ワインのラベル表示に関する欧州司法裁判所2008年3月

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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第9号 2008年 25−35頁
ワインのラベル表示に関する欧州司法裁判所2008年3月13日先決裁定
─欧州共同体における任意的記載事項の表示規制と消費者保護─
蛯 原 健 介
て保護されているスペイン語の《(Gran) Reser-
Ⅰ 事実の概要
va》,イタリア語の《(Gran) Riserva》,およびポ
ルトガル語の《(Grande) Reserva》を模倣ないし
法務官意見(1)によれば,事実の概要は以下の
とおりである。
連想させるものであると判断されたのである。
原告は,上級行政裁判所判決を不服として,連
原告(シュナイダー氏)は,ドイツ連邦共和国
邦行政裁判所に上訴した。その際,原告は,上訴
ラインラント=プファルツ州のトリーア近郊で
理由として,伝統的記載事項の保護はそれぞれの
《Consulat des Weins》という社名のワイナリー
言語,すなわちスペイン語,イタリア語,ポルト
(2)
を経営し,8種類のワインを生産していた
。
ガル語による表示に対して及ぶにすぎないと述べ
2002年11月20日,ラインラント=プファルツ州の
た。そして,ギリシア語およびそのアルファベッ
機関が同社において検査を実施したところ,これ
ト表記による表示に対しても保護は及ぶが,他の
らのワインの表ラベルに,フランス語で
言語による翻訳表示には及ばないのであって,そ
《Grande Réserve》ないし《Réserve》と記載さ
の他の構成国で生産されたワインにつき,当該国
れていたことが問題となった。同年12月19日,ラ
の言語に翻訳された表示を使用することは模倣な
インラント=プファルツ州の統制・役務局(Auf-
いし連想させる行為には該当しない,と主張した。
sichts- und Dienstleistungsdirektion=ADD)
なお,原告が出願した共同体商標《Consulat des
は,《Grande Réserve》および《Réserve》とい
Weins - Réserve/Grande Réserve》は,欧州共
うフランス語の表示が消費者に誤解を与えるおそ
同体商標意匠庁によって登録されている。
れがあるとして,その使用を禁止する決定を下し
連邦行政裁判所は,ワイン共通市場制度に関す
た。原告は,ドイツ語に翻訳された《Reserve》
る理事会規則1493/1999号およびラベル表示に関
および《Privat-Reserve》の使用を提案したが,
する委員会規則753/2002号の解釈について,欧州
ADDは,このような翻訳表示も同様に禁止され
司法裁判所に先決裁定を請求した(3)。その質問
ているとして請求を拒否した。
は,以下の条項にかかわる。
そこで,原告は,これらの決定の取消し,およ
び,ドイツ語に翻訳された当該表現の使用を求め
て訴訟を提起した。これに対し,第一審のノイシ
① 理事会規則1493/1999号47条
「第1項 本規則が適用される一部の産品の表示,
ュタット行政裁判所2004年1月29日判決およびラ
名称および外見に関するルール,一部の表示
インラント=プファルツ上級行政裁判所2004年9
および記載事項,一部の用語に与えられる保
月21日判決は,原告の請求を棄却した。これらの
護に関するルールは,本章および附属書Ⅶ・
判決では,当該翻訳表示は,伝統的記載事項とし
Ⅷにおいて定められる。このルールは,とく
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第9号
に以下の目的を有する。
は,ラベル表示は,その他の表示によって補
a)消費者の正当な利益の保護
充することができる。
」
b)生産者の正当な利益の保護
c)域内市場の円滑な機能
d)優良産品の奨励
第2項 前項のルールには,以下の規定が含ま
④
委員会規則753/2002号6条(すべての記載
事項に関する共通ルール)
「第1項 理事会規則1493/1999号附属書ⅦB3に
れる。
もとづき,当該産品のラベル表示は,その他
a)一部の事項の使用を義務付ける規定
の表示によって補充することができる。ただ
b)一定の条件の下で,その他の記載事項の
し,とくに……義務的記載事項および同規則
附属書ⅦB1の任意的記載事項に関して,情
使用を認める規定
報を受け取る需要者に誤解を与える危険をも
c)消費者にとって有用な情報など,その他
たらすものではないことが条件となる。
の記載事項の使用を認める規定
d)一部の記載事項の保護および管理を規律
第2項 理事会規則1493/1999号附属書ⅦB3に
掲げる産品については,同規則72条の機関
する規定
[ワイン部門における共同体法の遵守を監視
e)地理的表示および伝統的記載事項の使用
する各構成国の機関]は,各構成国において
を規律する規定……」
決められた手続上の一般的ルールを遵守し,
② 理事会規則1493/1999号48条
瓶詰め元,発送元,輸入業者に対して,表示
「 本規則に掲げる産品の表示および外見,これら
において使用された記載事項が正確であるこ
の産品に関する広告は,
虚偽であってはならない。
との証明,当該産品またはその生産過程にお
また,とくに以下の事項に関して,需要者の混乱
いて用いられた産品の性格,特徴,品質,内
を招き,または誤認を惹起するものであってはな
容,原産地または原産国の証明を要求するこ
らない。
とができる。
」
本規則47条を根拠とする表示。この条項は,当
該表示が翻訳された上で使用されるとき,真正の
原産地が記載されているとき,あるいは,
『種類』
,
『型』,『様式』,『模造品』,『マーク』などの語句
をともなう場合においても適用される。」
⑤
委員会規則753/2002号23条(補充的な伝統
的記載事項)
「……『補充的な伝統的記載事項』とは,本編に
掲げるワインを指し示すために,生産国である構
成国において伝統的に使用されてきた用語を意味
③ 理事会規則1493/1999号附属書ⅦB(任意的
記載事項)
「1 共同体内で生産された産品のラベル表示は,
する。それは,とくに,生産方法,醸造方法,熟
成方法にかかわり,または,当該地域で生産され
たワインを指し示す目的で国内法により定義され
所定の条件の下で,以下に掲げる表示によっ
た当該ワインの歴史に関連する歴史上の出来事,
て補充することができる。……
場所のタイプ,ワインの色,品質にかかわる。」
b)地理的表示付きテーブルワインおよびVQ
PRD(4)に関して,以下の事項が対象となる。
……生産国である構成国によって決められ
た様式にしたがった補充的な伝統的記載事
項」
⑥
委員会規則753/2002号24条(伝統的記載事
項の保護)
「第1項 本条の適用に際し,『補充的な伝統的
記載事項』とは,23条の補充的な伝統的記載
「3 A1の産品[テーブルワイン,地理的表示
事項,28条に掲げる用語[フランスの《vin
付きテーブルワイン,VQPRD等]について
de pays》など],14条1項,29条および38条
ワインのラベル表示に関する欧州司法裁判所2008年3月13日先決裁定
3項に掲げる特殊な伝統的記載事項[フラン
⑦
委員会規則753/2002号附属書Ⅲ(伝統的記
載事項のリスト)
スの《appellation d’origine contrôlée》など]
をいう。
」
「 ギリシアに関して,補充的な伝統的記載事項
「第2項 附属書Ⅲに掲げる伝統的記載事項は, 《
関係するワインに限定され,以下の行為に対
して保護される。
a)『種類』,『型』,『様式』,『模造品』,『マー
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《
》
《
》
》。表示言語はギリシ
ア語。
スペインに関して,補充的な伝統的記載事項
ク』などの表現をともなう場合であっても, 《Reserva》《Gran Reserva》。表示言語はスペイ
保護された当該記載事項を盗用し,模倣し,
または連想させる行為
b)容器または包装,広告,産品の添付書類
にワインの本質的な品質または性格に関す
る不当表示,虚偽表示または誤認を惹起す
る表示を付する行為
c)あたかも保護された記載事項を使用する
権利を有するワインであるかのごとき表現
ン語。
イタリアに関して,補充的な伝統的記載事項
《Riserva》
。表示言語はイタリア語。
オーストリアに関して,補充的な伝統的記載事
項《Reserve》。表示言語はドイツ語。
ポルトガルに関して,補充的な伝統的記載事項
《Reserva》《Reserva velha (grande reserva)》
《Super Reserva》。表示言語はポルトガル語。
」
によって,公衆に誤解を与えるおそれのあ
る行為」
連邦行政裁判所によって付託された先決問題
「第3項 ワインを指し示す目的で,附属書Ⅲに
は,以下の3点である。第一問は,理事会規則
掲げる伝統的記載事項の名称を含む商標をラ
1493/1999号47条2項b)およびc)
(上記引用条
ベル内で使用することは,当該ワインがかか
文①)および委員会規則753/2002号23条(上記引
る伝統的記載事項を使用する権利を有する場
用条文⑤)について,生産方法・醸造方法・熟成
合を除いて,認められない。……」
方法に関する表示やワインの品質に関する表示
「第4項 ……伝統的記載事項の保護は,附属書
は,理事会規則1493/1999号附属書ⅦB3(上記
Ⅲに掲げる一ないし複数の言語に限って適用
引用条文③)の「その他の表示」としてではなく,
される。……」
同附属書ⅦB1b)によって規律され,一定の条
「第5項 附属書Ⅲに掲げられるためには,伝統
件の下で使用される任意的記載事項に位置づけら
的記載事項は,以下の要件を満たしていなけ
れるものとして許可されると解釈すべきかという
ればならない。
問題。第二問は,委員会規則753/2002号24条2項
a)それ自体特徴的であって,構成国の国内
a)
(上記引用条文⑥)について,使用された言
法で明確に定義されていること
b)十分に識別力を有し,(かつ/または)共
語が保護される伝統的記載事項の言語と同一でな
ければ,模倣ないし連想させる行為には該当しな
同体市場における社会的評価が確立されて
いと解釈すべきかという問題。そして,第三問は,
いること
委員会規則753/2002号24条2項について,同規則
c)当該構成国において,少なくとも10年間
附属書Ⅲに掲げる伝統的記載事項の保護は,当該
にわたり,伝統的に使用されていること
記載事項とともに附属書のリストに示された生産
d)一または複数の共同体のワインもしくは
国内で生産されたワインのみに与えられると解釈
そのカテゴリーに属していること……」
すべきかという問題であった。
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第9号
753/2002号6条2項により,かかる表示は,当該
Ⅱ 2008年3月13日先決裁定の内容
産品またはその生産過程において用いられた産品
の性格,特徴,品質,内容,原産地または原産国
欧州司法裁判所は,2008年3月13日,以下のよ
(5)
うに裁定した 。
に関係することができる(27段)。しかし,同条
1項の明示するところによれば,当該産品のラベ
ル表示は,その他の表示によって補うことができ
1 第一問について
るが,とくに義務的記載事項および任意的記載事
理事会規則1493/1999号47条2項a)∼c)によ
項に関して,情報を受け取る需要者に誤解を与え
れば,同規則が適用される産品の表示,名称およ
る危険をもたらすものではないことが条件となる
び外見に関するルール,一部の表示,記載事項, (28段)。したがって,理事会規則1493/1999号附
用語に与えられる保護に関するルールには,一部
属書ⅦB3により,醸造方法等に関する表示の使
の事項の使用を義務付ける規定(義務的記載事
用,またはワインの品質に関する表示の使用が排
項),一定の条件の下で,その他の記載事項の使
除されないにしても,かかる表示が,情報の受け
用を認める規定,さらに,消費者にとって有用な
手である需要者に対して,当該表示と補充的な伝
情報など,その他の記載事項の使用を認める規定
統的記載事項との混同を招く危険をもたらすこと
が含まれる(21段)。これに対応して,同規則附
を認めるものではない(29段)。もし,これとは
属書ⅦB1b)の明示するところによれば,地理
異なる解釈を行えば,委員会規則753/2002号24条
的表示付きテーブルワインおよびVQPRDについ
によって与えられる伝統的記載事項に対する保護
ては,所定の条件の下で,また,生産国である構
は,有効な効果を失うことになる(30段)。
成国により決められた様式に則って,補充的な伝
したがって,理事会規則1493/1999号47条2項
統的記載事項によって共同体内で生産された産品
c)については,同規則附属書ⅦB3および委員
のラベル表示を補うことができる(22段)。
会規則753/2002号6条1項とあわせて理解するこ
理事会規則1493/1999号47条2項を適用するた
とにより,生産方法・醸造方法・熟成方法に関す
め,委員会規則753/2002号23条は,補充的な伝統
る表示の使用,またはワインの品質に関する表示
的記載事項の概念を定義している(23段)。しか
の使用がこの条項により認められるためには,か
し,連邦行政裁判所の判断によれば,先決裁定の
かる表示は,需要者に対して当該表示と補充的な
請求から,本案訴訟における記載事項は,理事会
伝統的記載事項との混同を招く危険をもたらすも
規則1493/1999号47条2項b)およびc)
(上記引
のであってはならないものと解釈されなければな
用条文①)ならびに委員会規則753/2002号23条
らない。本案訴訟における当該記載事項の使用に
(上記引用条文⑤)について,生産方法・醸造方
よってかかる危険が生じる可能性が存在するかど
法・熟成方法に関する表示,またはワインの品質
うかの判断は,付託を行った国内裁判所の権限に
に関する表示は,理事会規則1493/1999号附属書
属する(32段)。
ⅦB1b)および委員会規則753/2002号23条にい
う補充的な伝統的記載事項には該当しないという
ことになる(24段)。したがって,本案訴訟にお
2 第二問について
理事会規則1493/1999号47条2項d)によれば,
ける当該記載事項の使用が,理事会規則
同規則が適用される産品の表示,名称および外見
1493/1999号附属書ⅦB3に照らして認められる
に関するルール,一部の記載事項および表示,一
かどうかを判断する必要がある(25段)。
部の用語に与えられる保護に関するルールには,
理事会規則1493/1999号附属書ⅦB3によれば,
一部の記載事項の保護および管理を規律する条項
一部のワインのラベル表示は,その他の表示によ
が含まれる(34段)。同規則48条の定めによれば,
っ て 補 う こ と が で き る ( 2 6 段 )。 委 員 会 規 則
産品の表示および外見,産品に関する広告は,虚
ワインのラベル表示に関する欧州司法裁判所2008年3月13日先決裁定
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偽であってはならず,とくに47条を根拠とする表
するかどうかの判断は,付託を行った国内裁判所
示に関して,需要者の混乱を招き,または誤認を
の権限に属する(44段)。
惹起するものであってはならない。また,同規則
48条の明示するところによれば,この条項は,当
該表示が翻訳された上で使用されるとき,真正の
原産地が記載されているとき,あるいは,
『種類』
,
3 第三問について
理事会規則1493/1999号47条1項によれば,同
規則が適用される産品の表示,名称および外見に
『型』,『様式』,『模造品』,『マーク』などの語句
関するルール,一部の表示,記載事項,用語に与
をともなう場合にも適用される(35段)。委員会
えられる保護に関するルールは,とくに消費者の
規則753/2002号24条2項a)で言及された伝統的
正当な利益の保護および域内市場の円滑な機能の
記載事項は,かかる表示に属し,この条項に定め
促進を目的とする(46段)。委員会規則753/2002
る保護を与えられる(36段)。
号は,かかる目的を尊重しなければならないので
同規則24条2項a)によれば,同規則附属書Ⅲ
あって,このような背景の下で,同規則は,公正
に掲げる伝統的記載事項は,関係するワインに限
な競争を確保し,消費者に誤解を与えることを防
ってその使用が認められ,これを盗用し,模倣し,
ぐために,伝統的表現の保護・登録に関する一般
または連想させる行為に対して保護される(37
的な枠組を提示している(47−48段)。
段)。たしかに,同規則24条4項は,伝統的記載
同規則24条2項によれば,同規則附属書Ⅲに掲
事項の保護が附属書Ⅲに掲げる一ないし複数の言
げる伝統的記載事項は,関係するワインに限定さ
語に限って適用されると規定している。しかし,
れる。同規則24条3項の規定するところでは,附
伝統的記載事項を附属書Ⅲに示された言語とは異
属書Ⅲに掲げる伝統的記載事項の名称を含む商標
なる言語に翻訳することが,同規則24条2項a)
をラベル内で使用することは,当該ワインがかか
の伝統的記載事項を模倣し,または連想させる行
る伝統的記載事項を使用する権利を有する場合を
為に該当し,需要者の混乱を招き,または誤認を
除いて,認められない。同規則24条4項によれば,
惹起する可能性が存在することも否定できない
同規則附属書Ⅲに掲げる各々の伝統的記載事項
(38−39段)。もし,これとは異なる解釈を行えば,
は,一または複数のワインのカテゴリーに関係す
理事会規則1493/1999号47条1項に掲げられた消
る。そして,同規則24条5項d)によれば,附属
費者の正当な利益の保護という目的に反するおそ
書Ⅲに掲げられるためには,伝統的記載事項が,
れがある(40段)。さらに,かかる解釈は,伝統
一または複数の共同体のワインもしくはそのカテ
的記載事項が翻訳された上で使用されるときにも
ゴリーと関連を有することが必要である(49−52
適用されると明言する理事会規則1493/1999号48
段)
。
条1項の文言自体に矛盾する(41段)。翻訳使用
以上の諸条項から,委員会規則753/2002号24条
の場合には,かかる翻訳が需要者の混乱を招かな
の伝統的記載事項は,一または複数のワインのカ
いこと,または誤認を惹起するものとはならない
テゴリーに関係し,また,かかる記載事項は,こ
ことを確実にしなければならない(42段)。
れとの関連を有するワインのカテゴリーに限って
したがって,
委員会規則753/2002号24条2項a)
認められるものと解される(53段)。同規則24条
については,伝統的記載事項を附属書Ⅲのリスト
4項に列挙されたこれらのカテゴリー[VQPRD
に示された言語とは異なる言語に翻訳する行為
等]は,共同体のワインのカテゴリーである(54
は,当該翻訳が需要者の混乱を招き,または誤認
段)。このため,上記のカテゴリーは,生産国で
を惹起する性格を有する場合には,同規則24条2
ある一構成国で生産されるワインのみに関係する
項a)の伝統的記載事項を模倣し,または連想さ
ものと解することはできず,むしろ,生産国であ
せる行為に該当しうるものと解釈されなければな
るすべての構成国で生産されるワインに関係する
らない。本案訴訟の事案がこのような行為に該当
ものと解されなければならない(55段)。かかる
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第9号
条件の下で,同規則24条の伝統的記載事項の保護
の根拠法文は,1999年5月17日の理事会規則
は,伝統的記載事項のリストに示された生産国で
1493/1999号であり,施行規則として2002年4月
ある構成国と同一国内で生産される同一のカテゴ
29日の委員会規則753/2002号が存在する。これら
リーのワインに対して及ぶが,それだけでなく,
の規則においては,ワインのラベル表示は「義務
当該構成国以外の生産国である構成国で生産され
的記載事項」
(理事会規則1493/1999号47条2項a)
る同一のカテゴリーのワインに対しても保護は及
と「任意的記載事項」に区別され,さらに後者に
ぶ(56条)。もし,このように解釈しなければ,
ついては,「一定の条件の下で使用が認められる
同規則24条2項によって与えられる伝統的記載事
任意的記載事項」(同規則47条2項b)と「消費
項の保護が有効な効果を失うことになるだけでな
者に対する有益な情報を含むその他の任意的記載
く,理事会規則1493/1999号および委員会規則
事項」(同規則47条2項c)に分けて規定されて
753/2002号に掲げられた消費者の正当な利益の保
いる。なお,理事会規則1493/1999号附属書ⅦA
護および域内市場の円滑な機能という目的にも矛
は,テーブルワインやVQPRDなどのカテゴリー
盾する(57段)。
に適用される義務的記載事項として,ワインの名
したがって,委員会規則753/2002号24条2項に
称,内容量(volume nominal)
,アルコール濃度,
ついては,同規則附属書Ⅲに掲げる伝統的記載事
瓶詰め元,輸出業者または輸入業者の名称,ロッ
項は,伝統的記載事項のリストに示された生産国
ト番号を掲げている(6)。
である構成国と同一国内で生産される同一のカテ
47条2項c)の任意的記載事項について,委員
ゴリーのワインに対して保護が及ぶが,それだけ
会規則753/2002号6条は,
「理事会規則1493/1999
でなく,当該構成国以外の生産国である構成国で
号附属書ⅦB3にもとづき,当該産品のラベル表
生産される同一のカテゴリーのワインに対しても
示は,その他の表示によって補充することができ
保護は及ぶものと解釈されなければならない(58
る」と規定するとともに,その条件として,「義
段)
。
務的記載事項および同規則附属書ⅦB1の任意的
記載事項に関して,情報を受け取る需要者に誤解
Ⅲ 考 察
を与える危険をもたらすものではないことが条件
となる」としている。
1 問題の所在
他方で,47条2項b)の「一定の条件の下で使
さまざまな酒類・農産物・食品類のうちで,ワ
用が認められる任意的記載事項」には,地理的表
インほど厳しい法的規制を受ける産品はないであ
示付きテーブルワインおよびVQPRDのみを対象
ろう。ヨーロッパの伝統的な生産国では,消費者
とする「生産国である構成国によって決められた
を混乱させ善良な生産者を苦しめる不正ワインや
様式にしたがった補充的な伝統的記載事項」が含
虚偽表示を排除するためにワイン法が制定され,
まれる(理事会規則1493/1999号附属書ⅦB1)。
ECにおいても共通農業政策の一環としてワイン
この「補充的な伝統的記載事項」とは,生産国で
に関する種々の規則が定められてきた。ワインの
ある構成国において伝統的に使用されてきた用語
地理的表示に関していえば,今日では,EUレベ
であって,とくに「生産方法,醸造方法,熟成方
ルの保護のみならず,国際的な保護の対象にもな
法にかかわり,または,当該地域で生産されたワ
っている。「世界貿易機関を設立するマラケシュ
インを指し示す目的で国内法により定義された当
協定」の付属書1C「知的所有権の貿易関連の側
該ワインの歴史に関連する歴史上の出来事,場所
面に関する協定(TRIPS協定)」では,ワイン
のタイプ,ワインの色,品質にかかわる」ものと
の地理的表示に対する追加的保護が定められてい
定義されている(委員会規則753/2002号23条)。
る。
たとえば,フランスに関しては,「補充的な伝統
ECにおけるワインのラベル表示に関する規制
的記載事項」として,すべてのAOC(統制原産
ワインのラベル表示に関する欧州司法裁判所2008年3月13日先決裁定
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地呼称)ワインに使用することができる
が認められるかどうかという問題であり,第三の
《ch â teau》や《clos》のほか,特定のAOCワイ
争点は,いかなるワインのカテゴリーに対して伝
ンに使用が限定されている《sélection de grains
統的記載事項の保護が及ぶかという問題である。
nobles》,《vendange tardive》,《sur lie》,《village》,《cru class é 》,《grand cru》,《premier
cru》などが同規則の附属書Ⅲに列挙されている。
2 「補充的な伝統的記載事項」と「その他の表
示」の関係
このような「補充的な伝統的記載事項」は,「
『種
まず第一の争点に関して,原告は,本件記載行
類』
,
『型』
,
『様式』
,
『模造品』
,
『マーク』などの
為は理事会規則1493/1999号附属書ⅦB1の「補
表現をともなう場合であっても,保護された当該
充的な伝統的記載事項」との関係で認められるも
記載事項を盗用し,模倣し,または連想させる行
のであり,同附属書ⅦB3の「その他の表示」と
為」
,
「包装または梱包,広告,産品の添付書類に
しても認められるのであって,かかる表示の使用
ワインの本質的な品質または性格に関する不当表
がドイツ国内法では規制されていない以上,その
示,虚偽表示または誤認を惹起する表示を付する
使用は瓶詰め元の判断にゆだねられるべきである
行為」
,
「保護された記載事項を使用する権利を有
と主張した。これに対して,ラインラント=プフ
するワインであることを知らしめることなどによ
ァルツ州は,醸造方法に関する表示が「補充的な
って,公衆に誤解を与えるおそれのある行為」に
対して保護される(同規則24条2項)。
伝統的記載事項」には該当せず,附属書ⅦB1の
「補充的な伝統的記載事項」として認められる必
本事案においては,ワイン醸造方法に関する
要があると主張した。また,イタリア政府も同様
《Grande Réserve》,《Réserve》という表示,お
に,醸造方法に関する表示は,附属書ⅦB1の
よびドイツ語に翻訳された《Reserve》,《Privat-
「補充的な伝統的記載事項」として認められる必
Reserve》という表示の使用が問題となった。伝
要があり,委員会規則753/2002号6条1項の「そ
統的記載事項を列挙する委員会規則753/2002号附
の他の表示」は,とくに「一定の条件の下で使用
属書Ⅲのリストによれば,ギリシア,スペイン,
が認められる任意的記載事項」との関係で誤認を
イ タ リ ア , ポ ル ト ガ ル に 関 し て ,《 R e s e r v a 》
惹起する性格を有するものではない限りにおいて
《Gran Reserva》《Riserva》などが「補充的な伝
統的記載事項」として列挙されており,また,委
認められるにすぎない,と主張している。
他方で,欧州委員会は,原則として,ワイン醸
員会規則1512/2005号によるリスト改訂の結果,
造方法に関係する表示であっても,理事会規則
オーストリアに関して,ドイツ語の《Reserve》
1493/1999号47条2項c)の「消費者に対する有
が新たに加えられている。原告は,当初,フラン
益な情報を含むその他の任意的記載事項」および
ス語の《Grande Réserve》ないし《Réserve》と
同附属書ⅦB3の「その他の表示」として使用す
いう語句をみずから生産するワインのラベルに記
ることができると解している。欧州委員会によれ
載したものであるが,その後,当局による検査の
ば,委員会規則753/2002号23条に掲げる諸要素は
後,ドイツ語に翻訳された《Reserve》および
きわめて広汎であるため,同条に列挙されたすべ
《Privat-Reserve》の使用を申請している。
ての領域において理事会規則1493/1999号附属書
以下,本稿では,本件先決裁定において提起さ
ⅦB3の「その他の表示」がすべて禁じられると
れた3つの争点にそくして,その意義を確認して
すれば,その適用範囲はほとんど存在しないこと
いく。第一の争点は,ワイン醸造方法に関する表
になる。しかも,委員会規則753/2002号24条5項
示は「補充的な伝統的記載事項」に含まれるか,
は,新たな「補充的な伝統的記載事項」が認めら
または,理事会規則1493/1999号附属書ⅦB3の
れるためには最低10年間使用されることを要件と
「その他の表示」に属するかという問題である。
しているが,それまでは「その他の表示」が認め
また,第二の争点は,伝統的記載事項の翻訳使用
られなければ,今後,新たな「補充的な伝統的記
32
『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第9号
載事項」がリストに登載されることは不可能にな
載事項を連想させることになるから,伝統的記載
る,と欧州委員会は主張し,ワイン醸造方法に関
事項を翻訳して使用する行為は禁じられるとする
係する表示であっても「その他の表示」として使
用することを原則として認める立場をとった。
立場をとった。また,スペイン政府は,
《Réserve》はスペイン語の《Reserva》の翻訳で
たしかに,「補充的な伝統的記載事項」の対象
あって,かかる翻訳は理事会規則1493/1999号48
領域として23条に列挙されている事項は,生産方
条により禁止されていると主張した。スペイン政
法,醸造方法,熟成方法,ワインの歴史に関連す
府によれば,伝統的記載事項を同一言語により使
る出来事,場所のタイプ,ワインの色と多岐にわ
用する行為は模倣ないし連想させる行為に該当
たっており,同条の存在によって,「その他の表
し,異なる言語により翻訳使用する行為は盗用に
示」の使用が委員会規則753/2002号23条の対象領
あたるというのである。欧州委員会も,伝統的記
域に触れるような場合には完全に排除されるとす
載事項の翻訳使用については,委員会規則
れば,「その他の表示」の使用を認める条項の存
753/2002号24条2項a)の「模倣ないし連想させ
在意義が失われ,新たな「補充的な伝統的記載事
る行為」に該当するという見解を示している。
項」の登載に向けた「その他の表示」の継続的な
たしかに,委員会規則753/2002号24条2項a)
使用も不可能になってしまうという問題点が指摘
は,
「
『種類』
,
『型』
,
『様式』
,
『模造品』
,
『マーク』
されよう。法務官も,ラインラント=プファルツ
などの表現をともなう場合であっても,保護され
州やイタリア政府の主張と異なり,醸造方法に関
た当該記載事項を盗用し,模倣し,または連想さ
する表示は「その他の表示」としてではなく「補
せる行為」に対して伝統的記載事項が保護される
充的な伝統的記載事項」として認められる必要が
旨を規定しており,翻訳使用への明示的な言及は
あるとは解しておらず,前者の「その他の表示」
ない。また,同規則24条4項は,「伝統的記載事
としても,「補充的な伝統的記載事項」としても
項の保護は,附属書Ⅲに掲げる一ないし複数の言
認められうると述べていた。もっとも,「その他
語に限って適用される」としている。他方で,理
の表示」の使用が認められるとしても,委員会規
事会規則1493/1999号48条は,
「当該表示が翻訳さ
則753/2002号6条1項が規定し,本裁定が引用す
れた上で使用されるとき,真正の原産地が記載さ
るように,それによって情報の受け手である需要
れているとき,あるいは,
『種類』
,
『型』
,
『様式』
,
者に対して,当該表示と「補充的な伝統的記載事
『模造品』
,
『マーク』などの語句をともなう場合」
項」との混同を招く危険をもたらすものではない
をあげており,翻訳使用に言及している。
ことが条件となる。本裁定は,本案訴訟における
そこで,委員会規則753/2002号が伝統的記載事
当該記載事項の使用によってかかる危険が生じる
項の翻訳使用の禁止を明言していない点につい
可能性があるかどうかの判断を国内裁判所に委ね
て,どのように理解するかが問題となる。一方で
ている。
は,スペイン政府のように,翻訳使用は753/2002
号24条2項a)の盗用行為にあたるとする解釈が
3 翻訳使用の制限と消費者保護
次に,第二の争点は,伝統的記載事項の翻訳使
用をめぐる問題である。
成り立ちうる。これに対して,法務官は,同規則
における翻訳使用への言及の欠如は立法者の意図
によるものであって,決して偶然ではなく,立法
委員会規則753/2002号24条2項a)の解釈に関
者は伝統的記載事項の保護範囲を意図的にリスト
し,原告は,保護される伝統的記載事項と同一の
に登載された言語に限定しようとしたものである
言語による使用でなければ,これを模倣し,また
と解しつつも,盗用または模倣,連想させる行為
は連想させる行為には該当しないと主張した。こ
に対しては保護されると述べる。そして,法務官
れに対して,イタリア政府やギリシア政府は,い
意見は,本事案に関して,
「それにもかかわらず,
かなる言語に翻訳されたものであっても伝統的記
ドイツワインを指し示すために《Reserve》とい
ワインのラベル表示に関する欧州司法裁判所2008年3月13日先決裁定
33
うドイツ語の表現を使用する行為は,オーストリ
以外の地域を産地とするぶどう酒若しくは蒸留酒
アワインに関して同一表現をリストに登載してい
について使用することが禁止されている地理的表
る委員会規則753/2002号附属書Ⅲに照らして,盗
示は,当該産地以外の地域を産地とするぶどう酒
用行為に該当し,これはドイツにおいても規制さ
又は蒸留酒について使用してはならない」と規定
れなければならない」と強調している。
され,「地理的表示が翻訳された上で使用される
本裁定は,スペイン政府のように伝統的記載事
場合若しくは『種類』,『型』,『様式』,『模造品』
項の翻訳使用が一般的に禁止されるとは明言して
等の表現を伴う場合」も表示は禁止されると定め
いないが,「伝統的記載事項を附属書Ⅲに示され
られており,真正の原産地ではないワインによる
た言語とは異なる言語に翻訳することが,同規則
地理的表示の翻訳使用を明示的に禁止する規定が
24条2項a)の伝統的記載事項を模倣し,または
存在する。
連想させる行為に該当し,需要者の混乱を招き,
または誤認を惹起する可能性が存在することは否
定できない」とし,「異なる言語に翻訳する行為
4 伝統的記載事項の保護が及ぶワインのカテゴ
リー
は,当該翻訳が需要者の混乱を招き,または誤認
第三の争点に関して,原告は,委員会規則
を惹起する性格を有する場合には,同規則24条2
753/2002号附属書Ⅲに掲げる伝統的記載事項の保
項a)の伝統的記載事項を模倣し,または連想さ
護は当該記載事項とともに附属書のリストに示さ
せる行為に該当しうる」と述べる。そして,欧州
れた生産国内で生産されたワインに対して及ぶに
司法裁判所は,本案訴訟の事案がかかる行為に該
すぎないと主張する。《R é serve》というフラン
当するかどうかの判断を国内裁判所に委ねてい
ス語の表現は,EU構成国においても,域外の第
る。
三国においても,広く使用されてきたからである
本裁定によれば,伝統的記載事項の翻訳であっ
という。これに対して,イタリア政府は,伝統的
ても,需要者の混乱を招かないこと,誤認を惹起
記載事項はリストへの登載を申請した生産国のみ
するものとはならないことが確実である場合には
ならず,EU全構成国において保護されるべきで
その使用が認められる余地は存在することにな
あるとし,ギリシア政府も,伝統的記載事項の使
る。これに対して,地理的表示については翻訳そ
用禁止が他の構成国にも及ぶと解している。
れ自体がEUレベルのみならず国際的に禁止され
この問題に関して,欧州委員会は,オーストリ
て い る 。 実 際 , T R I P S 協 定 2 3 条 は ,「 加 盟 国
アで生産されたVQPRDカテゴリーのワインにつ
は,利害関係を有する者に対し,真正の原産地が
いて伝統的記載事項のリストに《Reserve》とい
表示される場合又は地理的表示が翻訳された上で
うドイツ語の表現が掲げられている以上,ドイツ
使用される場合若しくは『種類』,
『型』
,
『様式』
,
で生産された同じVQPRDカテゴリーに属するワ
『模造品』等の表現を伴う場合においても,ぶど
イ ン に お い て ,《 R e s e r v e 》 ま た は 《 P r i v a t -
う酒又は蒸留酒を特定する地理的表示が当該地理
Reserve》という表示を使用することは禁じられ
的表示によって表示されている場所を原産地とし
ると解している。委員会規則753/2002号24条2項
ないぶどう酒又は蒸留酒に使用されることを防止
は,「附属書Ⅲに掲げる伝統的記載事項は,関係
するための法的手段を確保する」と規定し,真正
するワインに限定され」ると規定するが,欧州委
の原産地ではないワインによる地理的表示の翻訳
員会によれば,この「関係するワイン」とは同一
使用の防止をWTO加盟国に義務付けている。日
カテゴリーのワインを意味するという。したがっ
本においても,1994年12月に制定された「地理的
て,《Reserve》という表示は,VQPRDカテゴ
表示に関する表示基準」では,「世界貿易機関の
リーに属するオーストリア産ワインのみが使用す
加盟国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地を表示す
ることができるのであって,他の構成国で生産さ
る地理的表示のうち当該加盟国において当該産地
れた同一カテゴリーのワインがこれを盗用し,模
34
『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第9号
倣し,または連想させる行為に対して保護される
禁じられるとする立場をとり,欧州委員会も,伝
のであり,ドイツ産のVQPRDカテゴリーのワイ
統的記載事項の翻訳使用は,委員会規則753/2002
ンによるこれらの行為に対しても保護される,と
号24条2項a)の「模倣ないし連想させる行為」
欧州委員会は述べている。さらに,法務官意見も,
に該当するという見解を示していたが,これに対
「伝統的記載事項は,伝統的記載事項のリストに
して,法務官は,伝統的記載事項の翻訳使用は一
示された生産国である構成国と同一国内で生産さ
般的に禁止されているわけではないと解しつつ,
れるワインのみに対して保護が及ぶわけではな
翻訳使用が盗用または模倣,連想させる行為に該
い。その保護は,すべてのEU構成国で生産され
当する場合には,需要者の混乱を招き,または誤
るワインに及ぶ」としている。
認を惹起することになるから禁止されるべきであ
本裁定は,欧州委員会の見解や法務官意見と同
ると述べていた。このような解釈によれば,伝統
じく,すべてのEU構成国で生産される同一のカ
的記載事項の翻訳であっても,需要者の混乱を招
テゴリーのワイン,すなわち,本件ではVQPRD
かないこと,誤認を惹起するものとはならないこ
カテゴリーのワインに対して伝統的記載事項の保
とが確実である場合にはその使用が認められる余
護が及ぶとした。もし,そのように解釈しなけれ
地は存在することになろう。
ば,欧州司法裁判所が強調するように,「委員会
ワインのラベルは「個人の身分証明書やパスポ
規則753/2002号24条2項によって与えられる伝統
ートに相当する」(法務官意見)ものであるが,
的記載事項の保護が有効な効果を失うことになる
ラベル上に示される種々の記載事項については,
だけでなく,理事会規則1493/1999号および委員
その保護の強弱に差異が存在することは否定でき
会規則753/2002号に掲げられた消費者の正当な利
ない。関係構成国政府のアプローチと法務官意見
益の保護および域内市場の円滑な機能という目的
や欧州司法裁判所のアプローチとの違いは,醸造
にも矛盾する」ことになろう。したがって,欧州
方法に関する任意的記載事項に強力な保護が及ぼ
司法裁判所の判断は,妥当であると解される。
されるべきかという問題に起因すると考えられよ
う。
5 まとめにかえて
すでに述べたように,ラベル記載事項のなかで
以上,欧州司法裁判所の先決裁定を紹介した上
も,地理的表示は,EUレベルを超えて,国際的
で,若干の考察を試みたが,第三の争点を除いて,
な枠組のなかで保護が義務付けられるほど強い保
関係構成国政府の主張と法務官意見および欧州司
護を与えられている。これに対して,伝統的記載
法裁判所の判断には相違がみられる。
事項は,EC域内で保護されるにすぎず,EC域
第一の争点に関しては,ラインラント=プファ
内へ輸入される第三国のワインが,一定の条件の
ルツ州やイタリア政府が,醸造方法に関する表示
下で,かかる伝統的記載事項を使用することも,
は,同附属書ⅦB3における「その他の表示」に
現在ではEC法自体によって認められている。た
属する表示ではなく,附属書ⅦB1の「補充的な
とえば,委員会規則316/2004号では,チリ産ワイ
伝統的記載事項」として許可される必要があると
ンに対しては《ch â teau》,《clos》,《cru bour-
解したのに対して,欧州委員会は,ワイン醸造方
geois》の使用が認められ,スイス,チュニジア,
法に関係する表示であっても「その他の表示」と
チリ産ワインには《grand cru》,また,チュニジ
して使用することを原則として認める立場をとり
ア産ワインには《premier cru》の使用が認めら
つつ,消費者が当該表示と「補充的な伝統的記載
れている。これは,EC域外の第三国が,一定の
事項」との混同を招く危険が生じないことをその
伝統的記載事項の使用を求めてWTOに申立てを
条件として示していた。
行った結果であるが,いずれにしても,伝統的記
また,第二の争点に関しては,イタリア政府な
載事項には,容易に普通名詞になりやすい用語も
どが,伝統的記載事項を翻訳して使用する行為は
含まれているのは事実である。それゆえ,新たに
ワインのラベル表示に関する欧州司法裁判所2008年3月13日先決裁定
採択されたワイン共通市場制度に関する理事会規
則479/2008号では,ラベル表示の簡略化がはから
れたにもかかわらず,「伝統的記載事項は,EC
域内においては,ジェネリックなものとはならな
い」
(55条2)と規定されているのである(7)。
なお,EC域外ではあるが,日本では,多くの
ワイナリーが「シャトー」名を冠したワインを販
売しており,また,醸造方法に関する用語として
「シュールリー」が広く使われている。これらの
表示の使用については,さしあたり,「国産ワイ
ンの表示に関する基準」において一定の条件が明
記されているものの(8),日本ワインをEU構成国
へ輸出する場合には,
伝統的記載事項との関係で,
とりわけ注意が必要であろう。
【付記】本稿は,平成20年度(2008年度)科学研
究費補助金・若手研究B「食品・農産物の品質
確保と公的介入に関する比較法的研究」(課題
番号20730042)の研究成果の一部である。
注
(1)Conclusions de l’avocat général Verica Trstenjak
présentées le 25 octobre 2007, Heinrich Stefan
Schneider contre Land Rheinland-Pfalz, aff. C285/06.
(2)同社が生産するワインにつき,以下のページを
参照。http://www.consulat-des-weins.de/
なお,このページによれば,2008年8月現在,
品種名ワインが7種(シャルドネ,ソーヴィニオ
ン・ブラン,ピノ・ブラン,リースリング,ピ
ノ・ノワール,メルロ,カベルネ・ソーヴィニオ
ン),アサンブラージュワインが8種(ROUGE
T, BLANC T, ROUGE R SEC, ROUGE R DOUX,
BLANC R SEC, BLANC R DOUX, ROUGE GR
SEC,ROUGE GR DOUX)同社のワインリスト
に掲載されている。ワインの表ラベルには
《Réserve》ないし《Reserve》等の表示は見られ
ないものの,同社のページに掲載されている解
説文やパンフレット等には,現在もなおフラン
ス語の《Grande Réserve》および《Réserve》と
いう用語が掲載されている。価格は,「R」が
9 . 50∼10ユーロ,「GR」が20 . 40∼24 . 40ユーロ
となっている。
35
(3)BVerwG, Beschluß v.16.3.2006 (3 C 16/05).
(4)理事会規則1493/1999号は,ワインのカテゴリー
をVQPRD= vin de qualité produit dans une
région déterminée(指定地域優良ワイン)と日
常消費用のテーブルワイン(vin de table)に区
分したうえで,VQPRDについて,その名称が
限定された地域に由来し,特別な品質的特性を
有し,かつ,生産・流通に関するEC法および
国内法の要件を満たしているワインと定義して
いた。フランスのAOCおよびAOVDQS,スペ
インのDOおよびDOCa,イタリアのDOCおよ
びDOCGなどは,このVQPRDのカテゴリーに
属する。
(5)Arrêt de la CJCE (quatrième chambre) du 13 mars
2008 , Heinrich Stefan Schneider contre Land
Rheinland-Pfalz, aff. C-285/06. なお,未見であ
るが,本裁定の評釈として, Hans-Jörg Koch,
Weinrecht und Marketing, Zeitschrift für das
gesamte Lebensmittelrecht, 2008 , pp. 347 - 350 ;
Luis González Vaqué, Vino: protección de las
menciones tradicionales. Sentencia “Schneider” de
13 de marzo de 2008, asunto C-285/06, Revista de
Derecho Alimentario, 2008, nº 35, pp.19-22があ
る。
(6)蛯原健介「EU法におけるワインの表示に関す
る規制」明治学院大学法科大学院ローレビュー
5号50頁以下,JETRO「欧州委員会,ワイン
ラベル規則の改正へ」欧州知的財産ニュース創
刊号参照。
(7)2008年4月29日の理事会規則479/2008号につき,
蛯原健介「理事会規則479 / 2008号におけるEU
産ワインの表示に関する規制」明治学院大学法
学研究86号,JETRO「EUにおけるワインの
地理的表示制度の改正」欧州知的財産ニュース
2008年7∼8月号12頁以下参照。
(8)国産ワインの表示に関する基準(平成18年改
正)
「第7条 事業者が,以下の特定用語を国産ワ
インの容器に表示しようとする場合には,当該
各号に定める基準に従うものとする。
」
「5 ぶどう(ぶどう果汁を含み,国産のもの
に限る。)を原料として発酵させたワインで,
発酵終了後びん詰時点までオリと接触させ,仕
込後の翌年3月1日から11月30日までの間に容
器に詰めたものでなければ,シュールリーと表
示してはならない。」
「7 製造したワインの原料として使用したす
べてのぶどう(ぶどう果汁を含み,国産のもの
に限る。)が,自園及び契約栽培に係るもので
なければ,CHÂTEAU(シャトー),DOMAINE
(ドメーヌ)と表示してはならない。」