不法行為法改革における全米法廷弁護士協会 全米

2004 年 2 月 13 日
不法行為法改革における
不法行為法改革における全米法廷弁護士協会
における全米法廷弁護士協会の
全米法廷弁護士協会の影響力
法学政治学研究科修士課程専修コース1年
中
野 里
香
1 はじめに
公共利益団体の活動において、司法手続の利用は、きわめて重要な意味を持つものであ
るとされる。それは、公共利益団体が「行政部や立法部における影響力争いでは、経済界
にとうてい太刀打ちできなかったものの、連邦司法部は、少なくとも理屈のうえでは、経
済界と対等に渡り合える唯一の政策の場」1であり、
「公共利益団体による訴訟と訴訟によ
る環境政策執行過程の監視は、組織や財源的資源に乏しい環境保護団体が企業と産業界に
対抗するための不可欠の手段となっており、裁判所は基本的には公共利益運動にとって貴
重な同盟者として機能してきた」2とされているように、司法手続の利用は、消費者団体、
環境保護団体をはじめとする公共利益団体が、自らの目的を達成するため、極めて有効に
作用しうる手段のひとつである。
消費者運動の先駆者として有名なラルフ・ネーダー氏が弁護士であり、その著書である
「Unsafe at any Speed(いかなるスピードでも危険)
」において自動車の欠陥問題を追求
し、政府や企業を相手に様々な運動を展開したこと、そして、これらの運動が全国自動車
安全法(the National Traffic and Motor Vehicle Safety Act)、道路安全法(the Highway
Safety Act)の制定へと結実させたことはあまりにも有名な話である。3
本稿で取り上げる Association of Trial Lawyers of America(以下、
「ATLA」という。)
は、全米の法廷弁護士によるネットワークであり、市民司法制度(civil justice system)
の維持、消費者・労働者の権利保護、環境保護といった公共利益の達成を目的とする公共
利益団体である。ATLAは、文字通り「法廷弁護士」をその主要なメンバーとするネッ
トワークであり、その活動内容も、アスベスト、医療過誤、製造物責任などの様々な被害
者を支援する訴訟のサポート、消費者教育、法廷弁護士間の情報交換等を中心とするもの
である。このような活動内容を見る限り、我が国における公共利益問題に関する弁護士の
ネットワーク(例えば、医療問題弁護団など)と同様に法廷を中心として被害者の救済を
サポートする活動に特化しているようにも思われる。
しかし、この団体による政治献金額が全米第4位(1898~2002 年までの累計)である
ことや、後述するようにロビー活動に年間約 200 万~300 万ドルもの費用を支出している
という事実は、ATLAが、単に法廷弁護士の情報交換のネットワークや訴訟のサポート
-1-
を通じて、公共利益を達成しているということに止まらず、政治献金、ロビー活動等を通
じ、行政府及び立法府における政策決定過程へ影響を及ぼす活動を展開していることを物
語っており、ATLAが、アメリカにおける司法制度そのものや消費者保護政策、消費者
保護立法などに大きな影響を与えているということができる。
なかでも、懲罰的賠償(punitive damage)や弁護士報酬の限定、陪審裁判によらない
紛争解決機関(ADR)の促進などを含む一連の不法行為法改革(tort reform)に対する
政治的な働きかけにはかなり力を入れている。周知のとおり、アメリカには、伝統的に、
特に悪質な被告に対して、懲罰の意味も込めた巨額の賠償額を課す懲罰的賠償制度がある。
この制度は、被害者の救済とともに不法行為の防止に寄与しているとされる反面、大会社
に対して向けられるものであることから、その経済的活動を阻害するという批判も古くか
ら存在していた。このような懲罰的賠償の問題を含んだ不法行為法の改革は、賠償額を、
より低額に押さえようとする企業や業界団体などがその背後に控えたものでもあり、ひと
つの社会問題とまでなっている。
このような社会的な動きに対して、ATLAは、一連の不法行為法改革が、市民司法制
度の崩壊につながり、被害者の真の救済を阻害するものであると主張しつづけ、不法行為
法の改正を阻止するための政治的な働きかけ、不法行為法の改正に反対の姿勢を示す民主
党への献金やロビー活動などを通じて、今日まで何回となく上程されていた連邦議会への
不法行為法改正法案の可決を阻止してきたという経緯を有する。
そこで、以下では、はじめにATLAの一般的な活動内容について触れ、次にATLA
が不法行為法改正の阻止に向けてどのような活動を行い、連邦議会に対してどのような影
響力を及ぼしたのかを、連邦製造物責任法案を中心に見ていきたい。
2 ATLAの
ATLAの目的~
目的~主な活動内容
2.1
組織的背景
ATLAは、1946 年に、原告弁護士のグループが「NACCA(Association of
Claimants’ Compensation Attorneys)」の立ち上げた労働者補償訴訟に関与したこと
に端を発する。その後、産業事故の被害者に対する原告弁護士らの熱意が、海事、鉄
道などの事故などを担当する弁護士をも巻き込むことになり、1972 年に、ボストンで
ATLAとして正式に発足した。1977 年には、本拠地をボストンからワシントンに移
し、今日では、国際的な活動を展開し、アメリカ国内のみならず、イギリス、フラン
ス、スエーデン、ドイツ、日本、香港、ロシアなどにもメンバーシップを広げ、弁護
士、大学教授、パラリーガル、法学生のネットワークを築き、その会員数は 56,000
人以上に達している。4
2.2 目的
ATLAがその「Mission(使命)」として掲げるのは、
「正義の追求」
、
「陪審裁判の
-2-
憲法上の権利の維持」、
「違法行為の防止」、
「人や財産に対する違法行為の補償を受け
るに足る人々の主張を擁護すること」、
「安全、製品、安全な職場、きれいな環境、質
の高い健康を維持するための努力を通じ公共利益を促進すること」、
「法の支配と市民
司法制度を促進し、訴権を守ること」、
「研修を通じた主張の卓越さを激励すること」
、
「メンバー間の協同を奨励すること」、
「コモン・ローと法律学の最もよい伝統を推し
進めること」、
「法律専門家としての名誉と品位、倫理的な品行と清廉さのより高い標
準を維持すること」である。5
2.3 主な活動内容6
ATLAの活動は、大きく分けて①会員間の交流・情報交換、②訴訟の支援、③研
修、④法律問題の取り扱い、⑤政治問題の取り扱い、⑥メディア対応、⑦各州に固有
の問題の解決、⑧機関誌等の出版物の発行、などがある。
(1) 会員間の
会員間の交流・
交流・情報交換、
情報交換、訴訟の
訴訟の支援、
支援、研修
会員間の交流・情報交換の場としては、毎年、夏と冬に行われる総会があり、ここ
では各地から集まる会員とのネットワークの形成やそれぞれの地域における訴訟の
紹介、研修などが行われている。また、この総会とは別に年間の研修スケジュールが
組まれており、様々な研修プログラムが実施されている。
また、情報交換という点では、ウェブ上で製造物責任、自動車訴訟、医療問題、専
門家の過失などの情報を無料提供している。
また、訴訟の支援については、「Litigation Groups」という特殊な訴訟に関する情
報交換を目的とした、メンバー間のネットワークがあり、その時々の訴訟記録や情報
を交換することができる。実際に弁護士が裁判を進めていく上で、具体的な訴訟にお
ける情報交換は重要であり、このような大規模な、そしてタイムリーな情報を入手で
きるネットワークを持つことは、ATLAの大きな魅力のひとつであるといえるだろ
う。
(2) 法律問題、
法律問題、政治問題、
政治問題、メディア対応
メディア対応
また、法律問題や政治問題については、それぞれ法律問題部門(Legal Affairs
Department)と政治部門(Public Affairs Department)を設け、
「訴訟」を越える活
動を行っている。
法律問題部門では、ATLAが、市民による司法制度や陪審裁判を受ける権利に関
して会員が持続的に持っている関心事について、裁判官、ロースクール、法制策組織
(団体)、弁護士会、科学界、医学界とともに主張を展開していくとし、その例とし
て、州レベルで、消費者の権利に不利な影響を及ぼす不法行為法改革法案が可決され
た場合に、法律部門担当の弁護士が州の法廷弁護士組織とともにそれらの法案に対す
る組織的な挑戦を展開すること、を挙げている。
また、政治部門では、政府やメディアを通じて、積極的にATLAの政治問題を主
-3-
張 す る 活 動 を 展 開 す る と し て い る 。 A T L A の 機 関 誌 「 TRIAL 」 で は 、
「WASHINGTON FOCUS」というコーナーを設け、議会における審議の状況やこれ
に対するATLAの対策などを紹介している。
メディアとの関連については、ATLAのウェブ・サイト上に「Press Room」を設
け、不法行為法改革に対する様々なデータや主張を掲載している。例えば、「TORT
FILING AND TRIAL STATISTICS 2000(不法行為の提訴と訴訟統計 2000)」と題
する記事では不法行為訴訟に関するデータを紹介しているが、これは、ともすれば巨
額な賠償額のみを取り沙汰され、メディアによってセンセーショナルに取り上げられ
ることが多い不法行為訴訟について、客観的なデータを挙げることにより、メディア
を通じて不法行為訴訟の正しい認識を広めようとの趣旨であると思われる。この記事
によれば、
「2000 年 3 月にリリースされた National Center for State Courts のレポー
トによると、不法行為の提訴は、1986 年以来最少となり、1996 年から 16%減少して
いる。このデータは、1975 年から提訴データを集めている 16 州から収集されたもの
だった。」「国内の最も大きい 75 地区における裁判の構成を調査する司法統計局によ
る最近発表された研究の中では、不法行為問題を含む裁判は 10,728 件で、医療過誤
訴訟は 1201 件(7.7%)
、製造物責任訴訟は 238 件(1.5%)、アスベスト訴訟は 183 件
(1.2%)に過ぎなかった。そして、不法行為訴訟の約 3.7%が裁判によって処理されて
いた。」「司法統計によれば、懲罰的損害賠償の評決は、すべての不法行為裁判の 3%
であり、医療過誤訴訟は 1%、アスベスト訴訟は 3%、製造物責任は 13%である。」とさ
れている。
(3) 出版
機関誌等の出版物の発行については、毎月発行する機関誌として「TRIAL」がある。
これは、毎号ごとに特集するテーマを決め、例えば、2003 年の特集は、自動車訴訟(2
月号)
、労働者の保護(3 月号)
、重役会議室の中の不正行為(4 月号)
、医療過誤(5
月号)
、女性問題(8 月号)、弱者の救済(10 月号)
、科学と法律(12 月号)といった
ものであり、内容は政治的な主張というよりは、その号の特集に関する論文やメンバ
ーに対する新情報の提供、最新の勝訴裁判の紹介など、どちらかというとメンバーの
スキルアップを目的としている側面が強い。その他、ATLAの活動を紹介する「The
ATLA Advocate」(年 10 回発行)、製造物責任に関する情報を集めた「The Product
Liability Law Reporter」などがある。
3 ATLAの
ATLAの政策決定過程への
政策決定過程への関与
への関与
公共利益団体の政策決定過程への働きかけの行動様式としては、一般に、ロビー活
動(ロビーイング)、政治献金などがあげられる。ATLAも、このような活動によ
り、同団体が掲げる目的の達成を目指すものである。
-4-
3.1
ロビー活動
利益団体が政策決定過程に対して、自らの団体の主張を通すために重要な活動のひ
とつとしてロビー活動(ロビーイング)が挙げられる。ATLAは、ワシントンに本
拠地を置いており、会員自らが弁護士としての専門性を活かしてロビー活動をするほ
か、ロビー会社に対しても多額の報酬を支払っており、活発なロビー活動を通した政
策決定過程への関与が認められる。コモン・コーズのインターネットサイトの記述に
よると、ATLAは、1997 年にロビー活動において 210 万ドルを支出し、その対象は、
たばこ問題、不法行為、化学物質改革、アムトラック(全米鉄道旅客運送公社)改革、
医療過誤などであるとされている7。
また、
【表 2】は、1997 年~2000 年までロビー会社に支払った費用及び支払先の一覧
とロビー活動全体に支出した費用の総額をまとめたものであるが、ロビー活動に支出
した費用の総額は 1999 年には 236 万ドル、2000 年には 300 万ドルにまで達しており、
後述するように 2000 年の選挙サイクル(2年間)において約 405 万ドルの政治献金
支出していることと比較すると、ロビー活動のためにいかに多額の費用が投入されて
いるかが分かる。
さらに、外部のロビー会社のみならず、インハウス・ロビイスト(組織内ロビイス
ト)によるロビー活動が展開されていることを考えると、ATLAがいかにロビー活
動を重視しているかが分かるだろう。
また、ATLAの女性会員によって 1979 年に設立された ATLA’s Women Trial
Lawyers Caucus では、毎年、
「Lobby Days」を開催している。女性の法廷弁護士が
集結して独自の Lobby Days を儲けていることの意味は、歴史的に女性が低所得者で
あり、医療過誤訴訟等において非経済的損害を制限する最近の傾向からすれば、より
影響を受けやすいことを強調する趣旨であると考えられる8。この Lobby Days では、
連邦議会議員との面談を通じて、不法行為法改革が市民司法制度に与えるダメージに
関するレクチャーを行ったり、民主党議員のみならず、共和党議員との話し合いの場
を設定したりするなどしている。9
3.2 政治献金
ATLAは、また、政党などへの政治献金も積極的に行っている。
伝統的に弁護士出身の議員が多いことや、不法行為改革に反対の議員が多いという
ことから、ATLAによる政治献金は民主党に対するものが圧倒的に多い(【表 1-1】
【グラフ 1】)
。その献金額は、1989 年~2003 年(2003 年 11 月 3 日現在、ソフト・マネ
ーも含む。
)までの累計が 2200 万ドル以上(日本円にして 24 億円以上)であり、全
米公務員連盟、全国不動産協会、全国教育協会に続いて全米で第4位にランクインし
ている(【表 1-2】)
。10
各選挙サイクル別の内訳は、表 1-1 のとおりであるが、その献金額は徐々に増額し
-5-
てきており、連邦議会における民主党と共和党の議員数(上院、下院とも)が逆転し
た後の 1998 年選挙における献金額が、その前の 1994 年選挙の約 250 万ドルから約 348
万ドルへ、また、波乱のあった 2000 年選挙の献金額が 1998 年選挙の約 311 万ドルか
ら約 405 万ドルへと急激に増加したことは興味深い。また、直近の 2002 年中間選挙
の際には2年間で約 424 万ドル(日本円にして約 4 億 6 千万円)を献金しており、こ
の増加傾向は今後も続くのではないかと予想される。
3.3 候補者リスト
ATLAでは、全米で最も激しい選挙戦が行われている地域の「プロの市民正義を
目指す候補者」に焦点を絞って、リストを作成し、献金を呼びかけている。このリス
トは、どの地域に選挙資金の献金をするのが最も効果的であるかを献金者に知らせる
ことができ、また、候補者たちの法廷弁護士との結びつきの強さや市民正義に対する
ATLAのコミットメントへの理解の深さをも解説するものであるとしている。そし
て、このリストを見て、支持したい候補者が決まった場合には、ATLA’s List を添え
て、直接、選挙運動委員会に献金するように、献金者に指示している。このようにA
TLAの作成したリストを通して献金することにより、市民正義に関する強いメッセ
ージが伝わり、候補者に法廷弁護士の支持があるということを知ってもらうことがで
きるという効果があるとする。11
ATLAは、このような候補者レベルでの支援をすることにより、連邦議会にAT
LAの主張に沿う活動を行う議員を送り込むことをも目指しているのである。
4 不法行為法改革に
不法行為法改革に対するATLA
するATLAの
ATLAの活動
4.1 不法行為法改革~製造物責任法を中心として
(1) はじめに
「市民司法制度」を増強し、これによって消費者や被害者の権利を保護しようとす
るATLAの目的にとって不法行為法改革は、最も関心の高い問題であると言ってよ
いであろう。というのも、製造物責任、保険事故、医療過誤、たばこ訴訟などATL
Aがターゲットとする訴訟はすべて企業側の不法行為責任を追及し、あるいはそれを
前提とする(保険の場合)ものであり、不法行為制度のあり方によって、被害者保護
の態様がかなり左右されるからである。特に、懲罰的賠償を含む損害賠償額の制限や
ADR の促進を指向する方向性は、訴訟の当事者のみならず、法廷弁護士にとっても
不利となることは間違いない。
そこで、以下では、不法行為法改革に関するATLAの活動を概観することとする。
(2) 不法行為法見直しの
不法行為法見直しの契機
しの契機~「PL
契機~「PL危機
~「PL危機」
危機」の発生
製造物責任等に基づく企業に対する訴訟の提起は、消費者や被害者の権利を手厚く
保護してきたという事実を一概に否定できないとしても、法廷弁護士による訴訟の乱
-6-
発が、社会問題化することになったのもまた事実である。特に、1970 年代半ば、製造
物責任訴訟の増加と損害賠償額の高額化によって、保険料の急激な高騰が引き起こさ
れ、製造物責任保険の入手が困難となるという「PL保険危機」と呼ばれる状況が発
生した。
また 1980 年代にはいると、アスベスト訴訟におけるマンヴィル社12やダルコン・
シールド事件におけるロビンス社13のように、次々と提起される製造物責任訴訟の負
担に耐えられず倒産する企業まで出てくるようになった。
このような中、政府は、1976 年 4 月、商務省を中心として、
「製造物責任に関する
連邦各省合同特別委員会(Interagency Task Force on Product Liability)」を設置す
る措置を取ることとなった。その後、この委員会による2度の中間報告を経て、1977
年 11 月に最終報告が公表され、これを受けて、商務省は、1979 年 10 月、統一製造物
責任モデル法(the Model Uniform Product Liability Act)を公表した。しかし、結
局、各州が統一製造物責任モデル法の採用に消極的であったため、その後は連邦製造
物責任法の立法化へと展開することとなった。14
上記の流れを受けて、連邦製造物責任法案は、第 96 議会~第 104 議会に至るまで毎
回提出されたが、すべて廃案となっている。これらの法案の共通点はいくつかあるが、
ATLAの関心事という観点から取り上げるべき共通点としては、①非経済的損害に
対する賠償額の制限、②根拠薄弱な訴訟の抑制、③懲罰的損害賠償に対する制限、④
和解または代替的紛争解決制度(ADR)の利用の促進、⑤弁護士報酬の制限などが
挙げられるだろう。
これらの法案が廃案となった主な理由としては、統一製造物責任モデル法の失敗の
時と同様に、もともと製造物責任が州法の管轄事項であるとする根強い反発が州側に
あったという事情があるが、消費者団体、市民団体などの公共利益団体の活動やAT
LAによる弁護士出身の議員に対する働きかけが大きいとされている。さらに、連邦
議会において多数派を占める民主党が不法行為法改革に消極的であることも大きな
要因である。15
なお、第 104 議会においては、連邦議会における共和党の議員数が、上院、下院と
も民主党を上回り、民主党と共和党の議会における割合が逆転した議会となった。そ
のため、連邦製造物責任法案の審議過程にも、第 103 議会までそれとは異なる状況が
見られるので、この点については 4.2 において取り上げることとする。
(3) 懲罰的損害賠償
第 104 議会における連邦製造物責任法案の審議過程について見る前に、ATLA及
び法廷弁護士にとって最も関心が高いと思われる懲罰的損害賠償の制度について簡
単に見ておくこととする。
懲罰的損害賠償は、加害者の行為がことさらに悪質であると認められる場合に課せ
られる賠償金であり、英米法にのみ認められ、英米においては古くから確立した制度
-7-
となっているものである。その起源は約 4000 年前のハムラビ法典やモーゼの十戒に
まで遡るものとされるが、近代法としては、1763 年にコモン・ローに導入され、その
後、アメリカに導入されて急速に広まったとされる。アメリカで最初に懲罰的損害賠
償が認められたのは 1784 年、製造物責任の事案で初めて適用されたのは 1852 年と言
われ、1935 年頃までには各州で何らかの形で採用されるようになり、今日まで多数の
判例が集積されている(ただし、ルイジアナ、マサチューセッツ、ネブラスカ、ワシ
ントンの各州は懲罰的損害賠償の制度を採用していない)。16
懲罰的損害賠償は加害者の行為態様や動機に着目し、加害行為が懲罰的損害賠償に
相当する悪意性を帯びた極悪(outgoes)な行為でなければならず、通常は、犯罪に
見られるような非道な動機(evil motive)や他人の権利に対する無謀な無関心
(reckless indifference to the right of others)が必要であるとされる。また、要件とし
て重大な過失(gross negligence)を要求する州も多い。17
金額の決定にあたっては、加害行為それ自体だけでなく、当該行為に至った動機等
が広く考慮され、危害の性格、程度、被告の財力、同じ加害行為による過去及び将来
にわたる訴訟の有無も斟酌すべきものとされる。巨額な懲罰的損害賠償を認めた訴訟
としては、史上最大の評決額だとされる懲罰的損害賠償額 1 億 2500 万ドル(ただし、
後に裁判官により 350 万ドルに減額)の評決があったフォード・ピント訴訟(1978)
、
1億ドルの懲罰的損害賠償額(ただし、後に裁判官により 2000 万ドルに減額)が評
決されたフォード・ムスタングⅡ訴訟(1983)
、1億 2460 万ドルの懲罰的損害賠償額
(ただし、後に裁判官により 3500 万ドルに減額)が評決されたアップジョン訴訟
(1991)などがある。18
なお、製造物責任に懲罰的損害賠償を認めてよいのかどうかということに関しては
理論的問題がないわけではないが、理論的な問題よりも実践的な効果の方を重視し、
製造物責任の場合にも懲罰的賠償を認めている州が多い。19
4.2 第 104 議会
1995 年~96 年に開催された第 104 議会でも、第 96 議会~第 103 議会までと同様に
連邦製造物責任法案が提出された。しかし、第 104 議会がこれまでの議会と異なって
いたのは、1994 年の中間選挙で上院、下院とも民主党と共和党の議員数が逆転し、い
ずれも共和党議員が民主党議員の数を上回ったということである。20
共和党は、1994 年の中間選挙の際に、アメリカとの契約(Contract with America)
を掲げ、直ちに着手すべき主な改革として 8 項目を挙げ、また、104 議会の始めの 100
日以内に下院に提出すべき法案として 10 の法案を挙げたが、この 10 の法案のうちの
1つに「The Common Sense Legal Reform(常識に基づいた司法改革)」があり、懲
罰的賠償の合理的制限や製造物責任法の改革を約束した。21
この結果、下院では、ハイド、ホーク両議員によって提出された「An Act to establish
-8-
legal standard and procedure for product liability litigation, and for other
purposes (製造物責任訴訟等における法的基準と手続を定める法律)
」が、1995 年 2
月 23 日に 256 対 161 で可決された(H.R.956)。この法案は、その名称からも分かる
ように製造物責任制度だけではなく、民事訴訟全般の改革を目指す内容のものであっ
た。
その後、H.R.956 は、上院に送られたが、上院での審議において大きく修正され、
製造物責任に限定する内容となったが、5 月 10 日に 61 対 37 で通過した(
「Product
Liability Fairness Act of 1995」)。
しかし、下院において通過した法案と上院において通過した法案の内容とが著しく
異なっていたことから、調整が必要となり、両院協議会を設置し、最終的には上院法
案に沿った内容でまとまった。この妥協案は、上院本会議で 59 対 40、下院本会議で
は 256 対 158 で通過した。
しかし、1996 年 4 月、これを受けたクリントン大統領は、5 月 2 日に拒否権を発動
し、その後、拒否権を覆すための再投票が行われたが、結局、拒否権を覆すのに必要
とされる 3 分の 2 の賛成を得ることなく、同法案は廃案となった。
4.3 ATLAが行った活動
第 104 議会における連邦議会の製造物責任法案の審議過程において、ATLAが具
体的にどのような活動をしたのかはあまり明らかでないが、機関誌「TRIAL」の別冊
「LEGISLATIVE UPDATE」1995 年 6 月号において、上院で製造物責任法案が通過
したことを全面的に取り上げて、その審議の過程を詳細に報告しているので、ここか
らATLAの動向を探ってみたい。
(1) 法案の
法案の問題点
ATLAは、まず、この法案の問題点に触れ、その記述によると、問題点は懲罰的
賠償の制限を 25 万ドル、又は経済的および非経済的損失の合計額の2倍としている
点22、また、小規模企業について特別のルールを課したことであるとする23
24
。
前者については、25 万ドルか経済的損失と非経済的損失の合計額の2倍のいずれか
高い方を制限額とするのであるが、「非経済的損失」を制限することを疑問視してい
る。というのも、低所得あるいは収入のない女性、高齢者、子どもなどは、非経済的
損失しかなく、これを制限することは、これらの被害者に、「重役クラスの高収入な
労働者より大きな重い荷物を負わせることになる」からである25。
また、後者については、純資産が 50 万ドル以下の個人、常勤雇用者が 25 名未満の
企業等が被告となった場合には、25 万ドル、又は経済的損失と非経済的損失の合計額
の2倍のいずれか「低い」金額を制限額としており、これは前者の制限よりさらに懲
罰的賠償額を制限するものである。
いずれにしても、ATLAの立場からすれば、懲罰的賠償に対する制限を加えるこ
-9-
と自体がすでに問題であり、その上、さらに不必要な制限を課す上記2点の問題点は、
到底受け入れられるものではないということであろう。
(2) 法案可決に
法案可決に反対する
反対する上院議員
する上院議員に
上院議員に対するサポート
するサポート
次に、ATLAは、上院での審議過程において、4 回にわたる民主党議員による「議
事妨害」(filibuster)に対する「討論終結」(cloture)があり、討議終結については
いずれも可決されなかったことを報告し、さらに、filibuster を行ったアーネスト議
員やハウエル議員の名前を挙げ、その演説の抜粋を掲載している。また、その他にも
法案に反対する強い陳述を行った議員がいるとして、その名前を挙げている。【表 3】
は、同別冊に具体的に特に名前が挙げられていた議員(製造物責任法案に反対する議
員)の一覧であるが、ATLAから政治献金を受けている議員もおり、また、共和党
多数の議会構成に対する対策の一環であるのか、民主党の議員のみならず共和党の議
員の中にもATLAの主張を支持する議員には政治献金が行われている。
また、同別冊には、上院議員全員について、最終案、cloture、修正案の採決に際し
て賛成票と反対票のいずれに投じたのかの一覧表まで掲載している。このような一覧
表の掲載は、次回の選挙についての判断資料としての意味も持つものであり、それを
意識したものということができるだろう。
(3) 声明
また、同別冊には、ATLA会長のラリー・S・スチュアート氏(当時)による声
明が掲載されている。この声明よれば、「今日、上院は、アメリカ人は民事裁判にお
いて公正な決定がされているものと信じることができない、と言った。司法改革と呼
ばれる危険なパッケージを承認することにおいて、上院は、個々のケースにおける事
実の全てを聞いている地方の陪審員や裁判官よりも、連邦の政治家の方がよりこれら
のケースを判断するのに適任であると信じている。この上院の可決は、昨年 11 月に
投票者が圧倒的に無記名投票を拒否した「ワシントンが一番良く知っている」哲学の
典型である。」「この法案は、もし法律になれば、すべてのアメリカ人の、特に女性、
子ども、高齢者の健康や安全に荒廃した風が吹きすさぶという打撃を与えることにな
るだろう。個人の権利は踏みにじられ、悪に対して消費者の健康や安全を無視する広
いライセンスを与えることになるだろう。」
「この法案が両院協議会に移っても消費者
を代表する弁護士たちは、政治家でも、保険会社でも、製造業者でもない、これらの
ケースに判断を下す人々である、私たちの選ばれた公務員を説得し続けるだろう。」
とする。26
このような声明からは、ATLAが今後も立法者らに対するロビー活動等による働
きかけを行っていくであろうことが読みとれる。
(4) 大統領の
大統領の法案拒否権の
法案拒否権の発動に
発動に向けて
上院でのこの法案の可決により、この法案を廃案にするためには、大統領の拒否権
の発動が重要な問題となることから、ATLAは、会員に対して、また、会員を通じ
- 10 -
てATLAの意見に賛同する一般の人々に対して、大統領が拒否権を発動するように
呼びかける「letter」を送付することも呼びかけ、その文案を同別冊に掲載している。
この「letter」がどれほどの効果を発生させたのかは明らかではないが、結果的に、
弁護士出身で、民主党の大統領であるクリントン大統領は、製造物責任法案に対して
拒否権を発動し、同法案は廃案となった。これに対しては、ATLAがクリントンの
大統領選挙に資金援助を行っていたという指摘もある27。実際にクリントン大統領は、
2000 年夏にシカゴで行われたATLAの総会に出席し、演説しており、このことから
もクリントン大統領とATLAとの強い結びつきを見て取ることができ、ATLAの
活動が廃案への影響力を持っていたことは否定できないと思われる。28
4.4 共和党多数の議会、共和党大統領のもとで
連邦議会は、すでに述べたように 1994 年の中間選挙で上院・下院とも共和党多数
に転じた。その後、2000 年の大統領選挙において接戦の末、共和党出身のブッシュ大
統領が選出され、行政府も共和党勢力で占められることとなった。上院については、
2001 年春に共和党議員1名が無所属となり、そのため、民主党 50、共和党 49 となり、
一時、民主党多数に転じたものの、その後の 2002 年中間選挙では、再び共和党が多
数を占めることとなった。
従来から民主党を政治資金等の面からバックアップしてきたATLAであるが、こ
のような共和党の優勢のもとで、共和党議員や候補との結びつきを強めようとの動き
もある。
「TRIAL」2002 年 9 月号に掲載された「WASHINGTON FOCUS」のコーナーで
は、ATLA政治部門のアソシエイト・ディレクターであるエリザベス・ハンフリー
氏による次のような記事が掲載されている。29
同氏は、「法廷弁護士やそのクライアントを連邦議会議事堂(Capitol Hill)におい
て代表するATLAの能力は、しばしば市民正義の議論を汚染する、ほとんど本能的
な党派心によって不必要に妨害されてきた。皮肉なことに、国会において民主党が大
規模に市民司法制度を支持し、共和党がほとんどそのような活動をしていない間に、
われわれの州の基本的な不法行為法制度は共和党の核心となる価値を具体化してい
る。これらは、州の権利であり、個人の責任であり、連邦の規制ではなく、私的な自
由市場システムを通して議論し決定されるものだ。法廷弁護士の仕事は、このメッセ
ージをよりよく伝えることであり、市民司法制度を支持する共和党の官僚や候補者に
手を伸ばすことだ。」とし、共和党議員の中にもこのような市民司法制度の維持を掲
げる議員がいるとして、共和党のペテ・キング議員の名前を挙げている。また、共和
党が連邦議会の上院・下院とも多数となった 1994 年選挙以来、1995 年から 2002 年ま
での間に約 20 回にもわたる弁護士報酬の制限・規制を試みてきたことについても、
共和党議員が果たしている役割について、次のように述べる。「最近の奮闘は、国会
- 11 -
が夏期休暇に入る前の週に、民主党のコントロール下にある上院で起こった。
(中略)
弁護士費用に上限を設ける医療過誤と製造物責任に関する提案を 57 対 42 で打破した
のだ。このとき、6人の共和党議員は、この法案を棚上げにする審議に投票した。強
力な医師ロビーを伴い、産科医不足の州から来た上院議員にとって、これは特に困難
な投票であり、上院におけるきびしい挑戦だった。トンプソン上院議員(共和党)は、
この、マッコーネル修正案として知られる提案を打破する鍵となる役割を演じ、この
提案は州の権利に対する不公平な押しつけであると雄弁に主張した。
」
さらに、1998 年の弁護士報酬に関する議論の中で、共和党のハッチ上院議員が語っ
た発言を引用する。ハッチ議員は、「自らを守る資力がなく、自らの権利を主張する
ことができず、自らのよりよい利益についての評決を得ることのできない人々に対し
て(それらを)与えるのが成功報酬の制度であった。そして、弁護士が成功報酬制度
の基礎の上に案件を受任しようという意思がなければ、私たちの社会における多くの
悪が正されないことになるだろう。
」
さらに、ハンフリー氏は続けて次のように述べる。「両議院の多数は、予期せずし
て様々な要因によって変化する。辞職、再選挙、死亡、特別選挙、長官による任期中
の任命などの要因である。法廷弁護士は、どちらの政党においても敵を作ることはで
きない。党との政治的な友好関係を考えないで、連邦議会のメンバーと積極的な関係
を作ることは、批判的だ。しかし何といっても、民主党議員たちは、市民司法制度に
おいて同意見ではないし、すべての共和党議員が不法行為法改革を信じているわけで
はない。これが、法廷弁護士が手を伸ばす必要のある理由だ。ATLAは、共和党法
廷弁護士議員連盟(Republican Trial Lawyers Caucus)を創設することによって、
国会の共和党議員との連携をさらに深めるよう活動している。」と締めくくり、共和
党多数議会においても、党派を超えた個々の議員に働きかけることにより、その使命
を達成するよう奮闘している。
5 おわりに
アメリカにおける法廷弁護士たちの訴訟は、被害者救済や事故抑止という、表向き正当
に見える理由のもとに、単に弁護士の金儲けの手段となっているという指摘がある。実際
に、巨額の懲罰的損害賠償の評決が出ても、成功報酬制度のもとでは、賠償金の3分の1
~2分の1が弁護士に支払われ、実際に被害者の手元にどれほどの金額が渡っているのか
疑問視する声がないわけではない。また、最近では、「肥満になったのはマクドナルドの
ハンバーガーを食べたから」という理由で、マクドナルドを相手取って訴訟を起こすとい
ったケースまで発生しており(もっとも裁判所によりこのような訴えは却下されたようで
あるが)、このような例は極端であるとしても、法廷弁護士による濫訴の問題があること
もまた事実である。
しかし、現に、製造物責任や成功報酬制度のもとで、泣き寝入りすることになるかも知
- 12 -
れない被害者が訴訟を提起し、これにより救済されていることは事実である。懲罰的損害
賠償制度は、行政機関だけでは監視できない企業の行き過ぎた経済活動を市民が監視する
という効果も発揮している。刑罰や行政による取締により、事故を防止することには一定
の限界があり、懲罰的損害賠償制度により、以後の同一被告による、あるいは同業者によ
る同種の事故を未然に防止するという効果があるからだ。また、訴訟の提起による社会的
な関心の高揚やそれに伴う法律の強化といった効果も期待できるだろう。
成功報酬制度については、先に引用した共和党のハッチ上院議員の発言にもあるとおり、
消費者問題や医療過誤など原告弁護士のクライアントが十分な経済力を持たない場合で
も訴訟を提起できるという意味で、社会的弱者を法の保護の外には置かないということを
意味し、勝訴すれば原告弁護士に多額の報酬が入るという経済的インセンティブを与えて
いることはアメリカならではの制度だという見方もできる。そして、このような経済的イ
ンセンティブを与えることにより、社会的弱者の保護を法の外に置かないという姿勢は、
我が国に最も欠けている部分であると言えるかも知れない。経済的インセンティブのない
我が国では、消費者問題や環境問題などは弁護士のボランティア的な活動に支えられるこ
とが多く、現に、そのようなボランティア精神の下で精力的に活動している弁護士がいる
ことも事実であるが、このような体制には一定の限界があるといわざるを得ないからであ
る。ハッチ上院議員の発言のとおり、経済的保障が弁護士による被害者の権利の救済に役
立つということは否定できない。
ATLAがこのようなシステムを支えることについて、法廷弁護士としての本来の職務
範囲に限定されず、行政・立法への積極的働きかけを行い、政策決定の過程から関与しよ
うとすることは-法廷弁護士がいかに批判されようとも、また、経済界から非効率だとい
う批判が上がろうとも-アメリカ社会の中で一定の評価を受けているということもでき
る。先に引用したハンフリー氏の指摘にもあるように、実はATLAが維持しようとする
市民司法制度は、党派を越えた価値観であるとみることもできる。連邦議会において継続
的に提出されてきた不法行為法改革に関する法案が次々と廃案にされてきたこともこれ
と無関係ではないだろう。
このような問題として捉えると、連邦レベルでの不法行為法改革が一向に進まないこと
は、単に、ATLAによる高額の政治献金や膨大な支出を伴うロビー活動などによる圧力
のみによる結果であるとする捉え方はあまり正確でないように思われる。同様の政治献金
やロビー活動は、不法行為法改革に賛成する業界団体や企業も展開しているのであり、支
出した費用の大きさのみでその効果を図ることはできない。政治献金やロビー活動がAT
LAの活動を支えていることは紛れもない事実であるとしても、それと同様に、あるいは
それ以上に大切なのは、アメリカ国民がATLAの維持しようとする価値観-司法制度-
懲罰的賠償、陪審裁判、弁護士の成功報酬制度などに共感を覚えるかどうかという点にあ
るのではないか。
このような認識は、何よりATLA自身が持っていることであろうと思われる。
- 13 -
「TRIAL」2002 年 12 月号の「President’s page」において、当時の会長であるメアリ
ー・アレキサンダー氏は、第 108 議会が企業利益を支援する立法者によってコントロール
されていることに失望感を表すとともに、そのような潮流が 1995 年にもあったことに触
れ、このときには「プロの市民正義を追求する大統領がホワイトハウスにいた」(クリン
トン大統領)ことから、市民司法制度が守られたが、ブッシュ大統領は、弁護士に対して
持つ軽蔑の感情や被害にあったアメリカ人たちによる合法な訴訟を制限しようとする目
的を隠しておらず、今日、企業社会アメリカは以前よりもさらに組織化しているとすると
指摘する。さらに、このような記述に続けて、アレキサンダー氏は、「私たちは、このよ
うな『金持ちの敵対者』に対して、資金面で張り合うことを必ずしも希望しない。しかし、
私たちの依頼者への公約や主張を過小評価すべき者は誰もいない。私たちは法廷弁護士と
して、困難な闘いに挑んできたという経験があり、これからの闘いに私たちのこのような
経験を持ち込むべきである。私たちがまずやるべきことは、法廷弁護士の世間的なイメー
ジを正すことである。私たちは good guy であるのに、世間的な認識では、弁護士は威張
っていて、金に汚いと思われている。(中略)法廷弁護士のイメージの修復は、私たちが
お互いに、また、家庭や草の根レベルで、私たちのコミュニティの中で始めることである。」
例えば、
「ニュースレターや e-mail を通じて依頼者と定期的にコミュニケーションを取る
ことや中心的な問題を伝えること、市民司法制度や依頼者を助ける法廷弁護士の積極的な
イメージを増強すること。
」
「コミュニティにおいて、消費者や安全保護のグループと可能
性のある同盟を組み、それらの団体の努力をサポートするための公的な活動をすること。
それらの団体やバイクのヘルメット安全プログラムや乗用車のシートの安全性 checkup
day を支援するために地域の警察とチームを組むこと」「シニアや家族や学生と交流し、
法廷弁護士は彼らの味方であることを説明し、アメリカを安全にするために活動すること。
地域の学校で、コミュニティ・グループで、シニア・センターで話をするといったボラン
ティア活動をすること。マクドナルドのコーヒー訴訟に関する神話の正体をすっぱ抜くこ
とは、どんな人でも知っている話なので、スタートとしてはよい場所である。」といった
例を挙げている。そして、さらに続けて、
「私たちは、法廷弁護士のイメージを定着させ、
不法行為法改革の潮流を後退させ、連邦議会に「プロの市民正義」を追求する多数者を再
び選出することになるだろう。」とし、ここからは、法廷弁護士の活動を一般の人々に正
確に知ってもらうことが連邦議会に市民司法制度の維持のために活動する議員を送り込
むために必要なことであるとするATLAの考え方が伺われる。30
このような草の根的な活動-法廷弁護士のイメージアップ、陪審裁判の正しい理解の普
及など-は、一般にその効果が現れるまでに多くの時間の経過を必要とするが、共和党多
数議会においては、多額の政治献金やロビー活動と共に、このような草の根的な活動がよ
り一層必要とされ、また、ATLAの達成すべき目的にとって効果的に作用することとな
るように思われる。
(完)
- 14 -
「現代アメリカ政治と公共利益 環境保護をめぐる政治過程」久保文明(東京大学出版会)
p.152
2
前掲注1p.153
3 「製造物責任」安田総合研究所(有斐閣)p.4~5
4
ATLAのウェブ・サイト
http://www.atla.org
5
ATLA Mission は、様々なところで書かれているが、例えば、機関誌「Trial」の目次ペー
ジに毎号書かれている。
6
ATLAのウェブ・サイト
7
コモン・コーズのウェブ・サイト http://www.commoncause.org
8
「Ms. Smith Goes to Washington
Women Trial Lawyers Will Converge on Congress
for Lobby Days」ATLA Advocate 2003 年 4 月号 p.1
9 「Women’s Caucus Converges for Annual Lobbying Effort」ATLA Advocate 1999 年 8 月
号 p.1 および前掲注8
10
The Center for Responsive Politics のウェブ・サイト http://www.opensecrets.org
11 「ATLA’s List-Targeting Political Candidates」ATLA Advocate
2002 年 9 月号 p.1
12 「新製造物責任法体系Ⅰ(海外篇)
」小林秀之・東京海上研究所編(弘文堂)p.172~174
アスベスト(石綿)は、耐熱性、絶縁性などにすぐれていることから、古くから自動車のブ
レーキ、クラッチ板、建物の配管等の断熱材、電気コードの被覆等に使用されていたが、アス
ベストの粉塵を恒常的に吸い込むと、その粉塵が肺に突き刺さり沈着して深刻な健康被害を引
き起こすことが判明した。アメリカでは軍艦のパイプ等に大量のアスベストが使用されており、
造船所で働く労働者を中心に多数の被害者が発生し、アスベスト会社に対しておびただしい訴
訟が提起された。1986 年の時点で、毎月 7000 件の訴訟が提起され、最終的な訴訟に要する
賠償金と費用の総額は 245 億ドルにのぼると推計されていた。このような中、世界最大のア
スベストメーカーであったジョンズ・マンヴィル社は、将来の賠償金及び訴訟費用の負担に耐
えかねて、1982 年、連邦破産法 11 章に基づく更生を申請した。
13
子宮内避妊具が原因で腐食性流産や感染症等の事故が多発し、医療メーカーのロビンス社は
約1万 5000 件の訴訟を提起され、1985 年更生手続を申し立てた。前掲注 12 p.176
14 前掲注 3
p.151~153
15 前掲注 12
p.215
16 前掲注3
p.118
17 前掲注3
p.119
18 前掲注 12
p.169~186
19 製造物責任において加害者の責任を追及するためには、加害者の故意・過失を立証する必要が
なく、製造物に欠陥のあることを立証すれば足りる(厳格責任)
。これによって、被害者の立
証責任の負担を除去し、保護を強化しているわけある。懲罰的損害賠償の制度は、基本的に加
害者の悪意性という主観を問題にしているのに対して、厳格責任は行為者の故意・過失という
主観面を問題にせず、製品自体に欠陥があったかどうかを客観的に判断しようとするものであ
ることから、懲罰的損害賠償の理論と矛盾するのではないかという主張がある。前掲注 3 p.121
20 第 104 議会における両党の議員数は、下院:民主党 203、共和党 231、上院:民主党 48、共和
党 52 である。
21 連邦議会下院のウェブ・サイト
http://www.house.gor/house/Contract/CONTRACT.html
22 H.R956 第 107 条(b)(1)
23 H.R956 第 107 条(b)(2)
24「SENATE PASSES PRODUCT LIABILITY LIMITS」LEGISLATIVE UPDATE
1995 年 6
月号 p.2
25 「FACT SHEET :How Product Liability ‘Reform’ Would Harm Low-Income America」AT
LAのウェブ・サイト「The ATLA Press Room」
26 「SENATE PASSES PRODUCT LIABILITY LIMITS」LEGISLATIVE UPDATE
1995 年
1
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6 月号
p.4
27 「新しい米国連邦製造物責任法案の要点
28
29
30
~米上院製造物責任フェアネス法案とその議事録~」
平野 晋(国際商事法務 Vol.21、No.6)p.653
「President Clinton Addresses Largest ATLA Convention」ATLA Advocate 2000 年 9 月
号 p.1~2
「Trial lawyers need to reach out to Republican members of Congress and candidates who
support the civil justice system」TRIAL 2002 年 9 月号「WASHINGTON FORCUS」
「Rising to the challenge of the 108th Congress」
「PRESIDENT’S PAGE」TRIAL 2002
年 12 月号 p.9
- 16 -