Kyushu Communication Studies, Vol.8, 2010, pp. 77-88 ©2010 日本コミュニケーション学会九州支部 【 特 別 企 画 】 酒と組織コミュニケーション ―「飲みニケーション」再考― 筒井 久美子 (熊本学園大学) Sake and Organizational Communication: Reconsidering “Nominication” TSUTSUI Kumiko (Kumamoto Gakuen University) Abstract. This essay focuses on how sake influences human relationships and communication within organizations based on the special lectures on shochu given by two professors, Yasuhito Takeda and Yoshihiro Sameshima, at the 16th annual convention of CAJ Kyushu in Kagoshima. Sake has been considered as a great communication tool to open one’s mind, get to know each other, and build a close relationship. During the high economic growth, the term “nominication (communication through drinking)” was created because salary men often went out for drinks after hours in order to exchange opinions, learn others’ honest feelings, develop personal relationships, and enhance group unity. Nominication even contributed to better communication at work. However, due to recent economic and social change in Japan as well as changing personal attitudes to work, more and more young employees decide not to participate in after-hours drinking. Now, many companies suffer from new employees’ high turnover rates and a growing number of employees who are afflicted with stress and depression. A good relationship with superiors is believed to significantly influence their job satisfaction and psychological health. Also, the progress of information technology at the workplace makes the situation worse because it creates more individual tasks than group tasks and increases indirect and impersonal interactions with others. IT makes their jobs easier but it eventually fosters shallow relationships where employees cannot frankly ask or talk about their problems or feelings. Under such circumstances, nominication can be used as one of the many ways to develop better communication and intimate relationships. This paper discusses the role of sake in the Japanese society, factors that brought present-day young employees’ passive attitudes toward after-hours drinking, and the use of shochu as an 77 approach, different from sake or beer, to successful nominication. 0.はじめに 本稿では、第 16 回 CAJ 九州支部大会にて行われた竹田靖史氏による「焼酎学とカラオケ学」、 並びに鮫島吉廣氏による「焼酎問わず語り」の特別講演をもとに、酒が組織でのコミュニケーシ ョンや人間関係にどのように影響を及ぼすのか考察する。竹田氏と鮫島氏による特別講演は、焼 酎の製造と歴史から、鹿児島と焼酎の関わり、酒質の特徴、酒の功罪、焼酎の飲み方、「焼酎学 講座」や「カラオケ学」の誕生など多岐にわたり、焼酎に関して知識のない者でも分かりやすく 興味深く傾聴できるものであった。特に地域貢献や歴史、コミュニケーションに興味のある者に とっては、焼酎を通しての地域活性化、広がる人脈や創造性に感心したことであろう。一日当た り 1 億円も納税する鹿児島県の焼酎産業、カラオケに行ってほろ酔いかげんで「カラオケ学」を 考案した焼酎党の仲間たち(竹田、2009 年 10 月 11 日)、神主に一度も焼酎を飲ませてもらえ なかった恨みつらみを落書きし、400 年もの歳月を経てそのメッセージを届け焼酎の歴史を塗り 替えた靍田助太郎、酒に酔い柔らかくなった頭で「ダレヤメ(適正飲酒)」という造語を生み出 した酒好き(鮫島、2009 年 10 月 11 日)の解説は特に印象的であった。 酒にはストレスや緊張を和らげ、場を和ませ、会話を弾ませ、本音を出しやすくし、その場に いる相手との距離を縮めコミュニケーションを円滑にする不思議な力がある。酒の力によって強 面の人が見せるはにかみや、真面目だと思っていた人の口から突然出るジョーク、普段口数の少 ない人が持つ豊富な話題などは、相手の緊張を解きほぐし、コミュニケーションをとりやすくさ せる。酒が苦手な人や体質上飲めない人でも、宴会の席にいるだけで、和気あいあいと話してい る周りの影響を受けて、解放された気分がまるで伝染するかのように、自然に力が抜け、心が和 み、いつの間にか心を開いている自分に気づくかもしれない。酒は昔からコミュニケーションを 円滑にするツールとして日本社会に貢献してきた。高度経済成長期には「飲みニケーション」と いう造語もでき、酒を通して築かれる社内外の関係は日本企業発展の秘訣の一つとして見なされ てきた。しかし最近では若者の酒離れも影響してか、飲みニケーションを古臭いと考える人も多 い。本論では、古代から現代に渡る酒の役割、組織における飲みニケーションの衰退の原因と復 活の兆し、そして最後に酒の中でも特に焼酎を通して築かれる人間関係について論じる。 1.酒の役割 古来日本では、「神様と人間とが共に酒を飲み交わす」という名目で神事や神祭りなどハレの 場(特別な場)で酒が振る舞われてきた(西澤、1997、p. 5)。酒は神と人間の間を取り持つ重 要な媒体で、神に酒を捧げることにより神の怒りを鎮めることが祭りの一つの目的でもあり、酒 の役割であった(西澤、1997)。日本の祭祀には今でも必ずと言っていいほど酒が供えられてい る(岩田、2008)。古来の人々にとって、酒はナルコティックス(narcotics)、つまり人に酩酊 をもたらし、非日常的な体験や神秘的体験をさせるものであり、酒を酌み交わすことで神との交 流を行ってきた(福井、1997)。畏れ多き存在としての神と民衆をつなげる役目を果たしていた のが酒だったのである。 神と人々の間を取り持つ媒体としての役割に加えて、酒はまた神の前で人と人とをつなぐ役割 をも持つようになる。現在でも見られる代表的な儀式として婚礼やその後に続く披露宴があるが、 78 神前式では新郎と新婦がお神酒を飲み交わして結婚を誓い、酒を通して結びつく。披露宴では新 郎・新婦はもとより、出席者が互いに酒を酌み交わすことにより結びつく。酒は血縁を固める、 人と人とを結ぶという役割をも担っているのである(西澤、1997;中根、1976)。 また西澤(1997)は地縁のかため、集団のかため、情報交換、ストレス解消、日常の疲れの癒 し、および自己演出と飲酒形態を分類している。地縁のかためとは、土地が所有できるようにな った時代に、領主が地域の農民の労を労い、村祭りなどハレの行事をとおして酒を振る舞うこと により地域的結束を固めていくことである。集団のかためとは、商業が発達し地域分業化が進み 他の集団や地域の人々との交流が盛んになった時代に、違う土地出身の人々(権力者や同業者) と、なるべく短い時間で交流を深め、一定の距離をおきながらも結束しようとすることである。 この形態はやがて付き合いの飲酒となり、自分の利益を守り相手と結束するために、相手と飲み たくなくても、また気が合わなくてもその場にいることが重要となってくる。現在では政治家の パーティーや経済団体の懇親会などがこの集団のかためのために行われている。江戸時代に商業 都市が発達し、商人に余裕ができると、日常的に飲酒を楽しむようになり料飲店も発達する。そ して料飲店に居合わせた人々はさまざまな情報を交換するようになる。その後明治時代から産業 革命の労働力として使われた農民は、日々携わる過酷な労働からの逃避、ストレス解消のために 酒を飲むようになる。戦後、文明が発達し庶民の生活に余裕ができると、労働の疲れを癒し、さ さやかな楽しみをもたらす飲酒形態が登場する。経済が発展し生活が向上すると、人々は自分が 飲めるアルコールの摂取量を心得、同じ量を飲むのなら種類や銘柄、スタイル(グラスや店の雰 囲気、音楽など)にこだわり、生活や自分を演出するために飲酒する近代的な役割が加わる。 このように様々な飲酒の役割を見てみると、酒は神と人間をつなぐ役割から始まり、人と人と の結合、地縁や集団の結束、情報交換のツールとして用いられ、他人と関係を結び強化し、共存 するための重要な役目を果たしていることが分かる。中根(1976)は我々の生活から酒がなくな ると、社会生活が円滑にできなくなるのではないかと指摘している。気分転換やストレス解消を 促し、恐れや不安、そしてわだかまりや緊張を和らげる作用を持つ酒は、日本の縦社会、個人の 欲求や自由な意見や本音が抑圧される上下関係の厳しい社会において役立ってきた。地位や身分 などの上下関係を抜きにして宴会を楽しむ「無礼講」という言葉が酒の場においてよく使われる のも、上司が職場では見せない人柄や情、下の者が普段言えない愚痴や本音を出し合い、その場 限りのこととして受け止めながらも、お互いの心のうちを打ち明け、素の自分をさらけ出し、人 としてより深く理解しあえる機会を必要とする社会であったからであろう。また日本社会もその ような社会の特徴を理解しているからか、他国に比べ「酔っ払い」に寛容である。飲酒に関する 価値観は、泥酔(正体がなくなるほど酒に酔うこと)するほど飲むことに対して否定的な「酩酊 否認型」と泥酔に対して肯定的な「酩酊肯定型」に分けられるが、中国の漢民族は酩酊否定型で、 酒は好きであるが量をわきまえ決して自分を失わないように飲む(呉、2009、p. 485)。日本を 訪れる外国人が驚くことの一つとして「酔っ払い」の多さや酔っ払いを親切に介抱する友人、そ して酩酊状態で道路にうずくまっている人に優しく接する警察官が挙げられるのは、日本が「酩 酊肯定型」であることを示している。昭和 14 年に出版された「日常作法の心得」には、心から親 しむことが出来るのが真の礼法であり、礼法を心得ている人なら、酒を飲んで放歌乱舞や喧嘩を しても礼儀は備わっており、むしろ皆が酔っ払って暴れている時に一人きちんと座っている人は 礼をわきまえていないとある。人が楽しく飲んでいる時に自分も楽しく飲み、皆が暴れている時 79 は自分も暴れるのがよく、その中にも礼儀というものはあり、それを忘れず度を超さないのが礼 儀であるので、人の頭を踏みつけたり、人を蹴飛ばしたりすると無礼になる。どんなに暴れても、 心得のある人なら無作法に見えず、礼法のうちにある、というのである(熊倉、1998、p. 452)。 コミュニケーションの潤滑油としての酒はどの社会にも見られるが、もしかすると日本の「酔っ 払い」は厳しい上下関係や組織の中で、互いに心から親しむために生み出された無作法には値し ない処世術で、日本社会が酔っ払いに対して許容範囲が広いのも、酔っ払いの行動の中にも礼や 作法があることを理解してのことかもしれない。しかし、現在では酒の効用を利用しての付き合 い方が変わってきている。組織を中心にその変化について検証する。 2.組織における酒とコミュニケーション 2.1.死語になりつつある「飲みニケーション」 高度経済成長期に、酒を飲みながら親睦や交流を深めるという意味で、「飲む」と「コミュニ ケーション」を合わせて「飲ミュニケーション」又は「飲みニケーション」という造語が流行っ た。現在は死語になりつつあるが、職場における上司と部下や、同僚同士の人間関係構築のため に積極的に使われてきた。当時の職場では部下を厳しく教育する立場にある上司と上司に従う立 場にある部下の距離を縮めることは難しかった。そこで、終業後に上司が部下を誘い、「職場」 というフォーマルな場を離れ、「居酒屋」というインフォーマルな場に行き、酒の力を借りて、 日頃部下が上司に言えないことや、悩み、不平不満を言い易い環境を作り、自分は聞き役にまわ り、励ましたり、自分が若い頃の失敗談を話して聞かせたりして、仕事上の付き合いを超えた関 係を築いてきた。飲みながら交わされる会話は仕事のことだけではなく、政治、経済、人生観、 世界観、そして時には趣味や家族のことなどプライベートにまでわたり、職場では見ることので きない人間的な一面もお互いに知り合うことができた。上司の話は職場の内部事情を知らない部 下にとって学ぶことも多く、その場限りのこととしてではなく、その後の自身の働き方や考え方、 つき合い方に影響を及ぼした。このような飲みニケーションの手段を活用した職場の人間関係づ くりは日本的経営の成功の秘訣とも言われていた(西澤、1997)。 しかし、20 年ほど前から「最近の職場には従来の考え方が通用しない『新人類』が増えている」 「近頃は人と人とのつき合い方も変わった」とつぶやかれるようになった(西澤、1997、p. 8)。 その当時の新入・若手社員であったジェネレーション X と言われる団塊世代の子どもたちは、団 塊世代の仕事人間とは異なり、余暇を重視し、仕事に自己実現や生きがいを求め、社内行事に参 加することに対して否定的になったのである(大塚、2009;高橋、2005)。統計数理研究所が行 ってきた国民性調査(2008)によると、職場の人間関係観において 1978 年には「給料はいくら か少ないが、運動会や旅行などをして、家族的な雰囲気のある会社」に勤めたい人が 78%いたの に対し、「給料は多いが、レクリエーションのための運動会や旅行などはしない会社」に勤めた い人は 18%しかいなかった。しかし、2008 年の調査では、「家庭的な雰囲気のある会社」に勤 めたい人は 53%に減少し、「給料が多い会社」に勤めたい人が 44%に上昇している。また、「会 社の上役との仕事以外のつきあいはあった方がよい」と回答した人は 1973 年には 72%であった のに対し、2008 年には 58%と減少している。「課長が何人もの部下のおヨメさんの世話」をす るような会社に対して「いい感じ」と答えた人は 1978 年の調査では 45%だったのに対し、2003 年は 15%減の 30%で、「課長が引越しだ、といえば、部下の方から進んで手伝いに行く」よう 80 な会社を「いい感じ」と答えた人は 1978 年の調査では 58%だったが、2003 年は 41%に減少し ている。このような結果から、坂元(2005)は職場の人間関係が低温化してきており、濃密な人 間関係が敬遠されていると結論づけている。 上司と職場以外で付き合うことを嫌がる社員もいる一方、最近の若手社員はそこまで否定的で はないという報告もある。例えば、同じ国民性調査(2008)で、「規則をまげてまで、無理な仕 事をさせることはないが、仕事以外のことでは人のめんどうを見る上司」につかわれたいと答え た人が 1983 年の 89%をピークに徐々に下がり続け、2003 年には 77%を記録したが、2008 年の 調査では 81%に再び増加している。また日本能率協会(2010)が新入社員を対象に行った「会社 や社会に対する意識調査」では、上司との関係構築のために有効と思うことに、「飲み会への参 加」を選択した社員は 2008 年 88.6%、2009 年 90.0%、2010 年 95.2%と年々上昇している。ま た他の行事に関しても 2008 年と 2010 年の統計を比較してみると、「社員旅行」を有効だと考え る社員が 70.4%から 73.8%に、「運動会」も 51.1%から 53.4%に若干であるが増加し、「休日 に仕事以外で集まる(レクリエーションなど)」は 28.5%から 44.3%に大幅に増えている。ただ し、この統計はこれらの行事を上司と親睦をはかるために有効と考える新入社員の割合で、実際 に参加するかどうかは分からない。また、入社後の意識の変化も不明である。 上司との職場外での付き合いを必要と考えるか不必要と考えるか、有効と考えるか有効ではな いと考えるか、積極的に求めるか求めないかにはさまざまな社会的・個人的要因が影響している。 特にバブル経済崩壊後、人々は就職難に陥り、終身雇用や年功序列などの日本的経営は見直され、 過労死やうつ病、引きこもり、ニートの増加などの社会問題も発生し、それまでの仕事に対する 考え方や職場の人との付き合い方、そして大きくは人生観にも変化が生じてきた。では、組織に おける人々の付き合い方や飲みニケーションに影響を与えた要因として何が考えられるのか、社 会的・個人的視点をもとに検証する。 2.2.何が飲みニケーションを衰退させたのか まず考えられる要因は、職業観の変化である。今も昔も生活のために働くということには違い はないが、最近の若者は仕事を通して自己実現をしたいという思いが強くなっている(小河、 2007;清川、山根、2002)。彼らにとって働きがいのある仕事とは「自分のスキルを生かせる仕 事」や「個性を生かして納得のできる仕事」であり、彼らの多くは仕事を通して満足を得て、自 社よりむしろ労働市場から評価され、転職しても通用する普遍的なスキルを身につけたいと願っ ている(小河、2007、p. 15)。また、日本能率協会(2009)が 2009 年度の新入社員に行った「会 社や社会に対する意識調査」では、収入を得ること以外の働く目的として、「自分自身の人間性 を成長させること」が 48.1%で1位になり、「仕事を通じて社会に貢献すること」が 2008 年度 に比べ 7.2%上昇し2位に入っている。しかし、「自分の持っている力を企業の発展に役立てるこ と」は 7.6%にすぎず、会社への貢献には積極的ではない。自己実現を求める傾向は、長引く不況 で伝統的日本型経営(特に終身雇用と年功序列型賃金)が崩壊し、リストラや希望退職が行われ、 成果主義を取り入れる企業が増えてきたことに起因するであろう。高度経済成長期には、終身雇 用を背景に安心して定年まで働けたが、現在ではリストラも珍しくなくなった。自社に対する忠 誠心が育たないのも当然のことである。社内のネットワークを広げたり、上司との関係強化のた めに飲み代や終業後の時間を使ったりするよりも、自己実現のために自分のスキルを磨き、スキ ルを生かせる仕事を通して成長することに重きを置く人が増えているのであろう。 81 また、部下が飲み会の場で上司から聞きたいことが必ずしも聞けるわけではないことも飲みニ ケーションを遠ざける要因になっていると考えられる。例えば、マクロミル(2009)が 2009 年 度の新社会人 512 人に実施した意識調査では、会社の上司や先輩に飲みに誘われたら参加したい、 なるべく参加したいと答えた人が 82%に上った。その理由としては「職場の人間関係を円滑にす るため」(82.7%)、「仕事の上で参考になる話が聞けるから」(57.3%)、「仕事や社内の情 報収集ができるから」(57.1%)が上位3位に入り、飲み会に対する積極的な態度が見られた。 しかし、リクルートエージェント(2009)が株式会社インテージと共同で全国の 20 代 30 代の会 社員 1403 名に行った飲みニケーションに関する調査では、平日飲みに行く相手が「同じ部署の 上司」と答えたのは 23%で、「同じ部署の同僚」(44%)「社会人になってからの友人」(26%) に次ぐ第3位であり、一緒に飲みに行くのが嫌な相手では「自社の経営幹部」(50%)に次いで 「同じ部署の上司」が 35%と2位であった。さらに、非管理職(1100 名)が飲みに行くとき上 司に聞きたい話として選んだのは、1位「世間話」(51%)、2位「自分の仕事に対するアドバ イス・部下の仕事に対するアドバイス」(34%)、3位「上司の仕事に対する考え方、将来の夢」 と「自身の仕事に対する考え方、将来の夢」、「会社の方向性・今後の事業戦略など」でそれぞ れ 30%であった。一方、管理職(303 名)が飲みに行くとき部下によくする話は、1位「世間話」 (31%)、2位「自分の家族・趣味などプライベートな話」や「上司の家族・趣味などプライベ ートな話」(23%)、3位「自分の仕事に対するアドバイス・部下の仕事に対するアドバイス」 (20%)であった。「上司に聞きたい話」と「部下によくする話」の1位はともに「世間話」で あるが、2位以下の結果を見てみると部下は上司から仕事や会社に関する考え方や情報を聞きた いと思っているのに対して、上司はプライベートなことを話す傾向があり、実際には部下が上司 に聞きたい話が飲み会ではあまり聞けていないことが分かる。前述の新社会人(マクロミル、 2009)と 20 代と 30 代の会社員(リクルートエージェント、2009)に行った2つの調査から、新 社会人には入社当初、人間関係を円滑にするためや仕事や会社に関して参考になる情報を得るた めに上司や先輩との飲み会に積極的に参加しようとする意気込みが見えるが、実際に参加してみ ると自分が知りたいことは結局聞けず落胆し、次回からの飲み会に参加する意欲が薄れてしまう 者も増えていると言えるのではないだろうか。 3つ目の要因として考えられるのが家族との時間を大切にする男性が増えてきていることであ る。景気低迷や女性の社会進出で共働きの家庭が増え、男性が働き女性が家庭を守るという考え 方は一昔前の話で、女性が専業主婦であろうと仕事を持っていようと、男性はもっと家庭に目を 向け親として育児にかかわるべきであるという考え方が台頭してきた。厚生労働省は今年6月か ら、少子化対策も含め、男性も積極的に子育てに参加し育児休暇を取得しやすいように「イク(育) メン(Men)プロジェクト」を実施している。博報堂生活総合研究所の家族調査によると、「意 識して家族の絆を強めるようなことをする方がよい」と答えた夫は 1988 年には 37.3%であった が、20 年後の 2008 年には 56.0%にまで上昇している。また「家族の都合よりも自分の都合を優 先する方がいい」と答えた夫は 1988 年には 28.3%であったが、2008 年には 16.8%に減少してい る。「家族全員でテレビを見る」と答えた家族も 1988 年には 78.4%であったが、2008 年には 91.7%までに増加している(生活総研、2009)。20 年前に比べると大きな変化が見られるが、そ れでもアメリカ、スウェーデン、中国と比較すると「家族は最優先して取り組むべきであると思 う」と答えた日本人は 62.0%で 3 位スウェーデンの 86.5%を大きく離し最下位で、他国に比べる 82 と家族に対する意識がまだまだ低いことが分かる(生活総研、2009)。情報化社会の中、他国の 習慣を学ぶ機会が増え、社会全体で家庭に目を向け育児を積極的に行う夫(男性)を支持する、 または育成しようとする風潮が、日本人男性が従来持っていた家庭に対する考え方や関わり方を 少しずつ変えていった結果、家族を顧み、飲まず、打たず、妻を気遣い育児を手伝う男性が増え ているようである(生活総研、2006)。 また仕事とプライベートの付き合いを分ける人の増加も、職場の人と飲みに行く機会を減少さ せている原因の一つと考えられる。マクロミル(2010)が 2010 年に新社会人に行った調査では、 「仕事とプライベートの付き合いは分けたい」と思う社会人は 49.8%で、「職場の人とプライベ ートでも積極的に付き合いたい」という社会人は 30.5%であった。また博報堂生活総合研究所が 行った日本と中国の生活意識調査では、休日の会社の人との付き合いについて、「付き合いたい」 と答えた中国人は 78.4%であったのに対し、「付き合いたくない」と答えた日本人は 70.1%であ り、職場の人との付き合いをプライベートな時間まで延長させたくない日本人が目立つ(生活総 研、2008)。また日本人男性の余暇の過ごし方は、20 歳から 29 歳は「青春余暇」層に分類され、 スポーツから音楽鑑賞まで幅広い娯楽を楽しみ、遊ぶことが生活の中で重要な位置を占めるが、 30 歳から 69 歳は「少趣味」層に入りパチンコや競馬などのギャンブルやゴルフ、ドライブ以外 にはこれといった趣味がなく、遊ぶことにあまり意欲的ではない(生活総研、2006、p. 40)。趣 味を豊富に持つ 20 代の若者は、仕事一筋に生きてきた団塊世代の会社人間と呼ばれた人々とは異 なり、自分の趣味生活を優先し、仕事と娯楽の付き合いをはっきりと区別する傾向にあると言え る。 2.3.コミュニケーションの希薄化と飲みニケーションの復活!? ここまで職場の人たちと飲みに行く機会を少なくしている要因を探ったが、実はコミュニケー ションが希薄で事務的関係のみでつながっているドライな関係より、コミュニケーションが密で 個人的付き合いも持つウェットな関係を好む大学生は多い(リクルート、2010)。職場では IT 化が進み、社員はコンピュータに向かって一人黙々とこなす業務が増えた。他の社員への連絡や 質問も E メールを使用することが多くなったことから、直接言葉を交わす必要もなくなり仕事は ますます個人化し、人間関係やコミュニケーションが希薄化している(岩崎、2003)。そのため 悩みがあっても相談ができる人が職場におらず、ストレスを抱えうつ病を発生する社員、早期離 職する若手・新入社員が増えている(深代、馬場、前島、2008;宮尾、2008)。職場の人間関係 は社員の精神健康を左右し、職場の上司との関係の悪化が心身症状を悪化させるとの報告もあり、 いかに職場での人との関わり方が精神生活に影響を与えるかが分かる(佐藤、2010)。また新入 社員が職場に満足しているポイントとして回答した中で最も高かったのが「人間関係がよい」 (61.9%)ことで(マクロミル、2010)、新社会人は「人間関係がよいこと」(63%)を最も会 社に求めることとして選び、社会人になるのを不安に思っている人が最も気がかりに感じること は「人間関係」(ネットマイル、2008)や「上司や先輩とのコミュニケーション」(ソフトバン ク・ヒューマンキャピタル、2010)であった。このように職場の人間関係やコミュニケーション の良し悪しは社員の心身の健康や満足・不安度に多大な影響を与えている。 飲みに行くだけが円滑な人間関係を築き職場のコミュニケーションを活性化させる助けになる わけではないが、それでも一つの手段ではある(cf. 大塚、2009;大塚、姥谷、2008)。ダスキ ン加盟店として清掃サービスを行う従業員数 650 名の会社「武蔵野」ではコミュニケーションの 83 活性化のために飲み会をルール化している。例えば、4人以上の部下を持つ課長以上の社員に飲 みニケーションのための手当(月 25000 円)が支給され、飲み会を開催するのを一度怠るとイエ ローカードが出され手当に税金分を加算して即座に返納しなければならず、二度怠ると手当は没 収され始末書を書かなければならず、三度目からは手当支給停止となる。課長が1カ月に一度開 く飲み会や全部署を7つのグループに分けてそれぞれ2カ月に一度開くグループ懇親会などは 「会社公式の飲み会」であり、遅刻することは厳禁で、遅れると 5000 円の罰金が科される。席 はくじで決められ、乾杯の後は「チェックイン」と呼ばれる参加者全員による1分間スピーチが あり、1分に 10 秒足りなかったり超えたりする場合は 1000 円の罰金が科され、2分以上3分未 満では 2000 円の罰金、3分以上4分未満の場合は 4000 円の罰金となる。この会社では飲み会だ けでなく、会議や勉強会でも遅刻すると罰金を支払わなければならず、罰金で集められた額は年 間 60~70 万になるが、それらは社員旅行などで行われるじゃんけん大会の賞金となる。「武蔵 野」は飲みニケーション手当や飲み会に年間 1000 万円ほど費やすが、社員間やパートやアルバ イトを含む従業員と社長とのコミュニケーションは活発化し、業務も円滑に行われ業績も上がっ ている(小山、2007; 山本、2009)。 飲みニケーションの効力を支持する人も多いが、有効に活用するためにはある程度のガイドラ インが必要になる。前述した「武蔵野」の小山社長は上司の正しい飲みニケーションのポイント として、他人の話を聞くこと、部下とは満遍なく飲みにいくこと、長居せず 1 時間半程度で切り 上げること(後は部下同士のコミュニケーションに任せる)を挙げている(日刊ゲンダイ、2008)。 あるビジネス関係の記事では、飲み会で好かれる上司になるためのアドバイスとして、自慢話や 愚痴は避け、人の話を聞き、パワハラやセクハラにならないように相手との距離を保ち、泥酔せ ず、親近感を持たせるために失敗談を話して聞かせることを勧め、ただの飲み会で終わらせない ために「親睦会」「仕事の悩みを聞く」「モチベーションアップ」などテーマを決めて臨むと効 果的な飲み二ケーションになると示唆している(立川、2008)。マンネリ化を防ぐために飲みに 行く頻度も部下の都合や飲み会の長さ、そして必要性に応じて変える方がいいだろう。例えば、 ストレス発散のための1~2時間程度の飲み会ならば1~2カ月に一度で十分であろうし、プロ ジェクトが忙しくて残業が続き各自に精神的・時間的余裕がなければ、3カ月や半年に一度二次 会や三次会までとことん飲めばいい。上司が部下を誘って部下がまたかと思うより、部下がそろ そろ誘ってほしいと感じる頃に行く方が有意義なコミュニケーションができ、積極的に参加する 人も増えるだろう。また部下からの誘いは何らかの SOS だと受け止め、なるべく早目に都合をつ けることも大切である。 次にさまざまなアルコール飲料と比較しながら、焼酎で親睦を図ることの利点について探る。 3.焼酎を通して築く人間関係 酒には普通、飲み方、注ぎ方、酒器の持ち方などマナーが伴う。例えば日本酒では、盃をテー ブルの上に置いたまま注ぐ「置き注ぎ」をしてはならず、必ず手に持った盃に注がなければなら ない。徳利は両手で持ち盃に当てないように傾け静かに最初は細く、次第に太く、そして最後は 細く、と3拍子で盃の8分目まで注ぐのがよいとされている。ビールを注ぐ際はラベルを上にし て、右手で瓶の中ほどを手の甲が上になるように持ち、左手はビールが体温で温まってしまわな いように軽く添え、最初はゆるやかに注ぎ、次第に勢いをつけ泡ができ始めたら、再びゆるやか 84 に注ぐ。ワインを注ぐ際もラベルを上にして注ぐが、注がれる側はグラスをテーブルの上に置い たままにしておく。ワインを飲む際は、手肌の温度をワインに伝えないようにするために、グラ スの脚を持つ。またワインボトルを新しく開けた際には、ワインが傷んでいないかチェックする ために色や香りや味わいを確かめるテイスティングを求められる。このように日本酒やビール、 ワインを扱う際にはそれぞれマナーが伴うが、焼酎に関しては失礼にあたる作法がほとんど見当 たらない。なぜなら焼酎にはロック、お湯割り、水割りとさまざまな飲み方があり、銘柄、TPO、 気分によって自分の好きなように飲むことができるからである。お湯割りが「焼酎6+お湯4」 (ロ クヨン)を基本とするのは、25 度の焼酎をお湯で割ると一般的な清酒のアルコール度数 15 に近 づくからであるが、最適な比率は焼酎の種類や銘柄によって異なるので、どう配合するかは自分 の好みである。また、酔い加減によって湯や水で割りアルコール度数を調整できるので、泥酔し ないようにマイペースで飲むことができる。このように焼酎を飲む際はマナーやこれといった決 まりごとがないため、気楽に構えることができ、会話や食事など他のことに集中することができ る。鮫島氏が言うように焼酎の場が明るく賑やかなのは、庶民的で気取らず、相手に合わせる必 要もなく、自分の好みや体調に合わせて自由に飲むことができるからであろう(鮫島、2009 年 10 月 11 日)。 焼酎の飲み方が日本酒やビールと大きく異なるのは、席を移動し「注ぎ合う」ことができない 点である。市川(1987)は「差しつ差されつ」という日本酒の飲み方や、他人につぐことを前提 として出されるビールの大瓶というサイズは、若者にとってわずらわしく、個人主義に反すると 指摘している。しかし「注ぎ合う」行為は、あまり話したことのない人に挨拶に行ったり、自分 のことを少しでも知ってもらいたいという時に、相手に何の違和感を持たせることなく近づくこ とのできる便利なコミュニケーションの手段である。焼酎を通してアプローチするのなら、飲み 会の席では大抵ビールで乾杯した後に好みの酒に移るので、宴もたけなわになってから焼酎の種 類によって自分好みの飲み方を見つけ相手に勧めて回ってもいいし、相手の酔いの程度に応じて 割合を変えた焼酎を作ってあげてもいい。焼酎ならどこの焼酎がおいしいか、好きな種類は何か、 冷酒かお湯割りか、お湯割りはお湯が先か焼酎が先かなどの話題が酒の肴になることもある(鮫 島、2009 年 10 月 11 日)。焼酎を勧める際も、まるで来客にコーヒーを出す時にブラックか、 ミルクや砂糖を入れるか、入れるとしたらどのくらい入れるかなど問うのと同じように、相手が どのような飲み方が好きなのか個人の好みに合わせることができるため、皆が同じ度数で注ぎ合 いながら飲む日本酒やビールとは異なり、個人主義の人や個性を尊重してほしいと思う人にとっ ては喜ばしい現代的アプローチにもなり得る。「注ぎ合う」ことのできない焼酎であるが、作法 を気にせず、かしこまることなく、焼酎自体を話題にして話しかけたり、相手の好みに合わせて 割ったり、相手の個性を尊重できるので、ビールや日本酒とは異なった飲酒スタイルが可能であ る。 4.結び 本論では、竹田氏と鮫島氏による焼酎に関する特別講演をもとに、日本社会における酒の役割、 組織における飲みニケーションの活用、職場の人間関係の変化、飲みニケーションの衰退とその 原因、そしてその復活の兆候、最後に飲み会での焼酎の活用法を論じた。古代日本では酒は神と 交流をはかるために神事や祭祀には必要不可欠であった。それが転じてお神酒を飲み交わし人と 85 人が結びつき血縁を固めるようになり、時代の変化とともに集団の結束、情報交換、ストレス解 消、自己演出のために人々は飲酒するようになる。高度経済成長期には「飲みニケーション」と いう語が誕生し、酒は地位や年齢の差を超えて本音で語り合う場を提供し、お互いに対する理解 を深め、組織生活を円滑に行う手助けの役割を果たしてきた。しかし最近では職場の人間関係観 が変化し、濃密な関係を敬遠する社員が増えている。飲みニケーションを積極的に行わなくなっ た要因として考えられるのが、バブル崩壊や景気低迷、情報化社会がもたらした職業観や家族観 の変化、飲み会で部下が上司に求める話題と実際に上司が話す話題の相違、若者の趣味や娯楽を 重視する余暇の過ごし方である。しかし、職場では IT 化が進み業務が個人化したため直接的コミ ュニケーションが希薄になり、うつ病を患う社員や早期離職する若手社員が増えるという新たな 問題が発生している。職場内のコミュニケーションをいかに活性化させ、良好な人間関係を築く か模索する企業もでてきている。社員が心身ともに健やかな組織生活を送るために考えられる方 法はさまざまであるが、飲みニケーションもそのうちの一つである。飲みニケーションの必需性 を再認識し、飲み会を公式行事とし、そのための手当を支払う企業も出ている。飲み会の席での 焼酎の不利な点は、日本酒やビールと違って「注ぎ合う」ことができないことである。しかし、 焼酎にはそれ自体に話題性があるため話すきっかけ作りにもなり、注意すべきマナーもないこと から気を楽にして会話に集中でき、好みや体調に合わせて飲み方を調整できるため個性を尊重で き泥酔を避けることができるという利点がある。 これから先、酒が我々の社会から消えることは決してないであろう。酒には飲まれぬように心 がけ、日常の疲労回復、ストレス解消、古き良き友との語り合い、新たな関係構築、建前を求め る社会からの逃避、情報収集、相互理解、心身の健康維持のために酒や酒の場を上手に利用すれ ばいい。親睦を図り円滑なコミュニケーションを行うために酒が媒体となることは決して悪いこ とではない。酒がなくては何も語れない、酒の席ですべてが決定されるなどと酒に頼りきってし まうのは論外であるが、社員間の壁を取り除き、職場での関係以上の人間関係を構築し、日ごろ の不平不満を言いあい、健全な組織生活を送る手助けをしてくれるのであれば、企業にとっても 個人にとっても活用しない手はない。 最後に、本稿を執筆するにあたり、酒と組織コミュニケーションについて考える機会を与えて くださった竹田氏と鮫島氏に感謝の意を表する。 引用文献 市川孝一(1987)「酒の生活学―日本人の飲酒行動と飲酒文化―」『生活科学研究』(文教大学 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