「ナノ構造体の物性と機能」講義資料

化学特別講義3
平成28年12月12、13日
ナノ構造体の物性と機能
山内美穂
九州大学カーボンニュートラルエネルギー国際研究所
講義内容
(1)固体表面の電子状態と反応性
(2)化学エネルギーと電気エネルギーの変換
(3)化学反応を介したエネルギー貯蔵
683 kJ mol-1 2H, O
0 kJ mol-1 H2
-285 kJmol-1
Pt, Pd
10 nm
H2O
ナノ(10-9)サイエンス(大きさ)
ナノ粒子:直径 1­100 nm
白金原子
278 pm
2.78 10-10 m
白金錯体
5
10-10
m
白金ナノ粒子
2.5 10-9 m
10 nm�
ナノテクノロジーの黎明期
•  1959 ファインマンの講演: “There’s plenty of Room
at the bottom ,ナノスケール領域にはまだたくさ
んの興味深いことがある
•  1962 久保効果の提唱 → “量子サイズ効果”
•  “ナノサイズの金属の性質がエネルギー準位統計で
決まる”
普通の金属と金属ナノパーティクルのエネルギー状態
金属
EF
金属ナノ粒子
EF
E
δ≈ F
N
δ
EF=フェルミE
N = 軌道の数
€
δ > kT のとき
バルク金属とは異なる物性(比熱、磁性)
久保効果 (1967年) Naクラスターの電子状(久保の近似)
3sバンド : EF = 3.1 eV
1 eV/k ≈ 11,600 K
Na10粒子
(直径0.9nm)
Na100粒子
(直径2nm)
δE=0.31 eV
(3330 ℃)
δE=0.031 eV
(77 ℃)
Na500粒子
(直径3.3nm)
δE=0.0062 eV
(-200 ℃)
エネルギーバンドの成り立ち:
孤立原子
分子
束縛E
巨大分子
自由電子
固体
クラスター
ナノ粒子
0
占有
金属ナノ粒子
�
原子
1個
電子状態
E
1.5 nm
2.5 nm
150個
550個
直径 1.5∼100 nm 構成原子数 101∼107�
5.5 nm
10000個
E
5s
5s バルク
4d
4d
dos
dos
バンド状態から離散的なエネルギー状態へ
金属にみられるサイズ効果
○光学的性質:表面プラズモン吸収
○磁気的特性:超常磁性、スピン偏極
○化学的性質:触媒活性
2000年:国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(米国)
原子や分子レベルでの構造制御が科学や技術にもたらす莫大な可能性を
認識し、ナノ科学・ナノ工学という概念を初めて理論化したのはノーベ
ル賞受賞者のリチャード・ファインマン博士で、1959年のことであっ
た。米国では、民間企業、大学、および、一部政府機関が過去数十年間、
各々にナノテクノロジー研究を行なってきたものの、こうした研究開発
努力を国家レベルで進めていくための戦略を欠いていたため、1990年
代には同分野で日欧に遅れをとっていることを懸念する声が聞かれるよ
うになった。こうした状況下で、クリントン前政権はナノテクノロジー
の膨大な経済的ポテンシャルを認め、2001年度予算において「国家ナ
ノテクノロジー・イニシアティブ (National Nanotechnology
Initiative = NNI)」を国の重要な科学技術戦略の一環として設立したも
のである。ブッシュ政権もクリントン前政権のNNIを踏襲し、2002年
度および2003年度のNNI予算を大幅に増額している。
http://www.nedodcweb.org/report/2002-7-31.html
金属表面の緩和
Cu (115)清浄面のSTM像
理想表面:完全結晶の結晶中の平衡位置を保ったまま、
ある平面に沿って切断した時に現れる面
ステップ:一から数原子層の段差
キンク:ステップの折れ曲がる点
テラス:平らな面
空孔:原子の欠損
付加原子:余分な原子
Appl. Phys. A, 75, 1-10 (2002).
体心立方格子と面心立方格子の低指数面
面心立方格子のXRDパターン
体心立方格子のXRDパターン
高指数面の構造
表面格子欠陥と触媒機能
Pt(S) [6(111)×(111)] 面
(111)面を10°で切断
H2+D2→2HD
Fe(111):Fe(100):Fe(110)=418:25:1
Nature, 294, 643-644, 1981
Phys. Rev. Lett., 38, 1027, 1977
表面における構造緩和
表面緩和:表面において結晶内での原子配列の二次元並進周期や対称性は
変化せずに、原子変位のみが生じている状態
第一層:配位数の程
度をあげるため
中に入る。
第二層:配位数が大
きくならないよう少
し離れる。
ランプリング
カチオン
が内側に
入る
仕事関数
真空準位
荷電粒子が真空中に孤立して存在し、かつ運動エネルギーが0であ
る時、その粒子は真空準位にあるという。
仕事関数
電子を表面を通して真空へ取り出すために必要な最小のエネルギー。
固体のフェルミ準位と真空準位(∼1 μm程度)の差。
表面を通して電子を真空に取り出す際に、その表面固有の表面電気二
重層による静電ポテンシャルの障壁分だけ真空準位が上昇する。ある
いは真空準位を基準にすれば、フェルミ準位が下がることになる。
Vxc: 電子の交換・相関ポテンシャル
バルク項:Vxcから運動エネルギーを
差し引いた分のエネルギー
表面項:表面に生成した電気二重層により
安定化したエネルギー Vxcの中身
クーロン孔:一つの電子の周りには電子
間の反発によって他の電子を遠ざけてい
る領域
フェルミ孔:パウリの排他原理による交
換相互作用による反発により電子を排除
している領域
表面近傍のポテンシャル
電子密度:ρ
1電子の体積: 1/ρ=4/3πrs3
排除体積の半径rs=(4/3πρ)-1/3
Vxcはrsが大きいほど(低電子密度)大
rsが小さいほど(高電子密度)小
→バルク項に影響(バルクの中で安定)
高電子密度ほど電子のしみ出しが大きい
のでrsが小さいほど電気二重層の双極子
が大。
→表面項(Δφ)に影響
ジェリウムモデル
W. A. de Heer, Rev. Mod. Phys., 65, 611 (1993).
紫外線光電子分光(UPS)法を使った仕事関数の求め方
紫外線光電子分光(UPS)法を使った仕事関数の求め方
Vacuum level
21.2 eV
W.F.
Ecutoff
EFermi
Work function (Ionization potential) = 21.2 - (Ecutoff - EFermi)
TiO2粉末のUPSスペクトル
・He I : 21.2 eV(80 mA, 590 V, 5.0×10-2 mbar)
・Take Off Angle : 90 deg
・Pass Energy : 1.3 eV
・eV Step : 0.01 eV
・中和電子銃:Bias 1.2 V (20 µm Emission)
・イオン銃:10 V (7 mA Emission)
仕事関数の算出法
EVBM:-7.0 eV
E0:8.4 eV
仕事関数(Φ) = hν - (E0 - EVBM)
Φ = 21.2 - (8.4 - (-7.0)) = 5.8 eV
金属表面の仕事関数
面密度
fcc 111>100>110
bcc 110>111>100
Smoluckowski効果
PtとAu表面の仕事関数のステップ密度による変化
PtおよびAu上でのステップ密度による
仕事関数の変化
密度
Au: 19.32 g/cm-3
Pt: 21.48 g/cm-3
PtおよびAu上でのステップ密度による
仕事関数の変化 Δφ ステップ数×単位当たりのステップの双極子モーメント
Surf. Sci., 68, 39-46 (1977).
吸着種による仕事関数の変化
O
C
Cs
O
K
Na
アルカリ金属の吸着による仕事関数の変化
(IP)と仕事関数(Φ).単位:eV
Cl、Li表面被覆率(θ)による
仕事関数の変化(ΔΦ)
Surf. Sci., 67, 180, 1977.
アルカリ金属の吸着による仕事関数の変化
1 a.u.=0.529 Å
5-6 a.u.
Surf. Sci., 150, 24, 1985.
元素添加による吸着分子のポテンシャ
ルエネルギーの変化
工業的アンモニア合成の重要性
19世紀末に、英国の化学者で物理学者のウィ
ルアム・クルックス(1832­1919)が
世界的な窒素源不足の危機を指摘し、食料増産
のためには空気中の窒素を利用する方法を開発
することが急務であることを訴えた。
0.5N2 + 1.5H2 = NH3 -46 kJmol-1
N
窒素
N
946 kJ mol-1
N2
46 kJmol-1
NH3
アンモニア合成
N
N
法
4
律速段階
N2結合エネルギー : 945 kj mol-1
e-
反応条件
400~600 C
20~40 MPa
窒素の反結合性軌道に電子供与されることで
結合が切断されやすくなる
A. Ozaki, Acc. Chem. Res., 1981, 14, 16-21.
Fe(111)表面でのアンモニア合成のエネルギーダイヤグラム
N2→2N+945 kJ/mol
H2→2H+436 kJ/mol
6
Fe触媒
ハーバー・ボッシュ法における触媒
! 金属 : 反応の活性点
eee-
金属 : Fe
助触媒
: K 2O
担体 : Al2O3 ! 助触媒 : 電子供与体とし
て窒素の解離を促す
! 担体 : Fe同士が焼結する
のを防ぐ
K. Aika, H. Hori, A. Ozaki, J. Catal., 1972, 27, 424-431.
7
Ru触媒
1972年、秋鹿らが、初めてアンモニア合成用Ru触媒を作製
反応条件
Fe/K/Al2O3
Ru/K/AC
400~600 C, 20~40 MPa
C, 0.1 MPa
大量合成
〇
×
a
Ru
K. Aika, H. Hori, A. Ozaki, J. Catal., 1972, 27, 424-431.
Ru触
Rate (mlstpNH3/hr/g-cat)
イオン化エネルギーと
NH3生成速度の関係
Cs
40
30
20
K
10
Na
80
90
100
110
120
Ionization Potential (kcal/g-atom)
Rate of NH3 synthesis / µmol・h-1・ g-1
Ru触媒における助触媒・Ru原料の最適化
Ru試薬の違いによる
NH3生成速度の関係
Ru3(CO)12/Al2O3
80
60
40
RuCl3/Al2O3
20
0
700 500 800 600 900 700
Temperature / KC
CsおよびRu3(CO)12が最適である
K. Aika, H. Hori, A. Ozaki, J. Catal., 1972, 27, 424-431.
K. Aika, S. Murata, J. Catal., 1992, 136, 126-140.
H2+分子の電子状態
-e
ra
+e
原子間距離Rを固定したときの電子の運動
rb
R
+e
Schrödinger方程式
(1)
H ψ = Eψ
Ψ:それぞれの原子核に電子が1個あるH原子の1s軌道の規格化された
波動関数φaとφbの線形結合(LCAO 近似)
ψ = Caϕ1sa + Cbϕ1sb
*
*
S = ∫ ϕ 1sa
ϕ 1sb dτ = ∫ ϕ 1sb
ϕ 1sa dτ
重なり積分
*
*
α = ∫ ϕ 1sa
H ϕ1sa dτ = ∫ ϕ 1sb
H ϕ1sb dτ
クーロン積分
*
*
β = ∫ ϕ 1sa
H ϕ1sb dτ = ∫ ϕ 1sb
H ϕ1sa dτ
共鳴積分
(1)の左からΨ1sa*, Ψ1sb*をかけて空間積分。Ca=Cb=0以外の解を持つためには
9
一次元結晶の電子状態
E± =
α±β
1± S
ψ+ =
0<S<1, β<0
1
1
(ϕ1sa + ϕ1sb ) ψ− =
(ϕ1sa − ϕ1sb )
2(1+ S)
2(1+ S)
α+β
α −β
E+ =
E− =
<
1+ S
1− S
ΔE = E− − E+ =
一般にバンド幅は2Zβ(zは隣接原子数)
原子の一次元列構造の生成によるバンド形成の概念図
軌道に対応するバンド構造の波数依存性
一次元結晶の電子状態
E± =
α±β
1± S
0<S<1, β<0
ΔE = E− − E+ =
ψ+ =
1
1
(ϕ1sa + ϕ1sb ) ψ− =
(ϕ1sa − ϕ1sb )
2(1+ S)
2(1+ S)
α+β
α −β
E+ =
E− =
<
1+ S
1− S
α − β α + β 2α S − 2 β
−
=
≅ −2 β
1− S 1+ S
1− S 2
(S<<1)
一般にバンド幅は2Zβ(zは隣接原子数)
原子の一次元列構造の生成によるバンド形成の概念図
軌道に対応するバンド構造の波数依存性
正方平面形PtH42-錯体の重なりによって形成される
バンド構造と電子状態密度
結晶の中の電子
固体の中を自由に動く電子のSchrödinger方程式, 波動関数, エネルギー固有値
!2 2
−
∇ Ψ k = Ek Ψ k
2me
Ψ k = exp (ik • r )
!2k 2
Ek =
2me
自由電子のk= π/aにおける波動関数: exp(iπ/a"x), exp(-iπ/a"x)
1次元結晶中のk= π/aにおける波動関数
⎛ π ⎞
⎛ π ⎞
⎛ π ⎞
⎛ π ⎞
π
π
Ψ (+) = exp ⎜ i x ⎟ + exp ⎜ −i x ⎟ = 2 cos x Ψ (−) = exp ⎜ i x ⎟ − exp ⎜ −i x ⎟ = 2isin x
⎝ a ⎠
⎝ a ⎠
⎝ a ⎠
⎝ a ⎠
a
a
表面における電子状態密度
化学吸着
物理吸着
化学吸着
吸引力
Van der Waals力
化学結合
引力の起源
電子分布の分極
電子の交換
電子状態
孤立分子の電子状態がほぼ保持
される
分子の電子状態が変化し、混成
状態を生じることもある
力の特徴
指向性無、長距離的
指向性有、短距離的
吸着 E
∼0.3 eV=28.9 kJmol-1以下
∼0.3 eV=28.9 kJmol-1以上
力の強さ
弱い
強い
分子軌道と金属との相互作用(Hoffmannのモデル)
HOMO-非占有
LOMO-占有
HOMO-占有
Newns-Andersonモデル
LOMO-非占有
酸素原子吸着によるエネルギー状態の変化
吸着分子の軌道の対称性とエネルギー状態が適合し、
かつ、高い状態密度を持つ金属が良い触媒となる。
Pt表面のバンドとCO分子軌道の相互作用
さまざまな表面における結合エネルギー
Catal. Lett., 46, 31-35 (1997)
Cu表面の電子状態と吸着化学種の自由エネルギー
Durand, W. J.; Studt, F.; Abild-Pedersen, F.;
Nørskov, J. K. Surf. Sci., 605, 1354 (2011).
Cu表面の電子状態と吸着化学種の自由エネルギー
Durand, W. J.; Studt, F.; Abild-Pedersen, F.;
Nørskov, J. K. Surf. Sci., 605, 1354 (2011).
Cu表面の電子状態
Durand, W. J.; Studt, F.; Abild-Pedersen, F.;
Nørskov, J. K. Surf. Sci., 605, 1354 (2011).
CO2の電気化学的還元(Au-Cu)
TEM像とUV-Visスペクトル
XRDパターン
AuCu
100 nm
Nat.Comm., 5, 4948 (2014).
CO2の電気化学的還元(Au-Cu)
Nat.Comm., 5, 4948 (2014).
CO2の電気化学的還元(Au-Cu)
COの生成速度
触媒重量あたりのCOの生成量
Nat.Comm., 5, 4948 (2014).
CO2の電気化学的還元(Au-Cu)
Nat. Comm., 5, 4948 (2014).
CO2の電気化学的還元(Cu-Pd)
Physical characterization of CuPd nanoalloys with different structures: ordered, disordered, and phaseseparated. a, Schematic illustration of prepared CuPd nanoalloys with different structures. b, XRD patterns of
prepared CuPd nanoalloys as well as previously reported Cu, Pd and CuPd alloys. c, d, e, High-resolution
TEM images. f, g, h, HAADF-STEM images. i, j, k: Combined EDS elemental maps of Cu (red) and Pd
(green).
under revision
CO2の電気化学的還元生成物(Cu-Pd)
HCOOEtOH
C 2H 4
CH4
H2
CO
CO2の電気化学的還元(Cu-Pd)
UPS
Ordered
Disordered
Phase separation
under revision
金属の構造(室温)
構造
面心立方格子 Ag, Al, Au, Ca, Cu, Ir, Ni,
(fcc)
Pb, Pd, Pt, Rh, Sr
最密六方格子 Be, Cd, Co, Hf, Mg, Os, Re,
(hcp)
Ti, Tl, Zn, Zr, Y
体心立方格子 Ba, Cr, Cs, Fe, K, Li, Mo,
(bcc)
Na, Rb, Ta, V, W