1P 米国にひろがる「中国脅威論」の誤り 2005・ 9・5 448号 米国にひろがる「中国脅威論」の誤り 財部誠一今週のひとりごと いよいよ選挙戦も終盤となり、各党、各候補たちのつば競り合いは激 しさを増してきました。先週のサンプロでも党首討論が行われましたが、 どの党の話を聞いていても、何か決定的なものが欠けているように思え てなりません。郵政の話も、年金の話も、何を聞いても空々しい感じが 残ります。なぜなのか。それは誰もが「改革」の必要性を口にしながら、 改革の結果、どのような国が実現されるのかという全体像を伝えきれて いないからです。郵政民営化をやったら、国の財政はどう変わるのか。 年金改革は避けて通れない喫緊の課題ですが、改革をした結果、税金や 保険料など国民の負担はどう変わるのか。財政再建も大きなテーマです。 そして、こうした諸改革をまとめた先に、日本はどんな国になっている のか。改革の全体像が見えていないのです。有権者は難しい選択を迫ら れていると思います。みなさんはどのような投票行動をされるのでしょ うか? (財部誠一) ※HARVEYROADWEEKLYは転載・転送はご遠慮いただいております。 9月5日から米国取材に行ってきます。7月26日か ら「人民元切り上げ」をテーマに中国に取材に行きまし たが、今度の渡米はその続きです。中国に元の切り上げ を迫った米国側の事情について取材をします。米国で高 まりつつある「中国脅威論」の実態を調べにいくという のが今回の目的です。 そんな折も折、私が信頼している数少ない雑誌 『FOREIGN AFFAIRS』7月号のなかに、私とまったく同 じ考え方をしている記事にでくわしました。とてもわか りやすい記述があったので、ご紹介します。世界銀行顧 問のニール・C・ヒューズ氏が寄稿した記事からの抜粋 です。 「アメリカ人は中国の経済的影響力の増大にしだいに眉 をひそめ、中国の年間経済成長率が9%を上回る勢いで 推移し続けるなか、不満をつのらせ、北京を批判してい る。『中国はアメリカの雇用を奪い、人民元をドルにペ グ(固定)させて通貨価値を不当に低くとどめ、不公正 な価格での輸出を続けて相手国にデフレを輸出し、低賃 金を維持するために労働者の権利を踏みにじり、その上、 世界貿易機構(WTO)加盟にともなうコミットメント も果たしていない』。だが、こうした批判の大半は間違 っており、その認識の背後にひそむ誤解は米中貿易戦争 さえ誘発しかねない」 この文中で「人民元にペグさせて不当に通貨価値を不 当に低くとどめ」という表現はもはや過去のものです。 この原稿は人民元切り上げ前に書かれたもので、ハーベ イロード・ウィークリーでもすでに記したように、中国 は7月21日に人民元を2%切り上げると同時に、従来 のドルペグ制をやめ、通貨バスケット方式に準じた新し い制度へと中国は通貨制度を変更しているからです。た だし、実態としては、あまり変わっていません。中国の 中央銀行は新しい制度のもとでは「1日の変動幅を 0.3%」とするとしたのですが、それから1ヶ月以上 が経過したのに、人民元はわずか0.1%しか値上がり していません。1日に0.3%ずつ人民元が切り上がっ ◆中国海洋石油有限公司 中国大手石油グループ、中 国海洋石油総公司の香港子 会社。主に原油と天然ガス の調査、開発、生産、販売 に従事。今後5年で国際競 争力を備えた総合エネルギ ー企業へと発展し、世界の 同類企業のトップ5入りを 目指す。海外油田採掘権も 続々取得中。米ユノカル社 の買収をねらっていたが米 議会の反発にあい、中国海 洋石油による買収阻止条項 を含むエネルギー法案が可 決したこと、また現在の状 況下で買収を進めたとして も、株主の利益を保障する ことができないため、買収 から撤退した。 2P ていけば、10日間で3%の値上がりになりま す。ところが現実には、1ヶ月たってもたった の0.1%、元がドルに対して値上がりしただ けという状況なのです。中国の金融当局がやっ ていることは、通貨制度の変更後も、あまり変 わっていないということです。その意味では、 この記事がいわんとする対中批判は、本質的に は今も、そのまま当てはまるといっていいでし ょう。 しかし、こうした中国批判は間違いだと、ヒ ューズ氏はいいます。 「中国がアメリカの雇用を奪っているわけでも、 アメリカ経済の足元をすくおうと不公正な貿易 慣行を行っているわけでもない。それどころか、 中国からの対米輸出のほぼ60%は、米国人を 中心とする外国人が所有する在中外資企業によ るものだ。低価格を求める競争圧力をまえに、 こうした外資企業は生産ラインを中国などの外 国に移すことで、消費者により手ごろな価格で 商品を提供し、株主にはより高い配当を支払え るようになった」 まったくその通りです。 じつは7月に中国に取材にいった際、上海科 学院の主任研究員である傳釣文(フー・ジュン ウェン)氏が、まったく同じことを逆の立場か ら語っていました。傳さんは、中国脅威論をふ りかざす米国に対して、中国自身にはそれほど の力はないという文脈で、次のように話してい ます。 「中国のGDP成長率だけを見ていると、とても 大きなものだという印象をうけますが、それの ほとんどは外資企業が作り出したものです。中 国の加工貿易の主体はほとんどが外資企業で中 国企業ではありません。加工貿易の 70%~80%を外資企業が占めています。こ の加工貿易は中国の経済との密接度がそれほど 大きくないのです。彼らは外国から原料を輸入 し、中国の安価な労働力で加工し、またそれを 輸出する。ですから中国経済との直接的な関わ りはあまりないのです」 このように傳さんは、人民元レートの切り上 げ論を振りかざす人たちは、中国を過大評価し ているとしたうえで、人民元の今後については 「切り上げ」よりも「切り下げ」の可能性のほ うが高いとまで言っていました。 中国が米国を食い尽くす?! しかし、それでも米国における中国脅威論は おさまりそうにありません。中国による米国企 業の買収が相次いでいるためです。昨年11月、 中国最大のIT企業であるレノボがIBMのパ ソコン部門を買収したのは有名ですが、その後 に続く、エネルギー分野における中国の大攻勢 はまさに“脅威”でした。中国海洋石油社によ る米国の大手石油会社ユノカルの買収劇は、米 国議会が安全保障にかかわる重大案件だと猛反 発したために、最終的に失敗に終わりましたが、 中国の買収意欲はいっこうに衰えませんでした。 その直後に、中国の大手石油会社である中国石 油天然ガス社がカナダの石油大手であるペトロ カザフスタンを41億8000万ドル(約 4600億円)という、石油関係者が度肝をぬ かれるほどの高値で買収合意までとりつけたの です。 ですが、これらはほんのさわりでしかありま せん。中国政府は国内企業が外国の資源採掘企 業へ直接投資をすることに執念を持っているよ うです。 「最近だけをみても、北京はアルジェリア、カ ナダ、ガボン、スーダンでの石油生産施設、イ ランとサウジアラビアの天然ガス生産施設、オ ーストラリア、ブラジル、ジャマイカ、パプア ニューギニア、ペルー、ザンビアの鉱石採掘施 設と投資合意を交わしている。報道によれば中 国政府はカナダ最大の功績採掘企業であるノラ ンダ社も買収しようとしているようだ」 (『FOREIGN AFFAIRS』7月号より) なりふりかまわぬ買収攻勢による資源確保が 中国のエネルギー戦略であることが鮮明となり、 米国における「中国脅威論」はさらにヒートア ップしていきましたが、中国のバイイングパワ ーは自動車業界においてもとどまることをしり ません。昨年、上海汽車が韓国の自動車メーカ ーを買収したのに続き、なんと今年になってか らは、英国の名門自動車メーカーである、あの MGローバー社を南京汽車が買収。海外に打っ て出るための拠点として大きな一歩を記しまし た。 しかしなんといっても米国人にとって大きな 精神的打撃となったのはレノボによるIBMの パソコン部門の買収だったといわれています。 IBMは米国そのものといってもいいほど米国 を象徴する企業ですから、当然です。1980 年代末、バブル経済で調子づいた日本の三菱地 所がNYのランドマークであるロックフェラー センターを買収して米国人の猛反発をくらった 時と同じ状況なのではないでしょうか。 もっと客観的に見ると、IBMにとってパソ コン部門を手放したところで、技術的な問題は ほとんどないばかりか、パソコン部門をレノボ に売却する一方で、レノボ株の20%を取得し て2番目の大株主となっており、実質的には IBMによるレノボの逆買収だという意見もあ るほどですから、単純なレノボによる買収劇と いうわけではありません。しかし、それでも米 国人からみると、「あのIBMが中国に買われ た!」というのは衝撃いがいのなにものでもな いのでしょう。 こうした米中の複雑なからみあいのなかで、 両国の関係は今後どのように推移していくので しょうか?日本経済に大きな影響を与える人民 元レートはどう動いていくのでしょうか? 問 題はこれからです。その答えを米国取材で見つ けてきたいと思っています。 (財部誠一) ◆レノボ 1中国最大手のパソコン (PC)メーカー。正式名 称は聯想集団有限公司。 1984年創立。日本を除 くアジア市場におけるPC 製品では、トップシェアを 誇る。04年、同社の英語 名を「Legend(レジ ェ ン ド ) 」 か ら 「Lenovo(レノ ボ)」に統一。04年12 月には、米IBM社のパソ コン事業買収を発表。中国 企業による過去最大規模の 海外企業買収として話題を 呼んだが、米政府は先端技 術の流出など米国の安全保 障を脅かす恐れがあると買 収計画の審査を実施。その 後05年3月に審査完了。 デル、ヒューレット・パッ カード(HP)に続く、世 界第3位のPCメーカーと なる。
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