第22集(18年度)

博 士 学 位 論 文
内容の要旨および審査結果の要旨
第 22 集
(平成18年度)
金 沢 医 科 大 学
は し が き
本集は、学位規則(昭和28年4月1日文部省令第9号)第8条
による公表を目的として、本学において博士(医学)の学位を授
与した者の論文内容の要旨および審査の結果の要旨を収録した
ものである。
― 第22集
学位授与
番
号
氏
名
目
次(平成18年度)―
論文
紀
幸
Hepatic pre-sinusoidal
hypotension in rabbits
凌
莉
秋
恒
米
山
甲 第343号
髙
橋
甲 第344号
若
狭
甲 第345号
川
村
甲 第346号
山
甲 第347号
安
甲 第348号
闞
甲 第349号
清
甲 第350号
林
甲 第351号
三
甲 第352号
甲 第339号
唐
甲 第340号
董
甲 第341号
三
甲 第342号
澤
題
vessels
名
contract
頁
in
anaphylactic
……
1
Identification and Characterization of Novel Human
Recombinant Monoclonal Fab Fragments Specific for EBV
Viral Capsid Antigen Established by Phage Display
……
4
平
日本白色家兎に対する酸化ストレス誘発剤を用いた骨壊死
誘発実験
……
7
智
子
Dietary intake of fatty acids and serum C-reactive protein in
Japanese
…… 10
知
子
FDG 集積度,HRCT 所見,および血清 CEA 値による肺腺癌
(3cm 以下)の術後再発予測
…… 13
稔
特発性左室収縮機能障害患者におけるアミノ酸代謝異常に
関する臨床的検討
…… 17
友
美
非定型抗精神病薬オランザピンとアリピプラゾールの急性
投与による家兎海馬における興奮性シナプス伝達およびド
ーパミン, セロトニン濃度に及ぼす影響について
…… 19
田
真
善
肝細胞癌を発生した非アルコール性脂肪肝炎(NASH)モデル
マウス肝における酸化ストレスと抗酸化酵素の発現
…… 23
田
廣
生
ヒアルロン酸およびコラーゲン注入後の皮膚組織反応の検
討
…… 26
凱
一側肺大線量一回照射による放射線肺障害の実験的検討
…… 30
旬
指尖血流脈波のゆらぎ解析による交感神経活動の評価とそ
の応用
…… 33
圭
アゾキシメタン誘発マウス大腸発癌における柑橘類化合物
の発癌抑制効果の研究
…… 36
枝
誠一郎
メタボリックシンドロームを背景とするウイルス性心筋炎
におけるアンデジオテシンⅡ受容体拮抗薬の心筋保護作用
の解析-心筋内アディポネクチン発現の意義-
…… 39
守
屋
純
二
慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome)のマウスモデル
作製と漢方治療有効性の検討
…… 42
甲 第353号
篠
倉
千
早
胎児肺成熟度判定における MRI の有用性に関する研究
…… 45
甲 第354号
廣
﨑
奈津子
黄体化未破裂卵胞(LUF)に対する排卵誘発補助薬としての
G-CSF の有用性に関する研究
…… 48
乙 第259号
大
黒
正
志
Converting Enzyme Inhibitor Improves Reactive Hyperemia in
Elderly Hypertensives with Arteriosclerosis Obliterans
…… 51
乙 第260号
中
村
常
之
Vasculitis induced by immunization with Bacillus Calmette
Guerin followed by atypical mycobacterium antigen : a new
mouse model for Kawasaki disease
…… 54
澤
学位授与
番
号
氏
乙 第261号
古
田
乙 第262号
猪
飼
名
一
論文
題
名
頁
薫
抗酸化剤による紫外線傷害の防御に関する細胞化学的研究
…… 58
徳
タキサス天然成分による抗腫瘍活性機序の研究
…… 60
から
氏名(生年月日)
本
唐
さわ
澤
のり
紀
野
ゆき
幸 (昭和 46 年 2 月 11 日)
籍
長
県
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第339号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論文 題 目
Hepatic pre-sinusoidal vessels contract in
anaphylactic hypotension in rabbits
(ウサギのアナフィラキシー低血圧では前類洞血管が
収縮する)
論 文 審査 委 員
主
査
土
田
英
昭
副
査
西
尾
眞
友
松
原
純
一
加
藤
伸
郎
学位論文内容の要旨
研究目的
アナフィラキシーは即時型過敏症であり,気管支攣縮,浮腫,肺水腫などがみられるが,
最も生命を脅かすものに循環ショックがある。このショックによる血圧低下の原因として
不整脈,心筋収縮能低下,肺高血圧や循環血液量の減少が挙げられるが,血圧低下の機序
にはいまだに不明な点がある。一方,肝臓の血管収縮が血圧低下に関与することが報告さ
れてきている。しかしながらアナフィラキシーショック時の肝血管収縮はイヌ,ラット,
モルモットでみられるが,ウサギでの報告は無い。また,摘出灌流肝標本における肝アナ
フィラキシーモデルでは,アナフィラキシー肝血管収縮部位に種差があることが報告され
ている。すなわち,イヌとモルモットでは有意の肝静脈収縮により肝鬱血が生ずるが,ラ
ットではほぼ選択的な前類洞収縮により肝重量が減少する。しかしながら,ウサギについ
てはアナフィラキシーによる肝血管収縮の有無ならびに肝血管収縮部位については不明で
ある。そこで,本研究はウサギのアナフィラキシーモデルを in vivo と摘出灌流肝標本で
作成し,in vivo では体血圧と門脈圧の変化に注目し,摘出灌流肝では肝血管収縮部位と
肝血液量の変動に注目して検討を行った。
実験方法
New Zealand 白色家兎 26 羽(体重 2.8kg±0.1kg)を使用した。
①In vivoでのアナフィラキシー低血圧時の門脈圧の検討:家兎(n=6)に抗原として卵白
アルブミン2.5 mgを完全アジュバントと共に週1回,合計3回皮下投与し,感作した。実
験は最終抗原投与1週間後に行った。一方,対照群(n=5)では完全アジュバントだけ
- 1 -
を同様に皮下投与した。ペントバルビタール麻酔下に門脈,外頚静脈,大腿動脈にカテ
ーテルを挿入し,門脈圧(Ppv),体血圧(Psa),中心静脈圧(CVP),心拍数を測定した。
アナフィラキシー低血圧は抗原2.5 mgを静脈内投与して惹起した。
②摘出灌流肝臓での肝アナフィラキシーの検討:家兎(n=9)に①と同様の感作を行い,
最終抗原投与の1週間後に実験を行った。ペントバルビタール麻酔後に開腹し,肝動脈
を結紮後に,肝臓を摘出した。門脈と下大静脈にカニュレーションをし,門脈側からヘ
パリン加希釈自家血液(Hct 8%)にて定流量(27±1 ml/min/10g 肝重量)で灌流した。
Ppv,肝静脈圧(Phv),肝重量,門脈血流量(Q)を連続的に測定した。また,総胆管
にもカニュレーションし胆汁流量を測定した。灌流液に抗原 2.5 mg を投与してアナフ
ィラキシーを惹起した。門脈と肝静脈を同時に閉塞した時に平衡に達する圧である
double occlusion pressure(Pdo)により肝類洞圧を評価し,それに基づいて,肝血管
抵抗(Rt)を以下のように前類洞抵抗(Rpre)と後類洞抵抗(Rpost)に分けて評価し
た。
Rt=(Ppv‐Phv)/Q
Rpre=(Ppv‐Pdo)/Q
Rpost=(Pdo‐Phv)/Q
結果は平均±標準誤差で示し,統計学的検討は分散分析を行い,Post-hoc testとして
Bonferroni法を用いた。
実験成績
①In vivoでは,抗原投与によりPsaは投与前値79±2 mmHgから投与後10分には40±4 mmHg
へと低下し,60分には65±5 mmHgに回復した。Ppvは投与前値9.5±2.2 cmH2Oから投与
後3分には24.1±3.9 cmH2Oに上昇し,10分に12±1 cmH2Oに回復した。CVPは抗原投与直
後には2.4±0.2から6.1±1.1 cmH2Oへと上昇が認められたが,血圧低下の持続とともに
低下した。このときPpvの上昇が,他のパラメーターの変化に比べて最も早く認められ
た。一方,コントロール群ではこれらの数値に有意の変化はみられなかった。
②摘出灌流肝臓への抗原投与により,Ppvは投与前値5.4±0.1から6分後に28.6±2.4
cmH2Oと有意に上昇し,肝血管収縮がみられた。血管収縮時にPdoは2.2±0.2から3.8±
0.2 cmH2Oへ上昇した。PpvとPdoの圧較差の増加(3.3±0.1 vs 24.8±2.1 cmH2O : 投与
前 vs 投与後)に比べて,PdoとPhvとの圧較差の増加(1.9±0.1 vs 3.5±0.2 cmH2O)
はわずかであった。このことから,Rpostは投与前のわずか85%だけ上昇したのに対し
て,Rpreは680%上昇し,ほぼ選択的な前類洞血管の収縮がみられた。血管収縮と共に,
肝重量は0.2g/10g肝重量の減少がみられた。
総括および結論
ウサギにおいてもアナフィラキシー反応時に動脈圧の低下と,著しい門脈圧の低下が認
められた。さらに摘出灌流肝の検討から,ウサギの肝アナフィラキシーによる血管収縮は,
イヌやモルモットとは異なり,ラットと同様な,ほぼ選択的な前類洞血管の収縮によるこ
とが示された。またこれに伴い肝内血液が減少することから,肝重量の低下が認められた。
これより,ウサギのアナフィラキシー低血圧におけるほぼ選択的な前類洞血管の収縮は,
- 2 -
腹腔内臓器の鬱血や静脈還流量の低下により,血圧の低下に関与することが推測される。
論文審査結果の要旨
麻酔中は短期間に様々な種類の薬剤を投与することから,しばしばアナフィラキシーシ
ョックの起こることが報告されている。アナフィラキシーでは抗原に反応して様々な内因
性物質が遊離され,これが血圧低下を引き起こす。申請者はこの血圧低下の原因の一端を
探るべく,ウサギを用い,in vivo と in vitro の両面から肝血流量の変化を検討した。
その結果,in vivo の実験で抗原投与後,門脈圧の著明な上昇に引き続いて体血圧が低下
することを明らかにした。また,in vitro の実験から,抗原投与後に前類洞血管抵抗が
大きく上昇するのに対し,後類洞血管抵抗の上昇はわずかに留まることが明らとなった。
この結果から申請者は,ウサギのアナフィラキシーモデルにおいては,全身の血圧低下に
先立って前類洞血管の強い収縮が起こり,その結果として門脈圧が亢進し,腹腔内臓器の
鬱血が引き起こされ,これが血圧低下の原因になっていることが強く示唆されるとした。
今回の結果より,アナフィラキシーの結果として生じる門脈圧上昇は,イヌ,モルモッ
ト,ラット,ウサギなどの哺乳類に共通した現象であることが明らかとなった。このこと
は,ヒトでも同様のことが起こる可能性を強く示唆しており,ヒトにおいても門脈圧上昇
による腹腔内臓器への血液貯留がアナフィラキシーショックの成因となっている可能性を
示しているものと考えられる。しかし,ヒトのモデルとしてどの動物が最適かはいまだ明
らかになっておらず,今後の検討課題である。本研究はアナフィラキシーショックの病態
生理を解明する上で大きく貢献するだけでなく,今後の研究発展にも寄与するものと考え
られた。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
Acta Physiologica
Vol.189, No.1, 2007
- 3 -
とう
りょう
り
氏名(生年月日)
董
本
中華人民共和国
籍
凌
莉 (1974 年 5 月 15 日)
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第340号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
Identification and Characterization of Novel
Human Recombinant Monoclonal Fab Fragments Specific
for EBV Viral Capsid Antigen Established by Phage
Display
(ファジーディスプレイ法を用いたEBウイルスカプシド
抗原に対する新規モノクロナールFab抗体の樹立と
その特異性の検討)
論 文 審 査 委 員
主
査
竹
上
勉
副
査
梅
原
久
範
伊
達
孝
保
野
島
孝
之
学位論文内容の要旨
研究目的
EB ウイルスは感染症を起こすとともに細胞癌化を引き起こすという両面性をもつウイ
ルスである。EB ウイルス関連腫瘍としてバーキットリンパ腫,ホジキン病,非ホジキン
性悪性リンパ腫,鼻腔咽頭癌など多種類の悪性腫瘍がある。こうした EB ウイルスに関わ
る疾病,腫瘍化に対して EB ウイルスの検出および治療のために特異性の高い手法の確立
は重要なものといえる。EB ウイルス関連の腫瘍,癌細胞において EB ウイルスは latent
state あるいは lytic cycles で存在している。本研究の目的は抗 EBV-カプシド抗原 VCA
(viral capsid antigen)に対する人型 Fab 単クローンを樹立し,その抗体特異性を解析
し,EB ウイルス関連腫瘍患者の診断と治療への応用の可能性について検討することであ
る。EB ウイルスカプシド抗原 VCA はウイルス粒子の外層にあるカプシド蛋白で,ウイル
ス増殖時に発現される蛋白であり,実際に EB ウイルス関連腫瘍患者では抗 VCA 抗体の検
出陽性率は健常人より高い。ここでは費用面でも安全面でも優れた方法であるファージデ
ィスプレイ法(Phage display)を用いて,抗体作成を試みた。
実験方法
Phage display library の作成のために Marginal zone B cell lymphoma を発症した
EB 感染 Sjogren’s Syndrome(SS)患者の骨髄より RNA を抽出しcDNA 合成後,各々数組
primer を使用して PCR を行い,Heavy chain および Light chain,Fd 部分を増幅する。そ
- 4 -
れらの PCR 産物をpComb3 Vector に順次組み込み Fab Library を構築し,回収には M13
helper phage を感染させて行う。
クローンの選択を行うために EBV-VCA 抗原を固相化した ELISA プレートに Fab library
の Phage 溶液を4Cycles Panning した。特異的に反応した Phage を大腸菌―XL1 blue に
感染させ,増幅後,M13 Helper phage にて回収し,可溶性の Fab を得る。
遺伝子解析は Big dye terminator for cycle sequencing kit を用いて反応させた後,
DNA シークエンサー(ABI 310) にかけ,配列決定を行う。
EBV-VCA に強く反応した Fab クローンを Immunoaffinity chromatography で精製し,純
度については SDS-PAGE で検討する。
精製した Fab クローンの特異性は EBV-VCA 抗原との反応について ELISA 及び Western
blotting の方法で検討する。
さらに得られた Fab クローンを EBV-VCA と mouse monoclonal 抗体との反応系に入れ,
阻害効果を Inhibition ELISA で行う。
Indirect immunofluorescence assay(IFA)で Fab クローンと EBV 陽性 P3HR1 細胞株と
の反応,及び Immunohistochemistry で Fab クローンと 5 例 EBV 陽性悪性リンパ腫患者組
織との反応性を検討する。 Negative control として抗 Rotavirus Fab 抗体を使用する。
実験成績
Phage display 法によって EBV-VCA に反応する 4 種の単クローン(Fab1, Fab15,
Fab16, Fab21)が得られた。
得られた 4 種の単クローンの IgG の Germ-line 遺伝子について調べるために,DNA シー
クエンサーを用いてヌクレオチド配列決定の検討を行った結果,Fab1, Fab15, Fab16 の
Heavy chain は VH4 Subgroup と,Fab21 の Heavy Chain は VH3 Subgroup とホモロジーが
高く,Fab1 と Fab21 の Light chain は同一の VH  Subgroup とホモロジーが高いもので
あった。
精製した Fab の純度は高く,その分子量は 28KDa であった。
EBV-VCA との結合性を ELISA で検討したところ,2 個のクローン(Fab1 と Fab21)は高
親和性であり,特異的に VCA 抗原と反応性することが認めらた。
Western blotting で EBV-VCA 蛋白との反応性を検討すると,Fab1 では 160KD, 85KD
58KD, 30KD の蛋白,Fab15 では 58KD, 30KD,Fab21 では 160KD, 85KD, 30KD の蛋白との結
合が各々認められた。
EBV-VCA と最も親和性の強かった Fab21 と Fab1 については Inhibition ELISA で EBVVCA と Mouse monoclonal antibody との反応を阻害することが確認された。
IFA による解析では,得られた4つの Fab クローンの中で Fab1 と Fab21 が EBV 感染陽
性 P3HR1 細胞株と反応し, Immunohistochemistry でも Fab1 と Fab21 が 5 例の EBV 感染
陽性悪性リンパ腫患者組織と反応することが確認された。Negative control として使用
した抗 Rotavirus Fab 抗体や EBV 陰性悪性リンパ腫患者脾臓ではその反応性は観察されな
かった。
総括および結論
本研究では 4 個の抗 EBV-VCA 人型単クローン Fab 抗体が得られた。その中の二つの Fab
- 5 -
クローン(Fab1 と Fab21)は ELISA, Western blotting, Inhibition ELISA, IFA のそ
れ ぞ れ の 方 法 で 高 親 和 性 に VCA 抗 原 と 特 異 的 反 応 す る こ と が 認 め ら れ た 。 ま た
Immunohistochemistry で EBV 感染陽性悪性リンパ腫患者組織を染色することが確認され
た。以上の事実から本研究で得られた人型単クローン Fab 抗体は臨床診断に有用であるこ
とが示唆された。更に Fab クローンの DNA シークエンスを行い,その内容を遺伝子レベル
で明らかにしたことによって将来 EB ウイルス関連腫瘍患者の治療に応用できる可能性が
考えられる。
論文審査結果の要旨
ウイルス感染が起点となって生じる発癌の機構には未だ明らかでない点が数多くある。
EBV による発癌としては,良く知られるバーキットリンパ腫,悪性リンパ腫,鼻腔咽頭癌
等の悪性腫瘍,さらにはそれらに加えて胃がんの起因の可能性が指摘されている。いずれ
の場合も癌化の分子機構は不明である。
本研究では EBV 感染の早期の診断,治療への応用を行うために有用と考えられる単クロ
ーン抗体の樹立を目指し,方法としてはファージディスプレイ法を用いて研究を行ってい
る。申請者は以下のような結果を得ている。
ファージディスプレイ法によって EBV カプシド抗原 VCA に対する単クローン抗体を4種
類得た。含まれる IgG 鎖の配列については DNA ヌクレオチド配列決定法によって確認した。
4種類の単クローン抗体の中で,Fab1 と Fab21 の2種類は Western blotting 法にて VCA
と反応することを示し,また ELISA によって EBV-VCA と Mouse monoclonal antibody と
の反応を阻害することを示し,単クローン抗体の特異性を明らかにした。さらに IFA によ
る解析によって EBV 感染陽性 P3HR1 細胞株と反応することを示し,EBV 特異性を確認した。
Immunohistochemistry の方法によって Fab1 と Fab21 が5例の EBV 感染陽性悪性リンパ
腫患者組織と反応することを確認し,ここで得られた単クローン抗体が実際に使用できる
ことを明らかにした。
以上の結果から申請者は EBV に対して特異性を有する2種類の単クローン抗体を樹立し
たとしており,それらを診断,治療に用いることが可能であるとしている。本研究におい
ては有用な単クローン抗体を得ることに成功しており,極めて実際的で有用な研究成果で
あるといえる。それらの単クローン抗体は EBV 感染に対して早期の診断のために活用でき
るものと考えられる。さらには,未だ不明である EBV による癌化のプロセスの解明のため
にもこうした単クローン抗体を用いることが考えられる。将来的には治療面への応用の可
能性もあるであろう。今後の発展性には大きなものがあると期待される。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 3 号
- 6 -
平成 18 年
み
あき
こう
へい
氏名(生年月日)
三
本
籍
長
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第341号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
日本白色家兎に対する酸化ストレス誘発剤を用いた
秋
恒
野
平 (昭和 45 年 1 月 10 日)
県
骨壊死誘発実験
論 文 審 査 委 員
主
査
松
本
忠
美
副
査
勝
田
省
吾
梅
原
久
範
野
島
孝
之
学位論文内容の要旨
研究目的
ステロイド投与が大腿骨頭壊死症を発生させる重要な要因であることは明らかにされて
いる。最終的には骨内の虚血によって発生するという点においては意見の一致をみている
が,その詳細な機序については未だ不明であり,病態解明や予防法の確立が重要な課題と
なっている。
近年動脈硬化などの血管障害をはじめとする様々な疾患の病態に酸化ストレスの関与が
報告されており,当科でも骨壊死と酸化ストレスとの関与に着目して研究を行い,抗酸化
剤でステロイド性骨壊死を抑制できることを明らかにし,さらにラットに酸化ストレス誘
発剤を単独で投与することによって骨壊死が生じることを明らかにした。本研究の目的は,
ステロイド性骨壊死モデルとして確立されている家兎において,ステロイドの投与ではな
く, 酸化ストレス誘発剤を単独で投与することによってステロイド性骨壊死と同部位に骨
壊死が発生するかを検討することである。
実験方法
体 重 約 3.5kg の 雌 性 日 本 白 色 家 兎 に 酸 化 ス ト レ ス 誘 発 剤 で あ る ButhionineSulfoximine(以下, BSO)500mg/kg を 14 日間連日静脈投与した 10 羽を BSO 群とした。
また, コントロールとして生理食塩水を 14 日間連日静脈投与した 10 羽を CTR 群とした。
投与開始日を 1 日目とし, 投与開始直前,
5 日目,
14 日目に採血を行った。14 日目の
採血後に犠牲死として両側の大腿骨を摘出し, 各群において以下の検討を行った。
1.病理組織学的検討
各群において H-E 染色標本を作製し光学顕微鏡にて大腿骨近位骨幹部における骨壊死発
生の有無について検討した。骨壊死の定義は, 病理組織学的定義に基づき判定した。
- 7 -
2.免疫組織学的検討
骨内での酸化ストレスの発生を確認するため, 免疫組織学的に抗 8-hydroxy-2’deoxyguanosine(以下, 8-OhdG)モノクロール抗体を用いて各群の大腿骨の染色性につ
いて検討した。
3.血液生化学的検討
抗酸化の指標として還元型グルタチオン(以下, GSH)を, 脂質系の指標として総コレ
ステロール(以下, T-cho), トリグリセライド(以下, TG)を測定した。
実験成績
1. CTR 群では, 10 羽全例で骨壊死を認めなかったのに対して, BSO 群は, 10 羽中 3 羽
にステロイド性骨壊死の好発部位である大腿骨近位骨幹部に骨壊死を認めた。
2. BSO 群では, コントロール群と比較して骨髄造血細胞における 8-OHdG の発現が明ら
かに亢進しており, %PC はコントロール群 7.6±2.8%, BSO 群 16.6±2.5%であり, 統計
学的に有意差を認めた(p<0.01)。
3. GSH は BSO 群において 5 日目の値は注射前の値と比較して著明に低下しており, 14
日目の値は若干回復していた。これはラットで行った壊死誘発実験とほぼ同様な結果で
あり, また両群間で統計学的に有意差を認めた(p<0.05)。T-cho と TG に関して, BSO
群, CTR 群ともに 5 日目, 14 日目の値は投与開始直前の値と比較して値の上昇は認めず,
また両群間で統計学的に有意差を認めなかった。
総括および結論
近年, 生体内酸化ストレスは種々の疾患への関与が報告されている。当科でもこれまで
に特発性大腿骨頭壊死症に対する酸化ストレスの関与を研究してきた。その発生機序は最
終的には骨内の虚血により発症するが,家兎大腿骨の血管内皮増殖因子(VEGF)や VEGFmRNA の発現より虚血発作は, ステロイド投与後 3 日前後で生じることが報告されている。
また, 当科で家兎において生体内酸化ストレスは, ステロイド投与後 3~5 日で大腿骨内
に発生することを明らかにし, またステロイド投与家兎に酸化ストレス抑制剤である GSH
を投与することによって有意に骨壊死発生を抑制できることを報告した。さらにラットに
酸化ストレス誘発剤を単独で投与することによって大腿骨頭に壊死を生じたことを報告し
た。
今回, BSO 群の 10 羽中 3 羽にステロイド性骨壊死と同部位に骨壊死を認め,大腿骨内
に酸化ストレスが発生していたことよりステロイド性骨壊死は,ステロイド投与により酸
化ストレスが誘発され壊死が発生する可能性が非常に高く,ステロイド性骨壊死の発生に
は酸化ストレスが重要な役割を果たしていると考えられた。また,将来酸化ストレスを抑
制すれば骨壊死を予防できる可能性が示唆された。
論文審査結果の要旨
特発性性大腿骨頭壊死症の発生機序はこれまでに様々な説が報告されているが,その詳
細は未だ不明である。特発性大腿骨頭壊死症の中でも約半数を占め社会的問題となってい
- 8 -
るステロイド性大腿骨頭壊死症の病態を解明することは非常に重要な課題である。本研究
は,今までステロイド性骨壊死を再現する良いモデルとして認識されている家兎において,
ステロイドではなく,酸化ストレス誘発剤を投与することによってステロイド性骨壊死モ
デルと同部位に骨壊死が発生するかどうかを検討している。
本研究の結果,以下の成績が得られたとしている。
病理組織学的検討から,酸化ストレス誘発剤投与家兎 10 羽中 3 羽にステロイド性骨壊死
モデルと同部位に骨壊死が発生していた。
免疫組織学的検討から,酸化ストレス誘発剤投与群で明らかに骨髄造血細胞に抗 8OHdG 抗
体の発現が亢進し,大腿骨内に酸化ストレスが発生していた。
血液生化学的検討から,酸化ストレス誘発剤投与によって還元型グルタチオンは有意に低
下していた。また,総コレステロール,トリグリセライド値の変化はほとんどなく,脂質
代謝異常は生じていなかった。
本実験から,ステロイド性骨壊死の発生機序の重要な原因として酸化ストレスが存在す
ることが明らかとなった。本研究から酸化ストレスを抑制する(抗酸化剤を投与する)こ
とでステロイド性骨壊死を予防できる可能性が示された。今回得られた知見は,ステロイ
ド性骨壊死の発生機序及び予防法の確立において非常に重要と考えられ,今後の臨床応用
も期待される研究である。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻
第3号
- 9 -
平成 18 年
よね
やま
さと
こ
氏名(生年月日)
米
本
籍
群
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第342号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
Dietary intake of fatty acids and serum
学 位 論 文 題 目
山
馬
智
子 (昭和 44 年 4 月 1 日)
県
C-reactive protein in Japanese.
(日本人成人男女における各種脂肪酸摂取と
血清高感度 CRP)
論 文 審 査 委 員
主
査
副
査
中 川 秀 昭
勝 田 省 吾
松
本
正
幸
梶
波
康
二
学位論文内容の要旨
研究目的
近年急性期の炎症マーカーである高感度 CRP(hsCRP)は動脈硬化性循環器疾患の強い
予測因子として注目されている。多価不飽和脂肪酸,特に n-3 脂肪酸がサイトカイン産
生による炎症を抑制するとの報告があり,疫学研究,臨床試験では長鎖 n-3 脂肪酸(エイ
コタペンタエン酸(EPA)+ドコサヘキサエン酸(DHA))やその前駆体であるα-リノレン
酸と hsCRP との関連をみた研究がなされている。しかし一致した見解に至っておらず,ま
たこれら脂肪酸がどのように抗炎症,抗血栓効果があるのかメカニズムも解っていない。
地中海式ダイエットはオレイン酸,n-3 脂肪酸,野菜,果物,ナッツを多く含み循環器疾
患発症予防の点で注目を集めているが,我が国は地中海地域より冠動脈疾患の死亡率が低
く日本食は世界的にも注目を集めている。しかし日本食における各種脂肪酸組成が hsCRP
とどのような関連があるのかについてもほとんど検討がなされていない。
本研究は大規模な日本人集団において各種脂肪酸摂取量と hsCRP の関連について明らか
にするものである。
研究方法
2002-3 年に富山県東部の某企業に勤務する 35-60 歳の男女 3017 人(男性 1556 人,女
性 1461 人)において hsCRP を測定し,詳細な食事調査を行った。食事調査は妥当性が確
認 さ れ て い る 自 記 式 食 事 歴 法 質 問 票 ( Self-administered Dietary History
Questionnaire(DHQ))を用いて行った。DHQ においては過去1ヶ月間の 133 種の食品摂取
の頻度と量から,各種栄養素と 7 つの脂肪酸の摂取量をエネルギー比で算出した。解析は
- 10 -
すべて男女別に行った。各種脂肪酸摂取量を5分位に分け,共分散分析を用いて年齢,飲
酒,喫煙,身体活動量等を調整した hsCRP の平均値を算出し比較した。また長鎖 n-3 脂肪
酸の摂取量の違いにおけるオレイン酸,リノール酸,α-リノレン酸と hsCRP との関連を
みるために,長鎖 n-3 脂肪酸(EPA+DHA)の低摂取群,中程度摂取群,高摂取群の3群に
分けて hsCRP に関する重回帰分析を行った。hsCRP は正規分布をとらなかったので対数変
換した値を用いた。また感染症による炎症の除外のため hsCRP10mg/L 以上のものを除外し
て分析した。
研究成績
対象者の平均年齢は男女とも 47 歳,平均 BMI は男性 23.5kg/m2,女性 22.7kg/m2,hsCRP
の幾何平均値は男性 0.43mg/L,女性 0.27mg/L であった。総脂肪摂取量は男性 20.8%E,女
性 27.0%E で男性より女性で大きい値をとった(p<0.001)。また特に摂取量の多い脂肪酸
ではオレイン酸が男性 6.1%E,女性 7.8%E,リノール酸が男性 4.6%E,女性 5.8%E で男性
より女性で大きい値をとった(p<0.001)。各種脂肪酸摂取を5分位に分けときの hsCRP の
幾何平均値は女性でオレイン酸(p=0.008),α―リノレン酸(p=0.026)で摂取エネルギ
ー比が高いほど有意に低い傾向を認めた。長鎖 n-3 脂肪酸(EPA+DHA)の摂取量に関して
3群に分けて hsCRP と主な脂肪酸との関連を見たところ,男性では長鎖 n-3 脂肪酸の中程
度摂取群でオレイン酸(P=0.009)およびリノール酸(p=0.021)と統計学的に有意な負の
関連を示した。また女性では長鎖 n-3 脂肪酸の中程度摂取群でオレイン酸(p=0.028),リ
ノール酸(p=0.009)
,α―リノレン酸(p=0.018)と最も強い負の関連を示した。
総括および結論
今回我々は hsCRP との関連が明らかになっていないオレイン酸,または炎症作用が報告
されているアラキドン酸の前駆体であるリノール酸,そして抗炎症作用のあるエイコタペ
ンタエン酸の前駆体であるα-リノレン酸について焦点を絞って検討し日本人で摂取の多
い長鎖 n-3 脂肪酸(EPA+DHA)の中程度摂取群において hsCRP はオレイン酸,リノール酸,
α - リ ノ レ ン 酸 で 特 に 強 い 負 の 関 連 を 示 す 傾 向 が あ る こ と を 明 ら か に し た 。 δ -5
desaturase とδ-6 desaturase によりα-リノレン酸は EPA に伸張し抗炎症作用のある
PGE3 に,リノール酸はアラキドン酸に伸張し炎症作用のある PGE2 と LTE4 を産生し,オレ
イン酸は EPA の疑似体のエイコサトリエン酸に伸張し抗炎症作用に働くとされている。こ
れらの伸張は競合するので各々の脂肪酸の摂取比率により抗炎症,炎症作用が決まるとさ
れているがメカニズム等は完全に解っていない。我々の結果は魚に多く含まれる EPA や
DHA の日本人の平均的な摂取がオレイン酸,リノール酸,α-リノレン酸の抗炎症作用を
有効に働かせることを示唆したものであり,循環器疾患予防のための脂肪摂取のあり方に
新たな知見を提供するものである。
論文審査結果の要旨
炎症指標である血清 CRP の軽微な上昇は,動脈硬化による循環器疾患発症の独立した危
険因子として最近確立されてきており,血清高感度 CRP の測定がなされるようになった。
- 11 -
血清高感度 CRP に影響する要因としては性,年齢,肥満度,喫煙などが指摘されているが,
栄養学的要因については明らかではない。特に脂質の摂取状況が独特で,低い心筋梗塞発
症率が世界的に注目されている日本人での検討が十分ではなかった。本研究は,妥当性の
確立した厳密な栄養調査を大規模な日本人集団で実施して血清高感度 CRP と脂肪酸摂取と
の関連を検討しており,わが国では大変貴重な大規模疫学データと言える。また,日本人
を代表するデータとして国際的にも価値が高いと考えられる。
本研究では,諸外国に比べて日本人摂取量が多い長鎖 n-3 脂肪酸(EPA および DHA)によ
る交互作用が検討されている。この脂肪酸は魚介類からの摂取が中心のものである。その
結果,長鎖 n-3 脂肪酸の摂取が中等量の群で,オレイン酸,リノール酸,α-リノレン酸
と高感度 CRP との負の関連が最も強いことが分かった。この摂取量は欧米に比べればなお
高い摂取量であり,欧米での魚介類摂取増加を勧めるとともに,わが国では現在の摂取量
を維持することで,一価不飽和脂肪酸,多価不飽和脂肪酸による抗炎症作用が効果的にな
るという仮説を提唱するものである。これが本論文の新知見の部分であり,今後の循環器
疾患予防研究に一石を投じることになろう。ただしこれらの脂肪酸摂取が動脈硬化の進展
および動脈硬化性循環器疾患の発症にどう関わっていくかを見る縦断的疫学研究が今後必
要である。
本研究は,疫学研究としての規模の大きさ,質の高い栄養調査方法,また新たな知見が
評価され,日本疫学会の official journal である Journal of Epidemiology に掲載され
た。また,わが国での循環器疾患予防のための食事の取り方への新たな提言となる可能性
も高く,公衆衛生学的意義も高い。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
Journal of Epidemiology
Vol.17, No.3, 2007
- 12 -
たか
はし
本
籍
長
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第343号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
FDG 集積度,HRCT 所見,および血清 CEA 値による
野
知
こ
髙
学 位 論 文 題 目
橋
とも
氏名(生年月日)
子 (昭和 51 年 4 月 21 日)
県
肺腺癌(3cm 以下)の術後再発予測
論 文 審 査 委 員
主
査
利
副
査
栂
波
久
雄
博
久
勝
田
省
吾
佐
川
元
保
学位論文内容の要旨
研究目的
小型肺癌発見の増加に伴い,肺癌の縮小手術適応に対する議論がされている。すなわち
非浸潤性肺癌を術前に予測することができれば,縮小手術の標準化を進めることが可能に
なり,さらには術前あるいは術後化学療法の併用を考慮するうえでの一助となるとも考え
られる。
このような考えから,術前画像所見による原発巣の浸潤性評価の試みが行われている。
その一つとして,high resolution computed tomography(HRCT)上の原発巣の groundglass opacity(GGO)の割合が浸潤性や術後予後と相関すると報告されている。一方
18
F-
fluorodeoxyglucose(FDG)を用いた positron emission tomography(PET)は,生体の
糖代謝を画像化する方法であり,肺腺癌では原発巣の FDG 集積度は生物学的悪性度を反映
すると報告されている。
また,血清 carcinoembryonic antigen(CEA)値も肺腺癌の予後予測因子としての有用
性が検討されており,術前血清 CEA 高値の症例では術後予後が悪いと報告されている。
本研究の目的は,術前画像診断(原発巣の FDG 集積度と HRCT 所見),および血清 CEA 値
により肺腺癌(3cm 以下)の術後再発を予測しうるか否かを明らかにすることである。
実験方法
対象は,術前に FDG PET および HRCT 検査,血清 CEA 値測定が行われた肺腺癌(3cm 以
下)標準手術症例 75 例である。本研究は術前評価に用いることを考慮して TNM 分類で用
いられている腫瘍径(3cm)を基準として腫瘍径 3cm 以下の症例を対象とした。
FDG PET は 3 機種を用い,FDG 静注 40~60 分後より撮像開始し全例に吸収補正を施行し
た。原発巣の FDG 集積度は,視覚的に縦隔の血中濃度を基準として,FDG 低集積度群と
- 13 -
FDG 高集積度群の 2 群に分類した。
HRCT は 2 機種を用い,肺野全体を helical mode(10mm 厚)にて撮像し,病変部分を
thin section(2mm 厚)にて追加撮像した。HRCT 上の原発巣における GGO の割合は,腫瘍
断面の最大径と GGO 以外の腫瘍部分の最大径を用いて半定量的に計測し,GGO 割合 50%を
基準として solid pattern と GGO pattern の 2 群に分類した。
血清 CEA 値は,20ng/ml を基準値として 20ng/ml 未満と 20ng/ml 以上の 2 群に分類した。
以上の方法を用いて,手術標本における病理組織学的浸潤性(血管浸襲リンパ管浸
襲胸膜浸潤)については術前画像所見および血清 CEA 値との関連を Fisher’s exact
test で検討した。術後再発は,術後から再発診断までの期間を無再発生存期間と設定し,
術前画像所見および血清 CEA 値と術後再発との関連を Kaplan-Meier 法(log rank test)
で検討した。さらに HRCT 上の solid pattern 群に限定して,術後再発に関与する因子と
して,年齢(65 歳未満,65 歳以上)性別術前血清 CEA 値病理病期分類(I 期,II
III 期)
FDG 集積度を選択し Cox 比例ハザードモデルによる多変量解析を行った。加えて
HRCT 上の solid pattern 群で FDG 集積度と血清 CEA 値を組み合わせた場合の術後再発に
ついて検討した。
実験成績
1.原発巣の FDG 集積度
浸潤性は,FDG 低集積度群では 16.2%(6/37)
,FDG 高集積度群では 68.6%(24/35)で
認められ,FDG 高集積度群では有意に浸潤性を認める症例が多かった(p<0.0001)。
術後再発は,FDG 低集積度群では 5.3%(2/38),FDG 高集積度群では 37.8%(14/37)
で認められ,FDG 高集積度群は有意に術後再発率が高かった(p=0.0006)。
2.原発巣の HRCT 所見
浸潤性は,GGO pattern 群では 0%(0/13),solid pattern 群では 50.8%(30/59)で
認められ,solid pattern 群では有意に浸潤性を認める症例が多かった(p<0.0001)。
術後再発は,GGO pattern 群では 0%(0/13),solid pattern 群では 25.8%(16/62)
で認められ,solid pattern 群は有意に術後再発率が高かった(p=0.0359)。
3.術前血清 CEA 値
浸潤性は,血清 CEA 値 20ng/ml 未満の群では 37.3%(25/67),20ng/ml 以上の群では
100.0%(5/5)で認められ,血清 CEA 値 20ng/ml 以上の群では有意に浸潤性を認める症
例が多かった(p=0.010)。
術後再発は,血清 CEA 値 20ng/ml 未満の群では 17.1%(12/70),20ng/ml 以上の群で
は 80.0%(4/5)で認められ,血清 CEA 値 20ng/ml 以上の群は有意に術後再発率が高か
った(p=0.0002)。
4.Solid pattern 群に限定した場合の解析結果
GGO pattern 群 で は 浸 潤 性 お よ び 術 後 再 発 が 共 に 認 め ら れ な か っ た た め solid
pattern 群(62 例)に限定した場合の検討を行った。
浸潤性は,FDG 低集積度群では 24.0%(6/25),FDG 高集積度群では 70.6%(24/34)
で認められ,FDG 高集積度群では有意に浸潤性を認める症例が多かった(p=0.001)。
術後再発は,FDG 低集積度群では 7.7%(2/26),FDG 高集積度群では 38.9%(14/36)
- 14 -
で認められ,FDG 高集積度群は有意に術後再発率が高かった(p=0.0079)。
術後再発に関与する主要因子について多変量解析を行ったところ,病理病期分類
(p=0.040)と FDG 集積度(p=0.040)のみが独立した術後再発予測因子であった。
原発巣の FDG 集積度と血清 CEA 値を組み合わせて検討を行ったところ,solid
pattern でなおかつ FDG 高集積度の症例において,血清 CEA 値 20ng/ml 未満の群では
32.3%(10/31),20ng/ml 以上の群では 80.0%(4/5)で術後再発が認められ,血清 CEA
値 20ng/ml 以上の群は有意に術後再発率が高かった(p=0.0461)
。
総括および結論
原発巣の FDG 集積度HRCT 所見,血清 CEA 値と病理組織学的浸潤性および術後再発と
の間には,有意な関連が認められた。HRCT 上 GGO pattern を呈した症例では術後再発が
認められず,強い予後良好の所見と考えられた。HRCT 上 solid pattern を呈した症例で
は,FDG 集積度が独立して重要な術後再発予測因子であることが判明した。さらに,血清
CEA 値 20ng/ml 以上は強い予後不良の所見であった。
以上より,肺腺癌(3cm 以下)において原発巣の FDG 集積度,HRCT 所見,および血清
CEA 値を組み合わせることにより,術後再発をより高い精度で予測できることが判明した。
論文審査結果の要旨
胸部 CT 検診の普及や日常臨床での胸部 CT 検査に伴い,小型肺癌が多く発見されるよう
になった。しかし病期分類Ⅰ期にもかかわらず術後早期に再発し予後の悪い症例も散見さ
れ,病期分類のみでは肺癌の予後因子として十分とは言えないことが指摘されている。こ
のような考えから術前画像所見による浸潤性評価や術後予後予測の試みがされているが,
複数の検査結果を組み合わせた検討は少ない。そこで,術前画像診断(原発巣の FDG 集積
度と HRCT 所見),および術前血清 CEA 値により肺腺癌(3cm 以下)の術後再発を予測しう
るか否かを明らかにすることを目的として以下の研究を行った。
対象は,術前に FDG PET および HRCT 検査を施行し血清 CEA 値測定が行われた肺腺癌
(3cm 以下)標準手術症例 75 例である。原発巣の FDG 集積度は視覚的に縦隔の血中濃度
を基準として FDG 低集積度群と FDG 高集積度群の 2 群した。HRCT 上の原発巣における GGO
の割合は半定量的計測により 50%を基準として solid pattern と GGO pattern の 2 群に分
類した。血清 CEA 値は,20ng/ml を基準値として 20ng/ml 未満と 20ng/ml 以上の 2 群に分
類した。以上を単独または組み合わせて病理組織学的浸潤性および術後再発との関連を統
計学的に検討した。
本研究により得られた結果は以下のとおりである。
1. 原発巣の FDG 集積度HRCT 所見,血清 CEA 値と病理組織学的浸潤性および術後再発
との間には有意な関連が認められた。すなわち FDG 高集積度solid pattern血清
CEA 値 20ng/ml 以上の群ではそれぞれ有意に浸潤性を認める症例が多く,術後再発率も
高かった。
2. GGO pattern 群では病理組織学的浸潤性および術後再発が認められず,強い予後良好
の所見であることが示された。
- 15 -
3. solid pattern 群では FDG 集積度が独立して重要な術後再発予測因子であることが示
された。
4. 血清 CEA 値 20ng/ml 以上は強い予後不良の所見であることが示された。
本研究により,肺腺癌(3cm 以下)において原発巣の FDG 集積度,HRCT 所見,および血
清 CEA 値を組み合わせることにより,術後再発をより高い精度で予測できることが判明し
た。この結果は,臨床において適切な治療法の選択,特に縮小手術や術前術後化学療法の
適応の決定に大きく寄与するものと考えられる。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 3 号
- 16 -
平成 18 年
わか
さ
若
本
籍
石
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第344号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
特発性左室収縮機能障害患者におけるアミノ酸代謝異常
学 位 論文 題 目
狭
みのる
氏名(生年月日)
稔
川
(昭和 51 年 12 月 21 日)
県
に関する臨床的検討
論 文 審査 委 員
主
査
梶
波
康
二
副
査
松
井
高
橋
弘
昭
伊
達
孝
保
忍
学位論文内容の要旨
研究目的
左室収縮機能障害は左室の収縮能が徐々にあるいは急速に障害される疾患であり,その
克服には,左室収縮機能障害の原因の多くを占める拡張型心筋症の病態解明が重要である。
拡張型心筋症の責任遺伝子座が同定されたものは数少なく,またミトコンドリア遺伝子異
常,脂肪酸代謝異常,アミノ酸代謝異常など,代謝異常が原因と考えられる症例が散見さ
れるが,系統だった検討はなされていない。そこで本研究では,アミノ酸代謝異常が成人
発症の特発性拡張型心筋症を呈するとの仮説を検証することを目的に,左室収縮機能障害
患者の尿中アミノ酸およびその代謝物 24 種を測定し臨床像との相互関係を検討した。
実験方法
1.対象
対象は 2005 年 4 月から 2006 年 3 月までに金沢医科大学病院循環器内科に通院または入
院し,心エコー検査で左室駆出率が 45%以下,心筋血流シンチグラム(99mTc-MIBI)で左
室駆出率が 45%以下,左室造影検査で全周性の壁運動低下のいずれかを満たす左室収縮
機能障害を指摘された患者連続 23 例(男性 18 例,女性 5 例,平均年齢 61±17 歳)であ
る。心筋疾患を有する対照群として肥大型心筋症患者 13 例(男性 12 例,女性 1 例,平均
年齢 67±13 歳)
,正常対照群として 33 例(男 20 例,女 13 例,平均年齢 56±5 歳)と比較
した。二次性心筋症は対象から除外した。
随時尿を 10ml 採取し常温で保存。ガスクロマトグラフ-質量分析計-コンピューター
(GC/MS/COM)システムを用いてアミノ酸およびその代謝物計 24 種を安定同位体希釈法
により測定し,これをクレアチニン濃度で補正した。対数変換処理によって求めたコント
ロール値(200 例)をもとに,測定値の異常度をコントロール値の標準偏差(SD)を指標
- 17 -
に表し,平均+2SD 以上を異常値とした。
実験成績
左室収縮機能障害患者 23 例中 11 例に,肥大型心筋症患者 13 例中 5 例に,正常対照患
者 33 例中 8 例に尿中アミノ酸およびその代謝物の高値をそれぞれ認めた。このうち,3methylglutaconate の高値(3-methylglutaconic aciduria)を認めた3例においては,再検査で
も異常値が確認された。これら 3 例の発症年齢はそれぞれ 44,55,70 歳と成人以降の発
症であり,心不全重症度はいずれも NYHAⅡ度程度に留まっていた。また平均 71 歳時の
心エコー検査 M モードでの左室駆出率は 55±16%,左室拡張末期径 56±12mm,BNP36
±13pg/ml で,1 例に心房細動を合併したが,心室性期外収縮(Lown 分類 grade3 以上)の
合併は認めなかった。一方,3-methylglutaconic aciduria を認めない左室収縮機能障害患者
では,同じく平均 67 歳時の左室駆出率 40±18%,BNP244±310pg/ml,左室拡張末期径
62±10mm で,6 例に心房細動を,7 例に心室性期外収縮(Lown 分類 grade3 以上)を合併
した。以上より 3-methylglutaconic aciduria を認めた 3 例では左室機能障害は比較的軽度に
とどまると考えられた。
総括および結論
左室収縮機能障害を認める 23 例中 3 例に 3-methylglutaconic aciduria を認め,正常対照
群に比べ有意に高頻度であった。また臨床的には,比較的軽症の左室機能障害に留まる可
能性が示唆された。以上より,原因不明の左室収縮機能障害を呈する心筋症患者の中にア
ミノ酸代謝異常が少なからず存在する可能性を示唆され,今後の心筋症診断と治療に有用
な成果と考えられた。
論文審査結果の要旨
本研究は,アミノ酸代謝異常が成人発症の特発性拡張型心筋症を呈するとの仮説を検証
することを目的に,左室収縮機能障害患者の尿中アミノ酸およびその代謝物 24 種を測定
し,臨床像との相互関係を検討したものである。その結果,原因不明の左室収縮機能障害
患者23例中3例にアミノ酸代謝異常が認められ,心筋症の病因論に新たな展開をもたら
す有用な成果と考えられた。今後これらの患者において,遺伝子解析を含めた検討を加え
ることで新しい疾患概念にもつながることが期待される内容である。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 3 号
- 18 -
平成 18 年
かわ
むら
村
とも
川
本
籍
岩
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第345号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論文 題 目
非定型抗精神病薬オランザピンとアリピプラゾールの
手
友
み
氏名(生年月日)
美 (昭和 52 年 8 月 26 日)
県
急性投与による家兎海馬における興奮性シナプス伝達
およびドーパミン, セロトニン濃度に及ぼす影響につ
いて
論 文 審査 委 員
主
査
地
引
逸
亀
副
査
飯
塚
秀
明
松
井
加
藤
真
伸
郎
学位論文内容の要旨
研究目的
近年の精神科臨床において, 統合失調症の薬物療法に非定型抗精神病薬が広く用いられ
るようになってきている。非定型抗精神病薬は, 幻覚と妄想といった陽性症状に対する効
果に加えて, 意欲低下, 社会的な引きこもりなどの陰性症状, 注意障害と記憶障害などの
認知機能障害に対しても有効であるとされている。
非定型抗精神病薬は共通して dopamine (DA)D2 受容体遮断作用とそれ以上に強力な
serotonin(5-HT)2A 受容体遮断作用を有し, serotonin-dopamine antagonist(SDA)と
呼ばれる。特に非定型抗精神病薬のうちの olanzapine は D2 以外の他の DA 受容体あるい
は, muscarine 受容体など多数の受容体への作用を有することから MARTA(multi-acting
receptor targeted agent)と呼ばれる。Olanzapine は主に前頭前野の DA 活動を賦活す
ることにより統合失調症の陰性症状と認知障害を改善すると考えられている。
一方, 新規の非定型抗精神病薬である aripiprazole は, D2 受容体部分作動薬である。
5-HT2A 受容体拮抗作用を有し, 5-HT1A 受容体部分作動薬としての性格も有している。
Aripiprazole は統合失調症で DA 過剰活動状態にある中脳辺縁系では D2 受容体への拮抗
作用により陽性症状を抑制し, DA 活動の低下した前頭前野では D2 受容体作動薬として働
いて陰性症状を改善する可能性が推測され, これまでの非定型抗精神病薬とは作用機序が
異なっていると考えられる。
その他の非定型抗精神病薬による陰性症状および認知機能障害の改善作用の機序として,
前頭前野における N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体の活性化が考えられており, in
vitro ではラットの前頭前野スライスで, clozapine, olanzapine, risperidone などにつ
- 19 -
いて, この NMDA 受容体を介した興奮性シナプス伝達の増強作用が観察されている。
本研究ではこの非定型抗精神病薬の陰性症状または認知機能障害の改善効果のメカニズ
ムを探る目的で, MARTA の代表である olanzapine と, D2 受容体部分作動薬である
aripiprazole について, 特に認知機能と関係の深い海馬における興奮性シナプス伝達お
よび DA, 5-HT の細胞外濃度に及ぼす影響を研究した。
実験方法
体重 2.5-3.5kg の家兎 30 羽を用い, 家兎の一側海馬歯状回に, ガイドカニューレに記
録電極を組み合わせたものを, 同側貫通路に刺激電極を植え込み, 慢性条件下で実験をお
こなった。Olanzapine と aripiprazole の両実験とも最初に対照記録として, 一定強度の
単発刺激を行い, 集合スパイク(PS)と集合 EPSP からなる貫通路-歯状回反応波を 60 分
間記録した。次に溶媒のみを腹腔内投与したコントロール群 5 例, olanzapine 10,
20mg/kg, aripiprazole 10, 20, 40mg/kg をそれぞれ腹腔内へ投与した olanzapine 投与
群, aripiprazole 投与群それぞれ 10 例と 15 例とで, 反応波をそれぞれ 60 分間記録後,
貫通路に弱いテタヌス刺激を加え, さらに 60 分間反応波を記録して海馬歯状回における
長期増強現象(long-term potentiation, LTP)の発現の有無を観察した。DA, 5-HT 濃度
の測定については, まず脳内微小透析用のマイクロプローブをガイドカニューレに挿入し,
人工脳脊髄液を灌流し, まず DA, 5-HT 濃度基線安定のための期間を設けた。その後 PS と
EPSP の記録開始と同時に並行して実験開始から終了まで 180 分間, マイクロプローブか
ら継時的に海馬歯状回での細胞外灌流液を 5 分ごとに 10μl ずつ採取した。
全ての実験は,「金沢医科大学動物実験指針」に基づいて行った。
反応波の PS, EPSP と DA, 5-HT 濃度の統計学的解析は, それぞれの値の時間経過とそれぞ
れの群間での有意差について ANOVA とそれに続く Scheffe 法による多重比較を用いて検討
した。
実験成績
Olanzapine と aripiprazole の両方とも, どの用量の投与群でも投与後で単発刺激によ
る貫通路-歯状回反応波の興奮性シナプス伝達の変化は見られなかったが, テタヌス刺激
による LTP の発現が抑制された。一方, DA 濃度は olanzapine 10 ㎎/kg の投与では有意
な変化を認めなかったが, 20mg/kg の投与後で有意に上昇した。Aripiprazole ではどの投
与群でも DA 濃度は変化しなかった。5-HT 濃度は olanzapine も aripiprazole も, どの用
量の投与群でも変化しなかった。
総括および結論
Olanzapine は DA の増加を生じ, これが統合失調症の陰性症状や認知機能障害の改善と
関係する可能性がある。一方, aripiprazole は興奮性シナプス伝達の増強も DA の増加も
起こさず, その臨床効果にはこれらとは別な機序が関係すると考えられる。なお,本実験
における LTP の発現の抑制はむしろ, 薬物の副作用としての陰性症状や認知機能障害類似
の症状の誘発と関係するかもしれない。
- 20 -
論文審査結果の要旨
申請者らの研究グループは本実験と同様な家兎海馬の慢性実験で, 非定型抗精神病薬の
代表的薬物である clozapine が, 単発刺激による貫通路-歯状回反応波の興奮性シナプス
伝達の増強を惹き起こし, しかもその増強が NMDA 受容体介在性の現象であることを報告
している。さらに microdialysis と呼ばれる手法を導入して, その興奮性シナプス伝達の
増強に伴って DA の海馬歯状回の細胞外濃度の増加がみられることを見出し,これらの現
象が非定型抗精神病薬の臨床効果の特徴である統合失調症の陰性症状や認知障害の改善効
果と関係する可能性を提唱している。
本研究はこれらの現象が非定型抗精神病薬の共通の性質として, clozapine のみならず
他の非定型抗精神病薬にもみられるかどうかを調べたもので, 申請者らの研究グループの
非定型抗精神病薬の薬理, 特に統合失調症における陰性症状や認知障害の改善効果のメカ
ニズムに関する精神薬理学的研究の一環である。本研究の背景には, このような抗精神病
薬の薬理作用に関する研究が, 幻覚や妄想よりも統合失調症の社会復帰を妨げる最も主要
な要因で, しかもまだよく分かっていない陰性症状や認知障害の病態メカニズムの解明に
つながることを期待する意図がある。本研究では非定型抗精神病薬として特に MARTA の代
表である olanzapine や, 本邦で最近市販され, 今までにない D2 受容体部分作動薬として
の性質を有する新規の薬物である aripiprazole を対象とした。これらの薬物に関する過
去の薬理学的研究はまだ極めて少なく, したがって申請者の今回の研究の目的は精神医学
的研究として有意義かつ合理的なものということができる。
実験方法における海馬の field potential の記録に関する電気生理学手法については,
申請者らの研究グループは過去に同様な手法による研究成果を多くの国際誌に発表してお
り問題はない。microdialysis による DA や5HT の細胞外濃度の測定方法についても, 本
実験に先立ちマイクロプローブから人工脳脊髄液を灌流し, 7~8 時間の濃度の基線の安
定のための期間を設けるなど信頼に値する。統計解析についても問題はない。
論文全体の構成はもとより考察における論旨の構成や, その内容とくに結果の解釈に必
要な文献考察においても過不足なく述べられている。本研究の主要な所見は海馬歯状回で
olanzapine が興奮性シナプス伝達の増強は起こさないが, 用量依存性に DA の増加を生じ
たことである。これと類似した海馬での所見は過去に1編しか見られず priority は高い。
おそらくその DA の増加は olanzapine の持つ統合失調症の陰性症状や認知機能障害の改善
と関係すると思われる。また本所見から興奮性シナプス伝達の増強と DA の増加が別々の
独立した現象である可能性が示唆された。一方, aripiprazole は興奮性シナプス伝達の
増強も DA の増加も起こさず, その臨床効果にはこれらとは別な機序が関係すると考えら
れ, その薬理作用の特異性が確かめられた。なお, 本研究における抗精神病薬による LTP
の発現の抑制は, 過去に申請者らの研究グループが定型抗精神病薬の haloperidol を初め,
risperidone や zotepine の 非 定 型 抗 精 神 病 薬 で も 報 告 し て い る 現 象 で あ る が ,
olanzapine や aripiprazole による報告は本研究が初めてである。LTP は記憶や学習のエ
ングラムとして認知機能のメカニズムに関係すると考えられている。また抗精神病薬によ
って陰性症状や認知機能障害に類似した症状が誘発されることが知られていることから,
おそらく LTP の発現の抑制はそのような抗精神病薬の副作用との関係を示唆して有意義と
- 21 -
思われる。
結論すると本研究は olanzapine や aripiprazole の海馬における興奮性シナプス伝達
や, DA および5HT の細胞外濃度への影響の有無を明らかにしたが, 本研究は非定型抗精
神病薬の臨床薬理や統合失調症の病態の解明に寄与して有意義と思われる。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 22 -
平成 18 年
やま
だ
田
まさ
山
本
籍
大
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第346号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論文 題 目
肝細胞癌を発生した非アルコール性脂肪肝炎(NASH)
阪
真
よし
氏名(生年月日)
善 (昭和 53 年 2 月 9 日)
府
モデルマウス肝における酸化ストレスと抗酸化酵素
の発現
論 文 審査 委 員
主
査
髙
瀬
修二郎
副
査
田
中
卓
二
梶
波
康
二
竹
上
勉
学位論文内容の要旨
研究目的
飲酒歴がないにもかかわらずアルコール性肝炎と類似の肝組織像を示す非アルコール性
脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis: NASH)は肝硬変に進展し,一部には肝癌を
合併する病態として注目されている。申請者は NASH の発生と進展に対する酸化ストレス
の関与を明らかにするために,脂肪肝を自然発症する Fatty Liver Shionogi(FLS)マウ
スと,NASH 類似の肝組織像を呈した FLS-ob マウスの肝臓について,網羅的遺伝子解析に
よって酸化ストレス関連遺伝子の分析を行った。また,肝細胞癌を発生した FLS-ob マウ
ス肝における非癌部と癌部の酸化ストレスと抗酸化酵素の発現状況を検討した。
実験方法
1.実験動物:FLS マウスと,C57BL-ob マウスの ob 遺伝子を導入した FLS-ob マウス各
10 匹を 40 週間飼育して,肝組織の変化および発癌状況を観察した。
2.Gene Chip による網羅的遺伝子発現解析:FLS および FLS-ob の非癌部肝臓から total
RNA を抽出し,cDNA を合成,さらに biotin で蛍光標識した cRNA を作成した。次で断片
化した cRNA を Mouse Genome microarray とハイビリダイズさせ,GeneChip Scanner
3000 でスキャンし,Gene Spring GX により遺伝子発現解析を行った。
3.酸化ストレスと抗酸化酵素の免疫組織化学染色:酸化ストレスの指標として 8hydroxydeoxyguanosine(8-OhdG),4-hydroxynoneral(4-HNE),3-nitrotyrosine(3NT),チトクローム P450 2E1(CYP2E1)を,一方抗酸化酵素の指標として Mn-SOD と,
Cu/Zn-SOD,catalase を,それぞれに対する抗体を用いた LSAB 法により肝組織を染色
した。
- 23 -
4.抗酸化酵素遺伝子の RT-PCR,Real time PCR:FLS-ob 肝の非癌部および癌部から抽出
した RNA について,Mn-SOD,Cu/Zn-SOD および catalase の mRNA を TaqMan プローブ法
による Real time PCR で定量的に測定した。
5.抗酸化酵素の Western blot:FLS-ob 肝の非癌部と癌部について,Mn-SOD,Cu/Zn-SOD
および catalase の蛋白量を enhanced chemiluminesence(ECL)キットで測定した。
実験成績
1.マウスの飼育状況と肝組織所見:飼育 40 週後の平均体重は FLS が 39.1g,FLS-ob が
66.0g で,明らかな差がみられた。肝組織所見についてみると,FLS では少量の脂肪沈
着を散在性に認めるのみであった。一方,FLS-ob 10 匹中 4 匹に合計 6 個の結節を認
め,いずれも充実性で,索状に配列した高分化型肝癌であった。非癌部では肝細胞の大
滴性脂肪沈着,肝細胞壊死および肝細胞周囲の線維化が認められた。
2.網羅的遺伝子発現解析による酸化ストレス関連遺伝子の発現状況:非癌部肝組織につ
いて,Gene Chip により 45,101 個の遺伝子を網羅的に解析したが,Gene Spring GX で
検索し得た酸化ストレス関連遺伝子は 49 個であった。これらのうち,FLS-ob において
FLS より 2 倍以上の発現亢進が認められたのは,アポトーシスの過程で働く Casp3,グ
ルタチオン代謝に関与する Gpx7 と Mpo,ミトコンドリア内に局在しイソクエン酸をオ
キ サ ロ コ ハ ク 酸 に 変 換 す る Idh1 , 抗 酸 化 酵 素 Sod1 , お よ び ア ラ キ ド ン 酸 か ら
prostaglandin-H を合成するのに重要な酵素である Ptgs2 の 6 個で,Ptgs2 遺伝子の発
現が最も強かった。
3.FLS-ob マウス肝の癌部と非癌部における酸化ストレスの発現:8-OHdG は非癌部では
核に強く染色されたが,癌部では細胞質がびまん性に染色されただけであった。4-HNE
と 3-NT は非癌部では細胞質内に顆粒状に染色されが,癌部では染色されなかった。
CYP2E1 は非癌部の小葉中心部肝細胞に強く染色されたが,癌部では染色されなかっ
た。
4.FLS-ob マウス肝の癌部と非癌部における抗酸化酵素の発現:Mn-SOD は非癌部の小葉
中心部肝細胞に顆粒状に染色され,癌部では腫瘍全体に強い染色が認められた。Cu/ZnSOD は非癌部の小葉中心部の細胞質と,癌部の細胞質に染色され,catalase も細胞質に
染色性を認めたが,癌部と非癌部における染色程度の差はなかった。
Real time PCR による遺伝子発現では,Mn-SOD は癌部において非癌部の 1.73 倍,
Cu/Zn-SOD は 1.34 倍,catalase は 1.21 倍で,特に Mn-SOD の発現は推計学的にも有意に
高かった。Western blot による蛋白量では,Mn-SOD は癌部では非癌部の 1.8 倍と推計学
的にも有意に高く,Cu/Zn-SOD および catalase は癌部の方が高い傾向がみられた。
総括および結論
NASH の病態追求のために使用した FLS-ob マウスは肥満,高脂血症,糖尿病を伴い,肝
組織では著明な脂肪化に加え,肝細胞壊死,肝細胞周囲性線維化を認めることから,より
ヒトに類似した NASH 実験モデルとなりうると考えられた。
FLS-ob 肝の網羅的遺伝子発現の検索において 6 個の酸化ストレス関連遺伝子の亢進が
確認され,これらのうち最も亢進していた Ptgs2 発現は,肝の強い炎症性変化と肝星細胞
- 24 -
の活性化を介した肝線維化に反映されていると考えられた。
FLS-ob 肝の免疫組織化学染色による検討では,酸化ストレスは非癌部で強く検出さ
れ,癌部ではほとんどみられなかったのに対し,抗酸化酵素は癌部で強く検出された。ま
た,抗酸化酵素の遺伝子量,蛋白量はともに非癌部に比べ癌部で多く発現していた。
以上のごとく,NASH 動物実験モデル FLS-ob マウスにおいて高発現を示す酸化ストレス
関連遺伝子が明らかとなり,さらに,この実験モデルで発生する肝細胞癌は,抗酸化酵素
を強く発現して酸化ストレスを消去している可能性が示唆された。
論文審査結果の要旨
非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の発症と進展には酸化ストレスが重要な役割を果たし
ているが,肝発癌の過程では酸化ストレスによる細胞障害を回避する機序が作動している
可能性が考えられる。そこで,肝癌を発生した NASH 実験モデルマウス肝における酸化ス
トレスと抗酸化酵素の発現状況を明らかにすることを目的とした研究である。実験方法
は,Fatty liver shionogi(FLS)マウスと FLS-ob マウスを 40 週間飼育し,Gene Chip
により肝の網羅的遺伝子発現解析を行っている。さらに,肝癌を認めた FLS-ob マウス肝
について,癌部と非癌部における酸化ストレスと抗酸化酵素の発現状況を検討している。
実験の結果,以下の成績が得られたとしている。
1.FLS マウス肝では脂肪滴を認めるのみであったが,FLS-ob マウスでは NASH 類似の肝
組織像を呈し,10 匹中 4 匹に高分化型肝細胞癌を認めた。
2.FLS-ob マウス肝における 45,101 個の網羅的遺伝子発現解析のうち酸化ストレス関連
遺伝子は 49 個で,そのうち 6 個が高発現しており,特に Ptgs2 遺伝子の発現が顕著で
あった。
3.非癌部では酸化ストレスマーカーが強く発現していたが,癌部ではほとんど検出され
なかった。一方,癌部での抗酸化酵素は強く発現しており,特に Mn-SOD の有意に高い
発現を認めた。
以上のごとく,NASH の病態追求のために使用した FLS-ob マウスは,よりヒトに類似し
た NASH 実験モデルとなりうることが示された。また,FLS-ob マウス肝の網羅的遺伝子発
現の検索によって亢進している酸化ストレス関連遺伝子が確認された。さらに,FLS-ob
マウス肝に発生した肝細胞癌では,抗酸化酵素の高発現によって酸化ストレスを消去する
機構が作動し,酸化ストレスによる細胞障害を防御していると考えられた。本研究の論旨
は,NASH の発症,病態,進展の要因を理解するうえにおいて,きわめて示唆に富むもの
と評価された。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 25 -
平成 18 年
やす
だ
ひろ
廣
お
氏名(生年月日)
安
田
生 (昭和 51 年 6 月 5 日)
本
籍
福
岡
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論文 題 目
ヒアルロン酸およびコラーゲン注入後の皮膚組織反応の
県
347号
検討
論 文 審査 委 員
主
査
副
査
川 上 重 彦
勝 田 省 吾
望
月
田
中
隆
卓
二
学位論文内容の要旨
研究目的
近年,皮膚軟部組織の浅い陥凹性瘢痕や加齢による皺などに対する治療の一つとして注
入療法が用いられている。主な注入剤(以下 Filler と称す)としては,真皮細胞外マトリ
ックスの構成成分であるヒアルロン酸製剤やコラーゲンなどがある。これら Filler は注入
部位で永久に保持されるわけではなく,組織内で徐々に分解吸収されるため,臨床的に
は3~6ヵ月間の効果しかない。Filler についての臨床的知見は多く報告されているが,
注入による組織反応やその分解吸収過程についての報告は少ない。そこで今回,本邦で
一般的に用いられている非動物性安定化ヒアルロン酸と牛真皮由来架橋コラーゲンを用
い,注入後の組織反応を比較検討した。
実験方法
1.Filler
Fillerとしては,馬連鎖球菌より生合成されたヒアルロン酸製剤であるQ-med
社製非動物性安定化ヒアルロン酸(Restylane®および,Restylane
Perlane®)と,牛の
真皮から誘導された Type , コラーゲンから成る Inamed 社製牛真皮由来架橋コラー
ゲン(Zyplast®)の3種を用いた。
2.実験動物と方法
実験には 3kg 前後の日本産白色家兎 72 羽を用いた。ヒアルロン酸群(41 羽)とコラ
ーゲン群(31 羽)の2群に分け,ヒアルロン酸群は右耳に Restylane®を 2 ヵ所,左耳に
は Restylane Perlane®を 2 ヵ所,それぞれ 0.1ml を,コラーゲン群は Zyplast®を両耳各
2 ヵ所,計 4 ヵ所,それぞれに各 0.1ml を耳介耳孔面に注入した。注入は軟骨膜上の皮
下に行った。Filler 注入後 3 日目,7 日目,14 日目,21 日目,30 日目,60 日目,90 日
- 26 -
目,120 日目,150 日目,180 日目に注入部位を 1~2 ㎝角の正方形に切り出し,半割し
たパラフィン封入標本として実験に供した。尚,本研究は金沢医科大学動物実験指針に
基づいて行った。
3.評価方法
1)肉眼的評価
注入前および注入直後から以後標本作製日まで1週間毎に全ての注入部位を一定距離
で撮影し,その肉眼的変化を観察した。
2)組織学的評価
ヒアルロン酸群に対しては,組織染色としてヘマトキシリンエオジン染色(HE),Alcian blue 染色(Alb),Azan 染色(Azan),免疫染色として RAM-11(抗ウ
サギマクロファージ抗体)染色を行い,コラーゲン群は組織染色として H-E 染色と
Azan 染色,免疫染色として RAM-11 染色,MMP-1(matrix metalloproteinase:MM
P)染色,MMP-2 染色を行い,これらを評価した。
3)注入隆起部の画像解析
作 製 した H-E 染 色 標本 か ら弱 拡大 像 を撮 影し , 光顕 画像 解 析ソ フト ( Sinple
Digitizer)を用いて隆起部組織の厚さを計測し,その推移を観察した。
実験成績
1.肉眼所見
注入後 7 日目,全ての群において局所に発赤を主とする炎症反応所見が認められた
が,ヒアルロン酸群においては 14 日目以降,発赤は軽減傾向を認め,局所反応の消退
が認められた。その後 30 日~60 日目頃 Restylane®群において肉眼的隆起の消失が観察
された。Zyplast®群においては,全観察期間において隆起が観察され,一部では局所の
炎症所見が長期に認められた。
2.隆起値の推移
1)Restylane®群および Restylane
Perlane®群
両群共に注入後 3 日目~14 日目にかけて隆起は有意に増加を示し,以後 21~30 日
目頃まではその値は維持された。その後 60 日目~90 日目以降から減少に転じる推移
が見られた。また両群間には明らかな有意差を認めなかった。
2)Zyplast®群
注入後 3 日目~60 日目まで隆起値に明らかな変動は見られず,同 90 日目以降に有
意な増加が認められたが,全体的に隆起値は最終観察時(180 日目)まで維持され,
他の2群と明らかに異なる経過を示した。
3.病理組織学的所見
1)ヒアルロン酸群(Restylane®,Restylane Perlane®)
Restylane®および Restylane
Perlane®の両群における病理組織学的反応には明らか
な差を認めなかったので,以下に Restylane®の組織像について示す。
注入 3 日目では,ヒアルロン酸の周囲に好酸球を主とする急性炎症細胞浸潤が観察
された,その後同 14 日~30 日目には炎症細胞浸潤は消失し,ヒアルロン酸は組織内
に保持され安定した状態を示した。同,60 日目より線維性組織がヒアルロン酸辺縁
- 27 -
より内部に進入する像が観察され,徐々にヒアルロン酸を取り囲むようにマクロファ
ージや異物巨細胞も認められるようになった。同時にヒアルロン酸の吸収も徐々に進
行し,同,180 日目の時点で,注入されたヒアルロン酸の大部分は吸収された。
2)コラーゲン群(Zyplast®)
注入 3 日目では注入コラーゲンは皮下に好酸性の無構造な組織として存在し,周囲に
リンパ球を主とした細胞浸潤と血管拡張を認めるのみであった。同,7 日目以降,辺縁
部にマクロファージを,また,内部に侵入する新生血管も認めるようになった。14 日
目以降では線維芽細胞の遊走も認めるようになった。同,30 日目以降には注入コラー
ゲン内部にもマクロファージを認め,同,120 日目までは主にリンパ球と線維芽細胞を
主とした細胞浸潤が認められた。また,この時期に異物巨細胞が観察される検体があ
り,このような炎症細胞浸潤の明らかな検体においては MMP-1 の発現が認められた。
しかし,MMP-2 に 関しては全検体において認められなかった。注入後 150 日目以降に
なると,好酸球,マクロファージ,形質細胞,などの多彩な細胞浸潤と異物巨細胞を認
めた。しかし,同,180 日目でも注入コラーゲンは残存し,強い組織反応を示してい
た。
総括および結論
臨床的に有用な Filler の条件としては,生体適合性があり生体内に長期間安定した状態
で存在することや,その後徐々に吸収され正常組織に復元されていく必要がある。自験例
において使用したヒアルロン酸(Restylane®および Restylane
Perlane®)は,コラーゲン
(Zyplast®)に比して,その組織反応の点で生体適合性は高い。また,その吸収過程にお
いても線維化は軽度で,最終的には注入部位は正常耳介組織に近い状態まで再構築された
ことから,非炎症性で安定した吸収を示す Filler であった。しかしながら,コラーゲンに
比べて,その隆起の持続期間が短く,長期間の安定性は得られない製剤ともいえる。他
方,牛真皮由来コラーゲンはヒアルロン酸製剤よりも早くから臨床応用された製剤で,本
邦でも認可された製剤である。しかし,今回の実験で明らかなように,その組織反応はヒ
アルロン酸製剤に比し強く,注入早期から多彩な細胞浸潤を示し,最終的には肉芽形成や
異所性石灰化も見られたことから安定した吸収性には疑問が残り,繰り返し注入するには
注意を要すると思われた。
論文審査結果の要旨
近年,形成外科美容外科領域において,皮膚軟部組織の浅い陥凹性瘢痕や加齢による
皺などに対する治療の一つとして注入療法が用いられ,現在まで様々な製剤が使用されて
いる。本研究は本邦で使用されているコラーゲン製剤ならびにヒアルロン酸製剤を用い,
局所での生体組織反応を比較検討したものである。
その結果,以下の成績が得られている。
1.ヒアルロン酸製剤は注入 14 日目頃までに注入時よりも膨隆する傾向が見られた。し
かし,以後ヒアルロン酸製剤は減少傾向を示し最終観察時にはほぼ隆起は消失してい
た。コラーゲン製剤は注入時から隆起に大きな増減はなく,ほぼ横ばいの推移を示し,
- 28 -
最終観察時にも隆起は観察された。
2.ヒアルロン酸製剤は注入直後,好酸球を主とする急性炎症細胞浸潤が見られたが,そ
れらは早期に終息した。その後,安定した状態が見られたが,注入後 60 日頃から主に
マクロファージによるヒアルロン酸の分解吸収が進行した。最終的には,ヒアルロン
酸製剤はほぼ完全に吸収され,線維化は軽度でほぼ正常組織に近い状態にまで復元され
た。
3.コラーゲン製剤は,注入早期から,リンパ球,好酸球,好中球,マクロファージなど
の多彩な炎症細胞浸潤および,注入コラーゲン内部への線維芽細胞の遊走が経時的に増
加する傾向が見られた。また,コラーゲン群は,ヒアルロン酸群では見られなかった注
入部内部への血管新生も認められた。最終的にはコラーゲン群は,周囲の瘢痕化と肉芽
形成がみられた。
4.コラーゲン群における MMP-1 の発現は高度の炎症細胞浸潤を伴った生物活性の強い
肉芽組織においてのみ認められ,MMP-2 に関しては全検体中に認められなかった。こ
のことから,コラーゲンの分解には,マクロファージや異物巨細胞による貪食作用が主
に関与していると推察された。
以上の結果から,ヒアルロン酸製剤はコラーゲン製剤に比し組織反応が軽微な点でより
理想的製剤に近いと結論している。
形成外科美容外科領域において使用される Filler についてこれまで臨床的な知見は多
く報告されているが,注入後の製剤が皮膚組織内でどのように反応しているかについて実
験的に検討した報告は少ない。本研究結果はこれらの製剤の臨床的な知見と対応してお
り,この臨床経験が病理組織学的に裏付けられたことになり,医学的に意義のある研究と
考えられる。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 29 -
平成 18 年
かん
かい
氏名(生年月日)
闞
本
中華人民共和国
籍
凱
(1973 年 6 月 24 日)
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第348号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学 位 論文 題 目
学位規則第4条第1項該当
一側肺大線量一回照射による放射線肺障害の実験的検討
論 文 審査 委 員
主
査
副
査
利
栂
波
久 雄
博 久
勝
田
省
佐久間
吾
勉
学位論文内容の要旨
研究目的
胸部放射線治療によって引き起こされる放射線肺障害は最も重大な有害事象である。肺
がんに対する定位放射線治療が最近注目されているが,大線量を照射した後に生じる肺組
織の炎症反応や線維化過程はまだ十分に解明されていない。一側肺に大線量を照射後に生
じる肺障害を病理組織学的に線量別,部位別,経時的に検討した実験報告はまだない。
本研究の目的は,日本白色家兎を用い,一側肺に大線量の放射線を一回で照射した動物
モデルを作製し,線量別,部位別,経時的な肺障害の変化を比較検討することによって,
放射線肺障害の発生修復過程を解明する事にある。
実験方法
日本白色家兎 (平均 2.5kg,雄)計 65 羽を用いた。全例,静脈麻酔した後,全身をシェ
ルで固定して CT シミュレータで照射計画を行った。右肺全体を照射範囲とし,照射野は
4×4cm に設定して 4MV-X 線前後対向 2 門で照射を行った。5 羽は非照射コントロール群と
し,30 羽は 10Gy(10Gy 照射群)
,30 羽は 20Gy(20Gy 照射群)の放射線をそれぞれ右肺に
一回で照射した。照射後 1,2,4,8,16,24 週で各照射群 5 羽ずつ犠牲死させた。切除
肺を中性ホルマリンで固定後,病理組織学的検索(H-E 染色,鍍銀染色,免疫染色)を行
った。H-E 染色組織では好中球,リンパ球,II 型肺胞上皮細胞及びマクロファージの数値
をカウントした。鍍銀染色組織では染色された領域の面積比率を計算した。免疫染色組織
ではコラーゲン III と微小血管密度で染色された領域の面積比率を計算した。各染色では
照射群(右肺)を上部,中部,下部に大別し,非照射群(左肺)とそれぞれ比較した。結
果は平均値±標準誤差で算出した。統計解析ソフトは SPSS II for windows を使用し,
10Gy 照射群と 20Gy 照射群との有意差には unpaired t-test,照射群の部位別での有意差
には ANOVA を用いた。すべての結果は p<.05 を有意とした。
- 30 -
実験成績
1.10Gy 照射群,20Gy 照射群はいずれもすべての染色において,上部,中部,下部の部
位別での有意差は認めなかった。
2.10Gy 照射群の照射肺では好中球,リンパ球,マクロファージはいずれも 16 週にピー
クを示した。一方,20Gy 照射群の照射肺ではリンパ球は 2 週,好中球およびマクロフ
ァージは 8 週にそれぞれピークを示した。両線量群照射肺では,ピーク時期の細胞数が,
好中球,リンパ球,マクロファージともにほぼ同じレベルであった。好中球,リンパ球
は両照射群の照射肺,非照射肺ともに 24 週の時点で同じレベルまで減少したが,コン
トロール群と比べて依然高い値を示していた。
3.II 型肺胞上皮細胞数は両照射群の照射肺で,照射後に増加した。10Gy 照射群の照射
肺では 24 週まで増加し続けたが,20Gy 照射群の照射肺では 16 週にピーク値を示し,
24 週では非照射肺と同じレベルに減少した。両照射群とも非照射肺には有意な変化は
認めなかった。
4.微小血管密度で染色された領域の面積比率は 10Gy 照射群の照射肺が 1 週でピーク値
を示し,2 週以降減少した。2 週から 16 週の間では有意な変化がなく,24 週では漸増
した。一方,20Gy 照射群の照射肺では 1 週で急増してピーク値を示し,2 週以降減少し,
16 週から増加し,24 週で再び減少した。20Gy 照射群の照射肺は 10Gy 照射群の照射肺
に比べて 16 週で有意に高く,24 週では逆に低かった(p<.05)。20Gy 照射群の非照射肺
では 16 週以降漸増傾向を示し,24 週の時点で非照射肺の方が照射肺より有意に高かっ
た(p<.05)
。
5.鍍銀染色で染色された領域は照射後増加し,16 週以降で 20Gy 照射群の方が 10Gy 照
射群より有意に高かった(p<.05)
。10Gy 照射群は 8 週以降,20Gy 照射群は 4 週以降で
それぞれ非照射群に比し有意に高かった(p<.05)。非照射群には有意な変化はみられな
かった。コラーゲン III は照射後増加し,20Gy 線量群の方が 10Gy 照射群より 4 週以降
で有意に高かった(p<.05)
。10Gy 照射群は 8 週以降,20Gy 照射群は 2 週以降で,非照
射群に比し有意に高かった(p<.05)。非照射群には有意な変化はみられなかった。
総括および結論
1.炎症反応の指標である好中球,リンパ球,マクロファージは,いずれも 20Gy 照射群
の方が 10Gy 照射群より早期に増加した。一方,ピークでの細胞数は両照射群間でいず
れも有意差がみられず,10Gy-20Gy 間では炎症の程度は照射線量にあまり依存しないこ
とが示された。
2.好中球,リンパ球は非照射肺においても照射後,経時的な変化がありその成因として
out of field 現象が考えられた。
3.肺組織修復の指標である肺胞 II 型上皮は,20Gy 照射群の方が 10Gy 照射群より早期
に増加し,16 週より減少して 24 週で非照射肺と同レベルまで低下した。一方,10Gy 照
射群では 24 週まで増加し続けた。このことから 20Gy 照射群の方が早期に修復を開始し
24 週までに修復が終了するのに対して,10Gy 照射群では 24 週まで修復が継続している
と考えられた。
4.線維化の指標である鍍銀染色所見とコラーゲン III は両照射群ともに増加し,20Gy
照射群の方が有意に高かった。このことから肺線維化の程度は 10Gy-20Gy 間では照射線
- 31 -
量に依存することが示された。
5.微小血管密度は 10Gy 照射群では非照射肺も照射肺と同様の経時的変化を示した。一
方,20Gy 照射群では 16 週以降,照射肺では減少に転じたのに対して非照射肺では漸増
していた。この 20Gy 照射後の非照射肺における経時的変化は,照射肺の血管内皮の修
復能力低下に対する健常肺の代償作用を反映している可能性が示された。
6.病理組織学上,照射肺の上部,中部,下部での有意差は認めなかった。
7.今回の研究によって,一側肺大線量照射後の放射線肺障害の線量別,経時的な変化が
明らかになった。非照射肺においても照射後に明確な経時的変化がみられた事から,肺
がん放射線治療に際し,照射野外の肺組織の状態や機能に対して十分留意する必要性が
ある。今回の実験結果は,肺がん定位放射線治療によって生じる放射性肺障害の研究の
ための基礎データとして活用できる。
論文審査結果の要旨
胸部放射線治療によって引き起こされる放射線肺障害は最も重大な有害事象である。肺
がんに対する定位放射線治療も最近注目されている。大線量を照射した後に生じる肺組織
の炎症反応や線維化過程はまだ十分に解明されていない。一側肺に大線量を照射後に生じ
る肺障害を病理組織学的に線量別,部位別,経時的に検討した実験報告はまだない。本論
文では,一側肺に大線量の放射線を一回で照射した日本白色家兎動物モデルを作製し,線
量別,部位別,経時的な肺障害の変化を比較検討することによって,放射線肺障害の発生
修復過程を解明した。
本研究により申請者は以下の結果を得ている。
1.10Gy と 20Gy との間では肺組織の炎症の程度は照射線量に依存しないことが示された。
2.非照射肺においても好中球,リンパ球の経時的な変化があり,その成因として out
of field 現象が考えられた。
3.10Gy と 20Gy との間では高照射線量群の方が早期に修復を開始すると考えられた。
4.10Gy と 20Gy との間では肺線維化の程度は照射線量に依存することが示された。
5.非照射肺における経時的変化は,照射肺の血管内皮の修復能力低下に対する健常肺の
代償作用と考えられた。
以上より,一側肺大線量照射後の放射線肺障害の線量別,経時的な変化が明らかになっ
た。非照射肺においても照射後に明確な経時的変化がみられた事から,肺がん放射線治療
に際し,照射野外の肺組織の状態や機能に対して十分留意する必要性がある。今回の結果
は,肺がん定位放射線治療によって生じる放射性肺障害の研究のための基礎データとして
活用できると認められた。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 32 -
平成 18 年
きよ
さわ
澤
じゅん
氏名(生年月日)
清
本
籍
長
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第349号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
指尖血流脈波のゆらぎ解析による交感神経活動の評価と
野
旬
(昭和 50 年 8 月 4 日)
県
その応用
論 文 審 査 委 員
主
査
松
原
純
一
副
査
梶
波
康
二
芝
本
利
重
松
井
忍
学位論文内容の要旨
研究目的
指尖血流は心臓の自律神経(交感及び副交感神経)と指尖の血管平滑筋の交感神経の活
性(血管平滑筋には副交感神経支配はないとされる)によってゆらぎが生じていると言わ
れている。そこで指尖血流をレーザードプラ皮膚血流計で測定し,そのゆらぎを高速フー
リエ変換(以下 FFT)ソフトでスペクトル解析し以下の研究を行った。
1.手掌多汗症レイノー症候群カウザルギーに対して行った胸腔鏡下胸部交感神経焼
灼術(以下 ETS)時の指尖血流脈波のゆらぎ変化を検討した。
2.心不全患者は内因性カテコラミンにより交感神経の活性が高いことが推察され,心不
全時の指尖血流脈波のゆらぎを解析し,ゆらぎ変化が心不全の重症度の指標となるかを
検討した。
実験方法
生体の心拍血圧などの周期現象の基本的リズムのほとんどは中枢神経回路によって形
成されるが,一見極めて規則正しい周期リズム(f)に思われる周期現象の中にもゆらぎ
が存在する。この為,生体の心拍血圧指尖血流などの周期現象のゆらぎを FFT によ
り周波数解析を行うと,各周波数成分 LF 成分; Low frequency =交感神経と副交感神経
の活性を表す:0.04~0.15Hz,と HF 成分; High frequency =副交感神経の活性を表す:
0.15 〜0.4Hz が表されるとされ,さらに,LF 成分HF 成分のパワー比(LF/HF)は交感
神経の活性を表すとされている。
対象は健常者 15 例,手掌多汗症レイノー症候群カウザルギーに対して ETS を施行
した 14 例25 肢と慢性心不全急性増悪にて入院加療となった 47 例に関して検討した。
測定方法は,安静仰臥位で,被検者の第 2 指手掌側にレーザードプラ皮膚血流計プロー
- 33 -
ブを装着し,指尖血流脈波のシグナルをレーザードプラ皮膚血流計にて測定し,指尖血流
脈波のゆらぎスペクトルを FFT ソフトでスペクトル解析した。
実験成績
1.健常者 15 例で指尖血流脈波のゆらぎ測定を 2 回(1 回目の測定日から翌日以降の別
の日)行い,再現性があることを確認した。
2.ETS の術前と術後の指尖血流量だけの評価では,術後に血流は増加するものが多くを
占めるが,中には不変なもの,一部には低下しているものもあった。平均値は術前 0.87
±0.4 で術後 0.96±0.4 で有意差は認めなかった。この為,より交感神経活性を評価する
ために指尖血流脈波のゆらぎを FFT によりスペクトル解析すると,ETS 前後の LF/HF の
安静仰臥位 3 分間の最大活性,即ち交感神経活性は,術前 8.31±6.6,術後 5.34±4.3 で,
p<0.05 で有意に低下していた。
さらに我々はこの交感神経活性の変化を ETS の術中評価に応用できるか否か検討した。
交感神経節を焼灼すると交感神経は刺激されるため,指尖の血管は収縮しその結果血流は
低下した。刺激している間のスペクトル解析の結果である LF/HF は上昇した。しかし焼
灼を繰り返すうちに交感神経が除神経化されるため,LF/HF の上昇反応は低下したまま
となった。この事は,対象とした交感神経の完全な焼灼を意味し ETS の成功を意味すると
考えた。この術中モニターを使用した全例において症状は改善または,消失しており短期
有効率は 100%である。
3.慢性心不全急性増悪患者 47 例の指尖血流のゆらぎを測定した。まず,NYHA 分類とゆ
らぎの LF/HF の最大活性は,相関係数R=0.351,p<0.05 で有意な正の相関関係が得
られた。次に,慢性心不全患者の中でも心エコー上の左室駆出率が 40%以下の重篤な
23 例に関して BNP 濃度と LF/HF の最大活性の関係は,相関係数R=0.378,p<0.05 で
有意な正の相関関係が得られた。さらに,心不全の保存的加療の前後で LF/HF を比較
したところ,加療前の平均が 13.95 ±11.35,加療後の平均が 7.04 ±5.35 で,p<
0.05 で有意な低下がみられた。
総括および結論
手掌多汗症レイノー症候群カウザルギーに対する ETS 施行患者 14 例25 肢と,慢
性心不全急性増悪患者 47 例の指尖血流脈波を測定し,指尖血流脈波のゆらぎを FFT によ
るスペクトル解析した。
ETS 施行後,交感神経活性を表すとされる指尖血流脈派の LF/HF の最大活性は有意に
低下していた。この事から,LF/HF の測定は,低侵襲な方法で交感神経遮断効果の指標
となる事が判明した。さらに,従来 ETS 施行時には,指尖血流の変化(反応性の低下)を
術中のモニターとしていたが,指尖血流脈波の LF/HF を測定し,焼灼時の LF/HF の上昇
反応の消失をもって交感神経遮断の成功とすることで,目的とする交感神経の完全な焼灼
を意味し,ETS の成功を意味すると考えられ,術中評価と手術の効果判定に成り得た。
次に慢性心不全急性増悪患者におけるゆらぎ測定に関しては,LF/HF の最大活性は
NYHA 分類と相関し,左室駆出率が 40%以下の症例では BNP と LF/HF の最大活性は相関し
た。また,保存的加療後に LF/HF の最大活性は有意に低下した。この事から,心不全患
- 34 -
者の LF/HF の測定は,心不全状態での内因性交感神経の活性を表す一つの指標となるこ
とが示唆された。
論文審査結果の要旨
本研究は,レーザードプラ皮膚血流計を用いて,指尖血流脈波のゆらぎを測定しスペク
トル解析し,交感神経活性を表すとされる LF/HF を求めることで末梢交感神経活動を評
価したものである。まず,手掌多汗症レイノー症候群カウザルギーの治療法として施
行される胸腔鏡下胸部交感神経焼灼術(ETS)における治療効果判定術中モニターとし
て応用できるか否か検討し,次に交感神経活性が高いことが推察される心不全患者の指尖
血流脈波のゆらぎを解析し,ゆらぎ変化が心不全の治療効果重症度の指標となるかを検
討したものである。
本研究により得られた成績は以下の通りである。
1.ETS 施行後,交感神経活性を表すとされる指尖血流脈派の LF/HF の最大活性は有意
に低下していた。この事から,指尖血流脈波の LF/HF の測定は低侵襲な方法で交感神
経遮断効果の指標となり得た。
2.従来 ETS 施行時には,指尖血流の変化(低下)を術中のモニターとしていたが,指尖
血流脈波の LF/HF を測定し,焼灼時の LF/HF の上昇が血流の低下と一致し, LF/HF
の上昇消失をもって交感神経遮断の成功とすることで,術中評価と手術の効果判定に成
り得た。
3.心不全患者の LF/HF の最大活性と NYHA 分類の重症度は有意な正の相関関係が得られ
た。
4.慢性心不全症例の中でも左室駆出率(EF)が 40%以下の症例に関して BNP 濃度と LF
/HF を検討したところ有意な正の相関関係が得られた。
5.保存的加療後に指尖血流脈波の LF/HF の最大活性は有意に低下しており心不全状態
の改善を反映することが示唆された。
従来,ETS の際には指尖血流量のみを治療効果判定術中評価として用いてきたが,本
研究は,レーザードプラ皮膚血流計を用いて指尖血流脈波のゆらぎ測定を行うことは,交
感神経節の除神経化をより的確に表し,モニター方法として有用であることを示した新し
い報告である。また,慢性心不全急性増悪時の指尖血流脈波のゆらぎ測定は,心不全状態
における交感神経活動を示す一つの方法になり得る可能性を示している。ETS 症例ならび
に慢性心不全急性増悪症例における指尖血流脈波のゆらぎ測定により,末梢交感神経活動
の評価を可能にし,治療効果ならびに重症度判定に有用であることを明らかにした初めて
の報告である。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 3 号
- 35 -
平成 18 年
はやし
けい
氏名(生年月日)
林
圭 (昭和 52 年 9 月 3 日)
本
籍
広
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第350号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第 1 項該当
学 位 論 文 題 目
アゾキシメタン誘発マウス大腸発癌における
島
県
柑橘類化合物の発癌抑制効果の研究
論 文 審 査 委 員
主
査
高
島
茂
樹
副
査
高
瀬
修二郎
田
中
卓
二
伊
達
孝
保
学位論文内容の要旨
研究目的
近年,大腸癌患者は増加の一途をたどっており,癌死亡率も大腸癌は肺癌,胃癌に次い
で第 3 位を占めている。日本人における大腸癌患者の増加要因として,高脂肪食に代表さ
れる食事の欧米化や運動不足などライフスタイルの変化が疫学研究や動物実験の結果から
示唆されている。このような現状から大腸癌対策として,発癌機構の解明とともに,癌予
防の観点から大腸癌の発生要因や増加要因の究明,更には食品成分や合成化合物(薬剤)
などを用いた発癌抑制の研究も極めて重要と考えられる。本研究では,柑橘類化合物
auraptene(AUR)の発癌阻止因子としての可能性を探ることを目的に,実験を行った。AUR
の大腸発癌抑制作用はラットを用いた実験で既に指摘されているが,本研究では遺伝子情
報が豊富なマウスを用いて azoxymethane(AOM)誘発大腸発癌における AUR の発癌抑制効
果について検討し,ヒトへの応用を目指した基礎的資料を得ようとした。
実験方法
実験動物として,5 週齢の雌性 C57BLSK/J マウス 30 匹を使用した。被験物質としての
auraptene はミカン科の常緑樹(柑橘類)の果実の果皮に多く含まれる物質で,クマリン
類の一種であるが,抽出が困難であるため,本実験では化学合成したものを用いた。 大腸
発癌物質として AOM を使用した。基礎飼料としては CRF-1(オリエンタル酵母,京都)を
使用した。マウスは,1週間の検疫の後,以下の4群に分けた:第1群(10 匹):AOM に AUR
付加投与(AUR/AOM)群,第 2 群(10 匹):AOM 投与群,第 3 群(5 匹):AUR 投与群,第
4 群(5 匹):無処置群。AUR は 250 ppm の濃度で基礎食 CRF-1 に混じ,実験期間中投与し
た。第 1,2 群では実験開始後 1,2,3 週目に AOM を 10 mg/kg 体重,腹腔内注射した。ま
た,第 1,3 群には AUR 含有飼料を実験終了の第 10 週まで投与した。実験期間中,摂餌量
と体重を週3回測定した。実験は 10 週で終了し,全数犠牲死させた。解剖時には採血後,
- 36 -
血糖値,総コレステロール値,中性脂肪値を測定し,解剖後,結腸長を,さらに,大腸癌
前駆病変である異型陰窩巣(ACF),変異βカテニン蓄積陰窩巣(BCAC)の発生個数を解析
した。加えて,背景粘膜,ACF,BCAC における細胞増殖(PCNA 標識率),アポトーシス(
ssDNA 法)についても免疫組織化学的に解析した。
実験成績
摂餌量の推移を検討した結果,マウス 1 日当たりの飼料摂餌量は AUR 単独投与群で実験
開始後 3,4 週時に他群に比べ多かったが,0-2,5-10 週時では群間に有意の差を認めなか
った。実験終了時の平均体重(g)は,AUR/AOM 群:20.9±0.8,AOM 群:21.5±0.5,AUR
群:22.4±0.5,無処置群 20.7±0.5 と群間に有意の差はみられなかった。平均結腸長(c
m)も,AUR/AOM 群:8.5±0.3,AOM 群:8.6±0.5,AUR 群:8.8±0.6,無処置群:8.5±0.
5 と群間に有意差をみなかった。血清学的検査でも平均血糖値(mg/dl)が AUR/AOM 群:20
5.2±30.6,AOM 群:210.2±36.0,AUR 群:244.5±26.6,無処置群 238.8±39.7,平均総
コレステロール値(mg/dl)が AUR/AOM 群:75.4±8.9,AOM 群:71.7±5.9,AUR 群:87±8.
2,無処置群 70.4±7.3,平均中性脂肪値(mg/dl)が AUR/AOM 群:28.4±10.2,AOM 群:2
9.1±9.3,AUR 群:33.5±4.4,無処置群:22.4±7.1 といずれも群間に有意差はみられな
かった。一方,ACF は,AUR/AOM 群,AOM 群のみに発し,マウス結腸あたりの平均発生個数
は,AOM 群(58.8±6.8)に比べ AUR/AOM 群(29.1±8.2)で有意(P<0.001)に減少してい
た。また,4 crypts 以上の大型 ACF 発生個数についても AOM 群(21.9±2.5)にくらべ AUR
/AOM 群(7.5±4.1)で,有意(P<0.001)に減少していた。さらに,BCAC も AUR/AOM 群,A
OM 群のみに発し,その発生個数は AOM 群(14.1±4.0 個)に比べ AUR/AOM 群(7.3±4.0)
で有意(P<0.01)に低値であった。PCNA 標識率は,背景粘膜および ACF において有意な差
はみられなかったが,BCAC では AOM 群(36.1±4.3%)に比べ,AUR/AOM 群(26.2±4.3%)
で有意(P<0.001)に減少していた。一方,アポトーシス係数は背景粘膜では有意な差がみ
られなかったが,ACF では AOM 群(0.89±0.2%)に比べ,AUR/AOM 群(1.46±0.3%)で有意
(P<0.001)に増加し,BCAC においても AOM 群(0.69±0.1%)に比べ,AUR/AOM 群(2.14
±0.2%)で有意(P<0.001)に増加していた。
総括および結論
AUR 混餌投与は,大腸発癌に関与すると考えられている総コレステロール値,中性脂肪
値に影響しなかったが,大腸癌の前癌性病変として知られる ACF,BCAC の発生を有意に抑
制した。AUR は解毒酵素グルタチオン-S-トランスフェラーゼ,キノン還元酵素を活性化す
ることにより発癌抑制効果を示すといわれているが,本研究ではアポトーシスや細胞増殖
に影響し,大腸前癌性病変である ACF,BCAC の発生が抑制されたと考えられる。
論文審査結果の要旨
近年,ライフスタイルの変化により,本邦における大腸癌の発生率は漸増傾向にあり,
その対策は極めて重要な課題となっている。癌予防の観点からみれば,大腸癌の発生要因
- 37 -
や増加要因の究明とともに,食品成分や薬剤などを用いた発癌抑制研究も極めて重要であ
る。本研究は,柑橘類の果実果皮に含まれるクマリン系化合物の auraptene(AUR)につい
て,遺伝子情報が豊富なマウスを用い,化学発癌物質である azoxymethane(AOM)誘発マ
ウス大腸癌モデルにて,AUR の付加投与が癌発生過程でみられる大腸癌前駆病変である異
型陰窩巣(ACF),変異βカテニン蓄積陰窩巣(BCAC)の発生率に如何なる影響を及ぼすか
を検討したものである。また,そのメカニズム解析のため正常粘膜,ACF,BCAC における
細胞増殖活性とアポトーシス係数を免疫組織学的にそれぞれ proliferating cell nuclear
antigen(PCNA)標識率,single stranded DNA(ssDNA)陽性率を測定し,解析している。
その結果,ACF は,AOM 投与群のみに発生し,その発生個数は,AOM 単独投与群に比べ,
AUR 付加投与群で有意に減少しており,その抑制率は 51%であった。また,大腸癌の発生に
密接に関連する大型 ACF(4 個以上の異型陰窩)の発生個数についても,単独投与群に比
べ,AUR 付加投与群では,有意に減少し,その抑制率は 66%であった。BCAC も同様に,AOM
投与群のみに発生したが,その発生個数は単独投与群に比べ,AUR 付加投与群で有意に低
値であり,その抑制率は 49%であった。PCNA 標識率は,正常粘膜において群間に有意差を
認めず,ACF でも AOM 単独投与群と AOM に AUR 付加した群の間に有意な差を認めなかった
が,BCAC では AOM 単独投与群に比べ,AOM に AUR 付加した群で有意に減少していた。一
方,アポトーシス係数は,正常粘膜で群間に有意の差をみなかったが,ACF と BCAC では AOM
単独投与群に比べ,AOM に AUR 付加した群で有意に増加していた。
以上の結果より,柑橘由来化合物の AUR は AOM 誘発大腸発癌前駆病変 ACF,BCAC の発生
を有意に抑制することが判明し,その機構として AUR
はアポトーシスや細胞増殖に影響
し,前癌性病変の発生とその growth が抑制されたと考えられた。ラットを用いた実験では
本化合物が肝細胞癌,大腸癌などの発生を抑制すること,その機構として,解毒酵素誘導
などが指摘されているが,遺伝子情報が豊富なマウスを用いての報告はみられない。本研
究の結果は,ヒトへの応用を目指した大腸癌予防のための有用な基礎的成果を提示したも
のであり,今後,アポトーシス誘導の機構解析とともに,ノックアウトマウス等の遺伝子
改変マウスを用いた AUR の発癌抑制機構の詳細な解析が期待される。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第
31 巻
第4号
- 38 -
平成 18 年
さえ
ぐさ
せいいちろう
氏名(生年月日)
三
本
籍
長
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第351号
学位授与の日付
平成17年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
メタボリックシンドロームを背景とするウイルス性心筋炎
枝
野
誠一郎 (昭和 52 年 5 月 21 日)
県
におけるアンデジオテシンⅡ受容体拮抗薬の心筋保護作用
の解析-心筋内アディポネクチン発現の意義-
論 文 審 査 委 員
主
査
神
田
享
勉
副
査
梶
波
康
二
勝
田
省
吾
松
井
忍
学位論文内容の要旨
研究目的
アンジオテンシンⅡは,アンジオテンシンⅡタイプ 1 受容体を介してレニン− アンジオ
テンシン系に関与し,病態生理学的に心血管病変に対する増悪因子である。アンジオテン
シンⅡタイプ1受容体拮抗薬(AngiotensinⅡ tyape1 receptor blocker: ARB)が心筋障
害を改善することは,明らかになってきている。さらに,ARB の有効な作用として,アデ
ィポネクチンの分泌亢進が報告されている。一方,アディポネクチンは,脂肪細胞から分
泌されるアディポサイトカインの一種であり,抗炎症効果・抗動脈硬化作用・インスリン
抵抗性改善効果に関与していると言われている。また,アディポネクチンの分泌が低下す
ることによりメタボリックシンドロームが進展することが最近明らかになってきた。メタ
ボリックシンドロームにおける心筋炎に対する ARB の心筋保護作用を解明するため,メタ
ボリックシンドロームモデルであるKKAyマウスにウイルス性心筋炎を発症させ ARB で
あるカンデサルタンを投与し,心筋内アディポネクチンの発現と共に,心筋障害の改善度
を解析した。
実験方法
KKAyマウスを①ウイルス接種 6 日前から 10mg/kg/day のカンデサルタンを投与する
前投与群(n=12)
,②ウイルス接種と同時に 10mg/kg/day のカンデサルタンを投与する同時
投与群(n=8),③賦活剤を投与したコントロール群(n=12)としてランダムに分け,それ
ぞれのマウスをウイルス接種後7日間観察した。マウス脳心筋炎ウイルス
(Encepharomyocarditits virus: EMC ウイルス)を 500 plaque forming units/マウスを
腹腔内に投与して,急性ウイルス性心筋炎を誘導させた。接種後 0・4・7日目の体重,
- 39 -
心重量,心重量/体重の比の解析をおこなった。また,病理学的評価として,心筋壊死の範
囲および炎症細胞浸潤の程度を検討した。また,血中アディポネクチン濃度をELISA
法にて測定し,心筋細胞内のアディポネクチンのmRNAの発現量を検討した。同時に,
アディポネクチンの転写促進因子である Peroxisome proliferators-activated receptor
(PPAR)-γ mRNA,CCAAT enhancer binding proteins(C/EBP)-αのmRNAの発現量
も検討した。炎症性サイトカインについても検討を行い,Tumor necrosis factor (TNF)
− αのmRNA とその転写促進因子である Nuclear factor(NF)-κBのmRNAの発現量を
測定した。統計処理については,ANOVA法を用いて,コントロール群,前投与群,接
種同時投与群の間でそれぞれ比較検討を行った。また,mRNAの発現量については,正
常マウスの発現量と比較検討を行った。
実験成績
ウイルス接種後第4日目において,コントロール群と比較して前投与群において心筋壊
死の範囲の縮小を認め,同時に心重量の低下,心重量/体重比も有意な減少(P<0.01
)を認めた。加えて,同日の心筋内アディポネクチン発現量が亢進していた。また,血中
アディポネクチン濃度に関しても,EMCウイルスを感染させ急性ウイルス性心筋炎を発
症させたマウスは,接種前と比較し全群において低下していたが,コントロール群と前投
与群・接種同時投与群と比較して有意に上昇していた。一方,心筋内 TNF− αのmRNA の発
現量,NF-κB のmRNAの発現量は,前投与群・接種同時投与群においてコントロール群
と比較し,有意に減少していた。心筋内アディポネクチン mRNA 発現量は,前投与群・接種
同時投与群において有意に亢進していたが,PPAR―γ
mRNAの発現量には,各群とも
有意差は認めなかった。しかし,C/EBPαに関しては,前投与群に関しては,コントロール
群と比較し有意に上昇していた。免疫染色に関しては,TNF− αについては,コントロ
ール群に蛋白発現が認められた。また,アディポネクチンについては,前投与群・接種同
時投与群に蛋白発現が認められた。
総括および結論
カンデサルタン前投与は,心筋におけるアディポネクチン mRNA の発現を亢進させ,さら
に,炎症性サイトカインである TNF− αのmRNA の発現を減弱させた。また,血中アディポ
ネクチン濃度も増加していた。その結果として,心筋炎に伴う心筋壊死および細胞浸潤の
軽減も認めた。これらのデータに基づき,ARB はウイルス性心筋炎を発症したメタボリッ
クシンドロームモデルである KKAy マウスにおいて,心筋内アディポネクチンの発現を亢進
させることにより,心筋保護作用を発揮する可能性が示唆された。
論文審査結果の要旨
アンジオテンシンⅡタイプ1受容体拮抗薬(以下 ARB)は高血圧症のみならず,心筋障
害を改善することが報告されている。さらに,ARB は,アディポネクチンの血液濃度を亢
進するとされる。アディポネクチンは,脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインで
あり,抗炎症効果・抗動脈硬化作用・インスリン抵抗性改善効果に関与している,アディ
- 40 -
ポネクチンの分泌低下がメタボリックシンドロームを進展させることが最近明らかになっ
た。そこで申請者は,ARB がメタボリックシンドロームにおける心筋障害をどういうメカ
ニズムで抑制するかを心筋内アディポネクチン発現を通して解析しようと試みた。メタボ
リックシンドロームのマウスモデルであるKKAyマウスに EMC ウイルスを用いて心筋炎
を発症させ,ARB であるカンデサルタンを投与し,心筋内アディポネクチンの発現と共に
心筋障害の改善度を解析している。KKAyマウスを①ウイルス接種 6 日前から投与する
前投与群,②ウイルス接種と同時に投与開始する同時投与群,③賦活剤のみを投与するコ
ントロール群の3群としてウイルス接種後7日間観察した。コントロール群に比し,前投
与群,同時投与群において心筋障害は軽減し,心筋内アディポネクチン発現量の亢進と血
中アディポネクチン濃度の上昇を認めた。また,心筋障害促進因子である TNF-αの心筋内
発現,その転写因子 NF-κB のmRNA発現はともに,前投与群・接種同時投与群有意に抑
制されていた。アディポネクチンの転写因子 PPAR-γmRNA発現には,有意差は認めな
かったがもう 1 つの転写因子 C/EBPαは,前投与群、同時投与群ともに亢進していた。以
上から,申請者は,メタボリックシンドロームを合併したウイルス性心筋炎において,ARB
は心筋内アディポネクチンの発現を亢進させることで,心筋保護作用を発揮するという結
論にいたった。審査の過程で,ARB が心筋障害改善する際に,どこまで心筋内アディポネ
クチンが関与しているのか,また同時投与と感染然投与の明らかな違いは何か,ARB の心
筋内直接作用との関連はなど,課題が残された。今回の研究は,アンジオテンシンⅡタイ
プ1受容体拮抗薬の心筋障害抑制機序に関する,新しい考え方を提示するものであり,今
後の循環器疾患とメタボリックシンドロームとの関連において,価値があると評価された。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 41 -
平成 18 年
もり
や
じゅん
守
屋
本
籍
千
葉
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第352号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第 項該当
慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome)の
学 位 論文 題 目
純
じ
氏名(生年月日)
二 (昭和 47 年 8 月 3 日)
県
マウスモデル作製と漢方治療有効性の検討
論 文 審査 委 員
主
査
神
田
享
勉
副
査
山
口
宣
夫
西
尾
眞
友
梅
原
久
範
学位論文内容の要旨
研究目的
近年,原因不明の微熱を伴う強い疲労感を主症状とし,著しく生活の質が損なわれる疾
患群である慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome;CFS)の原因,機序が少しずつ解
明されてきている。主な診断基準は突然生じた6ヶ月以上持続するもしくは繰り返す激し
い疲労感,微熱,リンパ節腫脹,脱力,筋肉痛,咽頭痛,関節痛,精神障害などがあげら
れている。
本疾患の原因仮説は現在も様々であり,ウイルスによる感染の遷延,内分泌系の変調,
慢性的なストレスに暴露することなどがあげられているが詳細は未だ不明である。
我々は今回,CFS の動物モデルを作製した。それを用いることにより,更なる病因,病態
の解析を行い,治療応用を試みるべく実験を行った。ヒトにおける同病態では漢方薬であ
る補中益気湯(TJ-41)投与が好成績であるといわれており,今回マウスに同薬を経口投与
する事により症状の改善の有無についても検定を行った。
実験方法
CFS モデルの作成法は,Balb/c マウス(8 週齢
雌:Charles River)を用いて,菌体成
分である Brucella Abortus の 2 週間隔をおいた計 6 回の尾静脈内反復投与(0.2ml/回)を
行った。このモデルを用いて Control 群との Wheel を備えた個々のケージを用いて一日あ
たりの運動量を比較し,モデルの再現性,信頼性を明確にするとともに,TJ-41(500mg/ kg:
0.1ml)を連日 Feeding tube により経口投与し,5 群(CFS+TJ-41:n=4,CFS+蒸留水:n
=3,Normal+TJ-41:n=4,Normal+蒸留水:n=4,Normal:n=4)に分けて,運動量,臓器重量
(体重,脳,胸腺,肺,心臓,肝臓,脾臓),日内リズムの変化,脾臓の炎症性サイトカイ
ン(Th1 由来のインターフェロンγ:IFN-γと Th2 由来のインターロイキン 10:IL-10 )
- 42 -
の mRNA 発現などの変化について比較,検討をおこなった。
実験成績
Brucella Abortus 投与(2 週間間隔で計 6 回)の CFS モデルは,リンパ組織である脾臓
の腫大,Wheel の回転数の低下が Control に対する有意な差を示した。また,CFS 群にて活
動度の日内リズムの変動も認められた。また,脾臓の炎症性サイトカインである Th1 由来
である IFN-γのmRNA の発現に優位な上昇も確認された。同時に Th2 由来のサイトカイン
である IL-10 の発現には有意な差は認められなかった。
TJ-41 投与による効果は CFS モデルにおいて投与後約 2 週間は有意な回転数の改善を認め
たが,以降は低下し,投与前と同等な回転数となった。
総括および結論
Brucella Abortus により作成した CFS モデルは,リンパ組織である脾臓の腫大,Wheel
回転数低下を認め,ヒトによる CFS 診断基準と同様な症状と一致した。さらにこの現象は
我々が別の実験例で約1年に及ぶ同様の CFS モデルでも持続して観察されており,慢性に
経過し,持続する活動性低下,リンパ節腫脹の診断基準に合致していた。また IL-10 の上
昇は脾臓の腫大とともに何らかの免疫系の賦活化が本病態に関連し,Th1/Th2 バランスを
変動させていることが示唆された。
なお,CFSの現在の治療では,運動療法や認知行動療法があげられているが,薬物療法と
して抗不安薬,睡眠導入薬,漢方薬なども効果的との報告もあり,当科でCFSの診断後治療
として処方している補中益気湯(TJ-41)を一ヶ月間におよびCFSマウスモデルに投与し,5
群(CFS+TJ-41,CFS+蒸留水,Normal+TJ-41,Normal+蒸留水,Normal)に分け解析した
。投与における多群間比較では,CFSモデルでTJ-41投与により治療開始早期に運動量改善
を示し,脾臓内IFN-γ発現の有意な上昇を示した。以上からCFSの病態には何らかの免疫系
の変調が存在し,TJ-41投与の免疫賦活作用による治療効果が示された。
論文審査結果の要旨
慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome;CFS)は原因不明の微熱やリンパ節の腫脹
を伴っておこる強い疲労感が主体であり,著しく生活の質が損なわれる疾患群である。そ
の原因や発生機序は未だ不明であるが,近年患者数が増加している。しかし,CFS の動物
モデルも治療法も確立されたものは報告されていない。そこで申請者は,CFS の動物モデ
ルを作製し,臨床で多く用いられている漢方治療の有効性を検討した。CFS モデルの作成
は,Balb/c マウスに,CFS の原因の1つとも考えられる細菌 Brucella Abortus の菌体成分
を 2 週間隔に計 6 回の尾静脈内反復投与によった。作成されたマウスモデルは活動性が低
下し,リンパ組織である脾臓の腫大が,更には活動度の日内リズムの変動も認められた。
また,脾臓の炎症性サイトカインである Th1 由来である IFN-γのmRNA の発現に有為な上
昇も確認されている。そこで,本動物モデルに漢方薬である補中益気湯を1ヵ月間連日経
口投与(500mg/ kg:0.1ml/マウス/日)し有効性を検討した。結果として投与後約 2 週間
は,Wheel 回転数による評価から,有意な活動性の改善を認めた。加えて,脾臓における IFN- 43 -
γと IL10 の mRNA 発現比によって算定される Th1/Th2 バランスを改善していた。この結果
から,申請者は,今回作成した動物モデルは,人の慢性疲労症候群に類似しており,また
治療薬の効果解析に有益としている。今回の研究により,近年増加している慢性疲労症候
群の動物モデルが作成可能であり,薬剤効果判定にも有効であることが明らかとなった。
ただし,本動物モデルの,更に詳しい解析や Th1/Th2 バランスと疾患原因との関係,加え
て本研究から臨床での薬剤効果判定への応用などが課題となった。本研究は原因不明の慢
性疲労症候群に対する治療への1つのアプローチとして価値があるものと評価された。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 44 -
平成 18 年
ささ
くら
倉
ち
篠
本
籍
兵
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第353号
学 位 授 与の日 付
平成19年3月22日
学 位 授 与の要 件
学位論文題目
学位規則第4条第1項該当
胎児肺成熟度判定における MRI の有用性に関する研究
論文審査委員
主
査
牧野田
副
査
利
波
久
雄
高
橋
弘
昭
博
久
庫
千
はや
氏名(生年月日)
早 (昭和 48 年 12 月 19 日)
県
栂
知
学位論文内容の要旨
研究目的
1980 年に初めてヒトでのサーファクタント投与による新生児呼吸窮迫症候群(neonatal
respiratory distress syndrome, NRDS)の治療の試みが報告されて以来,RDS の治療成績は大
きく改善された。しかし,サーファクタントをいくら大量に投与しても効果のみられない
症例が存在することが明らかになりつつあり,界面活性物質の問題だけで RDS を論じる
ことには問題があると考えられる。近年の MRI をはじめとする画像診断技術の発展は,
胎児診断の分野においても新たな情報をもたらしつつあり,MRI の T2 強調画像において,
胎児各臓器の水分含有量を予測することができるようになってきた。胎児の多くの臓器の
水分含有量は妊娠にともなって変化することは少ないが,肺においては妊娠 24 週前後か
ら肺液の分泌・蓄積がはじまり,妊娠にともなって水分含有量が変化する。このことを利
用して胎児の肺の成熟度判定を MRI によって行う可能性を明らかにすることを本研究の
目的とした。
実験方法
対象は 1998 年 1 月から 2006 年 12 月までに当科で妊娠 22 週以降に何らかの理由で胎児
の MRI 撮影を施行し,分娩に至った 45 児 47 症例である。胎児肺の形成障害を引き起こ
すと考えられる染色体異常症例は除外した。MRI 撮影から分娩までの期間は1週未満から
14 週である(平均 3.8±3.0 週, Mean±SD, 以下同じ)。MRI 肺-肝臓信号強度比は T2 強調
画像で算出した。MRI 装置は MAGNETOM VISION(SIEMENES, GERMANY)を用いた。
撮影条件は,高速撮像法である HASTE(half-fourier acquisition single-shot turbo spin-echo)
を使用した。撮影条件は,TR 4.4 msec, TE 64 msec, FOV 350 mm, スライス厚 6 mm, マト
リックス 208×256, 19 スライスとした。胎児の肺と肝臓の信号強度を同一画面上で各々3
か所測定し,信号強度比を算出した。肺の信号測定場所は,気管支陰影の影響が大きい肺
- 45 -
門部を避けて肺野を中心に選択した。
実験成績
全症例の中で出生後サーファクタントを大量に投与しても効果のみられなかった症例を
重篤な呼吸障害症例と判断し,呼吸障害群と定義した。一方,サーファクタント投与の有
無にかかわらず呼吸状態の安定した症例を,呼吸正常群とした。なお,胎児横隔膜ヘルニ
ア群では,出生後に行われた根治手術後の呼吸障害の有無で,呼吸障害群と呼吸正常群と
に分類した。
全症例での T2 強調画像での肺− 肝臓信号強度比は 2.15±0.39 であった。呼吸正常群 39
例の信号強度比は 2.25±0.31 であった。これに対し,呼吸障害群8例の信号強度比は 1.62
±0.31 であり,有意に低値であった(P<0.001)。
次に,妊娠週数にともなう肺− 肝臓信号強度比の変化を明らかにするため,呼吸正常群
(37 児 39 症例)で相関関係を検定したところ,回帰直線 y=0.05x+0.644,相関係数 0.53
であり有意差を認めた(P<0.001)。また,妊娠中2度 MRI 撮影を行った児は2例で,27
週と 34 週で2度 MRI を施行した児では肺− 肝臓信号強度比が 1.63 から 2.01 へと,また
28 週と 35 週で2度 MRI を施行した児では 2.03 から 2.15 に上昇した。
総括および結論
胎児は分娩時にそれまでの胎盤を介した酸素受給から自己の肺による呼吸へと大きく変
化するため,肺の成熟は胎児の出生後の予後に大きく関係する。今回の研究で肺の成熟度
を MRI T2 強調画像での肺− 肝臓信号強度比によって測定できる可能性を示すことができ
た。このことは,サーファクタントを大量に投与しても効果のみられない症例の予知,治
療方針の決定などにきわめて有意義な方法であると考えられる。
論文審査結果の要旨
分娩の際に出生した新生児が「オギャー」と泣くのは,肺呼吸の開始を象徴する現象で
ある。肺呼吸開始のための必須条件として,気道,サーファクタント,肺成熟の3点があ
げられるが,サーファクタントが薬剤として利用可能になって以来,早産の可能性のある
症例に関して娩出時期を決定する上で最も問題となるのは,胎児の肺成熟の評価方法であ
る。現在,出生後の呼吸予測法としてマイクロバブル法が行われているが,この検査は羊
水中のサーファクタントの効果をみているものであって,実際の肺成熟度をみているもの
ではなく,肺成熟そのものを診断する確立された方法は未だ存在しないのが現状である。
そこで申請者は,胎児肺の発生が a)胎芽期(4~7 週)b)偽腺状期(6~17 週)c)管状期
(16~28 週)d)嚢状期(26~38 週)e)肺胞期(36 週以降)の5つのステージを経る過程
で,偽腺状期以降になると胎児の肺は分泌臓器となり,肺液が上皮細胞から産生され,管
状期後期から肺液の貯留がはじまり,発育に伴って胎児肺の水分含有量が増加することに
着目した。幸い,近年の画像診断技術の進歩によって,MRI の T2 強調画像での信号強度
を測定することによって,胎児各臓器の水分含有量を予測することが可能になった。すな
わち,胎児肺は妊娠早期には水分含有量が少ないため T2 強調画像で低信号を呈するが,
- 46 -
妊娠 24 週前後から始まる肺液の分泌・蓄積とともに高信号に変化していく。このことを
利用すると,胎児の肺の成熟度判定を MRI によって予測できると申請者は考えた。ただし,
MRI の各スライスで得られる信号強度は絶対値ではないため,同一スライス面において他
の臓器の信号強度と比較することにより評価する方法が求められる。肝臓は肺に接して位
置しており同一スライス面で信号測定が可能であり,また比較的大きな臓器であるため測
定もしやすい。さらに,肝臓は T2 強調画像で低信号を呈し妊娠の進行にともなってもほ
とんど変化しないため,肺との信号強度比を算出する臓器として適切である。そこで申請
者は T2 強調画像の同一スライス面において肺と肝臓の信号強度を測定し,その比を用い
て肺成熟の診断を行ってみた。その結果,呼吸正常群と障害群の肺−肝臓信号強度比の比
較では,呼吸正常群が有意に高値であった。いいかえれば,肺—肝臓信号強度比が高値で
ある群の出生後の予後は良好であり,MRI によって診断される肺の成熟が予後因子として
重要であることが明らかにされた。さらに,出生後呼吸障害を呈さなかった群で妊娠週数
にともなう肺− 肝臓信号比の変化を検討したところ,妊娠週数の進行にともなって有意な
増加を認め,肺成熟に伴って肺− 肝臓信号比が増加していくことが示された。これらの結
果から,T2 強調画像上で測定した肺− 肝臓信号強度比は胎児の肺成熟と密接な関係があ
ることが明らかにされ,本研究によって肺− 肝臓信号強度比が今後早産児の肺成熟の指標
として広く応用されることが期待されている。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 47 -
平成 18 年
ひろ
さき
つ
こ
廣
本
籍
石
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第354号
学位授与の日付
平成19年3月22日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
黄体化未破裂卵胞(LUF)に対する排卵誘発補助薬として
学 位 論文 題 目
﨑
な
氏名(生年月日)
川
奈津子 (昭和 49 年 8 月 8 日)
県
の G-CSF の有用性に関する研究
論 文 審査 委 員
主
査
牧野田
副
査
梅
原
竹
上
西
尾
知
久
範
勉
眞
友
学位論文内容の要旨
研究目的
Granulocyte Colony-Stimulating Factor(G-CSF)が排卵に深く関与することが報告さ
れているが,G-CSF が作用を発現するのに必要な G-CSF レセプター蛋白およびその mRNA
が卵巣局所に存在するかどうかを明らかにすることを第一の目的とした。さらに,排卵障
害の一つである黄体化未破裂卵胞(Luteinized Unruptured Follicle: LUF)の既往症例
に対して,排卵誘発治療中に G-CSF を投与し,G-CSF 投与による LUF 予防の可能性につい
て検討することを第二の目的とした。
実験方法
研究1)
正順月経周期を有する成熟女性 8 名から摘出した卵巣組織を用いて,免疫染色法により
G-CSF レセプター蛋白の局在を検討した。また別の 6 名を対象とし,RT-PCR 法で G-CSF レ
セプターmRNA の存在を性周期別に検討した。
研究2)
Clomiphene-hCG 療法を行ったにもかかわらず LUF の既往が確認された不妊患者 16 症例
18 周期に対し,既往 LUF 周期と同様に Clomiphene-hCG 療法を行い,推定される hCG 投与
の 1~2 日前に G-CSF 100mg を投与し,排卵の有無を検討した。
なお,両研究とも対象とした症例から全てインフォームド・コンセントを得た。
実験成績
研究1)
G-CSF レセプター蛋白は,小卵胞から大卵胞まで卵胞の大きさにかかわらず顆粒膜細胞
- 48 -
を中心に認められ,また黄体細胞にも存在することが明らかとなった。これに対して,
RT-PCR 法による卵巣組織中の G-CSF レセプターmRNA の発現は,卵胞期後期および排卵期
の卵胞壁組織では検出されたが,卵胞期前期および黄体期の卵巣組織中には検出されなか
った。
研究2)
G-CSF を投与した 16 例の年齢は 33.3±3.1(Mean±S.D,以下同じ)歳,不妊期間は
35.2±20.5 ヶ月,G-CSF 投与までの平均治療期間は 10.2±7.3 周期であった。全ての症例
に対して予め腹腔鏡検査が行なわれ,合併症として子宮内膜症 9 症例(56.3%)
,子宮筋腫
4 症例(25.0%),卵巣周囲の軽度癒着 3 症例(18.8%),多嚢胞性卵巣症候群 2 症例
(12.5%),卵管采狭小 2 症例(12.5%)
,卵管狭窄 1 症例(6.3%)が認められた。これらの
対象で G-CSF 投与前の経過が確認できた全 61 周期中,LUF を認めたのは 23 周期
(37.7%)であった。G-CSF 投与前の観察では,自然周期では 1 周期(8.3%)で LUF を認
め,11 周期(91.7%)で LUF を認めなかった。Clomiphene-hCG 周期では 43 周期中 20 周期
(46.5%)で LUF を認めた。また,human Menopausal Gonadotropin(hMG)-hCG 周期では
6 周期中 2 周期(33.3%)に LUF を認めた。自然周期と Clomiphene-hCG 周期を比較すると,
有意差を持っ て Clomiphene-hCG 周期における LUF 発症率が高いことが確認できた
(P<0.05)
。
Clomiphene-hCG 療法に加えて G-CSF 投与を行った周期では 18 周期中 16 周期に排卵を
認めた。これは上述した Clomiphene-hCG 療法のみの排卵率(53.5%)と比べて有意に LUF
の発症が抑制されたことになる(P<0.01)
。このことは LUF 予防の目的で G-CSF を投与す
る有用性が示されたといえよう。また,hCG 投与直前の卵胞径を比較すると,G-CSF 非投
与群では LUF を認めた周期で卵胞径が有意に大きく(P<0.001),排卵直前の卵胞径が大き
いほど LUF を形成しやすいことが考えられた。また,LUF をきたした周期の卵胞径と GCSF 投与によって排卵をみた周期の卵胞径に有意差は認めず,卵胞径が大きくても G-CSF
周期では排卵が認められた。
G-CSF 投与によって排卵を認めた LUF(-)群と排卵を認めなかった LUF(+)群にお
ける G-CSF 投与直前の G-CSF 濃度は,それぞれ 11.1±5.0pg/ml,8.2±1.5pg/ml であり,
両群間に有意差は認められなかった(P=0.135)。G-CSF 投与翌日の G-CSF 濃度は各々75.9
±37.3pg/ml,21.7±25.8pg/ml と有意差は認めなかった(P=0.07)ものの G-CSF 治療が
奏効しなかった LUF(+)群では低い傾向にあった。このことからも G-CSF が卵胞の破裂
に関与していることが考えられた。
総括および結論
以上の結果は G-CSF レセプター蛋白が卵胞内に存在し,G-CSF が autocrine もしくは
paracrine 的 に も 排 卵 機 構 に 関 与 し て い る こ と を 明 ら か に し た と い え る 。 ま た ,
Clomiphene-hCG 周期での LUF 症例に対して G-CSF を使用することによって LUF 発症率を
有意に低下させたことは,今後 LUF 患者の排卵障害治療の補助薬として G-CSF が広く用い
られる可能性をはじめて明らかにしたといえる。
- 49 -
論文審査結果の要旨
1980 年に Espey が「排卵は炎症類似現象である」という仮説を発表して以来,卵巣局
所で営まれる排卵に多くの免疫関連細胞や炎症関連サイトカインが動員されることが明ら
かにされてきた。申請者の教室では,炎症の際に最も動員されるのは顆粒球であるので,
顆粒球ならびにその増殖因子である G-CSF と排卵現象の関係について研究が行われてきた。
今回,まず申請者は G-CSF が機能を発揮するのに必要な G-CSF レセプターおよびその
mRNA の卵胞内局在について検討し,免疫組織染色法によって G-CSF レセプターが卵胞の
大小を問わず顆粒膜細胞に認められること,さらにその mRNA が排卵直前の卵胞期後期と
排卵期にのみ卵胞壁細胞に発現していることを RT-PCR 法によって明らかにした。G-CSF
そのものも同様な存在を示すことが既に報告されており,今回の研究結果によって G-CSF
が顆粒球に作用して排卵機構に関与する機序以外にも autocrine もしくは paracrine 的な
機構で排卵を促進している可能性が示唆され,有意義なことである。
教室でのこれまでの研究と今回の G-CSF レセプターの局在に関する研究などから,もは
や G-CSF が排卵に関与していることはほぼ疑いのない事実といえる。既に G-CSF は抗がん
剤治療の支持療法として 20 年程の使用経験があり,特に大きな副作用も報告されていな
い。そこで G-CSF を用いた排卵障害治療の可能性について検討した。対象とする疾患とし
ては比較的軽度な排卵障害とされている黄体化未破裂卵胞(LUF)を取り上げた。この疾
患では卵胞は 2cm 程度までほぼ正常に発育するが,排卵すなわち卵胞の破裂が起きず卵胞
内の顆粒膜細胞などが黄体化してしまうものである。排卵を有する不妊患者の 13.5%に
LUF を認め,Clomiphene などを用いて排卵誘発を行なった症例では 20~30%の高率になる
とされ,その再発率は 78.6%にものぼるといわれている。このように LUF は排卵誘発を行
った群で排卵が行われず,その結果妊娠も成立しないという皮肉な現象である。この LUF
を認めた不妊患者に対し,次の周期で hCG 投与予定日の 1~2 日前に G-CSF を投与したと
ころ,18 周期中 16 周期において排卵が確認された。また,G-CSF 投与によっても排卵し
なかった 18 周期中2周期を排卵した 16 周期と比較すると,G-CSF 投与翌日の G-CSF 濃度
が P=0.07 と有意差はないものの低値であることも,G-CSF が卵胞の破裂に関与している
ことを示唆していた。LUF 予防の目的で G-CSF を投与する有用性がはじめて示された貴重
な研究成果である。
これらの結果は,G-CSF が卵胞壁の破綻に深く関与していることを示し,LUF 患者の排
卵障害治療の補助薬として G-CSF が広く用いられる可能性を明らかにした臨床的に有意義
な研究であるといえる。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 4 号
- 50 -
平成 18 年
おお
くろ
正
し
大
本
籍
大
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
乙
第259号
学位授与の日付
平成19年3月8日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
Converting Enzyme Inhibitor Improves Reactive
学 位 論文 題 目
黒
まさ
氏名(生年月日)
阪
志 (昭和 39 年 4 月 20 日)
府
Hyperemia in Elderly Hypertensives with
Arteriosclerosis Obliterans
(アンジオテンシン I 変換酵素阻害薬による閉塞性動脈
硬化症を合併した高齢者高血圧例の反応性充血の改善
について)
論 文 審査 委 員
主
査
松
本
正
幸
副
査
竹
越
松
原
純
一
芝
本
利
重
襄
学位論文内容の要旨
研究目的
高齢者においては動脈硬化を基盤とした虚血性心疾患, 脳血管障害, 下肢閉塞性動脈硬
化症などが頻発する。これらの動脈硬化症発症に対する危険因子として, 壮年者では年齢,
男性, 高血圧, 糖尿病, 高脂血症などが関与し, 内皮機能の低下していることが知られて
いるが, 高齢者におけるその病態については十分把握されていない。本研究においては,
閉塞性動脈硬化症を合併した高齢者高血圧症例における血管内皮機能につき, 非侵襲的な
ストレーンゲージ法を用いた検討を行い, アンジオテンシンⅠ変換酵素(ACE)阻害薬お
よびカルシウム拮抗薬の治療効果につき比較検討した。
実験方法
対象は中等症以上の高血圧(血圧 160/90 mmHg 以上)を有する平均年齢 + 標準偏差
( 83 + 8 歳)の高齢者 70 例で, このうち下肢閉塞性動脈硬化症合併例24例, 対照高血
圧高齢者46例である。臨床因子として年齢, 性, 脳血管障害および虚血性心疾患につき
調査した。糖尿病例(空腹時血糖>126 mg/dl または糖尿病薬にて治療中の者),高コレス
テロール血症例(血清コレステロール値>220 mg/dl)は試験対象から除外した。下肢閉塞
性動脈硬化症は上肢下肢血圧比(ABI)< 0.2 にて診断した。内皮機能はプレチスモグラフ
ィを用い, 上下肢基礎血流量を測定した後, 200 mmHg あるいは収縮期血圧より 20 mmHg 高
いカフ圧で 5 分間阻血し, 阻血解除後1分以内の最大反応性充血(MAX-RH)を測定した。
- 51 -
また内皮非依存性血管拡張を検討するためニトログリセリン 0.3 mg 舌下投与後の血流増加
を同方法にて測定した。対象例は少なくとも 4 週間降圧薬を中止の後, 上記内皮機能検査
を行い,無作為にテモカプリル治療群(閉塞性動脈硬化症 14 例, 対照例 26 例)あるいは
アムロジピン治療群(閉塞性動脈硬化症 10 例, 対照例 20 例)に振り分けた後, 6 ヶ月間
治療し, 再度内皮機能検査を行った。
実験成績
ACE 阻害薬であるテモカプリル投与例(閉塞性動脈硬化例 14 例および対照例 26 例)お
よびカルシウム拮抗薬であるアムロジピン投与例(閉塞性動脈硬化例 10 例および対照例
20 例)の 4 群間で年齢, 性別, 血清コレステロール値, 空腹時血糖値, 降圧薬治療前の収
縮期および拡張期血圧値, 心拍数に有意差は無かった。
降圧薬投与前において, 内皮機能を表す阻血後最大反応性充血は, 閉塞性動脈硬化症で
は対照例に比し, 閉塞性動脈硬化発症下肢では対照例下肢に比し有意(p<0.001)の低下を
認めたばかりでなく, 上肢阻血後最大反応性充血も有意(p=0.002)に低下しており,閉塞
性動脈硬化発症では全身の内皮機能低下が推察された。
テモカプリルおよびアムロジピンを用いた降圧薬治療により, 収縮期血圧および拡張期
血圧の降下度に有意差は認められなかった。また, ニトログリセリン投与後の血流増加反
応についても, 両薬剤群間で, 閉塞性動脈硬化症発症群および対照群とも有意差は認めら
れなかった。一方, テモカプリル投与群においては内皮機能を表す阻血後最大反応性充血
は, 閉塞性動脈硬化症例では対照例と比較し,下肢のみならず上肢においても有意に降圧
薬治療前と比し改善していたが, アムロジピン投与群ではこの効果は認められなかった。
総括および総論
高齢者の下肢閉塞性動脈硬化症例では患側下肢のみならず上肢に代表される反応性充血
血流量も低下しており全身内皮機能の低下が推察された。また, ACE 阻害薬により健常例
の上下肢のみならず, 閉塞性動脈硬化症例の上肢および患側下肢の内皮機能改善傾向が認
められた。高血圧症例あるいは高齢者における血管内皮機能の低下は報告されているが,閉
塞性動脈硬化症を合併した高齢者高血圧症例における内皮機能低下は本報告がはじめてで
ある。ACE 阻害薬の内皮機能改善効果機序の詳細は不明である。しかし, アンジオテンシ
ン変換酵素阻害薬は, 1)血管収縮性に作用する組織アンジオテンシン II, またこれに伴
うエンドセリン, プロスタグランディン H2, 活性酸素の産生等を抑制すること, 2)血管
拡張性に作用する組織ブラジキニン濃度を上昇させること, 3)組織における血管新生を
促進することが報告されており, これらの事項が ACE 阻害薬による血管内皮機能改善効果
を示した可能性がある。
論文審査結果の要旨
本論文は高齢者高血圧例において非侵襲的なストレーンゲージ法により反応性充血を定
量化し, 上肢および下肢の内皮機能を検討した。この結果,下肢閉塞性動脈硬化症合併高
齢者高血圧例では,患側下肢は勿論のこと,上肢においても反応性充血血流量は低下して
- 52 -
おり, 全身の内皮機能低下が存在する可能性を初めて明かにした。さらに, アンジオテン
シンⅠ変換酵素阻害薬および持効性カルシウム拮抗薬により 6 ヶ月間降圧治療を行い,持
効性カルシウム拮抗薬治療では内皮機能は不変であるものの,アンジオテンシンⅠ変換酵
素阻害薬治療では患側下肢のみならず上肢においても内皮機能を改善させることを明かに
した。アンジオテンシンⅠ変換酵素阻害薬には,血管収縮に関与する組織アンジオテンシ
ンⅡ,エンドセリン,プロスタグランディン H2,活性酸素などの産生抑制,血管拡張に関
与するブラジキニンの産生促進,さらには血管新生促進などの作用が知られており,これ
らが本研究における同薬の内皮機能改善効果に関与すると考えられる。本研究は正確に遂
行された優れた臨床研究であり,その成績は下肢閉塞性動脈硬化症を有する高齢者高血圧
の病態解明, 治療の進歩に大きく貢献するものである。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
Hypertension Research
Vol.29, No.9, 2006
- 53 -
なか
むら
村
つね
常
ゆき
氏名(生年月日)
中
本
籍
石
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
乙
第260号
学位授与の日付
平成19年3月8日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学 位 論文 題 目
Vasculitis induced by immunization with Bacillus
川
之 (昭和 41 年 3 月 4 日)
県
Calmette Guerin followed by atypical mycobacterium
antigen : a new mouse model for Kawasaki disease
(非定型抗酸菌成分投与により血管炎が誘発された
BCG免疫マウス:新しい川崎病モデルマウスの作成
の試み)
論 文 審査 委 員
主
査
高
橋
弘
昭
副
査
竹
上
松
本
正
幸
勝
田
省
吾
勉
学位論文内容の要旨
研究目的
川崎病の症状である BCG 接種部位の腫脹,発赤に注目し,病因として BCG 菌と強い交叉
性のある病原体を考慮し,非定型抗酸菌をその候補と考え,川崎病モデルマウス作製の研
究を開始した。研究過程で BCG 菌の表現抗原の中で類縁菌のみならず,他の細菌やウイル
スにも類似抗原として存在する AhpC(alkyl hydroperoxide peroxidase C)を着目する
に至った。AhpC は,最近,血管炎の原因抗原として注目され,血管内皮細胞に存在する
ペルオキシレドキシンⅡ(PrxⅡ)と強い相同性をもっている。今回の研究の目的は,川
崎病の発症に関して AhpC 及び PrxⅡという抗原蛋白を軸とした分子相同仮説に基づく機
序を検証する。
実験方法
非定型抗酸菌の培養及び菌体処理: Mycobacterium intracellulare(以下 MI)は
4%SDS 処理,Rnase 処理,Dnase 処理,Trypsin 処理を行い,最終的に超音波処理を施行し,
細胞成分及び細胞壁成分を全て含む浮遊液を 40000g,4℃,1時間で遠心分離した後,
1mg/ml に PBS を用いて調整し,マウス腹腔内投与用(以下 cwMI)とする。
BCG 免疫マウス,免疫確認:実験動物として3週齢の雌マウス(C57BL/6J)を使用する。
まず BCG 菌を生理食塩水で溶解,うち 0.4mg を左側腹部へ皮内注射する。
cwMI 投与マウス(1回投与群)
:BCG による免疫を獲得したマウス(7週齢)に対し cwMI
- 54 -
を腹腔内注射(0.5mg/PBS500μl)し,B+I+群とする。同時に2つの対照群を作製する。
1つは BCG の代わりに生理食塩水を接種し,同様に4週後 cwMI を腹腔内注射したものを
B-I+群とする。もう1つは BCG 接種後,4週目に生理食塩水を腹腔内投与したものを
B+I-群とする。cwMI の腹腔内注射後 10 日目にマウス頸静脈から採血を行い, TNFα,
IFNγ,IL-6,IL-10,MCP-1 の血清サイトカイン値の測定を行う。マウスをエーテル麻酔
下で屠殺し,心臓を素早く取り出し,O.C.T. compound で包埋し,-30℃で保存した。
cwMI 投与マウス(4回連続投与群):1回投与群と手法は同様で,cwMI を腹腔内注射
(0.5mg/PBS500μl)し,連日4日間同量投与を行い, B+I+群とする。対照群は B-I+群,
B+I-群だけでなく,BCG の代わりに同量の生理食塩水を投与し,さらに cwMI の代わりに
も生理食塩水を投与した群を B-I-群とした。血清サイトカイン値,心臓組織学的評価も
投与開始後 10 日目に行った。
抗 PrxⅡ抗体投与マウス:BCG による免疫を獲得したマウス(7週齢)に対し,抗 PrxⅡ
抗体を尾静脈から投与し, B+P+群とする。同時に3つの対照群を作製する。1つは BCG
の代わりに生理食塩水を接種し,同様に4週後抗 PrxⅡ抗体を尾静脈から投与したものを
B-P+群とする。1つは BCG 接種後,4週目に生理食塩水を尾静脈から投与したものを
B+P-群とする。さらにもう一つは BCG の代わりに生理食塩水を接種後,4週目に抗 PrxⅡ
抗体の代わりに生理食塩水を尾静脈から投与したものを B-P-群とする。血清サイトカイ
ン値,心臓組織学的評価も投与開始後 10 日目に行った。
組織学的評価: HE 染色標本を用い,冠動脈炎を観察した。冠動脈炎の評価には血管壁周
囲に炎症性細胞を認める場合を軽度冠動脈炎(mild),一部血管壁内に炎症性細胞を認め
る場合を中等度冠動脈炎(moderate),全ての血管壁内に認める場合を高度冠動脈炎
(severe)と判定した。
実験成績
1.非定型抗酸菌の壁成分を BCG 菌で免疫したマウスに対し腹腔内投与した群では,1
回投与群,4回投与群ともに,冠動脈炎(HE 染色による組織学的評価)を認めた。
血中炎症性サイトカイン値では,4回投与群において TNFα,IFNγが有意に上昇し
た。
2.AhpC 及び PrxⅡという抗原蛋白を軸とした免疫交叉性を考慮し,抗 PrxⅡ抗体を BCG
菌で免疫したマウスに対し静脈内投与した群で,冠動脈炎(HE 染色による組織学的評
価)を誘発し,さらに,血中炎症性サイトカイン値も,cwMI4回投与群同様に TNFα,
IFNγが有意に上昇した。
総括および結論
BCG 菌で免疫し,さらに cwMI を投与したマウスにおいて弱い冠動脈炎が有意に発生し
た。同様の群において,一部の血中炎症性サイトカイン濃度が有意に上昇していた。この
結果より, BCG 菌の一部抗原と MI の交叉する抗原が免疫反応を引き起こし,血管炎にま
で至る可能性を示唆したが,実際の川崎病と違い高サイトカイン血症,冠動脈瘤を形成す
るまでの強い冠動脈炎の組織像には至っていない。そのため,分子相同性を示す自己抗原
ペ プ チ ドに対 し て 交差反 応 を 示し, 自 己 免疫疾 患 現 象が発 生 す るとい う molecular
- 55 -
mimicry 仮説という概念が,今回の川崎病マウスモデルにおいて重要な要因であると考え,
以下の仮説を立てた。BCG ワクチン接種により,BCG 菌はしばらく生体内で生きており,
抗原性を発揮する。その中で AhpC に対する抗体も当然発生する。さらに AhpC と相同性の
ある抗原をもつ外来菌による感染,あるいは常在菌などによる持続的な刺激が,いわば
Booster 効果となり,より多くの BCG 菌の AhpC に対する抗体が過剰に産生された状態に
なる。その時,皮膚内で生きている BCG 菌に対し,生体内免疫細胞が集合し,臨床的には
BCG 接種部位の発赤腫脹という状態を呈し,同時に AhpC と高い相同性のある血管内皮抗
原である PrxⅡにも反応し,全身性血管炎,高サイトカイン血症へ伸展し,川崎病の臨床
症状が完成すると考えた。そこで BCG 菌で免役したマウスに対し,尾静脈より抗 PrxⅡ抗
体を投与し,直接的に冠動脈炎を引き起こすことが可能かどうかを検証した。結果は
cwMI を投与したマウス同様に,弱い血管炎ながら発生した。さらに炎症性サイトカイン
も同様な反応を呈した。この事実は我々が仮説とした AhpC 及び PrxⅡを軸とした分子相
同性による川崎病血管炎の発症機序の考えを裏付ける結果となった。
論文審査結果の要旨
1967年に初めて川崎病が報告されてから,20万人をこえる患者が現在までに登録され
ている(第18回川崎病全国調査成績,2005年9月1日報告)。今なお,毎年9千人前後の
新患者が国内で報告され,年々増加傾向にあるが,未だその病因は明らかにされていな
い。従って,その解明が急務であることは明らかである。川崎病発症機序解明の方法に
は,疫学的アプローチ,臨床例からの原因菌/物質の直接的証明,モデル動物作成によ
るアプローチが主なものである。本研究は,モデル動物作成によるアプローチを選択し
た。国内・国外の川崎病モデル動物の研究動向として,乳酸菌細胞壁成分やカンジダ菌
体抽出物の腹腔内投与によるマウス動脈炎誘発モデルが既に報告されている。これらは
川崎病のような冠動脈炎を引き起こしてはいるものの,実際の臨床症例のような明らか
な冠動脈瘤は認めない。さらに川崎病の疫学的側面でも好発年齢,流行性,再発例,同
胞発症例等を,これらのモデルからは説明不可能な部分が多く,川崎病類似モデルとは
言い難い。そこで,本研究では川崎病の手引き(厚生労働省川崎病研究班作成,2002年
2月改訂5版)中の参考条項である,BCG(Bacillus Calmette Guerin)接種部位の発赤,
痂皮形成に注目し,病因としてBCG菌と強い交叉性のある病原体を考慮し,非定型抗酸
菌(Mycobacterium intracellulare)をその候補と考え,川崎病モデルマウス作製の研
究を開始している。研究過程で非定型抗酸菌やBCG菌の表現抗原の中で類縁菌のみなら
ず,他の細菌やウイルスにも類似抗原として存在する AhpC(alkyl hydroperoxide
peroxidase C)を着目するに至った。AhpCは活性酸素種消去系の1つであり,最近,血
管炎の原因抗原として注目され,ヒト血管内皮細胞に存在するペルオキシレドキシンⅡ
(PrxⅡ)と強い相同(約35%)であることが判明した。本研究の結果,非定型抗酸菌
の壁成分をBCG菌で免疫したマウスに対し腹腔内投与した群で,冠動脈炎を誘誘発し,
血中炎症性サイトカイン値も,同群が有意に上昇した。さらに,AhpC及びPrxⅡという
抗原蛋白を軸とした免疫交叉性を考慮し,抗PrxⅡ抗体をBCG菌で免疫したマウスに対し
静脈内投与した群で,冠動脈炎を誘発し,血中炎症性サイトカイン値も,同群が有意に
- 56 -
上昇した。
上記の研究成果から,川崎病発症機序に対して,自己免疫的な機序が重要な役割をす
る可能性を示唆した(分子相同仮説)。本研究は,今まで報告されている川崎病モデル
動物と違い,川崎病の臨床に即した唯一の実験系であり,分子相同の概念は川崎病全容
解明の糸口になりうる。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
FEMS Immunology and Medical Microbiology Vol.49, 2007
- 57 -
ふる
た
かおる
氏名(生年月日)
古
田
薫
本
籍
愛
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
乙
第261号
学位授与の日付
平成19年3月15日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学 位 論文 題 目
抗酸化剤による紫外線傷害の防御に関する細胞化学的研究
論 文 審査 委 員
主
査
平
副
査
東
知
(昭和 28 年 3 月 15 日)
県
井
圭
光太郎
佐々木
野
一
島
洋
孝
之
学位論文内容の要旨
研究目的
紫外線による人体への影響が問題にされているが,とくに波長 290 nm~320 nm の中波
長紫外線 UV-B による体表面での細胞傷害が注目されており,最近,眼組織の上皮細胞が
紫外線によって傷害されアポトーシスが誘導されることが報告されたがその機構は明らか
でない。そこで本論文は UV-B による活性酸素生成が上皮細胞傷害に関与すること,培養
結膜上皮細胞の紫外線傷害が抗酸化物質によって防御できることを細胞化学的,形態学的
に明らかにしようとしたものである。
実験方法
実験材料としてヒト結膜上皮細胞(Chang’s CHE 細胞:クローン 1-5C-4)を用いて,
20 ワットの殺菌灯で紫外線量 0.625~10 mJ/cm2 の UV-B の照射を行った。抗酸化剤とし
てα-トコフェロール,アスコルビン酸及び活性型低分子抗酸化物質含有の抗酸化 SOD 様
発酵物質(Niwana)のメタノール・酢酸エチル抽出物による傷害抑制効果を検討した。細
胞内に生成する H2O2 は,2’,7’-ジクロロフルオレッシン・ダイアセテート(DCF・DA)
法を用いて検出し,さらに TUNEL 法と DAPI 法によってアポトーシスを証明し,形態変化
を JEM-1200EX 電子顕微鏡にて観察した。
実験成績
UV-B 照射による CHE 細胞の生存率は線量依存的に減少し,1.25 mJ/cm2 では対照に比べ
56%であり,5.0 mJ/cm2 では 10%であった。10 mJ/cm2 の照射では核膜の強い陥入が起
こり細胞質内で空胞とオートファゴソームが形成され,アポトーシスに陥った。また,こ
れに先立ち細胞質全体に H2O2 生成が証明された。1.25 mJ/cm2 の UV-B 照射ではα-トコフ
ェロール(0.5 mM)および L-アスコルビン酸(4 mM)によって 100%の生存率を観察し,
- 58 -
5.0 mJ/cm2 の UV-B 照射ではα-トコフェロールと L-アスコルビン酸によって生存率が
各々62%と 78%回復された。さらに活性型低分子抗酸化物質含有の天然物発酵製剤の抽
出透析物を添加したところ(1 mg/mL),1.25 mJ/cm2 の UV-B 照射では生存率が 100%,
5.0 mJ/cm2 では 24%回復した。
総括および結論
UV-B 照射は,結膜上皮細胞内で核や小胞体の形態変化を起こして細胞を傷害すること
を明らかにした。
1.UV-B によって H2O2 を介する活性酸素が生成しアポトーシスを引き起こした。
2.UV-B による細胞傷害はα-トコフェロール,アスコルビン酸等の抗酸化剤が防御した。
3.抗酸化 SOD 様発酵製剤の抽出物は紫外線による細胞傷害を抑制し,その透析液にはカ
テキン,総アスコルビン酸,総トコフェロール,カロチン等が証明された。
以上の結果,UV-B による結膜上皮細胞傷害は活性酸素によるアポトーシス誘導であり,
α-トコフェロール,L‐アスコルビン酸等の低分子抗酸化物質によって防御され得ると結
論した。
論文審査結果の要旨
紫外線による人体への影響が問題にされる中,とくに中波長紫外線 UV-B による体表面
の細胞傷害が注目されているがその機構は明らかでない。本論文は UV-B によって結膜上
皮細胞が傷害されることを報告し,その機構として活性酸素の関与の可能性及び抗酸化物
質の有用性について細胞化学的,形態学的に明らかにしようとしている。
実験材料としてヒト結膜上皮 CHE 細胞を用い,1〜10mJ/cm2 の UV-B の照射を行って細
胞内に生成する H2O2 を DCF 法で検出し蛍光顕微鏡下に抗酸化剤による傷害抑制効果を検討
している。
その結果,UV-B 照射強度に依存して CHE 細胞質内で H2O2 が生成して小胞体や核の異常
形態変化を引き起こし,アポトーシスが誘導されて生存率が低下することを発見している。
これに対しα-トコフェロールとアスコルビン酸及びカテキン,総アスコルビン酸,総ト
コフェロール,カロチンを含む天然物発酵製剤が UV-B 誘導細胞傷害を抑制することを明
らかにしている。
以上の結果から,UV-B による上皮傷害は活性酸素生成によるアポトーシス誘導の結果
であり,抗酸化剤等の適用など臨床医学への発展貢献が期待される。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 3 号
- 59 -
平成 18 年
い
かい
飼
かず
猪
本
籍
愛
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
乙
第262号
学位授与の日付
平成19年3月15日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学 位 論文 題 目
タキサス天然成分による抗腫瘍活性機序の研究
論 文 審査 委 員
主
査
平
井
圭
一
副
査
牧
野
田
知
勝
田
省
吾
田
中
卓
二
知
一
のり
氏名(生年月日)
德 (昭和 31 年 7 月 31 日)
県
学位論文内容の要旨
研究目的
イチイ科植物の一種であるタキサス(中国イチイ, Taxus yunnanensis : 中国原産)は
過去において木部の熱水抽出物がハーブとして飲用され,中国少数民族によって腫瘍など
の治療に用いられてきたが,その抗腫瘍活性の機序については明らかにされていない。本
論文はタキサスの天然資源としての有用性を明らかにするため,含有する抗腫瘍性物質を
解析し,その抗腫瘍機構を解明しようとしたものである。
実験方法
1. タキサスエキス:タキサスの木部チップ 100 g を蒸留水 500 mL に入れ5分間煮し,
抽出液を凍結乾燥して 3.12 g のタキサスエキスを得た。
2. スクリーニング:96 ウエルプレートに 4×103細胞を播種し,24 時間後にタキサスエ
キスを 0.5〜50 µg/mL の濃度で添加し 72 時間培養した。2%グルタルアルデヒドで固定
し,クリスタルバイオレット染色を行って吸光度 (595 nm)を測定した。
3. 位相差タイムラプス像:HeLa 細胞をガラス底ディッシュで培養し,倒立型培養顕微
鏡-タイムラプス映像撮影装置にセットし,37℃,5%CO2 条件下に位相差像を CCD カメ
ラにて撮影した。
4. 電子顕微鏡観察:HeLa 細胞を継時的に 2%グルタルアルデヒド(0.1M リン酸緩衝液)
-1%四酸化オスミウム(ベロナール緩衝液)で固定して樹脂包埋切片として電子顕微鏡観
察した。
5. Fas の免疫染色:HeLa 細胞を 4%パラホルムアルデヒドで固定して抗ヒト Fas ウサギ
抗体で処理し,これに Alexa Fluor 488 標識の抗ウサギ抗体で 2 次染色し蛍光観察した。
6. Caspase 活性測定:HeLa 細胞を培養し,経時的に caspase-3, 8, 9, 10 の活性をアッ
セイキットを用いて測定した。
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実験成績
タキサスエキスによる 50%細胞増殖阻害濃度(IC50)について培養細胞を用いてスクリ
ーニングし,子宮頸癌 HeLa 細胞で 1.04 µg/mL,結腸癌細胞 HCT116 細胞で 1.29 µg/mL,
子宮内膜癌 PA-1 細胞で 1.58 µg/mL,脳腫瘍 T98G 細胞で 6.58 µg/mL,肺腺癌 A549 細胞で
10.46 µg/mL であった。癌細胞の平均値は 10.0 µg/mL であり,正常細胞の平均値 45.5
µg/mL に対し 4.5 倍以上の癌選択的毒性があった。
次に抗腫瘍機構について解析し,HeLa 細胞に 10 µg/mL のタキサスエキスを添加し形態
変化を位相差タイムラプス顕微鏡で観察したところ,コントロール群では球形を呈した細
胞は通常の分裂像を示した。一方タキサスエキス添加群では,6 時間以降から球形になっ
た細胞が多数出現しはじめ,2 細胞への分裂に至らず停止し,12 時間後ブレッビングを起
こしアポトーシスに陥った。電子顕微鏡観察では,球形の細胞は染色体が赤道面に一旦並
んで分裂中期で停止した後染色体が一箇所に凝集して融合し,最終的には球状に凝縮して
アポトーシス小体を形成していた。
さらに,アポトーシス誘導の機序について検討したところ,10 µg/mL タキサスエキス
添加 2 時間後から細胞表面に Fas 抗原が発現し,さらに活性化した caspase-8,caspase10 の量が 2 時間目から上昇し,18 時間後 caspase-3 が活性化された。ミトコンドリアの
関与を示す caspase-9 の活性化は 18 時間後まで認められなかった。
最後に,タキサスエキスに含まれる化合物を解析し,主にタキサン系化合物とリグナン
化合物が多く含まれ,高い抗腫瘍活性を示したのはパクリタキセルとその誘導体であるこ
とが明らかとなった。パクリタキセル単独の IC50 は約 0.005 µg/mL でタキサスエキスに
0.03%含まれることと一致した。
総括および結論
1. タキサス木部の熱水抽出物は,ヒト上皮細胞と線維芽細胞を含む正常細胞への毒性が
比較的低く,その一方で,抗腫瘍活性の強い水不溶性のタキサン化合物が熱水に溶け出
し,癌細胞の増殖抑制活性を示した。
2. タキサスによるアポトーシス誘導機構として,Fas 抗原の細胞表面への発現誘導,
caspase-8,caspase-10 の活性化を介して caspase-3 が活性化される機序が示された。
3. 癌細胞は分裂中期で分裂が停止し,複製された染色体が両極へ移動することなく凝集
融合し,凝縮してアポトーシス小体を形成した。
論文審査結果の要旨
中国漢方は長年の経験則に基づくものであるが,新規の漢方薬を想定する場合,その成
分についての化学的,薬学的,医学的解明が求められるべきであろう。中国少数民族によ
って過去腫瘍などの治療に用いられたイチイ科の紅豆杉タキサス(中国イチイ, Taxus
yunnanensis)は,大戦後中国政府によって中国第一級植物として保護され新漢方として
注目されているが,その抗腫瘍活性機序については明らかでない。本論文は,タキサスの
天然資源としての有効性を知るために抗腫瘍機構を明らかにしている。
実験には,タキサス木部の熱水抽出液を凍結乾燥したものをタキサスエキスとして用い,
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マイクロプレート法による増殖阻害毒性,位相差タイムラプス法と電子顕微鏡法による形
態観察を行い,さらに免疫染色法による Fas の観察,caspase 活性の測定をしており,以
下の実験成績を得ている。
1.タキサスの抗腫瘍活性成分はパクリタキセルを主とするタキサン誘導体であった。
2.抗腫瘍活性機構における形態変化は M 期アレストと染色体融合によるアポトーシス小
体形成であった。
4. アポトーシスは Fas を経由する caspase-8, -10 の活性化を介する caspase-3 活性化
によって誘導された。
4.癌細胞に対する選択的抗腫瘍活性は,正常細胞の約 4.5 倍であった。
以上の結果タキサスの抗腫瘍活性発現の機序が明らかにされ基礎医学及び中国医学の発
展に国際貢献した。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 31 巻 第 3 号
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平成 18 年