環境問題に関連してEVA(Environmental Value Adjustment) 概念を

環境問題に関連して EVA(Environmental Value Adjustment)概念を導入する提案
環境問題に関連して EVA(Environmental Value Adjustment)
概念を導入する提案
A proposal of introducing EVA concept to environmental issues
村 山 純*
MURAYAMA, Jun
〈論文要旨〉
環境問題に関連して、外部不経済を内部化する手法として EVA の導入を提案す
る。EVA は、金融界でリスク管理に利用される CVA にヒントを得た概念で、財
やサービスの取引にあたり、取引主体の環境リスクを財やサービスの価格に反映さ
せるものである。そのためには、取引主体の環境リスクを適切に評価し、格付け等
で表示する必要がある。国際的な取引について各国別の環境格付けを通じて EVA
を導入すれば、各国の環境問題への取り組みを促す有効な手段になりうる。
〈キーワード〉 環境問題、外部不経済、内部化、信用リスク管理、CVA、環境格付け
Ⅰ.外部不経済の内部化
環境問題への取り組みにあたり、外部不経済を内部化するには、直接的規制と経済的手段
の二種類がある。直接規制は、有害物質の排出を法的に規制するなど、わかりやすい方策で
ある。しかし、直接規制を広範に適用するには様々な基準を検討する必要があり、規制のコ
ストは小さくないし、規制の抜け穴を完全に塞ぐことも困難と考えられる。
経済的手段としては、従来、課税、補助金制度、デポジット制度、排出権取引などが提唱
*
東京成徳大学経営学部 准教授
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され、様々な形で実施されてきた。直接的規制と比較して経済的手段は、適用が容易である
ばかりでなく、有害物質の排出元に対して経済的なインセンティブを与えることで、より有
効な対策となりうる可能性を持っている。
ただし、直接的規制にしろ、経済的手段にしろ、内部化にあたっては個別の排出主体に対
して何らかの強制力が必要である。排出主体よりも権力構造上上位の主体が介入し、規制の
内容を規定し、方向付けしなければならない。
本 稿 で は、 外 部 不 経 済 の 内 部 化 の 経 済 的 手 段 と し て EVA(Environmental Value
Adjustment)という概念を提案する。これは、金融界で過去十年くらいの間に浸透してき
た信用リスク管理の手法である CVA(Credit Value Adjustment)の概念を環境問題に適用
しようというものである。EVA は従来の経済的手段と比較して、適用範囲を各段に広げや
すいという利点を持つ。まずは、CVA の概念およびその背景を概観し、どのような意味で
環境問題への適用の可能性を持つのかを説明する。
Ⅱ.CVA の概要
1.2種類の信用リスク
信用リスクとは取引相手がデフォルトした際に取引相手型が被る損失である。たとえば、
銀行が A 社という取引先に資金を融資し、A 社が倒産すると銀行は融資金の一部もしくは
全部を失うことになり、そうした損失が信用リスクと認識される。
ところで、金融取引が多様化し、貸出金やデリバティブなどが金融機関の間で取引される
ようになると、信用リスクには原資産の負債先がデフォルトに係るものだけでなく、原資産
を取引する相手のデフォルトに係るものもあることが無視できなくなる。たとえば、A 社
の発行する社債を証券会社 B から購入する場合、社債の購入者は A 社のデフォルトで損失
を被るだけではない。A 社がデフォルトしなくても、購入の約定後、社債を受領するまで
の間に証券会社 B がデフォルトすれば社債を予定通り受け取れないリスクがある。受け取
れないなら資金を支払わなければいいが、購入者が経済的損失を被るリスクが存在しない
わけではない。なぜなら、購入者は証券会社 B のかわりに証券会社 C と新たに購入契約を
結ぶ必要があり、その際には証券会社 B と約定した時と同じ金額で約定できる保証はない。
価格変動が購入者に不利な方向であれば、結局、一定の金銭的損失を被る可能性があるわけ
である。このように原資産の受け渡しに係る取引相手の信用リスクをカウンターパーティ・
リスクと呼ぶ。
2.デリバティブ取引に係る信用リスク管理の高度化
カウンターパーティ・リスクの管理はとりわけデリバティブ取引について大きな問題であ
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り、そのための管理手法が生み出されてきた。中心的な方法は、デリバティブ取引によって
発生する Unexpected Loss を算出し、その金額をあらかじめ設定した一定の範囲に抑える
ものである。Unexpected Loss の算出のためには、モデルを使ってデリバティブ取引から発
生する信用リスクをシミュレーションし、95%や 99%などの信頼区間を設定することにな
る。許容できるリスク量は信用力等に応じて取引相手ごとに決めておく。
一方、Expected Loss について、かつては期末ごとに取引相手ごとに一定の引当金を設定
するという方法で対応していたし、今でもそのような対応を行っている例も多い。
ところで、このように期末ごとに引当金を設定する方法をとると、取引を行う段階では、
Unexpected Loss が基準以内であれば、どの取引相手と取引してもその時点で差別がない。
デリバティブの価格は、為替や金利スワップなどの市場指標から算出され、受け渡し相手の
カウンターパーティ・リスクは反映されないのである。
しかし、実際にはカウンターパーティ・リスクが存在するのだから、健全な企業経営の観
点からすれば、いくら Unexpected Loss に関して設定された信用枠以内の取引であっても、
できるだけ信用力の高い取引相手と取引をすべきなのは言うまでもない。
3.CVA の導入
CVA が導入された目的は、取引段階でカウンターパーティ・リスクを反映させ、信用力
の高い取引相手との取引はより有利に、そうでない相手との取引は不利になるようなイン
センティブを与えることにあった。具体的には、取引時点で当該取引にかかわる Expected
Loss を算出し(1)、その分をリスク管理部門が Credit Charge として営業部門からコストと
して徴求する。そうすることにより、営業部門にとって信用力の高い取引相手との取引費用
はそうでない相手との取引より相対的に安くなり、信用力の高い相手との取引への動機づけ
が与えられる。また、リスク管理部門にとっては Credit Charge により引当金を積み立てる、
あるいは CDS の Protection 購入などで損失に備えることができる。
しかも、CVA の数値は、市場の動向、取引相手のデフォルト確率、自身のデフォルト確
率などが変化するのに応じて取引時点以降も刻々と変化する。このため、リスク管理部門は
CVA を適切に管理する役目を果たさねばならず、そのよしあしがリスク管理の適切さのみ
ならず、自社の収益動向にも影響することになる。CVA の導入により、相手の信用力の変
(2)
化等に応じてリスク管理がいわばダイナミックにならざるをえなくなったわけである。
(3)
なお、デフォルト確率はデリバティブの一種である CDS(Credit Default Swap)
によっ
て示されるが、CDS のない銘柄については信用格付けから推計することができる。
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4.環境問題と CVA
このように、CVA は金融界においてデリバティブ取引のリスク管理手法として開発され
たものであるが、「同種の商品をどこから購入するかにより発生するリスクを商品の価格に
反映できる」という点で環境問題にも適用する可能性を秘めた管理手法である。
一般事業界では、様々な種類の財が取引され、財の価格は財そのものの需給等によって決
まるのが原則である。その価格には財を売る相手方が持つ環境リスクは反映されない。たと
えば、ある財を人件費等の関係で安く生産できる X 国があり、そこでは環境問題に関する
意識が低く有害物質が多く排出されているとする。取引価格は環境負荷を考慮しないので、
その財が国際的に取引可能なものであれば、X 国は国際競争力を得ることができる。一方、
環境問題に関する意識が高いものの人件費の高い Y 国はその財に関する国際競争力が弱く
なる。環境問題を解決する立場からすれば、X 国が当該財を製造するインセンティブを弱め
るような経済効果が必要である。
そこで、X 国で生産される財を購入する場合に、CVA と同じような Charge を購入者か
ら徴求することができれば、当該財の価格が上昇するのと同じ効果を持ち、X 国での製造に
抑制的な効果が期待できる。一方、環境問題に関する意識の高い Y 国の財は Charge が小さ
いので相対的に国際競争力を高めることができる。
Ⅲ.EVA の導入に向けて
1.EVA 概念
EVA は財・サービスの取引についてそれらの供給者が持つ環境リスクを財・サービスの
価格に反映させることを目的とするものである。したがって、環境問題の内部化を目的とし
た経済的手段の一つとして位置づけすることができる。財・サービスの価格は通常、需給
関係等により決まるため、EVA を加味した価格付けが自律的に行われることはない。EVA
を実行するには、内部化のその他経済的手段と同様、何らかの制度的な対応が必要である。
EVA は財・サービスの供給者すべてに適応することができるが、例えば国際的な取引にの
み導入し、関税と同様な制度にすることも考えられる。
金融取引における CVA は、Mean Positive Exposure、Mean Negative Exposure、双方
のデフォルト確率など、市場にある数値で明示することができる。一方、EVA は外部不経
済の内部化のための手段であるため、出来合いの市場数値を利用して算出することはできな
い。EVA は、EVA なしの場合の財・サービス価格および販売者と購入者の環境負荷状況を
もとに決めていくことになろう。CVA のデフォルト確率に相当するのが環境負荷状況であ
り、それをどのように決定するかが難しい問題になる。
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CVA の場合、デフォルト確率は原則 CDS 市場におけるスプレッドを利用するが、デ
フォルト確率とは、いわゆる信用格付けが示すものに他ならない。この関係を応用すれば、
EVA は販売者や購入者に対して環境格付けを付与し、それに応じて決めていくことが考え
られる。(5)
2.環境格付融資
経済主体の環境負荷状況を格付けする試みには様々なものがある。日本では、政府系金融
機関である日本政策投資銀行(以下 DBJ)が 2004 年から環境格付融資制度を実施している。
これは、DBJ が「企業の環境経営をサポートするため」に開始したもので、具体的には次
のような制度である。まず、DBJ が顧客企業の融資先の自ら企業の環境経営度を評価する。
その際には、DBJ が独自に開発したスクリーニングシステムで評点を与え、さらに、企業
とのインタビューも実施する。スクリーニングシートは外部の有識者を加えた委員会で環境
動向を反映すべく検討し毎年改定される。評点およびインタビューの結果として環境格付け
(4)
が決定され、それに応じて 3 段階の金利が適用される。
2013 年 12 月末には、このような
(6)
融資件数が 393 件、約 6,700 億円に達した。
DBJ はさらに、地方銀行が独自に環境格付けを開発する場合にそれを支援する体制を持
ち、15 行に対してそのようなサービスを提供しているという。
DBJ によるこうした取り組みは、一般企業に対して経済的なインセンティブを与えて環
境問題解決に進もうとするもので、外部不経済の内部化への取り組みとして有意義なもの
である。しかし、対象は DBJ の取引先の融資対象プロジェクトに限定されるものと見られ、
効果はかなり限定的にならざるを得ない。また、DBJ の環境格付けはあくまで DBJ の融資
のためのツールであるため、格付けを外部に公表しているわけではない。このため、DBJ
の環境格付けを EVA のために利用することもできない。
3.Environmental Rating Agency による環境格付け
環境格付けを国ベースで行った試みとしてイギリスの Environmental Rating Agency(以
下 ERA)の取り組みがある(2012 年)。これは、G20 に所属する各国を 12 の指標で評価し、
金融界で利用される信用格付けと同じ格付け記号を使って格付けするものであった。
国別の環境格付けは、EVA を国際的な財・サービスの取引に適用するには都合がいい。
なぜなら、目的は違うものの、従来からある関税と同じ手続きを適用することができそうだ
からである。このような EVA が制度化されれば、環境負荷の大きい低格付け国からの輸入
コストを高め、環境負荷の小さい高格付け国からの輸入コストを引き下げることができる。
このようにして、低格付け国の環境問題への取り組みのインセンティブを高めることになる。
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図表1 各国別の環境格付け
図表2 環境格付け要因別内訳国際比較
ERA の 12 の指標は、①エネルギー単位あたり GDP、②火力発電所の効率、③発電量単
位の CO2 排出量、④一人当たり CO2 排出量、⑤環境保全された国土の比率、⑥森林面積の
増減、⑦再生可能な水資源の利用率、⑧汚職指数(環境保全に関する取り組みについてどの
程度政府部門が腐敗しているか)、⑨人間資源指数(環境保全に関する取り組みが富、健康、
教育などによってサポートされているか)、⑩絶滅危惧動物のうち自国のみに生息する割合、
⑪海洋のうち環境保全されている割合、⑫大気汚染状況 ( 最大都市における PM10) である。
これらの指標をそれぞれ評価し、その単純平均を各国の格付けのベースとしている。
格付けの結果は、最高格付けがドイツ(A+)、続いてイギリス(A)、フランス(A-)、ア
メリカ(A-)などとなっている。日本は BBB+ で 7 位、日本とおなじ格付けの国はカナダ、
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ブラジル、イタリアであった。環境問題が話題になる中国は BBB- である。日米中で比較し
てみると、アメリカが相対的に高格付けになった背景として、土地、森林、海洋などの保全
が好評価されていることがあげられる。中国はエネルギー効率や大気汚染の評価が低いもの
の、森林面積増減率や一人当たり CO2では比較的好評価を得ている。
ERA の環境格付けについては、12 の指標が適切かどうか、各指標を同じウエイトで評価
することが適当かなどの検討を加える必要があるとみられる。例えば、地球温暖化防止の観
点からは、CO2関連の指標やエネルギー効率のウエイトをもっと大きくした方がいいのでは
ないか。しかし、ERA が国別の格付けを明確化し、わかりやすい格付け記号にまとめた点
は評価できる。
デフォルト確率と異なり環境リスクを示す経済的指標は市場に存在しないため、環境格付
けの客観性を担保するのは容易ではない。何らかの制度的なバックアップが必要であろう。
今後、国別の環境格付けを制度化するには、二つの方向がありえる。一つは、国連などの
国際機関が格付けし、格付けに権威を付与するものである。もう一つは、ちょうど金融界に
おいて信用格付けが複数の民間企業によって行われることである程度の客観性が担保されて
いるように、民間の環境格付け機関に競争させることで適切な環境格付けを行うものである。
EVA に基づく Environmental Charge が国際的に制度化されれば、格付けニーズが発生し、
格付け作業が民間ベースで採算が取れる可能性が出てくるわけである。
なお、このように EVA を国際的な財・サービスの取引に適用することについて、
「実質
的に新たな関税であり、貿易の自由化の方向に反する」という意見がありうる。しかし、
EVA が目的とするのは、経済的なインセンティブによって国ベースでの環境問題への取り
組みを促進することであり、関税が自国産業の保護を目的とするのとは全く異なっている。
EVA の趣旨が十分に理解され、各国政府間で合意がなされれば、EVA は有効な政策手段に
なりうると思われる。
注
(1)CVA は、デリバティブの価値をモデルでシミュレーションすることによって算出される。より
具体的には、
(A)Mean Positive Exposure(取引相手に受取債権を持つ場合の平均値)×取引
相手のデフォルト確率、
(B)Mean Negative Exposure( 取引相手に支払債務を持つ場合の平均値 )
×自分のデフォルト確率、として(A)+(B)が CVA
(2)CVA は Expected Loss に関するものであるため、CVA が導入されたからといって Unexpected
Loss の管理が不要になるわけではない
(3)CDS(Protection)を購入した側は、販売した側に対して定期的に一定のスプレッドを支払う。
このスプレッドは Protection の対象である Underlying の信用力が低いほど大きい。Protection
を販売した側は、通常時はスプレッドを受け取るが、Underling がデフォルトした時には元本を
支払う。単純には、このスプレッドがデフォルト確率と考えられる
(4)3 段階の金利は、
「環境への配慮の取り組みが特に先進的と認められる企業」に特別金利 II、
「環
境への配慮の取り組みが先進的と認められる企業」に特別金利 I が適用され、「環境への配慮の
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取り組みが十分と認められる企業」には一般金利が適用される。したがって、優遇は実質 2 段階
ともいえる
(5)CVA と同じく EVA は取引相手方だけでなく取引主体の環境負荷も考慮すべきであろう。したがっ
て、Environmental Charge は、取引額に「相手方の環境リスク」マイナス「当方の環境リスク」
を乗じて決められる。したがって、当方の環境リスクの方が大きければ、マイナスの Charge が
発生する
(6)時点が 3 か月ずれるが DBJ の 2014 年 3 月末の融資残高は 13 兆 8,384 億円なので、融資全体の約
4.8%に相当する
参考文献
・林 寛美(2007)「外部不経済の内部化における経済的手段の有効性」文京学院大学外国語学部文教
学院短期大学紀要
・富安弘毅(2010)
『カウンターパーテイーリスクマネジメント』金融財政事情研究会
・日本政策投資銀行の環境格付け融資については、http://www.dbj.jp/service/finance/long_term/e_
finance.html
・Environmental Rating Agency については、http://environmentalratingagency.com/contact-2/
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