目 次 - 自由国民社

目 次
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● ● ●フランス文学 名作と主人公
11 フランス文学◉名作と主人公
Ⅰ ルネサンスとバロックから古典主義 ガルガンチュアとパンタグリュエル物語 ラブレー 大食漢で英雄型の父と、呑兵衛で楽天的・豪放磊落な息子の巨人親子
ル・シッド コルネイユ ロドリーグ=名門出身で武勇に優れ忠義に厚いスペインの青年騎士
タルチュフ モリエール タルチェフ=偽善によって成上がりをはかる好色で欲深なペテン師
人間嫌い モリエール アルセスト=偽善を憎む気むずかしく憂うつな黒胆汁質の青年貴族 アンドロマック ラシーヌ アンドロマック=愛と息子の助命に苦悩するトロイア王子の未亡人
ラシーヌ
フェードル フェードル=邪恋と知りつつその宿命の恋に殉ずるアテナイの王女 クレーヴの奥方 ラ・ファイエット夫人 クレーヴ夫人=不倫の恋ゆえに修道院に隠遁する貞淑な人妻
Ⅱ 光明の世紀 フランス革命前夜 マノン・レスコー プレヴォー マノン=恋人を持ちながらも金持の男に走る美しい小悪魔
ラモーの甥 ディドロ ラモーの甥=高邁と低劣・良識と不条理の化合した悪の哲学青年 フィガロの結婚 ボーマルシェ フィガロ=機転と悪知恵で特権階級を翻弄する憎めない道化者
ピ
= エール 危険な関係 ラクロ ヴァルモン=恋愛遊戯の果てに真実の恋をも見失うドン・ファン
ポールとヴィルジニー ベルナルダン・ド・サン
ポール=美しい自然の中で幼なじみとの恋に殉じた純愛青年
悪徳の栄え サド ジュリエット=夫を毒殺し娘を拷問死させる残忍好色な娼婦
Ⅲ ロマン主義と個人の運命 アタラ、ルネ シャトーブリヤン アタラ=信仰と恋の板ばさみに服毒自殺する悲劇のインディアン娘
ルネ=満たされぬ欲求の果てに孤独と瞑想に沈む世紀病青年の原型
アドルフ コンスタン アドルフ=明敏な知性を持ちながら生への執着がない破滅型の青年
赤と黒 スタンダール ジュリアン・ソレル=美貌と才智で階級上昇を志す野心型の青年 パルムの僧院 スタンダール ファブリス=監獄で真実の恋を知りその「恋の監獄」に死ぬ美青年
戯れに恋はすまじ ミュッセ カミーユ=美しく清純だが知的すぎて人生の汚濁を拒む傲慢な女
ゴリオ爺さん バルザック ゴリオ爺さん=娘たちへの盲目的な愛ゆえに報われぬ悲劇の父親
谷間の百合 バルザック モルソーフ夫人=淑徳と官能の誘いに苦しみ死んでいく悲劇の人妻
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13 フランス文学◉名作と主人公
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デュマ・ペール カルメン メリメ カルメン=野性的情熱と魔性の魅力で男を破滅させる「運命の女」
モンテ=クリスト伯 ダンテス=権勢に屈せず悪徳と背信に生涯を賭して闘う復讐の鬼
椿姫 デュマ・フィス マルグリット=心の奥底に汚れなき純情を持つ美貌で薄幸の娼婦
愛の妖精 サンド ファデット=賢さと優しさを内に秘めたお転婆で悪戯好きな少女 シルヴィ ネルヴァル 「私」=ロマン的でプラトニックな愛の夢想に生きた青年 レ・ミゼラブル ユゴー ジャン・ヴァルジャン=社会悪を底辺から告発する不屈の男性
Ⅳ レアリスムと自然主義の隆盛 ボヴァリー夫人 フロベール エンマ=現実を嫌い夢想の世界を追い求めるゆえに破滅する女性
風車小屋だより ドーデ 南仏の自然=昼は光り輝く太陽、夜は沈黙と孤独に満ちた世界 ゾラ
居酒屋 ジェルヴェーズ=打ちのめされ、破滅の道を行くパリの洗濯女 女の一生 モーパッサン ジャンヌ=少女時代の夢に破れて人生の悲劇に生きる薄幸の女性
にんじん ルナール にんじん=母親から継子扱いされる赤毛で雀斑だらけの反抗児 シラノ・ド・ベルジュラック ロスタン シラノ=ぶ男だが機智に富み詩才豊かな無双の剣客
Ⅴ ベル・エポックの時代 ビュビュ・ド・モンパルナス フィリップ ピエール=孤独で貧しく忍従の日々に耐える心優しき内気な青年
ジャン・クリストフ ロマン・ロラン ジャン・クリストフ=生涯を自由と真実のために戦う不屈の芸術家
地獄 バルビュス 三〇歳の青年=隣室との壁穴を通して人生の真実をみる覗き屋
狭き門 ジッド アリサ=完徳を志して神への一筋の孤独な愛にのめり込む聖女
神々は渇く アナトール・フランス ガムラン=革命下に純真さを失い冷酷非情に変貌する愛国青年
Ⅵ 世界大戦と個人と文学 失われた時を求めて プルースト 「私」=生きることよりも観察することを旨とする「反=主人公」
サラヴァンの生活と冒険 デュアメル サラヴァン=滑稽で悲劇的な変わり者だが本質的には高貴な小市民
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15 フランス文学◉名作と主人公
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チボー家の人々 マルタン・デュ・ガール ジャック=ブルジョワ社会に強固に反逆する孤独で純粋な若者
モーリヤック 肉体の悪魔 ラディゲ マルト=夫の出征中に年下の少年を愛しその子を生む不貞の人妻
青い麦 コレット ヴァンカ=愛する少年の情事を知り「女」に成長する一五歳の少女 テレーズ・デスケルー テレーズ=閉塞的家庭の中で生への充足を求め夫殺しを計る悲劇の嫁
ジークフリート ジロドゥー ジークフリート=犬の象徴する生活の匂いに祖国をみた記憶喪失者
Ⅶ 人間と世界と実存主義 コクトー
恐るべき子供たち エリザベト=お伽話の世界に逃避し自分自身を傷つけ崩壊する少女
昼顔 ケッセル セヴリーヌ=昼は娼婦・夜は貞淑な妻の二重生活に苦しむ官能の女 夜間飛行 サン=テグジュペリ リヴィエール=日常の幸福を拒否し孤独に生きる意志の男
夜の果ての旅 セリーヌ バルダミュ=自らの卑怯さも直視する希望なき社会の反逆者 善意の人びと ジュール・ロマン 善意の人びと=二度の大戦で揺れ動く時代に生きる無数の人々
人間の条件 マルロー 清=意識的な死によって人間の高貴さを証明する革命期の青年 若き娘たち モンテルラン コスタル=「恋する男ではなく快楽の男」を自称するプレイボーイ
嘔吐 サルトル ロカンタン=自身の偶然的存在に気づき嘔吐する孤独な現代人 アンチゴーヌ アヌイ アンチゴーヌ=妥協を拒み死をとおして自我を守り抜く反抗的女性
異邦人 カミュ ムルソー=己れに忠実ゆえに悲劇的死を強いられた現代の神話的人物 招かれた女 ボーヴォワール グザヴィエール=鋭い感受性のままに生きる即自的な自由の権化
Ⅷ ヌーヴォー・ロマンとヌーヴォー・テアトロ 泥棒日記 ジュネ ジュネ=汚辱と卑しさを言葉の力で栄光と美に変えた作家の分身像
ゴドーを待ちながら ベケット ゴドー=人々に待たれながらも姿を現さぬ正体不明の存在 悲しみよこんにちは サガン セシル=いかなる鋳型をも拒否し快楽と幸福を嗜好する青春の少女
犀 イヨネスコ ベランジェ=無気力なまま個性や人間性を失っていく現代人 フランドルへの道 シモン ジョルジュ=戦死した大尉の妻と情事を楽しむ捕虜収容所脱走兵
嫉妬 ロブ=グリエ 第三の人物=ブラインド越しに妻とその愛人の姿を追う影の存在者
心変わり ビュトール レオン=「自由と第二の青春への旅」にすら自信のない中年男
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17 フランス文学◉名作と主人公
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ラブレー
ガルガンチュアと
パンタグリュエル物語
Gargantua et Pantagruel
一五三二~六四 年刊
巨人王父子の活躍と、その臣下パニュルジュの結婚騒動
いたずら
パ
ピ
マ
ヌ
りようが
海中に没した話。
Al-
を追ってほかのすべての羊が
にとびこませたところ、それ
め、言葉たくみにこれを海中
人から強引に一頭の羊を求
パニュルジュの羊 航海中、
パニュルジュが別の船の羊商
ナグラム)である。
という筆名を
cofribas Nasier
用いた。本名の換字変名(ア
ア ル コ フ リ バ ス・ ナ ジ ェ
『第三之書』
本書以降は本名
で発表されたが、前の二作は
な影響をあたえた。
エールやバルザックにも大き
物 語 』 五 巻 を の こ し、 モ リ
ンチュアとパンタグリュエル
律、 医 学 を 学 ん だ。『 ガ ル ガ
れ。 各 地 の 大 学 で 古 典 や 法
師。 ト ゥ ー レ ー ヌ 州 の 生 ま
る物語作家、人文主義者、医
ランス・ルネサンスを代表す
ラブレー フランソワ
François Rabelais
一四九四頃~一五五三頃。フ
ガルガンチュアとパンタグリュエルという親子二
代の巨人の王と、その臣下の言行を描いた五巻の
物語。中世から伝わる民間伝承に材をとりつつ、
生命力にあふれるルネサンス人の視点から当時の
社会や教会を痛烈に風刺して、世に広く迎えられ
た。人間的な喜びや笑い、近代的な知性や懐疑に
みちた、ルネサンス期を代表する作品。
当時流行した作者不詳の『ガルガンチュア大年代記』の続編というかたちで、『パン
タグリュエル物語』がまず一五三二年に刊行され、好評に励まされてその前編となる『ガ
ルガンチュア物語』が三四年に著された。これを『第一之書』、先の作を『第二之書』
とし、以降『第五之書』までつづくが、最後の書はラブレー死後の一五六四年に出版さ
れ、文体などから偽作の疑いがもたれている。
『第一之書』の前半は巨人王グラングージェの息子ガルガンチュアの誕生と教育、後半
はガルガンチュアのパリ遊学と、祖国と隣国の戦争にいそぎ帰郷した彼が修道僧ジャン
たちと力を合わせて奮戦する軍記物である。この修道僧の勲功に褒賞として与えられた
ユートピア
のが「テレームの僧院」で、前半の中世的旧教育批判と対照をなす人文主義の理想を語
り、僧院をその理想郷として描いている。
『第二之書』は、ガルガンチュアの子で同じく巨人のパンタグリュエルの誕生とフラン
こうかつ
ス諸地方の大学遍歴およびパリ遊学をあつかうが、パリで知己となり、のち臣下となる
*
狡猾、臆病で悪戯好きな学生パニュルジュの活躍は、以下の書で主人公を凌駕する。
『第三之書』以降では、パンタグリュエルは巨人としての特性をほぼ失い、当代の理想
的人間像の具現者となる。パニュルジュの結婚の是非をめぐる論議が大半を占めるこの
*
書は、
「徳利大明神」の神託を求める船出で終わる。それをうけた『第四之書』は彼ら
オデユツセイア
シ カ ヌ ウ
の大航海で、有名な「パニュルジュの羊」の挿話や、嵐に遭ったときのパニュルジュの
「教皇惚れ島」など架空の島々を巡歴しながらの風刺
臆病な本性暴露、また「訴訟島」
が面白いが、
「大航海時代」を反映して正確な知識、資料も内蔵している。最終の『第
五之書』は「鐘鳴島」におけるカトリック教会、貴族、法曹人がつぎつぎに風刺の的と
なり、最後に「大明神」にたどりつき神託をえる。
人々に親しまれ、現代フランス語にも登場する主人公たち
パンタグリュエルとは「すべて渇く」の意味だが、その名に恥じない大酒飲みで、そ
ればかりか周囲の人々の喉を渇かす特技があり、飲ん兵衛の代名詞であり、かつ楽天的
で豪放な人物である。パニュルジュは「狡猾・臆病」などの典型をなす人物、僧ジャン
は武勇に秀で偽善を嫌う好漢と、いずれもフランス人にきわめて親しまれているため、
「パンタグリュエリスト」
(パンタグリュエルにならった生き方をする人)という語や、
「パニュルジュの羊のよう」
(ぞろぞろ行く、の意)などの慣用句として現代フランス語
にものこっている。
ルネサンスとバロックから古典主義 20
21 ガルガンチュアとパンタグリュエル物語◉ラブレー
エラスムスに傾倒し、波瀾の生涯を送ったルネサンス人
*
ラ・ドヴィニー村に弁護士の末子として誕
ラブレーは一四九四年頃、トゥーレーヌ州
生した。修道院で哲学・神学・ギリシア語を学び、ついで医学を修め、モンペリエ大学
の教壇にも立った。オランダの人文主義学者エラスムスにふかく傾到。リヨン市立病院
の医師となり、
『第二之書』を著して当局の禁忌にふれたが、王側近のパリ司教ジャン・
デュ・ベルレーの引き立てによりイタリアへ同行、帰国後『第一之書』を上梓した。折
から、福音主義者、宗教改革者の迫害がはじまり、危険を感じて一時身を隠したがふた
たび同司教に従いローマに滞在、教皇の赦免をうけた。『第三之書』『第四之書』はいず
れも禁書とされ、一五五三年頃没したらしいが、波瀾万丈の生涯で地下潜行期もあり、
不明な点が多い。
この一言
竹田 宏
汝の欲するところを行なえ。 (
『第一之書』テレームの僧院の掟)
のり
こ
人文主義のモットーで、論語の「己の欲するところに従いて矩を踰えず」よりは
るかに積極性が強い。
トゥーレーヌ州 パリ盆地の
南部にあって、十八世紀末に
アンドル県など三つの県に分
かれた。ロワール川が西へ流
れ、いまもブドウ栽培がさか
ん。
ブックガイド
波 文 庫、 第 一 之 書 ~ 第 五 之
『 ラ ブ レ ー』 渡 辺 一 夫 訳( 岩
書、改版一九九一年)
リュエル』宮下志朗訳(ちく
『ガルガンチュアとパンタグ
ま文庫、全三冊、二〇〇五~
〇七年)
ルネサンスとバロックから古典主義 22
23 ル・シッド◉コルネイユ
サン
=
テグジュペリ
夜間飛行
Vol de Nuit
一九三一年刊
南米アンデスの狂暴な自然に立ちむかう飛行士た
ちの、壮絶な一夜を描いた中編小説。ブエノスア
イレスで南米航空路を開拓した著者の経験をもと
に、 過 酷 な 職 務 に 命 を か け る 人 々 の 信 念 と 希 望
を、叙事詩のような美しい文体で描きあげる。以
後も英雄的な飛行士として作品を発表、一九三〇
年代の「行動の文学」を代表する作家となった。
テグジュペリ アント
入植がすすんだ。
九世紀末からヨーロッパ人の
強風地帯として知られる。十
パ タ ゴ ニ ア 南 ア メ リ カ 南
部、コロラド川以南の地域。
だした。
と文明を見つめた作品を生み
『 星 の 王 子 さ ま 』 な ど、 人 間
『 夜 間 飛 行 』『 人 間 の 土 地 』
わせの飛行士生活のなかで、
郵便機』を執筆、死と隣り合
となる。一九二八年に『南方
六歳で航空会社に入り飛行士
家。リヨンに生まれる。二十
Antoine de Saint-Exupéry
一九〇〇〜四四。作家、飛行
ワーヌ・ド
サン
=
*
暴風雨に立ちむかう郵便飛行士を描いた緊迫のドラマ
こ が ね
夕暮れの黄金色の光のなか、南米の果てパタゴニアからの便を操縦してファビアンは
ブエノスアイレスにむかう。かたわらには通信士がいるが、彼らは二人だけである。彼
は空から地上を眺める。そこには闇のなかに光る地上の星がある。その一つずつが一つ
の生活の在り所を示している。
ブエノスアイレスの飛行場では支配人のリヴィエールが、パタゴニアから、チリから、
パラグアイから三機の郵便機が到着するのを待っている。その到着を待って、ヨーロッ
た
パ機が発つだろう。リヴィエールの考えでは、郵便飛行事業を遂行するためには、湿っ
た感情は禁物である。監督も飛行士も各自が役割を心得ること、部下を愛するには彼ら
に気がつかれないようにすることが必要である。夜間飛行のためには恐怖につかまれて
はならない。昼間、汽車や汽船に対してかせいだ距離を、夜のあいだに失ってしまって
もいいものだろうか。
ファビアン機は暴風雨に近づいていた。各地からの連絡は嵐を、そして、ファビアン
機が沈黙の壁に包みこまれたことを伝えていた。彼の妻シモーヌはいつもの時間に空港
に電話する。夫はまだ着いていない。不安にとらえられた彼女はリヴィエールに会いに
空港に出かける。彼女は家庭的幸福の使者である。だが、リヴィエールはそれとは違っ
たものを探している。個々の人間の生命には価値がないかもしれない。そして、個々の
人間の生命や、そのはかない幸福をこえた価値を生みだす行動とはどんなものなのか。
リヴィエールはペルーの山の上にある古代インカの寺院の廃墟を想う。あの石の柱はそ
の価値を証しているのではないだろうか。
ファビアンは嵐の雲の上に浮かびでた。星空のなかで、もはや帰還は不可能なことを
知る。パラグアイ機は到着。ヨーロッパ機はファビアンの機を待たずに出発する。
初期の郵便飛行事業は多くの困難をともなうものであり、それに従事する者は、この
人生において、つねに最大の危険と戦わなければならなかった。一九三一年にこの中編
小説が刊行されたときに、作品が真の行動の文学として称賛された理由の一つはここに
たた
あった。極度に緊張した状況のなかでの人間の意味の探求を試みながら、その表現は星
空を想わせる硬質の散文詩的美しさを湛えている。
個人をこえた価値を求める意志の人リヴィエール
ブエノスアイレスの飛行場支配人リヴィエールは孤独な、意志の人である。彼は星空
を見上げながら、こう思う 「二機も私の郵便機が飛んでいる今夜、私は空全体につ
人間と世界と実存主義 200
201 夜間飛行◉サン=テグジュペリ
いて責任があるのだ。あの星は群衆のなかに私を探し、私を見いだしている合図なのだ。
私がすこしばかり他の人びとと疎遠で、孤独な感じがするのはそのためだ」。
彼は前の日に幾人かの友人と聴いたあるソナタの一節を想いだす。
彼の友人たちはその曲を理解できなかったために、口にこそ出さなかったが、いささ
か退屈そうだった。 「今晩と同じように、あのときも彼は孤独な感じがしていた。
だが、すぐさま、彼はそんな孤独のなかに豊かなものを見いだしたのだった。あの音楽
の伝言は彼にだけ、凡庸な人びとのなかにあって彼にだけ、一種の秘密がもつ甘美さを
伴って伝えられた。星の合図と同じように。多くの人びとの肩ごしに、彼にだけ理解で
きる言葉が語りかけられていた」
こうして彼は自分の両肩に郵便飛行事業の重さの全体を、その飛行機の飛ぶ空の全体
を、そして、この行為を通じて個々の人間が自分一個をこえて実現しうる何ものかの重
さを担っているのである。リヴィエールはそれゆえ、日常的な生活が実現する幸福を認
めない。飛行士ファビアンの妻が夫の帰宅を待って用意する花やコーヒー、ランプ、そ
れから彼女自身の若々しい肉体といったもの、それらすべては孤独な意志の人リヴィエー
ルに家庭的幸せに振り向くにようにと試みるが、死滅から何ものかを救おうとするリヴィ
エールの飛行士たちをつねに事故から守りフライトからの生還を信じて疑わない固い意
志のまえには、ただ反抗のむなしさを知るだけである。
空の英 雄 か ら 人 間 探 求 を 課 題 と す る 作 家 へ
こうえい
=
サン テグジュペリは、一九〇〇年に古い貴族の後裔としてリヨンに生まれた。幼時
に父と死別したが、母の愛に包まれて、幸福な幼年時代を過ごした。この日々について
彼はのちにしばしば語っているが、詩と夢想にみちた彼の傑作『星の王子さま』(四三年)
もこの幼年時代を種子として花咲いたものである。青年期には不本意な生活を強いられ
ることが多く、つねに日常性から脱出することを考えているが、二六年にフランスのラ
*
テコエール航空会社に入ったことが彼の生涯と仕事とを決定的なものにした。アフリカ
のカープ・ジュビー飛行場主任時代に『南方郵便機』を書き、二九年にこの原稿を携え
てパリに戻った。同年秋、南米の夜間航空路の開発にあたることになるが、ここでの経
験から生まれたのが『夜間飛行』であり、この作品はフェミナ賞を得た。
一九三五年に、エール・フランス社のためにパリ―サイゴン間の試験飛行にいどむが、
リビア砂漠に不時着、奇跡的に隊商に救われた。この事故後、彼は非日常的な行動を志
向する英雄主義から脱皮し、人間と人間、存在と存在のあいだの関係という不可視的な
結び目の形成を課題とするようになる。
「人間」についての深く瞑想的なエッセー集『人
間の土地』
(三九年)以降の彼の全作品は、いずれもこの課題を追求している。
第二次大戦が始まると、すでに搭乗不適齢だったにもかかわらず志願して、彼は軍用
機パイロットとなったが、一九四四年七月、地中海沿岸偵察飛行に出たまま、ついに帰
カ ー プ・ ジ ュ ビ ー ア フ リ
カ、モロッコの南西部にある
岬。トゥールーズとダカール
テグ
を結ぶ郵便航空路の中継基地
があった。
死説もある。
れたと見られているが、事故
なかった。ドイツ軍に撃破さ
カ島から飛び立ったまま帰ら
復帰、空軍少佐としてコルシ
たアメリカからフランス軍に
ジュペリは、一時亡命してい
帰還しなかった サン
=
*
還しなかった。
『戦う操縦士』
(一九四二年)のような体験の直接的証言にせよ、
初期の小説にせよ、
じようさい
人間とその文明の本質に対する深い省察である遺作『城砦』(四八年没後刊)にせよ、
彼の作品のすべては危機的な時代における、人間の本質的な連帯の可能性の真摯な探求
であった。
人間と世界と実存主義 202
203 夜間飛行◉サン=テグジュペリ
この一言
心でしかよくは見えないんだ。本質的なものは目では見えないんだ。
(
『星の王子さま』から)
この名作に登場する一匹の狐が王子に語る言葉で、作者がもっとも中心的な思想
としていた「関係」ということを示唆している。王子はたくさんのバラの花を見
たが、それは彼が自分の手で心をこめて育てたバラとは違うものだった。なぜな
ら、彼の星にある、彼のバラだけが、彼が水をそそぎ、風よけをしてやり、青虫
をとり除いてやったものだからである。
「本質的なもの」とはまさに「関係」を
つくることを指しているのである。人間と人間、人間ともの、農夫と畑、庭師と
=
つ
庭、僚友、祖国、文明 サン テグジュペリが語ることの中心には、つねに「関
係」の網がある。
み
愛するということは、われらがたがいに凝視めあうことではなく、ともに同じ方向
(『人間の土地』から)
を凝視めることだ。 生涯を通じて幾多の試練を経験したサン テグジュペリは、共通の目的によって
=
結ばれる人間関係がどれほどすばらしいかを語る。その場合には、ただいっしょ
清水 茂
に呼吸しているだけなのに、経験は「愛する」ということのほんとうの意味を教
えてくれるのである。
ブックガイド
堀口大學訳(新潮文庫、改版
『夜間飛行』
一九九三年)
山崎庸一郎訳(みすず書房、
シ ョ ン 」 第 七 巻、 二 〇 〇 〇
「サン =テグジュペリ・コレク
年)
片木智年訳(PHP、二〇〇
九年)
人間と世界と実存主義 204
205 夜の果ての旅◉セリーヌ