第3章 教科「宗教」

第3章
教科「宗教」
本章では、国家教育制度法の中から教授される「宗教」教科について考察する。
第1節
内容と方法
1.宗教省の組織
すでに述べているように、インドネシアでは、学校教育を監督する省庁として宗教
省がある。その宗教省は、図表 3-1 のような構成となっている。この図からわかるよ
うに、宗教ごとに省が設置されているのではなく、宗教省がヘッドオフィスとなり、
各宗教の事項を管轄する 7 つの局を束ねる形となっている。インドネシアでは 5 つの
宗教ないし宗派が公認されている。イスラム教、キリスト教1、カトリック、ヒンズー
教、そして仏教である。その宗教・宗派ごとに社会指導局が設けられており、イスラ
ム教以外は当該の局が宗教教育を監督する部署を設けている。イスラム教の場合は、
別に設けられたイスラム教育局が宗教教育を監督している。
図表 3-1
宗教省の組織図
[インドネシア宗教省イスラム教教育局・ホームページ]から筆者(窪木)作成
1
プロテスタントを指す。インドネシアではプロテスタントのことを KRISTEN,カトリックのことを
KATOLIK と表現する。
44
次に、イスラム教育局の構成を考察してみよう。図 3-2 が示すように、教育局の下
部組織として、4つの部と1つのグループが置かれている。4 つの部とは、①マドラ
サにおけるイスラム教育部、②(一般)学校におけるイスラム教育部、③プサントレ
ンと宗教系教育部、④イスラム高等教育部である。前章までで考察してきたスコラお
よびマドラサにおける宗教科目は、宗教省が管轄している。また、各宗教の独立性の
保障と公正な取り扱いの観点からそれぞれの宗教指導局がそれぞれの宗教教育を管轄
しているのである。
スコラでの宗教科目は、宗教省の各宗教指導局が作成したカリキュラムを教育省が
管理している。もっとも、統一的なひとつのカリキュラムがあるのではなく、宗教指
導局の数に応じて複数のカリキュラムが存在している。マドラサの場合、宗教科目の
カリキュラムは宗教省から告示されるが、一般教科・科目のカリキュラムは教育省か
ら告示され、宗教省が窓口となってマドラサ向けとして管轄している。
図 3-2 イスラム教育局の組織図
[インドネシア宗教省イスラム教教育局・ホームページ]から筆者(窪木)作成
45
2.カリキュラム内容
続いて、宗教科目の中でも代表的なイスラム教育について考察する。小林寧子によ
ると、一般のスコラのイスラム教科書で評価の高いのは「ユディスティラ社」の 2005
年度版である。また、その教科書の内容は、①クルアーン学習(読誦術、いくつかの
章の理解)、②六信2(神、天使、啓典、使徒、来世、定命)③五行(信仰告白、礼拝、
喜捨、断食、巡礼)④道徳に大別される。
このイスラム教育の内容について、小林は次のように説明している。長くなるが引
用したい。
「クルアーンを出発点にしてそれぞれの領域は密接に関連するため、その境
界は曖昧である。たとえばクルアーンの章は道徳規範の導入もかねて教えられる。六
信の中にはムハンマド以外の預言者の評伝も含まれるが、この部分は各課の「訓話」
に登場するムハンマドの教友やイスラム史上の偉人と合わせて、別個に「歴史」と分
類することもできる。また、五行の中では礼拝(サラート)が大きな比重を占めて教
えられるが、個人でする祈り(ドゥアー)も重視されて教えられるので「宗教儀礼」
と分類する方が適切かもしれない。宗教知識の獲得と同時に日常生活上の規律(身の
回りの整理整頓、礼儀作法など)習得が眼目とされ、「実践」が強く要求されている。
道徳規範を実践できることが「賞賛される性質」として強調される。
クルアーン学習では初歩的読誦術を習得するほか、礼拝や祈りで唱える章・節の読
み、内容を学びさらに暗誦することを求められるが、アラビア語文法はまだ教えられ
ない。六信については低学年では大筋を教えるにとどめるが、高学年ではその意味を
理解することがめざされる。五行は低学年で教えられるが、礼拝に関しては細かい規
則まで繰り返し教えられ、その励行が求められる。道徳では家庭、学校、社会生活で
のマナー、礼儀が具体的に教えられる。高学年になるほど社会性のあるテーマがとり
あげられるが、サダカ(自発的喜捨、慈善行為)は低学年から繰り返し強調される。
また、六信の中でも難しい定命(カダル)の説明では、現実を無条件に受け入れるの
ではなく、状況を変える人間の努力が強調され、現代的な解釈が導入されている」3。
2
3
イスラムの根幹で六信と五行、すなわち 6 つの信仰箇条と 5 つの信仰行為。多くのイスラム諸国で進化
論の主張は禁止されているが、多くのインドネシア人ムスリムの間では、科学の 1 つの論として容認し
ている。
[小林寧子 2006:13]
46
では、マドラサにおける宗教教科のカリキュラム(図表 3-3)を見てみよう。
図表3-3 マドラサにおける一週間当りの宗教科目時間の比較
カリキュラム年
1週間当たりの授業時間
科目
1994
2004
2006
1.クルアーンとハディース
2
2
2
ALQURAN DAN HADITS
2.アキダーとアフラック
2
2
2
AQIDAH DAN AKHLAK
3.フィクフ
2
1
1
FIQIH
4.イスラム文化の歴史
2
1
1
SEJARAH KEBUDAYAAN ISLAM
5.アラビア語
BAHASA ARAB
合計
2
2
2
10
8
8
出典 [インドネシア宗教省イスラム教教育局 2007]から筆者(窪木)作成
図表 3-3 の解説は下記の通りである。
1.クルアーンとハーディス(イスラム教の聖典と預言者ムハンマドの言行録)
2.アキダーとアフラック(イスラムの信仰と倫理)
3.フィクフ(イスラム法学)
4.イスラム文化の歴史
5.アラビア語
「宗教」では、以上の5教科を習得する。
47
3.学校形態による量的比較
では、次に国家教育省発効の 1994 年カリキュラムと最新の 2006 年度版からスコラ
とマドラサにおける「宗教」科目の比較考察する。1994 年度、2004 年度そして 2006
年度のカリキュラムを一覧表にしたものが図表 3-4、一週間における各教科時間の比
較である。
図表2-11 授業時間の比較
学年
1
項目
2
3
4
5
6
1週間当たりの授業時間 ------------------------------------------------------------------------A
内容標準(2006)
2004カリキュラム
1994カリキュラム
26-30
27
30
27-31
27
30
28-32
32-34
38
32-36
32-34
40
32-36
32-34
42
32-36
32-34
42
1授業時間の長さ(分-----------------------------------------------------------------------------B
内容標準(2006)
2004カリキュラム
1994カリキュラム
35
35
30
35
35
30
35
40
40
35
40
40
35
40
40
35
40
40
1週間当たりの授業時間 (時間) ---------------------------------------------------C= (A×B)/60
内容標準(2006)
2004カリキュラム
1994カリキュラム
15.75
15
15.75-18.08 16.33-18.67 18.67-21.00 18.67-21.00 18.67-21.00
15.75 21.33-22.67 21.33-22.67 21.33-22.67 21.33-22.67
15
25.33
26.67
28
28
一年間の有効週間-----------------------------------------------------------------------------------D
内容標準(2006)
2004カリキュラム
1994カリキュラム
34-38
34-40
40
34-38
34-40
40
34-38
34-40
40
34-38
34-40
40
34-38
34-40
40
34-38
34-40
40
一年間の合計時間 ------------------------------------------------------------------------E = C×D
内容標準(2006)
2004カリキュラム
1994カリキュラム
515.44-651.70
535.50-687.04
555.22-709.46
634.78-798.00
634.78-798.00
634.78-798.00
535.50-630.00
535.50-630.00
725.22-906.80
725.22-906.80
725.22-906.80
725.22-906.80
600
600
1013.33
1066.8
1120
出典: [インドネシア共和国国家教育省カリキュラム研究開発センター 2007] から筆者(窪木)作成
48
1120
(1)スコラにおける宗教科目の割合
図表 3-4 の 1994 年カリキュラムの 6 年生欄から見ていただきたい。宗教科目の 2 時
間から全科目を合計すると一週間の授業時間は 42 時間になる。そこで、宗教科目時間
は 2 時間であるので全科目からの宗教科目の割合は、2÷42×100=4.8%になる。
同じく図表の 2006 年カリキュラムの 6 年生欄から全体科目から宗教科目の割合をみ
ると、3÷32×100=9.4%になる。
まとめると、スコラにおける宗教科目の割合は、
1994 年カリキュラム:4.8%
2006 年カリキュラム:9.4%
となり、宗教科目は 1994 年からみると 2006 年には 4.6%増え、2006 年カリキュラ
ムでは 1994 年のほぼ 2 倍の割合を占めるようになった。
(2)マドラサにおける宗教科目の割合
マドラサにおける宗教科目について、図表 3-3 と図表 3-4 から考察する。まず最初
に 1994 年から見てみよう。表 3-3 よりマドラサの 1994 年カリキュラムによると宗教
科目は一週間当たり 10 時間である。図表 3-4 から 1994 年カリキュラムの 6 年生の全
科目時間 42 時間から宗教科目の 2 時間を引くと 40 時間になる。この宗教科目以外の
40 時間にマドラサの宗教教科 10 時間をプラスすると全科目時間は 50 時間になる。
そこから宗教科目の割合をみると、10÷50×100=20%になる。
同じように図表 3-3 の 2006 年カリキュラムによると宗教科目は一週間当たり 8 時間
である。図表 3-4 から 2006 年カリキュラムの 6 年生の全科目時間 32 時間から宗教科
目の 3 時間を引くと 29 時間になる。この宗教科目以外の 29 時間にマドラサの宗教教
科 8 時間をプラスすると全科目時間は 37 時間になる。そこから宗教科目の割合をみる
と、8÷37×100=21.6%になる。
49
まとめると、マドラサにおける宗教科目の割合は、
1994 年カリキュラム:20%
2006 年カリキュラム:21.6%
となり、宗教科目は 1994 年からみると 2006 年には 1.6%と微増であった。
以上、国家教育省発行のカリキュラムから、宗教科目における割合を、一週間当り
の授業時間数を手がかりに考察した。最後になったが 2006 年国家標準カリキュラム全
体における学校(スコラ・マドラサ)の裁量は既述のように 4 時間である。その場合
2006 年度マドラサの一週間の総授業時間は既述のように 37 時間となり、1時間公然
と超過してしまうのである。そのことは、いまだに宗教省発効のカリキュラムは 2004
年度で留まったままであり、マドラサのカリキュラムには一部不整合が生じている。
それを補う形で、2006 年国家標準カリキュラムの「科目詳細欄」において、「宗教科
目のカリキュラムについては別途、宗教省が定める」と規定されている。 (Standar
Kompetensi dan Kompetensi Dasar Pendidikan Agama Islam (PAI) untuk madrasah
dikembangkan lebih lanjut oleh Departemen Agama.)
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4.宗教教科の評価
次に、スコラとマドラサにおける宗教教科の評価について見てみよう。児童が実際
に受け取る成績表(図表 3-5)では、宗教についてはどのように評価されているので
あろうか。最初にスコラの成績表である。No1.Pendidikan Agama が「宗教」である。
個人の成績は 10 段評価の「6」と表示してある。その右横の「6.9」はクラスの平均値
を表している。すなわち、宗教についても数値で評価がなされていることがわかる。
図表 3-5 スコラの成績表
出典[窪木靖信 2007:12 月現地調査]
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最後にマドラサの成績表(図表 3-6)を見てみよう。「No.8
Pendidikan Agama
Islam」がイスラム宗教教科を表し、科目「a クルアーンとハディス」の成績(ANGKA)
は「9」、クラスの平均(RERATA KELAS)は「8.26」である。以下、科目「b アキダ
ーとアフラック」、科目「c
フィクフ」、科目「dアラビア語」、科目「e イスラム
文化の歴史」の順に、それぞれ数値で評価されている。
図表 3-6 マドラサの成績表
出典[窪木靖信 2007:12 月現地調査]
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以上、教科「宗教」について考察してきた。教育省が発行するスコラ・マドラサ共
通の国家標準カリキュラムとは別に、マドラサを管轄する宗教省が独自にマドラサの
宗教科目を管轄するカリキュラムの存在が明らかになった。また、一般教育(スコラ・
マドラサ)の宗教は一般教科・科目に位置づけられており、児童は成績表で評価され
ることを確認した。
上述のように、1994 年のカリキュラムでは、国家教育省管轄のスコラと宗教省管轄
のマドラサは別々であったが、2004 年国家教育省発行のカリキュラムより、スコラと
マドラサが併記されるようになった。これは、第 2 章で既述のように 1994 年の義務教
育 9 年制の施行が宣言、1999 年からの教育の地方分権化促進、1989 年制定の国家教育
制度法の改正により、2003 年度に宗教教育、とりわけイスラム教育が「一般教育類型
(Pendidikan Umum)
」と「宗教教育類型(Pendidikan Keagamaan)
」の 2 つに分類され
マドラサは一般教育類型にまとめられたため、国家教育省の影響を強く受けるように
なった。
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