銀ナノロッドを自発的に析出・配向させた 一軸延伸ポリイミド薄膜の光学

銀ナノロッドを自発的に析出・配向させた
一軸延伸ポリイミド薄膜の光学特性と偏光素子の作製
( 東工大院理工 ) 松田 祥一・安藤 慎治 * 電話 : 03-5734-2137, Fax : 03-5734-2889, e-mail : [email protected] 1. はじめに
芳香族ポリイミド (PI) は、優れた熱安定性 ( ガラス転移温度 >250℃、熱分解開始温度
>400℃ )、電気特性(絶縁性、誘電特性)そして機械的靭性や柔軟性を示すことから、エ
レクトロニクス分野や航空宇宙分野にとどまらず、光情報通信や光インターコネクション
に用いる受動的光学材料としての研究・開発が進められている。中でも分子構造にフッ素
を導入した含フッ素ポリイミド (FPI) は、光通信波長帯 (0.85~1.6 µm) での高い透明性、
低い吸湿性、半導体部品とのハイブリッド化を容易にするハンダ耐熱性を有し、しかも屈
折率や複屈折の制御性が高いことから、埋め込み型光導波路、誘電多層膜フィルタ基板、
フレキシブル薄膜波長板などに実用化されている [1]。一方、これまで薄膜偏光板としては、
銀と石英の交互薄膜 (LAMIPOL) や銅微粒子を分散させた無機ガラス (CUPO) が開発され
ており、すでに導波路型の光アイソレータ、強度変調器、位相変調器、偏波変調器 ( モー
ドスクランブラ )、熱光学効果を利用したチューナブルフィルタ等に用いられているが、
高分子系フレキシブル薄膜偏光板はまだ開発途上にある。最近、筆者らは銀イオンを溶解
させたポリイミド前駆体を延伸熱処理することで、薄膜中に高いアスペクト比を有する棒
状銀微粒子 ( ナノロッド ) が均一に分散した”フレキシブル薄膜偏光板”の開発に成功した。
本稿では、この近赤外用ポリイミド薄膜偏光板の作製と光学特性について紹介する。
2. 単一ポリマーをマトリクスとした偏光板
Transmittance (%)
筆者らはこれまでに透明性の高い含フッ素ポリアミド酸に金属 (Au, Ag, Pd, Cu, Al など
) の有機錯体や化合物をドープし、それを加熱することでポリイミド中に金属や金属酸化
物のナノ粒子を析出させたフィルムを調製し、それらの光学特性を詳細に調べている [2]。
特に金や銀をナノ粒子として析出させるとプラズモン共鳴吸収により鮮やかな色を呈す
る。このプラズモン共鳴吸収は、金属ナノ粒子の大きさや周囲の屈折率によってその吸収
強度や吸収波長がシフトすることが知られている [3] ことから、金属ナノ粒子のサイズお
よびマトリクスポリマーに複屈折を与えることで " 偏光特性 " が現れる。そこで、固有複
屈折が非常に大きく ( ∆ n 0=0.33 @ 1.307 µm) [4]、かつ加熱イミド化時に一軸延伸を施す
ことで強く配向する剛直性含フッ素ポリイミドをマトリクスとし、その分子鎖の強い配向
場中で銀ナノ粒子を析出させること 100 (a)
(b)
で,析出する銀ナノ粒子の形状,配
80 no dopant
列に異方性を持たせた偏光板を作製
60
T�
T�
することを試みた [5−9].作製は前駆
40
T||
体であるポリアミド酸溶液に硝酸銀
20
T||
( ドーパント ) を溶解し,これをスピ
0
ンコート法により製膜・乾燥後,熱
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2 0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
Wavelength (�m)
Wavelength (�m)
機械分析装置 (TMA) にて一軸延伸加
[図1] 硝酸銀含有一軸延伸ポリイミドフィルムの偏光透過スペクト
熱イミド化することにより行った.
ル。(a)窒素中、(b)大気中で作製. なお、(a)に参照試料として硝酸
加熱条件によって析出するナノ粒子 銀非含有ポリイミドフィルムのスペクトルも示す.
Optical Properties of Uniaxially Drawn Polyimide Films in which Silver Nanorods are Spontaneously
Precipitated and Perfectly Oriented, and Fabrication of Thin Flexible Polarizering Films.
Sho-ichi Matsuda and Shinji ANDO, Tokyo Institute of Technology, Tel 03-5734-2137, Fax 5734-2889
Contrast ratio, C @ 0.67 �m
In-plane birefringence, �n @ 1.307 �m
の形状や分散状態が大きく異なることから、得られる偏光特性も大きく変化する [7].図 1
に硝酸銀含有ポリアミド酸フィルム (AgNO3: 5.7 mol%) を大気 (Air) 中,窒素 (N2) 中それ
ぞれの雰囲気で一軸延伸加熱イミド化 ( 最高加熱温度 (T f): 320℃ , 荷重 (L ) : 10 g) を行っ
た試料の偏光透過スペクトルを示す.また,参照試料として N2 雰囲気下にて作製した硝
酸銀非含有フィルムのスペクトルも示す.ここで,T ||, T ⊥はそれぞれ延伸方向に平行,垂
直な電場ベクトルを有する偏光を入射させた時のスペクトルである.どちらの試料におい
ても λ >0.4 µm の波長域にポリイミドフィルム単独では見られない光吸収が見られたが,
Air 中で作製した試料では広い波長域 ( λ= 0.5~0.75 µm) において偏光特性が得られた.一
(a) under N2
(b) in Air
方,N2 中で作製した試料ではほとん
Drawing direction
Drawing direction
ど偏光特性が得られなかった.
図 2 に 硝 酸 銀 含 有 量 を 20 mol%
Polyimide
にし,N2 中,Air 中で作製した試料
Silver
の断面透過電子顕微鏡 (TEM) 像を示
particles
す.N2 中で作製した試料では直径約
10 nm 程度のナノ粒子が分散して析 [図2] 硝酸銀含有一軸延伸ポリイミドフィルムの断面透過電子顕微鏡
出しており,またその周囲に粒径の 像. (a)窒素中、(b)大気中で作製した試料.
非常に小さなナノ粒子 ( 直径約 3 nm 以下 ) が分散している.どのナノ粒子の形状にも異
方性はほとんど見られない.Air 中で作製した試料では N2 試料に比べて粒径が大きく,か
つ異方形状を有するナノ粒子 ( 長軸径 20~30 nm, 短軸径 10~20 nm,アスペクト比約 1.5)
が延伸方向に長軸を向けて析出している.また,局所的には楕円形微粒子が延伸方向に配
列して固定されていた.銀ナノ粒子の析出は還元反応であるため,大気中で作製した試料
では酸素の影響により結晶核の生成数が少なく,個々のナノ粒子が大きく成長したものと
考えられる、また、ポリイミド分子鎖の配向場の影響でナノ粒子が異方的に成長し,また
局所的には配列した状態で固定されたものと考えられる.これらのナノ粒子は広角 X 線回
折パターンから金属銀の結晶性ナノ粒子であることが明らかとなっており,この異方形状
ナノ粒子およびナノ粒子配列が広い波長域で偏光特性を発現していると考えられる [1].
大気中,T f (=320℃ ) での加熱保持時間 (t H) を変化さ 0.4
100
せて (t H=10~60 min) 作製した試料 (AgNO3: 5.7 mol%)
80
の∆ n と二色比 C の変化を図 3 に示す.最高イミド化 0.3
60
温度,延伸荷重がほぼ一定であることから,∆ n はほ 0.2
ぼ一定の値を示している.一方,加熱保持時間中に T ||
40
が大きく変化することに伴って C も大きく変化した. 0.1
20
t H=34 min で最大値が得られ,その後はポリイミドの配
0
0
10
20
30
40
50
60
向状態が保持されているにもかかわらず徐々に C の減
Holding time, t (min)
少が確認された.この原因は保持時間の経過にともな [図3] 加熱保持時間(t H)中の面内複屈折(Δn )と
い銀ナノ粒子の等方的結晶成長により形状の異方性が 二色比(C )の変化.
減少し,ナノ粒子の配列状態が乱れることに起因して 80
いると考えられる [9].一方、大気中において最大の C
60
が得られる t H にて延伸比を変化させて (R =1.04~1.83)
作製した試料の配向状態 (P 200) と C の関係を図 4 に示 40
す.なお、配向状態は偏光 ATR FT-IR 法を用いて評価
した。P 200 が増加するにつれて C も指数的に増加する 20
ことが示された.したがって,高分子鎖の配向状態の
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
制御により、銀含有ポリイミド薄膜における偏光特性
P200
を制御することが可能であることが示された.
[図4] PI の配向度(P 200)と二色比(C )の関係.
Contrast ratio, C @ 0.67 �m
H
3. ポリマーブレンドをマトリクスにした偏光板
100
(a)
60
T�
25 dB
@ 0.85 � m
40
20
T��
0
0.4
103
0.6
0.8
1.0
Wavelength (�m)
1.2
100
(b)
90
80
102
70
60
10
1
50
none
150
200
250
Temperature (∞C)
Transmittance (%), T� @ 0.856 �m
Transmittance (%)
80
Contrast ratio, C @ 0.856 �m
試料の作製条件 ( 雰囲気 , 加熱保持時間 , 延伸比 ) を
最適化した 0.85 µm 帯用薄膜偏光板 (AgNO3; 20 mol%)
の偏光透過スペクトルを図 5(a) に示す [7].可視全域
から近赤外域 (λ <0.9 µm) にかけて延伸軸に平行な方向
の透過率 (T ||) が 0.6% 以下であり,波長 0.856 µm にお
いて C =320 ( 消光比 約 25 dB) 以上である.また,こ
の試料を 150~300℃で各 1 時間ずつアニールした場合
の C と延伸軸に垂直な方向の透過率 (T ⊥ ) を図 5(b) に
示す.T ⊥にはほとんど変化が見られなかったが,C は
温度の上昇につれて減少し,特に 250℃では大きく減
少した.したがって,この薄膜偏光板は 150℃までは
特性に全く変化がなく,200℃までは C =100 ( 消光比
20 dB) 以上を維持することが示された.また、膜厚も
14.8 µm と光導波路型デバイスにも充分に適用できる
薄さであった。
300
[図5] 0.85µm帯ポリイミド薄膜偏光板の(a)
偏光透過スペクトルと (b) アニーリング処
理による偏光透過率(T ||)と二色比(C)の変化.
さらに長距離光通信波長帯である 1.3, 1.55 µm 帯で
Ag nanorods
高い偏光特性 (C ) を得るには、析出する銀ナノ粒子の (a)
+
粒径をさらに大きくアスペクト比を高くする必要があ PI-1 PI-2 + Ag
||
る。そのため新規の方法として、ポリマーブレンドに
おける相分離構造を鋳型とすることでさらに大きなス
�
Heating
Heating
ケールで析出する銀ナノ粒子の形状制御を試みた [10]。
&
Drawing
図 6 に概念図と使用したポリイミドを示す。コンセプ
トとしてはサブミクロンスケールの相分離構造を有す (b)
るポリイミドブレンドの分散相に金属と親和性が高い
含スルホン酸ポリイミドを用いることで銀イオンが分
PMDA/TFDB (PI-1)
PMDA/BDSA (PI-2)
散相に濃縮され、これを加熱延伸処理することで引き
[図6] 長波長用ポリイミド薄膜偏光板の
延ばされた相分離構造自体が鋳型の役割を果たす。これ (a) 作製概念図と(b) 使用したポリイミド.
により粒径が大きく、アスペクト比の高い銀
(a) 0 min
(b) 3 min
ナノ粒子 ( ナノロッド ) が析出することが期 2
待される。
A||
試料調製は、連続相となる剛直性含フッ素 1
A||
ポリイミド PMDA/TFDB (PI-1) の前駆体 100
A�
A�
に対して分散相となる剛直性含スルホン酸ポ 0
(c) 6 min
(d) 9 min
リイミド PMDA/BDSA (PI-2) の前駆体を 1~3 2
A||
加える。これにより形成される個々の分散相
はサブミクロンオーダーになると予想され 1
A||
る。さらにこれに硝酸銀 (6~15) を加え、上
A�
A�
0
述のスピンコート法にて製膜後、自作の in0.8
1.2
1.6
0.8
1.2
1.6
Wavelength (�m)
situ 光学測定用加熱延伸機を用いて加熱延
[図7] 415℃の加熱延伸中における偏光吸収スペクトルの変
伸を施した。
前駆体フィルムを透過電子顕微鏡観察することでサブ µm オーダの明確な相分離構造が
見られ、エネルギー分散型 X 線分析 (EDS) により分散相に優先的に Ag が濃縮されている
ことが確認された。前駆体フィルム (PI-1 : PI-2 : AgNO3=100 : 1.0 : 6.5) を 415℃で加熱延
伸した際の偏光吸収スペクトルの変化を図 7 に示す。フィルムの延伸比は 1.7 である。偏
O
N
Absorbance
O
O
O
CF3
N
O
N
F3C
n
O
O
SO3H
N
O
HO3S
n
Transmittance (%)
光吸収スペクトルは銀ナノ粒子を単一ポリマー中で析出
させた場合と同様、延伸方向において吸収ピークが徐々
に長波長シフトしその後消失したが、その吸収波長は単
一ポリマーの場合よりも長波長側 (λ >1.0 µm) である。
また、最高加熱温度 (T f) が高いほど延伸方向の光吸収が
長波長シフトし、二色比 C も増加する。したがって、銀
ナノ粒子を析出させる温度が高いほど、より素早く銀ナ
ノ粒子の粒径が大きく成長し、周囲の鋳型の影響を強く
受けて高アスペクト比になったものと考えられる。
Silver nanorods
高温 (445℃ )、高延伸比かつ最適保持時間で作製した [図8] 長波長用ポリイミド薄膜偏光板の透
フィルム (PI−1 : PI−2 : AgNO3=100 : 1.5 : 9.75) 断面 の 過電子顕微鏡(TEM)写真。延伸方向(→)に
沿って銀ナノロッドが強く配向している.
TEM 像を図 8 に示す。延伸方向に伸長した銀ナノ粒子 100
( ナノロッド ) が多数観察された。その大きさは約 310
80
nm 付近にピークを有する分布をとっており、また、ア
T�
60
スペクト比は最大で 5 という棒 ( ロッド ) 状である。し
22 dB
たがって、単一ポリマー中で析出させるよりもポリマ
40
@ 1.55 � m
ーブレンドにすることで大きさは 10 倍以上、3 倍以上
20
T||
のアスペクト比を有する銀ナノロッドが析出した。こ
0
れは加熱延伸により延伸方向に引き延ばされた分散相
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
Wavelength (�m)
が鋳型となったためである。
作製条件 ( 加熱温度、加熱保持時間、延伸比 ) を最適 [図9] 長波長用ポリイミド薄膜偏光板の偏光
透過スペクトルと外観.
化することで作製された 1.55 µm 帯用薄膜偏光板の偏
光透過スペクトルと外観を図 9 に示す。この偏光板は、長
永久磁石
N
距離光通信波長域である 1.55 µm で二色比 C =150 ( 消光比
S
22 dB) 以上、透過率 70% 以上の高偏光特性を有しており、
YIG導波路
Baba ら [11] により報告された無機ガラス媒体の偏光板に比
1/2波長板
べても遜色ない偏光特性を有している。膜厚は 19 µm と非
常に薄く、曲げにも十分に耐えられる柔軟性を有するもの
22.5
であり、偏光板を用いた代表的な導波路型光デバイスであ
る光アイソレータ ( 図 10) 等にも好適な薄膜偏光板である。
今後、多方面の光デバイスへの展開を期待している。
[ 参考文献 ]
薄膜ポリイミド
光導波路 (STS)
偏光子
(1) a) S. Ando, T. Matsuura, S. Sasaki, Fluoropolymers 2, Properties ,
Chaps.14&15, G. Hougham ed., Kluwer, NewYork (1999). b) 安藤
[図10] 導波路型光アイソレータ.
慎治 ,“最新ポリイミド−基礎と応用−”( 今井淑夫・横田力男 編 ) 基
礎編 5 章 , 応用編 4 章 , NTS (2002). c) S. Ando, J. Photopolym. Sci. Technol. , 17, 219 (2004). d) 安藤
慎治 , 高分子 , 53, 419 (2004). e) 安藤慎治研究室:http://www.op.titech.ac.jp/polymer/lab/sando/index.
htm.
(2) T. Sawada and S. Ando, Chem. Mater., Vol.10, No.11, pp.3368-3378 (1998).
(3) C. F. Bohren, Absorption and scattering of light by small particles (John Wiley & Sons, New York,
(1983).
(4) S. Matsuda and S. Ando, J. Polym. Sci., Part B: Polym. Phys., Vol.41, No.4, pp.418-428 (2003).
(5) T. Sawada, S. Ando and S. Sasaki, Appl. Phys. Lett. Vol.74, No.7, pp.938-940 (1999).
(6) S. Matsuda, S. Ando and T. Sawada, Electron. Lett. Vol.37, No.11, pp.706-707 (2001).
(7) S. Matsuda and S. Ando, Polym. Adv. Technol. Vol.14, No.7, pp.458-470 (2003).
(8) 松田 祥一 , 安藤 慎治 , 高分子論文集 Vol.61, No.1, pp.29-38 (2004).
(9) S. Matsuda and S. Ando, Jpn. J. Appl. Phys. Vol.44, No.1A, pp.187-192 (2005).
(10) S. Matsuda, Y. Yasuda and S. Ando, Adv. Mater. Vol.17, No.18, pp.2221-2224 (2005).
(11) K.Yamaki, K.Baba and M.Miyagi, Electron. Comm. Jpn. , Part 2, Vol.82, No.6, pp.17-24 (1999).