肉のトレーサビリティ視察(ヨーロッパ)その2

海・外・情・報
肉のトレーサビリティ視察(ヨーロッパ)
その2
独立行政法人家畜改良センター個体識別部 情報処理係長 増田 恭久
生産する食肉のすべてがアイルランド国内向けであ
1 AIBP-Cahir工場につ
いて
るAIBP-Cahir工場では、30ヶ月齢以下の牛しか出荷さ
前回は消費者に最も近いところで、多くの情報の提
下の牛では人へのBSE伝搬の可能性がないとアイルラ
供と食肉のDNA検査を導入することで食肉の安全を確
保していた「SUPERQUINN」社について紹介したが、
れてこない。その理由としては2つあり、1つは高品質
な商品を生産するため、2つ目としては、30ヶ月齢以
ンド消費者が理解しているためである。
この消費者の理解がアイルランド国内における需要
今回はその「SUPERQUINN」社に食肉を供給してい
を減少させ、そのため30ヶ月齢以下の牛と、30ヶ月齢
る「AIBP」社について紹介する。
を超える牛とでは価格に100ユーロの差が生じ、それ
アイルランド中心部より南に、英国資本である
「AIBP」社が有するAIBP-Cahir工場がある。
を理解している農家は30ヶ月齢以下の牛しか出荷して
こなくなるのである。
では、30ヶ月齢を超える牛はどうなるのかというと、
輸出許可を持つ他の食肉工場でと畜され、主にロシア
などの東欧諸国へ輸出されている。
2 食肉処理行程
繋留場
アイルランドにおける牛の運搬は、日本の家畜商の
AIBP-Cahir工場は、年間処理頭数は6万8千頭で、最
ような専門業者に運んでもらうのは少なく、小型の家
大8万頭まで処理する能力があり、300人の従業員すべ
畜運搬トレーラーを乗用車で牽引して、自分でと畜場
てが正社員で、パート職員は一人もいない。そのせい
に運び込む農家が多かった。
か、日本では外部委託が中心である情報処理に欠かせ
繋留場へ運び込まれたら、提出されたパスポートに
ないコンピューターの管理やソフト開発は、5名のSE
記されている耳標番号をパソコンに入力し、中央デー
を雇用し、自社開発している。
タベースに照会をかける。データベースの内容と、パ
スポートに記されている内容に誤りがない場合、実際
に牛に装着されている耳標の番号を確認する。そのと
き耳標が違う場合はと畜されないが、片耳の場合はと
畜されている。
すべてのチェックはと畜場職員の補助はあるもの
の、すべて獣医師によって行われる。
と畜場・脱骨場
日本と同じく空気圧による絶命後、放血等の作業に
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移るが、ピッシング行為は行っておらず、獣医師によ
先相手からの苦情が作業
る瞳孔開き具合や、刺激反応の状況により、作業が開
曜日ごとに書かれてい
始される。
る。この苦情がない時に
背割りは日本と同じく電動鋸の背割り機により行わ
はそのラインの作業者に
れている。脊髄の除去は、背割り後バキュームにより
ボーナスが支払われ、品
脊髄を吸い取るやり方をしている。吸い取った脊髄は
質管理のためのインセンティブとなっている。
作業場の一つ下に作られたステンレス製の流し台のと
食肉加工処理をされる部分肉にはコンテナごとに情
ころに集められる。背割り機も一頭ごとにお湯による
報カードが入っている。カードには、商品名、作業番
洗浄をするが、背割り機本体から出てきた削りカス及
号、原産地、と畜
び洗浄水は同じく流し台のところに集められる。
日、パッキング日、
枝肉の右半丸の肩及び腰の部分の背脂肪に切れ目を
賞味期限、と畜場
入れ、そこにと畜場番号、格付け者(選別機?)番号、
番号、食肉処理場
と畜場名、温と体重量、EU格付け、枝肉番号、と畜
番号、箱の中の総
日、と畜時間、原産国、頭部番号、耳標番号、生年月
量、風袋重量が記
日、独自格付け、バーコードの記されたタグを2つ装
されている。
着する。
枝肉全体の写真を撮った後、専用のDNAサンプル採
取用ヘラにて採取する。
包装を外された部分肉は、ベルトコンベアに乗せら
れ、カットと小分け包装をされるが、部分肉に付いて
いたカードはごみ箱に捨てられていた。
ここで採取されたDNAサンプルと、
「SUPERQUINN」
トレーの繋がったものが
社に搬入された
作業ライン上を流れてお
精肉とDNA検
り、そこにステーキ用にカ
査がIdentiGEN
ットした牛肉やミンチ肉を
社で実施されて
詰めていくようになってい
いる。
た。と畜場では、農家単位
によりロット番号を設定しているので、違う農家の牛
肉を扱うところになると、下図のようにトレー間に隙
間を作り区別している。その後、窒素ガスを充填しな
がらトレーをパッキングして、商品ラベルが貼られる。
貼られた商品ラベルの中身を確認するのと、実際に
バーコードを読み取り、商品名、値段に間違いがない
かを確認している。商品ラベルの裏には調理例も印刷
脱骨やクォーターに分割される手前で、枝肉に付け
されており、その内容も確認している。
られたタグのバーコードを読みとり、2つの伝票との
ラベルとバー
整合性を確認し、次の作
コードのチェッ
業用のラベルを付けてか
クが済んだトレ
ら移動させる。確認内容
ーはコンテナに
は枝肉番号と耳標番号。
収められてベル
写真は半丸に付けられて
トコンベアを移
いたラベルと枝肉用確認
動する。冷蔵庫
打ち出しリスト。
食肉加工
作業場の入口には大きなホワイトボードが掲げられ
ており、そこには作業ラインごとの商品に対する取引
ロット番号A
ロット番号B
(ベルトコンベア模式図)
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3 さいごに
と畜場におけると畜行為の写真は環境保護団体等の
問題もありほとんど取ることができなかったものの、
へ入れる前に、商品バーコードを読み取って、ラベル
日本国内においても食肉工場に入ることはなかなかで
を2つ作成し、1つをコンテナ側面に貼り付け、1つを
きないため、今回海外の食肉工場を視察できたことは
コンテナ内に入れておく。
とても貴重な経験となった。
ただ、食肉工場でのDNAサンプルと、スーパーでの
DNAサンプルのDNA検査結果が一致しない場合につ
いて問い合わせをしたところ、5%以内の不一致は許
容範囲で、商品を取り替えることで問題は発生しない
が、5%を超えることになるとスーパーから食肉工場
への訴訟問題になる。そうならないためにも、問題点
を確認し、職員の教育とスーパーバイザーの育成に力
冷蔵庫に入れられたコンテナは、壁に書かれた発送
を注いでいると答えていた。
先の取引先相手ごとに、きちんと分けてキャスター付
このことは、なんにでも始めから完璧を求める風潮
きのトレーの上に置かれ、迅速な発送ができるように
がある日本において、何かと叩かれてしまう牛肉トレ
している。写真は、前回紹介した「SUPERQUINN」
ーサビリティ行政や耳標・データベース管理が実行す
社の視察させていただいた店舗向けのコンテナ。
べきことだと思う。
今後、成果、問題点、改善方法の3つを絶えず消費
者に提供することで信頼と理解が得られると考える。
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