334 ! 理論への歩み 2 災害社会学における集合行動論的視座の展開 ! はじめに 本章では,災害研究における社会学的アプローチのなかでもとくに集合行動 論的視座に焦点を絞り,そこで示される理論的枠組みの有効性を再検討するこ とによって,災害社会学の展開可能性をさぐることにしたい.従来より集合行 動論は,既存の社会秩序・制度の改変を企図する集合的営為や,制度的ないし 慣習的行為としてはとらえがたい創発的な行動類型を一貫して理論化の対象と してきたが,その点で,災害時に生起する多様な集合的反応――パニック行動, 流言,略奪,スケープゴーティング,救助・救援活動,行政施策にたいする抗 議行動,被災住民による地域復興運動など――は,まさに当該領域にとって格 好の研究素材とみなされてきた.また逆に,災害研究の側からは,災害事象は 危機的な社会状況下で創発される人間行動を省察していくための「自然的実験 室」として認識され(Stallings 1987:240),その固有な行動様式を理解するため に集合行動論の理論枠組みを要請してきた.実際,1950年代以降,膨大な災害 事例研究を蓄積し続けるアメリカ災害社会学の展開が集合行動論的アプローチ によって積極的に推し進められてきたという事実は,まさに災害研究での知見 が集合行動論の精緻化をもたらし,そこでの理論枠組みが災害研究へ新たな分 析視点を提供するといった,両研究領域の相関的な発展過程を端的に示してい る*1.したがって,このような先行研究の系譜を踏まえ,阪神・淡路大震災を 契機として活発化することになった,わが国の災害社会学の今後の理論化方向 を探索していくとき,そこにみられる集合行動論的視座の特質と問題を議論し ておくことは,必要かつ不可欠な準備作業といえるだろう. 2 ! 災害社会学における集合行動論的視座の展開 335 「災害神話」への挑戦 今日にいたるまで集合行動論は,極めて多様な視座を提起しつつも,非慣習 的,非制度的,創発的な人間行動をその分析対象としてきた点では共通してい る(Marx and McAdams 1994:1−24).ただ周知のとおり,R・E・パークやH・ ブルーマーらの「社会感染理論」に代表される初期の集合行動理論においては, F・オールポートやD・E・ミラー,J・ドラードなどによる,本質的に類似し たパーソナリティーをもつ諸個人が同質的集合体を形成するとみる「先有傾向 理論」と同様,集合体成員間の精神的一体化を前提とする収斂理論の立場が堅 持されていた.このような理論的立場は,ル・ボン流の古典的群集心理学がも つ群集像を追い払いながら,より科学的に精緻な理論構築へと志向していた点 で評価に値するといえるが,集合体成員間の精神的被暗示性や感情伝染を基本 的に心理学的な循環反応メカニズムから説明しようとしていた点で,古典的群 集心理学が提示したような群集にたいする非合理性,被暗示性,精神的同質性 という非社会的・社会病理的イメージ像を完全に払拭しきれず,しばしばその エリート主義的,価値付与的,党派主義的立場からの呪縛にとらわれることに なった(McPhail 1989: 419).もちろん,これら問題を抱える初期の視点が,そ の後の理論展開において批判の対象とされ,集合体における「精神的一体化へ の幻想」が否定されることになったのはいうまでもない(Miller 1985:5―10). ただ少なくともここで注意されなければならないのは,そのような社会的感染 理論に依拠する視座が,今世紀半ばごろまでの集合行動論にたいし強い支配力 を保ち続け,アメリカで災害社会学的研究が本格化していく1950年代以前にお いて,災害時の人間行動にたいする崩壊論的イメージ(災害神話)に反映され ていたということである. ところで,もっとも初期の社会学的な災害研究として,S・H・プリンスやR・ I・クタックによる実証研究,J・L・カーやP・A・ソローキン,A・L・ストラ ウスなどの理論研究が有名であるが(Prince 1920; Kutak 1938; Carr 1932; Sorokin ,アメリカにおいて体系的な災害研究が開始されたのは,I・ 1942; Strauss 1944) J・ジャニスやF・C・イクレの研究などを生み出した「アメリカ戦略爆撃調査 336 ! 理論への歩み (The United States Strategic Bombing Survey) 」を契機とする50年代以降からである. とくに,シカゴ大学全米世論調査センター(NORC)や米国立科学アカデミー ・研究協議会・災害研究委員会(NAS-NRC),オハイオ州立大学災害調査セン ター(DRC, 1984年にデラウエア大学へ移転),コロラド大学行動科学研究所など の機関を中核に災害研究体制が急速に整備され,C・E・フリッツやE・L・ク アランテッリ,W・フォーム,S・ナッソー,H・E・ムーア,L・M・キリア ン,J・W・ポーウェル,F・ベイツ,R・R・ダインズ,J・E・ハース,G・ホ ワイト,D・S・ミレーティ,R・H・ターナーなどによって,社会学的な災害 研究が精力的に展開されていったことは,よく知られているとおりである*2. このようなインテンシヴな研究体制下にあって災害研究は,その膨大な事例 研究の蓄積を背景に,当時支配的であった集合行動論の理論的枠組みに大幅な 修正を迫ることになる.たとえば,社会心理学的局面を重視する初期のNORC やNAS-NRCでの事例研究においては,災害時行動を社会解体によって生起す る非日常的な創発行動とみなす崩壊論的立場がいまだ根強く共有されていたと いえるが(Fritz 1961:651−694),当初ブルーマーの理論的影響を受けていたフ リッツやクアランテッリ,R・ブッチャー,ターナーらは逆に,社会的感染や 集合興奮,同質的集合形態,反社会性を災害時行動の基本的性格とみる災害神 話を覆し,それまでの集合行動論が依拠していた崩壊論的考え方を否定するこ とになったのである(Marx and McAdam 1994:6).パニックや略奪行為が限られ た状況においてしか生起しない極めてまれな集合現象であることや(Fritz and ,被災地へ参集する諸個人の動機づけの多元 Marks 1954; Quarantelli 1954, 1957) 性などの発見(Fritz and Mathewson 1957)は,崩壊論的パースペクティヴが想定 する群集成員の非合理・同質的イメージを根本から覆す契機となった. ! 「崩壊」から「創発」へ 収斂理論にたいして否定的見解を発した50年代の事例研究の知見は,当然, 集合行動に関する新たな理論的パラダイムの構築を要請することになる.そこ で,集合行動発生メカニズムに関する革新的な理論枠組みを提起したのが,タ 2 災害社会学における集合行動論的視座の展開 337 ーナーとキリアンの創発規範理論とN・J・スメルサーの価値付加理論であっ た(Turner and Killian 1987[1957]; Smelser 1962).それら理論図式の革新性は,社 会の崩壊過程にともなう個人の心理的力動や刺激−反応より,むしろ社会的相 互作用や「一般化された信念」をつうじた社会構造や組識,規範などの創発過 程を理論化の焦点としていた点にある. ただそれら理論が,そのような視座の転換を図っていったことは事実として も,社会心理学的な危機モデルないし崩壊論的立場から完全に抜け出るにいた らなかった点は,留意されるべきであろう.NORCやNAS-NRCの事例研究を 踏まえたスメルサーのパニックに関する議論は,社会心理学的研究のスタンス を色濃く示していたし(Smelser 1962:131−169),集合行動への社会構造的要因 の摘出においては,構造的ストレーンや「短絡化された信念」のはたらきが最 重要視されていた.また創発規範理論では,集合行動を導出する既存の規範構 造の再編や新たなる規範の創発は物理環境や社会秩序の損壊といった危機的事 態において生起する,とみなされたのである(Turner and Killian 1987[1957]:10− .両理論において,日常と危機との間の構造的不連続性は自明の前提であ 11) った.集合行動の説明に危機概念を適用することは,危機的状況を社会構造の 機能不全に求めるJ・O・ヘルツラーにおいてすでに示されていたが(Hertzler ,外部環境の崩壊が社会崩壊をもたらすという前提は,少なくとも後に 1940) 社会運動論から攻撃を受けることになる1970年代まで,集合行動論だけでなく 災害研究においても共有されていたといえるだろう(Quarantelli 1987:409). しかしながら,そのような崩壊論的視座にたいする批判を受けながらも,と りわけ創発規範理論が災害研究に強い影響力を与え続けてきたという事実は, やはり見逃しえない重要性をもっている.というのもこのことは,創発規範理 論が,危機的状況下での行為や組織,社会構造の創発・変容過程に照準を合わ せることによって,個人・集合体・集団レヴェルの創発的行動に関し新たな分 析視角を提供するだけでなく*3,組織やコミュニティ・レヴェルでの構造創発 や構造変動の議論にたいしても理論的な枠組みを提示してきたことを意味して いるからである.つまり創発規範理論は,60−70年代の災害研究の潮流――収 斂理論が想定するような社会解体への反応行動モデルの否定と,組織や社会構 造レヴェルへの分析視野の拡大――において,理論的な支柱であり続けてきた 338 ! 理論への歩み といえる. ! 危機概念とコミュニティ変動 災害研究における分析対象レヴェルの拡大は,まず危機的社会状況の特質に 関する議論において示されることになる.非制度的行動を生起せしめる社会的 コンテクストとしての危機概念の明確化は,つねに集合行動論や災害研究の関 心事であり続けてきたが(Brown and Goldin 1973:37−45),ダインズとクアラン テッリは,略奪やスケープゴーティングに関する事例研究の知見と創発規範理 論の枠組みをもとに, 「合意的危機状況(consensus crises)」と「非合意的危機状 況(dissensus crises)」という社会的危機概念の類型化を提示した(Dynes and . Quarantelli 1968a, 1968c, 1971, 1976; Quarantelli 1970; Quarantelli and Dynes 1977) 彼らの見解によると,合意/非合意的危機状況は,つぎのような対称的な特 質を示すとされる(括弧内/以下は,非合意的状況の場合).すなわち,規範や 価値,状況の定義づけ,役割間の優先順位,行為目標に関する社会成員間での 基本合意(/不一致と衝突),人種・民族・社会経済的地位など社会的差異の平 準化(/先鋭化),愛他主義的規範(/私利的規範)の創発,問題処理での現実 指向性(/過去や未来への指向性),コミュニティ成員としての自覚と連帯感 ,市民的役割の覚醒と「応化集団」の形成(/「闘争集団」の形 (/社会解体) ,脅威のシステム外在性(/内在性),問題争点の明確性(/不透明性)であ 成) る.そしてこれら差異的特質から,被災社会は合意的状況,暴動や市民紛争を 誘発する社会状況は非合意的状況の典型例として位置づけられた.このような 類型化は,合意的危機状況となる災害時において,コミュニティ全体の利益優 先性や愛他主義的価値理念,私有財産権の留保・制限を可能とする規範の創発 から略奪行為が実際に生起しにくいことや(Quarantelli and Dynes 1969, 1970), 「制度的な法・規範構造の枠内」で展開する有責者への非難行動は,危機的状 況からある程度脱した時期に噴出しやすいことなど(Drabek and Quarantelli 1967, 1969:611−614) ,緊急時の創発行動固有の特性をあきらかにすると同時に,後 にウェンガーによって展開されるコミュニティ変動に関する議論の下地をも用 意することになった. 2 災害社会学における集合行動論的視座の展開 339 一般に災害研究において危機概念は,社会のシステム能力を超えるストレス 状況を意味してきたが(Barton 1969:38; Perry and Pugh 1978:13−15),ウェンガ ーは,集合行動の誘発条件として制度的組織による問題解決行動への指針や手 段の提供困難性をあげるターナーに依拠しつつ(Turner 1964:392),社会的危 機を「社会システムの伝統的・制度的構造が大規模に破壊,無効化され,もは や社会成員にたいし行動指針を提供しえなくなった状態」と規定し,そのよう な状況において社会成員は非制度的な構造を創発するとみなした.つまり危機 事 態(crisis)は,既 存 の 危 機 管 理 シ ス テ ム に よ っ て 対 処 可 能 な 緊 急 事 態 (emergency)と区別され,そのような事態に陥ったコミュニティは,その構造 と機能の両面で変動を余儀なくされることになる(Wenger 1978:26−28). たとえば平時のコミュニティ機能は,!財・サービスの生産−分配−消費, "社会化,#社会参加,$社会統制,%相互扶助に区分され,災害時において それらは,各々,! 経済活動の低下と公共福祉に供する消費財の供給・配分 の達成," 教育施設などの一時停止や緊急利用,マス・メディアによる情報 伝達機能の重視,娯楽機能の低下,# 交通規則や軽犯罪などの法適用の弛緩 と治安維持の規制強化,$ 社会文化活動の一時停止と緊急課業への参加とい った市民的役割の拡張,% 被災者に対する物質的・精神的支援機能の強化, などの変容を経験し,他方,コミュニティ構造は,ア)価値・信念,イ)規範 構造,ウ)組織構造,エ)権力構造の各位相において,ア) 物質的・私利的 価値の一時停止と愛他主義的価値の優先,価値合意への達成容易化,イ) 私 有財産権の制限や人道的・平等主義的規範の創発,ウ) 組織間関係の新規形 成と強化,エ) 多元的権力構造から集権的権力配分への一時的移行,権力関 連資源(富,社会的地位,知識,専門技能,職務能力,正当性,人的資源統制,サ ブシステム間の連帯,メディア統制など)の社会的行使,新しいリーダーシップ の創発などの変動をともなうことになる(Wenger 1978:29−39). このような創発規範理論の視点に依拠するコミュニティ変動への説明が,そ の細部において,後の議論に開かれた問題を残していることはいうまでもない が*4,少なくとも先の危機的状況の類型化と同様,それまで行動レヴェルの分 析に比重をおいてきた災害研究の視野を一挙に拡大していったことは注目に値 しよう.ただ,そのような研究視野の一大飛躍の間隙を埋め,コミュニティ・ 340 ! 理論への歩み レヴェルに関する議論をより緻密なものにしていくには,80年代から積極的に 展開されることになる組織レヴェルの研究を待たなければならなかった. ! 組織論的視座の接合へ これまでの議論からも,災害研究と集合行動論――とりわけ創発規範理論― ―とが強い相互影響関係のうちに発展してきたことが理解されるが,クアラン テッリが後者の視座は「あまりにも災害研究の思考に深く根づいて自明視され てきたために,他の理論的視座の適用がしばしば受け入れられなかった」と自 省するとき(Aday and Ito 1989:23),災害研究の側においては,さらに別の理論 的枠組みが要請されていたことがわかる.それが,70−80年代以降の集合行動 論的視座への組織論的視点の接合であった.実際,DRCをはじめとする災害 研究は,複雑で多領域におよぶ災害事象の理論化において,組織論的視点が不 可欠となることをあきらかにしてきたといえる(Drabek 1987:288; Bates and . Pelanda 1994:145−146) 災害時組織の類型化 災害研究において集合行動論に組織論的視点を接合していく方向性は,ダイ ンズとクアランテッリによる組織類型モデル――いわゆるDRC4種型――の提 示によって,すでにその先鞭がつけられていた(Dyens and Quarantelli 1968b; Dynes .そこでは,災害時に制度的行動と非制度的行動とが複雑に絡み 1970,1978) 合いながら同時に展開する点に注意が払われ,それら行動の主体である既存組 織や創発集団が示す組織特性を軸に,いかに多元的な組織形態を整理しうるか が中心課題とされた.もちろん彼らの類型モデルが,緊急時における組織の構 造と機能の既存/創発性のみを基準軸とする比較的単純な図式であったことは 否めない.しかしながらそこにおいて,組織の新規課業(機能)の形成と組織 内規範の創発とが同一視されることによって,組織論的視点と創発規範理論と がしっかりと結びつけられていた点は強調されてよい.とくに,ウェーラーと クアランテッリによってその図式が集合行動形態の類型モデルとして再定式化 されたことは,両者の関係を如実に示すものといえよう(Weller and Quarantelli 2 災害社会学における集合行動論的視座の展開 341 1973)*5. いずれにしても,この類型図式が災害研究においていかに重要性をもってい たかは,後にさまざまな修正・拡張モデルが提示されていったことからもうか がい知ることができる.たとえば,ダインズによるモデルの精緻化と組織の役 割構造分析への応用,J・W・バルドーによる災害時系列を加味した修正モデ ルの提示,ストーリングスによる組織構造に関する命題化,ダインズとクアラ ンテッリによる災害ボランティア組織への応用,ドレイベックの組織構造の時 系列的発展モデルなどは,いずれもその例としてあげられる(Dyens 1970, 1987; . Bardo 1978; Stallings 1978; Dyens and Quarantelli 1980; Drabek 1987) 組織論的アプローチの展開 災害社会学が集合行動論からの影響を受けながら組織論的視点を取り込んで いった背景には,いうまでもなく組織レヴェルの対応行動への研究関心の高ま りがあった(Dynes and Aguirre 1979:71−74).とりわけ組織の創発性にかかわる 議論では,先の組織類型モデルに示されるように,多元的な組織形態に顕れる 組織変容過程が分析焦点となるため,集合行動論と組織論とによる複合的アプ ローチが要請されることになる(Forrest 1978; Stallings and Quarantelli 1985). ところで組織の創発性に関する問題では,組織の制度的構造と創発的構造と の間の相互変容過程が重要な論点とされ(Drabek 1987:261),これまで創発組 織の形成基盤,組織構造特性と構造変容,組織間関係などの項目において議論 が展開されてきた.なかでも集合行動論と交差する領域において,おおむね以 下のような動向がみられる. まず創発組織の形成基盤に関しては,先の危機的社会状況に関する論考にも 示されるように,それを災害因による構造的ストレスと社会成員による「状況 の定義」との相互作用によって認識される「制度的な問題解決手段の欠如」と みる見方が定着している(Forrest 1978:106).このような見解は,A・R・パー の「組織対応能力が減少するほど創発集団の発達可能性が増大する」という命 題に適合するもので,そこから,コミュニティ内組織の原子化や調整・統制の 欠如,権力保有者の役割放棄,命令ポストの不在,権威の不明確性,防災計画 の整備状況など,組織対応能力に関係する集団創発への多様な促進要因があき 342 ! 理論への歩み らかにされ,多くの命題群が提示されてきた(Parr 1970:425−427; Bardo 1978: . 92;Stallings 1978:91) ただ80年代に入り,D・M・ニールの健康被害に関する運動研究やE・J・ウ ォルシュらのスリーマイル島原発事故での市民運動組織に関する事例研究に代 表されるように,緊急時の組織創発問題に取り組む新しい動きが社会運動論の 枠組みから出てきたことは無視できない.というのも,資源動員論に依拠する それら一連の調査研究は,問題解決へむけた社会成員による能動的な組織形成 過程に注意をむけ,その過程の方向性を決定づける組織の資源基盤や組織特性, 行政施策と対抗する市民運動組織へ参加する成員特性などをあきらかにするこ とによって,組織の対ストレス能力による誘発条件に照準を合わせる危機反応 モデルとは別の角度から,これまでの災害研究に欠けていた運動組織に関する 論点を提起しているからである(Neal 1984; Walsh 1981, 1984; Walsh and Warland . 1983) 一方,創発組織の構造特性については,G・A・クレプスらによって,これ までDRCで蓄積されてきた膨大な事例記録が再整理され,創発集団を含むあ らゆる災害時組織の構造創発パターンの摘出と構造変容過程にたいする分析枠 組みの提示が試みられている(Kreps 1978, 1983, 1994; Kreps ed. 1989).彼らの研 究焦点は,災害緊急時において組織の成員関係パターンや役割・地位構造,活 動領域がいかに変容するのかを,独自の「D−T−R−A分類法」を用いること によって,アドホックに形成される小規模な創発的集団から大規模な既存の災 害関連組織までを対象に総合的に把握することにある(Kreps 1978:66).その 点で,そこでの議論は,L・A・ザーチャーやストーリングスによる災害ボラ ンティア組織をも含む創発集団の役割構造と組織内分業システムに関する分析 や,T・フォレストの災害時組織の構造分化に関する研究など,組織レヴェル の構造分析と重なり合う部分が多いといえよう(Zurcher 1968; Stallings 1978, . 1989; Forrest 1978) また,創発組織のライフ・スパンに関係する構造特性に関しては,組織成員 の拡大,組織内の構造分化や情報処理能力などが構造安定性との関連でこれま で詳細に検討されてきたし(Drabek 1987:281−284),組織体制の持続性につい ても,創発組織のフォーマリゼーションを決定因とみるD・F・ジレスピらの 2 災害社会学における集合行動論的視座の展開 343 創発規範理論的アプローチ(Gillespie and Perry 1976:303−312; Gillespie et al. 1974:774)や,組織目標の広範性や組織の目標形成能力,個人変革か組織目標 の達成かといった組織内結束にかかわる諸要因などに着目する資源動員論 (Zald and Ash 1966)*6から,数多の知見が提示されてきたとおりである. 他方,組織間関係に関する議論では,これまで複数組織の集合体としての組 織間フィールドにたいするネットワーク分析をつうじて,組織間調整の問題が 綿密に検討されてきた(山本 1981:49−81).ただそこにおいては,既存の組 織間関係の摘出に重点がおかれ,新規ネットワークの構築や組織調整集団の創 発形成などにみられる動的過程や,組織間関係の構築と連動する組織構造の変 容問題が充分論究されていたとはいい難い.その意味で,ドレイベックが組織 間関係の構築過程を,各組織が直面する資源問題(不足や過集中,需給バランス など)への問題解決過程としてとらえなおしていることは,既存関係の変容の みならず新たな関係創発をも分析視野に入れる試みとして評価できよう(Dynes . 1978) 以上にみるように,災害時組織に関する理論化作業は,いずれの局面におい ても,運動組織論としての資源動員論からのアプローチをも含めた組織論的視 座を吸収しつつ推し進められてきたことがわかる.このような新たな動向が, 集合行動論が災害研究で取りこぼしてきた視点を浮き彫りにするという点でも, 見逃しえないものとなっていることは,間違いなかろう. ! 展 望 本章では,災害研究と集合行動論との分析および理論展開上の相互影響関係 をあきらかにしてきたが,このような両領域間の密接な関係をとらえていくと き,集合行動論にたいする批判が必然的に災害事例研究の動向に反映されると いう点を再度確認しておきたい. これまでみてきたように,崩壊論的危機モデルの想定する「災害神話」が覆 されていった経緯や組織論的アプローチの接合などは,いずれも集合行動論の 枠組みにたいする災害事例研究からの批判や反省を起点としていたといえるが, それとは別に,社会運動論からの批判的視点の提示や集合行動研究領域内での 344 ! 理論への歩み 新たな理論的パースペクティヴの展開が,災害時の創発行動に関する知見を拡 張しはじめているからである. たとえば資源動員論は,危機的社会状況での構造的ストレスやその関連概念 を集合行為の説明において中軸に据える集合行動論的視点の可能性に疑問を呈 し(Zald and McCarthy 1979:1−5),運動組織の資源調達・動員,運動インダス トリー,コスト・ベネフィットを集合行為の生成・展開への決定因として重視 するが(McCarthy and Zald 1977),このような運動組織論的アプローチが,災害 復旧・復興過程の長期化にともない噴出してくるさまざまな運動型組織の創発・ 発展過程や組織戦略,運動組織を媒介とする被災住民と行政機関との政治的力 動関係などの分析にたいし独自の枠組みを提起し,災害研究をとおして自らモ デル検証を図っていくことは充分考えられる.先にあげたウォルシュらの調査 研究は,資源動員論に示される理論的方向性の限界を認識しつつもその枠組み を災害事例に適用した典型例といえる.また,創発規範理論の影響を強く受け 継ぐDRCにおいても,ニールらを中心に資源動員論の分析視点の積極的な援 用が進められているが,そこではむしろ当該理論の限界性――物的資源以外の 資源の軽視,感情問題への不配慮,近隣関係にもとづく既存組織への関心の低 さ,運動組織間にみられる差異の無視など――が指摘され,災害研究からの資 源動員モデルの精緻化が,逆に要請されてきている(Wenger 1987:236). さらに,C・マックフェイルやR・T・ウォルステイン,D・L・ミラーらのS. B. I. アプローチのように,集合行動論の側からも資源動員論とかなりの親和性 をもつ理論的視座が提起され(McPhail 1991, 1994; McPhail and Miller 1973; McPhail ,災害事例へのモデル適用が試みられ and Wohlstein 1982, 1983, 1986; Miller 1985) ていることも指摘しておかなければならない.この理論的視座は,未組織個人 が集合体へと動員されていく集合化過程(assembling process)と,そこで示され る行動意思決定過程とを,個人や集合体が活用しうる資源の調達可能性という 観点から照射する方法をとっており,パニック行動をはじめとする組織性の低 い行動形態など,組織分析に比重をおく資源動員論の視点がおよばない対象領 域において積極的に議論を展開している(McCarthy 1991).災害研究がとくに 被災初動期に顕現するアドホックな行動事象をとらえていく場合,このような 未組織集合体レヴェルの行動に対する分析枠組みを欠かすことができないこと 2 災害社会学における集合行動論的視座の展開 345 は,いうまでもない.その意味で,S.B.I.アプローチは災害社会学における新 たな集合行動論的アプローチとして,その理論モデルの適用可能性が期待され ている. いずれにしても,これら集合行動論的視座の有効性が,これまでの災害社会 学研究の系譜に示されてきたとおり,今後とも事例研究をつうじた絶えまない 検証作業によってはじめて判断されうる,ということにかわりはない. 〔*注〕 1) たとえば,集合行動論の代表的なテキストのかなりの部分が災害研究への言及に 割かれ(Brown and Goldin 1973; Perry and Pugh 1978; Miller 1985; Turner and Killian 1987; Goode 1992) ,また1970−90年代の災害研究成果の総覧においても,集合行動 論的視点の影響力が繰り返し指摘され続けてきた(Quarantelli ed. 1978; Dynes et al. eds. 1987; Dynes and Tierney eds. 1994) . 2) アメリカ災害研究の経緯に関しては,Quarantelli and Dynes(1977 : 23−49) ;Dynes et al. (1994 : 9−17) ;秋元(1980 : 85−117)にくわしい. 3) たとえば,パニック行動(Wenger et al. 1975; Wenger 1987) ,避難行動(Quarantelli 1960; Drabek and Boggs 1968; Drabek 1969; Perry 1979a, 1979b, 1982, 1994) ,救援行動 (Wenger and James 1994) ,流言(Shibutani 1966; Turner 1994) ,警報反応行動(Mileti and Beck 1975; Fitzpatrick and Mileti 1994) ,略奪(Dynes and Quarantelli 1968b, 1968c; Quarantelli and Dynes 1969, 1972; Dynes 1970; Quarantelli 1970; Turner 1967),スケープ ゴーティング(Bucher 1957; Drabek and Quarantelli 1967, 1969)などの研究への影響 が指摘される.これら各行動形態の分析動向に関しては,土屋(1997:6−14)を参 照. 4) B・F・マクラッキー(McLukie 1975),D・ S・アダムス(Adams 1970) ,N・J・ デメラスとA・F・C・ウォーレス(Demerath and Wallace 1957)らの研究知見は,社 会の権力構造と緊急対応能力,組織間関係,災害時の権力資源の優先順位に関して ウェンガーの見解と相容れないものがある. 5) 災害組織類型論に関しては,土屋(1996)を参照. 6) ただ災害時に緊急課業を行う目的で形成される創発集団の場合,そのライフ・ス パンの問題は組織目標の達成や失敗と切り離して考えられなければならない点で, 資源動員論で示される運動組織戦略論とは基本的に論点を異にしている(Drabek 1987:284−286) .一般に,運動組織の場合には,運動目標の達成と運動の制度化が 346 ! 理論への歩み 組織自体の延命を意味するのにたいし,災害緊急時の創発集団は,通常,要請され た課業の終了をもって離散解消されることが多いからである.もちろん,災害復興 過程において生じる争点から住民組織が形成され,それが運動型組織へと転化する ことは充分ありうる. 〔参考文献〕 秋元律郎 1980「アメリカにおける都市災害研究の現状と動向について」 『社会科学討 究』25(2) . 土屋淳二 1996「災害ボランティア類型論に関する一考察:集合行動論的パースペクテ ィヴの展開」『社会学年誌』3. 土屋淳二 1997「災害研究における集合行動論的視座の展開」第45回関東社会学会大会 報告資料. 山本康正 1981「災害と組織」広瀬弘忠編『災害への社会科学的アプローチ』新曜社. 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