第2章 材料強度の基礎

第2章 材料強度の基礎
2.1 強度設計とは
機械に重要なことは,「壊れないこと」,「安全であること」,そして「正しく機能するこ
と」である。そのためには,材料の特性をよく理解しておき,適切な材料を使うこと,荷
重が加わっても壊れない形状・寸法にすること,すなわち材料の強度計算が重要になる。
強度不足によって機械が壊れるのは絶対に避けなければならない。以下,機械設計を進め
る上で,最低限知っておきたい材料の強度について解説する。
機械部品はそのままの状態で壊れることはなく,ある程度以上の強い荷重が加えられた
ときに壊れるのが普通であ
る。荷重の形式には様々な種
類がある。その代表的な形式
は,図 2.1 に示す引張り荷重,
圧縮荷重,せん断荷重である。
強度設計においては,どの部
品にどのような形式の荷重
が加わるのかを適切に判断
することが重要である。
図 2.1
荷重の形式
2.2 応力とひずみ
強度設計を進める上で材料の知識は欠かせない。最も基本となるのは金属材料の応力と
ひずみの関係である。
(1) 応力とひずみの定義
応力とは,外力による物体の変形に対抗して物体内に生じる内力であり,単位面積当た
りの力で定義される(図 2.2)。すなわち,断面積が A[m2]の部材に F[N]の力が与えられて
いる場合,部材に作用している応力σ[N/m2]は,次式で
表される。
σ =
F
A
(2.1)
ひずみとは,外力によって物体が変形したとき,もと
の長さに対する伸びの割合として定義される(図 2.3)。
長さ L[m]の部材に引張り荷重が与えられて,長さが L+
△L に伸びた場合,部材に生じたひずみεは次式で表さ
図 2.2
れる。
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引張り応力
ε=
∆L
L
(2.2)
一般の金属材料において,ある範囲におい
て応力とひずみは比例することが知られて
いる。これをフックの法則と呼び,次式で表
される。
E=
σ
ε
(2.3)
ここで,E は,ヤング率あるいは縦弾性係数
(単位:N/m2 )と呼ばれる比例定数である。
図 2.3
変形とひずみ
後述するように,金属材料の強度は,単位
面積当たりの力,すなわち応力の単位で表されることがほとんどである。また,各部品に
作用する応力を直接測定し,確認することは難しく,変形量やひずみを測定することが多
い。さらに,実際の設計において,材料固有のヤング率は設計資料として手元にあるのが
普通である。したがって,式(2.1)∼式(2.3)に示した材料特性の基本的な関係をしっかりと
理解しておくことで,機械の強度設計が可能となる。
(2) 材料の性質と強さ
機械の強度設計を行う際には,使用する材料の性質を知っておかなければならない。図
2.4 に示すように,材料に引張り荷重を与えていくと,材料はいずれ破断する。その破断す
るときの応力を引張り強さという。引張り強さは,材料の強度を表す最も基本的な指標で
ある。
図 2.4
材料の変形と強度
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表 2.1
材質
SS400
引張り強さ
金属材料の機械的性質(参考)
降伏点または
耐力
備考
特徴
[N/mm2]
[N/mm2]
400 以上
245 以上
厚さ 16mm 以下
235 以上
厚さ 16∼40mm
215 以上
厚さ 40mm 以上
径 100mm 以下
参考
JIS G 3101
一般的な炭素鋼
高温用合金鋼ボルト
SNB 5
690 以上
550 以上
SUS304
520 以上
205 以上
A1085P
75 以上
35 以上
厚さ 4∼6.5mm
70 以上
35 以上
厚さ 6.5∼13mm
60 以上
25 以上
厚さ 13∼25mm
A2017P-T3
375 以上
215 以上
ジュラルミン
JIS H 4000
A20124P-T3
440 以上
295 以上
超ジュラルミン
JIS H 4000
A7075PC-T6
480 以上
410 以上
超々ジュラルミン
JIS H 4000
材,クロム鋼
一般的なステンレス
鋼
JIS G 4107
JIS G 4303
JIS H 4000
純アルミニウム
炭素鋼などの材料に引張り荷重を与えていくと,材料が伸びてから破断する。材料が伸
びてしまっては,機械は正しく機能しない。そのため,材料がほとんど伸びない範囲(降
伏応力点以下)で機械材料として使用する応力を決めるのが一般的である。
一方,アルミニウム合金や鋳鉄は,降伏点を持たずに破断する。そのため,引張り強さ
を基準として,引張り荷重をなくすともとの長さに戻る範囲(弾性範囲)で使用時の応力
を決定するのが一般的である。
表 2.1 に主な金属材料の強度を示す。これら
140
設計を迅速に進めるためには,大まかな値を頭
の中に入れておくとよい。
図 2.5 は,ステンレス鋼(SUS304)の使用
温度に対する許容引張り応力を示している。こ
のように金属材料の強度は温度の上昇に伴っ
て著しく低くなる。実際の強度設計においては,
使用する環境を踏まえて,材料を選択しなけれ
許容引張応力 (
N/mm2 )
の数値を正確に覚えておく必要はないが,強度
120
SUS304(圧力容器)
100
80
60
40
20
0
0
200
400
600
温 度 (℃)
ばいけない。
図 2.5
15
温度と許容応力の関係
800
(3) 応力とひずみの測定
材料や機械部品に作用する応力やひずみを
評価するために,ひずみゲージと呼ばれるセン
サがよく使われる。図 2.6 に示すように,ひず
みゲージは,薄い絶縁体の上にジグザグ形状の
抵抗体を配置した構造をしている。使用する際
には,ひずみゲージを材料に接着し,変形によ
る電気抵抗の変化を測定することによりひず
みを求める。
(a) 外観
一般の機械は,図 2.1∼図 2.4 に示したよう
な単純形状の部品だけでは構成されていない。
したがって,高度な強度設計のためには実機に
よる評価が必要となることがあり,ひずみゲー
ジの知識並びに測定・評価技術は極めて重要で
ある。
2.3 機械の運動とトルク
機械は,電気モータやエンジンなどの動力を
何らかの機構で伝達し,使用しやすい形態に変
換している。例えば,自動車の場合,ガソリン
エンジンの運動を減速機(ミッション)やクラ
(b) 構造
図 2.6
ひずみゲージ
ッチを通してタイヤの回転運動に伝達し,前進
する動力を得ている(図 2.7)。旋盤の場合,
電気モータの運動を,歯車機構やベルト機構を
介して材料を回転させる運動に変換している。
強度設計を行う際には,その運動によって生じ
る荷重を的確に見積もる必要がある。以下,機
械の動力伝達,すなわち「力」の伝わり方を考
える。
図 2.7 動力の伝達
(1) 回転運動と往復運動
運動の形式としては,大きく分けて回転運動と往復運動がある(図 2.8)。最近のコンピ
ュータ制御やロボット技術などの進展により,往復運動を利用する機械も増えてきている。
しかし,ほとんどの電気モータやエンジンが回転運動であるので,一般的な機械では,回
転運動を利用することの方がはるかに多い。一般に,一定速度で回転する運動は扱いやす
く,そのような機械は設計も比較的簡単である。一方,往復運動は加速度が変化し,各部
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図 2.8 回転運動と往復運動
品に慣性力が働くため,強度設計は難しくなる。
(2) 回転運動とトルク
回転機械の強度設計では,力[N]の代わりにトルク
[Nm]を用いることが多い。次章で述べる歯車やカッ
プリング(軸継手)のカタログでも,ほとんどは許
容されるトルクや動力が記述されている。なお,ト
ルクは 1.3 節で述べた力のモーメントと同じ定義で
あるが,回転軸が定められた機械の分野においては
「トルク」と呼ぶことが多い。以下,トルクの定義
と基本的な性質について説明する。
図 2.9 に示すように,回転軸にプーリを取り付け
て,質量 m[kg]のおもりを引き上げる場合,プーリ
回転軸のトルク Tq[Nm]は,おもりに働く重力 F=
mg[N]とプーリ半径 R[m]との積で定義される。
図 2.9 回転運動とトルク
Tq = F ⋅ R
(2.4)
回転軸が 1 回転する場合,おもりは 2πR[m]だけ引き上げられる。したがって,そのと
きの仕事 W[J]は,力と移動距離の積となり,次式で表される。
W = 2πR ⋅ F
(2.5)
回転軸の毎秒当たりの回転数が f[Hz]のとき,出力(伝達動力)L[W]は単位時間当たりの
仕事になり,次式となる。
L = W ⋅ f = 2πR ⋅ F ⋅ f = 2π ⋅ Tq ⋅ f
(2.6)
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回転数を毎分当たりの回転数 N[rpm]で表すと,
L=W ⋅
N
N
N
= 2πR ⋅ F ⋅
= 2π ⋅ Tq ⋅
60
60
60
(2.7)
となる。式(2.6)および式(2.7)のトルクと回転数,伝達動力の関係式は,機械の動力を決め
る際に極めて重要になる。
(3) トルクの測定
前節で述べた応力やひずみの測定と同様,強度設計や機械の性能評価のために,実機を
用いたトルク測定が必要になることがある。図 2.10 は,車いすのハンドリムにおもりを取
り付けて静的なトルクを与えている様子である。回転部にひずみゲージを接着した板材を
取り付け,トルクと電圧信号の検定を行っている。また,図 2.11 に示すような市販のトル
ク測定器を用いることで,動的な状態のトルクを測定することができる。
図 2.10 トルク測定の様子
図 2.11 トルク測定器の使用例
(計測用車いす)
(発電機試験装置)
2.4 許容応力と安全率
いくら精度の高い設計計算を
したとしても,計算には必ず誤差
があり,完璧な機械を作り上げる
ことはできない。そのようなこと
から,機械設計においては,許容
応力や安全率といった 極めて現
実的な考え方が必要となる(図
2.12)。
図 2.12 安全率の概念
(1) 許容応力と安全率の定義
設計上,許容できる最大応力を許容応力という。すなわち,実際の部材に作用する荷重
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は常に許容応力よりも小さくしなければならない。一般に許容応力σa は,基準の強さσ*
および安全率 SF を用いて次式で求められる。
σ*
σa =
SF
(2.8)
ここで,基準の強さσ* とは破損の限界を表す応力であり,引張り強さや降伏応力などを用
いる。安全率 SF は,材料強度のばらつきや荷重の見積もり誤差などの不確定な要因を考慮
して設定するものである。
実際に機械を設計する場合,機械や部材に作用する力を精度よく見積もることは難しい。
安全率が低すぎると危険性が増し,安全率が高すぎると機械の重量や製作コストが増すの
で好ましくない。表 2.2
表 2.2 安全率の目安
は,基準の強さを破断
安全率
動的な荷重
する際の応力とした場
合の安全率の目安であ
材料
る。あくまでも目安で
静的な荷重
あるが,これらの値を
ベースとして強度設計
を進めるとよい。
鋼
鋳鉄
3
4
片振りの繰り
返し荷重(引張
りまたは圧縮
のどちらかの
み)
5
6
両振りの繰り
返し荷重(引張
りと圧縮の両
方)
激しい繰り返
し荷重,衝撃的
な荷重
8
10
12
15
(2) 安全率の考え方
前述の通り,許容応力σa は「許容できる最大応力」と定義されており,安全率 SF は「不
確定な要因」を考慮して設定する値である。さらに,それらに関連する基準の強さσ* は「破
損の限界を表す応力」であり,いずれも明瞭な用語ではなく,明確な値を見出すことはで
きない。
以下,筆者が感じている機械設計における安全率の考え方について記し,本章のまとめ
とする。
(a) 安全率 SF および許容応力σa は,設計者自身が明確な根拠(経験や知識)を持って決
める値である。
(b) 基準の強さσ* は,破損の限界を表す応力であり,機械が機能しなくなるときの応力と
考える。すなわち,設計する機械に応じて,材料が破損する引張り強さや弾性変形を
維持する限度などを用いる。
(c) 設計者が決定する安全率 SF には,間違いはあるかもしれないが,明確な正解(最適
値)はない。例え,機械が壊れなかったとしても,そのときに設定した安全率が最適
であるとは限らない。
(d) 実際の設計では,前例や経験に基づき,安全率 SF を設定することが多い。また,人
命に関わる危険な機械を設計する場合には,法令で安全率が定められていることもあ
る。
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