2. 遺伝現象と遺伝子 - 株式会社医学生物学研究所|MBL

2. 遺伝現象と遺伝子
DNA は生物の設計図を書く文章である
2-1. 親から子へ伝わるもの「遺伝子」
「遺伝」とは親の生物学的な特徴(遺伝情報)が子に伝わることを指します。
遺伝子は一つ一つの遺伝的特徴を運ぶ担い手です。
遺伝子は、19 世紀半ばオーストリアの修道士メンデルによって初めて「親
から子に伝わる因子(のちの遺伝子)」として発見されました。彼はエンドウ
マメの交配実験から「子どもの形質は父と母から1つずつもらう 2 個の遺伝
子によって決定される」という遺伝の法則を導きだしたのです。さらに、メ
ンデルは優性遺伝子 [ 父由来もしくは母由来どちらか一方だけの遺伝子があ
れば(ヘテロ接合)その形質が現れる遺伝子 ] と劣性遺伝子 [ 父と母由来の
研究者コラム
グレゴール・メンデル
「遺伝の発見」
メンデルはエ
ンドウマメの
交配実験を行
い、 メ ン デ ル
の法則と呼ば
れる“優性の法則”
、
“分離の法則”
、
“独立の法則”を発見しました。メ
ンデルはこの結果を口頭発表および
遺伝子が同じ場合(ホモ接合)のみ、その形質が現れる遺伝子 ] の存在にも
論文発表しましたが、彼の数学的で
気づいていました。
抽象的な解釈は理解されませんでし
た。メンデルの研究成果は、1900
2-2.
「遺伝子は DNA」
100 年かけて辿りついた答え
メンデルの法則の発見から、研究者達は 100 年の歳月をかけ、遺伝子の
正体に迫っていきました。ここでは、その歴史をふりかえってみましょう。
1920 年代までにショウジョウバエを用いたモーガンらの遺伝の基礎的研
年 に 3 人 の 学 者、 ユ ー ゴ ー・ ド・
フリース、カール・エリッヒ・コレ
ンス、エーリヒ・フォン・チェルマ
クらにより再発見されるまで埋もれ
ており、メンデルの死後に追認され
ることとなりました。
究(1933 年、ノーベル医学生理学賞)により、遺伝子が染色体上にあるこ
とは分かっていました。染色体はタンパク質と DNA(デオキシリボ核酸)か
ら成り立ちます。そこで、「遺伝子はタンパク質なのか? DNA なのか?」と
いう問題が持ち上がりました。当時は「DNA は化学物質として単純すぎるの
で、遺伝子は複雑なタンパク質である」という考え方が有力でした。
一方、この頃、細菌の病原性に関する基礎的な研究が行われはじめていま
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標識されていない
大腸菌にT2ファージ
を感染させる
大腸菌にT2ファージ
を感染させる
T2ファージと
大腸菌を遠心分離
T2ファージの殻
死亡
S型菌
R型菌
変化なし
P標識DNA
(大腸菌の沈殿物)
32
Pを含んだ培地で
育てた大腸菌
32
PでDNAが標識された
T2ファージ産生
32
S標識タンパク質
(T2ファージの殻)
32
熱殺菌したS型菌
変化なし
熱殺菌したS型菌
とR型菌の混合物
グリフィスの実験
死亡
Sを含んだ培地で
育てた大腸菌
32
大腸菌の沈殿物
32
Sでタンパク質が標識
されたT2ファージ産生
ハーシーとチェイスの実験
した。イギリスのグリフィスは肺炎双球菌(Diplococcus pneumoniae ) の病
原性の解明に取り組む中で、病原性をもたない菌が病原性をもつ菌に転換する
現象(形質転換)を発見し、肺炎双球菌には病原性をもたない菌である R 型
研究者コラム
オズワルト・アベリー
「遺伝物質は DNA であることを
(Rough、コロニーの縁がぎざぎざの株)、病原性をもつ菌である S 型(Smooth、
証明」
コロニーの縁が滑らかな株)の 2 種類の株があることを発見しました。さら
アベリーは形
に加熱して殺した S 型の菌と生きている R 型の菌を混ぜてマウスに注射する
質転換因子が
とマウスが発病し、その血液から S 型(R 型からの形質転換)、R 型の 2 種類
DNA で あ る と
の菌が分離できることを明らかにしました(図.グリフィスの実験)。死んだ
S 型の菌に含まれている熱に強い物質こそ、病原性に関わる「遺伝子の正体」
証明する論文を
出す前年の講演で「われわれは遺伝
学者の長年の夢であった、細胞に予
だったのですが、グリフィスはその正体を知ることなく、1941 年にロンドン
見可能で遺伝性を変化させうる物質
空襲により 60 歳で命を落とします。
を発見した」と語っています。アベ
同じ頃、肺炎双球菌の生化学的解析を行っていたアベリーの研究グループは
グリフィスの報告を知ると、総力をあげて形質転換物質の化学的性質を解析し、
リーの意図に反して、他の遺伝学者
たちに認められなかった理由とし
て、菌をマウスに注射した際にマウ
その本体が DNA であるという結論に到達しました。しかし、1944 年にアベ
スの体内で何が起きているか不明瞭
リーらが「形質転換因子が DNA である」と証明する論文を出すものの、当時
であったことなどが挙げられます。
の遺伝学者達はすぐには認めませんでした。
この根強い“遺伝子タンパク質説”を覆したのが 1952 年にハーシーとチェ
イスによって行われた一連の実験でした。彼らは大腸菌に感染するウイルス
“T2 ファージ”を用いて実験を行いました(図.ハーシーとチェイスの実験)。
T2 ファージはタンパク質の殻と DNA からなる単純な構造をしており、大腸
菌への感染時には表面に吸着し、感染した大腸菌からは1時間もたたない内に
研究者コラム
アルフレッド・ハーシー
マーサー・チェイス
「ウイルスを使って遺伝物質は
DNA であることを裏付け」
左)ハーシー、右)チェイス
新しいウイルス粒子が放出されます。ハーシーらは DNA だけにリン(P)が、
タンパク質だけに硫黄(S)が含まれていることを利用して、T2 ファージの
DNA を放射性 32P で、タンパク質を放射性 35S で標識し、大腸菌に感染させ、
大腸菌の表面に吸着している T2 ファージを除去しました。すると、ファージ
に感染した大腸菌の内部からは 32P だけが検出され、彼らは、細胞内に注入さ
れウイルス増殖を誘導するのは DNA のみであることを証明しました。この研
究によって、ようやく遺伝子が DNA であることが認められたのです。
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当時、ファージは細菌を殺す能力を
もつため医療の救世主として期待さ
れ、研究が盛んに行われていました。
生殖細胞
第二分裂
対になる染色体
DNA 複製
第一分裂
(相同染色体)が
並ぶ(対合)。
母由来の染色体
父由来の染色体
*しばしば父由来と母由来の 2 本の染色
体が部分的に混合して新たな染色体を
つくること(交叉)が行われる。
第一減数分裂
第二減数分裂
減数分裂
2-3. なぜヒトはひとりひとり違うのか?「減数分裂」
O
どのような子どもが生まれるかは両親の遺伝子によります。しかし、同じ両
O
P
HO
O
OH
塩基
O
P
O
P
OH
O
5’
4’
OH
H
親から生まれた兄弟でも違いがあることから分かるように、両親の遺伝子が決
H
3’
OH
まっても生まれてくる子どもの遺伝的個性には違いがあります。
N
O
CH2
H
2’
1’
H
H・OH
ヌクレオシド
ヌクレオチド
わたしたちヒトは 2 本で対になる父親由来の遺伝子をもつ染色体と母親由
DNA の場合は H、RNA の場合は OH
来の遺伝子をもつ染色体を持っており、次の世代にはどちらか一方しか伝える
ことは出来ません。これは卵や精子(生殖細胞)が作られるときに対となって
ヌクレオチドの基本構造
いる 2 本の染色体のうち、どちらか1本だけが一つの生殖細胞に分配される
RNA では糖の特定の場所に水酸基(-OH)が結
ためです。この過程を減数分裂といいます。
オキシ)、水素(-H)が結合しています。
合していますが、DNA では酸素 O が抜け(=デ
染色体が1組であれば、父由来もしくは母由来の染色体をもつ 2 種類の生
殖細胞が作られます。ヒトの場合 23 組の染色体を持つので、223 =約 840
万種類の生殖細胞が作られます。受精は卵と精子が一つずつ出会い一緒になる
ので、840 万× 840 万=約 70 兆通りの組み合わせが考えられます。こうし
てたった一つの出会いから、ひとりひとり違う新しい「いのち」が生まれるの
O
O
-
P
O
O
5’
塩基
です。
O
CH2
4’
H
H
3’
2-4.
「4 種類の核酸」
DNA は 4 種類の文字で設計図を書く
核酸(DNA、RNA)は“核”から発見された新種の“酸”性物質であった
ことから 1971 年に“核酸”と名付けられました。核酸はヌクレオチドと呼
ばれるリン酸・糖・塩基からなる基本構造をもち(図.ヌクレオチドの基本構造)、
ヌクレオチド同士が結合して次々と連なった構造(ポリヌクレオチド)をとり
-
H・OH
O
P
O
5’
塩基
O
CH2
4’
H
H
3’
-
H・OH
P
O
O
5’
の 4 種類しかありません。しかし、結合するヌクレオチドの数と並び方は無
数にあります。そのため、たった 4 種類の ATGC の塩基で、遺伝情報を DNA
1’
H
2’
O
O
N
H
塩基
O
CH2
4’
H
H
2’
O
O ホスホジエステル結合
P
O
5’
塩基
O
CH2
4’
H
1’
H
H・OH
O
-
N
H
3’
ます(図.ポリヌクレオチドの基本構造)。
DNA の塩基にはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン (G)、シトシン(C)
1’
H
2’
O
O
N
H
H
3’
O
N
H
2’
1’
H
H・OH
に記録できます。
ポリヌクレオチドの基本構造
49
直径 2nm
3'
5'
AA
TT
CC
主溝
(~2.2nm)
G
G
TT
A
A
TT
Pick Up from MBL
GG
CC
副溝
(~1.2nm)
MBL ネットワーク会社 IDT-MBL
G
C
GC
A
KK では人工合成遺伝子受託サー
T
A
T
T
ビスを行っております。
A
G
C
T
gBlocks®(2本鎖 DNA 断片)
A
C
G
G
C
T
デオキシリボースと
リン酸
人工遺伝子合成受託サービス
1 回転の長さ
(3.4nm)
AA
TT
※ 1 ポリヌクレオチドには 5' 末端から 3' 末端
お 客 様 が 設 計 し た 配 列(125 〜
という方向性があります。らせんの骨格を
2,000 bp)の直鎖状 2 本鎖 DNA
A
T
G
塩基
A
子と次の糖の 3' 炭素分子と結合していま
C
A
5' 軸
形成している糖-リン酸は糖の 5' 炭素分
T
3'
In-Fusion® 法
遊離したリン酸基が 3' 末端には遊離したヒ
Assembly® 法と非常に相性の良い
ドロキシル基がついています。
の構造
DNA DNA
の二重らせん構造
2-5.
を合成し、納品するサービスです。
す。従ってポリヌレオチド鎖の 5' 末端には
や Gibson
製 品 で す。CRISPR/Cas9 に よ る
ノックアウトマウスの作製にも使
「二重らせん」
われています。
DNA の美しい構造
遺伝子が DNA であることが証明されてまもなく、ワトソンとクリックによっ
て、DNA が「二重らせん構造」をとっていることが明らかにされました。二
R ef
er ence NO.
N A ME
gB
l o cks® Ge ne Fra g m e
Seq
uence Name
2 00
ng =
f mol e
重らせん構造では、2本のポリヌクレオチド鎖がらせん状により合わさった構
造をとり、1本の鎖が上向き※ 1(5' → 3')ならば他方の鎖は下向き(3' → 5')
に並ぶ対称構造になっています(図.DNA の二重らせん構造)
。ポリヌクレ
ご依頼の配列
5’
オチドの糖-リン酸の骨格はらせんの外側にあり、塩基は中央を向いて
エラーのある配列
(例)塩基置換
水素結合によって互いに結合しています。塩基のアデニン(A)はチミン
(例)短い配列
5’
5’
5’
5’
5’
(T)と、グアニン(G)はシトシン(C)と塩基対(base pair, bp)を形
成します。遺伝情報となる塩基の並び方は、例えば 10 塩基対ならば 410
通り= 100 万通りも考えられます。ヒトでは、30 億個の塩基対が存在し、
複雑な遺伝情報を記録しています。
お 客 様 が 設 計 し た 配 列(25 〜
2,000,000 bp) の 2 本 鎖 DNA
ワトソンとクリックによって DNA の二重らせん構造が明らかになったこと
を合成し、ベクターに挿入したプ
で、遺伝の仕組みを分子レベルで明確に説明できるようになりました。彼らの
ラスミドを納品するサービスで
発見は「分子生物学」という新たな学問の始まりでした。
50
®
Genes(2本鎖
DNA +プラスミド)
す。配列を確認した際のデータも
提供します。
いきものコラム 「オワンクラゲの GFP 遺伝子で大腸菌が光る」
Pick Up from MBL
GFP はオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質で、紫外線を当てると蛍光を発しま
タグ抗体
す。原核生物である大腸菌は外界から遺伝子を取り込んで形質転換します。そこ
遺伝子を組み替えて目的のタン
で、GFP の遺伝子を大腸菌に取込ませると、通常は紫外線を当てても光らなかっ
パク質の DNA 配列に目印となる
た大腸菌を光らせることが出来ます。
GFP などのタンパク質(タグ)の
これはオワンクラゲも大腸菌も、遺伝子の
配列を入れる方法が分子生物学で
本体として DNA をもち、その遺伝情報に
はよく行われます。タグ抗体はタ
従ってタンパク質を合成しているためです。
グがついたタンパク質の容易な検
そのため、生物種に関係なく、GFP を用いて、
出や精製を可能にします。
細胞生物学・発生生物学・神経細胞生物学
MBL では GFP 抗体など各種タグ
などの研究が行われているのです。
△オワンクラゲ © 名古屋港水族館
抗体を取り揃えております。