6月29日は『 6月29日は『星の王子さま』 星の王子さま』の作者 サン・テグジュペリ サン・テグジュペリ ( 1900~1944 )の誕生日です。 名門貴族の子弟としてフランス・リヨンに生まれました。星の王子さまは、『サハラ砂漠に不時着した飛行士が、別の星の王子に出 会う』物語です。『大切なものは、目に見えない』を始めとした言葉は、生命や愛といった人生の重要な問題に答える指針として広く 知られています。今回は『星の王子さま』サン・テグジュペリを特集します。 (1900~1944) 作家、操縦士。美術学校で建築を学ぶ。 1921年、兵役で航空隊入り操縦士に。26歳、雑誌に文学作品を発表。 1927年、トゥールーズ~カサブランカ空路のパイロットに。その体験から処女作『南方郵便機』(1929)を発表。 1931年『夜間飛行』を執筆。フェミナ賞を受賞。 1939年『人間の土地』を発表。 第二次世界大戦に動員され、偵察任務に従事。独仏休戦後、妻とニューヨークに亡命。 戦争体験を踏まえた『戦う操縦士』(1942)、童話『星の王子さま』(1943)、エッセイ『ある人質への手紙』(1943)、未完の論文『城砦 (じょうさい)』(没後刊、1948)などを発表した。1943年北アフリカの原隊に復帰。 翌年7月31日、偵察飛行のためコルシカ島の基地を発進したまま帰還せず。帰投直前ドイツ戦闘機に撃墜されたといわれている。 1998年9月、フランス南部のマルセイユ沖でサン・テグジュペリの名前が彫られた銀のブレスレットが発見された。海中探索の結果、 搭乗機の残骸が発見され、2004年4月、墜落地点が特定された。 王子はヒツジと1輪のバラと暮らしていました。王子はバラの花とけんかしてしまい、他の星へ旅に出てしまいました。 星をいくつか訪れ、ユニークな人たちと出会います。王子は地球へと向かったのです。 飛行機の操縦士である「ぼく」は、サハラ砂漠に不時着。そして、2人は砂漠で出会いました。 王子は飛行士に、これまでの話を聞いてもらいます。次にキツネに出会い、人生について教えられます。 『かんじんなことは目にはみえない。』心で見なければいけないということを・・・ 王子はバラの花を思い出します。「世話をすることは相手に責任を持つことだよ」と教えられ、一輪のバラのもとに帰る 決心をします。 王子は星に帰るために金色の毒ヘビにかまれ、自分のからだを捨てて、小さい星に帰りました。 「砂漠が美しく見えるのは、そのどこかに井戸を隠しているから」 「夜空が美しく見えるのは、そのどこかに王子が今もバラと暮らしているから」 といったように、文中には『大切なものは目には見えない』といった考えがちりばめられている。 生命とは、愛とはといった人生の重要な問題に答える指針として広く知られている。 児童文学ながら子供の心を忘れてしまった大人に向けたもの。 児童文学ながら子供の心を忘れてしまった大人に向けたもの。 3たす2は5、5たす7は12、12たす3は15、こんにちは、 15たす7は22、22たす6は28、火をつけ直す時間がない、 26たす5は31、ふうっ! だ ・・・ 26たす5は31、ふうっ!これで5億162万2731 これで5億162万2731だ 本文の『 5億162万2731 』という妙に直截な数字は、 第二次世界大戦を引き起こした国民の合計。 その前の足し算は、第二次大戦に加担した人間が 増えるさまを克明に記録していると言われている。 王子が訪れた星で出会うのは、『愚かさを風刺化された大人』 『子供の心を持ち続けようとする「ぼく」も、修理に夢中で、 王子の話をぞんざいに聞いてしまう』など 作者からの想いが込められている。 キツネとの場面では、自分の愛情の対象であった小惑星やバラへの 自信を失って悩む王子に対して、キツネは「仲良くなる」ということの 意味を通じて、友情、愛情(恋愛的な愛情)について伝えている。 「ぼく」の最後ははっきりとは描かれていない。 そして、サン・テグジュペリは、飛行機で基地を 飛び立ったまま消息を絶ち、 二度と戻って来なかった・・・ From the author・・・ サン・テグジュペリが伝えたかったもの、あたたかい優しさを現代の世界にもう一度広げたいですね。 参考文献: 【画像】http://www.escribirte.com.ar/efemerides/116.htm http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E3%81%AE% E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%81%95%E3%81%BE1
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