ネットいじめの現状 迫田久瑠美 1.はじめに 近年、インターネットの普及率の上昇とともに、ネットいじめの問題も深刻化しており、 教育関係組織などでは、日々防止策を提案・実施している。 今回このテーマに注目したきっかけは、後に本稿で紹介する奈良県のネットいじめ事件 である。私の目標は臨床心理士になることであり、そのため、普段からいじめ問題に関心 を持っている。私は報道サイトより奈良県のネットいじめ事件を知り、これをきっかけに ネットいじめについて詳しく知りたいと思い、調査を行った。 本稿では、ネットいじめの現状を述べ、防止策を提案する。 2.ネットいじめとは ネットいじめとは、携帯電話やパソコンを利用して、インターネット上で行われるいじ めのことであり、主な被害内容の例として、ウェブサイトの掲示板に特定の子どもの誹謗・ 中傷を書き込む、悪質な画像をウェブ上に掲載するなどが挙げられる。 また、ネットいじめには対面的ないじめとは異なる特徴がいくつかある。下の図1は、 従来のいじめのタイプとネットいじめの特徴をまとめた表である。 図1 従来のいじめのタイプと「ネットいじめ」の特徴・比較 いじめの いじめの いじめの いじめの 加害者の いじめ役 手段 規模 発生場所 記憶性 特定 割 対面いじ め(リア ル) 文字によ るいじめ (リアル /ヴァー チャル) ネットい じめ (ヴァー チャル) 身体・言 限定的 葉 学校内・ なし 地域内 紙、ノー ト、黒 限定的 板、机、 壁など 学校内・ あり(消 可能(困 固定的・ 地域内 去可) 難) 流動的 インター ネット 広範囲 (ケータ (無範 イ・パソ 囲?) コンな ど) ほぼ不可 あり(消 能(技術 非常に流 学校外・ 去可・複 的には可 動的 地域外 製可) 能) 可能 固定的・ 流動的 ※原清治・山内乾史(2011) 『ネットいじめはなぜ「痛い」のか』ミネルヴァ書房 より引用 1 199 頁 図1より、2 つのいじめの特徴はどの項目においても異なることが分かる。特に注目し たい項目は、 「いじめの記憶性」と「加害者の特定」である。 ネット上のデータは消去も可能であるが、複製・保存も可能である。そのため、ネット 上のいじめの痕跡を消去したとしても、データが保存されていれば再び掲載されてしまう というおそれがある。これにより、ネットいじめの痕跡を根絶することは困難である。 また、ネットいじめの加害者の特定が困難な理由には匿名性が挙げられる。この特性に より、他者になりすましいじめを行うことも可能になる。 3.使用されるツールと被害内容 ネットいじめでは、ネット掲示板、ツイッターや LINE などの SNS、パソコン・携帯電話 のメールなど、様々なツールが使用される。また、被害内容には、悪口・中傷・脅しなど の言葉の暴力、個人の秘密や情報の流出、無視・仲間はずれなどが挙げられる。 図2 いじめや嫌がらせに使用されたツール ネット掲示板 ツイッター 30.8% パソコンメール 38.8% ミクシィ 携帯メール LINE NAVERなどのまとめサイト 0.8% フェイスブック 1.2% Google+ 4.6% 1.7% 6.6% その他 9.0% 3.4% ※YAHOO!JAPAN ニュース「「ネットいじめ・ネット嫌がらせ」、性別・職業などによりツール や内容に差」の統計資料をもとに作成 2 図3 受けた嫌がらせの内容 2.3% 1.5% 7.6% 悪口・誹謗中傷・脅しなど 言葉の暴力 個人の秘密や情報の流出 9.8% 無視・仲間はずれ 11.3% 67.4% 裸体写真の提供を強要され るなど性的な暴力 金銭・物品の要求 その他 ※YAHOO!JAPAN ニュース「「ネットいじめ・ネット嫌がらせ」、性別・職業などによりツール や内容に差」の統計資料をもとに作成 4.事例 ここで、実際に起きた LINE によるネットいじめを紹介する。 被害者は、奈良県橿原市立中学 1 年生の女子生徒(当時 13)である。彼女は、2012 年秋 から仲良しだった同級生 3 人から無視されるなどのいじめを受けていた。 2013 年 3 月上旬、女子生徒は「んま(ほんま)うざいなあ、さよーなら」と LINE に書 き込まれた文面を見つけた。これを見た彼女は、 「私は今いじめられているから、きっとこ の文章は私のことなんやろな」と思った。ほかにも、自分だけメッセージを読めないよう に設定され、悪口を書き込まれるいじめを受けていた。 同年 3 月中旬、被害者の女子生徒は、別の女子から LINE で家庭を中傷する書き込みをさ れ、学校でこの女子と激しく口論となり、担任が止めに入るトラブルになった。このころ、 女子生徒は複数の友人に「しんどい」「死にたい」と相談をしていた。 そして、同年 3 月 28 日早朝、女子生徒はマンション 7 階から飛び降り自殺をした。彼女 の携帯電話には未送信メールがあり、そこには「みんな 呪ってやる」と記されていた。 その直後、女子生徒を中傷していた女子は「私のせいや。私も死んだ方がいいんかな」 と、反省の文章を書き込んだ。しかし、通夜の際には「お通夜 NOW」と書き込んだ。 3 この事件から私は、ネットいじめでは、加害者側にはいじめているという実感が湧いて こない、という特徴があるのではないかと推測した。従来のいじめとは違い、ヴァーチャ ル世界では面と向かうこともないため、相手の様子を気にせずにいじめを行うことが可能 である。また、直接言葉にして伝えることと文字にして伝えることでは、気持ちの重みも 変わってくるであろう。よって、直接伝えることが難しい言葉でも、ヴァーチャルの世界 では簡単に伝えることが可能になってしまうのではないだろうか。 加害者の女子が書き込んだ「んま(ほんま)うざいなあ、さよーなら」という文章も、 文字で伝える方法と、実際に面と向かって伝える方法とでは、気持ちの重みも変わってく ると考えられる。もしかすると、気持ちの重さにより面と向かってでは伝えられなくなる のかもしれない。また、被害者の通夜の際に書き込まれた「お通夜 NOW」は、加害者が、 自分がいじめを行い、さらに、そのせいで被害者を自殺に追い込んだ、という実感が薄れ ているゆえに生まれた文章ではないだろうか。 5.防止策 年々深刻化しているネットいじめであるが、現在この問題を未然に防止するため様々な 対策が行われている。 鹿児島県では、2013 年 8 月末から「学校ネットパトロール」と称したネットの監視事業 を始め、東京の通信業者と委託契約を締結した。対象校は、県内すべての公立小中学校、 高校、特別支援学校、計 855 校である。活動内容は、業者が学校名や関連するキーワード で定期的に検索し、子どもを中傷したり、いじめにつながったりするような書き込みがな いかを監視する。問題がある場合、該当する学校や県教委、市町教委に報告。県教委など は、サイトの運営会社に削除を依頼したり、書き込んだ児童や生徒を指導したりするほか、 事例を保護者や教職員の研修会などに活用する。 東京都では世田谷区立中学全 29 校で「ネットリテラシー醸成講座」を実施し、生徒にソ ーシャルメディア1利用で発生するトラブルや、トラブルに巻き込まれた際のソーシャルメ ディアリテラシー2を紹介している。 また、保護者からは防止策として、子どもに携帯電話やパソコンを持たせないという提 案も出されている。実際に、自分の子どもがネットいじめの被害にあった保護者からは「連 1 インターネット上において人と人のつながりにより情報発信・収集ができる場所(例:SNS・プロ フィールサイト・掲示板サイト・ブログサイトなど) 2 ソーシャルメディア上でのリスクを把握しトラブルを乗り越えられ、かつソーシャルメディアを 利用して情報発信し活用できる能力のこと。 4 絡など安全のために持たせたはずの携帯電話によって子どもを危険なめに合わせてしまっ た」と後悔の意見も多い。 6.防止策の提案 ここで、ネットいじめの防止策を提案したいと思う。 事例でも述べたが、私が考えるネットいじめの特徴は、加害者側にはいじめているとい う実感が湧かない、という点である。 そこで、リアルな世界とヴァーチャルな世界の違いを知ってもらうために、学校の授業 などで、実際にソーシャルメディアを利用してクラスメイトと会話をさせることを提案す る。例えば、クラスである議題についてソーシャルメディアで討論してもらい、その際、 全員を匿名にするなど、ネットいじめの特徴を盛り込む。これにより、2 つの世界の違い を実感し、同時に危険性も学習することができるのではないだろうか。 インターネットの普及率が上昇している今、是非とも子どもたちに、リアルとヴァーチ ャル世界の違いと危険性について知ってもらいたい。 7.おわりに 序盤でも述べたが、現在ネットいじめは深刻化している。しかし、ソーシャルメディア が発達した現在では、ネットと子どもたちを引き離すことは困難である。大切なことは、 子どもたちに正しいソーシャルメディアリテラシーを教え、少しでもネットいじめを減少 させていくことではないだろうか。 【参考文献】 原清治・山内乾史(2011)『ネットいじめはなぜ「痛い」のか』ミネルヴァ書房 【参考文献 URL】 文部科学省「「ネット上のいじめ」に関する対応マニュアル・事例集(学校・教員向け) 【概 要】」 閲覧日:2014 年 1 月 21 日 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/11/08111701/001.pdf YAHOO!JAPAN ニュース「「ネットいじめ・ネット嫌がらせ」、性別・職業などによりツ ールや内容に差」 閲覧日:2014 年 1 月 21 日 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131202-00000017-rbb-sci msn 産経ニュース「(上)急増LINE 仲間内でエスカレート 自殺後も「お通夜NO W」」 閲覧日:2014 年 1 月 21 日 http://sankei.jp.msn.com/life/news/130825/edc13082511110000-n3.htm 5 YOMIURI ONLINE「ネット中傷など監視、鹿児島県教委が全公立校対象に」 閲覧日:2013 年 1 月 21 日 http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/kyoiku/20130914-OYS8T00624.htm PRTIMES「世田谷区立中学校の全校に「ネットリテラシー醸成講座」の講師を派遣」 閲覧日:2014 年 1 月 21 日 http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000059.000003955.html YAHOO!知恵袋 閲覧日:2014 年 1 月 21 日 http://chiebukuro.yahoo.co.jp/ 6
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