「要約」

「要約」
こ の 学 位 論 文 は 、Human and Experimental Toxicology に 掲 載 さ れ た 主 要 公 刊
論 文 を 基 に 作 成 さ れ た 。Human and Experimental Toxicology に 掲 載 さ れ た 主
要公刊論文の一部を学位申請論文に用いることに加えて、学位申請論文を機関
リ ポ ジ ト リ [電 子 書 庫 シ ス テ ム ]で 公 開 す る こ と の 承 諾 を 得 て い る 。
1.
論文タイトルページ
「急性シアン中毒に対する新たな解毒剤に関する研究」
2.
Introduction
シ ア ン 化 物 は シ ア ン 化 物 イ オ ン ( 以 下 CN - ) を ア ニ オ ン と し て 持 つ 塩 の 総 称
であり、植物や大気などの自然環境に広く存在している。シアン化ナトリウム
や シ ア ン 化 カ リ ウ ム( 以 下 KCN)は 鉱 石 か ら の 金・銀 抽 出 等 を 目 的 に 鉱 工 業 現
場で頻用されるため、しばしば環境暴露や職業性曝露が問題となっている。近
年では、羊毛やポリウレタンの不完全燃焼によって発生するシアン化水素(以
下 HCN)を 吸 入 し て 発 症 す る 急 性 HCN 中 毒 が 家 屋 火 災 現 場 に お け る 急 性 期 死
亡の主な原因の 1 つとして注目されている。
シ ア ン 化 物 は 体 内 に 入 る と CN-が ミ ト コ ン ド リ ア の チ ト ク ロ ー ム c オ キ シ タ ー
ゼと結合し、好気性代謝を阻害することで組織低酸素を惹起する。急性シアン
中毒患者は短時間で意識障害や呼吸停止等の致死的な症状を呈するため、迅速
な治療を必要とする。
現在、急性シアン中毒に対する解毒剤として、主に亜硝酸剤とチオ硫酸ナトリ
ウ ム の 組 み 合 わ せ 、ま た は ヒ ド ロ キ ソ コ バ ラ ミ ン( 以 下 OHCbl)が 用 い ら れ て
い る が 、い ず れ も 問 題 点 が 指 摘 さ れ て い る 。亜 硝 酸 剤 は メ ト ヘ モ ン( 以 下 MetHb)
を 生 成 し 、 CN-が MetHb の Fe 3 + と 配 位 結 合 し て 無 毒 化 す る こ と を 利 用 し て 解
毒するものであるが、オキシヘモグロビンの減少により組織低酸素を増悪させ
る 危 険 性 が あ る 。ま た チ オ 硫 酸 ナ ト リ ウ ム は CN-を チ オ シ ア ン 酸 に 変 換 し て 解
毒 す る が 、変 換 に 時 間 を 要 す る 。OHCbl は CN-と 結 合 し て シ ア ノ コ バ ラ ミ ン を
形 成 し て 無 毒 化 し 、尿 中 へ 排 泄 す る も の で 、副 作 用 が 少 な く 、欧 米 で は 急 性 HCN
中毒が疑われる傷病者に対して火災現場や救急外来で積極的に使用されている。
OHCbl と CN-の 結 合 定 数( 10 6 K/M-1)は 、血 清 蛋 白 非 存 在 下 で は 7.96 と 高 い
が 、 血 清 蛋 白 存 在 下 で は 0.013 と 約 1/600 に 低 下 す る た め 、 急 性 シ ア ン 中 毒 へ
の対応時には問題となりうることが指摘されている。
以上の背景から、我々は環状オリゴ糖の一種であるシクロデキストリン二量体
と水溶性鉄ポルフィリンから成る超分子錯体イミダゾール・シクロデキストリ
ン( 以 下 Fe Ⅲ PIm3CD)を 新 た な 解 毒 剤 と し て 合 成 し た 。Fe Ⅲ PIm3CD は Fe 3 +
部 分 で 遊 離 CN-と 結 合 し て 錯 体 を 形 成 す る こ と で シ ア ン 化 物 を 無 毒 化 す る 。Fe
Ⅲ
PIm3CD の CN-に 対 す る 結 合 定 数 は 血 清 蛋 白 存 在 下 で OHCbl の 約 100 倍 高
く 、 反 応 速 度 定 数 も 約 16 倍 高 い 。 こ れ ら の 特 徴 か ら Fe Ⅲ PIm3CD は 急 性 シ ア
ン中毒に対するより有効な解毒剤となる可能性がある。
本 研 究 の 目 的 は 、 急 性 シ ア ン 中 毒 に 対 す る Fe Ⅲ PIm3CD の 解 毒 効 果 を in vitro
及 び in vivo に お い て 評 価 す る こ と で あ る 。
3.
Summary (総 括 )
【背景】シアン化物の急性中毒は短時間で致命的となる。解毒剤として亜硝酸
剤 と チ オ 硫 酸 ナ ト リ ウ ム の 組 み 合 わ せ 、ま た は ヒ ド ロ キ ソ コ バ ラ ミ ン( OHCbl)
が用いられているが課題が残されている。我々は、新たな解毒剤としてイミダ
ゾ ー ル・シ ク ロ デ キ ス ト リ ン( Fe Ⅲ PIm3CD)を 開 発 し た 。Fe Ⅲ PIm3CD は CN と の 結 合 定 数 、 反 応 速 度 定 数 が 亜 硝 酸 剤 や OHCbl よ り 高 く 、 急 性 シ ア ン 中 毒
に対して解毒効果が期待できる。
【 目 的 】急 性 シ ア ン 中 毒 に 対 す る Fe Ⅲ PIm3CD の 解 毒 効 果 を 培 養 細 胞 お よ び マ
ウスのモデルを用いて評価する。
【 方 法 】 ① In vitro に お け る KCN の 細 胞 毒 性 ; 各 種 培 地 pH で の CN - の 安 定
性 、pH が 培 養 細 胞 に 与 え る 影 響 を 検 討 し 、安 定 的 に KCN の 細 胞 毒 性 を 測 定 で
き る モ デ ル を 作 製 し た 。② 培 養 細 胞 に お け る Fe Ⅲ PIm3CD の 解 毒 効 果;マ ウ ス
胎 仔 由 来 線 維 芽 NIH-3T3 細 胞 株 ( NIH-3T3 細 胞 ) に KCN と Fe Ⅲ PIm3CD ま
た は OHCbl を 添 加 し 、細 胞 毒 性 の 阻 害 効 果 を 比 較 検 討 し た 。③ 致 死 的 KCN 急
性 中 毒 マ ウ ス に 対 す る Fe Ⅲ PIm3CD の 解 毒 効 果 ; 1 ) BALB/c マ ウ ス に Fe Ⅲ
PIm3CD、OHCbl ま た は 生 理 食 塩 水( 対 照 )を 急 速 静 注( 各 9 匹 )し た 後 に 胃
管 か ら 致 死 量 の KCN を 投 与 し 、マ ウ ス の 生 存 時 間 、無 呼 吸 発 生 率 を 比 較 し た 。
2) KCN を 胃 管 か ら 投 与 し 、 呼 吸 停 止 後 に Fe Ⅲ PIm3CD、 OHCbl ま た は 生 理
食 塩 水 ( 対 照 ) を 静 注 ( 各 9 匹 )。 マ ウ ス の 生 存 時 間 、 及 び KCN 投 与 後 1~ 5
分の呼吸数を比較した。
【 結 果 】 ① pH9.2 の 培 地 は NIH-3T3 細 胞 に 有 意 な 影 響 を 与 え ず 、 培 地 中 CN 濃 度 は 安 定 し て い た 。② KCN に よ る 細 胞 の チ ト ク ロ ー ム 活 性 の 抑 制 や 細 胞 生 存
率 の 減 少 に 対 し 、 Fe Ⅲ PIm3CD、 OHCbl は 用 量 依 存 的 な 解 毒 効 果 を 示 し た 。 ③
Fe Ⅲ PIm3CD 投 与 群 の 生 存 時 間 は 前 投 与 、 後 投 与 と も に 対 照 よ り 長 く 、 OHCbl
投 与 群 と 同 等 で あ っ た 。 Fe Ⅲ PIm3CD 前 投 与 群 の 無 呼 吸 発 生 率 は OHCbl 前 投
与 群 よ り 少 な く ( 0/9 vs 5/9; p=0.029)、 Fe Ⅲ PIm3CD 後 投 与 群 の KCN 投 与 後
の 呼 吸 の 回 復 は OHCbl 後 投 与 群 よ り 良 好 で あ っ た ( p=0.029)。
【 考 察 】Fe Ⅲ PIm3CD は 、in vitro に お け る KCN の 細 胞 毒 性 の 低 減 、致 死 的 な
KCN 急 性 中 毒 マ ウ ス の 死 亡 率 低 減 の 点 か ら OHCbl と 同 等 の 解 毒 作 用 を 有 す る 。
ま た KCN 急 性 中 毒 マ ウ ス に Fe Ⅲ PIm3CD を 前 投 与 す る と OHCbl 前 投 与 よ り
呼 吸 停 止 率 が 低 下 し 、 Fe Ⅲ PIm3CD を 後 投 与 す る と OHCbl 後 投 与 よ り も 迅 速
な 呼 吸 の 回 復 が 認 め ら れ た 。 こ れ ら は 、 Fe Ⅲ PIm3CD の CN - と の 結 合 定 数 、 反
応 速 度 定 数 が OHCbl よ り 高 い た め と 推 測 さ れ 、 解 毒 剤 と し て よ り 有 用 な 可 能
性がある。
【 結 論 】 Fe Ⅲ PIm3CD は 、 培 養 細 胞 お よ び マ ウ ス に 対 す る KCN の 急 性 毒 性 に
対 し て 、OHCbl と 同 等 以 上 の 解 毒 作 用 を 有 し 、新 た な 解 毒 剤 と し て 有 望 と 考 え
られる。
4.
Discussion (考 察 と 展 望 )
本 研 究 結 果 か ら 、 Fe Ⅲ PIm3CD は 培 養 細 胞 及 び マ ウ ス に お け る KCN の 急 性 毒
性 に 対 し て 、OHCbl と 同 等 も し く は そ れ 以 上 の 解 毒 効 果 を 有 し て い る こ と が 明
らかになった。
培養細胞を用いてシアン化物の急性毒性に対する解毒剤の効果を評価する際に
は、シアン化物の毒性の不安定性が問題になる。シアン化物の毒性は、培地中
の 血 清 や グ ル コ ー ス 、培 養 容 器 の 形 状 、培 養 温 度 、二 酸 化 炭 素 分 圧 、培 地 pH32
など数多くの要因によって影響を受ける。過去の研究では細胞のチトクローム
活 性 や 生 存 率 に 影 響 す る KCN 濃 度 は 100μ M か ら 10mM ま で と ば ら つ き が 大
き く 、 解 毒 剤 の 用 量 依 存 的 効 果 も 示 さ れ て い な い 。 特 に HCN の 酸 解 離 定 数 は
25℃ に お い て 9.14 で あ る た め 、生 理 学 的 pH で は HCN の 気 化 が 促 進 さ れ 、培
地 中 CN-は 急 速 に 減 少 し 、毒 性 が 顕 著 に 減 弱 す る こ と が 報 告 さ れ て い る 。ま た 、
グ ル コ ー ス な ど の カ ル ボ ニ ル 化 合 物 は CN - と 結 合 し 、 シ ア ノ ヒ ド リ ン を 形 成 す
ることで、シアン化物の毒性を減弱する。血清や蛋白はシアン化物を含む多く
の化合物と結合することで生物学的利用能を減弱することは広く認識されてい
る。
そ こ で 我 々 は 、予 備 実 験 と し て 、培 地 pH、血 清 お よ び グ ル コ ー ス の 存 在 が 培 養
細 胞 に 対 す る KCN の 毒 性 に 与 え る 影 響 を 検 討 し た 。 そ の 結 果 、 pH9.2 の 培 地
中 の CN - 濃 度 は 、pH7.4 の 培 地 中 よ り も 安 定 し て お り 、NIH-3T3 細 胞 を pH9.2
の培地中で 1 時間培養しても細胞障害性は見られないことが明らかになった。
ま た 、 CMH 培 地 ( pH9.2) 中 の NIH-3T3 細 胞 に 対 す る KCN の IC50 は CMB
培 地 ( pH7.4) の 約 1/12 と 低 く 、 血 清 お よ び グ ル コ ー ス 非 添 加 の GSF 培 地
( pH9.2) に お け る KCN の IC50 は 、 CMB 培 地 ( pH7.4) の 約 1/70 と さ ら に
低 く 、KCN の 毒 性 に 最 も 鋭 敏 で あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。本 研 究 で は 、臨 床
での使用を考慮して、血清蛋白、グルコース存在下における解毒剤の効果を検
討 す る 必 要 が あ る た め 、 CMH 培 地 ( pH9.2) を 用 い た 。
CMH 培 地( pH9.2)を 用 い て 培 養 細 胞 に 対 す る Fe Ⅲ PIm3CD お よ び OHCbl の
KCN 解 毒 効 果 を 検 討 し た と こ ろ 、 Fe Ⅲ PIm3CD 及 び OHCbl と も に 用 量 依 存 的
な 解 毒 効 果 を 示 す こ と が 確 認 さ れ た 。Fe Ⅲ PIm3CD の EC 5 0 は OHCbl よ り 低 か
っ た が 有 意 差 は 見 ら れ な か っ た 。 た だ し 、 Fe Ⅲ PIm3CD は 等 モ ル 添 加 に よ り
KCN 非 添 加 と 同 等 に ま で KCN を 解 毒 し た 一 方 、 OHCbl 等 モ ル 添 加 の 解 毒 効
果 は 非 添 加 と 同 等 で は な か っ た 。 こ の 相 違 は 、 血 清 蛋 白 存 在 下 で の CN - に 対 す
る結合定数および反応速度定数の差による可能性がある。
本研究では細胞生存率とチトクローム活性のみで解毒剤の効果を評価したが、
シアン化物の毒性にはチトクローム c オキシターゼの阻害に加え、引き続いて
起 こ る 細 胞 内 ATP の 枯 渇 、 細 胞 質 内 Ca 2 + の 上 昇 、 細 胞 内 脂 質 過 酸 化 物 の 増 加
など様々な機序が関わっており、また細胞の壊死に加えてアポトーシスをきた
す こ と 、特 に 神 経 細 胞 が 標 的 臓 器 と な る こ と な ど が 知 ら れ て い る 。今 後 さ ら に 、
交 感 神 経 細 胞 様 に 分 化 す る ラ ッ ト 副 腎 由 来 褐 色 細 胞 腫 細 胞 株 ( PC12 細 胞 ) な
ど を 用 い 、ペ ル オ キ シ タ ー ゼ 活 性 、細 胞 内 ATP、Caspase-3 活 性 な ど を 指 標 に 、
本解毒剤の有効性を検討する必要があると考えている。
シアン化物のヒトに対する毒性や体内動態に関しては古くから検討されている。
健 康 な ヒ ト の 体 内 に も シ ア ン 化 物 は 存 在 し 、血 中 の 生 理 学 的 CN-濃 度 は 5.0 ±
5.5μ mol/L と さ れ 、体 内 の シ ア ン 化 物 は 主 に 肝 の ミ ト コ ン ド リ ア 酵 素 ロ ダ ネ ー
ゼ に よ っ て チ オ シ ア ン 酸 に 変 換 さ れ 、尿 中 に 排 泄 さ れ る 。一 方 、KCN の ヒ ト 経
口 致 死 量 は 200~300mg で あ り 、 致 死 量 の シ ア ン 化 物 を 短 時 間 暴 露 す る と 、 暴
露後数分で呼吸停止を生じて死亡するとされているが、死亡に至る詳細なメカ
ニズムは現在も充分には解明されていない。急性シアン中毒患者の病理学的所
見としては、出血を伴う気管のうっ血、脳浮腫、胃びらん、心膜の溢血点など
が報告され、短時間暴露後の後遺症として、パーキンソン症状、低酸素症後心
筋障害、一酸化炭素中毒と同様の遅発性脳症などが挙げられている。
シアン化物を単回暴露させた実験動物の血行動態や呼吸器系に対する影響も詳
細 な 検 討 が な さ れ て お り 、 Borron SW ら は ビ ー グ ル 犬 に KCN を 2.3mg/kg を
静 脈 投 与 す る と 、KCN 投 与 後 平 均 2.8 分 後 に 無 呼 吸 を 生 じ 、平 均 動 脈 血 圧 も ベ
ー ス ラ イ ン の 約 75% ま で 低 下 し た と 報 告 し て い る 。 本 研 究 で は 、 臨 床 に 近 い
KCN 急 性 中 毒 の モ デ ル と す る 為 に KCN を 胃 内 に 強 制 投 与 し た 。胃 内 投 与 さ れ
た KCN は 消 化 管 か ら は 緩 徐 に 吸 収 さ れ る が 、胃 酸 と KCN が 接 触 す る こ と で 発
生 す る HCN が 血 中 に 速 や か に 取 り 込 ま れ る 。そ の た め 本 研 究 に お け る KCN 急
性 毒 性 マ ウ ス は 、 KCN 投 与 後 1 分 前 後 で 頻 呼 吸 や 呼 吸 停 止 と い っ た 重 篤 な 中
毒 症 状 を 呈 し 、 20 分 以 内 に 全 個 体 が 死 亡 し た と 考 え ら れ た 。
本 研 究 の in vivo に お け る 解 毒 剤 の 主 要 評 価 項 目 で あ る 解 毒 剤 投 与 後 の 生 存 期
間 は Fe Ⅲ PIm3CD 前 投 与 、 後 投 与 い ず れ に お い て も 、 生 理 食 塩 水 投 与 ( 対 照 )
よ り 有 意 に 長 く 、 OHCbl 投 与 と は 同 等 で あ っ た 。 OHCbl が 亜 硝 酸 剤 や 生 理 食
塩水と比較して急性シアン中毒の実験動物の生理機能や生命予後を改善するこ
と は 数 多 く 報 告 さ れ て い る 。本 研 究 の 結 果 か ら 、KCN 致 死 量 投 与 後 の 生 命 予 後
に 対 す る Fe Ⅲ PIm3CD の 効 果 は 、 OHCbl と 同 等 と 考 え ら れ た 。
前 投 与 実 験 の 二 次 評 価 項 目 で あ る 無 呼 吸 発 生 率 は 、 Fe Ⅲ PIm3CD 前 投 与 群 で
OHCbl 前 投 与 群 よ り 有 意 に 低 か っ た( FeⅢ PIm3CD 前 投 与 群 0/9( 0%)、OHCbl
前 投 与 群 5/9( 56%))。そ の 理 由 と し て 、両 解 毒 剤 の CN - と の 結 合 定 数 、反 応 速
度 定 数 の 相 違 か ら 、 CN-を 無 毒 化 す る 速 度 に 差 が あ り 、 Fe Ⅲ PIm3CD が よ り 迅
速 に 解 毒 効 果 を 示 し た た め と 考 え ら れ る 。現 在 、遊 離 CN - が Fe Ⅲ PIm3CD と 安
定 な 錯 体 を 形 成 し 、 残 存 遊 離 CN- が 半 減 す る ま で の 時 間 に つ い て 、 OHCbl 、
MetHb 等 と 比 較 検 討 中 で あ る 。 In vivo に お け る 解 毒 効 果 が よ り 迅 速 で あ る こ
とは、急速に致死的症状が出現する急性シアン中毒に対する解毒剤として、重
要な利点と考えられる。
後 投 与 実 験 の 二 次 評 価 項 目 で あ る KCN 投 与 1 分 後 か ら 5 分 後 に お け る 呼 吸 数
-時 間 曲 線 下 面 積 は Fe Ⅲ PIm3CD 後 投 与 群 に お い て OHCbl 後 投 与 群 よ り 有 意 に
大 き く 、 Fe Ⅲ PIm3CD 後 投 与 群 は 無 呼 吸 か ら の 呼 吸 の 回 復 が よ り 迅 速 で あ る こ
と が 明 ら か と な っ た 。こ の 違 い が 生 じ た 原 因 も 、両 者 の CN - に 対 す る 結 合 定 数 、
反応速度定数の違いによるものではないかと推察している。
血 清 存 在 下 で の CN - に 対 す る 結 合 定 数 や 反 応 速 度 定 数 が 大 き い こ と に 加 え 、Fe
Ⅲ
PIm3CD に は 以 下 の よ う な 利 点 が あ る 。Fe Ⅲ PIm3CD の Fe 3 + は Fe 2 + に 還 元 さ
れにくく安定性が高い。構造上、シクロデキストリン二量体が剛直なアミド結
合 で 連 結 さ れ て い る た め 、 Fe Ⅲ PIm3CD は 鉄 ポ ル フ ィ リ ン へ の 包 接 が 最 適 化 さ
れず、鉄周囲がシクロデキストリンにより外部環境から完全に遮断されない。
こ の た め 、Fe I I PIm3CD の 酸 素 付 加 体 は 求 核 攻 撃 を 受 け る こ と で Fe 2 + の 自 動 酸
化 が 起 こ り や す く 、 Fe 3 + が 安 定 的 に 存 在 す る 。 こ れ は 酸 素 運 搬 体 と し て は 不 利
で あ る が 、 CN-を 結 合 ・ 除 去 す る に は 優 れ た 特 性 と 考 え ら れ る 。
Fe Ⅲ PIm3CD の 体 内 動 態 の 特 徴 と し て 、 血 中 半 減 期 が OHCbl よ り 短 い こ と が
挙 げ ら れ る 。 Fe Ⅲ PIm3CD の 血 中 濃 度 半 減 期 は 約 1 時 間 で 、OHCbl の 26~30
時 間 よ り 短 い 。Wister ラ ッ ト に Fe Ⅲ PIm3CD を 経 静 脈 投 与 し た 場 合 、約 60 分
で 70% が 尿 中 に 排 泄 さ れ る が 、 静 脈 内 投 与 し た OHCbl は 72 時 間 で 約 50%が
尿 中 に 排 泄 さ れ る 。 こ の た め 、 Fe Ⅲ PIm3CD は 血 中 に 存 在 す る 遊 離 CN-と 安 定
的な錯体を形成した後に、速やかに体外へ排泄することができる。ただし、急
性 シ ア ン 中 毒 の 予 防 目 的 で Fe Ⅲ PIm3CD を 投 与 す る 場 合 に は 、短 い 半 減 期 が 欠
点となる可能性がある。
本 研 究 の limitation は 以 下 の 点 で あ る 。 In vitro の 研 究 に お い て 、 前 述 の よ う
に 、 NIH-3T3 細 胞 の チ ト ク ロ ー ム 活 性 と 生 存 率 以 外 に は KCN の 毒 性 を 評 価 し
て い な い た め 、 特 に KCN の 神 経 毒 性 に 対 す る 解 毒 剤 の 効 果 を 評 価 で き て い な
い こ と で あ る 。In vivo 研 究 に お い て は 、血 中・組 織 中 の CN-濃 度 を 測 定 し て い
な い た め 、解 毒 剤 投 与 に よ る CN-濃 度 の 変 化 が 不 明 で あ り 、Fe Ⅲ PIm3CD 投 与
群 と OHCbl 投 与 群 の マ ウ ス の 呼 吸 に 差 を 認 め た 機 序 が 明 ら か に さ れ て い な い
点である。
今 後 の 課 題 と し て 、第 一 に 経 静 脈 投 与 さ れ た Fe Ⅲ PIm3CD の 吸 収 、代 謝 、分 布 、
排泄といった薬理学的動態を詳細に検討するとともに、生体への安全性を評価
す る 必 要 が あ る 。 第 二 に ポ リ エ チ レ ン グ リ コ ー ル や 金 ナ ノ 粒 子 を Fe Ⅲ PIm3CD
に結合させることで血中半減期を調節し、目的に適した薬物動態に改変してい
く 予 定 で あ る 。第 三 に 本 研 究 で は 経 静 脈 的 投 与 で の Fe Ⅲ PIm3CD の 有 効 性 を 検
討したが、災害時などの多数傷病者を想定すると筋肉注射など、より簡便な投
与法も検討する必要があると考えている。
5.
Conclusion (結 論 )
Fe Ⅲ PIm3CD は 、 培 養 細 胞 お よ び マ ウ ス に 対 す る KCN の 急 性 毒 性 に 、 OHCbl
と同等以上の解毒作用を有し、新たな解毒剤として有望と考えられる。