Technical Report

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SPM No.71 走査型プローブ顕微鏡
SPMスペシャルコンテンツ 『なぜ、真空中のSPM観察は有効なのか』
3.真空中-電磁場測定の有効性
2013.07
このレポートは日立ハイテクサイエンスのホームページ、SPMスペシャルコンテンツ 『なぜ、真空中のSPM観察は有効なのか』の掲載記事の一部です。
■1.カンチレバー振動における大気中と真空中の違い
【1.真空中Conductive-AFM測定の有効性】と【2.真空中-キャリア分布測
(a) 大気中
定の有効性】では、主にコンタクトAFMを主モードとした電気計測における吸
(b) 真空中
着水の影響と、真空環境におけるその影響の排除と高分解能化などについ
て説明しました。
SPMにはカンチレバーを振動させるモードを利用した電磁気測定の手法が
あります。例えば磁気力顕微鏡(MFM)や静電気力顕微鏡(EFM)、表面電位
顕微鏡(KFM)などです。これらの顕微鏡では、原子間力やファン・デル・ワー
ガス分子
ルス力、メニスカス力などが混入してこないように、探針を非接触状態に制
御しながら電磁場を計測します。
試料
図1は大気中と真空中におけるカンチレバー振動の様子を模式的に示した
ものです。大気中では空気ガス分子が絶えず探針や試料表面に衝突してお
り、振動しているカンチレバーの振動状態に影響を与えます。一方、真空中
ではガス分子がほとんど無いためカンチレバーの振動状態は影響を受ける
ことがありません。この様子はカンチレバーの振動スペクトル(Qカーブ)を観
ると一目瞭然です。振動スペクトルの鋭さの指標はQ値で表されます。Q値
は共振周波数を共振曲線の幅で割り算した無次元量です。大気中では空気
分子との衝突によって振動スペクトルはブロードになり、Q値はだいたい100
から500程度になります。一方、真空中では空気ガスの衝突による振動ロス
図1 大気中と真空中におけるカンチレバー振動
が無いため数千から数万の値になります。 (実際は後述するQ値制御法に
より、真空中では使いやすいQ値に制御するのが一般的です。)
電磁場計測の感度はQ値に比例しているため、真空中は高感度測定に有
利です。更に、真空中では粘性抵抗を受けないため、より安定した電磁場測
定を行うことができます。以下に順を追って説明していきます。
■2.大気中と真空中におけるQ値の振幅依存性
内部摩擦
図2に大気中と真空中で探針試料間距離10μm,振幅
20nm,Q値を2100程度に制御した状態を基準に、振幅
を変化させた場合のQ値の変化を示します。大気中では
振幅の増加にともないQ値は急激に低下しています。こ
れは振幅増加によりガス分子との衝突が増え粘性抵抗
が増加したことによると考えられます。
一方、真空中では残留ガスとの衝突によるQ値低下は
ほとんど無視できるはずですが、実際は図2のように振
幅増加に対してわずかにQ値が低下しています。この原
因は振動に伴いカンチレバーの両面に生じる拡張・収縮
図2 Q値の振幅依存性(大気中/真空中)
による摩擦(内部摩擦)によるものと考えられます。すな
わち振幅が大きくなると内部摩擦によりQ値がわずかに
低下すると考えられます。
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■3.大気中と真空中における共振カーブ、位相カーブの探針高さ依存性
図3は探針高さ500μm においてQ値を約3000に制御し、探針高さを10μmまで近づけた際の、共振カーブと位相カーブの距離依存性を大気中と真
空中で調べた結果です。大気中の場合、探針を近づけると粘性抵抗の増加により、共振周波数が低周波数側にシフトしながら振幅が減少し、共振ピ
ークがブロードになっています。そのためQ値も探針を近づけるほど低下していきます。また、位相カーブの勾配も小さくなっていきます。電磁場測定
の場合、位相の傾きは力勾配に比例しているので、探針を近づけると電磁場検出の感度は低下してしまうことになります。一方、探針を近づけると試
料との電磁気的相互作用が増大するので、位相変化も大きくなります。大気中では、これらの影響や効果が競合します。一方、真空中の場合は、探
針を近づけても共振カーブ、位相カーブはほとんど変化していません。
測定中に何らかの理由で探針高さや振幅が変動した場合、大気中では図2、3の結果からQ値が変動することが考えられます。Q値変動は検出する
力勾配の変動に直結します。真空中では探針高さや振幅の変動に対してQ値はほとんど変化しないので、より安定性に優れています。
大気中
位相
真空中
振幅
位相
振幅
図3 共振カーブと位相カーブの探針高さ依存性(大気中/真空中)
図4はQ値の探針高さ依存性を大気中と真空中とで比較したグラフ
です。大気中の場合、探針を近づけると、カンチレバーのサイズと同
程度になる100μm程度の探針高さで粘性抵抗が大きく増加し、Q値
が著しく低下していきます。真空中の場合は、探針を近づけてもQ値
は全く変化していません。
図2~4は、後述するQ値制御法でQ値をほぼ同じにして大気中と真
空中の特徴を比較しています。注意しなければならないのは、ガスに
よる粘性抵抗の変化が無い真空中は広い範囲でQ値を制御できます
が、大気中では探針高さや振幅によってカンチレバーの振動状態が
大きく変化するため、制御できるQ値の範囲も狭くなってきます。
大気環境に比べて、真空環境を作るのには真空ポンプでチャンバ
ーを排気するなど手間がかかりますが、図2~4で示したように、粘性
図4 Q値の探針高さ依存性(大気中/真空中)
抵抗の影響を受けず、探針高さや振動振幅がほとんどQ値に影響を
与えないことは、高精度な電磁場計測に有利です。
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■4.Q値制御法
真空中ではQ値が大きいため高感度測定には利点となりますが、応答性
が低下してしまいます。一方、液中ではカンチレバー振動における粘性抵抗
が著しく増し、共振ピークが見つからないということもあります。
液中や真空中でカンチレバーを共振させる場合、上記のような課題を解決
するためにQ値制御法が考案されました。
Q値制御は図5のように、カンチレバーを周波数ωで振動させ、変位信号
の位相を移相器によりπ/2 だけシフトさせ、さらに増幅器でG倍に増幅して
カンチレバーの駆動系に帰還させる電子回路で構成されています。この場
合のカンチレバーの運動方程式は①になります。
正弦波の位相をπ/2 シフトさせることは、正弦波の微分信号を得る(正弦
mz +
mω0
z + kz = F0e iωt + Ge iπ 2 z Q
波の速度信号を得る)ことと物理的に等価であり、帰還回路で生成した信号
・・・①
(右辺第2項)は速度に変換されます。この項を左辺に移項して整理すると②
1
1
G
 mω0 G  
mz + 
− z + kz = F0e iωt ⇒ = −
・・・②
Qeff Q mω0ω
ω
 Q
式となります。
この運動方程式は、実効的なQ値がQeffで示した式になることを意味してい
図5 Q値制御の原理
ます。増幅率Gの極性と大きさによりQ値の増減が帰還制御の範囲内で可
能となります。 Q値制御法は液中、大気中、真空中の全ての環境で適用可
■5.真空中電磁場測定における感度向上
能ですが、特に粘性抵抗が無い真空中は、帰還制御の範囲が広く、より安
定に制御可能です。
(a) 大気中(Q=400)
図6(a, b)は大気中、真空中で磁気記録媒体の同一箇所をMFM測定した結
果です。真空中ではQ値制御法により4000に制御しました。比較のためMFM
像のコントラストは同一の設定にしてあります。
図6(c)は図6(a, b)のMFM像の破線部分の信号強度プロファイルです。大
気中に比べて真空中では、ほぼQ値の倍率と同じ10倍に感度が向上してい
ます。ここでは磁場を測定するMFMの事例を紹介しましたが、電場を測定す
るEFMも同様の効果が期待できます。
(b) 真空中(Q=4000)
(c) MFM信号強度プロファイル比較
真空中(Q=4000)
MFM信号
大気中(Q=400)
図6 真空中測定における電磁場測定の感度向上
■6.真空中-電磁場測定の有効性(まとめ)
・大気中では空気ガス分子による粘性抵抗がカンチレバーの振動状態に常に影響を及ぼし、カンチレバーの振動振幅や探針高さが変化するとカンチ
レバーの運動状態も変化し、Q値や電磁気測定の感度も変化します。
・真空中では空気ガスの粘性抵抗が無いため、探針高さや振動振幅がほとんどQ値に影響を与えません。Q値制御法を用いると応答性を低下させず
、高感度な電磁場測定が可能です。
・以上のことから、真空中の電磁場測定は高感度かつ高精度で、有用性が高いと言うことができます。
■文献
※Q値制御について
B.Anczykowski, J.P.Cleveland, D.Kruger, V.Elings, and H.Fuchs: Analysis of the interaction mechanisms in dynamic mode SFM by means of
experimental data and computer simulation, Appl. Phys. Appl. Phys. A 66, S1, pp. 885-889 (1998)
※Q値制御による高感度化について
http://www.hitachi-hitec-science.com
山岡武博, 渡辺和俊, 白川部喜春,茅根一夫: 高感度・高分解能MFMシステムの開発, 日本磁気学会誌, 27, pp. 429-433 (2003)
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