【報 告】⑵ 保育実践としての造形遊びの研究 ∼様々な出会いから子どもの育ちにそった保育実践事例研究∼ 照沼晃子 共同研究者:柿内貞女 Ⅰ.研究の目的 乳幼児にとって造形表現は保育内容領域表現として大切なものであることは、これまで の先行研究で認められている。一方、保育現場では、園やクラスの保育者が実践する際に、 乳幼児の個々の多様な思いや活動の展開・進め方・関わり・援助、取り組んだ作品への見 方などへの疑問が多く聞かれる。*1 本研究では、乳幼児の造形とは、周囲の事物・人・事象との出会い、諸器官や感覚を通 した関わりから、心身の感受性と想像性を生成させていく過程と意味付けることとする。 そのような乳幼児の育ちのための造形表現とは、どのような実践が望ましいのだろうか。 フィールド研究としてK保育園の各年齢のクラスでの造形の実験的な実践と記録、個々の 成長記録を照らし合わせ、話し合いを重ねたケーススタディーから、 「乳幼児の育ち(個性) に求められる望ましい造形表現の援助や設定について、子どもの姿から考察し明らかにし ていく」ことを本研究の目的とする。 Ⅱ.研究の方法と結果 1 研究期間 2011年度6月∼2012年度11月 2 研究対象園対象クラス 認可保育園K園 0歳児組、1歳児組、2歳児組、3歳児組、 4歳児組、5歳児組 3 研究方法と結果の概要 2011年度と2012年度の研究経過と保育実践の考察からの抜粋を次に挙げる。 ⑴ K保育園の各年齢で行った造形表現に視点をおいた保育の進め方 2011年度6月より、保育の場で実験的な取り組みを実施し記録を行う。その記録を元に、 それぞれの年齢の子どもの育ちにとって望ましい実践方法について話し合いを重ねる。そ の話し合いを元に、その後のこどもの造形表現への保育援助や設定にフィードバックしな がら実践を行う。このように継続的に行った実践と記録からケーススタディーとなるべき 事例を抽出し考察を行なう。その保育実践事例を通して、乳幼児の造形表現の保育援助方 法を明らかにする。 園内保育職員の実践協力及び事例執筆者として石田武章、石下梨恵、齋藤綾子、岩間景 子、小林美樹、萩原三根子、山本恵子、福田麻美、大久保美里が主に研究に携わる。その 他全職員の協力により研究は進められた。 ―83― 2011年度 ⑵ 研究プロジェクト報告抜粋 保育実践の記録のデータ化による事例の把握 乳幼児の造形表現の記録を年齢別に各月で集計を行う。本研究全ての記録数は以下と なった。 2011年度(2歳児組、3歳児組、4歳児組で)6月81回、7月82回、8月73回、9月45 回、10月77回、11月66回、12月117回、1月48回、2月100回、3月103回。 2012年度(0歳児組、1歳児組、2歳児組、3歳児組、4歳児組、5歳児組で)4月49 回、5月72回、6月93回、7月75回、8月57回、9月46回、10月67回、11月61回。以上の 造形表現の数は、関わった保育者のまなざしを通し記録となった数といえる。 ⑶ 保育者による造形表現の記録方法 ①記録方法と記録用紙の種類と形式 担任による写真とビデオの記録(全クラス) 。担任のボイスレコーダーによる記録(2 歳児組、3歳児組) 。観察者によるビデオ・写真記録(全クラス)。 6項目のチェック式の記録用紙。チェック方式+自由記述の記録用紙。環境設定と活 動の動線を見取り図として入れた自由記述の記録用紙。写真を入れた自由記述の記録用 800枚、ビデオ映像18本と 紙。活動後の造形物の記録 (全クラス) 。全体として写真約11, なった。 ②記録とふり返りの頻度 記録→ふり返り・読みとり→その姿を援助する造形表現の設定案計画→実践→記録の 繰り返しにより、継続的な実践を試みる。 記録件数は、2011年度(2歳児組、3歳児組、4歳児組)、2012年度(2歳児組、3歳 児組、4歳児組、5歳児組) で計185枚。その他毎日各クラスで記載する日誌も資料とし た。 本実践の試みのための造形の実践についての研究会としての話し合い・ふり返りの頻度 ⑷ 各回2時間、本研究からテーマを設定し、K保育園の各年齢組の担任保育者、園長柿内、 照沼で集まり話し合いを行う。2011年5月27日∼2012年12月4日の間で、2011年度5月1 回、8月1回、9月1回、10月4回、11月2回、12月3回、1月4回、2月5回、3月4 回。2012年度4月6回、5月4回、6月5回、7月3回、8月2回、10月2回、11月6回、 12月1回。 ⑸ 保育職員対象アンケート調査 上記の事例の中で、子どもの育ちという数値化して捉えることが難しい曖昧な点を考察 するための資料として、 「2011年度∼2012年度の造形表現の保育実践からの子どもの姿の変 化」について、K保育園の保育職員24人を対象とした23項目の質問によるアンケート調査 を2012年11月末に実施した。 ⑹ 考察方法 上記の⑴∼⑸の記録と資料を元に、造形表現の過程で子どもの変化や育ちが見られる事 例を下記の観点から抽出し、事例の考察を行う。 ①保育の場が豊かな感性が育まれるための場となるために試行した設定の見直し。 ②各年齢の発達過程と個性に応じ、子どもが周囲の事物・事象と出会い、諸感覚を通した ―84― 2011年度 研究プロジェクト報告抜粋 関わりから、心身の感受性と想像性を生成させていく過程と、その有効な援助を探る。 ③乳幼児の育ちに求められる望ましい造形表現の援助や設定を子どもの姿から考察する。 ⑺ 事例と考察 ①記録事例からの読みとりの抜粋 2011年度3歳児組 日頃の姿と個性 A児 自分の 思い通りにい かないと激し く泣いて止ま 3 らない。 歳 児 組 C児 やって みたい危険な ことを、躊躇 なくやり感情 の起伏が激し い。 造形表現の援助設定 A児とC児の事例と読みとり A児C児が変わる姿 ○大きなバッドに数人ずつ ・絵具のぬたくりではロー ラーで身体にぬたくり、 集まり絵の具を垂らして 小麦粉には自分から水を いき「皆で絵の具を広げ 混ぜて粘土作りに取り組 てみよう」と伝えて子ど む。A児はぐちゃぐちゃ もの姿を見守る。 になって遊びに夢中に ○4歳児組と異年齢でテー なっていた。 【気持ちが変 ブルに座る。事前に小麦 わる姿】 粉の粉に食紅粉を入れて 躊躇せずにやってみる姿 おき「魔法の水を入れよ に他児も刺激を受けて遊 う」と水を入れていくと ぶ姿があった。 【発見や興 小麦粉の変化に気づける 味が子どもから始まる ように設定する。異年齢 姿・遊びが充実する姿】 の気づきの異なりを見守 ・牛乳パックの白い部分を り援助する。 見つけてクレパスで描い ○2歳児組と異年齢でクレ て顔や口にあててマスク パスで遊ぶ。新しい模造 遊びを始める。マスク遊 紙の感触に触れてから びからその後「病院ごっ 「白い紙にお絵描きして 変身させよう」と伝える。 こしよう」と素直に気持 ちを伝えてごっこ遊びを 模造紙に描いた後で、偶 始める姿があった。 【発見 然あった牛乳パックの白 や興味が子どもから始ま い部分を発見し、クレパ る姿】 スで描いてから、顔や口 にあてて遊びが始まる。 A児C児の姿の変化に関わ る友達や保育者の姿の変化 ・遊ぶ姿を見守る。記録を 続ける。保育者間の話し 合いを持つ。 ・好きな素材と思ったよう に関わる姿が、周りの友 達に魅力的に映り、喜び や発見した遊びも伝わっ た。 ・保育者と友達は、A児C 児が発信する姿に気づく ことで、それぞれの理解 が変わる。 ・A児C児の気になる姿は、 造形遊びの中では、遊び を生み出す魅力的な姿で あり、周囲の見方が変 わっていった。 ・見方が変わるに連れて日 頃の遊びも個性を発揮し て遊ぶ姿に変わってくる。 [考察] ○生活の中でのA児C児の気になる姿は、造形表現では、遊びを生み出す魅力的な 姿となって変わって見えた。クラスの友達にもその姿が魅力的な姿と映った。自 分の好きな遊びを楽しむA児C児の姿をみて、他の子もやってみる姿があった。 (23回活動記録中9回) 〇造形で遊ぶ姿に連れて、日々の生活でも個性を発揮して遊ぶ姿となってきた。生 活の中での子どもの姿に変化があった。 ○担任は造形表現で子どもの心が動く姿では、その個性の新たな面に気づかされた。 このように大人の意識の変化から、子どもの個性的な新たな遊びが始まっていっ た。 ②記録事例からの読みとりの抜粋 2011年度4歳児組「新聞紙での棒作り∼あそびのひろがり∼」の事例と読みとり 2011年2月8日 (紙遊び)昨日一昨日の遊びの延長で、紙を散らして遊ぶ。集まりで「I とこんな風に遊んだよ」と小さく切った紙をダンボールの風で散らして見せる。年中組 ―85― 2011年度 研究プロジェクト報告抜粋 に続く場所で年長組の方にテーブルを出し細かく切る。それを年中組の方で散らして遊 ぶ。 (省略)豆まきとイメージが重なって、H、T、E、Us を中心に鬼・豆まきごっこが 始まる。鬼ごっこになっていく。 新聞を棒にして叩き合う遊びが始まる。新聞紙は3歳児組頃から丸めて剣にしていた が、クラスでは棒を作ると戦いごっこになる遊びが固定していた。その姿に細くて硬く 丸めた棒は変化しにくいので遊びが固定していくのではと考えたが、大好きな遊びを無 理に止めるのは抵抗があった。 [援助] 今までの造形表現の子どもの姿から…大人の思惑からはみ出していく子の力を大 切にしていく援助の大切さを感じていたので、「好きな棒づくりを思い切りしてみるこ と」を援助とし、かかわりをみていった。 3月1日 (新聞紙)すぐに遊びが始まる。Rは、かばんかけの側で座っていたので「や らないの?」 と声をかけると、 「だって細い棒作れないから嫌なんだもん」と言う。「じゃ あ一緒にやってみようよ」と声をかけ、Rが作るのを見守りながら声かけしていくと、 少しずつ自分でやろうとする。 I は丸めた棒を2つに折り「ワニだよ」と見せる。「本当だ、食べられたら痛そうだね」 と返すと、その棒に丸めたものをさらにつけ、体を作る。H は朝、保育者が頭に被って いたのを見て、細長く折った新聞を「カチューシャにする」と言って頭につける。R も同 じように作る。W、Us は桜型のパンチで切りぬいた紙を棒につけていく。M、A は二人 で細くした棒を使って「えいっ」と棒と棒を重ねて戦いのようにして遊ぶ。Hは自分の 腰にベルトをつけ、 「かわいいね」と声をかけると「作ってあげるね」と言い、しばらく して腰に付けに来る。またもう一人の保育者の足にも巻きつける。 [変化の兆し]「戦い」が中心にありながら、Is(ワニを作る)、R(輪をつくって輪投げ) 、 K(ベルトを作る)など、変化の兆しを大切にしてさらに続けていく。 3月5日 (新聞紙・土粘土、3歳児組と合同)最初は紙を留めるのに使っていたが、HH は模様のようにカラーテープを貼る。N は棒に全部カラーテープを貼ると、「笛だよ」 と 言ってフルートのように横にして吹く真似をする。Tp はギターのような形を作ると、そ れを K がもらい、ギターを弾く真似をして遊ぶ。Hk は頭にカチューシャをつけ、 「見て」 と嬉しそうにする。K は自分でベルトと新聞を腰につけて裾を少し破り、スカートにす ると UN も真似て作ろうとする。それに加えて UN は上の洋服も作る。 [援助] ・変化の兆しを見ながら続けていく ・カラーセロテープに触れ始める。 [変化] 棒での遊びの変化、太いものを使う、形を変える、硬いものに拘らないイメージ が表れる。 3月14日 (新聞紙)以前の遊びでとってあった新聞の棒やベルト、ギターなどを出し、 新しい新聞紙も出して遊ぶ。新しい新聞紙をもらって新たに作りたがる H。T は輪にし たものをかぶり、手には太くて短い棒。 「海賊」と言っていて、棒を覗いて望遠鏡にして いた。E は剣が折れていて、その先にもう一つ棒をつけて「釣りみたい」と言っていると、 H が「海賊船はこっちだぞ」と誘いに来て、海賊ごっこが始まる。J、K も入りアッとい う間に戦いごっこになる。 「戦いは部屋でしない」と言うと、「テラスならいいでしょ」 ―86― 2011年度 研究プロジェクト報告抜粋 と H。テラスで戦いが続く。そんな中で K の盾を作る新しい発想も出てきた。 [それぞれのイメージの出会い] E は戦いごっこの剣が折れたことで、その剣の先に新た な棒を付けて釣竿にする。海賊ごっこの H は「海賊船はこっちだぞ」と戦いは続くが、 海賊ごっこのイメージもありながら皆で釣りをしていた。Kは兜や楯も作り始める。棒 の形の変化を遊びに取り入れ友達とイメージの世界を広げあっていた。海賊のイメージ から新しいものを作り始めた。 気になる姿 その姿への援助 変化と遊びの展開 〇子どもが好きな棒づくり ⇒〈変化の兆し〉たたかいが中心にありながら、Is くん (ワニを作る)、Rちゃん(輪をつくって輪投げ) 、 を思い切りしてみること Kちゃん(ベルトを作る) 。変化の兆しを大切にしてさ を援助し 棒へのかかわ らに続けていく。 りをみていく。 4 クラスで新聞 〇変化の兆しを大切に見守 ⇒〈棒での遊びの変化〉太いものを使う、形を変える、 歳 を棒にして叩 硬いものにこだわらない、それぞれのイメージが表れ り続けていく。 児 る。 ○カラーセロテープを出し き合い遊ぶ姿 組 ⇒「海賊船はこっちだぞ」と戦いは続くが海賊ごっこの ておく。 が目立つ イメージもありながら皆で釣りをしていた。兜や楯も 作り始める発想も出てきた。棒の形の変化を遊びに取 り入れて友達とイメージの世界を広げあった。海賊の イメージから新しいものを作り始めていた。 [考察] 遊びが広がる時、子どもが大人の想像の範疇をこえていくことがあった。その子 が自分の素材と出会い感覚を開いた時の遊びの凄さが実感された。この「感覚を開く瞬 間」に気づかされ、その姿の大切さを痛感した。本来子どもが持っている感性と出会う 時を逃さずに、その個性を受けとめた援助の大切さを実感した。叩き合う気になる遊び の姿に対し「好きな棒づくりを思い切りしてみること」を援助し、棒へのかかわりの変 化を見守ることと、タイミング良くカラーセロテープを手にすることで、遊びのイメー ジは多様に広がった。 ⑻ まとめ 本研究の事例を通して、乳幼児の育ちに有効となった保育者の援助設定として次のこと が省察された。 〇様々な出会いの可能性が広がるような環境設定の工夫を行うことは、子どもの育ちに有 効である。ただその設定は、その都度子どもの思いや欲求、行動に応じて、タイミング よく応答的に設定されることが望ましいことが分かった。 それらの環境設定の内容について、職員同士が色々な角度から頻繁に子どもの姿を伝 え合うこと、保育者の話し合いにより子どもにかかわる園の保育者全員が、 「その子の感 覚に寄りそう援助」を日々心がけることが、こどもの育ちの可能性が広げ支えていく援 助となることもみとめられた。 〇子どものその時期の感性の姿を決めつけないようにする。「大人の感覚で引っ張らない」 「大人のイメージで既成の概念を押しつけない」こと。困った姿と思えても「待つ援助」 「見守る援助」を行うこと。 「子どもが自分の素材と出会う瞬間に気づく」ことで「その 子の感覚を開く瞬間」を見逃さない・受けとめる援助が、心の育ちには有効である。 ―87― 2011年度 研究プロジェクト報告抜粋 日頃の生活と造形遊びの子どもの姿を逃さずに「見る」 「気づく」ことから、個々の本 来の個性の姿に出会えることは、子どもの本来の育ちの力に出会うこととなる。 参考文献 *1 照沼晃子,平田智久「保育が変わる!0歳からの造形遊びQ&A」フレーベル館,2011年 ―88―
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