オランド大統領の「静かな競争力強化」 - 日仏経済交流会(パリクラブ

Paris le 23 juillet 2013
パリクラブの皆 さん
元 気 にお過 ごしのこととお察 します。
9日 からパリに戻 りましたが、この二 週 間 は時 差 を戻 すためにもっぱら睡 眠 中 心 の生 活 です。
パリは猛 暑 で時 々東 京 のような冷 房 生 活 が懐 かしくなりますが、大 体 において日 陰 や室 内 は快 適
です。9月 中 旬 までゆっくり過 ごそうと思 っています。
東 京 にいるときは材 料 があってもなかなか進 まず一 か月 開 けてしまいました。今 回 は、少 し政 治 ・
経 済 問 題 を取 り扱 おうと思 いオランドの競 争 力 強 化 をテーマにしました。みんなにいじめられている
オランドに少 し同 情 しています。競 争 力 に絞 り経 済 クラブであるパリクラブ向 きの記 事 にしたいと思
います。
1と2がありますが、まず1を送 ります。2は2週 間 後 あたりに送 りたいと思 います。
7月 14日 に産 経 新 聞 のシャンゼリゼオフィス(素 晴 らしいです)に妻 と招 かれ、写 真 を撮 ることが出
来 ました。固 定 でしたので地 上 のほうが機 動 力 のある写 真 が撮 れたかもしれません。いろいろな方
がいましたが、その中 でも斉 藤 元 大 使 (現 在 味 の素 の取 締 役 )とお会 いしました。大 変 気 さくでザッ
クバラン、木 内 様 を彷 彿 させる素 晴 らしいお人 柄 の方 です。
綿貫健治
パリ通信(5) 「下から見たフランス」
オランド大統領の「静かな競争力強化」 (La force tranquille)
綿貫 健治
7月 14日 「フランス革 命 記 念 日 パレード」(筆 者 撮 影 )
最 近 のオランド大 統 領 の変 節 ぶりが面 白 い。社 会 党 出 身 の大 統 領 ら
しく労 働 者 の雇 用 を重 視 し大 企 業 や富 裕 層 に増 税 で対 決 する形 で登 場
したが、最 近 は企 業 減 税 などでフランス産 業 の「競 争 力 強 化 」に力 を入
れている。政 権 奪 取 から半 年 で先 輩 のミッテランと同 じように「右 回 り」を
開 始 した。前 職 のサルコジ大 統 領 が「むき出 しの改 革 者 」としたらオラン
ド大統領は「静かな改革者」と言える。
イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙 は「静 かに決 意 を燃 やしてフラン
スを変 えることのできる大 統 領 なのだろうか? 」と懐 疑 的 である。しかし、
オランド大統領はエリートとしては政治家としての下積生活が長く、ミッテ
ラン大 統 領 のそばで現 実 主 義 の重 要 性 を学 んだことを無 駄 にしていな
い。
ミッテラン大 統 領 は政 権 をとるとすぐに社 会 主 義 的 政 策 「ミッテランの
実 験 」を始 めたが結 果 を残 せず、迫 りくるグローバリゼーションと欧 州 統
合 の進 展 のために政 権 開 始 後 2年 目 に自 由 主 義 政 策 に「大 転 回
(tournant)」をした。その現 実 的 判 断 が、その後 の欧 州 統 合 を発 展 させ
「国 父 」として国 民 に親 しまれ14年 の長 期 政 権 をもたらした。ミッテラン
の大転換から比べるとオランドの転換はまだ「小転換」であるが、社会主
義 政 党 が新 しい「フランス的 社 会 モデル」を作 るために、なりふりかまわ
ず競争力強化に力を入れ始めたことは歓迎したい。
「オランドの実 験 」をまつまでもなく、フランスの国 際 的 競 争 力 と取 り巻
く経 済 環 境 はすこぶる悪 い。経 済 成 長 はマイナスかゼロに近 く、3大 格
付 け会 社 から長 期 債 務 格 付 ランクを1階 級 下 げられ、産 業 競 争 力 とイノ
ベーション力 は低 迷 し、裕 福 層 への増 税 が国 外 脱 出 を刺 激 し、国 内 総
生 産 の財 政 赤 字 は3%を切 れず、失 業 率 は10%を超 え若 者 の失 業 率
は30%近 く、製 造 業 の1時 間 あたりの賃 金 はEU平 均 より20%高 く、正
規 労 働 者 の労 働 時 間 は39.5時 間 と英 独 より短 いなど短 期 的 にはネガ
ティブ要 素 が多 すぎる。目 先 の政 策 より構 造 改 革 が求 められるゆえんで
ある。
これらの理 由 で、政 治 は混 とんとし国 民 は苛 立 ち、オランド大 統 領 の
就 任 1年 後 の国 民 評 価 は史 上 最 低 水 準 の20%台 である。しかし、これ
はオランド政 権 だけの責 任 ではない。前 政 権 のサルコジ政 権 の政 策 ミス
と前 政 権 以 前 からの構 造 的 な経 済 問 題 を抱 えているからである。問 題
なのはオランド大 統 領 もエロー首 相 も閣 僚 経 験 をしたことがないために
アクションが遅 く、与 党 を追 及 すべき現 在 野 党 の国 民 運 動 連 合 (UMP)
が分 裂 して弱 体 化 しているからである。オランド大 統 領 が昨 年 11月 の
公 式 会 見 で「結 果 は5年 後 に評 価 を」と言 っていたのはその表 れで企 業
も国民も不満で一杯である。
そこでオランド大 統 領 が打 った手 は「競 争 力 強 化 策 」である。 HEC,
ENAの先 輩 で社 会 党 派 企 業 家 、欧 州 宇 宙 ・航 空 企 業 大 手 EADSの前
最高経営責任者ルイ・ガロワ氏に総合投資局の局長を依頼し戦略的提
案 書 を 提 出 し て も ら っ た 。 こ の 「 ガ ロ ワ 報 告 ( Pacte pour la
compétitivité
de l'industrie française)」に基 づき「フランス産 業 の競 争 力 強 化 策 」を
発 表 し、200億 ユーロの企 業 減 税 、投 資 拡 大 、スキルの向 上 、中 小 企
業の強化などの政府提案に盛り込んだ。しかし、「競争力ショック」を盛り
込 んだ報 告 書 にある労 使 問 題 、労 働 時 間 などに踏 み込 んでおらずドイ
ツモデルを下敷きにしたガロワの考えに一歩遠い。
問 題 は競 争 力 劣 化 は見 かけ以 上 深 刻 で、フランスの国 際 競 争 力 は
確 実 に落 ちている。結 果 を出 すのはオランド大 統 領 が言 う「5年 先 」では
遅 く、ガロワ報 告 書 にあるように目 先 の競 争 力 強 化 より本 当 に必 要 なの
はショックを伴 う構 造 改 革 なのである。国 際 競 争 力 を示 す代 表 的 指 標 は
国 際 競 争 力 指 標 「IMDランキング」と「WEFランキング」が改 革 を示 唆 し
ている。IMDランキングは経 済 の基 本 的 指 標 を重 視 し、WEFランキング
はビジネスを重 視 しているが、IMDランキングで2008年 、フランスは対
象 国 59か国 中 25位 であったが2012年 には29位 に落 ちた。WEFラン
キングでは2008-09年 に対 象 国 144か国 中 16位 だったが、2012
-13年 に32位 に落 ちた。両 方 のレポートで指 摘 されている問 題 点 は、
「マクロ経 済 指 標 」、「労 働 市 場 の効 率 性 」、「市 場 の効 率 性 」などであ
る。
たかが2団 体 の任 意 的 なランキキングとはいえ「されどランキング」で
ある。特 に、IMDはヨーロッパのハーバードと言 われているビジネススク
ールの研 究 所 が出 す権 威 ある報 告 書 で、WEFは毎 年 ダボス会 議 を開
催している世界経済フォーラムが出 しているレポートなので影 響力もあり
オランド大 統 領 も無 視 できない。特 に、IMDレポートでは、1997年 以 降
のヨーロッパでの「勝 者 」はドイツ、「敗 者 」はフランス、イギリスと明 記 さ
れたのでただごとではない。また、国 際 通 貨 基 金 (IMF)や欧 州 連 合 (E
U)からも「競 争 力 の重 大 な欠 如 」の指 摘 と構 造 改 革 の必 要 性 の勧 告 を
受けている。
特 に追 い打 ちをかけたのは最 近 の3大 格 付 け全 機 関 の政 府 債 務 に
関 する「フランス格 下 げ」である。2012年 のスタンダード・プアーズ社 (S
&P)とムーディーズ社 の格 下 げに次 いで、2013年 7月 にフィッチ・トレ
ーディング社 がフランスを最 上 位 から一 段 階 下 に格 付 けを落 とした。理
由 はフランス経 済 の停 滞 と景 気 回 復 の遅 れ、政 府 債 務 と失 業 率 の増 加 、
企 業 など競 争 力 の全 体 的 低 下 、企 業 収 益 力 の低 下 、労 働 や貿 易 に関
する厳 しい規 制 などを理 由 に挙 げている。この実 際 的 な格 下 げがEUで
のフランスの地位にも影響し、ドイツやイギリスとの交渉力も低下した。
オランド大 統 領 はこうしたネガティブ経 済 的 背 景 のもとに、いよいよ改 革
の取り組 み始 めた。今年の革命記念日(7月14日)の恒例 TV 記者会
見 で「競 争 力 強 化 がフランス再 生 のカギでフランスの競 争 力 は回 復 を始
めている」と宣 言 し、鉱 工 業 生 産 の上 昇 やINSEE、中 央 銀 行 の予 想 か
ら「景気はすでに底を打ち回復し始めた(La reprise, elle est là)」と述べ
た。モスコビシ財 務 省 もこれを確 認 し、オランド大 統 領 は労 働 市 場 改 革
や年 金 制 度 の改 革 着 手 する決 意 も示 した。しかし、フィガロのアンケート
では92%の人がオランドの言った景気回復を信じていない。
オランド大 統 領 はあきらめない。若 いときから選 挙 区 では「ブルドーザ
ー」と言 われたシラクに打ち負かされ、大臣の口も同僚に持って行かれ、
大統領選には当時の事実婚パートナーのロワヤル女史に先行され、20
12年の大統領選挙でも社会党の大統領第一候補はストラスカーンであ
った。オランド大 統 領 は、そういう逆 境 の中 で「フレンチ・ドリーム」を実 現
した。自 ら体 験 からペシミズムをオプティミズムに変 える実 践 的 力 を持 っ
ていると信じている。
最 近 の支 持 率 も27%と相 変 わらず低 い。しかし、オランド大 統 領 は
「私 は皆 さんと戦 う。政 治 はマジックではない。強 い意 志 であり、戦 略 で
あり、一 貫 性 である」と国 民 に長 期 的 な戦 いを求 める。「めげない大 統
領」の戦いは続く。
(2013年7月14日)