北の大地が産んだCAMUI型ロケット

T1-1
北の大地が産んだCAMUI型ロケット
CAMUI type Hybrid Rocket from the Northland
永田晴紀
北海道大学大学院工学研究院
Harunori NAGATA
Hokkaido University
1.諸言
地上から打上げられるロケットの主な用途は宇宙機を軌道に投入することであるが,それ以外に,弾道飛
行による理学・工学ミッションに用いることもよく行われる.弾道飛行試験は軌道上試験に比較すればより
安価で手軽な手段ではあるが,それでも 10 億円を超える規模となるのが一般的である.試験に多額の費用を
要する主因は,射場の管理・運用に多額の費用を要することである.一回の打上げに多額の費用を要するた
め,少ない打上げ回数で多くの実験データを取得することを目指して試験機の機能集約化が進められる.機
能集約化により実験機は高額化し,高額化した実験機により,開発プロジェクトがリスクに対し脆弱化する.
射場の管理・運用に多額の費用が必要となる理由は,推進剤に火薬類や危険物(液体燃料等)を使用する
ロケットを運用する際に法令等を遵守するためのコストが高いからである.安全な推進剤を使用する小型ロ
ケットを開発できれば,打上げ試験の単価を引き下げ,リスクに対する開発プロジェクトの脆弱性という課
題を解決することができる.このような観点から,著者らは,火薬類を使用しない小型ハイブリッドロケッ
トの研究開発を行っている.
2.CAMUI 型ハイブリッドロケット
一般的なハイブリッドロケットの概念を Fig. 1 に示す.従来のハイブリッドロケットでは固体燃料のポー
ト内面が燃焼面となるのに対して,CAMUI 型ロケットでは,Fig. 2 に示すように,燃焼ガス噴流が衝突する
面を燃焼面とすることにより大幅な推力向上に成功した [1] . CAMUI という名称は,縦列多段衝突噴流
(Cascaded Multistage Impinging-jet)の頭文字に由来している.
3.弾道飛行試験の必要性と我が国の現状
弾道飛行試験により実施可能な宇宙工学研究テーマの例を Fig. 3 に示す.弾道飛行試験がカバーする技術
領域は広範囲に及ぶ.我が国は打上げロケットおよび宇宙科学ミッション機器の開発においては世界をリー
ドしているが,大気圏突入,地表への帰還,および有人ミッションでは実績が乏しい.これらの技術課題の
多くは弾道飛行試験の蓄積により取得可能である.
開発プロジェクトのリスクに対する脆弱性という課題を解決するためには,小規模な実験成果の上に大規
模なプロジェクトを積み重ねるカスケード的な弾道飛行試験が必要である.数十億円規模の弾道飛行試験と
して,2005 年 10 月にオーストラリアのウーメラ実験場で行われた小型超音速実験機( SST)飛行実験[2]が挙
図 1 従来型ハイブリッドロケット
図2
CAMUI 型ハイブリッドロケット
げられるが,更にその下の段階として,数百~数千万円規模の弾道飛行試験が望まれる.しかし,打上げ実
験場の運用コストが機体の規模に依存しないため,この規模の試験実績はこれまで無かった.
4.無火薬式小型ロケットによる新展開
無火薬式の CAMUI 型ロケットであれば,特別な安全管理設備が整備されていない実験場でも打上げ実験
を実施することが可能である.その費用は,海上回収のための漁船および海上安全確認のためのセスナの費
用,プレハブ等のレンタル費用,保険代,人件費,旅費等を全て含めて,射場関連費用は 250 万円に満たな
い.2007 年 8 月に大樹町で実施された推力 250 kgf 級機体の打上げ実験では,全長 4.8 m,全備重量 50 kg の
機体を海岸から海に向かって打上げ,高度 3.5 km,ダウンレンジ 5.5 km への到達を確認した.CAMUI ロケ
ットが使用された飛行環境試験の一例として,北大-JAXA 共同研究として 2007 年度から始まっているエジ
ェクタロケット飛行実験が挙げられる. CAMUI ロケットをコアエンジンとしたエジェクタロケットを開発
し,2009 年 3 月に亜音速域での飛行環境データを取得した [3].実験の成功を報じる新聞記事を図 4 に示す.
今後は更に大型の機体を用い,遷音速から超音速飛行環境までデータ取得を進める計画である.
5.まとめ
宇宙開発の小型化を実現することを目標として,無火薬式小型ロケットである CAMUI 型ハイブリッドロ
ケットの開発を行っている.小型ロケットの無火薬化により,地上設備を簡素化でき,小規模な弾道飛行試
験を安価かつ機動的に実施する研究拠点を国内に整備することが可能となる.広範囲な技術分野をカバーす
る弾道飛行試験を数多く実施することにより,大気圏突入,地表への帰還,および有人ミッション等,我が
国が比較的苦手としてきた分野での技術蓄積が進展する.
弾道飛行試験への応用は,宇宙開発の小型化によりもたらされる宇宙工学研究の新展開の一例である.限
られた宇宙開発リソースで人材と技術の蓄積を継続していくためには,国のプロジェクトとして実施される
大規模な宇宙開発と大学・民間主導で実施される小型宇宙開発の効果的な連携が不可欠である.そのような
連携の中で,CAMUI ロケットが欠くことのできない技術として運
用されていくことを目指して,今後も開発を進めていきたい.
参考文献
[1] H. Nagata, et al., Acta Astronautica, Vol. 59/1-5, pp. 253-258, 2006.
[2] 宇宙航空研究開発機構研究開発報告,JAXA-RR-05-044,2006.
[3] S. Ueda, et al., AIAA-2009-7298, 2009.
図 3 飛行環境試験により研究が可能な技術課題.
図 4 実験成功を伝える新聞記事