚くべき 結果を生みました。こうした提案は小糸製作所 の日本人社員がGMの米国人社員と話し合って 決めているのではありません。両者ともに、中 国人社員どうしが丁々発止のやりとりをしなが ら実現している話なのです。 また、大嶽社長の話で更に興味深かったのは、 中国における取引実績が、中国以外の市場にも 好影響を与えているということでした。 「中国が今、欧州、米国、日本の全自動車メー カーが最重要の市場として力を入れており、各 メーカーとも世界共通の戦略車を中国で作りは じめましたが、こうした世界戦略車はアメリカ でも作るし、欧州でも、日本でも作っているわ けです。つまり上海VW、上海GMで小糸製作 所のランプが採用されているという実績によっ て、欧州のVWグループ、アメリカのGMグル ープやフォードグループに対しても、非常にア プローチがしやすくなりました。事実、既にヨ ーロッパでもVWグループのベントレーへのラ イトの供給がスタートしています。その他色々 な引き合いが世界各国からきています。つまり 中国の存在というのは当社の、小糸のグローバ ル展開の中にあって非常に大きく貢献している と捉えております」 今後、中国の自動車市場はさらに拡大を続け ていくでしょうが、中国国内での取引の拡大は 中国にとどまらず、世界市場を相手に、新しい 取引の拡大につながっているということです。 まさに、中国での「新しい市場へのアクセス」 が、世界を相手として「新しい市場へのアクセ ス」にもつながっていくという好循環を生み出 しているのです。ここに小糸製作所の本当の面 白さがあるのです。 それにしても中国における小糸製作所の未来 は明るい。なぜなら、もっとも関係の深い自動 車メーカーである、あのトヨタ自動車が中国に 本格参戦してきたからです。トヨタは来年、プ リウスとカムリの現地生産も開始します。これ によりビオス、カローラ、カムリ、プリウス、 そしてクラウンとトヨタは中国市場でフルライ ンの体制がととのいます。それはトヨタの大躍 進を意味しますが、それは同時に、トヨタにラ ンプをおさめる小糸製作所の大躍進にほかなり ません。 (財部誠一) 86年 ・タイにタイ・コイト設立 ・吉川工場竣工 相良工場竣工 88年 ・台湾・大億交通工業へ 資本参加 89年 ・中国に上海小糸車灯設立 90年 ・タイ・コイト本格生産開始 96年 ・上海小糸新工場竣工 ・英国・ブライタックス・ベガ社 へ資本参加 97年 ・インドにインディア・ ジャパン・ライティング設立 ・技術センター竣工 ・韓国・仁熹ライティング社へ 資本参加 ・大億交通工業株式上場 98年 ・タイ・コイト 子会社化 ・ブライタックス・ベガ社 子会社化 ・ノース・アメリカン・ライティ ング・インク子会社化 ・ブライタックス・ベガ社をコイ ト・ヨーロッパ・リミテッドに 改称 99年 ・ベルギーに欧州テクニカルセン ター開設 01年 ・チェコ共和国に小糸チェコ 有限会社設立 04年 ・中国広州市に広州事務所開設 ・ベルギーにコイト・ヨーロッパ NV設立 05年 ・株式会社仁熹ライティングを イノベイティブ・ハイテク・ ライティング・コーポレーショ ンに改称 (小糸製作所HP参照)
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