ピアリングの政治学(下)

http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/021203/index.html
FRONT DOOR
text:土屋大洋 / HP
/ 「モードとしてのガバナンス」の一覧へ
/ Text Only Version
すったもんだで引かれた海底ケーブルに買い手がつけ
ば、サービスの提供が始まる。そのためには陸上のネット
ワークと接続されなくてはならない。陸揚げされたケーブ
ルはランディング・ステーションの中で装置に接続され、
そこから各通信会社が所有するネットワークへと分岐して
い く 。
物理ネットワークを保有する通信事業者は、他の事業者
に回線を売ったり、インターネット・サービス・プロバイ
ダー(ISP)に帯域を売ったりする。そして、ISPは他のISP
との接続を求める。ここに一つのルールがある。つまり、
つなぎたいと言った方が相手のところまで全額負担して
ネットワークをつなぐというルールである。
日本のISPであるAプロバイダーがアメリカの大手ISPのB
プロバイダーに接続したいと考えたとする。この場合、A
の顧客数はBの顧客数より少なく、AがBに接続することに
よって得られるメリットは、BがAに接続することによって
得られるメリットよりも大きいと考えられる。1000人のISP
と100万人のISPでは、どうしても後者の政治力が強くな
る。AプロバイダーはBプロバイダーのところに行って接続
のお願いをし、物理的なネットワークの接続工事の手配を
整える。ここでAプロバイダーが支払うお金は、(Bプロバ
イダーに支払う接続料+日本の物理ネットワークを管理す
る事業者に支払う利用料+アメリカの物理ネットワークを
管理する事業者に支払う利用料)となり、膨大な額にな
06.11.21 4:23 PM
1/2
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/021203/index.html
る。それに対してBプロバイダーは左うちわで大もうけで
ある。
日本の他のISP、さらにはアジア諸国のISPがそれぞれア
メリカの大手ISPに接続を求めた。その結果、アメリカの
ISPは接続させてあげるだけであっという間に大金を稼ぐこ
とができた。無論、増加するトラフィックに対応するため
の投資は必要になったが、日本やアジアのISPが支払う額に
比べたら微々たるものである。
アメリカ以外の国のISPにとってみれば、たくさんの国に
接続することで余計な出費をするより、多少高くてもアメ
リカにつないでおいた方がいい。仕方なくアメリカの大手
ISPに高額の接続料を支払う。しかし、高い接続料を払い続
ける限りは、それを回収するために国内の利用者から高い
料金を取らざるを得ない。したがって、アメリカ以外の国
はサービス料金を安くしなければ利用者の増加は見込めな
いのだが、そうする余裕がない。利用料が高止まりして利
用者が増えないというジレンマに多くの国が陥ってしまっ
た。これが国際的なデジタル・デバイド拡大の一要因と
なったことは否定できない。
1/3
ご意見・お問い合わせ | インフォメーション | トップページ | ビットリテラシー・トップページ
Produced by NTT Resonant Inc. under license from Wired Digital Inc.
06.11.21 4:23 PM
2/2
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/021203/02.html
FRONT DOOR
いつまでも続くかに見えた、このいびつな構造が、ある
とき一気に崩れだした。バラバラにアメリカのISPと接続し
ていた複数の日本のISPを、日本のある通信事業者が束ねる
ことに成功したのである。つまり、その通信事業者はアメ
リカの大手ISP複数社との間に巨大な帯域のネットワークを
確保する。そして日本のISPのトラフィックをいったん東京
で束ね、まとめてやりとりすることにした。トラフィック
を束ねた事業者はスケール・メリットをテコに、アメリカ
のISPに支払う接続料を下げるのに成功した。日本のISPは
はるばるアメリカ西海岸まで接続する必要がなくなり、東
京の集約点まで接続すればいいことになったので、支払う
総額が安くなった。
同じことがアジア諸国やオーストラリアでも起こった。
数カ国分束ねてアメリカのISPとつなげたり、アジア域内で
のネットワークの集約点を設置することによって無駄なト
ラフィックを抑制することができた。その結果、アメリカ
まで行かずにアジア内で終始するトラフィックの割合も増
えた。
困ったのはアメリカのISPである。今までは接続したいと
やってくるISPから高額の接続料がどんどん入ってきたが、
相手は束になってかかってくるようになった。束での接続
を拒否すれば、別のアメリカのISPと接続すると脅されてし
まう。接続料がゼロになってしまうよりは相手の要求を飲
んで、少しでも収入があったほうがいいという選択をとら
ざるをえない。
殿様商売を反省したアメリカのISPは、東京やアジアの都
市までネットワークを確保し、接続点を設置した。ところ
が、日本では総すかんを食ってしまった。逆に「接続した
いならお金を払ってよ」と言われてしまうはめになったの
である。当然その背景には、アジアで急速に伸びるイン
ターネット利用者の増加があった。
06.11.21 4:24 PM
1/2
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/021203/02.html
2/3
ご意見・お問い合わせ | インフォメーション | トップページ | ビットリテラシー・トップページ
Produced by NTT Resonant Inc. under license from Wired Digital Inc.
06.11.21 4:24 PM
2/2
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/021203/03.html
FRONT DOOR
これまで触れてこなかったが、ISP同士の接続には、必ず
接続料のやりとりが必要というわけではない。同規模ISP同
士では、「ピアリング」といって、無料でトラフィックを
交換している。ピアリングの条件はそれこそケース・バ
イ・ケースだが、一つの重要な指標は利用者数である。100
万人の利用者を持つISPと同じく100万人の利用者を持つISP
ならば、両者の間で金銭のやりとりは行われず、どんどん
データの交換が行われる。
それに対し、規模に差がある場合には、小さいISPから大
きなISPに接続料が支払われる。このような接続料の支払い
を伴う接続を「トランジット」と呼び、相手が大きければ
大きいほど接続料は高くなる。したがって、小さなISPに
とっては同規模のISPとピアリングしながら、少し大きな
ISPからトランジットを買うのがコストを節約する方法にな
る。ところが、巨大ISPから遠ざかれば遠ざかるほど、トラ
フィックのスピードが遅くなる。大手ISPは、トランジット
の相手からのトラフィックよりも、ピアリングの相手から
のトラフィックを優先して処理することがある。上流の大
きなISPから遠くなるほど処理には時間がかかる。かくして
下流にあるISPはつらい仕打ちをうけることになる。
ネットワークの接続問題に詳しい坂本光氏によれば、こ
のピアリングとトランジットを決めるのは純粋な市場の
力、言い換えるならば顧客獲得力に他ならないという。政
府や誰かが格付けするものではない。小さなISPでも資金に
余裕があれば、大手ISPに多額の接続料を払い、自らのネッ
トワーク容量拡大のために投資し、その結果より多くの利
用者を獲得できれば、のし上がっていくことができる。し
かし、そうでなければどんどん地位を低下させることにな
る。ISPビジネスは弱肉強食になっており、弱小ISPはつぶ
れるか買収され、自然淘汰されていく。
実際、ピアリングからトランジットへの転落など、接続
関係の見直しは頻繁に行われている。それぞれ100万人の利
用者を持つISPがピアリングを行っていたとする。ある時、
06.11.21 4:24 PM
1/2
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/021203/03.html
片方のISPが利用者を失い、80万人しか持たなくなったとす
る。そうすると100万人のISPは80万人のISPに対して「デピ
ア・ノーティス」を出す。つまり、「ピアをやめる」、
「ネットワークを切断する」と通告するのである。80万人
のISPは接続を切られてはたまらないので接続料を支払うこ
とにする。ピアリングからトランジットへ転落したのであ
る 。
ISPの間に絶対的な格付けがあるわけではなく、関係は相
対的である。ISP同士の関係は民間の契約であり、役所に届
け出る必要はない。外部からみているだけではまったく分
からない。当事者たちは自社のルーター(トラフィックの
ルーティングを担うネットワーク・コンピュータ)に集ま
る情報を見て自分の周りの関係を把握することはできる
が、ネットワーク全体を見渡すことはできない。ISPのサバ
イバル・ゲームが毎日繰り広げられている。
これまでみてきたようなネットワークのダイナミズム
は、政府が支配してきたかつての電信や電話のネットワー
クとはまったく異なっている。インターネットは「ネット
ワークのネットワーク」というほどのんびりしたものでは
ない。
ネット・バブルの崩壊は、ネットワーク同士の生存競争
を激しくしている。物理ネットワークの構築と管理を行う
事業者、そして、その物理ネットワークを使ってサービス
を提供するプロバイダーの関係もまた流動的である。大容
量で安いネットワークを調達できるかでプロバイダーの競
争力が左右されるからだ。
3/3
ご意見・お問い合わせ | インフォメーション | トップページ | ビットリテラシー・トップページ
Produced by NTT Resonant Inc. under license from Wired Digital Inc.
06.11.21 4:24 PM
2/2