ホワット・イズ・ア・ユース

せずには帰れない
電脳版
1
双葉社
せずには帰れない
島村洋子
Illustration /メグ・ホソキ
ホワット・イズ・ア・ユース
希代の奇書﹃恋ひらり﹄も完成し、右肩が上がらず、右に首を向ける
こともでき な い 私 で あ る 。
ほとんど外出できず、一度だけ拙著﹃てなもんやシェイクスピア﹄が
﹁てなもんやシェイクスピア・浪花のリヤ王﹂という舞台になったので、
見に行った 。
そこには﹁もんた牛乳店﹂の息子の浪見男と﹁清涼飲料・キャピュレ
ット﹂の娘、寿理絵の恋物語も挿入されていた。
﹁ お お、 浪 見 男 さ ま。 あ な た は ど う し て﹃ も ん た 牛 乳 店 ﹄ の 浪 見 男 な
2
の?
﹃ふんころがし﹄が﹃ふんまるめ﹄と名前を変えても、ふんを見
たら丸めてしまうのに変わりはないのに﹂
という寿理絵の台詞で爆笑したが、それは原作にあるらしい。
私はそんなことを書いていたのか、あほちゃうか。
しかし私は﹃ロミオとジュリエット﹄が大好きなのだ。
というより、フランコ・ゼフィレッリ版というか、ニノ・ロータ音楽
版というか、オリビア・ハッセー版というか、レナード・ホワイティン
グ版というか、それが大好きで、今、これを書きながらもDVDをかけ
ている。
私がこどものとき、八学年上だった姉は、レナード・ホワイティング
を好きになり、このサントラ盤を毎日、あきるほどかけていた。
私は台詞も歌も覚えてしまった。
もちろんあの名曲﹃ホワット・イズ・ア・ユース﹄も。
﹁若さとは 何 ?
抑えられぬ情熱
若い娘とは何?
冷たさと熱さ
バ
せずには帰れない
3
ラは咲いてやがて枯れるそれと同じこと
みんなうつろう
あの美しい
ほほ笑みも枯れてしまう ﹂
私はこの歌を聞いて意味を知った九歳のとき、へーえ、若さって失っ
てしまうものなのか、と﹁寿命﹂というものを初めて意識したように思
う。
志村喬が﹁命短し恋せよ乙女﹂とブランコ漕ぎながら歌ったのを見た
のは、それからずいぶん後で、やっぱりそうか、でもまだまだだしと思
った。
アバが﹃ダンシング・クイーン﹄で﹁あなたはまだセブンティーン﹂
と歌ってたいときも、十七歳にはまだまだある、長いなあ、と思った。
そんなにも私は、恋がしたいこどもだった。
今年の私の誕生日は、日曜日だった︵仲間由紀恵もおめでとう︶
。
深夜、零時二分になったとき﹁おめでとう。あなたの誕生日に一番に
4
おめでとうといいたくて﹂というメールが来た。
昼間には﹁ノックが終わり、今からスライディング練習させます。誕
生日のお目覚めはどうですか?﹂という文章と一緒に、ユニフォーム姿
の写真が貼 付 さ れ て い た 。
ああ、この男はユニフォームに限る、と私は古い記憶を思い出した。
皆で同じユニフォームで、皆と同じ坊主頭でひときわかっこよかった
なあ。
恐れ入ったのはその日の夜、十一時五十五分に﹁お誕生日おめでとう。
その大切な日の最後におめでとうを言いたかったです。来年のお誕生日
もこうできますように﹂とあった。
ひぇーっ、これはまさしくロミオだぁ。
昨日までロザラインという娘が大好きで、死ぬの生きるのと大騒ぎだ
ったのに、今日、ジュリエットに出会ったら、ジュリエット祭りである
︵詳しく聞いたら、やっぱり妻以外の恋人と先日、別れたばかりらしい。
せずには帰れない
5
ほらね、って何がほらね、だ︶
。
私は彼の気持ちが良くわかる。
なぜなら私もロミオだからだ。
引っ張られてその気になる女の子らしいジュリエット的な感情が私に
はあまりなく、責められると勘弁してよ、と思うのだ。
私のことが好きなんてちょっとおかしいんちゃうの?
変わってるな
あ、と思う 。
私が男なら、こんな変な人いやだ。
彼がイタリア人ならバルコニー上って、愛の言葉を雨のように降らせ、
スペイン人だったら、歌っていることだろう。
おお、そ れ は ま さ し く 私 。
雪の中、何時間も待っていたり、起きてから寝るまで﹁好きだ、好き
だ﹂と言っ て 暮 ら し た い 。
しかしまあ、うつろうわけさ、そういう激しいのは。
6
﹃ホワット・イズ・ア・ユース﹄の曲が流れる中、ロミオがジュリエッ
トの手を取るシーンでいつも私は泣けてしまう。
死ぬシーンとか、そういうのは、たいして悲しいことではない。
あの出会って手を握った瞬間に、もはや悲しみに一直線に向かうのだ、
でも﹁恋﹂っていうものにつかまってしまったのだ、と悲しくなるのだ。
たとえば私のロミオ︵って誰だよ︶は、私が﹁私はバラが嫌い﹂と言
ったら、自分がバラが大好きでも﹁そうだよね。刺があるし﹂と今なら
言ってくれ る だ ろ う 。
﹁ユリが好き﹂と私が言ったら、彼がユリが大嫌いでも﹁そうだよね。
きれいな花だよね﹂と言うだろう。
それが﹁恋﹂というもので、病気が治るまで、続くのだ。
私は十二歳のとき、月に向かってお祈りした。この人のことを、だ。
﹁神様、私をAさんのお嫁さんにしてください﹂
と。
せずには帰れない
7
私は昨夜の満月にお祈りした。
﹁あの三十年前のお願い、やめます。Aさんのお嫁さんにしてくださら
なくて結構です。ジョージ・ハリスンも死んだので結構です。三原綱木
も太ったのでいりません。もはやお嫁さんは間に合ってます︵変な日本
語︶。この世にいるとびきり良い男の愛人になれますように﹂
ロミオ、楽しいだろうなあ。
恋はするもので、されるものじゃないからなあ。
私もがんばる︵って何を?︶
。
8
︻著者略歴︼
島村洋子︵しまむら
ようこ︶
1964年、大阪市生まれ。帝塚山学院短期大学を卒業後、証券会社勤務などを経て、
1985年にコバルト・ノベル大賞を受賞し、小説家としてデビュー。
﹃せずには帰れない﹄﹃家ではしたくない﹄
﹃へるもんじゃなし﹄等のエッセイの他、
﹃王
子様、いただきっ!﹄﹃ポルノ﹄﹃てなもんやシェークスピア﹄﹃色ざんげ﹄など多数。
また﹃恋愛のすべて。﹄﹃メロメロ﹄﹃ブスの壁﹄
﹃ザ・ピルグリム﹄が絶賛発売中。
せずには帰れない
9