スパムに占拠されるインターネット

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FRONT DOOR
text:土屋大洋 / HP
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アルバート=ラズロ・バラバシ著『新ネットワーク思考
――世界のしくみを読み解く』の中で、スタンレー・ミル
グラムが1967年に行った実験が紹介されている。お互いを
まったく知らないAさんからBさんに手紙を送るのだが、A
さんは、目標人物であるBさんをより知っていそうで、
ファースト・ネームで呼べるほど親しい友人にしか手紙を
送れない。Aさんから手紙を受け取った親しい友人Cさん
は、これまたBさんを自分より知っていそうな自分の親し
い友人Dさんに手紙を送る。DさんがBさんを直接知ってい
ればBさんに手紙を送って実験は終わりだが、そうでなけ
ればまた別の親しい友人Eさんに手紙を送る。こうしてお互
い他人同士のAさんからBさんまで、何人の手を介せば手紙
が届くのかをたどるという実験である。
驚いたことに、最短は、AさんとBさんの間にひとりを介
しただけ、つまり2次の隔たりしかなかった(手紙は2回送
られた)。もちろん、届かなかったものもあるのだが、届
いたものの平均はたった6次の隔たりしかなかった。「世の
中狭い」ということが実験で確かめられたのだ(似たよう
な話でもっと一般的なケビン・ベーコン・ゲームも同書で
は紹介されている)。
本題は6次の隔たりではない。本題は、6次の隔たりがイ
ンターネットでは確かめられなかったということだ。イン
ターネットが普及する前に行われたミルグラムの実験を、
ニューヨークにあるコロンビア大学が電子メールで再現し
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ようとした。しかし、まったくうまくいかなかったのだ。
なぜか。多くの人がスパムやチェーン・メールだと思って
電子メールを転送しなかったからだ。実験結果は見るも無
惨で、ほとんど目的地まで届かなかった。電子メールを
送ってくるのは見知らぬ人ではない。実験のルールでは、
親しい友人に送らなくてはいけないからだ。それにも関わ
らず、人々はこうした電子メールには反応しなかった。
その背景には、電子メールに対する不信感の増大があ
る。ひところ流行した不幸の手紙のようなチェーン・レ
ターならぬチェーン・メールやコンピュータ・ウイルス、
そしてスパムなど、欲しくもないメール、有害なメールが
増えてきている。私の場合、特に英語で見知らぬ人から
メールが来ると、実は大事なメールでも削除してしまいそ
うになる。スパムが圧倒的に多いからだ。アメリカの新聞
のオンライン版に登録した時にアドレスが転売されたり、
ホームページのアドレスがボッツと呼ばれるソフトウェ
ア・ロボットによって収集されたりしているようだ(最
近、自分のホームページのアドレス表示は、申し訳ないが
画像ファイルにしてしまった)。
スパムはよく知られているように、アメリカのスーパー
で売られている挽肉の缶詰の名前だ。最近は日本のスー
パーでも見られるようになってきた。いわゆる迷惑メール
のことをスパムというようになったのは、モンティ・パイ
ソンというコメディ・グループが「スパム、スパム、スパ
ム⋯⋯」とコメディの中でしつこく連呼したからだといわ
れているが、スパムの味にひっかけて「もういいよ」とい
う含みもあるらしい。
しかし、スパム・メールは増長する一方だ。今年中に電
子メールの4割はスパムになり、このまま何も対策がとられ
なければ2007年には7割に達するという予測もある。日本で
は特に携帯メール宛のスパムが問題になったので、2001年
から2002年にかけて経済産業省と総務省が対策を講じた。
その結果、「未承諾広告※」という文字をメールのタイト
ルに入れたり、悪質な場合には罰則を科すことができるよ
うになったりしたので、減少傾向にあるようだ。確かに、
私のメール・アドレスに届くものも日本語のスパムは減っ
てきた気がする。そもそも、オンラインでの購買にそれほ
ど積極的ではない日本の消費者を相手にしてもしょうがな
いということもあるのだろう。
ヨーロッパではもっと厳しい規制が行われている。消費
者が自分から配信を望まない限り、一切広告メールを送っ
てはいけないという「オプト・イン(選択的参加)」のア
プローチがとられているからだ。自分が買った商品のオン
ライン登録の際に情報メールの配信を希望したり、ウェブ
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で何らかの登録をしたりしない限り、一切送ってはいけな
いのだ。ヨーロッパのすべての国で実施されているわけで
はないが、EU(欧州連合)レベルで決まった方針なので、
いずれほとんどの国がそれに応じた法律を作るだろう。
問題はアメリカだ。スパム発信に使われているサーバー
の多くはアメリカ、中国、韓国に集中している。いくら
ヨーロッパがオプト・インだといっても、アメリカやアジ
アから勝手に送られてくるスパムはほとんど防ぎようがな
いし、スパマーを見つけだして処罰することもできない。
これまでアメリカは、希望しない場合はリストから削除し
てもらえるという「オプト・アウト(選択的退出)」のア
プローチをとってきたが、それもきちんと機能してないと
疑われている。
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何も為すすべはないのだろうか。今年の4月末に政府が主
催する3日間のスパム・ワークショップがワシントンDCで
開かれた。私もたまたま別の用事でワシントンにいたため
に、日本の状況を話すようにといってパネル・ディスカッ
ションに招かれた。「その昔、日本は自動車や半導体など
大幅な対米輸出黒字で批判されましたが、今はどんどんア
メリカからスパムを輸入し、アメリカ文化を学んでいま
す」とジョークを飛ばしたら大いに受けたが、参加者のス
パム根絶に向けた熱意は並々ならぬものがあった。連日300
人も会場に押し掛け、別室やオンラインで中継を見ている
人もたくさんいた。
「いくら規制で縛ろうとしても、スパマーたちの技術は
規制をかいくぐってしまう。日本でやっているラベリング
(「未承諾広告※」をつける)はそれなりに機能している
し、ユーザーをエンパワーする方がいいのではないか」と
私は述べたのだが、他のパネリストたちはとても同意でき
ないようだった。フランスから来た年輩の女性パネリスト
は、「あなたには申し訳ないけど、そんなこっちゃダメな
のよ。アメリカ政府がきちんと規制し、そして国際的な規
制をめざすべきに決まっているじゃない」とのことだっ
た 。
一般的なスパム対策としては、(1)ウェブやメーリン
グ・リスト、掲示板などで電子メール・アドレスをさらさ
ない、(2)例えば「[email protected]」を「name at
domain dot com」のように、人間には分かるが、ボッツに
は分からないように書き換えてしまう、(3)使い捨てアド
レスを持つ、(4)ISP(インターネット・サービス・プロ
バイダー)や自分のメール・ソフトのフィルタリング機能
を使う、(5)ISPレベルでブラックリストを作って特定の
サーバーからのメールはすべてブロックしてしまう、とい
うことなどが提唱されている。
しかし、もっとラディカルな意見も出てきている。例え
ば、電子メール一通あたり10分の1セント(約0円12銭)を
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課せば、普通の利用者にはほとんど影響しないが、100万通
送る人には1000ドル(約12万円)かかることになる。スパ
マーを根絶することはできないかもしれないが、今までと
は違うやり方をスパマーに強いることになるかもしれな
い。
あるいは、お金ではなくて、コンピュータ時間をかけさ
せるというアイデアもある。つまり、電子メールを送る度
に使っているコンピュータは数学的な問題を解かなくては
ならなくするというものだ。普通の量のメールを送る際に
はほとんど障害にならないが、スパマーのように大量の
メッセージを送るとコンピュータのマイクロセッサーが処
理しきれなくなってしまい、一気に大量のスパムを送るこ
とができなくなるというものである。
スパムなんか送って儲かるのかとわれわれは疑ってしま
うが、現実に儲かっている人がいる。スパム王と呼ばれて
いるアラン・ラルスキー(Alan Ralsky)は190のメール・
サーバーを運用し、このビジネスを通じて億万長者になっ
ている。90%のスパムは200人足らずの人によって送信され
ているといわれており、分散をモットーとするインター
ネットにしては異様な集中度である。スパマーが使ってい
る安上がりなサーバーで送ることができるスパムの数は1時
間で65万通といわれている。
スパムがこのままインターネットを占拠してしまえば、
その活力を奪ってしまいかねない。ブラックリストやフィ
ルタリングで人々は大事なメールを見落とすようになる。
あまりにも多くのスパムが届くようになれば、初心者は使
うのをやめてしまうかもしれない。電子メールはこれまで
ずっとインターネットのキラー・アプリケーションだ。電
子メールを使わないということはインターネットを使わな
いということに等しい。
残念ながら、今のところ私に妙案はない。さまざまな手
法を組み合わせて減らしていくしかない。スパムは新たな
インターネット分断の危機となってしまうかもしれない。
アメリカの西部開拓のように、荒くれ者の世界は徐々に文
明化されていくのか、それとも今の世界のようにならず者
国家と民主主義国家のように色分けされてしまうのか。何
でもつなげるのがインターネットなのに、その良さが失わ
れてしまうことになりかねない。
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