組織の連携をうながす「対話」の力

実践
組織の連携をうながす「対話」の力
組織風土づくり
そもそも今回の取り組みは、組織の現状を把握するために、A 社か
コミュニケーションの場としては、マネジメント合宿などマネジャー層
ら富士ゼロックス総合教育研究所(以下、FXLI)に従業員意識調査を
を対象としたものと、グループ対話会や部門対話会など現場でメンバー
依頼されたことがきっかけであった。しかし、意識調査だけでは調査結
を含めて行うものを両輪とするコミュニケーション・プロセスを設計し
果がマネジメント層に共有されるだけで終わってしまい、現場には共有
た。対話のポイントは、そこに組織や会社を良くしたいという社内の視
されず、その結果、現場の意識と行動は何ら変わらないということが多
点だけでなく、生活者・消費者のために何ができるかという社外の視
い。そこで、FXLI 側が提案したのは、意識調査をコミュニケーション
点を入れたことである。社会とのつながりを意識したコミュニケーショ
仕事の生産性を高めるため、業務の細分化、専門化が進んでいる。また、成果主
のツールとして活用し、対話の要素を入れた小集団活動を通じて、組
ンを回していくことで、組織連携の必然性を理解できるようにした。
義に基づく評価制度により、いかに効率よく自分の目標を達成するかが求められてい
織風土を変えていくというものである(図 1)。
~かかわりの変革から、組織の知・社会への価値創造に挑戦する、
そのプロセスはどのようなものか、組織風土づくりに取り組む
事例から紹介する~
意識調査の結果、部門間連携に課題があることが明確になった。た
グループ対話会は年間 6 回(2 カ月に 1 回)開催。実際に現場の活
だその前提としての職場内の連携すら取れていないという問題意識があ
動を牽引していくのは社内ファシリテーターである。ファシリテーターは
り、まず足下を固めないことには課題解決ができないと考え、施策は3
コーチングの有資格者を中心に社内から適任者を選定し、事前にトレー
カ年計画で進めることになった。初年度は意識調査による現状把握と
ニングも行った。対話会以外でも現場から出てくる不満の受け皿になる
マネジメント層の意識合わせ、次年度にグループ対話会(職場単位)、
など、その献身ぶりや真剣な姿勢は社内に強い影響力を持つことになっ
最終年度に部門対話会(グループ混合)を行う、というのがその概要
た。
れる場面が増えてきている。それは研究開発部おいても例外ではない。もとより専門
である。対話会の目的は、お互いの強みを活かし、支援し合う関係づ
組織内連携ができてきたところで、本来の課題である部門間連携に
くりであるが、いきなり組織間の連携に着手するのではなく、あえて基
向けた取り組みとして部門対話会がスタート。ホールシステム・アプロー
性が非常に高く、その専門性をもっと突き詰めたいという職業的欲求や、仕事に対す
礎固めとして、一番小さい単位であるグループの中の関係性を変えてい
チ * という手法を活用し、対話の場のさらなる活性化を狙った。その詳
る達成意欲も強い部門だが、しかし、そうした強みがかえって連携を困難にしている
くことからスタートした。
細については後述する。
る。そうした職場環境が一人ひとりの仕事や成果に対する責任意識を高め、個人の
力を引き出す一方、組織としての力や協力関係を弱めていると感じる方も多いのでは
ないだろうか。
A 社は医薬、健康、環境など幅広い分野で事業展開を行っている。同社を研究開
発の面から支えるのが研究開発部である。昨今、消費者・生活者を起点とする商品
開発やイノベーション創出の必要性から、以前にも増して組織間の連携が強く求めら
という側面があるようだ。具体的に何が起きているかといえば、目の前の仕事に関し
ては愚直にやり抜く一方、それ以外の分野には目が行かず、いわゆる「仕事の三遊間」
を誰もカバーしない。それぞれがそれぞれで仕事を完結させ、他者と積極的に交わ
らないため、新しい領域が発展していかない。
個人や組織が連携しあう風土に変えていくにはどうすればいいか。A 社・研究開発
部における取り組み事例を追っていく。
現状把握
グループ横断の取り組み
仕組み、制度
マネジメント
現状把握
意識、
風土の
変化
C
現状把握
意識、
風土の
現状
課題抽出
対策立案
D
A
D
A
C
課題抽出
対策立案
P
P
各グループでの取り組み
小集団
(職場別)
活動
図1 小集団活動を通じた組織風土づくり
6
7
関係の質
ステップ4
組織革新における
関係構築の
ステップ
お互いをよく理解
し合い、一人ひと
りが力を発揮する
基盤ができる
実行計画の振返り
グループの変化の振返り
ステップ3
実行計画の実践上の課題共有
解決の方向の探索
ステップ2
目指す職場の状態の明確化
何をするかの決定
結果の質
思考の質
結 果 を ふり返り、
絶えず学習するこ
とで個人も組織も
成長する
本質的に大切なこ
と、 こうしていき
た い と思えるこ
とをともに考える
ステップ1
行動の質
思 い を 実 現 する
ためにともにやり
きる
自分と周囲の理解
一人ひとりの思いを発散し共有
*ダニエル・キム
「成功循環モデル」
をもとに加筆
図2 組織革新における関係構築のステップ
図3 成功循環モデル
対話会のコンセプト
部門対話会への展開
今後に向けて
施策の中心となる対話会のコンセプトについて触れたい。まず基本
こうした関係構築のステップを別のモデルで示したものが、「成功循
グループ対話会は部門間連携に向けてのいわば助走であった。部門
グループ対話会、部門対話会を通じて、「関係の質」「思考の質」は
的な考え方としてあるのが、個人の活性化が職場を活性化し、職場の
環モデル」である(図 3)。お互いがよく理解しあい、一人ひとりが力
対話会ではいよいよ本格的に離陸する。組織の壁を越えて人と人とが
確実に変化してきている。今後は「行動の質」「結果の質」にいつ、ど
活性化が会社を活性化する、ということである。個人が自信を持ってい
を発揮する基盤として
「関係の質」
を高めることからスタートすることが、
活発に交流し、対話がさらに活性化されるような場づくりをしていくこ
のような形で変化が現れてくるか、注視していく必要がある。具体的に
ること、自律していることが周囲とのいい関係を生み、チーム力を高め
組織に成功をもたらすという考え方だ。関係が良くなると、本質的なこ
とが必要だ。
は、組織のヨコ連携の中から自発的な活動が立ち上がってくることが、
る。そして職場のいい関係が組織全体を変えていく。言い換えれば、
とやこうしていきたいと思うことを一緒に考えることができ、
「思考の質」
そこで、組織開発の有効な手法として注目されているホールシステ
1 つの指標となるだろう。良い循環を回していくためには、そうした動
組織を変革するときは、個人を手当てするところから始める必要がある
も高まる。それが「行動の質」「結果の質」にも良い影響を与え、良
ム・アプローチを活用した。メンバーや組織が持つ強みや価値などポ
きを支援する取り組みをしていくことも重要になるはずだ。
ということだ。
い循環が生まれていく。ちなみに行動や結果だけを見て、それを是正
ジティブな面に光を当て、それを高めていくということを重視した。そ
組織内・会社内の改革にとどまらず、生活者・消費者への貢献とい
そのプロセスを細かく示したものが、「組織革新における関係構築の
しようとするところから始めると、上手く行かない。なかなか成果が上
れは、強みを認識し、成長を探求することが、変化の原動力になり、
う社会に開かれた視点を取り入れることで、環境の変化にも適応でき
ステップ」(図 2)である。4 段階のステップは、組織変革を成し遂げ
がらないとき、
「関係の質」が悪化し、それが「思考の質」を下げ、
「行
本質的な変革を実現するという考え方に基づいている。ちなみに、こ
る組織風土に変えていく。それが対話会の目指す最終的な成果である。
るまでにクリアすべき手順を示している。このうち、グループ内で問題
動の質」「結果の質」もさらに低下させる、という悪循環になってしま
れと真逆の手法が、問題解決型アプローチである。目指すべき姿と現
が可視化されるのが 2 番以降である。そして、それを解決しようとする
うのである。
状との差異や問題に焦点を当て、その原因を探り、解決していくやり
ときは、2 番以降のステップだけを回していく、というのがよくある問
方である。
題解決の流れであろう。しかし、もしかしたら見えているのは問題の一
グループ対話会終了後に行ったアンケートでは、個人の意識としては
部門対話会では部門としてのありたい姿を実現するために何ができる
部かもしれない。あるいは、本当は問題ではなかったり、別のところに
「お互いの考え方・価値観を理解しあう」というのが一番変化した点
かを明確にしていくことを全体のテーマとした。また、
オープンな会話や、
別の問題が隠れていたりするかもしれない。そうしたことを明らかにす
であった。職場の関係性については、
「一方的でない話し合いができる
参加者の主体性にも気を配り、できるだけ多様な参加者と対話できる
るのが、1 番のステップだ。一人ひとりが心の中で思っていることや違
雰囲気になった」という評価となった。いずれもやってきたことそのも
ようにした。
和感を話し合い、お互いを理解した上で、何が本当に問題なのかを突
のであり、自己理解と相互理解の好循環が生まれつつある結果といえ
現時点では本部対話会参加者のモチベーション、場の活性化度合い
き止めていく。
よう。
は間違いなく上がっている。対話会で得た気づきが、グループでの対話
グループ対話会は、そうしたところにまで踏み込めるような構成にし
にも良い刺激を与えているようだ。当初、部門全体での対話から始め
た。まずは自分と周囲を知る(ステップ 1)。次に職場の現状と目指す
たいという声もあったが、あえてグループ内で場を閉じ、基礎固めをしっ
姿を考える(ステップ 2)。そして具体的な実行計画を立て、課題解決
かり行ったことが功を奏したといえるだろう。
*ホールシステム・アプローチとは、「多くの関係者が集まって、特定の課題やテーマ
について話しあい、アイデアやアクションプランを生み出す対話の方法論の総称」で
ある。
の方向を探る(ステップ 3)。最後にその振り返りをする(ステップ 4)
という流れである。
8
9