構造的分子計算理論

構造的分子計算理論
― 自律的計算系の解析と設計のための基礎理論 ―
横森
貴(早稲田大学教育・総合科学学術院)
上田 和紀(早稲田大学理工学術院)
1.研究の目的
我々はこれまでの研究において,核酸塩基対の相補性による自律的会合,分子構造の形
態変化などのさまざまな生体分子反応を解析し,それらの知見をヒントとして情報処理のた
めの新たな基本的計算機構の開発と自律的分子計算モデルの提案を行ってきた.
提案した多
くの計算モデルは従来の計算機と同等の計算能力(チューリング計算可能性)を有すること
が証明され,
実際に分子生物学的な基礎実験によりその実装可能性の一部が検証されたもの
もある.また,細胞内の生体分子反応をモデル化した抽象化学反応系にコンパートメントを
導入することにより細胞計算モデルを構築しその計算能力を理論的に解析してきた.
一方,分子計算の分子生物学実験におけるハミルトン経路問題や充足可能性問題に対する
解法はハイブリダイゼーションという分子反応や PCR 増幅等の実験操作を含んでいるが,
それらの実行過程の信頼性はまだ低く反応特性の詳細な解析や基本操作の問題点について
は不明な点が少なくない.したがって,上述の新規な計算モデルの実装可能性を検証するた
めにも計算機シミュレーションシステムを開発し,人工的な仮想分子などを用いることによ
り PCR など DNA による様々な生体分子反応や分子計算モデルの挙動をシミュレーション
することが必要となっている.この意味において,分子反応系のための確率的あるいは近似
的計算モデルとその解析手法に関する研究の必要性が強く示唆される.
自律的分子計算系 (基本スキーマ)
入力(記号列)
出力
(完全二重鎖DNA)
基本分子群
プログラム
(DNAコード化)
これらの考察を背景として,本研究は『生体構造分子と生体化学反応系に関わる情報処理
能力を,計算理論的,アルゴリズム論的な視点から解析し設計する』ことを目標に実施した.
すなわち,生体分子の構造とその機能との関係を計算能力(あるいは情報処理能力)という
視点から解析することにより,基本計算ユニットの集合(基本構造分子群)と基礎となる計
算原理(生体反応系)を明らかにして,それらの組み合わせを基本とする体系的な分子計算
の理論モデルを構築した.計算に用いる分子群として,現実の分子のみならず仮想的な人工
分子も考慮することにより,抽象的なレベルでの分子計算理論への貢献も視野に入れて研究
を行った.さらに,基本構造分子群を構成する各分子計算ユニット上である問題を解く(あ
る機能を実現する)ためには,問題をどのように符号化し制御すればよいか,という分子計
算における「プログラミング技法」についても研究を行った.
2.研究項目と役割分担
本研究では上記の目的を達成するために以下の3つの研究項目,すなわち「自律的分子
計算系の基礎的考察」「抽象化学反応計算モデルの研究」および「並列計算系による分
子計算シミュレータの設計と試作」を設定した.本節ではこれら3つの研究項目について,
その概要と各研究メンバーの役割分担について説明する.
2.1
自律的分子計算系の基礎的考察
DNA や RNA といった構造分子やタンパク質のような高次構造を持つ生体高分子は,分
子認識(分子会合),自己組織化,形態変化などの生体反応・現象によって目的をもった分
子系を形成し機能を発現する.そこで,本研究項目では分子計算において基本的な 自律的
計算スキーマ に立ち返って考える.すなわち,充分な量の構造分子群からなる溶液(これ
をプログラムとする)を仮定し,これに対して外部からある情報(これが入力である)が与
えられると,その入力に対する計算・演算の結果としてある特定の構造化分子を生じる.意
図した構造化分子の形成がここでの計算の出力結果である(前出の図参照).この分子計算
における基本スキーマを基に,自己組織化や形態変化などの概念による新しい自律的分子計
算メカニズムと計算モデルの構築を試みる.それと同時に,自律計算メカニズムにとって最
も基礎的な分子の符号化技法の開発を目指す.
2.2
抽象化学反応計算モデルの研究
化学反応は分子群の間の相互作用により新たな分子群を生成する.ここでは構成分子の種
類だけでなく,その量的な変化も重要な計算要素である.このような化学反応系を抽象化し
た計算モデルの理論とその応用について研究する.具体的には,化学反応の抽象計算モデル
ARMS をシミュレート可能な,ある種の確率的な細胞膜計算モデルを用いて ARMS の計算
理論を考察する.また,ARMS の力学系におけるアトラクタを受理可能な記号列とみなし,
与えられた書き換え規則の記号生成能力を,その規則を用いて原理的に構成可能なアトラク
タの総数とみなすことにより,抽象化学反応系の計算能力の特徴付けを行う.さらに,受理
状態間の遷移可能性などについても考察する.一方で ARMS の工学応用について,その枠
組みと適用可能な問題の発見と解決に関する研究を行う.以上の研究を通して “Natural
Computing” の計算モデルとしての抽象化学系モデルの可能性について考察する.
2.3
並列計算系による分子計算シミュレータの設計と試作
分子計算系において計算素子としての分子群のとる構造の変化や化学反応系における分
子量の変化等,分子の局所的な振る舞いを忠実に模倣するために,多重集合を扱える並列分
散型のシミュレーション言語を設計し実装することを目的とする.このような局所的並列性
をシリコン上で実装するために,ノードの多重集合,膜とその階層化,リンク,グラフ変換
の4つの概念に基づく新たな計算モデルの設計と実装を目指す.
理論分子
計算系
自律的分子計算系
分子計算シミュレータ
理論モデル構築
分子構造設計法
In Vitro ラボ
(榊原、小林、横森、楠元)
(バーチャル・シリコンラボ)
並列プログラミング系
(上田、鈴木、横森)
抽象化学反応系
多重集合書換え系
(鈴木、横森)
本研究班は横森(平成 17 年度まで)および上田(平成 18 年度)を研究代表者(取りまと
め役)として,以下のメンバーにより構成されている.
横森 貴・楠元範明(早稲田大学 教育・総合科学学術院)
上田 和紀(早稲田大学 理工学術院)
榊原 康文(慶応義塾大学 理工学部)
小林 聡(電気通信大学 電気通信学部)
鈴木 泰博(名古屋大学大学院 情報科学研究科)
これらのメンバーの役割分担は上図の通りである.「自律的分子計算系」においては,榊
原・小林・横森(ともに計算機科学)は楠元(理論生物学)の生物学における知識・知見を
もとに,計算理論・形式言語理論の立場から自律的分子計算のメカニズムと計算モデルを研
究している.また,分子プログラミングにおける分子設計にとって不可欠な分子への符号化
技法の研究や,提案したアイディアの分子実装の可能性を検証するために小規模な in vitro
実験も行った.「抽象化学反応系」においては,鈴木(計算機科学)が Abstract Rewriting system
on Multisets (ARMS) とよぶ生体化学反応系の記述モデルを提唱し,細胞内反応系や細胞膜
の機能を利用する計算モデルを研究した.また,上田(計算機科学)は「分子計算シミュレ
ータ」の設計と開発を目的として,自己組織化原理に基づく並列分散型の計算を志向した階
層グラフ書換え言語 LMNtal(エレメンタル)を提案・実装し,多様な例題の記述を通じて,
その表現能力を実際の処理系上で実証してきた.
3.活動状況と班内の連携状況
各研究項目の主導的な担当者(以下,主務者とよぶ)は各自の研究目標を達成すべく研究
活動を遂行するとともに,以下のような班内連携を行ってきた.
・
「自律的計算系」の各メンバーは計算の理論が専門分野であることから,鈴木の行っ
ている「抽象化学反応系」の研究における計算モデルに関して,その計算可能性や計
算能力についての理論的な考察や有用な知見を与え共同研究を行った.
・
鈴木もまた自らの計算モデル ARMS が「多重集合による計算系」であるため,化学
反応計算系における多重集合に関する研究の成果を,自律的計算系における多重集合
計算モデルの構築へ反映させるべく議論・検討を重ねてきた.
・
「分子計算シミュレータ」の上田は並列分散計算言語の専門家であることから,多重
集合を扱う計算モデルを当初から研究しており,蓄積した知識と経験を「自律的分子
計算系」と「抽象化学反応系」の両方へ効果的に反映させるべく,議論を重ねてきた.
以上の活動に加えて,本特定領域研究内の他の理論グループ(九大山下班,東大萩谷班な
ど)との合同研究会を定期的に開催し,意見・アイディア・情報の交換を行い,互いの研究
目的を達成するために役立ててきた.さらに,プロジェクトの定期的な全体会議に参加し,
他の研究班との緊密な交流を通して有用な情報の交換を行ってきた.
平成 14 年度∼平成 18 年度における早稲田大学での研究会開催などの活動の概略は以下の
とおりである:
【分子計算研究会の定例開催】の概要(早稲田大学開催分)
場
所:
年月日:
早稲田大学教育学部および理工学部
平成 14 年 5 月 17 日,10 月 18 日
平成 15 年 4 月 25 日,10 月 31 日
平成 16 年 9 月 14 日,11 月 12 日
平成 17 年 4 月 15 日
平成 18 年 4 月 15 日,6 月 17 日
出席者数:
平均約 20 名
内
発表者のオリジナル研究の紹介,最近のホットな話題の紹介などを中心
容:
に,アイデアの紹介・情報交換・自由討論を行った.
【理論班会議】の開催概要
年月日と場所: 平成 15 年 1 月 10 日∼11 日
平成 15 年 9 月 27 日
平成 15 年 11 月 22 日
早稲田大学
早稲田大学
平成 15 年 12 月 22 日∼24 日
平成 16 年 7 月 10 日
平成 16 年 10 月 30 日
九州大学
阿蘇高原
九州大学
早稲田大学
平成 16 年 12 月 10 日∼12 日
平成 17 年 3 月 12 日
えびの高原
早稲田大学
平成 17 年 12 月 17 日∼19 日
別府
平成 18 年 4 月 15 日
早稲田大学
平成 18 年 6 月 17 日
那覇
平成 18 年 7 月 15 日
早稲田大学
平成 18 年 12 月 22 日∼23 日
九州大学
出席者数:
約 10∼20 名
内
分子プログラミング理論の各側面について,他の理論グループも交え
容:
て研究紹介と討論を行った.
4.研究成果
本節では各研究項目についてこれまでの研究成果の概要をまとめる.
4.1
自律的分子計算系の基礎的考察
主務者:横森貴・楠元範明(早稲田大学),榊原康文(慶応義塾大学),小林聡(電気通信
大学)
【平成 14 年度】
平成 14 年度の研究成果は4つの課題に大別される.その概要を以下で述べる.
(1)自律的計算スキーマ再考:
Adleman による有向ハミルトンパス問題 (DHPP) に対
する DNA を用いた解法を基本として幾つかの自律的計算モデルが提案され,自律的計算系
の計算論的な万能性もよく知られている.一般にそれらの解法においては分子配列の設計と
いう問題が重要な要素を占める.本研究では,長さのみによる分子配列の設計法に関して考
察し,有限オートマトンや DHPP などがそのような簡単な設計手法によって解決されるこ
とを示した [Yokomori et al.:02].具体的な結果のひとつとして,「有限オートマトンの最も
簡便な分子実装法」を提案した.この方法の重要な特徴のひとつは「有限オートマトンの情
報を長さの違いのみによって分子へ符号化している」ことである.基本的な考えは「入力記
号はそのアルファべット順に対応する長さで,状態は“総状態数”を基準として符号化する」
ことである.下記の図では,4 状態の有限オートマトンにおいて,例えば状態遷移規則 1→b
2 を符号化するのに状態数 4 を基準として
(4−1) 個の A・GG・2 個の A とする.これ
により複雑な符号化手法を用いることなくオートマトンの情報が分子配列として符号化さ
れ,受理すべき入力列に対して完全二重鎖が形成されることにより計算が実現される.
2
w = abba
(受理される)入力
b
b
a
初期状態 0
1
a
3
最終状態
4-0 a 1
0
1
2
1
a
- AAAAGA
2
4-1
b
5 - AAAGGAA
5
1
b
2
b
- AAGGA
3+1
5 - AAAGAAAA
5
1
a
3
(2)挿入・削除システムの解析:
DNA を用いた計算モデルのひとつとして挿入・削除
システムが提案されている.これは特定の DNA 配列がある認識部位において挿入されたり,
削除される現象をモデル化したものであり,その計算能力は万能であることが知られてい
る.本研究では,このシステムが理論的に万能性を保持しながらどこまで簡約化できるかを
探究し,認識部位および挿入・削除記号列の長さが共に1まで簡約化が可能であることを示
した [Takahara and Yokomori:02].
(3)挿入型計算モデルの研究: 認識部位から数塩基離れた位置で DNA 二重鎖を切断す
る特殊な制限酵素と環状 DNA 鎖を用いた新しい DNA コンピュータの方式について考案し,
そのモデルの数学的解析を行った.その結果,計算モデルが万能計算能力を有することを明
らかにし,また文脈自由文法などを用いた構文解析問題も効率よく解くことを示した
[Sakakibara and Imai:02].さらに,転写,翻訳,代謝などの細胞内分子反応メカニズムを用
いた新たな分子計算方式の可能性を検討した.
(4)分子配列設計法の考案:
構造分子の設計問題の最も基本的な課題として,DNA 分
子の配列設計は避けて通れない重要な問題である.本年度は,構造分子の設計・解析のため
の理論の構築のための第一歩として,この配列設計の問題に着手した.ハミング距離等をベ
ースとした配列設計の理論では,配列の高速な評価が行えるため,比較的大きな配列空間を
対象として,実験要求に適合する配列セットを探索することが可能である.しかしながら,
ハミング距離等では,バルジループや内部ループ等の二次構造形成に対処することが難し
い.そこで本研究では,ハミング距離等をベースにした設計手法で得られた配列セットから,
二次構造をできるだけ形成しない配列セットを抽出するための手法を考案した [Arita and
Kobayashi:02] [Kobayashi et al.:02].
T. Yokomori, Y. Sakakibara, S. Kobayashi:
A Magic Pot: Self-assembly computation revisited,
Lecture Notes in Computer Science, Vol.2300, Springer, pp.418-429, 2002.
A. Takahara and T. Yokomori:
On the computational power of Insertion-Deletion Systems, Proc.
of DNA Based Computers (DNA8), Lecture Notes in Computer Science, Vol.2568, Springer,
pp.139-150, 2002.
Takashi Yokomori:
Molecular computing paradigm-toward freedom from Turing's charm, Natural
Computing, Vol.4, No.1, pp.333-390, 2002.
Gh. Paun, Y. Sakakibara, T. Yokomori:
P-systems on Graphs of restricted forms, Publ. Math
Debrecen, 60, pp.635-660, 2002.
Y. Sakakibara and H. Imai:
tion Enzyme,
A DNA-based Computational Model using a Specific Type of Restric-
Proc. of DNA Based Computers (DNA8), Lecture Notes in Computer Science,
Vol.2568, Springer, pp.290-300, 2002.
M. Arita and S. Kobayashi:
DNA Sequence Design Using Templates, New Generation Computing,
Vol.20, pp.263-277, 2002.
S. Kobayashi, T. Kondo, M. Arita:
On Template Method for DNA Sequence Design, Proc. of DNA
Based Computers (DNA8), Lecture Notes in Computer Science, Vol.2568, Springer, pp.115-124,
2002.
奥田講平,小林聡: バルジ・内部ループを形成しない DNA 配列セットの設計,情報処理
学会研究報告,2002-MPS-42, pp.99-102, 2002.
【平成 15 年度】
平成 15 年度の研究成果は2つの課題に大別される.その概要を以下で述べる.
(1)無細胞タンパク質合成系による計算モデルの研究: 無細胞タンパク質合成系を用い
たまったく新しい分子コンピュータの方式を提案した [Sakakibara and Hohsaka:03].この方
式は,有限オートマトンという計算モデルをタンパク質合成系と拡張コドンを用いて実現
し,試験管の中でその計算を実行する「新しいタイプの DNA コンピュータ」を提案したも
のである.タンパク質合成系を用いることにより,従来の DNA コンピュータにおいて最大
の問題となっていた,DNA 分子の水素結合を用いたハイブリダイゼーションという演算に
よる精度の低さとエラーの多さを解決することができた.具体的な手順として,まず入力文
字をある RNA 部分配列にコード化し,有限オートマトンの状態も RNA 部分配列にコード
化した.これらのコード化された配列の最後に,受理されたか否かを検出するために GFP
レポート遺伝子を加えた.次に,転移 RNA がもつアンチコドンを用いて,有限オートマト
ンの状態遷移関数をコード化した.このように,入力文字列をコード化した RNA 配列をメ
ッセンジャー RNA として,また拡張アンチコドンをもつ転移 RNA を無細胞タンパク質合
成系に加えて,タンパク質合成反応を実行した.このとき,入力文字列が正しい場合には,
タンパク質合成が最後まで実行され,GFP タンパク質が合成されることにより発光が検出
された.このようにして有限オートマトンはその文字列を受理したことが確認できた.
無細胞タンパク質合成系を用いた有限オートマトンの実装
入力文字列の mRNA 上へのコード化
:
“11” : GGGUAGGGUAAAUAGC-[GFP]
1
1
状態
ストップコドン
状態
拡張アンチコドンをもつ tRNAによる状態推移のコード化
1
Y
X
1
δ ( X , 1) = Y
4塩基アンチコドン
CCCA
δ ( Y , 1) = X
3塩基アンチコドン
+
UCC
CAU
1
Y
X
1
計算成功!
mRNA:
CCCA UCC CAU UUAUCG
GGGUAGGGUAAAUAGC-[GFP]
1
1
ストップ
コドン
状態をコード化
(2)分子配列設計法の考案:
DNA 計算で用いる配列集合の設計に役立つアルゴリズム
とシステムの開発を行った.まず,配列集合 S が与えられたとき,S+ に属するすべての配
列が線形な二次構造を取らないための十分条件を求めた.この十分条件は,効率良く評価で
きるので実際の配列集合の評価に利用できる.
また,二次構造を取らない配列の抽出問題を,
この十分条件を利用することにより,超グラフ上の最大クリーク抽出問題に還元することに
成功した.そして,富田らの彩色数を利用した分枝限定法による最大クリーク探索アルゴリ
ズムを超グラフのクリーク探索に拡張して応用することにより,配列抽出システムを実装
し,その有効性を確認した [Kobayashi:03a][Kobayashi:03b].
また,その後の研究の進展により,S+ が線形な二次構造を取らないための効率良く評価
できる必要十分条件を求めることに成功した [Kobayashi:04a].提案した手法は,与えられ
た長さ n の配列の有限集合(m 本の配列)に対し,S+ が線形な二次構造を取り得るかどう
かを O(m6n6) 時間で判定する.このアルゴリズムは,二次構造の非形成判定問題を,グラ
フの最短経路問題に還元して解く.本年度は,このアルゴリズムを実装して,配列集合を評
価するシステムを構築した.
Akihiro Takahara and Takashi Yokomori:
On the computational power of Insertion-Deletion Sys-
tems, Natural Computing, Vol.2, No.4, pp.321-336, 2003.
Yasubumi Sakakibara and Takahiro Hohsaka:
In Vitro Translation-based Computations, Proceed-
ings of 9th International Meeting on DNA Based Computers, Madison, Wisconsin, pp.175-179,
2003.
Yasubumi Sakakibara:
DNA-based Algorithms for Learning Boolean Formulae, Natural Comput-
ing, Vol.2, No.2, pp.153-171, 2003.
榊原康文: 分子コンピュータを用いた計算と学習アルゴリズム, 第 6 回情報論的学習理論
ワークショップ (IBIS2003), 京都, 2003.
榊原康文:「ナノテクノロジーハンドブック」(第3編5章(DNA・分子コンピュータ)
分担執筆),オーム社,2003.
Satoshi Kobayashi, Tomohiro Kondo, Kohei Okuda and Etsuji Tomita:
Extracting Globally Struc-
ture Free Sequences by Local Structure Freeness, in Preliminary Proceedings of 9th International
Meeting on DNA Based Computers, p.206, 2003.
Satoshi Kobayashi, Tomohiro Kondo, Kohei Okuda, and Etsuji Tomita:
A method for extracting
globally structure free set of sequences, Technical Report of IEICE, COMP2003-16, pp.1-6, 2003.
Satoshi Kobayashi:
Structure Free Sequences for Biomolecular Computing, The 990th American
Mathematical Society Fall Eastern Sectional Meeting, Binghamton University, Oct. 11-12, 2003,
p.80, 2003 (invited).
Satoshi Kobayashi, Takashi Yokomori, Yasubumi Sakakibara:
An Algorithm for Testing Structure
Freeness of Biomolecular Sequences, in Aspects of Molecular Computing—Essays dedicated to Tom
Head on the occasion of his 70th birthday, Springer-Verlag, LNCS, Vol.2950, pp.266-277, 2004.
小林聡: 分子計算のための配列設計,第 6 回情報論的学習理論ワークショップ予稿集,
pp.307-314, 2003.
小林聡: DNA コンピューティングのための配列設計,情報処理,Vol.45, No.2, pp.164-169,
2004.
【平成 16 年度】
平成 16 年度における研究成果は2つの課題に大別される.その概要を以下で述べる.
(1)新方式の分子計算モデルの提案と分子基礎実験: 分子コンピュータの理論的解析を
行い,新しい分子コンピュータ計算モデルの提案を行った [Sakakibara and Imai:04].具体的
には,2つの認識部位をもち,その認識部位から離れた2つの場所で同時に DNA2重鎖を
切断する非常に特殊な制限酵素を用いる.次に,環状 DNA 鎖にプログラムをコード化して,
アニーリング,DNA ポリメラーゼ伸長,制限酵素による切断,ライゲーション,メルティ
ングという標準的な DNA コンピュータの演算を用いることにより,強力で多機能な DNA
計算方式を開発した.この新しい DNA 計算方式は,万能計算能力をもつ DNA コンピュー
タを容易に構築することができる.
(2)分子配列設計法の考案: 前年度に得られた任意有限回の連接によって構成される配
列集合の構造非形成検証アルゴリズムを一般化して,任意の正則な配列集合に対する効率の
良い構造非形成検証アルゴリズムを考案した.これは,Condon らが未解決としていた問題
を解決したものである.また前年度得られた構造非形成検証アルゴリズムを実装し,最短経
路アルゴリズムとしては Goldberg-Radzig のアルゴリズムが適していることを実験的に確
認した.さらに,テンプレート法と構造非形成検証アルゴリズムによる設計法を 2 段に組み
合わせた二段階配列設計システムを構築した.
二次構造のクラス
① 線形な二次構造
ヘアピンループ、バルジループ、内部ループ
からなる二次構造
5’
3’
② シュードノットフリーな二次構造
ヘアピンループ、バルジループ、内部ループ
マルチプルループからなる二次構造
5’
3’
シュードノット構造を
持たない
Satoshi Kobayashi: .Testing Structure Freeness of Regular Sets of Biomolecular Sequences, in Preliminary Proceedings of 10th International Meeting on DNA Based Computers, pp.395-404, 2004.
Kazuya Nagatsu, Atsushi Kijima, Satoshi Kobayashi: Evaluating Biomolecular Sequences Using
Hydrogen Bond Network Graph, in Preliminary Proceedings of 10th International Meeting on DNA
Based Computers, p.441, 2004.
Y. Sakakibara and H. Imai:
A DNA-based Computational Model using a Specific Type of Restric-
tion Enzymes, Journal of Automata, Languages and Combinatorics, Vol.9, No.1, pp.111-119, 2004.
小林聡: DNA 計算のための配列集合評価アルゴリズム,第 52 回数理モデル化と問題解
決研究会予稿集, 2004-MPS-52, pp.89-92, 2004.
小林聡・榊原康文・横森貴: 分子計算の理論モデル,「分子コンピュータの現状と展望」
(萩谷編),サイエンス社,pp.32-40, 2004.
榊原康文: 分子コンピューティングの新しいモデル,「分子コンピュータの現状と展望」
(萩谷編),サイエンス社,pp.84-90, 2004.
【平成 17 年度】
本年度の研究成果の概要を各研究項目について以下にまとめる.
(1)DNA相補性に基づく計算モデルの統一的特徴付け:
分子計算の理論において核
酸の相補性を利用する計算モデルの提案は多く報告されているが,それらの間の関係につい
てはほとんど議論されていなかった.そこで1次元の記号列の集合と二重鎖の集合との間を
関係付ける2つの写像 linearizer と doubler を導入することにより,これまで独立に提案され
研究されてきた Watson-Crick オートマトンモデル,Sticker 計算モデルなどの種々の計算モ
デルに対する統一的な特徴付け定理を得ることができた.また,これらの写像を通して,帰
納的可算集合に対する新たな表現定理など幾つかの結果を得ることにより,二重鎖による相
補性のもつ計算論的な意味付けと計算可能性に関する新しい知見を導くことができた
[Onodera and Yokomori: 05].
(2)更に高速な分子配列設計法の考案: 前年度に得られた任意の正則な配列集合に対す
る二次構造予測アルゴリズムの時間計算量は,集合を表現するグラフの頂点数 n に対して
O(n8) で動作する.これでは実用的でないので,対象とする配列集合を有限集合に制限する
ことにより,O(n5)の計算時間で動作する二次構造予測アルゴリズムを考案し実装した
[Kijima and Kobayashi: 05].Andronescu らは長さが等しい配列集合を有限回連接してできる
配列有限集合に対して,効率の良いアルゴリズムを提案しているが,本研究で得られたアル
ゴリズムは長さが異なる配列集合の連接にも対応できる実用的なアルゴリズムである.ま
た,このアルゴリズムはグラフの形状を変更しない場合は O(n5) 時間の事前計算の後,O(n4)
の計算時間で配列評価を行える.従って,配列設計においては配列集合を探索する際には
O(n4) の計算時間で評価を行いながら探索できるという長所を持つ.
(3)細菌による計算モデルの設計とオートマトンの実装: 有限オートマトンを大腸菌の
細胞内分子メカニズムを用いて実現する研究を行った.はじめに,大腸菌内のタンパク質合
成メカニズムを用いて有限オートマトンを計算する方式と実験プロトコルを設計した.この
方式は,有限オートマトンという計算モデルを,タンパク質合成メカニズムと拡張コドンを
用いて実現し,細胞の中でその計算を実行する.
具体的には,入力文字を AGGU という RNA 部分配列にコード化し,有限オートマトンの
状態も RNA 部分配列にコード化する.これらのコード化された配列の最後に,入力文字列
を受理するか否かを検出するための lacZ レポーター遺伝子を加える.次に,転移 RNA がも
つアンチコドンを用いて,有限オートマトンの状態遷移関数をコード化する.このように入
力文字列をコード化した RNA 配列がメッセンジャーRNA として発現されるようにプラス
ミド上に挿入する.また拡張アンチコドンをもつ転移 RNA が転写されるように別のプラス
ミドを合成して,これらの 2 つのプラスミドを形質転換により大腸菌内に挿入する.大腸菌
をインキュベートすることにより,
大腸菌内でタンパク質合成反応が実行される.
このとき,
入力文字列が正しい場合には,プラスミド上にコード化された入力配列にしたがってタンパ
ク質合成が最後まで実行され,lacZ が発現することによりコロニーが青く染まり,有限オ
ートマトンがその文字列を受理したことが確認される.
実験に用いた有限オートマトンは,2 状態のオートマトンで,入力された文字列中の 1 の
個数が偶数倍のときに受理する(すなわち,パリティビットを検出できる)有限オートマト
ンである.実験の結果,1 の個数が 2,4,6 の偶数の場合にはコロニーが青く染まったこと
が検出され,1,3,5 の奇数の場合にはコロニーが染まらなかったことを確認した.このこ
とから,有限オートマトンの計算が正しく実行されたことを確認すると同時に,大腸菌を用
いた DNA コンピュータの設計原理が正しかったことを確認できた.
この実験結果は,世界で初めてバクテリアを用いて計算が実行できたことを証明するもので
あり,まだ初等計算機ではあるがバクテリアコンピュータが初めて実現されたことも示すも
のである.
大腸菌を用いた in vivo コンピュータの実装
入力文字列をコードする
配列が入ったプラスミド
AGGU reading Ser tRNA
の配列が入ったプラスミド
形質転換による挿入
37℃ インキュベート
(計算の実行)
大腸菌
LacZ 発現
青く染まる=受理
LacZ 発現
染まらない=非受理
バクテリアコンピュータと超並列
集団(コロニー)で計算する
ことにより,
(1)多数決での精度の向上
(2)超並列による速度の向上
1つ1つのバクテリア
コンピュータの
精度は低い
速度も遅い
1 大腸菌 = 1 CPU
10
10 = 100億
Kaoru Onodera and Takashi Yokomori:
超並列
コンピュータ
Linearizer and Doubler: Two mappings to unify melocular
computing models based on DNA complementarity, Proceedings of 11th International Meeting on
DNA Based Computers, London, Ontario, pp.139-150, 2005.
Atsushi Kijima and Satoshi Kobayashi:
Efficient algorithm for testing structure freeness of finite
set of biomolecular sequences, Proceedings of 11th International Meeting on DNA Based Computers, London, Ontario, pp.278-288, 2005.
H. Nakagawa, K. Sakamoto and Y. Sakakibara:
Development of an in vivo computer based on
Escherichia coli, Proceedings of 11th International Meeting on DNA Based Computers, London,
Ontario, pp.68-77, 2005.
J. Kuramochi and Y. Sakakibara:
Intensive in vitro experiments of implementing and executing
finite automata in test tube, Proceedings of 11th International Meeting on DNA Based Computers,
London, Ontario, pp.59-67, 2005.
【平成 18 年度】
平成 18 年度の研究成果の概要を各研究項目について以下にまとめる.
(1)膜計算モデルにおける新しい計算モデルの提案:
神経細胞系をモデルとして,
Membrane Computing Model における新しいモデル「Spiking Neural P-Systems」を提案し,受
理 器 と 生 成 器 の 両 タ イ プ に お い て そ の 計 算 能 力 の 万 能 性 を 示 し た [Ionescue, Paun,
Yokomori: 06].
(2)平衡状態の効率の良い計算手法の開発:
DNA 分子の会合反応では,入力される配
列のサイズに対して非常に膨大な個数の配列複合体が形成される.このように,入力分子の
サイズに比して会合の結果生成される分子複合体の個数が組み合わせ論的な爆発をするよ
うな反応系に対して,平衡状態を計算するための一般論を構築した [Kobayashi: 06]. 提案す
る手法では,平衡状態計算をシミュレーションではなく,系全体の自由エネルギーの最小化
問題として定式化する.そして,分子複合体の濃度ではなく,分子複合体の局所的部分構造
の濃度に着目することにより,変数の個数を著しく削減するための新しい技法を開発した.
(3)細胞並列計算に向けたバクテリアセルオートマトンの実装: 人工遺伝子回路とタン
パク質工学の知見を応用し,細胞を用いて万能並列計算モデルであるセルオートマトン
(CA) を実現することを最終的な目標とし,その第一歩としてバクテリアを用いた実装を目
指した.バクテリアを用いて CA を実現するためには,3つの機能が必要となる.それは,
(1) 入力となるシグナルを感知し,状態遷移規則にしたがって状態を変化させる機能,(2) 細
胞内で状態を保持する機能,(3) 出力としてのシグナルを出す機能,の3つである.まず,
(1) の入力シグナルに関しては,特定の小分子と相互作用する転写制御タンパク質を用い
る.そして,状態遷移規則の実現は,それら転写因子を用いて論理回路を構築することで可
能となる.(2) の状態構築は,遺伝子発現の ON / OFF によって表現する.これは,2つの
遺伝子が互いに発現を抑制し合う遺伝子回路,
トグルスイッチによって実現可能である.(3)
の出力に関しては,シグナルを合成する遺伝子を組み込むことで可能である.具体的には,
図1のようになる.luxR 遺伝子とその変異体を用いて (1) の機能を実現した.状態遷移規
則としては入力シグナル(両隣のセルの状態)に対して OR をとる規則を構築した.(2) の状
態の構築に関しては,lacI 遺伝子と cI857 遺伝子(温度感受性)がお互いに発現を抑制し合う
回路を作り,cI857 が発現している状態を 1,lacI が発現している状態を 0 とすることで状
態を表現した.格子上にセルを並べることとセル間の通信の実現には,バクテリアの個体の
空間的制御と入力小分子の精密な取り扱いが必要となるため,出力を GFP によってレポー
トさせ,シグナルの伝達は外部から機械的に行うことにする.
セルオートマトンを実装する遺伝子回路の構成
入力シグナルセンサーと状態制御を実装するプラスミドを大腸菌に形質転換し,
シグナル
添加による遺伝子発現状態の変化を測定した.この結果から,セルオートマトンの状態遷移
規則が実現されたことを検証できた.結論として, in vivo での CA の実装方法を提案し,1
次元 CA の計算過程の1ステップを実現することに成功した.
また,会議運営に関する成果として,横森は DNA 計算に関する代表的会議である第 12
回「Workshop on DNA computing」(Seoul, June 2006) の Program Co-Chair として会議の運営
に参画し,その会議録を編纂し会議後には
DNA12, LNCS, Vol. 4287
(Springer) として編
集した [Mao and Yokomori: 06] .
Chengde Mao and Takashi Yokomori (Eds.):
DNA Computing, 12th International Meeting on DNA
Computing, DNA12, Seoul, Korea, June 5-9, 2006, Revised Selected Papers. Lecture Notes in
Computer Science Vol.4287, Springer, 2006.
M. Ionescue, G. Paun and T. Yokomori:
Spiking Neural P systems, Fundamenta Informaticae,
Vol.71, Nos.2-3, pp.279-308, 2006.
Satoshi Kobayashi:
A New Approach to Computing Equilibrium State of Combinatorial Chemical
Reaction Systems, Technical Report CS-0601, Dept. of Computer Science, Univ. of Electro
-Communications, 2006.
Y. Sakakibara, T. Yokomori, S. Kobayashi, A. Suyama:
Probabilistic Inference in Test Tube and
Its Application to Gene Expression Profiles, Formal Models, Languages And Applications (edited by
Subramanian et al.), World Scientific Pub., pp.304-319, 2006.
4.2
抽象化学反応計算モデルの研究
主務者:鈴木泰博(名古屋大学)
【平成 14 年度】
細胞内反応計算モデルの研究: 化学反応における情報伝達のメカニズムを理解することを
目的として京大と共同研究を行い,抽象化学反応系 (Abstract Rewriting System on Multisets :
ARMS) を用いて化学情報物質による種間の情報伝達が介在する植物―食植者―天敵の3
者生態系のモデル化を行い,実験と合致する結果を得た.また,Max Plank Institute Chemical
Ecology と共同研究を開始し,京大のグループとは異なった3者系のモデル化を行った.さ
らに,ARMS を用いて炎症反応をモデル化する研究を行った.炎症反応は風邪,喘息,多
臓器不全,脳梗塞,心筋梗塞などの重要な疾患の基礎となるものであるが,そのしくみは複
雑である.ARMS を用いることにより直観的かつ容易にモデル化を行うことができた.
Y. Suzuki, Junji Takabayashi, Hiroshi Tanaka:
Investigation of tritrophic system in ecological sys-
tems by using an artificial chemistry, J. of AROB, 6:129-132, 2002.
Abstract Rewriting system on Multisets (ARMS)
その特徴
multiset
{a,a,a,b,b,c}
a,a,b→c
{a,a,b,c,c}
○ARMSは記号の個数の書き換え系(多重集合の
計算モデル)
○反応規則の適用方法:
濃度の積に比例して規則を選択し、反応定数に
よって反応を生じさせる(素朴な化学反応モデル)
○計算機科学的な背景:
書き換え系(形式言語理論など)、特にP Systems
とは密接な関係
○物理化学的な背景:
化学反応の理論モデルMaster Equationとほぼ
等価なモデル
【平成 15 年度】
細胞内シグナル伝達系・化学反応系モデルの設計と実装: 分子コンピューティングの基礎
的な研究として,化学反応の抽象モデル ARMS の研究を応用と理論の両面から行った.応
用研究としては癌関連タンパクとしてよく知られている P53 に関する細胞内シグナル伝
達系のモデル化を中心に行った.このモデルは細胞質と核の2つの部分からなり,その各々
に分子生物学的な知見を基にして化学反応を定義し,DNA の損傷を活性化された P53 の 4
量体が修復する過程をモデル化した.計算機シミュレーションによりこのモデルが分子生物
学的な知見と一致するように振舞うことを確認した.また,生物を含めた自己発展系にみら
れるランダムな構造から相互作用の履歴により構造が出現・発展する系のモデルとして自己
強化反応系を構築し,その振舞いを計算機実験を通して調査した.この系では最初はランダ
ムに相互作用が生じるが,相互作用の履歴を持つ分子とのより効率的な反応を促進する 自
己強化反応 (self-reinforcement reaction) を仮定すると,分子間相互作用内に構造が出現し,
またカタストロフィックな構造崩壊を繰り返す動的な現象が生じることを確認した.理論的
な側面からは化学反応の計算論的な特徴付けを目指し,ミラノ大学と共同研究を行った.
ARMS と P Systems とを,ある種の確率的 P Systems を構築することで融合させ,非線形化
学反応のモデルであるブルセレータのモデル化とシミュレーションを行った.
Y. Suzuki, S. Ogishima, H. Tanaka: Modeling P53 signaling network by using an abstract cell
model, European Conference on Computational Biology, Paris France, Sept. 2003 (poster).
Y. Suzuki, S. Ogishima, H. Tanaka: Modeling the p53 signaling network by using P systems, Preproceedings of the Workshop on Membrane Computing, A. Alhazov, C. Martín-Vide and Gh. Paun
(Editors), Tarragona, 449-454, July 2003.
【平成 16 年度】
反応速度論ならびに化学量論 (Stoichiometric chemistry) とマルチ集合書き換え系を融合
した化学反応の計算モデル (ARMS) と,膜を用いた計算モデル P Systems との関連につい
て考察した.また,ARMS を Bioinformatics における P53 シグナル伝達系の動的シミュレー
ションに適用し,その解析に化学量論の手法を応用した.
Gh. Paun, Y. Suzuki, H. Tanaka, T. Yokomori:
On the Power of Membrane Division in P Systems,
Theoretical Computer Science, 324, 61-85, 2004.
Y. Suzuki, P. Davis, H. Tanaka: Emergence of auto-catalytic structure in stochastic self-reinforcing
reaction networks, J. of AROB, 7, 210-213, Springer-Verlag, 2004.
Y. Suzuki, D. Besozzi, C. Zandron, H. Tanaka, G. Mauri:
Toward a novel computational frame-
work for molecular computing: chemical reaction as computation, Preproceedings of DNA10, 455,
Milan, 2004 (poster).
【平成 17 年度】
前年度まで ARMS を用いて生態系,非線形化学反応,細胞内シグナル伝達系等のモデル
化を行い,ARMS が新たな分子コンピューティングの抽象計算モデルとして様々な問題に
応用できることを確認してきた.ARMS は反応速度論に基づくハイブリッドな計算モデル
であり,分子数が大数の場合は連続近似が可能であることを確認しているが (2001, Suzuki,
et al.),分子コンピューティングをはじめ,生体内での反応等では分子数が少数であり,連
続近似ができない場合が多い.そこで,分子数が少数の場合にどのような振る舞いになるか
について検討を行った.その結果,2 体 Lotoka-Volterra(LV)模型のような単純なモデルで
あっても,単に分子数を減少させるだけで振る舞いが大きく異なる事を確認した.かかる事
象の再確認のため,物理化学において化学反応のモデル化のためよく使用されている生成−
消滅確率過程系 (Birth-Death Process, BD) を用いて ARMS を BD として解釈し計算機実験を
行い,同様の結果を得た.
LV 模型(分子数が多い場合)
LV 模型(分子数が少ない場合)
Y. Suzuki and H. Tanaka: Modeling p53 signaling pathways by using Multiset Processing, Applications of Membrane Computing, Ciobanu, G., Pérez-Jiménez, M. J., Paun, Gh. (Eds.),
Springer-Verlag, 203-214, 2005.
石渡龍輔,田中博,鈴木泰博: 化学反応系のモデル化手法(確率論的手法の再考察),第
54 回数理モデル化と問題解決研究会,名古屋大学,2005 年 5 月.
【平成 18 年度】
前年度に引き続き少数分子系の振る舞いについて検討を行った.Belousov Zhabotinsky
(BZ)反応の数理モデルとして I. Prigogine が提案した Brusselator 模型について,ARMS にお
いて分子が少数になり揺らぎが増大すると不安定化することを線形安定化近似を用いて数
理的に示した.また,計算機実験によりかかる不安定性を示すことを確認し,揺らぎを用い
て反応を制御する方法について提案を行った.Brusselator 模型は実際の化学反応系への対応
がつけにくいため,実際の化学系に近い数理モデルである Oregonator 模型の ARMS でのシ
ミュレーションを行った.通常,Oregonator 模型は数値計算のために無次元化を行い,反応
速度定数も実際の実験とは異なったものを用いることが多いが,実際に実験で計測された反
応速度定数を用いてシミュレーションを行った.また,分子数が少数になった際の振る舞い
の変化について検討を行い,分子数の少数性に起因する離散的な振る舞いにより反応の振る
舞いが変化することを確認した.
ナチュラルコンピューティングの 1 つの枠組みとしての抽象化学系の研究を通してナチ
ュラルコンピューティング全般について深い興味を持ち,平成 18 年 5 月に情報処理学会に
ナチュラルコンピューティング研究グループを創設した(代表発起人,主査として.登録者
数約 90 名).また 12 月には University of West England (UWE), Bristol, UK において,同大
学の Andrew Adamatzky 教授と共に,International Workshop on Natural Computing(大和日英
基金からも援助をうけた)を主催した.本ワークショップを契機に平成 19 年秋に名古屋に
おいて Natural Computing に関する国際会議を開催する予定である.
Y. Suzuki: An Attempt to Analyze the Dynamics of Abstract Rewriting Systems on Multisets,
Pre-proceedings of Membrane Computing, International Workshop, WMC7, 501-506, Leiden, The
Netherlands, July 2006.
梅木真衣,鈴木泰博: セルオートマトンモデルを用いた反応・拡散・対流現象に関する考
察,FIT2006,福岡大学,2006 年 9 月.
梅木真衣,鈴木泰博: セルオートマトンを用いた反応・拡散・対流現象に関する考察,シン
ポジウム−複雑系科学とその応用,名古屋大学,2006 年 10 月.
Y. Suzuki: An Investigation of the Brusselator on the Mesoscopic Scale, J. of Parallel, Emergent
and Distributed Systems, 22, 91-102, 2007.
Y. Suzuki: Dynamics of an Abstract Chemical System with few molecular, International Symposium on Artificial Life and Robotics, Oita Japan, OS13-3, Jan. 2007.
梅木真衣,鈴木泰博: 少数要素系の振る舞いについて,第 2 回連成シミュレーションフォ
ーラム,福岡,2007 年 2 月.(ポスター)
4.3
並列計算系による分子計算シミュレータの設計と試作
主務者:上田和紀(早稲田大学)
【平成 14 年度】
分子計算系における局所的並列性をシリコン上で実装するために,ノードの多重集合,膜
とその階層化,リンク,グラフ変換の4つ概念に基づく新たな計算モデル LMNtal の設計
に着手し,基本設計を完了した.また,Java を用いて試作処理系のコンパイラとランタイ
ムを実装した.LMNtal は
(i) 多重集合や会合概念をもった数多くの計算モデルの統合
(ii) リソースコンシャスな計算の基本モデル
などを目指したモデルであり,14 年度は上記に加えて他の計算モデルとの比較検討も進め
た.言語モデル LMNtal の特徴をまとめると図のようになる.
言語モデル LMNtal (pronounce: elemental) の特徴
階層グラフ( ⊇ 階層多重集合)書換え言語
„ 概念統合を目指した並行分散計算モデル
„
„
„
簡潔な仕様,多様な表現力
„
„
„
„
例: 自律プロセス = メッセージ = データ
計算はグラフ構造の直接操作
膜構造による多重集合とルール局所性の表現
自己組織化原理によるプログラミングが可能
処理系 (Java) の開発・公開(2004年3月∼)
„
„
http://www.ueda.info.waseda.ac.jp/lmntal/
Java のほとんどの機能が利用可能
Yasuhiro Ajiro and Kazunori Ueda:
Kima: an Automated Error Correction System for Concurrent
Logic Programs, Automated Software Engineering, Vol.9, No.1, pp.67-94, 2002.
Kazunori Ueda:
A Pure Meta-Interpreter for Flat GHC, A Concurrent Constraint Language, Com-
putational Logic: Logic Programming and Beyond (Essays in Honour of Robert A. Kowalski, Part I)
(A.C. Kakas, F. Sadri, Eds.), LNAI 2407, Springer-Verlag, pp.138-161, 2002.
Norio Kato and Kazunori Ueda:
Sequentiality Analysis for Concurrent Logic Programs, Proc. 6th
World Multiconference on Systemics, Cybernetics and Informatics (SCI 2002), Vol.11, pp.329-336,
2002.
Kazunori Ueda and Norio Kato:
Programming with Logical Links: Design of the LMNtal lan-
guage, Proc. 3rd Asian Workshop on Programming Languages and Systems (APLAS 2002),
pp.115-126, 2002.
網代育大,上田和紀:反復深化 A*探索によるもっともらしいプログラムの効率的な生成,
人工知能学会全国大会(第 17 回)論文集,1E3-02,2002.
上田和紀,加藤紀夫: GHC から LMNtal へ,情報処理学会 2002 年度夏のプログラミング
シンポジウム,2002.
(http://www.ipsj.or.jp/prosym/sprosym/program/index.html)
上田和紀,加藤紀夫: Programming with Logical Links,日本ソフトウェア科学会第 19 回大
会論文集,3A-1, 2002.
加藤紀夫,上田和紀: モード制約の漸近的一様補強による並行論理プログラムの
occurs-check 解析,日本ソフトウェア科学会第 19 回大会論文集,5F-2, 2002.
松村量,高山啓,高木祐介,加藤紀夫,上田和紀: 分散言語処理系 DKLIC の設計と実装,
日本ソフトウェア科学会第 19 回大会論文集,5F-1, 2002.
【附記】(2002 年度受賞)
上田和紀:日本ソフトウェア科学会第 19 回大会高橋奨励賞,2002. (論文題目: Programming
with Logical Links)
【平成 15 年度】
平成 15 年度は階層的グラフ書換えに基づく並行言語モデル LMNtal について下記の研究
開発を行った.
(1)言語仕様の詳細検討: 平成 14 年度に設計した基本言語仕様について,セル(膜で
囲まれた分子)の複製および消去を実現するための拡張を行った.この拡張を実現するため
に,プロセス文脈(膜内の不特定多数のアトムとマッチする言語機能)に関する仕様を詳細
に再検討し,新たな言語規則の形でまとめた.また上記の拡張に伴い,言語の操作的意味論
(構造合同規則および遷移規則)も詳細に再検討し再定義した.
(2)処理系の開発:
14 年度の試作処理系をベースに,15 年度には今後開発予定の本格
的並列分散処理系開発のベースとなる強固な基準実装の構築を進めることとした. Ruby
で全体の枠組を試作したのち,Java で処理系を作成して最初の版を公開した.本処理系は
まだ開発過程にあるが,LMNtal 言語仕様のうち,プロセス文脈の拡張機能などを除く大多
数の機能を提供しており,さらに数値演算などを記述するために書換え規則に条件部(ガー
ド)を指定する機能を設計実装している.また,Java で記述したインラインコードを呼び
出す機能および簡単なモジュール化機能を持ち,ライブラリの蓄積による発展の礎を与える
ことができた.
(3)プログラミング例の蓄積: LMNtal の重要な応用分野として自己組織化原理に基づ
くプログラミングがあり,この領域の開拓は分子プログラミングの発展のみならず,プログ
ラミングパラダイム全般にとっても重要である.そこで,自己組織化と関連の深い題材とし
て PCR,セルオートマトン,二分子生物ロボット,平衡二分木などをとりあげ,例題の記
述実験を通じて,LMNtal が自己組織化反応のプログラミングのための記述力と簡潔性の両
方を備えていることを確認した.
リスト連結プログ
リスト連結プログ
ラム(右)と実行
ラム(右)と実行
スナップショット
スナップショット
(下)
(下)
Z0
a
Y
X0
A
c
X
Z0
A
c
Z
a
X
Y
Z0
a
X0
n
Y
Z0
=
Y
Kazunori Ueda and Norio Kato : The Language Model LMNtal, Proc. Nineteenth Int. Conf. on
Logic Programming (ICLP'03), LNCS 2916, Springer-Verlag, pp.517-518, 2003.
上田和紀,加藤紀夫: 言語モデル LMNtal.コンピュータソフトウェア,Vol.21, No.2, pp.44-60,
2004.
加藤紀夫,上田和紀: LMNtal プロセスの振舞いの定式化,日本ソフトウェア科学会第 20
回大会論文集,pp.16-20,2003.
矢島伸吾,永田貴彦,加藤紀夫,上田和紀:LMNtal プロトタイプ処理系の設計と実装,日
本ソフトウェア科学会第 20 回大会論文集,pp.21-25,2003.
圷弘明,加藤紀夫,上田和紀:LMNtal におけるルールセット不変性の検査,第 6 回プログ
ラミングおよびプログラミング言語ワークショップ (PPL2004),日本ソフトウェア科学会,
pp.211-216, 2004.
加藤紀夫,上田和紀:並行言語モデル LMNtal におけるプロセス構造の解析,第 6 回プログ
ラミングおよびプログラミング言語ワークショップ (PPL2004),日本ソフトウェア科学会,
pp.217-222, 2004.
水野謙,永田貴彦,加藤紀夫,上田和紀:LMNtal ルールコンパイラにおける内部命令の設
計,情報処理学会第 66 回全国大会論文集,5G-2, 2004.
【附記】(2003 年度受賞)
網代育大,上田和紀:人工知能学会 2002 年度全国大会ベストプレゼンテーション賞,2003.
(発表題目「反復深化 A*探索によるもっともらしいプログラムの効率的生成」)
【平成 16 年度】
平成 16 年度は,階層グラフ書換えモデル LMNtal の言語仕様について,ひきつづき形式
的意味論の洗練および言語拡張案の検討を進めた.
形式的意味論については,LMNtal の操作的意味論を構成する簡約規則と構造合同規則の
役割分担の再検討を行い,操作的意味論の細部の改訂を行った.実装については,前年度末
に公開した処理系に対して,グラフ構造操作機能の整備拡張やコンパイラ最適化機能の強化
を行うとともに,新たに分散処理系の設計と実装を進めた.上記に加えて理論面では,多重
集合や膜概念をもつ他の計算モデルとの具体的関連づけの検討も開始した.
Kazunori Ueda and Norio Kato:
LMNtal: a language model with links and membranes, Proc. Fifth
Workshop on Membrane Computing, pp.65-79, June 2004.
加藤紀夫,上田和紀: 階層グラフ書換え言語における並行プロセスの型推論,情報処理学
会第 50 回プログラミング研究会 (SWoPP2004),2004 年 7 月.
原耕司,水野謙,矢島伸吾,永田貴彦,中島求,加藤紀夫,上田和紀: LMNtal 処理系およ
び他言語インタフェースの設計と実装,情報処理学会第 50 回プログラミング研究会
(SWoPP2004),2004 年 7 月.
上田和紀: プログラムと対称性,夏のプログラミングシンポジウム「アッと驚くプログラ
ミング」報告集,情報処理学会,pp.69-74, 2005.
加藤紀夫,水野謙,上田和紀: 言語モデル LMNtal の操作的意味論の設計,日本ソフトウ
ェア科学会第 21 回大会論文集,2004.
中島求,加藤紀夫,水野謙,上田和紀:
LMNtal 分散処理系の設計と実装,日本ソフトウ
ェア科学会第 21 回大会論文集,2004.
中島求,加藤紀夫,水野謙,上田和紀:
LMNtal を用いた分散処理の実現,第 8 回プログ
ラミングおよび応用のシステムに関するワークショップ (SPA 2005),2005 年 3 月.
【平成 17 年度】
平成 17 年度は,単なる計算モデルにとどまらず,実用プログラミングにも供することの
できる LMNtal 言語の設計と実装に取り組み,多様な記述例を蓄積することによってその表
現力や有用性の検証につとめてきた.計算モデルの理論研究においては計算モデル間のエン
コーディングが重要課題である.分子計算における重要概念である多重集合はグラフの特殊
な場合であるので,多重集合書換えモデルが LMNtal に自然にエンコードできることは以前
から自明であったが,本年度の研究ではそれに加えて,以下のような代表的かつ広範な計算
モデルを LMNtal でエンコードして,実際に処理系上で動作させることに成功した.
• 非決定的 λ 計算および名前呼び λ 計算
• 非同期 π 計算
• Bigraphical Reactive Systems
• CHR (Constraint Handling Rules)
またこれらのエンコーディングを実現するために,LMNtal の書換えルール適用制御機能
の検討を行い,下記の二つの機能を今年度新たに設計・実装した.
(a) 特定のデータの組に対して特定のルールの適用を 1 回に限定する機能(uniq ガード
制約)
(b) 与えられた初期プロセスとルール集合を用いて可能なすべての簡約経路を探索し,結
果を簡約グラフの形で求める機能(非決定的 LMNtal)
(a) は CHR のエンコーディングに本質的な役割を果たし,また (b) は LMNtal の検証への
応用に道を開くものである.
Kazunori Ueda and Norio Kato:
LMNtal: a language model with links and membranes, Proc. Fifth
Int. Workshop on Membrane Computing (WMC 2004), LNCS 3365, Springer, pp.110-125, 2005,.
Kazunori Ueda:
Constraint-Based Concurrency and Beyond, Proc. Workshop on Algebraic Proc-
ess Calculi, The First Twenty Years (PA'05), Aceto, L. and Gordon, A.D. (eds.), BRICS Notes Series, NS-05-3, pp.227-230, 2005.
工藤晋太郎,加藤紀夫,上田和紀: LMNtal 処理系におけるグラフ構造の操作機能の設計と
実装,情報科学技術レターズ,LA-003, pp.9-12, 2005.
櫻井健,加藤紀夫,水野謙,上田和紀: LMNtal コンパイラにおける並び替えとグループ化
を用いた命令列の最適化,第 4 回情報科学技術フォーラム (FIT2005),第一分冊,pp.33-36,
2005.
水野謙,加藤紀夫,原耕司,上田和紀: 階層グラフ書換え言語 LMNtal 処理系における非
同期実行の実現,日本ソフトウェア科学会第 22 回大会講演論文集,3A-4,2005.
乾敦行,原耕司,水野謙,上田和紀: 階層グラフ書き換え言語 LMNtal 処理系とその応用
例,第 8 回プログラミングおよびプログラミング言語ワークショップ (PPL2006),pp.119-133,
2006.
【平成 18 年度】
平成 18 年度は平成 17 年度に引き続き,代表的計算モデルから階層グラフ書換えモデル
LMNtal へのエンコーディングの確立に取り組んだ.
今年度とりあげたのは Ambient 計算と λ 計算である.Ambient 計算は ambient と呼ばれる
構造化機能をもつ並行計算モデルであるが,ambient は階層化や動的再構成が可能である点
や計算の管理領域の表現に使える点などにおいて,LMNtal の膜と高い共通性をもつ機能で
ある.このことから Ambient 計算から LMNtal へのエンコードを行い,実際に LMNtal 処理
系の上で動かすことに成功した.技術的な要点は,並行計算において最も基本的な役割を演
ずる名前の分散管理であり,自己調整に基づく名前管理方式を実装するとともに,名前管理
と本来の計算とが並行動作できるようにした.
λ 計算については,λ 抽象の内部の簡約も行う純粋 λ 計算のエンコード方式の再検討と再
設計を行った.その成果として,λ 計算本来の非決定性を保存し,かつ個々の基本操作の計
算量が定数時間で押さえられるようなエンコーディングを設計・実装することに成功した.
このエンコーディングにおいても,Ambient 計算のエンコーディングにおいても,膜は局所
名の表現と操作に大変有効に利用できることが判明した.
上記に加えて実装面では,グラフィクス機能および可視化機能の整備拡充を行い,LMNtal
の階層グラフ構造操作言語としての有用性をさらに改善した.
Kazunori Ueda:
Constraint-Based Concurrency and Beyond, Electronic Notes in Theoretical Com-
puter Science, Vol.162, pp.327-331, 2006.
Kazunori Ueda:
Logic Programming and Concurrency: a Personal Perspective, The ALP Newslet-
ter, Vol.19, No.2, 2006.
Kazunori Ueda, Norio Kato, Koji Hara and Ken Mizuno:
LMNtal as a Unifying Declarative Lan-
guage, Proc. Third Workshop on Constraint Handling Rules (CHR 2006), pp.1-15, 2006 (invited
talk).
Kazunori Ueda, Norio Kato, Koji Hara and Ken Mizuno:
LMNtal as a Unifying Declarative Lan-
guage: Live Demonstration, Proc. 22nd Int. Conf. on Logic Programming (ICLP'06), LNCS 4079,
Springer-Verlag, pp.457-458, 2006.
Daisuke Ishii, Kazunori Ueda and Hiroshi Hosobe:
An Interval-based Approximation Method for
Discrete Changes in Hybrid cc, Proc. Third International Workshop on Interval Analysis, Constraint
Propagation and Applications (IntCP'06), pp.38-51, 2006.
Kazunori Ueda:
Hierarchical graph rewriting as a unifying model of concurrency, LIX Colloquium
on Emerging Trends in Concurrency Theory, November 2006 (invited talk).
Daisuke Ishii, Kazunori Ueda and Hiroshi Hosobe:
An Interval-based Approximation Method for
Discrete Changes in Hybrid cc, Future and trends of Constraint Programming, Hermes Science International, 2007 (to appear).
市川祐輔,上田和紀: 後継関数を持つリスト型非線形再帰プログラムに対する再帰除去法,
情報科学技術レターズ,Vol.6, pp.9-12, 2006.
石井大輔,上田和紀,細部博史: Hybrid cc における区間計算に基づいた離散変化処理方式,
日本ソフトウェア科学会第 23 回大会論文集,1A-1,2006.
上田和紀: 分散プロセス計算の LMNtal へのエンコーディング,日本ソフトウェア科学会
第 23 回大会論文集,1A-4,2006.
上田和紀: 純粋 λ 計算の階層グラフ書換えへのエンコーディング,第 9 回プログラミング
およびプログラミング言語ワークショップ (PPL2007),2007 (to appear).
中野敦,上田和紀: 階層グラフ可視化ツール UNYO-UNYO (うにょうにょ)の設計と
実装,第 9 回プログラミングおよびプログラミング言語ワークショップ (PPL2007),2007 (to
appear).
乾敦行,工藤晋太郎,原耕司,水野謙,加藤紀夫,上田和紀: 階層グラフ書換えモデルに
基づく統合プログラミング言語 LMNtal,コンピュータソフトウェア,Vol.24, 2007 (to appear).
5.今後の課題
まず上述の各研究項目についての今後の課題を述べ,さらに展開すべき新たな方向性につ
いて簡単にふれる.
自律的分子計算系の基礎的考察:
自律的な計算モデルの構築と設計に関しては,現在ま
でに提案されている幾つかの有力なモデルの中から,実装可能性,計算能力,および並列計
算可能性の視点に立ってバランスの良い計算モデルを再構築していく必要があると思われ
る.特に,In Vitro 実験における実現可能性を考慮すると,近似的・確率的な要素を取り入
れた拡張計算モデルの開発が不可欠であると思われる.また,考察し提案した計算モデルが
機能するかの検証は重要であり,小規模なバイオ実験も行いたいと考える.
分子配列の設計論に関しては,現在までの構造フリーな配列の設計法を一般化することに
より,特定の構造をとる分子配列集合の設計論を展開することが考えられる.
細胞並列計算に向けたバクテリアセルオートマトンの実装: 細胞を用いた有限オートマト
ンおよびセルオートマトンの実装に関して,第一段階の実験には成功した.今後は,実装の
ために設計した実験プロトコルをさらに精度の高いものに発展をさせて,より大規模な計算
ができる自律的でプログラム可能なバクテリアコンピュータを開発する.さらに,バクテリ
アコンピュータの考え方や技術を取り入れて,超並列計算の実現を目指すと同時に,遺伝子
の発現を論理的に解析する演算やその特徴を抽出するパターン解析などをすべて細胞内で
行うナノバイオテクノロジーの開発を目指す.
抽象化学反応計算モデルの研究:
分子計算におけるタンパク質の利用は重要なアイディ
アのひとつであり,特に P53 タンパクは細胞を DNA 修復と細胞死の 2 つの状態に誘導する.
これまでは DNA 修復の系をモデル化してきたが,今後はミラノ大学などとの共同研究によ
り,細胞死関連のモデル化も行い,この 2 つの系を融合したものの計算機シミュレーション
を行う予定である. このような ARMS を基本としたモデリングとシミュレーションによる
実験結果を通して,細胞内のタンパク質の変化に基づく新しい計算モデルの開発を視野にい
れて研究する予定である.
従来からこうしたシミュレーションでは各種パラメータ(反応速度定数など)の実験デー
タを揃えるという根源的な困難さがあるが,ARMS が化学量論のモデルであることから,
従来からの代謝量の化学量論的解析手法として研究されている Conservation Analysis などを
用いることにより,計算系内部での生成と消費をバランスさせるための条件式や反応式を見
出すことができると期待される.
少数分子化学反応系:
生体内での化学反応は通常の化学反応とは異なり少数の分子によ
り行われている.その振る舞いについて化学実験と数理モデル化と解析の両面から検討した
い.我々は既に,Belousov-Zhabotinsky 反応の化学実験に即した数理モデル Oregonator の
ARMS によるシミュレーションを化学実験で得られた反応速度定数をそのまま用いて行う
ことができることの確認と,少数分子系での振舞いについての予備的な研究を行っており,
当該系を 2 次元に拡張した ARMS セルラオートマトン(反応−拡散−対流セルラオートマ
トン系)にでの反応パタンと実際の化学実験とを比較検討することにより,少数分子化学反
応系についてより深い理解ができると考えている.
Natural Computing の基礎理論∼離散力学系: 本研究を通して,“化学反応のアナロジ” は
複雑な相互作用をアルゴリズム的に記述・解析するのに適することが確認された.化学反応
における振舞い,すなわち動学は,マクロレベルでは反応速度論によるが,それは(確率的)
書き換え計算系の力学系に相当する.よって,反応速度論に基づく書き換え計算系の力学系
の理論を構築することにより Natural Computing の基礎理論となることが期待される.
並列計算系による分子計算シミュレータの設計と試作:
本研究を通じて,階層グラフ書
換えモデルが,並行分散計算から自己組織化計算までを包含する高い表現能力をもつことが
実証できた.今後は,本研究を通じて確立した階層グラフ書換え言語 LMNtal とその処理系
をベースにして,分子計算系における種々の計算メカニズムを検証するための「仮想分子計
算環境」の実現を目指す.また,分子計算分野への応用からフィードバックを得て,LMNtal
言語と処理系の機能の洗練と拡張を図ってゆく.特に,連続量や連続変化の扱いの検討を通
じて,ハイブリッドシステムの記述体系への展開を目指してゆく.
上述の各研究項目に加えて, 自律的解析計算モデル の研究も試みたい.従来の自律的
計算モデルでは,符号化配列からなる基本プログラム群と入力分子とが与えられたとき,自
律的に解分子が生成され構造化される方向に計算が進むのが通例である.これとは逆に,計
算を「ある規則的な構造体からはじめ,プログラム分子群により徐々にその構造が解析され
ていく」という過程としてとらえる考えも可能であろう.この逆計算の利点のひとつとして,
自律的に生成する場合に比べエラー率が少なくなるのではと予想される.また,問題のクラ
スによっては計算時間の効率化も期待できると思われる.
これらの Non-standard な計算原理をさらに一般的に研究することも視野に入れておきた
い.分子計算系における計算素子は分子,超分子から始まり,今やタンパク質,ホルモン,
免疫系システム,細胞(膜),ウイルス,微生物(単体),多数の微生物の集団へと多様な
レベルにまで広がりを示している.
これらのいわゆる自然計算系の研究への貢献の可能性も
検討したい.
6.研究費の使用状況
本研究班は分子計算の理論モデルの構築を主要な課題としている.そのため,本特定領域
研究での平成 14 年度から本年度までの3年間における全予算の使用内訳の概要は,計算機
設備を主体とした基盤的設備備品の整備に約7割,研究成果の発表や共同研究のための研究
出張に約 1.5 割,年度毎に必要不可欠な消耗品の充当に約 1.5 割を各々使用した.平成 17,
18 年度の 2 年間においては,細胞を用いた計算モデルの実装に関する実験を行ったため,
試薬などの消耗品にも予算を使用した.
設備備品の使用状況に関する具体例として,横森,榊原,小林の「自律的分子計算系」で
は配列設計のための計算機実験を,また鈴木は「抽象化学反応系」の計算機シミュレーショ
ンを行っており,15 年度購入した高機能 PC システムを有効利用している.また,上田は「分
子計算シミュレータ」の実装のため,購入した PC サーバ群から構成された大規模な計算機
資源を効果的に利用している.
研究出張などの旅費の使用状況に関しては,海外での国際会議での招待講演,一般発表を
はじめとして,内外の大学・研究機関との共同研究,情報交換,および班合同の研究活動の
ための旅費として有効に使用され,多くの研究成果を学術誌・会議録などに発表した.