「働くシニア」が超高齢社会を豊かにする

「働くシニア」が超高齢社会を豊かにする
斉藤 徹
株式会社電通 電通総研 研究主幹 電通シニアプロジェクト代表
超高齢社会のいま
現在、日本は世界で最も高齢化が進行した国
リゾートを初め、孫世代をも取り込む三世代を
ターゲットにした観光、旅行も活発である。貧
である。65歳以上が人口に占める割合は2014年
困や介護負担に悩む高齢者の方々がいる一方で、
で25.8%。イタリアの21.5%、ドイツの21.3%
(と
ゆとりをもったリタイアライフを送る高齢者が
もに2014年)が次ぐが、世界トップの高齢化ポ
いる。このような富裕と貧困の格差も高齢社会
ジションは2060年まで変わらない。日本人の平
の特徴のひとつであろう。
均寿命は女性で86.83歳、男性は80.50歳(2014年)
で、ともに過去最高を更新している。
元来、多くの人々が思い描いていた長寿社会
とは、ある種のユートピア社会のはずであった。
超高齢社会における
新しいライフスタイルモデルとは
このような実態を踏まえたうえで、本論でテー
しかし、現実に訪れた超高齢社会は、全く予想
マとしたいのは、超高齢化社会における高齢者
し得なかった数多くの社会課題を我々に突き付
のライフスタイルに関してである。
けている。NHKのシリーズ「老人漂流社会」で、
漫画「サザエさん」に登場する磯野波平氏の
終(つい)の住処、認知症、老後破産、親子共
姿を思い浮かべてみて欲しい。同漫画が朝日新
倒れなどのテーマが話題となったのもその一例
聞に連載されはじめたのは終戦まもない昭和20
であろう。個人のみならず、年金、医療費など
年代半ばであったが、ここで描かれている磯野
社会保障費の増大も財政の先行きに暗雲を漂わ
波平氏の想定年齢はなんと54歳であった(今の
せる一因である。
54歳と比べてはるかに老けていることか!)。
しかし一方で、高齢者はこのような社会課題
当時の会社員の定年退職年齢は大体55歳か56
的問題だけで語られるべき存在でもない。比較
歳であったから、54歳という設定は来年には定
的元気で富裕な高齢者を対象にした数多くの
年を迎えるサラリーマンというわけである。当
キャンペーンや企業活動も近年活発に行われて
時の平均寿命は男性で68歳であった。波平氏は
いる。例えば、2013年4月から期間限定で始まっ
来年定年退職を迎え、その後は約10年強、年金
た「孫に対する教育資金の非課税贈与」は活況
で悠々自適のリタイアライフを続けることにな
を呈している。「住宅資金の非課税贈与」も期間
る。これが、戦後間もない時代の高齢者のリタ
延長、2015年度からは「結婚・出産・育児資金
イア・ライフ・モデルであった。
の贈与」なども新たにはじまり、子・孫世代へ
の資金移転はブームの様相を呈している。
「波平さん」時代から半世紀以上が過ぎた。現
在日本は冒頭に述べたように、世界トップの超
予約が取れない状態がいまだに続くJR九州の
高齢国家となった。その中で、日本は長寿社会
豪華列車「ななつ星」、北陸新幹線開業による金
における理想的なライフが過ごせる国たり得て
沢観光ブーム、豪華クルーズなどゴージャス系
いると言えるだろうか。答えは残念ながら“ノー”
旅行の主役も高齢者が中心である。ディズニー・
である。
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斉藤 徹(さいとう とおる)
略歴:
1982 年西武百貨店入社。経営企画、流通産業
研究所、パルコを経て 1997 年電通入社。現在、
高齢社会・高齢者研究、高齢社会における事業
開発からシニア向け商品開発、施設開発、イベ
ント・プロデュースまで幅広く高齢者関連ビジ
ネスに関わる。著書に『団塊マーケティング』
(2007 年、共著、電通)、
『発達科学入門 3』
(2012
年、共著、東京大学出版会)、『吉祥寺が「い
ま一番住みたい街」になった理由』(2013 年、
ぶんしん出版)、『超高齢社会マーケティング』
(2014 年、編著、ダイヤモンド社)など。
現在、多数の会社員の定年退職年齢は60歳で
高齢化が進む中で、冒頭に述べた数多くの社会
ある。その後、多くは同じ会社か、関連会社な
課題を高齢者も参画する形で解決するシステム
どで再雇用され65歳まで働き続ける。仮に完全
を構築することが必要である。何歳になっても
リタイアしたとすれば、男性は65歳の平均余命
生き生きと働き続けられる働き方モデルの構築、
19.08年(84歳まで)を余生として送ることになる。
若者が高齢者を支えるだけでなく高齢者が子育
長寿の期間が伸びることは喜ばしいことでは
て世代を助ける、同世代の高齢者を支えるといっ
あるが、年金の支給金額も増えることになる。
た多様な世代支え合いの仕組みの構築が求めら
75歳を過ぎて後期高齢期になれば、疾病の発症
れている。
率も高まり、要介護となる率も高まる。医療費
や介護費用の負担が増えてくる。国民医療費に
働き続けたい高齢者は増えている
占める65歳以上高齢者医療比率は56.3%(
「平成
このように考えるのは、高齢者になっても働
24年度国民医療費の概況」(厚生労働省))と医
き続ける高齢者が実際に増加しているからでも
療費の半分以上を占めている(75歳以上の医療
ある。厚生労働省「労働力調査」で、近年の男
費率は34.6%である)。長寿社会ゆえの社会課題
女就業率の変化を見ると、2006年度施行の「高
である。
年齢者雇用安定法」の影響もあり、60-64歳の就
世界有数の長寿化が進んだいま、「波平さんモ
業率は明らかに上昇している。とりわけ女性就
デル」では10年強であった余生が、現在は20年
業率の上昇が注目されるが、この年齢の女性層
強。しかし、これは「余生」と呼ぶには余りに
の就業形態は、パート・アルバイトなどの非正
も長すぎはしないだろうか。生まれてから成人
規雇用比率が高いことから、これは「雇用安定法」
するまでの期間に相当するものであり、余生と
の影響よりも、むしろ長年の景気低迷の影響を
いう一言でくくるには余りにも無理が生じてい
受けていると考えたほうが良さそうである。ま
る。
た、65-69歳の就業率も男性では高まっている。
少子化が進み、生産年齢人口が既に減少して
2015年3月に実施した「電通総研『シニア ×
いる我が国では、今後労働人口不足がさまざま
働く』調査」では、東名阪に居住し、50代後半
な職業分野で起こってくるだろう。年金制度に
に就労経験のある60 ∼ 69歳、2,600名に高齢者
ついても、現役世代が高齢者世代を支えるとい
の同法による雇用延長について聞いてみた。「65
う賦課方式は早晩限界を示すことになるのでは
歳まで働けるようになったのは良いことだと思
ないか。
う」と考える人は6割にのぼった。さらに「出
超高齢社会における高齢者の新しいライフス
来 れ ば 雇 用 延 長 を70歳 ま で 伸 ば し て 欲 し い 」
タイルモデルを考えるということは、すなわち
(24.2%)
、「定年制度を無くしたほうが良いと思
長寿社会における高齢期の新しい働き方・暮ら
う」(18.3%)といった意見も多く、長く働ける
し方を考えることにほかならない。今後、少子
社会を支持する声は高い。
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備える気持ちの高まり
定年退職後の働き方
このような働きたいニーズの高まりは、何に
60歳を過ぎても働き続けるシニア、彼らは実
よってもたらされているのだろうか。理由とし
際に60歳の定年退職後どのような場所で働いて
てまず考えられるのは、将来に対する不安の高
いるのだろうか。同じく「シニア × 働く」調査
まりである。冒頭に述べた高齢期に関わる数多
で聞いてみた。
くの社会不安が報道されることで、安泰な老後
最も高かったのは、「再雇用契約をして同じ会
生活がそうそう簡単に保証されないことは、既
社やグループ会社で働きはじめた(34.8%)
」と
に多くの人々が感じている。
いうもので、「(社員としての)勤務延長をして
「シニア × 働く」調査で、これから老後のため
同じ会社やグループ会社で働きはじめた(4.4%)
」
にどのくらいの金額が必要ですか、と聞いたと
を加えると、約4割近い人々は定年後一旦同じ
ころ、最も多かった回答は「いくらあっても大
グループ企業で勤め続けている。
丈夫とはいえない」というものであった(ちな
一 方 で、
「すぐに別の会社で働きはじめた
みに、平均金額では4,141万円という回答であ
(7.7%)
」、「ある程度期間をおいたあと、別の会
る)
。元気でいるうちは、働き続けるのが当然で
社で働きはじめた(12.7%)」と2割強の人は別
あるという意識の醸成が徐々になされて来てい
の場で就職先を見つけている。定年後のセカン
るのではないだろうか。
ド・キャリアとして独立起業や移住など新しい
高齢期になっても人々が働き続けるように
働き方も昨今では期待されているが、
「資格を活
なっているのは、働き続けたいと思える体力・
かし個人で働きはじめた(1.5%)」「自ら起業し
気力が残っているからである。実際、現在の高
たり、起業の準備をはじめた(1.3%)」「故郷や
齢者と昔の高齢者とを比べると、体力年齢は明
別の場所に移住して仕事を見つけた(0.3%)
」と、
らかに向上している。文部科学省の「体力・運
現状はさほど高くない。
動能力調査」で、この10 ∼ 15年の高齢者の運動
定年退職後に別の会社で働いていた(働いて
能力の変化を見ると、「握力」はさほどの変化は
いる)人に働きはじめた契機を聞いたところ、
見られないものの、それ以外の「上体おこし」、
「開
高 か っ た の は「 ハ ロ ー ワ ー ク か ら の 紹 介 」
目片足立ち」、「10m障害物歩行」、「6分間歩行」
(29.3%)
、「知り合いの紹介」
(21.2%)
、「以前働
などの項目では高い能力の向上が窺える1。この
いていた会社からの紹介」(14.6%)
、「民間の求
ような体力向上の結果も、働き続けたいと考え
人会社からの紹介」
(12.8%)などであり、人材
る人が増加する一因となっているのだろう。
紹介機能が一定の役割を果たすと同時に、縁故
による就業も相当数いることが理解できる。
60代になると働く業種や規模にも大きな変化
1 文部科学省「平成25年度体力・運動能力調査報告書」
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が訪れる。現役時代(50代)に働いたことのあ
はならないという意識が高いが、60歳を過ぎて
る業種と60代で働いている業種を比較してみる
くるとそろそろ子育ても終了するため、将来不
と、50代では比較的幅広い業種となっているの
安はあるものの、必死になって稼がなくてはな
に対して、60代以降では、
「卸売・小売業」
「各
らないわけではない。60代後半では、家計・生
種サービス業」「医療・福祉」などの労働集約的
計のためというよりは、
「健康維持のため」といっ
な産業に寄っている。従業員規模についても、
た健康志向や「社会や人との繋がりを実感でき
60代以降で最も多いのは、「10人未満」(16.7%)、
るため」という繋がり志向に加え、
「自分が自由
「10 ∼ 30人未満」(13.8%)と、大企業・中堅企
に使えるお金を得るため」といった自己充実志
業から中小規模の企業へ働く場所がシフトして
向が、働くことのモチベーションとなってくる。
いることがわかる。雇用形態に関しては、男性
単純に「働くことが好きだから」という人も、
では、60代前半は正社員・正規職員が多いのに
特に女性には高い。
対して、後半ではこの率がぐっと下がり、代わ
今後さらに高齢期に生きがいをもって働き続
りにアルバイト・パートタイムといった非正規
けられる社会を形成していくためには、このよ
雇用が増加する。一方女性の場合は、元々アル
うな年齢と共に変化していく、働くことに対す
バイト・パートタイム雇用が圧倒的に多いため、
る動機付けをきちんと考慮した形で働き方改革
前半と後半ではさほどの違いはない。
を行なうことが求められてくるだろう。
60代前半と後半で大きく異なる
高齢期の新しい働き方モデルとは
「働くことのモチベーション」
彼ら(60-69歳)に現在、働くことについての
意識を聞いたところ、男性では57.2%、女性では
以上を踏まえ、どのような働き方が高齢者に
とって理想的か、いくつかの事例を交えながら
考えてみたい。
54.0%が「現在、働きたい」と思っているという
現在、高齢期における働き方として最も多い
回答を得た。但し、これも60代の前半と後半で
のは、先の結果にあらわれていたように、現役
は「働きたい」ことに対する意欲が異なってく
時代のキャリア・能力とは関係なく、社会にお
るようで、60代前半60.5%(男性61.2%、女性
ける軽労働、軽作業を引き受けるといったパター
59.7 %) に 対 し、60代 後 半 で は50.8 %( 男 性
ンである。厚労省の指導のもと、各地方自治体
53.2%、女性48.3%)と低下する。また男性より
が行っている「シルバー人材センター」が代表
も女性が低下している。
ケースであろう。センターが主に請け負ってい
これと連動するわけではないだろうが、年齢
る作業は、庭木などの剪定、障子・ふすま・網
と共に変化してくるのが、働くことに対する理
戸の張替え、除草・草刈り、清掃、パソコン指導、
由である。結婚して、子育て真盛りの時期であ
一般事務などである。一般の企業活動よりも安
れば、家族のために、子供のために働かなくて
価で請け負うことが前提であるため、一人の人
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間が受託出来る作業時間は制限されている。
経理経験者の人材派遣サービスである。現役時
平成25(2013)年の全国加入団体数(全国シ
代に、大企業中心に経理・財務分野で専門能力
ルバー人材事業協会加盟団体)は約1,300団体、
を発揮されていた人々を中心に登録し、リタイ
加入会員数は約73万人を数え、契約金(事業受
アした彼らを派遣社員としてフルタイムではな
託金額)は2,979億円と高齢期(60歳以上)の働
く1日4∼5時間、週3∼4日を基本として、
く場の創出機能としては、一定の役割を果たし
同社が業務委託を交わした企業に人材派遣を
ていると言える。ただ、業務内容が、軽労働、
行っていくというというのが基本的なビジネス
一般事務に偏っているきらいもあり、現在の高
モデルである。
齢者の能力を十分に活かし切れているとは言い
難い部分もある。
「株式会社シニア経理財務」は、その名の通り
経理財務分野で培った能力の利活用であるが、
一方で近年では、社会課題を解決する新たな
これの技術者バージョンが「フレッシュシック
業務を活動内容に加えようとするセンターも現
スオー」(茨城県神栖市)である。同社は、
「シ
われている。例えば、年老いた親と離れて暮ら
ニア技術者の活躍で顧客に低コストで高品質の
す子供の依頼に応じて、家事支援や通院支援を
サービスを提供する」ことを企業理念とし、ス
行う「親孝行代行サービス」
(福岡市シルバーサー
タッフの雇用方針は、
「満60歳入社、65歳定年、
ビス人材センター)、入院や転勤などで不在と
70歳選択定年」である。技術者として能力を持っ
なった「空き家」の適切な見守りを行う「空き家・
た定年退職者を雇用し、外部に対しては、一般
空き地安心サポート事業」(北九州市シルバー人
の市場価格よりも低コストでサービスを提供す
材センター)といったケースも現れてきている。
るというビジネスモデルである。安価で提供で
高齢者が活躍することによって各種社会課題を
きるのも、既に年金収入がある高齢者だからこ
解決する、このようなモデルづくりは今後益々
そ可能となる仕組みである。
重要になってくるに違いない。
現役時代に培った能力を活用しつつ、高齢期
においても働き続けるモデルは、ある種、理想
現役時代の能力を活かした働き方モデル
的な働き方のひとつである。まだ事例としては
シルバー人材センター機能の強化も、今後の
少ないものの、今後は、技術職、経理財務職の
超高齢化社会においては重要なポイントではあ
みならず、営業、マーケティング、人事、総務
るが、今後さらに大切になってくるのは、現役
など様々な部門に広がっていくことが期待され
時代の能力を活かしつつ高齢期のコンディショ
る。
ンにふさわしい働き方のモデルづくりである。
このようなモデルの代表事例をいくつかご紹
クラウドソーシングによるジョブマッチング
介しよう。「株式会社シニア経理財務」(東京都
一般に、高齢期において職を求める場合、民
千代田区)は、シニアに特化した経理財務海外
間の人材紹介企業、ハローワークなどに頼る場
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合が一般的である。ただしこの場合、求人企業
スグラントのホームページより)プロボノの仕
側は、一定期間雇用し続けることが前提となる
組みは、現在自分のNPOが不足・欠落している
こともあり、パートタイム、契約社員などの雇
と考える業務を単発的に支援する仕組みであり、
用内容に関わらず、求める人材に対してはシビ
比較的気軽に自分の保有するノウハウを持って
アにならざるを得ない。また自社のスキルに慣
社会貢献を行うことが可能である。このような
れてもらうといった視点からも、高齢者よりも
ITを利用したジョブマッチング、スキルマッチ
若者のほうが使いやすいと考えてしまうケース
ングの仕組みも今後有効に機能していくことが
が多いのではないだろうか。
期待される。
一方、近年では従来型の高いハードルを伴う
職業紹介ではなく、インターネットの普及に伴
い、より気軽にジョブマッチングやスキルマッ
チングが可能なシステムが生まれつつある。
趣味を活かした働き方モデル
高齢期における理想的な働き方のひとつに「自
分の趣味を生かした職業につく」がある。もち
ウェブ上でのジョブマッチング大手である「ク
ろんプロ級の腕前であれば、趣味をベースに自
ラウドワークス」
(東京都渋谷区)は、2013年10
分でビジネスを始めることも可能であろうが、
月にテレビ東京と業務提携し、シニア向けグラ
その領域にたどり着くのはそうそう簡単なこと
ウドソーシングサービスを開始している。クラ
ではない。全ての人に可能なわけではないが、
ウドワークスが募集している仕事は、今のとこ
旅行会社「 クラブツーリズム」(東京都新宿区)
ろホームページ制作、システム開発、デザイン
のフェローフレンドリースタッフ(FFS)は、
など、PC・インターネットと相性の良い業務が
そのような夢を一部実現可能とする仕組みであ
中心であるが、徐々に高齢者スキルと相性の良
る。簡単に言えばFFSは、同社のお客の中から
い業務も増えていくであろう。
クラブツーリズムの旅行に添乗員として参加す
業務だけでなく、NPOや社会貢献分野におけ
る仕組みである。
るスキルマッチングの仕組みも現れている。「特
以前、同社のフェローフレンドリースタッフ
定非営利活動法人サービスグラント」(東京都渋
の方々とともに日帰り研修旅行に参加させてい
谷区)は、NPOに不足している「スキル」や「ノ
ただいたことがある。松本に向かう中央高速道
ウハウ」を提供することで支援するプロボノ・
のバスが、中央アルプスの山々に近づいた頃、
マッチングを提供している。サービスの種類は、
初老スタッフのおひとりがおもむろにマイクを
ウェブサイト、印刷物、営業資料、業務フロー
握り、眼前に広がる山々の名称と由来を詳しく
設定、事業計画立案、マーケティング基礎調査
説明し始めた。その解説は素晴らしく、なぜ、
などである。プロボノとは、「社会的・公共的な
それほどまでに詳しいのかと訪ねてみたところ、
目的のために、職業上のスキルや専門知識を生
彼は、若い頃から趣味が山登りであり、今まで
かしたボランティア活動」を意味する。(サービ
数切れないほどの登山経験があるという。彼は、
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この経験を生かして、クラブツーリズムのハイ
き方の最大の特徴は、従業員同士の極めて家族
キング、登山旅行の添乗員を行っているのであ
経営的な関係に基づくジョブ・シェアリングの
る。確かにこれだけ山々に詳しい人であれば、
仕組みである。作業自体がさほど複雑ではない
旅行参加者も安心して旅のコーディネイトをお
ということもあるが、ある人が用事があり、作
任せできるだろう。一例に過ぎないが、このよ
業を途中で辞めざるを得なくなった場合にも、
うな自己の趣味・経験が活かせる働き方も高齢
他のメンバーが前工程・後工程を含めてバック
期における理想的な働き方のひとつである。
アップに入る。
個々人が自分の担当業務を自分の好きなペー
高齢者同士によるジョブ・シェアリング
スで行う仕組みと環境を、同社は実現している
先の調査結果にも出ていた通り、高齢でも後
(例えば、夜中の1時から働きたい場合であって
期高齢期に近づいてくれば、働くことに対する
も可能である)
。一見、高齢者が自由奔放に働い
目的が異なってくる。生計維持のためではなく、
ているかのように見えつつ、メンバー皆が、
「社
働くことで「社会と繋がっていたい」、「健康で
長のためにがんばってやらなきゃ」と思う社風
いたい」、「給与は少ないけれどものんびり働き
を作りだしている。このような「高齢者のゆる
たい」といった、どちらかと言うと「社会的繋
やかな働き方モデル」の確立も今後重要になっ
がりを維持するために働く」というニーズである。
てくるに違いない。
このゆるやかな働きを実現しているのが、米
国ボストン郊外の企業「ヴァイタルニードル社」
働き続けることが消費を活性化する
である。この企業の詳細は、米オーリン大学の
最後に働く高齢者を増加させることは、先に
文化人類学者ケイトリン・リンチ氏の著書「高
申し上げたような社会課題を解決するためだけ
齢者が働くということ」(ダイヤモンド社)に詳
ではなく、社会全体の消費を活性化することに
しい。同社は、医療現場などで使用される業務
も繋がってくるということを主張しておきたい。
用針を製造する工場であるが、製造部門で働く
一般的に年齢を重ねれば消費意欲は徐々に衰
従業員40名のうち、約半数の人々は74歳以上で、
え、実際の消費実態も細っていく。これは、家
最高年齢はなんと99歳である。高齢者が多い企
計調査年報で年代別の消費支出金額を追ってみ
業であるにもかかわらず、同社は業績をこの10
れば明らかである。
年で飛躍的に伸ばしている。
高齢者人口は、総数としては今後増加するも
リンチ氏はエスノグラフィー 2手法を使い、同
のの、それは言ってみれば、消費意欲がより旺
社の高齢者の働きかた、人間関係を密着研究す
盛であった現役世代の人々が高齢者に移行する
る。詳しく語るスペースはないが、ここでの働
だけに過ぎない。若者から高齢者まで含んだ人々
2 エスノグラフィーとは、文化人類学や社会学、心理学で使われる研究手法の1つ。もともとは、対象となる部族や民族の「文化」
における特徴や日常的な行動様式を詳細に記述する方法のことを指す。
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の総数として消費全体を捉えるならば、高齢者
実収入363,064円に対し、295,586円の消費支出
比率の高まりに比例して明らかに消費金額の総
があってもなお、月約1万5千円の黒字である。
量は減少するのである。
これに対し、無職世帯の場合は、社会保障給付
もちろん、高齢者の構成比が相対的に増加し
(146,946円)では消費支出(248,564円)を賄うこ
てくる中で対応を図るべき事象もある。例えば、
とが出来ず、毎月9万7千円の赤字を預貯金の
健康意識の高まりに対応した商品・サービス分
取り崩しで埋め合わせている。預貯金を減らし
野の強化、余暇時間の増大に伴う旅行商品や様々
ながら日々の生活を続けているのであれば、自
な余暇エンタテイメント・サービスの提供、孫
ずと消費意欲は活発にはならないだろう。
(下図
との繋がりを意識した商品・サービス、個食へ
参照)
の対応、見守り・サービスニーズなど、色々あ
高齢者の消費を活発化させるためには、高齢
るだろう。しかし、この領域については、もう
者の人々がストレスなく働き続けられる社会の
既に言い尽くされている感が無きにしもあらず
構築が必須である。繰り返しになるが、若い時
である。
代に培ったノウハウ・知見、さらには趣味など
働く高齢者の消費支出は、無職高齢者のそれ
をベースとして、多様な働き方が選択できる社
とは格段に異なる。平成21年総務省統計局「全
会、このような社会構築に向けた仕組み作りが、
国消費実態調査」で高齢者勤労世帯と無職世帯
少子高齢化社会においては更に重要になってく
を比較すると、勤労世帯は社会保障給付(118,263
るだろう。
円)に勤め先収入(224,755円)が加わることで、
図 高齢勤労世帯・無職世帯の収入と支出
高齢勤労者世帯
高齢無職世帯
実収入 363,064 円(100%)
勤め先収入 224,755 円
61.9%
実収入 181,946 円(100%)
社会保証給付
118,263 円
32.6%
その他
20,046 円
5.5%
社会保証給付 146,686 円
80.6%
食料
24.3%
光熱・水道
住居
家具・家事用品
14.4% 11.7%
赤字 97,489 円
可処分所得 151,075 円
消費支出 248,564 円(100%)
可処分所得 310,585 円
消費支出 295,586 円(100%)
非消費
支出
52,479 円
その他
19.4%
その他の
消費支出
25.0%
保健
教育 教養娯楽
医療 交通・通信
被服及び履物
黒字
14,999 円
非消費
支出
30,872 円
食料
25.6%
住居
11.6% 12.8%
光熱・水道
家具・家事用品
その他の
消費支出
22.7%
保健
教育 教養娯楽
医療 交通・通信
被服及び履物
出所:総務省統計局「全国消費実態調査」
(2009 年)
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