システム生物学者育成プログラム 生命現象をシステムレベルから解析することをめざした 実 施 機 関:慶應義塾大学理工学部(代表者:稲崎 一郎) アプローチは国内には他になく,ポストゲノム研究の柱に なるものと期待されてはいるものの,国内の研究者人口は 多くない。本計画では学部・大学院を通じたカリキュラム を提供し,この分野に貢献できる人材を短期間で養成でき I. 人材養成の全体計画 る。 1. 人材養成の趣旨 a. 現状の認識 2. 人材養成の概要 ・ゲノムの機能解明の分野では,全体として我が国は a. 養成業務の従事者について(常勤,非常勤,新規採用等) 欧米に大きな遅れをとっている。 平成 17 年 4 月以降の作業従事者と職位は以下の通りで ・ポストゲノム分野でのアプローチとしてはシステム ある。 生物学,バイオインフォマティクスなどに注目が集まっ 1. 天野 英晴 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) ているものの,我が国の当該分野での人材育成は組織的 2. 井本 正哉 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) に行われていない。欧米,特に米国に対して遅れをとっ 3. 太田 博道 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) ていることは否めない。早急に,速効的および長期的な 4. 大浪 修一 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・助教 人材育成プログラムの実施が必要である。 授) ・システム生物学はまだ新しい研究分野ではあるもの 5. 岡 浩太郎 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) の,我が国で先導して研究が行われてきた分野でもあり, 6. 北野 宏明 ( 非常勤・慶應義塾大学理工学部・教 今後の展開が期待される。また計算機科学,分子生物学 授) との学際研究として,新規産業の芽を多く生み出す可能 7. 榊原 康文 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) 性を有する。 8. 佐藤 智典 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) 9. 富田 豊 b. 人材養成目標 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) 10. 星 元紀 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) ポストゲノムへのアプローチとして注目されるシステム 11. 松本 緑 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・助教 生物学に関する基礎知識と技術(計算機科学と分子生物学 を中心とした生物実験)の双方に通じた人材を短期間で養 授) 成する。 12. 柳川 弘志 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・教授 ) (1) 学部レベル:システム生物学に関わる知識と技術の実習, 13. 稲崎 一郎 ( 常勤・慶應義塾大学理工学部・学部 講義を通じての教育 長) ・学部教育では,化学,物理・情報,数学を基礎にお b. 養成対象者について(選考方法等) き, 生 物 を 理 解 す る 方 法 と し て 生 物 実 験 と 計 算 機 科 学 ・学部学生:平成 16 年度は他大からの 2 年生編入お よ び 理 工 学 部 1 年 生 の う ち, 学 門 3( 化 学 系 ), 学 門 5 (シミュレーション等)を習得させる。 (2) 大学院レベル:個別研究テーマを通じてのシステム生物学 ( 情 報 系 ) よ り, 計 46 名 を 本 人 の 希 望 と 主 に 1 年 次 の に関する on the job training 成績を勘案して選抜した。これらの学生に対し生命情報 ・個別テーマについて経験と知識を深めながら,シス 学科において本プログラムに則った 2 年次の教育を行 テム生物学の他の分野の研究者と共同研究が行えるレベ う。また,平成 17 年度の在籍は,3 年次 49 名,4 年次 ルを目指す。 43 名であり,平成 18 年度対象者としておおよそ 45 名 (3) ポスドクレベル:システム生物学に関わる課題を自ら設定 し,後進の指導も可能である人材,または産業界において自 らバイオベンチャの立ち上げが可能であるような人材の養成 の選抜を予定している。 ・大学院学生:理工学研究科基礎理工学専攻生命理工 学 専 修 を 中 心 に, 大 学 院 AO 入 試( 修 士:6 月,9 月, ・計算機科学または生物学で学位を取得したポスドク 博士:7 月,3 月)により選抜した。これにより本プロ に専門以外のシステム生物学関連分野について知見を広 グラム従事者の研究室への学生数は修士 1 年生が 31 名, める。 博士 1 年生が 3 名となる。 c. 本プログラムの特徴 ・ポスドク:既に着任している 8 名のポスドクのうち - 624 - 2 名が養成課程を修了した。これに伴い,本年度人材養 ミックスを開始するために,ヒトデ精子の蛋白質を分子量 成対象者 2 名を新規任用する。 により分画したのち,MAS で分子量を計算し,同定する。 なお,選抜された修士学生および博士課程学生の修了 (教育効果:種々の計測器機を用いた構造生物学研究手法 については,履修課目履歴(基本的には履修科目は本業 に関して理解させる) 務担当者が履修申告時に点検し,課目履修について指示 (5) システム生物学の理論・モデル構築法の開発 している)および修士論文,博士論文についての口頭試 問を通じて判定を行っている。 来年度は,本年度までの成果を総合し,ロバスト性にも とづくシステマチックな外乱の与え方とシステム制御,さ c. 人材養成の実施内容について らには,ロバストシステムとしての免疫系の理論的枠組み (1) シンポジウムの開催 の構築を行う。人材育成面では,昨年採用した PD を中心 本育成プログラムの成果と進捗状況についてのシンポジ に,理論的枠組みを構想できさらに分子レベルの詳細を議 ウムを開催し,成果を公表するとともに,本プログラムに 論 で き る 人 材 の 育 成 に 注 力 す る。( 教 育 効 果: 理 論 構 築, 関する意見を吸い上げる。事業担当者による教育的講演の プログラム作成とその実行,評価について教育する) 他に,ポスドクによる研究紹介,「システム生物学におけ (6) 転写制御解析方法の開発 る学部・大学院カリキュラム」等について議論する場を設 ける。 分子生物実験系とバイオインフォマティクス,および並 列ハードウエアシステムが本プロジェクトの 4 年間で培っ 以下(2)より (13) は主に大学院修士・博士課程学生にお てきた技術を基盤として共同作業を行うことにより,複雑 けるプロジェクト研究(on the job training)の一環として, な転写制御メカニズムをシステムバイオロジー的アプロー 事業担当者がシステム生物学の要素技術開発を行ったもので チにより解明することを目指す。転写制御の時空間的ネッ ある。 トワークをモデル化し,そのモデルの正当性を実験により (2) システム生物学に資するイメージング技術の開発 検証して,最終的に転写制御メカニズムについて生物学的 複数の異なる蛍光タンパク質ラベル細胞骨格タンパク質 に正しく説明のできるネットワークモデルを作り上げてい を細胞内に共発現させ,それらの移動および細胞内での重 く。(教育効果:計算機科学をバックグラウンドとする学 合・脱重合について解析を行う。具体的には培養繊維芽細 生にウェットバイオロジーの現場を理解させる) 胞中に蛍光アクチン,および蛍光チューブリンを導入し, (7) 線虫胚発生システムの解明 細 胞 運 動 に 伴 う 骨 格 系 動 態 を 追 跡 す る。 ま た 混 合 蛍 光 イ 最終年度においては,大規模な分裂パターンデータを解 メージを波長分解するためのハードウェアとソフトウェア 析するバイオインフォマティクス的解析手法の開発を重点 を完成させる。(教育効果:イメージング技術と計算機シ 的に行う。開発した解析手法を用いて,本年度までに取得 ミュレーションの双方を養成対象者に教育する) したデータを解析し,線虫胚発生システムの一端の解明を (3) 細胞内タンパク質相互作用解析方法の開発 目指す。分裂パターンデータについては Web 公開を進め これまでにタンパク質 C 末端蛍光標識法および蛍光相 る。また,本研究課題中に開発した大規模生物学データの 関分光法によって細胞内で得られたタンパク質の挙動に関 解析アルゴリズムについては,その世界的普及を目指した するデータを検証するために,生化学的手法を用いた解析 活動とアルゴリズムの理論的基盤の整備を行う。更に,分 結果と比較し,蛍光相関分光法の有用性について調べると 裂パターン測定装置による定量測定とコンピュータミュ ともに,C 末端蛍光標識法の有用性について確認するため レーションを活用した解析の本年度までの成果を発展さ に, こ れ ま で に GFP 融 合 タ ン パ ク 質 で 得 ら れ た デ ー タ と せ,線虫胚の第一分裂の非対称な分裂面を決定する機構を の比較・検討を行う。また,細胞内での蛍光相互相関(2 解明する。取得したデータの公開を進める。具体的には 1) 色)を利用してタンパク質間相互作用を測定する技術を完 遺伝子機能を破壊した初期胚の細胞分裂パターンデータを 成 し, プ ロ テ イ ン チ ッ プ 法 や IVV 法 に よ り 試 験 管 内 で 得 クラスタリング法,ペア相関法,その他新たに開発する手 られた相互作用を細胞内で検証する。(教育効果:実験を 法を用いて計算機解析し,線虫胚発生システムにおける各 通して大規模網羅的な実験技術のうち,特にインターラク 種遺伝子の機能を同定する。2) コンピューターシミュレー トームについて理解させる) ションを活用し,線虫初期胚の第一分裂の分裂位置の決定 (4) 受精におけるシグナル伝達のシステム生物学的解析 機 構 を 解 明 す る。3)DBRF-MEGN 法 を 理 論 的 に 検 証 す る。 ARIS 分子の全体構造は分子間力顕微鏡観察をさらに進 4) 遺 伝 子 機 能 を 破 壊 し た 初 期 胚 の 細 胞 分 裂 パ タ ー ン デ ー め て, 数 珠 状 の 全 体 構 造 を 明 ら か に す る こ と を 目 指 す。 タ の 一 部 を 公 開 す る Web サ イ ト を 整 備 す る( 教 育 効 果: Asterosap P15 は海水溶液中で,αヘリックス構造をとる イメージング技術と計算機シミュレーションの双方を養成 可 能 性 を が, 計 算 機 モ デ ル,CD お よ び NMR か ら 推 測 す 対象者に教育する)。 る。Asterosap とその受容体の結合様式をモデル化するた (8) システム生物学に特化した計算機ハードウェア開発 め に, 受 容 体 の X 線 解 析 を 行 う。 ヒ ト デ 精 子 の プ ロ テ オ - 625 - バイオインフォマティクス用リコンフィギャラブルアク セラレータ ReCSiP 上のマルチモデル生化学シミュレータ ア リ ー ル マ ロ ン 酸 脱 炭 酸 酵 素 お よ び Sulfolobus を完成する。SBML 記述からの変換を含め,ハードウェア tokodaii の エ ス テ ラ ー ゼ, ア ミ ダ ー ゼ の セ ミ ラ シ ョ ナ ル 生成の完全自動化を実現する。また,常微分方程式の解放 な改変を行う。前者については「エノラート中間体」とい アルゴリズムを改良すると共に,確率モデルシミュレータ うキーワードでどこまでの酵素反応に拡げることが可能で の統 合 を 行 う。 ま た,ReCSiP ボ ー ド を 量 産 し, 共同 研 究 あるか探る。後者については典型的な加水分解酵素の基質 者に配布して実際の利用を通してのフィードバックを行 特異性を分けているものは何であるか理解することを目的 う。(教育効果:計算機科学をバックグランドとする学生 とする。さらに,大腸菌による発現がコドンに依存するこ にシステム生物学シミュレーションの方法に関して理解を とがしばしば見られるが,その理由について情報科学的考 深めてもらう) 察を具体的な酵素の発現で確かめ,規則性を見出したい。 (教育効果:ケミカルバイオロジー分野での情報生物学的 (9) ケミカルプロテオミクスによる個別生命現象解析 今年度までにカタログ化したレプトマイシン感受性をク ローニングし,細胞に発現させてレプトマイシン誘導性細 考え方について実験を通して試行錯誤的に理解させる) (13) システム生物学の医用への展開 胞死の抑制を指標にアポトーシス制御タンパク質を同定す 人の運動時の運動神経系ネットワーク(解剖的な結合の ることを目指す。また,レプトマイシン以外の生理活性物 みならず,機能的結合を含めて)について調査する目的で, 質を用いて,その標的タンパク質の同定や情報伝達経路の 主として静止時のネットワークについて調査してきた。そ 解析などの個別生命現象解析をケミカルプロテオーム解析 の結果,大脳運動野と筋肉の賦活について,その結合を非 で進展させることを目指す。これらを進展させることによ 侵襲的に観測する手法を見出した。また,同時に計測結果 り,ケミカルプロテオーム解析を用いたシステム生物学的 を処理するための統計的手法も見出した。2004 年度の研 アプローチが個別生命現象解析研究の優位性を提示するこ 究の結果,下位運動神経と下位感覚神経についての関係を とに な る。( 教 育 効 果:2 次 元 電 気 泳 動 法 と 質 量 分 析 計 を 見出したので,最終年度は人が最も一般的に行う運動のひ 用いた解析方法に関して実験手技を身につけさせる) とつである歩行時のネットワークについて調査する。脳卒 (10) 糖鎖ライブラリー作成 中片麻痺患者の歩行を改善する新たな手法の開発が期待で これまでに開発した糖鎖プライマーを用いて細胞で作ら きる。(教育効果:電気生理学データの定量的な取り扱い せた種々のオリゴ糖鎖の構造解析を質量分析装置により について理解させる) 行 う。 ま た 迅 速 な 構 造 解 析 を 目 指 し て 液 体 ク ロ マ ト グ ラ (14) システム生物学とその関連分野の調査 以下の分野について調査を行う。 フィー (LC) およびキャピラリー電位泳動 (CE) を質量分析 装置に接続したシステムを構築する。次に,細胞に作らせ ・生体触媒に関する調査 た糖鎖ライブラリーを利用して糖鎖マイクロアレイによる ・転写制御解析方法に関する調査 ・プラナリアにおける無性生殖と有性生殖の転換およ 糖鎖認識タンパク質の網羅的な検出システムを作る。さら び糖鎖生物学に関する調査 に は,糖鎖の機能を利用した遺伝子のデリバリーシステ ・プラナリア生殖形成へのステロイドホルモン受容体 ムや感染阻害剤の開発を行う。(教育効果:糖鎖生物学の 方法論について理解を深めさせる) の関与に関する調査 ・進化分子工学的手法による酵素活性向上に関する調 (11) 生殖機構転換システムのシステム生物学的解析 査 既に作成している有性化個体の DNA マイクロアレイを ・ケミカルプロテオーム解析に関する調査 用 い て, 有 性 化 段 階 の mRNA に 対 し て 解 析 を 行 い, 有 性 ・線虫胚発生システムに関する調査 化における遺伝子発現のプロファイルを作成する。得られ た 結 果 は, 随 時, ホ ー ム ペ ー ジ で 公 開 す る。( 教 育 効 果: (15) 情報発信 ウェットバイオロジーの学生にデータベースとホームペー 本振興調整費プロジェクトを核として 17 年度より大学 ジ作成作業をドライバイオロジーの学生と協同で作業をさ 院専修「生命システム情報専修」が発足した。本専修の情 せる) 報は http://cbi.st.keio.ac.jp に随時紹介される。 (12) 生命機能システムへの分子論的アプローチ - 626 - 3. 年次計画 II. 平成 17 年度における実施体制 - 627 -
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