(東洋大学): 感動体験の類型化に関する検討

26G-06
感動体験の類型化に関する検討
-感動対象との関係性に基づいて-
戸梶亜紀彦(東洋大学 社会学部)
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1.はじめに
感動は感情反応の一つではあるが、喜び、悲しみ、怒り、恐れといった基本感情と呼ば
れる感情とは異なり、いくつかの感情(身体状態を含む)や心的状態が複雑に絡み合って
喚起される複合的感情であると考えられる。例えば、先に列挙した基本感情の場合、獲得、
喪失、妨害、脅威といった状況刺激によって比較的容易に感情喚起が可能であるが、感動
の場合にはそれほど単純かつ容易に喚起させることはできない。実際に、感動体験に関し
する記述について内容を分析してみると、さまざまな感情が入り混ざっていることが多く、
共通の特徴を見出すことが困難である。
戸梶(2001a)は、感動を喚起した際に頻繁に含まれていると考えられる感情の種類につい
て大学生 224 名を対象に調査を行ったところ、多い順に喜び・嬉しさ(73.2%)、悲しみ・哀
しみ(40.6%)、共感・同情(13.8%)、驚き(13.8%)、尊敬(8.0%)であった。通常では正反対の
感情とされる喜びと悲しみが1位と2位を占めており、感動という感情反応の複雑さを物
語っているといえる。このような複雑さのあることが、感動を明確に定義することへの障
壁となっていると考えられる。
感動に関する定義の困難さもさることながら、感動の分類に関しても漠然としか行われ
ていなかった。例えば、戸梶(2001a)では、主に喚起される感情の種類に基づいて、喜びを
伴った感動、悲しみを伴った感動、驚きを伴った感動、尊敬を伴った感動といった分類を
行っている。また、直接的感動(自分自身に関わる直接的な出来事による感動)と間接的
感動(映画、テレビ番組、小説などの物語をとおして感じられる感動)という枠組みでの
捉え方もなされている。
以上のように、これまでの感動研究における感動の扱いは、主に感動という感情反応の
みに着目して行われてきたと考えられる。しかしながら、上述したように、感動を感情反
応として捉えることは多くの困難を伴っている。そこで本研究では、個人と感動対象(感
動刺激)との関係性に着目し、感動の類型化を試みることとした。
2.類型化の基準
①文脈の有無
感動体験の多くは、物語性を有する事柄に対して喚起されるが、風景・景色や絵画・写
真・彫刻といった芸術作品のように、そのものを認知した際に喚起される場合がある(戸
梶, 2001a)
。そこで、文脈の有無によって感動を二分することとした。前者はある一定のプ
ロセスをとおした体験の結果において喚起される感動であり、後者は我々の感性に訴えか
1
けるような特徴を持った刺激を知覚した瞬間に喚起される感動である。以下では、主に文
脈のある場合の感動について検討していくことにする。
②感動対象との関係性(主体-客体)
感動対象との関係性という観点から感動を捉えると、従来から使用されていた直接的感
動と間接的感動という枠組みが考えられる。すなわち、自身の直接的な出来事によって喚
起される感動と、直接的には関係しない映画、ドラマ、小説などの物語とに大別されるで
あろう。前者では個人が明確な現実として主体的に体験する事柄であり、後者はスクリー
ンやテレビをとおして、またはイメージの中で物語の展開や出来事に対し客体として経験
される事柄である。このように考えると、感動体験は主体的経験と客体的経験に分けるこ
とができるであろう。主体としての感動体験は、個人が主人公の状態で現実に起こったこ
とをとおして体験した感動である。一方、客体としての感動体験は、主人公は他に存在し、
それを視聴する中で体験した感動である。
ところで、主体的経験による感動と客体的経験による感動とを比較すると、前者はすべ
て現実に起きていることであり、当然であるが自身のこととして体験される。それに対し
て、後者はフィクションであってもノンフィクションであっても役者が役を演じているた
め、現実を再現しようとしているのであり、現実風なだけで自身の体験ではない。先行研
究では、感動するためにはストーリー展開におけるリアリティが重要であることも指摘さ
れている(戸梶, 2006a, b)
。そこで、個人にとってのリアリティの程度に着目し、客体をさ
らに2つに分けることとした。すなわち、さまざまな「作品」といわれるものとは異なり、
現実的に実施され、展開が決まっていないオリンピックやワールドカップといった多くの
人に感動を与えるスポーツ、および卒業式や大会での活躍など身近な存在(子ども・友人
など)の成長や達成といった事柄は、客体とは異なった特徴をもつことから別のカテゴリ
ーに分けることにした。これらは、主体としての体験ではないが、現実に起きている体験
である。また、参加・観戦することでファンとして熱狂しやすく、または肉親・友人など
近しい人物をとおした体験であるため、一般的な作品よりもリアリティがある中で事象へ
の関与度が自ずと高くなりやすい特徴も有する。以上のことから、これらを主体的客体と
分類した。
このように分類すると、客体に分類されるものは主に「作品」となっているものであり、
その中で展開される出来事は視聴者や読者とは直接的に何の関わりもない。視点について
比較すると、主体では自身の分かりうる範囲は限定的であり、主体的客体においては主体
の場合よりも客観的に捉えることができるためより広くはなるが知りうる範囲に制約があ
る。それに対して、客体では鳥瞰図的にすべてを見渡すことができる視点を与えられる傾
向にあり、さらには登場人物全員のさまざまな言動や感情を知りうることができる立場に
置かれる。このような違いが、三者間に認められると考えられる。
③場の共有とリアルタイム性
出来事が起きている場と感動を喚起する者の場、および出来事の生起がリアルタイムか
どうかについては、感動喚起で重要となる出来事のリアリティの程度に関連すると考えら
れる。
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主体としての感動体験は、当事者としての体験であるため、明らかに場は共有されてお
り、しかもリアルタイムに事は進む。一方、主体的客体としての感動体験では、概して場
の共有がなされると考えられるが、地方や海外で行われる大会などではテレビを通じて観
戦することになる。この場合、リアルタイム性は保持されるが場は共有されない。録画で
の観戦となれば、リアルタイム性も保持されないことになる。しかしながら、実際に起き
ていることに代わりはなく、リアリティは保たれる。これに対して、客体としての感動体
験では、真の意味でのリアルタイム性は保持されず、場の共有も基本的にはなされない。
例外的に演劇というものもあるが、同じ舞台にいるのではないため、厳密には場は共有さ
れていない。
以上のような違いを考慮すると、主体-主体的客体-客体という三者において、リアリ
ティの程度と事象・人物との関わりの程度に関して、きれいなグラデーションが描けると
考えられる。
3.各カテゴリーにおける主な感情
ここまでの議論を踏まえて、感動に関する事象に文脈が有る場合、感動対象との関係性
によって感動体験を類型化した三者において、それぞれどのような感情を伴うかについて
検討する。
まず、主体として感動体験する場合、これまでの感動研究(例えば、戸梶, 2004; 戸梶・
田中, 2004a, b など)から、達成、気づき、思いやりといった体験が主なものとして指摘さ
れている。これらの体験を基にして、主な感情を考えると、喜び、驚き、感謝などといっ
た感情が伴うと考えられる。いずれにしても、当事者であるためポジティブな感情による
感動を喚起するといえよう。
次に、主体的客体として感動体験する場合は、自身の事ではないものの比較的強く我が
事のように思えることから、喜びや驚きを伴うと考えられる。また、自身のことではない
ため、優れたパフォーマンスに対しては尊敬の感情も伴うことがあると考えられる。
最後に、客体として感動体験する場合は、喜び、驚き、尊敬なども喚起されると考えら
れるが、他にはなかった悲しみや切なさを伴うことがあると考えられる。これは、出来事
に対して客体という立場にあるため、ネガティブな感情を直接的に受けず一定の心理的距
離のあること、それだけでなく他の要素によるポジティブな感情も同時に含まれており(戸
梶, 2001a, b)
、これらの複雑に入り交じった感情状態によって感動することを可能にしてい
ると考えられる。このように類型化してみると、これまで複雑に思われていた感動も、客
体の場合にのみ悲しくても感動するということが示唆される。
4.本研究の意義
以上の議論をまとめると、感動体験は Fig.1 のように類型化される。感動対象との関係性
という視点を加味することで、戸梶(2009)などで指摘されているように、感動喚起に重要だ
とされる関与度やリアリティの程度のグラデーションとして感動対象との関係性を位置づ
けることができた。この結果から、客体としての体験と主体としての体験とを比較すると、
客体である作品を感動体験とするためには興味・関心を持たせ、感情移入させるというこ
3
文脈あり
事
能動的(達成感、発見、気づき)
象(
リ(
場の共有
・ 大
ア 大 主 体 (リアルタイム性)
受動的(思いやり)
人←
リ←
物 テ スポーツ観戦
場の共有
:
と ィ 主体的客体 (リアルタイム性) 身近な人の成長・達成
の→
の→
場の非共有 TV等をとおしたスポーツ観戦
関小 程小
演劇
わ)
度 ) 客 体
場の非共有
(作品)
り
主な感情
喜び 感謝
驚き
喜び 驚き
尊敬
TVドラマ、映画、小説、アニメ、ドキュメンタリー
喜び 悲しみ
切なさ 驚き
尊敬
Fig.1 感動の分類
とが前提とされ、さらに不自然さのないリアリティのある展開を持たせる必要性のあるこ
とが示唆される。また、対象との関係性(主体との距離の程度)から、感動した際に伴う
主な感情が異なることも見出された。このことにより、これまで一見して矛盾するような
事象であった喜びを伴った感動と悲しみを伴った感動のあることに関して、一定の説明が
できうる可能性を見出すことができた。
5.残された課題
本研究では、感動対象との関係性という従来とは異なった視点によって感動を類型化す
ることを試みた。その結果、これまでに見出されてきた感動に関する重要な要因について
確認することができ、また感動喚起時に主に随伴する感情についての説明困難な側面に関
しても説明が可能となった。しかしながら、ここで議論した以外にも、音楽に関する事柄、
風景・景色や絵画等の芸術品などといった文脈のない場合については議論できていない。
今後は、これらも含めた総合的な分類をすることが課題である。
6.引用文献
戸梶亜紀彦(2001a) 『感動』喚起のメカニズムについて 認知科学, 8(4), 360-368.
戸梶亜紀彦(2001b) 人はなぜ、悲しくても感動するのか? 日本認知科学会第 18 回発表論
文集, 184-185.
戸梶亜紀彦(2004) 『感動』体験の効果について -人が変化するメカニズム- 広島大学マ
ネジメント研究, 4, 27-37.
戸梶亜紀彦・田中徹(2004a) 年代別にみた自分を変えた感動体験の特徴について 日本社会
心理学会第 45 回大会発表論文集, 398-399.
戸梶亜紀彦・田中徹(2004b) 感動体験の効果に関する検討(2) -社会人の場合- 日本認知
科学会第 21 回大会発表論文集, 226-227.
戸梶亜紀彦(2006a) 世間に感動を呼んだ事例の分析-ハルウララの事例-
感情心理学研
究, 14(1), 82-83.
戸梶亜紀彦(2006b) 物語に対する捉え方と感動の有無との関係について
日本認知科学会
第 23 回大会発表論文集, 414-415.
戸梶亜紀彦(2009) 物語に対する感動が喚起される認知処理メカニズムの検討
学会第 26 回大会発表論文集, 316-317.
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日本認知科