第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) 《佳作》 金融犯罪に関するFPの社会的貢献と役割についての提言 小林 仁志 1.はじめに 2013 年 1 月 31 日警視庁が公表した調査による と、平成 24 年度の特殊詐欺の被害総額は約 363 億円と過去最悪を記録した。 特殊詐欺とは、オレオレ詐欺、還付金詐欺、架 空請求詐欺などの「振り込め詐欺」と無価値又は 架空の未公開株・社債や外国通貨等について虚偽 の情報を提供し、 購入を名目に金銭を騙し取る 「金 融商品等取引名目の詐欺」などの総称である。 これらは個人が汗水たらして得たお金が悪辣な 犯罪行為によって一瞬にして奪われる。この種の 犯罪は特に 65 歳以上の高齢者が標的とされてい る。高齢者を狙った手口はこの犯罪に共通した傾 向でもある。被害者のなかには、退職金や住居の 増改築のために蓄えていた資金を失い、老後の生 活設計を狂わす深刻な場合も多い。 私達はこの種の犯罪を「被害者の自己責任」と 片づけてしまうのは簡単なことである。しかし警 察での取締り強化や防止活動およびマスコミなど の注意喚起が行われているにも拘らず、この事犯 は毎年繰り返され一向に後を絶たないばかりか、 認知件数や被害額も増加傾向にある。私達は今や この現状を直視すべき社会問題と理解すべきであ る。 このような状況の下に FP として「何が出来る のか、またどのようにすべきなのか」について論 じてみたい。そのために、「2.金融犯罪の実態と その対策」についての現状を把握し、「3.社会的 背景とその要因」では、特に高齢者が被害者とな る背景に高齢化と独り暮らしに関係があること、 及びこれは高齢者だけに留まらず日本人に共通し ている危機意識の低下や金融知識の不足などの要 因を挙げ、 「4.FP の社会的貢献と果すべき役割」 では、FP がこの活動に対し積極的に関わってい く必要性を具体的に述べていきたい。 については再び増加し始め、平成 24 年におい ては被害総額が対前年比で 27%増加の 161.6 億円、認知件数も微増に転じている。更にこの 傾向は、昨年の「金融商品等取引名目の詐欺」 が急増したこともあり全体として特殊詐欺を 押し上げた結果となっている。 (図表-1)振り込め詐欺の被害総額と認知件数の推移 (出所:警視庁発行の警察白書より筆者作成) 被害者の年齢層は、架空請求詐欺で 20~30 代 の若年層が一部に見られるものの、 オレオレ詐欺、 融資保証金詐欺(融資を受けるため保証金の名目 で、指定した銀行口座に現金を振込ませる詐欺行 為) 、 還付金詐欺などは圧倒的に高齢者で占められ ている。 この他にも高齢者を狙った犯罪は多岐に及 んでいる。具体的には、住宅リフォーム工事等 を高額な値段で請負う点検商法、高額な布団を 売り付ける押し付け商法、シロアリ詐欺、かた り商法、開運商法、更に新しい手口の貴金属な どを強引に買い取る押し買い商法、等々枚挙に 暇がないほどである。 因みに、振り込め詐欺のような事犯について欧 米や主要アジア諸国では、発生件数は皆無でない ものの極めて限定的であり、少なくとも日本のよ うな社会問題化には至ってない。 その背景としては、決済手段が一般的に小切手 やクレジットカードなど、いわゆる「キャッシュ レス社会」である。また銀行振込みにおいても新 規の振込先の場合は登録手続きを要すため送金を 2.金融犯罪の実態とその対策 警視庁の調べによると、金融犯罪のうち特殊 詐欺と分類される「振り込め詐欺」については、 図表-1 の通り、 官民一体の予防活動が奏功し、 平成 20 年を境に被害総額・認知件数ともに大 幅な低下を示している。しかしながらそれ以降 1 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) 3.社会的背景とその要因 内閣府が発行した平成 24 年度の「高齢社会白 書」によれば、平成 23 年 10 月 1 日現在、日本の 65 歳以上の高齢者人口は、 過去最高の 2,975万人、 高齢化率(総人口に占める割合)も 23.3%に達し ている。 この高齢化は 30 年前の約 3 倍と上昇著しく、 世界に類を見ないほど急速に進んでいる。 それに比例し高齢世帯数も増加傾向にある。 図表-2 で示す通り、一般世帯総数に対する高 齢世帯比率も 2010 年の場合、30 年前(1980 年)と比べ約 2.5 倍に上昇し、そのうち単独お よび夫婦のみの世帯も確実に増加している。 急がせる振り込め詐欺のような犯罪は成立し難い。 更に欧米の家庭においては、子供の自立を促す目 的から大学入学以降の学費援助は一切しない親が 一般的なため、子供を装った詐欺行為も起き難い 環境といえる。 わが国における対策としては、警察による犯罪 者の検挙や犯罪利用預金口座の凍結等の取締り強 化の他、警察庁を中心に金融機関、マスコミ、公 共団体等と連携した未然防止への取り組みも行わ れている。 具体的には、 「振り込め詐欺の撲滅に向けた全国 官民連絡会議」の開催や高齢者に対する被害防止 対策の一環としてコールセンターの設置、防犯教 室の実施、テレビ等のマスコミやバスなどの公共 交通機関を通じ振り込め詐欺に関する注意喚起な ど、広報啓発活動を官民一体となって積極的に進 めている。 (図表-2) 一般世帯数及び高齢世帯数(家族累計別)推移 (千世帯) 60,000 実績値 ← → 推計値 50,000 一般世帯総数 40,000 30,000 20,000 高齢世帯数 その他 10,000 夫婦のみ 単独 0 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030 (年) (出所:内閣府の「高齢社会白書」の資料を基に筆者作成) 2012 年 9 月に公表された日本銀行調査統計局 の「資金循環の日米欧比較」レポートによれば、 図表-3 の通り、現預金の保有割合は日本の 55.7% 更にもう一つの背景としては、日本の個人金融 資産のうち現金・預金に占める割合が欧米と比べ 際立って多いことである。 2 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) に対し、米国 14.7%、ユーロ圏 35.7%(ユーロ諸 国の平均)であった。しかも金融資産総額(約 1,515 兆円)のうち 60%以上は 60 歳以上の高齢 者が保有している。 (図表-3) (出所:2012 年 9 月 26 日公表された日本銀行調査統計局の「資金循環の日米欧比較」レポートより筆者作成) 付いてないため、リスク許容度が低い投資行動 をおこすと考えられる。このように「リスクは 冒したくない」と考える反面、悪質業者等の口 車に乗っていとも簡単に騙されることなどは、 全ての場合に当て嵌まらないものの金融のリ テラシー(金融に関する知識や能力等)がいか に低いかを裏付ける遠因とも考える。 「高齢化が進み独り暮らしや夫婦だけの世帯が 増加していること」 、 「この世代の人は金融資産を 多く持っており、それも直ぐに何時でも用立て可 能な現預金を保有していること」などは、この年 齢層が最も狙われる背景とも言える。 またこの世帯は、 「近所付き合いや世の中の動き など、地域や社会全体に対する関心が希薄になっ ている」 、 「子供世代と別居している事や IT 機器 の操作が不慣れな事などから、インターネット等 の情報ツールを活用した生活も定着していない」 など、入手すべき情報量は絶対的に少ないことも 想像できる。更にお年寄りは、 「身体的・肉体的衰 えに伴う判断力の低下」 、「今まで安全に暮らして きた経験値の範囲で物事を判断する傾向」などあ るが故 「治安の悪化や犯罪の手口が変わった場合、 新しい事象への気付きの遅れや対応力も劣る」な どの点が容易に推測される。 もう一つの要因は、全ての世代に共通した問 題でもあるがお金に関する基本的な知識の不 足である。前述のとおり個人金融資産の保有構 成において、日本人は現預金などの安全資産が 欧米と比べ圧倒的に多い。裏を返せば、日本人 はリスク資産などの投資に対し消極的である。 これは投資に関する知識や能力が十分に身に 欧米では既に学校で金融の基本的知識・お金の 管理・適切な投資判断等の金融教育が一般的に行 われている。中には必須科目として授業に取り入 れている学校も多い。 一方、日本においては、平成 17 年日本銀行が 金融教育に関する意見書を提出したが、残念なが ら単なる努力指針のため、具体的な実施までには 至っていないのが現状である。 わが国の金融教育の不備も含め、これら上述の 事象はこの手の犯罪を助長する一つの要因ともな っている。 4.FP の社会的貢献と果すべき役割 では FP としては何が出来るのか。それは、警 察を中心に官民一体で進めている振り込め詐欺や 悪徳商法の被害を未然防止する活動に FP が参加 3 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) することである。 FP は顧客の資産設計を行う際、病気や怪我な どの出費については万一を想定した保険を組入れ る。しかし詐欺行為などの損害については、保険 の対象外である故、事は深刻である。 家計のホームドクターとしては、個人財産の保 全を支援する観点から、これらについても適切な 予防措置を講じることが大切である。 FP が参加する場としては、全国の警察が実施 している「防犯教室」である。防犯教室では犯罪 の手口や事例の紹介および寸劇などを通じて防犯 の注意喚起を行っている。FP はその防犯教室の 中に金融教育のコーナーを設け、そこで啓発活動 を行うのである。お金の専門家による講演を加え ることは、防犯に対する一層の抑止力となり防犯 の注意喚起と合わせた相乗効果が大いに期待でき る。 教育内容については、経済や金融の基本的な仕 組みや原理などの基礎知識を主なテーマとする。 その目的は犯罪の未然防止のために必要な対応力 や判断力を養うことにある。 「所得税や住民税、 医療費控除分などが戻ります」 と税務署や市役所の職員を装った還付金詐欺に遭 遇しても騙されないことを期待する。 この講演の主な対象者はお年寄りである。それ 故、使う教材の中味は、見易い大き目の文字、少 ない字数、絵やイラストなどを駆使し、出来るだ け万人が理解できるレベルの内容とする工夫が必 要である。結びとしては、 「世の中には、絶対に儲 かるといううまい話はない!」を最大のテーマと することである。 この活動を実現するためには、FP 協会が主体 となって警視庁に対し連携の働きかけを行い、イ ンストラクターの派遣や教材の提供など全国規模 で展開する実行プランの提示が必要と考えるが、 この取り組みを是非期待したい。 この取り組みが全国規模で実施されれば、点と しての FP の活動はやがて面となって広がって行 くように、FP の認知や活動の普及・浸透に必ず 貢献していくものと信じたい。 5.まとめ 私はこの間、久し振りに会社を退職した同僚に メールを送った。 「私は FP に関するビジネスを立上げた」と近況 報告をしたところ、その同僚から「Facebook は使 っていないので分らない」という意味不明の返信 があった。実際、FP はフェイスブックのように 遍く世界中に知られる存在には未だ至っていない。 しかし FP の認知度を高めるためには、この様な 草の根の活動を全国規模に拡大かつ継続して行っ ていく努力が必要と考えている。 FP の数は、協会の調べで平成 24 年 12 月 1 日 現在、CFP・AFP を合わせ 172 千人を超えてい る。国の金融教育も早急な制度化が待たれるが、 もし全国の教育現場において義務化がなされれば、 「防犯教育」同様に、これらのプログラムは全国 にいる多くの仲間がインストラクターとして活躍 できる絶好のチャンスを得るのである。 この提言は、FP が国民の金融に関するリテラ シーの向上支援の機会を多くの場で与えられるこ とで、FP として重要な役割を担う自覚と専門家 としての自信が形成され、併せて FP の普及と認 知に資するための一策となると、私はそう確信し たい。 主な教育メニューは、①物価、②金利、③金融 商品、④金融リスク、⑤金融相場(為替・株式・ 債券相場等) 、 ⑥為替(円高・円安、 為替ヘッジ等) 、 ⑦税金、などについて簡単な解説と仕組みの説明 である。 次に一例を挙げてみたい。①物価(インフレ・ デフレ) については、 インフレとデフレの解説で、 例えばデフレの場合、 「物価が下がると、物が安く 買えて歓迎すべき現象なのに、どうして給料が下 がるのか?」など基本的な疑問に答えるため、こ こではデフレスパイラルを図解する。②金利につ いては、政策金利(日銀が市中銀行に貸出す際に 適用される金利)の説明、および「現在の金利水 準を日常的にウォッチする」必要性を説く。現在 の金利水準を知ることで、例えば、年率 7%の高 利率や高配当を謳った金融商品の勧誘があっても 「この話は怪しい」と気付くことができるのであ る。④金融リスクについては、例えばハイイール ド債券などの高金利の金融商品を例に、 「債務不履 行の危険性が大きい債券などの理由から一般的に 高金利である。しかしその裏には必ず高いリスク が潜んでいる」など、その理由も含め「ハイリス ク・ハイリターン」の意味を解説する。これによ り「元本や高利回り保証」という言葉に惑わされ ない効果を期待する。⑦税金については、所得税 の仕組みや概要などの説明の中で「所得税の源泉 徴収税額などの還付を受けるためには申告が必要 である」などを強調する。これを知ることにより [参考文献・ホームページ] ・内閣府「高齢社会白書」印刷通販㈱ 平成 24 年度版 ホームページ: 4 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper ・警視庁「警察白書」 佐伯印刷 平成 23 年度版 ホームページ: http://www.npa.go.jp/hakusyo/h24/index.html ・勝間和代「お金は銀行に預けるな」光文社新書 2007 年 ・鈴木雅光「金融犯罪」㈱実業の日本社 2002 年 ・中西崇「60 歳からの防犯手帳」集英社 2004 年 ・日本FP協会 ホームページ:http://www.jafp.or.jp 5
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