2011年5月29日 村上朋子講師(日本エネルギー経済研究所,戦略・産業

慶應義塾大学大学院経営管理研究科
グローバル・ビジネス・フォーラムによる日本のグランド・デザイン策定を行う融合型実践教育
(慶應義塾創立150年記念事業未来先導基金プログラム)
第2回フォーラム
2011
5.29
Grand Design by Japan
-The 2011 Quake and Tsunami Project-
2011東日本大震災の危機対応(3)
Month2 : 現状認識の共有
[講演録]
Newsletter
福島第一原子力発電所事故が
日本のエネルギー政策に与える影響
村上 朋子 財団法人日本エネルギー経済研究所
福島第一原子力発電所事故の概要
電源が完全に失われました。その後、交流電源以外の駆動源
で動く冷却システムによって冷却が続けられていたのですが、
福島第一原子力発電所(福島第一発電所)の事故について、
それが、まず1号機で止まってしまいました。その結果、燃料
一体何が起きたのか、報道や東京電力(東電)、関係団体の
が溶け始め、水素爆発が起き、現在まで必死の冷却が続いて
情報や分析等によりかなり明らかになってきていますが、あ
います。2号機だけは何とか外部の仮設電源によって3日間ほ
らためて簡単にまとめてみます。
ど冷却が行われましたが、その駆動源がなくなり、15日に水
3月11日午後2時46分の地震発生時、太平洋沿岸では4つの原
素爆発に至りました。3号機は一層早い段階で水素爆発に至り
子力発電所が津波により直接被害を受けました。東北電力東
ました。4号機は停止中でしたが、使用済燃料プールが冷却不
通原子力発電所(1基)はその当時、定期検査で停止していま
全に陥ったため、火災が起き、建屋が損傷しました。
したので、東北電力女川発電所(3基)、福島第一原子力発電
一方、他の発電所はこのような大事故には至らずに済んで
所(6基)、福島第二原子力発電所(4基)、茨城県東海村に
います。その要因は何だったのか。結論から言うと、他の発
ある日本原子力発電東海第二発電所が地震・津波により直接
電所では外部電源・所内交流電源のいずれかが生きており、
影響を受けています。その中でも、特に福島第一発電所の運
全部が一度に失われてしまう事態には至らなかったこと、さ
転中だった1号機から3号機までと4号機の被害が大きく、現在
らに、福島第一発電所ではすべての海水系の冷却システムが
も収束していません。
失われてしまったのですが、他の発電所では海水系の被災が
この4基の現状ですが、運転中だった1号機、2号機、3号機
限定的であったことが大きな理由です。具体的に、女川の1号
は大きく炉心が損傷し、確定的なことは言えませんが、解析
機から3号機までは原子炉の安全に支障を来すような事態は起
結果では燃料も溶融して、原子炉容器、格納容器に及んでい
きず、運転中だった1号機と3号機も地震・津波の翌日には原
る可能性があります。格納容器は原子力発電所の放射性物質
子炉が安全に停止する冷温停止状態に至っています。
を外に出さないためにある重要な安全上の設備ですが、これ
原子炉安全の観点から相当危ない状態を経験したのが東海
も破損している可能性があり、原子炉建屋は完全に上半分が
第二発電所でした。地震発生と同時に外部電源が喪失し、非
ない状態です。また、現在のところ原子炉建屋内には高レベ
常用電源が立ち上がったものの、その後の津波で2系統ある海
ルに汚染された水が大量に滞留し、復旧作業を妨げています。
水系の冷却システムのうち1系統が停止し、3日間は片肺運転
なぜここまで至ったのか。実は何段もステップがあります。
でした。その結果、かなり原子炉の冷温停止に手間取り、地
まず地震により運転中だった1号機から3号機までの原子炉は
震から3日目に外部の予備電源が復旧し、ようやく冷温停止に
通常の手順で停止しました。同時に外部電源が喪失して、非
至ったというように、綱渡り状態だったことが明らかになっ
常用電源が立ち上がったものの、1時間後、津波によって交流
ています。
C
Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-
1
2011東日本大震災の危機対応(3)
このような事故調査から、教訓や反省点がたくさん出てき
全電源が失われて真っ暗で瓦礫も散らばっているような過酷
ます。第一に、原子力発電所の設計において全電源が長期間
な状況を想定したアクシデント・マネジメントを充実させる
喪失したときの対策を徹底的に考えていなかったことが挙げ
こと、水素爆発の予防及び影響緩和策の充実などが挙げられ
られます。さらに、福島第一発電所の被害を決定的にしたの
ます。専門家が一致して指摘しているのは、原子力発電所に
は、海水系冷却システムの全喪失です。一瞬にして津波が海
おけるリスクをもう一度見直すべきだという点です。
水系の全系統を壊してしまったことにより、原子炉の熱を循
福島第一発電所のサイト内及びサイト外をどのように回復
環して取るだけでなく、その循環水からさらに熱を最終的に
していくべきか。これは、東電から修復の道筋として発表さ
取り出すヒートシンクと呼ばれるシステムが失われ、それに
れたものを見ると、やはり長期的な取り組みになることは必
よって冷却不全が深刻化しました。その他、水素爆発や建屋
至で、今日、明日に何とかなるようなものではありません。
破損後の使用済燃料閉じ込め機能など、さまざまな問題があ
まずは冷温停止まで至らねばなりませんし、サイト外にも放
るのですが、総じて外部事象、つまり発電所の中から起こる
射性物質が相当散らばっているので、その対策にも着手する
事故ではなく、津波など、外部からのアタックに対する安全
必要があります。そこに住んでいた方々や農業や事業を行っ
設計に不備があったということが、教訓として挙げられます。 ていた方々に一刻も早く戻っていただけるようにするという
ことを原子炉の安定化と並行して行わねばならないというこ
原子力発電所の安全審査について
とで、一部、既に試験的な取り組みが開始されています。
特に環境への影響ということでは、サイト外の、人々が住
私は、原子力安全保安院の原子力発電所安全審査を電力と
んでいた場所の土壌や地下水等に焦点を当てると、これ以上
して担当した経験がありますので、少しご説明しておきます。 サイトから放射性物質が飛んでこないようにするための対策
総合エネルギー調査会とは経済産業省の委員会全体の名前で、 が最優先でなされるべきです。具体的には飛散防止剤の散布
その一番下に地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググルー
や、復旧の邪魔になる瓦礫撤去などが行われています。地下
プがあります。ここは原発に脅威を与える自然現象を評価す
水については、かなり長期戦ですが、当面できるところから
る場です。発電所が建っている地面がどのくらい揺れるかま
汚染の防止拡大や遮蔽などが検討されています。また、それ
で審査します。建物内の構造は別の委員会が行います。私た
らの対策が有効に機能しているかどうかも長期的にモニタリ
ちは、どのくらいの地震が起こるか、どのくらいの津波が来
ングすべきです。避難区域の放射線量のモニタリングによっ
るかを議論し、原発を新規に建てる場合と増設する場合に安
て、より正確なデータを着実に把握して、リアルタイムで関
全審査をします。
係者に提供できるシステムの構築が考えられています。
また、古い安全審査指針が不十分で、安全上の問題がある
なお、これらの環境回復プログラムは、各原子力関係機関
と指摘され、2006年に原子力発電所の安全審査指針が改定さ
が独自に検討中です。専門家が最も集結していると思われる
れました。そのときに、稼動中の原発は新指針で全部再審査
のは日本原子力学会の中にある原子力安全専門委員会で、そ
することになりました。それをバックチェックといます。
のクリーンアップ分科会や放射線影響分科会という専門家の
このバックチェックについて、まず中間報告を出す方針で
集団によってさまざまな技術的な検討がなされています。
した。私が指摘した貞観の地震についても保安院の事務局が
福島第一発電所の事故を受けて、ほかの電力各社の対応は
「考慮する」としていたため、「本報告で割と近いうちに指
非常に素早いものでした。事故が起こったのは3月11日金曜日
摘を反映したもの、対策されたものが出てくるのだろう」と
の夕方ですが、3月14日には全電力会社から「自社の原子力発
思っていたわけですが、その前に地震が起こって津波が来て、 電所の応急的な対策に取り組みます」というプレスリリース
あのような事態になったということです。
が出ています。具体的には全交流電源喪失に備えた電源車の
配備や非常用電源の多様化、海水系などの重要な電気設備に
修復の道筋
被水対策を施すというもので、この反応を見ると、福島第一
発電所の事故において何が運命の分かれ目だったのか、各社
では、どうしたらいいのか、何が対策となり得るのか。検
とも週末の段階でほぼ把握していたことが分かります。これ
討途上ですが、電源や最終ヒートシンクの多様化・分散化、
は短期的・応急的な対策で、万全なものではないので、さら
C
Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-
2
2011東日本大震災の危機対応(3)
なる信頼性強化に向けて、電源線を複数確保することや津波
また、安全対策の完了には2~3年かかると言いましたが、そ
の長期的な対策等に既に着手されています。
れだけでは済みません。根本の問題はかなり深いため、規制
短期的な対策はともかくとして、防潮堤の設置や大容量非
の見直しが必要だともいわれています。そこまで考えると、
常用発電機の設置などは数カ月単位でできることではないの
さらに数年単位の取り組みが必要になります。
で、対策がすべて完了するのはおおむね平成24年度、25年度
加えて、2030年に向けたエネルギー基本計画は、原子力発
になるといわれています。
電所の54基体制がどうなるかなど、さまざまな要因を考慮す
る必要があります。被災しなかった発電所も含めて、運転し
福島第一発電所の事故(福島事故)を受けた
続けていいのか、建設中の2基を含めて、計画中のプラントは
日本の原子力状況と見通し
どうするのかも、国民的な議論が必要です。その結果、2030
年のエネルギーはどんな姿になるのかということですから、
福島事故を受けて、日本の原子力政策、そして日本のエネ
簡単には決められません。
ルギー政策はどうなるのでしょうか。どうしていくべきかを
福島事故は世界にも大きな影響を与えました。特に原子力
これから考える必要があるのですが、まずは、現在、日本の
発電所が大量にある米国や欧州での影響は大きく、各国とも
エネルギー政策の中での原子力の位置づけを確認しておきた
この事故を決して他人事とは見ていません。津波や地震がな
いと思います。
くても全電源が喪失する事象は起こり得ます。全電源喪失と
これまで、原子力はエネルギー基本計画の中で最も重要な
いう事態への対策が十分かという観点で、各国は自国の原子
基幹電源に位置づけられていました。昨年6月に閣議決定され
力発電所の安全性をチェックし、真剣に点検を進めていると
たエネルギー基本計画には、エネルギー自給率向上に向けて
ころです。
原子力発電を積極的に維持・推進していくこと、現在計画さ
ただし、原子力発電を利用中の国にとって、安全性に懸念
れている原子力発電の新設推進や設備利用率の向上が明記さ
があったとしても、それがなくなることは非現実的です。現
れています。そして、2030年には全発電量の約5割を原子力発
在ある発電所を止めるわけにはいかないという強い意思が感
電によって賄うことが推計されていました。そのための具体
じられます。脱原子力といわれているドイツも例外ではあり
的な目標を定め、産業競争力の観点から、わが国の原子力産
ません。
業を戦略的産業の一環として位置づけて、政府としても国際
展開を積極支援することになっていたのです。
原子力産業の国際展開-Post Fukushima
ところが、現在はそれがかなり非現実的な状況となってい
て、国内の稼動中の原子力発電所は54基中19基です。地震に
日本の原子力発電を今後どうするかという問題と合わせて、
よって直接停止したものだけでなく、その後、定期検査に入っ もう一つ考えるべきポイントがあります。日本の原子力産業
たプラントや、地震の際には定期検査で止まっていたプラン
は戦略的産業と位置づけられ、国際競争力向上を目指す取り
トがいまだに起動できないといったものです。今夏には15基
組みが進められていた段階でしたので、この事故を受けて、
前後に減る見通しで、このまま次々と定期検査入りしていく
それをどうすべきかも重要な問題です。
と、来春にはゼロ基になってしまいます。
原子力産業の国際展開を政府として支援するという動きは
現在停止中のプラントが稼動する見通しは、技術的には可
現行の原子力政策の中に明記されています。2010年10月には、
能ですが、技術だけでは決まりません。制度や慣習面でのさ
官民が協力する原子力産業の国際展開組織として、電力・プ
まざまな問題が今後の再起動の見通しを非常に不透明にして
ラントメーカーの出資により国際原子力開発(株)が設立さ
います。制度面では、定期検査を終えて原子力安全保安院が
れました。これで第一目標であるベトナムへの原子炉輸出、
了承すると、事業者は発電所を起動できますが、今は福島事
つまり、ベトナムの原子力開発を日本が支援するという取り
故の原因が詰め切れていない段階で、一体どこまで対策を施
決めがなされたばかりでした。これは東京電力が中心となっ
せば安全かというガイドラインが出るのは早くても半年後に
て進めることになっていたのですが、福島事故が起きた今、
なるといわれています。慣習面では、立地自治体の了解が実
このプロジェクトはまったく動いていない状態で、どうする
質的に必要ですので、それはもちろん無視できません。
のかという話も関係者の間からは出てきていません。
C
Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-
3
2011東日本大震災の危機対応(3)
日本の原子力産業の国際展開は、今までも順風満帆で進ん
質疑応答
できたわけではなく、さまざまな問題がありました。一つは、
日本の電気事業者・プラントメーカーとも民間企業であるこ
(Q1)今後の政策にかかわるところでは人材が大きいと思っ
とです。民間企業に国策が関与するのはあまり自然な形では
ています。例えば、現在、原発の第一線で働いている方々は5
ありませんので、これは福島事故がなくても課題でした。
年、10年で引退されていきます。後の人材育成は大学も含め
さらに、電力会社が国際事業に注力できるだけの余力があっ てどうしていけばいいのでしょうか。
たかというと、福島事故以前からそうでもなく、国内事業の
立て直しが必須でした。あまり詳しくは説明しませんが、原
(村上)非常に難しい問題で、過去にも、原子力事故が起こ
子力発電所の運転実績を見ると、設備利用率は世界の最低レ
り、原子力関係の専攻を希望する学生数が激減しました。恐
ベルです。自国の原子力発電所の設備利用率が低いのに、果
らく今回もそうなると考えています。私の母校の原子力工学
たして海外展開と言っていられるのかという問題は、福島事
科でもようやく近年、専攻を希望する学生が増えてきたと聞
故以前から指摘されていました。
いたところだったのですが、また一からやり直しになってし
もう一つは、原子力発電のコスト競争力です。特に建設費が
まうのかと思うと、暗澹たる気持ちです。ただし、学術団体
昨今はどうしても安くならず、いろいろなエネルギーの中で
の方が一生懸命考えられていることがあります。若い学生や
原子力発電所は必ずしも一番安い電源ではありません。
社会人になったばかりの世代に、自分なら福島事故に対して
こうしたことから、国際展開と威勢よく言っても、受け入
どのようなことを考えていくか、具体的に提供できる技術や
れる側がすんなりと受け入れたかどうかはわかりません。さ
知見、あるいは長期的な技術開発の取り組みで、自分なら何
らに福島事故が起きてしまいましたので、一から考え直さな
をするか、これは20年ぐらいの取り組みになりますから、目
ければいけない状態です。
標をしっかり持って、5年後でも10年後でもいいから実用化し
てほしいという提案を、どんどん出してもらおうとしていま
総括とインプリケーション
す。ですから、現役の世代が若い世代からさまざまな提言や
アイデアが出るのを潰すことなく、未熟な点はお互いに補う
福島事故では津波の問題にとどまらず、安全上の深刻な問
ような形で育てる雰囲気になればと思っています。
題を引き起こしてしまいました。日本のエネルギー政策も見
直しが必須だといわれていますが、具体的にどうすべきかは
(Q2)第2、第3の手といろいろ対策を積み重ねていながら、
これからの議論で、現在は白紙の状態です。
それが同一の津波によってすべてやられてしまうという状態
さらに、原子力産業の国際展開も、従来からの問題に加え
は、日本の企業の体質、文化と整合しないように感じます。
て今回の福島事故によって、既存の計画を立て直す必要が出
福島第一発電所の場合、設計段階や稼動後においてどの程度
てきています。
の危機・災害対応をシミュレーションしていたのでしょうか。
ただし、日本が原子力を必要としてきた理由は、エネルギー
安全保障と地球温暖化防止の観点であり、これは事故があっ
(村上)多様な機能が一瞬にして全部失われてしまうという
たからといって変わったわけではありません。そのために、
共通要因故障(Common Cause Failure)は、安全設計の段階
これまでは原子力のリスクを許容してきたわけですが、あら
で考慮しなくてもいいとまでは言いませんが、一切合切失わ
ためてそのリスクを許容できるかどうか、きちんと考える必
れてしまうという大規模な共通要因故障までは設計に反映し
要があると思っています。
ていなかったのが実情です。
簡単に「脱原子力」と言うのは難しく、やはり慎重に考え
その点に関して、本当にCommon Cause Failureではなく
なければなりません。なぜなら、日本のエネルギー需給バラ
Single Failureの原則でいいのかという議論は、30年来続け
ンスから原子力をなくすのは大変で、それと同じぐらい、日
られてきました。結論としては、そこまで考慮しなくていい
本の戦略的産業から原子力産業を外すことも大きな問題だか
というか、モデル化が大変だからそこまではできないという
らです。持続的な将来像構築に向けて冷静な議論が必要だと
状態でした。ですから、設計上は単一故障を想定すればいい
考えています。
という状態でしたが、各社とも自主的にそれを超える取り組
C
Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-
4
2011東日本大震災の危機対応(3)
みをしています。何重にも対策をして、それで助かった発電
ような状況で運転手順書違反をしなかっただけでもすごいと
所も実際にありますが、残念なことに福島第一発電所はそこ
言われています。もちろん、教訓には後から言えることも含
まで追いついていませんでした。ただし、福島事故を受け、
めて反映すべきですが、取られた手段について今からどうこ
共通要因故障による多機能の同時喪失に関しては、確実に原
う言うのはかなり酷であると思います。
子力安全関係者の中でも議論が起きており、数年以内に規制
それから、東電は今になってあれがあった、これがあった
に反映されていくと考えられています。
と情報を出していて、もっと早く出せなかったのかというご
指摘については、確かにおっしゃるとおりのこともあるかと
(Q3)Common Cause Failureのモデル化が大変だ、というの
思います。ただ、東電も現場の対応に手いっぱいで、事故直
はどういう意味ですか。
後から今まで、すべての情報を把握する暇はなかったと考え
られます。擁護になってしまいますが、私も元事業者の立場
(村上)原子力発電所には数百の系統があります。例えば4つ
として、自分が言われたらあれ以上のことはできなかったと
の非常用電源のうち2つが待機除外で、2つのうち1つが起動し
思います。
ないケースが解析されています。そのようなセットが何十、
日本の技術力については、フランスに言われるのは納得で
何百とあり、何十ぐらいまでは計算機の中でモデル化ができ
きないところもありますが、特にシビアアクシデント対策が
るのですが、何百のセットを組み合わせるところまでは完全
日本は世界で最も優れていたかと言われると、疑問です。通
にできないそうです。しかし、できないでは済みませんので、 常で考えられる事故レベルであれば日本も諸外国と遜色ない
今後はさらなるモデル化が必要だろうといわれています。
レベルにありますが、シビアアクシデント・マネジメントに
関しては各国で対応が分かれていて、運用面で最も進んでい
(Q4)福島事故の後、政府と東電とではクライシス・マネジ
たのは恐らく米国です。9.11テロの後、米国は過酷な状況で
メントの大混乱がありました。情報マネジメントについても
の訓練を重ねていて、相当充実していました。また、欧州も、
国際的に非難を受けています。今回は1986年のチェルノブイ
チェルノブイリの放射性物質を実際に被った国があるので、
リ事故とも違うので、試行錯誤で進めてきたのだと思います
その国々を中心に万が一の対策は、特に設計面でかなり進ん
が、最善は尽くしてきたのか、お考えを聞かせてください。
でいました。それに比べると、日本の取り組みは甘かったと
また、フランスの関係者から日本はそもそも原発を作るべ
言われても仕方がない面があります。ですから、諸外国がこ
きではなかったという発言が出てきました。これにはどんな
れから技術的に日本を支援していくことに意味があると思い
意図があるのでしょうか。日本は早くからフランスの技術援
ますし、大いに教訓は活かしていくべきだと思います。
助を受けて原子力開発をしてきたわけで、プロとして、国際
的なインテリジェンスからなぜそんなコメントが出てきたと
(Q5)日本の原子力発電所の設備利用率が非常に低いことを
判断されますか。
私は初めて聞きました。結局、検査やチェックに時間がかかっ
て、計画内の停止時間が長いということで、それはある種の
(村上)まず、事故直後からの事業者(東電)や政府の緊急
規制なのかもしれませんが、海外輸出でのネックは何だと考
対策本部の対応は適切だったのかというご質問に対しては、
えられますか。
結果を詳細に時系列で追えば、あのときはああすべきだった
のではないかと指摘できる点がいくつも出ると思いますが、
(村上)停止して定期的に検査するという運用面で、米国や
東電は少なくとも運転手順書違反はしていません。運転手順
韓国などと違う点があります。検査する機器の対象はほぼ同
書に書かれたことはすべてやり尽くした感があります。ただ、 じですが、日本は、念のために開けて分解点検する機器の数
今回の事故は運転手順書外のところで起きています。後から
と頻度が非常に多いのです。米国や韓国はかなり早くから機
考えれば運転手順書外にあれができたのではないか、これが
器の故障データなどを取って、例えば10年に1度や5年に1度で
できたのではないかと指摘できると思います。しかし、その
いいというように合理的に決めていますが、日本ではその取
時点で、誰かが、「最適」と考える対策が取れたかというと、 り組みが遅れていて、毎点検後に必ず開けて交換する機器数
私は疑問に思います。東電は技術力が高く、業界では、この
が米国や韓国に比べて多いのです。
C
Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-
5
2011東日本大震災の危機対応(3)
また、日本では、保安院が立ち合って検査をしなければ次
(Q7)修復まで何年かかるか分かりませんが、国家的プロジェ
の工程に進めないなど、検査のプロセスも諸外国とは相当違
クトの形で動かすような、例えばマンパワーの計算や工程の
います。あるいは、米国や韓国には、運転中でも点検できる
計画、費用の計算、不確実性、スケジュール管理などはされ
機器が相当ありますが、日本では必ず止めて点検しないとい
ているのでしょうか。
けない機器が多いのです。それは、技術というより制度や慣
習に由来しているので、諸外国並みに規制を緩和して運転中
(村上)そんな立派なプロジェクト管理の段階ではありませ
でも点検できるようにしよう、検査頻度を合理的に減らして
ん。私は、東電が具体的にさまざまな技術を盛り込んだ形で
いこうという取り組みがまさに行われていた最中でした。例
修復工程を示しただけでも評価しています。現状は、早くも
えば海水系のポンプや格納容器のベント弁などの機器がまさ
「これはダメだ」「問題がある」といった批判ばかりです。
にその対象になっていたのですが、今回の事故が起きたため
東電がここまで出したことを評価して、国家としてどうした
に、その取り組みまでも見直すことになりました。
らいいのかを政策当事者が言おうとしないことを、個人的に
疑問に思っています。工程表自体に不確実性があるのは現状
(Q6)福島事故の対応は原子力学会の部会が中心になり専門
では仕方なく、通常のプロジェクトマネジメントが適用でき
家が集まって行われていますが、現場で対応しているのは東
ないのも分かるのですが、それ以前に、腰を据える立場の人
電です。制度的には、対策本部が総理大臣の下で動くという
が誰なのかをはっきりさせなければならないと思います。
位置づけです。この三者間で情報のやり取りはうまくいって
いるのでしょうか。
(村上)お互いが何をしているかという情報は、透明性が極
めて高いと思います。実は、私も原子力安全専門委員会のク
リーンアップ分科会のメンバーで、これまで既に6回ほど会合
を開いていますが、そこには経済産業省や原子力保安院の方
からオブザーバーが来ていましたし、主査の先生などが福島
県に出向いて、汚染された土や家屋の状況を調査しています。
また、環境省や文部科学省の放射線モニターをしている部署
とも連絡を取っています。さらに、クリーンアップ分科会や
[スライド]福島第一原子力発電所 各ユニットの状態と経緯
放射線影響分科会や技術分析の分科会にそれぞれ東電の担当
者を招いて、現在の進捗状況や何が一番大変か、どんな技術
の採用を検討しているかといった情報もいただくなど、情報
交換はしています。
ただ、お互いが何をしているのかをよく知るだけではダメ
で、本当に必要なのは、誰が責任を持ってクリーンアップや
修復を主体的に進めていくのか、その指示命令系統を明確に
することです。原子力学会は政府サイドから明確なコミット
メントがないと動けないので、これからどうしたらいいのか、
[スライド]日本の原子力政策
試行錯誤している状態です。
映像記録
[ http://www.ustream.tv/channel/keio-grand-design ]
この講演については、右記にて視聴いただけます。 [ http://www.ustream.tv/recorded/15031060 ]
平成23年12月25日発行
発行人■姉川知史
編集■中島薫 発行■慶應義塾大学大学院経営管理研究科「グローバル・ビジネス・フォーラムに
よる日本のグランド・デザイン策定を行う融合型実践教育 Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-」事務局
〒223-8526 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1 慶應大学日吉キャンパス 協生館5F E-mail [email protected]
URL http://anegawa.kbs.keio.ac.jp/Grand_Design_Project/index2.html
C
Grand Design by Japan-The 2011 Quake and Tsunami Project-
6