音楽活動の基礎的な能力を培う音楽科授業の工夫 -音楽をつくって表現

音楽活動の基礎的な能力を培う音楽科授業の工夫
―
音楽をつくって表現する活動の指導を通して
―
庄原市立東小学校
古川
和美
【要約】
本研究は,小学校音楽科において音楽活動の基礎的な能力を培うための授業の工夫を行ったもの
である。文献研究から,この能力を培うためには,音楽をつくって表現する活動において,音楽を
特徴付ける様々な要素を焦点付け,それらを組み合わせて音楽をつくる経験を積み重ねることが重
要であることが分かった。また,実態調査から,児童は音楽の諸要素を感受する力や創作活動に関
する知識や技能を身に付けていないことが分かった。そこで,授業実践においては,音楽あそびや
鑑賞活動で音楽の諸要素を感受させ,音楽的アイディアを発展させた音楽ルールを身に付けさせる
指導の工夫を行うこととした。その結果,児童は強弱の変化や曲のまとまりなどの音楽の諸要素を
感じ取ることができるようになった。これらのことから,音楽をつくって表現する活動においては,
このような指導の工夫によって音楽の基礎的な能力を培えることが分かった。
【キーワード】
音楽活動の基礎的な能力
音楽をつくって表現する活動
1 主題設定の理由
小学校学習指導要領解説音楽編では,音楽の基
礎的な能力を培うことを一層重視し,児童が個性
的,創造的な学習活動をより活発に行うことがで
きるよう求めている。
このような学習活動を展開していくためには,
児童が自分の思いを生かして,音をいろいろと工
夫しながら音楽をつくるような創作活動を通して,
音楽を特徴付けている様々な要素を感じ取り,そ
れらを生かして表現する能力を身に付けることの
できる指導方法の創造が必要である。
そこで,第4学年の音楽をつくって表現する活
動の指導において,表現と鑑賞との関連を図り,
音楽活動の基礎的な能力を身に付けることのでき
る指導内容と方法を研究したいと考え,本題目を
設定した。
2 研究の基本的な考え方
(1) 音楽活動の基礎的な能力について
高須一は,
「活動」とは「ある目的を持って一定
の対象に対する働きかけである。」
(注1)と述べてい
る。したがって, 音楽活動とは,音楽を指標とし
て目的を持って働きかけることであるといえる。
音楽活動には,
「音楽を行う」活動と「音や音
楽を扱う活動」,つまり「音楽で行う」活動がある
と考える。一般的には,このような活動は「歌う・
演奏する・つくる・聴く」という営みを指すこと
が多い。それらを,
「音楽を行う」活動と「音楽で
行う」活動に分けるとするならば,「音楽を行う」
活動としては,
「歌うこと・演奏すること」があて
はまり,「音楽で行う」活動としては,「つくるこ
と・聴くこと」があてはまると考えられる。
小学校学習指導要領解説音楽編では,「歌 う こ
と」
「楽器を演奏すること」の指導を通して伸長す
る能力として,
「声の出し方や楽器の演奏の仕方に
興味を深めながら,曲想や音の響きに気を付けて
歌を歌ったり,楽器を演奏したりする能力」と述
べている。また,
「つくること」の指導を通して伸
長する能力として,
「音をいろいろと工夫して自分
自身の音楽をつくって表現する経験を通して得ら
れる能力や知識」(注2)と述べている。
このことから,「つくること」の指導において,
児童が音をいろいろと工夫して自分自身の音楽を
つくらせるためには,音そのものの存在や音がど
のように音楽を構成しているかに気付かせていく
こと,表現の仕方や曲想,音の響きからイメージ
をふくらませることなどを指導していかなければ
ならないと考える。
一方,
「つくる」という営みの中には,無から有
を生み出すという創作活動だけではなく,表現す
- 49 -
る過程で「自分なりに工夫していく」ことも含ま
れる。一般的に楽譜に表されたものを「歌うこと」
や「演奏すること」は,その情報を表現するもの
であるが,どのように表現していくかという表現
方法については,表現者の意図によって工夫する
ことが求められている。したがって,表現方法を
工夫するという指導では,まず,音が音楽を構成
するために必要なリズムや音の高さ,音の組み合
わせといった様々な要素を感じ取らせ,理解させ
ることが重要である。
音楽を特徴付けている様々な要素を感じ取らせ
るためには,それら一つ一つを実際に実感させて
いくことが必要であると考える。そして,その実
感を表現に生かすことができるように,技能を高
めていくような指導が必要である。それら全てを
基盤として,表現を工夫することができるのであ
る。このような指導の目的においては,児童が音
楽を特徴付ける様々な要素を感受し,そこからイ
メージしたものを生かしながら表現していくこと
が必要であろう。
以上のことから,音楽活動における基礎的な能
力とは,
「音楽を特徴付ける様々な要素に対する感
受の能力と自分なりの表現をするための方法の理
解と技能」のことで,「音楽を音楽で行うための基
礎的な能力」といえると考える。
(2) 音楽をつくって表現する活動について
平成元年の学習指導要領では,
「自ら学ぶ意欲と
社会の変化に対応できる能力」の育成を重視し,
創造性をはぐくむことが強調された。このことを
受けて音楽科においては,子どもが自ら音楽をつ
くり出す学習活動として,
「音楽をつくって表現す
る」活動が,新たに指導項目として加えられたの
である。
今回の改訂においても,この項目の内容は発展
的に踏襲されており,「ア 曲の構成を工夫し,
簡単なリズムや旋律をつくって表現すること。イ
自由な発想を生かして表現し,いろいろな音楽表
現を楽しむこと。」と示されている。
しかし,月刊誌教育音楽が平成 14 年 7 月に行っ
たアンケートによると,音楽科の授業の中で「音
楽をつくって表現する」活動を,各学年の年間指
導計画に題材として位置付けている学校は 56%で
あり,そうでないと回答した学校は,44%である
という結果であった。(注3)
この理由について,
「時間がかかること」や「評
価が難しいこと」「音楽性を高めることが難しい」
「指導の道筋がわかりにくいこと」などを挙げて
いる。このことからこの指導に関しては,児童に
どのような能力を伸長するのかといった指導の観
点について模索していることがうかがえる。
また,坪能由紀子はこの活動の現状に関して,
「エピソード的にのみ音探しや音遊びが行われて
いたり,音楽づくりが単なる効果音づくりになっ
たりしている。」(注4)と指摘している。
これから,この活動を行うと活動そのものが活
性化することは事実であるが,
「何を身に付けたの
か」
「どのような能力を培うのか」といった指摘に
は十分に応えることができていないといえる。
このような現状では,「 音楽をつくって表現す
る」活動に,平成元年度以来求められている「創
造性を育成する」という目的は,十分達成されて
いないのではないかと考える。
山本文茂は,
「音楽をつくって表現する」活動に
関して,
「創造的音楽学習の実践動向にいち早く着
目し,その学習体系の一部を,A表現(4)事項イ(小
学校),A表現(1)事項ケ(中学校)として位置付
(注5)と述べている。
けたものであると考えられる。」
この創造的音楽学習とは,イギリスの音楽教育
家,ジョン・ペインターによって確立された創造
的音楽づくりを日本の実情に合わせて適用し,展
開したものである。
ジョン・ペインターは,創造的音楽づくりにつ
いて,
「創造的音楽には,選んだ素材を探求し,決
「創
定する自由がある。」(注6)と述べている。また,
造のプロセスは,選ぶこととしりぞけることであ
り,創造の諸段階で素材を評価し,確定すること
である。」と述べ,「音と沈黙をリズム・旋律・和
声のパターンに組織することも音楽の素材になり
うる。」(注7)と主張している。
これから,音楽の素材や音楽を特徴付ける諸要
素を選んだり,見つけたり,自分なりに決めたり
することが重要であると考える。
したがって,この創造的音楽づくりの方法を基
に「音楽をつくって表現する」活動を指導するた
めには,音を構成して音楽をつくるために必要な
リズムや音の高さ,組み合わせによる一定の形式
を学ばせるような工夫が求められると考える。
このことについて,坪能は,「『音楽をつくる』
活動の中核ともいえるのは『音楽ルールを考える』
「音楽
活動である。」(注8)と述べている。そ し て ,
ルール」とは,
「音,あるいはそこからつくられた
- 50 -
音楽的なアイディアを発展させ,構造化」するこ
とと述べている。(注9)
この「音楽的なアイディア」とは,
「音が音楽を
構成するために必要な要素の組み合わせ方の工夫」
であり,まとまりのある音楽として認識するため
に必要な音楽のきまりであると考える。
このような音楽のきまりを身に付けさせるため
には,小楽節を組み合わせた簡単な形式の曲を提
示し,音が音楽を構成することを発見させること
が必要であると考える。
一方,音が音楽を構成するために必要な要素の
組み合わせ方については,音楽科の授業以外の音
楽的活動体験においても感じ取ることができる。
このことについて,高須は「子どもの先行知識や
先行経験,音楽環境など子どもを取り巻く社会的
(注10)と述べている。
条件をも把握する必要がある。」
以上のことから,
「音楽をつくって表現する」活
動において,児童の音楽的活動体験を把握し,そ
の実態に適した児童に音楽をつくる経験をさせる
ことによって,音楽活動の基礎的な能力を身に付
けさせることができると考える。
の音楽的活動体験をしていることが分かった。し
かし,これまではこれらの体験を生かして音楽科
の授業を構築することはなかった。これからの音
楽科の授業においては,どのような音楽的活動体
験を持っているかを把握し,授業を構想していく
ことが大切である。
(2) 音楽科授業の活動に対する意識
図2は,音楽科の授業で行う,歌唱・器楽演奏・
創作活動に対しての児童の意識を調査したもので
ある。
音楽科授業での活動に対する意識
39.2
歌唱
音楽科の授業以外の音楽的活動体験
創作
22.2
0%
10
なし
0
5
10
40%
60%
14.9
80%
だいたいすき
あまりすきでない
まったくすきでない
100%
音楽科授業の活動に対する意識
創作活動への意識の理由
理
由
(人)
(3人)
とても好 ○やったことはないが,おもしろそう。
○聴いたり歌ったりするのが楽しいので,つくるこ
き
とも楽しいだろう。
(2人)
○自分だけのリズムやメロディーがつくりたい。
(1人)
○休憩時間に自由にオルガンでつくって遊んだこと
があるのでやってみたい。
(1人)
1
パレード
図1
回答項目
4
ピアノ
20%
18.5
とてもすき
表1
8
合唱団
44.4
この図のように,歌唱と器楽演奏に対して肯定
的に回答した児童は約8割以上であった。しかし,
リズムや旋律をつくったりするような創作活動に
ついては,
「とても好き」と回答した児童は,歌唱
や器楽演奏と比較すると少なかった。
そこで,創作活動に対する回答項目の理由を調
べてまとめたものが,表1である。
10
太鼓打ち
10.7 7.2
3.6 3.6
10.7
82.1
器楽演奏
図2
3 実態調査の結果と考察
研究を行うに当たり,所属校第4学年の児童 28
名を対象に,音楽的活動体験の実態や音楽の授業
に対する意識,音楽活動の基礎的な能力に関する
実態の調査を実施した。
(1) 音楽的活動体験について
42.9
15 (人)
音楽科の授業以外の音楽的活動体験
図1は,音楽科の授業以外の音楽的活動体験を
調査したものである。音楽科の授業以外の音楽的
活動体験がある児童は,半数以上であった。その
内容としては,地域のお祭りでの太鼓打ちや以前
学校で組織されていた合唱団への参加であった。
このように,約半数の児童が音楽科の授業以外
- 51 -
(7人)
だいたい ○やりたいが,やり方がわからない。
○メロディーをつくって遊んだことがあるので,少
好き
しはやってみたい。
(1人)
○メロディーをつくることが難しそう。
(1人)
あまり好 ○やったことが無いので,難しい。
きではな ○やり方がわからない。
○つくるのに時間がかかる。
い
(2人)
(2人)
(1人)
全く好き ○つくり方がわからない。
ではない
(4人)
この表によると,どの回答項目にも,創作の方
法がわからないという理由を挙げた人数が多く,
児童はリズムや旋律を創作するための知識や技能
をもっていないといえる。このことから,創作の
方法についての指導が必要であると考える。
(3) 音楽活動の基礎的な能力について
感受の能力
(人)
10
8
6
4
2
0
1
図3
3
5
7
9 11 13 15 17 19 21
46 (回)
主な節の繰り返し(10 回)に対する感受の能力
図3は,児童が「ファランドール」
(組曲「アル
ルの女」から)を聴いて,主な節が何回繰り返さ
れるかを聴き取った結果である。この曲では,主
な節が 10 回繰り返されているが,8回と聴き取っ
た児童が最も多い。4回しか聴き取れなかった児
童がいたのは,どこまでが主な節かが分からなか
ったためである。また,40 回以上ととらえている
児童がいたのは,主な節と一つのリズムの違いが
分からなかったためである。
このことから,音楽を特徴付けている様々な要
素に焦点付けて聴き取る力が育っていないことが
分かる。
以上のことから,児童は音楽活動の中の表現活
動については肯定的であるが,リズムや旋律を創
作する知識や技能を持っていないことや音楽を特
徴付ける様々な要素を感受する力が身に付いてい
ないことが分かった。
4 研究授業について
(1) 授業の構想
児童の実態調査の分析を基に,授業の構想とし
て表2のようなステップを取り入れる。
表2
創作活動の授業のステップ
指導内容
活動の内容
1 自分のリズ
ムの創作
①「コール・アンド・リスポンス」によるリ
ズムづくり
② 一人1モチーフのリズムづくり
③ 自分のリズムの演奏
2 リズムの組 ①「リズム・コンビネーション」によるリズ
ムの組み合わせの体験
み合わせ方の
②「やさいのきもち」の鑑賞(リズムの組み
工夫
合わせの聴取)
③ リズムを組み合わせるグループ活動
3 音高の付け ① 鍵盤ハーモニカの黒鍵3音での旋律づくり
方の工夫
4 まとまりの ①「やさいのきもち」の鑑賞(曲のまとめ方
ある曲にす
の聴取)
る工夫
②「曲の始め方」や「曲の終わり方」の工夫
(2) 指導の工夫
① コール・アンド・リスポンス
これは,多様なリズムの形を感じ取り,自分な
りに工夫して表現できる能力を身に付けさせよう
とするものである。まず初めに,指導者のリズム
を模倣させる。次に,児童自身が問いかけのリズ
ムをつくったり,友だちのつくったリズムを模倣
したりする。このことにより,一人1モチーフの
リズムづくりが容易になる。
② リズム・コンビネーション
これは,リズムを組み合わせて演奏することに
慣れさせることを目的としている。初めに,児童
が基になるリズムを演奏できるようにする。次に,
児童が基になるリズムを演奏し,指導者がその休
符の拍に音を入れる。最後に,指導者が基のリズ
ムを演奏し,児童が休符の拍を演奏する。このこ
とにより,児童は二つのリズムが組み合わさって
演奏されることを体感できる。
③ 鍵盤ハーモニカの黒鍵3音による旋律づくり
鍵盤による演奏技能が十分身に付いていない児
童でも表現の工夫が可能になるように,使用する
音を設定することとする。具体的には,鍵盤ハー
モニカの黒鍵から3音を選ばせて旋律づくりを行
わせる。黒鍵を使って旋律をつくることにより,
旋律を重ねても児童が聴き慣れない不協和音はあ
まり生まれないため,発見した音楽ルールを基に
して,曲のまとまりを工夫させやすい。
(3) 学習指導案
① 題材名 「いろいろなリズムで新しい音楽を
つくってみよう」
② 対 象 第4学年 28 名
③ 指導目標
ア 進んで創意工夫し,音楽をつくって表現す
ることを楽しむことができるようにする。
イ 簡単なリズムや旋律を組み合わせ,まとま
りのある音楽になるように表現を工夫する。
④ 指導計画(5時間扱い)
- 52 -
○
第一次(2時間)一人一人がリズムをつくり,
組み合わせ方を工夫する。
○ 第二次(2時間)一人一人がリズムに音高を
付け,旋律の重ね方や曲全体の表現を工夫する。
○ 第三次 ( 1時間)グループごとの作品を 録 音
する。音楽を特徴付けている様々な要素に気を
付けて曲を鑑賞する。
⑤ 評価計画
○ 評価規準
ア 簡単なリズムや旋律をつくり,組み合わせ
て表現することに興味・関心をもち,進んで
活動しようとしている。
イ リズムや旋律の組み合わせの面白さを感じ
取り,まとまりのある曲になるように工夫し
ている。
ウ 簡単なリズムや旋律をつくることができる。
エ 音楽を特徴付けている様々な要素の働きを
感じ取って聴いている。
○ 評価方法
ア 教師による授業分析
aビデオ b行動観察 c評価マトリックス
イ 学習者による授業分析
a自己評価(自由記述内容・4 段階評定尺度法)
ウ 参観者による授業分析
a授業診断
(4) 学習指導の展開(全5時間)
指 導 内 容
評価規準及び評価方法
【第一次】
○ 音楽あそびを行い,
音を集中して聴かせ,
リズムをつくることを ◆ 簡単なリズムをつくることがで
想起させる。
きたか。(ア-ac,イ-a,ウ
-a)
◆ 繰り返し練習していたか。
(ア-ac,ウ-a)
学
習
活
動
指導上の留意点
○
音楽ゲーム「手拍子まわし」で ○ 始めはゆっくり,次第に
集中して音を聴く。
速くしていき,楽しみなが
○ 「コール・アンド・リスポンス」
ら音に集中させる。
でリズムづくりを思い出し,簡単 ○ 多様なリズムを体感させ
なリズムをつくる。
る。
○ 自分のつくったリズムを覚え,
繰り返し演奏する。
○
リズムを組み合わ
せることに慣れさせ,
グループごとにリズム
の 組み合わ せを工夫 ◆ リズムの組み合わせ方を工夫し
する。
ていたか。
(ア-bc,ウ-a)
◆ リズムの組み合わせ方について
自分の考えを発言していたか。
(ア-b,イ-a)
【第二次】
○ 鍵盤ハーモニカで ◆ リズムに音高を付けることがで
短い旋律をつくる。
きたか。
(アーbc,イ-a,ウ-a)
◆ 短い旋律を重ねて,何回も演奏
○ グループで旋律を
していたか。
重ねて演奏する。
(ア-bc,イ-a,ウ-a)
○
一人一人が,自分のつくったリ
ズムに,鍵盤ハーモニカの黒鍵3
音で音高を付け, 短 い旋律をつ
く る。
○ グループごとに短い旋律を重ね
て何回も練習する。
○
○
○
グループごとに曲
の まとまり を工夫す
る。
【第三次】
○ 曲のまとまりに気
を付けて鑑賞する。
○ グループごとの作
品を録音する。
「リズム・コンビネーション」 ○ 音楽の流れを途切れさせ
でリズムを組み合わせることに慣
ないようにする。
れる。
○ グループ活動の前に,約
○ 音の組み合わせ方に気を付け
束や活動の進め方について
て,「やさいのきもち」を聴く。
一斉指導を行う。
○ グループごとにリズムの組み合
わせ方を考える。
○ リズムの組み合わせ方が工夫で
きたグループの表現を紹介する。
○
この時間のグルー プ 活 動
の進め方について指 導 し た
後,グループ活動を 行 わ せ
る。
○ 簡 単 な リ ズ ム に,黒鍵の
3音で音高を付けさせる。
◆
曲の始めや終わりの部分の旋律
の重ね方を工夫していたか。
(ア-bc,イ-a,ウ-a)
○
グループごとの音楽のきまりを
確認し,曲の始めや終わりの 部 分
の表現の仕方を工夫する。
◆
曲のまとまりに気を付けて聴い
ていたか。
(ア-c,イ-a)
○
「やさいのきもち」を鑑賞し, ○ 一度目に聴いた時と比較
曲の始めや終わりの部分の表現の
して聴かせる。
工夫を感じ取る。
5 授業実践の分析と考察
本研究では,音楽を特徴付ける様々な要素に対
する感受の能力と自分なりの表現をするための方
法の理解と技能が高まったかについて,グループ
活動で音楽をつくっていく過程での児童一人一人
の変容と,この題材の始めと終わりの部分での学
級の児童全員の変容を分析し,考察を行った。
グループ活動については,音楽的活動体験や音
楽の演奏能力,創作活動に対しての興味・関心に
グループ活動状況に 応 じ
て,工夫の視点をカー ド で
示す。
違いが見られる三人の児童(A児・B児・C児)
の所属するグループを対象とし,各個人がリズム
や音の高さなどの要素を感受し,グループのメン
バーとかかわりながらどのように変容していった
かを分析していくこととした。
A児は,音楽科の授業以外に,ピアノを習った
り,合唱団に参加したりしている。表現するため
の技能も比較的身に付いており,創作活動に対し
ては「だいたい好き」と回答している。B児は,
- 53 -
音楽科の授業以外では,A児のような音楽的活動
体験はない。創作活動に対しては「とても好き」
と回答した児童である。C児は,地域の祭りでの
太鼓打ちの経験がある。しかし,音楽科の授業で
扱う楽器の演奏は苦手であり,創作活動に対して
は「あまり好きではない」と回答した児童である。
表3のように,次の4項目について音楽活動の
基礎的な能力の分析の視点として定義し,活動経
過の録画を基に,行動観察及び分析を行うことと
した。
表3
項
音楽活動の基礎的な能力の分析の視点
目
視
リズムの工夫
○
音の高さについての
○
点
組み合わせて効果のあるリズムに
するための発言・行為。
工夫
自分のリズムに合った音高を付け
ることについての発言・行為。
まとまりのある曲に
○
する工夫
音楽のきまりに基づいたリズムの
組み合わせ方についての発言。
○
曲の始め方や終わり方の工夫につ
いての発言と行為。
音楽を特徴付ける様々 ○
「やさいのきもち」を鑑賞して気
な要素に対する感受の
付いた,音楽を特徴付ける様々な要
能力
素。
(1) リズムの工夫
この項目に関する指導の工夫として,
「コール・
アンド・リスポンス」という音楽の形を使って,
一人一人に短いモチーフのリズムをつくらせた。
この時につくったリズムが,表4の「第1時に創
作したリズム」である。
表4
児童の創作したリズムの変化
第1時に創作したリズム
A
児
B
児
C
児
第4学年で実施した総合的な学習の時間に体験し
た「花田植え」で演奏される太鼓のリズムであり,
それを生かして創作したと考えられる。
C児のリズムは,単調なものであるが,3拍目
は床をたたき,音を変えて表現している。
これは,
「コール・アンド・リスポンス」を行った時の他
の児童の表現を模倣したものである。
第2時においては,「やさいのきもち」(古谷哲
也作曲)を鑑賞させ,多様なリズムや拍に合わせ
てリズムを組み合わせることを聴取させた。そし
て,第1時に創作したリズムを基に三人のリズム
を合わせ,繰り返し練習を行った。その結果,そ
の過程でそれぞれのリズムを,表4の「第2時に
創作したリズム」のように変えている。
変更後のリズムを見ると,A児は,繰り返し演
奏することが容易になるように2小節目の4拍目
を4分休符に変えている。これは,4拍目を休符
にすると,小楽節の区切りがよく分かり,繰り返
した演奏をしやすくするために工夫したものであ
る。B児は,第1時に創作したリズムより簡単な
リズムに変えている。これは,グループでリズム
を組み合わせて演奏することが容易にできるよう
に,自分の演奏技能に合わせたためである。C児
は,八分休符と八分音符を取り入れ,第1時より
難しい変化のあるリズムに変えている。これは,
A児やB児のアドバイスや繰り返し練習を行うこ
とによって,C児のリズムに対する感受の能力や
表現の技能が高まったためである。
これらのことから,リズムに焦点付けた鑑賞や
表現を行うことによって,児童は組み合わせる時
に効果のあるリズムになるよう工夫することが分
かった。
第2時に創作したリズム
l マ\ マe マ\ マe マ\ l マ\ ホ マ\ マ\ l マ\ マe マ\ マe マ\ l マ\ ホ マ\ ホ
ヌ ヌマヌヌヌヌ・ ヌヌヌマ
マヌe マ\ マel ヌヌヌマ・ヌヌヌマ
マヌヌヌヌ・ ヌヌヌマ
マヌe マ\ マe l \マ ホ マ\ ホ l マ\ ホ マ\ ホ
l ヌヌマ・ヌヌマ
ホ
ホ
l マ\ マ\ マ\ l マ\ マ\ マ\
・
・
l マ\ マ\ eマ マ\ l マ\ マ\ マe マ\
A児は,シンコペーションを含む2小節のリズ
ムを創作している。音楽科の授業において,シン
コペーションを特に取り上げて指導してはいない
ことから,これはA児が音楽的活動体験を生かし
て創作したリズムと考えられる。B児のリズムは,
(2) 音の高さについての工夫
この項目に関する指導の工夫として,鍵盤ハー
モニカの黒鍵から三音を選択させ,自分のつくっ
たリズムに合う音の高さを付けるようにさせた。
児童のつくった旋律は,表5の通りである。
児童の選んだ音は,いずれもFis,Gis,Ais
である。これは,鍵盤の構造上,両隣に三音が並
んでおり,三人の児童が自分の演奏技能に合わせ
て,より演奏しやすい音を選んだと見られる。
三人の旋律の方向性を見ると,B児とC児は上
行形で,A児は下行形になっている。
B児とC児は,自分のリズムの形を生かしなが
ら演奏できるように,上行形の旋律にする工夫を
- 54 -
している。A児は,当初1音だけで演奏していた
が,下行形の旋律に変更している。これは,グル
ープ演奏時に最後の部分を演奏することになった
ことから,曲を終止させることを意識し,それま
での二人の音形と変えるよう工夫しているためで
ある。
表5
リズムに音の高さを付けてつくった旋律
第3時に創作した旋律
A
児
B
児
C
児
して終止感を強めようと工夫している。
このグループの作成した曲
チ
####
ツ
ツ
\ ホ lマ
\ ホ マ
\ ホ マ
\ ホ l
\ ホl マ
\ ホ マ
\ ホ lマ
\ ホマ
ツ
lツ & #44 マ
ツ
l
ツ
l
l
l
l
ツ
ツ
ll
ll
ll
ll
ツ
l #####4
ツ
・
・
・
・
\
マ
C児 ツ
&
マ
e
\
ツ
4
l
l
l \マ マ
l
ll
ツ
ツ
ll
ll
ll
l
ツ
ツ
lツ
l
#
### 4
ツ
・
・
・
・
l
l
l
l
#
A児 ツ
&
ツ
テl
4
l
l
l
l
B児
チ
##
ツ
・
ツ
\ ホ l
\ ホ \マ ホ l マ
& ### マ
\ ホ マ
ツ
lツ
ツ
ツ
l
l
l
ツ
ツ
#
ツ
l
l
ツ
・マ
・ eマ マ
l &#### マ
ツ
\マ ll マ
\ ll マ
\
C児 ツ
e
eマ
\
マ
\
\
マ
\
\ マ
\ ・マ
ツ
lツl
ツ
l
l
ツ
ツ
ツ
ll
ll
ツl ####
・
・
・
A児 ツ & #
ツ
l
テl
l
##
& ### \
マ e
ママ
\ マ
eマ
\ lマ
\ ホ マ
\ ホ l
B児
##
& ### マ\ ホ マ\ ホ l マ\ ホ マ\ ホ l マ\ ホ マ\ ホ
##
\ l \マ マ
\ l
& ### マ
\ マ
\ ・ eマ マ
\ ・ eマ マ
・
l
l
ll
・
l
l
ll
\ マ
eマ
\ マ
eマ
\
lマ
l
l
ll
l
l
ll
l
l
l
ll
l
l
ll
l
l
l
ll
l
l
ll
l
I J J JJ J I J J J JJ J
これらのことから,リズムを組み合わせる活動
を行った後,使用する音を限定し,自分のリズム
に音高を付けると,比較的簡単に旋律をつくるこ
とができることが分かった。
図4
児童がつくった曲
以上のことから,多様なリズムを扱った音楽あ
そびや拍に合わせてまとまりを持たせた曲の鑑賞
を行った後,グループでリズムを組み合わせたり,
限定した音源や音でリズムに音高を付けさせ,グ
ループで重ねさせたりすることによって,児童は,
自分なりの表現をするための方法を理解し,それ
を表現する技能を身に付けていくことが分かった。
(4) 音楽を特徴付ける様々な要素に対する感受の能力
図5は第2時と第5時において,全員に「やさ
いのきもち」を鑑賞させ,気付いたことの中から
共通的なものをグラフにしたものである。
(人)
感受の能力
8
6
4
2
9
9
5
2 3
0
感受の能力
3
曲 のま と ま り
(最 後 一 斉 )
速 度 の変 化
図5
7
6
強 弱 の変 化
0
9
言 葉 の組 み
合 わ せ の面
白 さ ・多 様 さ
- 55 -
10
リズ ムの
面白さ
(3) まとまりのある曲にする工夫
次の楽譜は,このグループがつくった曲を稿者
が記譜したものである。
このグループのつくった曲を見ると,B児の旋
律を繰り返し,そこにC児の旋律を重ねる部分と,
A児が一人で演奏する部分に分けてパターン化し
ている。このグループは,第2時に鑑賞した「や
さいのきもち」の音楽を特徴付けている要素であ
る「リズムの繰り返しと組み合わせ」を模倣しよ
うとしたが,技能的に難しく,演奏パートを分け
ることによって自分の演奏を成立させようと工夫
している。
また,B児の旋律は3拍子系で,3小節が2小
楽節となる。このため,B児とC児が旋律を重ね
る部分では,拍に合わせて演奏することが難しく,
安定して終わりたいという欲求を持たせる音の響
きになっている。
さらには,このグループの曲が9小節であるこ
とも,曲の不安定さを増している。
そこで,このグループは曲の最後の部分を安定
して終わりたいという思いから,
「やさいのきもち」
の終わり方を模倣し,18 小節目のA児の音を 1 オ
クターブ上げ,全員で演奏し,最後の部分を強調
2.
チ
| ホ
マ
#### 1. ・
ツ
B児 ツ
ツ
lツ & #
lモ
l} ホ ホ
ツ
l
ツ
モ
l
ツ
I J J J JJ J llモ
ツ
l ## I 1. J J JJ J llモ
ツ
| ホ lモ
モ2.ホ ホ マ
モ
ツ
#
#
・
ツ
lツ & #
C児 ツ
lモ
l}
ツ
l
ツ
ツ
I J J JJ J lモI 2. J J J JJ J lモ
ツ
ツ
llモ
lモ
l #### 1.
|
ツ
モ ホ マ
ツ
#
ホ llモ
A児 ツ
&
\ ホ ・ l} マ
マ
\
ツ
モ
テl
第2時
第5時
第2時では,言葉の重なりやリズムの面白さに
対する気付きが多かったが,第5時では強弱や速
度の変化や曲のまとまりについての気付きが多く
なっている。
その他に,第2時には気付けなかったが,第5
時では気付くことができたものをまとめたものが,
表6である。
表6
鑑賞曲を聴いての気付き
気付きの内容
人数
曲のまとまり(繰り返し,繰り返しの違い)
5人
曲のまとまり(最後を大きく)
1人
曲のまとまり(始めをずらして入る)
1人
強弱(言葉ごとの大きさの違い)
4人
音の無い部分があること
7人
言葉の重なり(重なりが増える)
2人
言葉の重なり(小さく繰り返す声がある)
3人
声の高さの違い
3人
表6では,第5時は曲のまとまりに関する気付
きが多く出ている。また,音の無い部分の存在や
声の高さの違いに気付いている児童もいた。
図5と表3から,第2時の鑑賞では,言葉の重
なりやリズムの面白さととらえていたことを,さ
らに細かく聴き分けることができるようになって
きたといえる。これにより,リズムを組み合わせ
たり旋律を重ねたりする活動を行うことを通して,
音楽を特徴付ける様々な要素を聴き分けたり,音
楽のきまりを感じ取ったりする力が高まってきた
ことが分かる。
6 研究のまとめと今後の課題
(1) 研究のまとめ
文献研究と所属校での授業実践を通して,次の
ことが明らかになった。
○ 創作活動では,一定の形式で音が音楽を構成
することを感受させることを通して,
「音楽ル
ール」を発見させ,それを基に音楽をつくる活
動を行うと,音楽を特徴付ける様々な要素に対
する感受の能力やそれを生かして表現する技能
を培えることが分かった。
○ 創作活動の導入時に,次の活動に必要となる
音楽を特徴付ける様々な要素を扱う音楽あそび
や曲の鑑賞を行うことによって,音楽を特徴付
ける様々な要素に対する児童の感受の能力が育
てられることが分かった。
(2) 今後の課題
○ 音楽科の年間指導計画に「音楽をつくって表
現する」活動を位置付け,計画的に実施してい
く必要がある。
○ 児童の音楽的活動体験を音楽科の授業の中で
生かしていけるように指導を工夫していく必要
がある。
【引用文献】
(注1) 高須一「 子どもの音楽学習における発達理論
の研究」広島大学教育学部紀要 第二部
第 45 号 1996 p.136
(注2) 文部省『小学校学習指導要領解説音楽編』
教育芸術社 平成 11 年 p.11
(注3) 山本美芽「『音楽をつくって表現』する活動
の現状と課題」
『教育音楽』音楽之友社 7
月号 2002 pp.50-54
(注4) 坪能由紀子「つくって表現す る 活 動 に お け
るカリキュラムの展望」『音楽教育学研究』
音楽之友社 2000 p.187
(注5) 音楽科教育実践講座刊行会・小原光一(編)
『ソ
ナーレ SONARE 音 楽科教育実践講
座』 第7巻「ひびきをつくる」 ニ チブン
1992 p.217
(注6) ジョン・ペインター,ピーター・アストン:
山本文茂・坪能由紀子・橋都みどり(訳)『音
楽を語るもの』音楽之友社 1982 p.7
(注7) 上掲書(注6) p.7
(注8) 坪能由紀子『 音 楽づくりのアイディア』音
楽之友社 1995 p.12
(注9) 坪能由紀子『音楽をつくる~ 子 どもが演奏
し,聴き,そしてつくるために』 コロン
ビア社 1993 p.6
(注10) 上掲書(注1) p.135
【主な参考文献】
(1) 松本恒敏・山本文茂 『 創造的音楽学習の試
み この音でいいかな?』音楽之友社 1985
(2) 文部省 『 新しい学力観に立つ音楽科の学習
指導の創造』教育芸術社 平成5年
(3) トレヴァー・ウィシャート: 坪 能由紀子・
若尾裕(訳)『音あそびするもの よ っといで
1』音楽之友社 1987
(4) ジョン・ペインター: 坪 能由紀子(訳)『音楽
をつくる可能性』音楽之友社 1994
- 56 -