母子世帯の増加とFPが果たすべき役割

第2回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2011 年、日本FP協会)
《佳作》
母子世帯の増加とFPが果たすべき役割
豊岡 司
わかる。
(図 1 参照)
1.はじめに
ファイナンシャルプランナー(以下、FPとす
る)は、大きな可能性を持った職業である。その
一方、社会において十分な活躍の場が確保されて
いるとは言いがたい。
FPは、顧客の生活設計・人生設計における金
融面の問題について助言・提案を行い、総合的な
コンサルティングを行う専門家である。しかしな
がら、
現在のわが国において、
理想の設計を立て、
それを順調に履行できる家計はどれほど存在する
のであろうか。私は、
「将来どうなりたいかを設計
する」以前に、
「まずは明日の生活をどうするか」
を不安に感じながら生活している人々は少なくな
く、FPが今後普及していくためには、こうした
人々に対してアプローチを行っていく必要がある
と考えている。
現在の日本では、多くの母子世帯が不安と問題
を抱えている。私自身、母子世帯に育ち、身を持
ってFPの必要性を感じてきた。本稿では、その
現状に着目し、FPによる支援の必要性と、今後
さらにFPを普及させるための方策について、わ
が国のFP事情とともに論じていく。
図 1 児童の有(児童数)無別にみた世帯数の構
成割合の年次推移
出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」
2.母子世帯の現状
(1)増加する母子世帯
総務省の国勢調査によると、
「未婚、死別又は離
別の女親と、その未婚の 20 歳未満の子供のみか
ら成る一般世帯(他の世帯員がいないもの)
」いわ
ゆ る 母 子 世 帯 の 数 は 、 平 成 17 ( 2005 ) 年 で
749,048 世帯となっており、平成 12(2000)年の
625,904 世帯と比べて 19.7%の増加となっている。
また、厚生労働省の国民生活基礎調査(以下、
「基礎調査」と略す)によると、平成 18(2006)
年において、児童(18 歳未満の未婚の者)のいる
世帯は 1,297 万 3 千世帯、全世帯に占める割合は
27.3%となっている。平成 18(2006)年は出生
数が増加したことで、児童のいる世帯は前年より
も若干増加したものの、20 年前の昭和 61(1986)
年の 46.2%と比較すると、大きく低下しており、
子供のいる世帯は長期的には減少傾向にあるとい
える。児童が 2 人又は 3 人以上いる世帯の全世帯
に占める割合は、児童 1 人の世帯よりも減少幅が
大きく、世帯内の児童数も減少傾向にあることが
1
注目すべきは、子供のいる世帯数が減少傾向に
あるにもかかわらず、母子世帯数が増加している
ということである。これは、子供のいる世帯にお
いて母子世帯の割合が増加していることを意味し
ている。また、厚生労働省による全国母子世帯等
調査(以下、
「全国調査」と略す)によると、平成
18(2006)年の母子世帯の母の平均年齢は、39.4
歳、末子の平均年齢は、10.5 歳となっている。
(2)悪化する家計
平成 18(2006)年の「基礎調査」によると、母
子世帯の1世帯当たり平均所得金額は、211 万 9
千円、世帯人員1人当たり平均所得金額は、81 万
3 千円となっている。これは、全世帯の1世帯当
たり平均所得金額 563 万 8 千円、世帯人員1人当
たり平均所得金額 205 万 9 千円及び高齢者世帯
の1世帯当たり平均所得金額 301 万 9 千円、世帯
人員1人当たり平均所得金額 189 万円に比べて
低い水準となっている。月収換算すれば約 18 万
円である。当然ながら、その暮らし向きは苦しい
ものであり、意識調査においても他の世帯と比較
して顕著な差がでている。
(図 2 参照)以上から、
母子世帯の家計は他の世帯と比較して非常に苦し
い状態に置かれており、さらに長期的に増加傾向
にあることがわかる。
第2回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2011 年、日本FP協会)
図 2 暮らし向きについての意識
出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」
(図表
1-1-4)
ある。福祉制度等を活用するべく必要な知識を提
供するとともに、その拡充を求めていかねばなら
ない。
(ここではこれを「共感」と呼ぶ。)しかし、
「共感」だけでは根本的な解決にはならない。F
Pは、この困難な状況を少しでも改善し、脱出を
図るためにどうすべきか、
「母子」に考えさせなけ
ればならない。単に知識・福祉の提供だけでは、
甘えが生じてしまう。母子世帯の現実に対し、共
に頭を悩ませ、励まし続け、闘わせなければなら
ない。
(ここではこれを「共闘」と呼ぶ。
)そこに
こそ、FP普及の可能性がある。
3.日本におけるFP事情と課題
日本において、FPの認知度は低いと言わざる
をえない。FPという職業は知っていても、具体
的にどのような仕事をするのかもまだ十分には知
られていない。報酬を払ってお金の相談をすると
いうこと自体、日本にはあまり馴染みのないこと
のようである。しかし、普及が進まない原因は、
普及させるべき対象に問題があるからである。
そもそも、FPへの相談内容は、余裕資金の運
用というイメージが強い。
(ここでは、余裕資金を
持つ層を富裕層、持たない層を貧困層とする。)富
裕層は、自身にとって有益な情報を得るための多
くの機会に恵まれている。例えば、マネー雑誌の
定期購読・各種セミナーへの参加などが挙げられ
る。こうした情報に触れる経済的・時間的余裕が
ある。正直なところ、FPというパートナーがい
なくとも「その気になればなんとでもできる」の
である。
しかし、貧困層はそうはいかない。日々の生活に
追われ、自己啓発に費やす時間も経済的余裕も持
ちにくい。母子家庭の母親にいたっては、仕事を
しながら子供の面倒を見て、さらにその中でセミ
ナー等に参加しスキルアップを図ることは容易な
事ではない。
母子世帯は、こうした現実を乗り越えてゆかな
ければならない。そこで、ライフプランニングを
通して母子をサポートする存在が必要であり、こ
の役割をFPが担うべきなのである。すなわち、
地域と積極的に連携して自立支援の先頭に立つ、
地域のセーフティネットとしての役割である。F
Pは「母子」と協同してライフプランニングを行
い、現状を把握、
「母子」に対して各種情報提供と
金融教育、家計管理を行う。重要な事は、親だけ
でなく子に対しても、今後のライフイベントであ
るとか、家計の問題点を認識させ、家計の改善に
積極的に関与させる。
次章では、
FPを普及させ、
そこで提供するべき方策について考察する。
(3)相談相手
「全国調査」では、母子世帯の相談相手につい
ての調査も行われている。平成 18(2006 年)の
調査によると、困った時に相談できる存在の有無
は、
「あり」が 76.9%、
「なし」が 23.1%となって
いる。
「なし」のうち、67.9%が「相談相手が欲し
い」と回答しており、相談したい内容は、
「家計」
が 46.3 %、
「仕事」が 18.1 %、
「住居」が 12.8 %
と、家計についての不安を相談できる存在が求め
られている。
相談相手が「あり」の割合は高いが、その多く
は「親族」であり、母子自立支援員や公的機関を
利用する割合はかなり低い。
(図 3 参照)日本で
は未だ母子世帯であるというだけで、偏見の目を
持たれる場合も少なくなく、
家庭環境について
「知
られたくない」
などという理由で周囲から孤立し、
家族内で何とか解決を図ろうとする世帯が多いこ
とが原因として考えられる。しかし、親族から専
門家と同等のアドバイスを受けているとは考えに
くく、その多くは資金援助を受けているのみと思
われる。家計相談の結果が、単なる資金援助で終
わってしまうようでは、根本的な解決にはならな
い。継続的に母子の相談に乗り、支援していく人
と場所の存在が必要であるといえよう。
図 3 相談相手の内訳
出所:厚生労働省「国民生活基礎調査」より
筆者作成
(4)FPに求められるもの
相談を受ける前提として、FPはまず、母子世
帯の現実を十分に理解することから始めるべきで
2
第2回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2011 年、日本FP協会)
も貯蓄に回すことができ、ゆとりある生活を送る
ための仕組みを、FPが中心となって確立してい
かねばならない。地域に暮らす母子世帯が抱える
問題と将来への不安を、FPが身近な存在として
サポートする。そのサポート体制を確立すること
で、活躍の場は広がり、FPは飛躍的に普及する
はずである。FPの認知度が低い今こそチャンス
である。
4.普及のために
(1)個人単位での活動
FPはもっと「私はFPである」という看板を
掲げるべきだ。金融業界または士業事務所でダブ
ルライセンスとしてFP資格を保有しているケー
スが多く、FPとして事務所を構えるケースは少
ない。日本FP協会による平成 22 年度ファイナ
ンシャルプランナー実態調査によれば、FP会
社・事務所の経営者、従業員の割合は全体のわず
か 1.9%にとどまっている。看板の無いところに
人は集まらない。自分の生活している地域の FP
はどういう人物なのか、まずは知ってもらわない
ことには始まらない。
FPは、母子世帯全体(
「親子」
)を対象とする
セミナー・相談を実施する。セミナーでは、現実
を把握させるため、ライフイベント表を作成させ
る。教育資金などに、いつ・いくらかかるか、親
子がわが家の家計について共通の認識・危機を持
つことが重要である。セミナーは、土日・あるい
は平日夜など、できるだけ参加しやすい日程を組
むことが望ましいが、多くの母親が多忙であるこ
とを考慮し、場合によっては各家庭へ個別に出張
相談を行うことも検討すべきである。
(2)組織単位での活動
母子世帯にとって、専門的な支援者・同じ問題
を抱える仲間による支えは必要不可欠である。母
子世帯の意欲を向上させ、将来について考えるた
めの相談事業を行う団体が設置されているケース
があるが、組織の小ささ・人材不足等の理由によ
り、十分にその役割を果たしているとは言えず、
支援は限定的なものにとどまっている。そこで、
日本FP協会の各都道府県支部が先頭に立ち、地
域の公的機関(母子家庭等就業・自立支援センタ
ー等)と連携し、これを組織的・永続的な事業と
して展開する。
【参考文献・参考ホームページ】
・杉本貴代栄・森田明美編著『シングルマザーの
暮らしと福祉政策』ミネルヴァ書房、2009 年
・子どもの貧困白書編集委員会『子どもの貧困白
書』明石書店、2009 年
・厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/index.shtml
・日本FP協会ホームページ
http://www.jafp.or.jp/consult/01.shtml
5.おわりに
FPは「家計のホームドクター®」
(日本FP協
会)とも言われる。医者の仕事は病気を治すこと
である。一見、健康そうな患者(家計)に対し、
その隠れた問題(病気)を早期発見し、適切なア
ドバイスを行うことは重要な仕事である。
加えて、
目の前で問題を抱え苦しんでいる家計があること
も見過ごしてはならない。FPは、
「お金を殖やし
てくれる人」ではなく「お金を守ってくれる人」
として認識される必要がある。
給料を受け取っても、日々の生活で右から左へ
流れてしまい結果として手元に何も残らないよう
では、何の励みもなく、母子ともに不安が募るば
かりである。子どもの成長に合わせ、毎月僅かで
3