平成18年(2006)6月8日 「日常診療に役立つ漢方講座」 第153回 筑豊漢方研究会 『全身倦怠感・食欲不振・多汗症』 ~ストレス性のものから夏バテまで~ 飯塚病院 東洋医学センター 漢方診療科 三潴 忠道 1 証の建て方・方剤の選択法 全身倦怠感・食欲不振 陰 ■ 陰陽を中心に 1.寒熱に注目 寒が主体→陰証の可能性 寒 温熱刺激(入浴やカイロ)で好転 寒冷刺激で悪化 足首が冷たい 熱が主体(寒が少ない) → 陽証の可能性 2.虚実も大切 極虚→ 陰証 強実→ 陽証 虚 3.表裏 “さむけ” と “冷え” を分ける ■ 気血水の変調としてみると? 気(虚) ■ 症候・病名・口訣を手がかりに 倦怠感は陰証が多い。暑くてだるいこともあるが、冷えの方が多い。冷えていれば 虚証のことが多い。元気がなければ気虚が多い。 2 附子 と 乾姜 『漢薬の臨床応用』より 附子 乾姜 大辛・大熱・有毒 大辛・大熱 回陽救逆・温脾腎・散寒止痛 温中・回陽・温肺化痰 陽虚(虚寒) 全身機能の衰弱 脾胃虚寒、痰飲 配合により 回陽救逆・温中散寒止痛の効能増強 附子の毒性が弱まる 冷えに対する薬は附子、乾姜が代表。だるくて暑くて汗をかくが、脈が弱い時はこ のようなものが必要なことが多い。どちらも熱薬だが、附子は脾を温め、痛みをと る。乾姜は中焦と肺を温める。倦怠感、食欲不振には乾姜の方を使う。 3 陰証・虚証における証の展開 -甘草乾姜湯を中心に- <水毒> <血虚> 六君子湯 陳皮 四君子湯 四物湯 真武湯 半夏 当帰 人参 白朮 甘草 茯苓 苓・朮・附・芍・姜 人参湯 甘草 乾姜 附子理中湯 人参 白朮 附子 茯苓 茯苓四逆湯 四逆加人参湯 四逆湯 通脈四逆湯 <裏の虚・寒> 川芎 芍薬 地黄(熟) 黄耆 桂枝 十全大補湯 帰耆建中湯 黄耆建中湯 当帰建中湯 小建中湯 桂・芍・甘 姜・棗・飴 甘草乾姜湯に附子が入ると四逆湯、元気をつける乾姜を増やすと通脈四逆湯。人参、 白朮を加え、温めながら中焦を元気づけるのが人参湯。冷えが強ければ附子を加え た附子理中湯で、四逆湯の方意を含むので、元気づけるのに便利な薬。四逆湯に人 参、茯苓を加えると茯苓四逆湯となり、温めるだけでなく気を補う作用が強いので、 弱った人に慢性的に使える。元々弱い人が夏に冷たいものを飲みすぎたり、クー ラーに当り過ぎてぐったりして四逆湯証になることが多い。エキス製剤は人参湯を 応用する。人参湯から、乾姜の温めるという強烈な個性を抜き茯苓を加えたものが 四君子湯で、元気をつけるだけの薬。単身ではあまり使わない。乾姜、附子がなく 甘草も少ないので、使い方を誤っても悪さをしない。胃にたまった水をさばき吐き 気をとる陳皮半夏を加えたら六君子湯。冷しも温めもせず、胃腸の働きだけを良く するので、夏ばてには使いやすい。真武湯は胃腸障害にも使うが、めまいを目標に して使う。 4 「気」の変調の分類と主な症状・治療薬 分類/病態 主要な症状 P.22 治療法:生薬例 気虚 量的不足 倦怠感 易疲労 食欲不振 意欲減退 補気:人参 黄耆 甘草 大棗 白朮 茯苓 気鬱(気滞) 循環異常・停滞 抑鬱 閉塞 異物感 重圧感 腹満 四肢疼痛 順気:厚朴 枳実 木香 紫蘇葉 香附子 気逆(上衝) 循環異常・逆流 のぼせ・頭痛・動悸 不安・焦燥 四(下)肢冷 順気:桂枝 呉茱萸 黄連 竜骨 牡蛎 気を補う薬は、人参、甘草、白朮、茯苓の他に黄耆がある。 5 主な補気剤と使用上の目標(Ⅱ´) 方 剤 六病位 虚実 小 建 中 湯 準太陰 虚 構 成 生 薬 P.23 使 用 目 標・応 用 腹直筋緊張(薄) 腹痛 桂枝加芍薬湯+膠飴 手足煩熱 果物顔 虚弱(児)の諸症 当帰建中湯 太陰 虚~間 〃 (+〃)+当帰 小建中湯+血虚(血) 少腹拘急 黄耆建中湯 太陽 -太陰 虚 〃 +膠飴+黄耆 小建中湯+疲労衰弱 盗汗 皮疹 化膿 帰耆建中湯 太陰 桂枝加黄耆湯 太陽 -太陰 虚~間 当帰建中湯+黄耆建中湯 虚 桂枝湯+黄耆 表虚証 自汗 熱は弱い 桂枝加芍薬湯の芍薬を倍にして気の働きをお腹に持ってきたものにアメを足すと小 建中湯となる。さらに元気がなく疲労困憊していれば気を補う黄耆を加え黄耆建中 湯となる。黄耆は皮膚の免疫を高める作用があり、寝汗が使用目標になる。小建中 湯に当帰を加えると当帰建中湯で、補気、補血両方の作用を持つ。 6 小建中湯証では腹直筋が強く張っているが、腹力がないので腹直筋以外のところは 軟弱。虚証なので腹直筋の緊張は細いか、または薄い。幅広くみえてもテープ状で 薄っぺらい。 7 熟地黄 川芎 当帰 白朮 茯苓 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ○ ○ ○ ○ 人参 黄耆 生姜 ● ● ● ● ● 他 膠飴 膠飴 膠飴 膠飴 地 芎 帰 朮 茯 ● ● ● ● ● ● ● ● 柴胡 陳皮 升麻 ● ● ● 陳皮 半夏 ● ● ● ● ● ● ● ● 乾姜 ● ● ● ● ● ● 艾葉 阿膠 参 耆 姜 甘 棗 ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 大棗 甘草 ● ◎ ◎ ◎ ◎ ● 芍 芍薬 ● ● ● ● ● ● 桂 桂枝湯 小建中湯 黄耆建中湯 当帰建中湯 帰耆建中湯 十全大補湯 補中益気湯 六君子湯 四君子湯 人参湯 四物湯 芎 帰膠艾湯 桂枝 補剤と構成生薬 血を補う薬は、当帰、芍薬、川、地黄の4つが代表。帰膠艾湯から血を補うも のだけを取り出したのが四物湯。単独で使うことは少ない。十全大補湯は四物湯で 血を、黄耆白朮茯苓人参甘草で気を補い、桂枝で気を巡らせる。捕まえどころのな い弱った状態に使う。温める力はないが失敗も少なく使いやすい。補中益気湯は、 柴胡が少量入り肝を瀉すので、補剤でも熱性疾患の遷延した時に使う。重症疾患に は、補うだけでなく、温めたり個性のある薬を組み合わせた方が切れ味は良い。 8 気鬱に対する主な方剤 方 剤 病 位 虚実 P.24 使 用 目 標 と 応 用 梔 子 鼓 湯 準少陽 虚 心中 (熱して 心中( 熱して))懊悩 肩から体が沈む 午前倦怠 半夏厚朴湯 準少陽 虚 咽中炙臠または心下痞 COPD ヒステリー 香 蘇 散 準太陽 虚 脈沈 唯気重 軽症のカゼ 少し食べると左上腹部膨満感 IBS 女 神 散 少陽病 ヤヤ実 気道感染 血症 上衝 眩暈 多彩な精神神経症状 ( 頭痛 頭重 動悸 腰痛 不眠 不眠)) 梔子鼓湯にはいくつかの処方群がある 梔子乾姜湯(寒) 梔子甘草鼓湯(少気) 梔子厚朴湯(心煩腹満) 梔子生姜鼓湯(嘔) 梔子大黄湯(=枳実梔子大黄湯)など 少し食べただけでお腹が張って食べられない時は香蘇散。左上腹部にガスが溜まり やすい。消化吸収を良くする六君子湯と組み合わせると良いことがある。 9 証の建て方・方剤の選択法 多汗症 ■ 陰陽を中心に 1.寒熱に注目 (寒) 熱 寒が主体→陰証の可能性 温熱刺激(入浴やカイロ)で好転 寒冷刺激で悪化 足首が冷たい 熱が主体(寒が少ない) → 陽証の可能性 2.虚実も大切 虚 (実) 表 裏 極虚→ 陰証 強実→ 陽証 3.表裏 “さむけ” と “冷え” を分ける ■ 気血水の変調としてみると? 水 気(血) ■ 症候・病名・口訣を手がかりに 多汗という症候を手がかりにする場合でも、陰陽虚実が合ってなければ有効率も上 がらない。タイプを大まかに分けると、表虚のタイプ、.体の深い所に熱がこもっ ているタイプに分けられる。夏バテで冷えて弱っていれば寒もある。水毒がからむ こともある。 10 陽 実・ 多汗症 大承気湯 白虎湯 麻杏甘石湯 白虎加人参湯 白虎加桂枝湯 大柴胡湯 桃核承気湯 防已黄耆湯 柴胡加竜骨牡蠣湯 五苓散 柴胡桂枝湯 (上半身) 柴胡桂枝乾姜湯 黄連解毒湯 桂枝加黄耆湯 桂枝湯 (盗汗・頭汗) 虚 加味逍遥散 血・熱 赤丸 桂枝加附子湯 寒 甘草附子湯 (水)・気 表虚グループは、桂枝湯を元にして考える。単に汗が出すぎて疲れる時は桂枝湯。 冷えがあれば附子を加える。表の異常が強ければ黄耆を入れ桂枝加黄耆湯。水毒が 強ければ、桂枝に利水剤を組み合わせた五苓散。水毒が強いが、桂枝が入るので表 証もある。咽が渇くので水を飲むがその割に尿の出が悪く、むくんだりする。冷た いものを飲みすぎて夏バテになる前にのんでおくと効果的。桂枝は入らないが水毒 がからむものとして防已黄耆湯があり、暑がりの寒がりの汗かきが特徴。冷えがあ れば附子を加える。麻杏甘石湯は表に近い所の実証の水毒+熱のこもった状態。 寒がりの汗かきグループで、表虚+裏寒は桂枝加附子湯(エキスは桂枝湯+附子末 か桂枝加朮附湯で代用)、気の変調が強い時は芍薬をはずし桂枝去芍薬湯の方意を 出し、水をさばく朮を加えた甘草附子湯がある。布団をかぶっていても肩口が少し 開いているだけで寒いと訴える。他に赤丸がある。 熱のグループで、咽の渇きが強く、汗が出て、尿の出が良いなら白虎湯、のぼせが あれば白虎加桂枝湯となる。瘀 血があれば、虚証では加味逍遥散、実証では黄連解 毒湯、冷えのぼせが強い桃核承気湯がある。 柴胡剤のクループは、少陽病で、病の中心は表からはずれてくるので、実証でも汗 をかく。大柴胡湯は大汗かきがいる。柴胡桂枝湯は桂枝湯が入りのぼせる傾向があ り、汗は上半身が中心。 柴胡桂枝乾姜湯は首から上の汗と寝汗が特徴。 11 多汗症 2 のぼせ(顔の火照り)を中心として 血熱の上衝 瘀 血 黄連含有方剤が典型的 駆瘀 血剤は桂枝含有が多い 三黄瀉心湯 冷えのぼせ・便秘・少腹急結 竜骨・牡蛎 易驚・悪夢 桃核承気湯 実 心下痞・便秘 柴胡加龍骨牡蛎湯 黄連解毒湯 舌暗赤・下腹部圧痛・皮膚症状 桂枝茯苓丸 胸脇苦満・心下悸 典型的・代表的駆瘀 血剤 虚 加味逍遥散 柴胡桂枝乾姜湯 熱のふけ冷め・多愁訴 虚証の柴胡剤・冷え症状 温経湯 桂枝加龍骨牡蛎湯 冷えのぼせ・手掌煩熱・唇口乾燥 表虚証で心下悸 「桂枝は上衝を主る」といわれ、桂枝含有方剤はのぼせ傾向が使用目標になり得る。 苓桂五味甘草湯 : 真っ 赤な顔(酔状) 桂枝加桂湯 : 強い頭痛 陰虚証の“のぼせ”(真寒仮熱) : 極端な陰・虚証で出現す る。 通脈四逆湯証が典型。 一般にのぼせた時は汗をかくことが多いので、汗だけにとらわれずのぼせにも注意 を払う。加味逍遥散はのぼせた時に一時的に汗をかく。柴胡桂枝乾姜湯は寝汗と首 から上の汗。桂枝加龍骨牡蛎湯は表虚証で精神不安がある。 12 多汗症 3-1 方 剤 承気湯類 構 成 生 薬 使 用 目 標 ・ 応 P.16 用 小 承 気 湯 大黄4 厚朴2 枳実3 強実 脈沈実or弦 舌黒苔 潮熱 譫語 煩燥 腹堅満 燥屎 自汗 虚実中等以上 腹満 大便硬・秘結潮熱 自汗 調胃 承 気湯 大黄 甘草 芒硝 大黄甘草湯証にして実 心下不快腹満 便秘 熱症状 厚朴 三 物湯 厚朴8 大黄4 枳実5 小承気湯証にして腹満劇しき者 腹痛 便秘 大 承 気 湯 大黄 厚朴 枳実 芒硝 厚朴生姜半夏甘草人参湯 準太陰 虚 厚朴三物湯の裏 腹虚満 嘔・吐 大便虚秘 厚朴七物湯 厚朴 甘草 大黄 大棗 準太陰 厚朴三物湯+桂枝去芍薬湯 腹満 発熱 枳実 桂枝 生姜 承気湯類が陽明病の典型 下段:太陰病期に近い方剤群 桂枝加芍薬(大黄)湯なども鑑別を要す 急性熱性疾患の大承気湯証は、体の中心に熱のこもった毒が詰まっているため、高 熱が出て便秘し沸々と汗をかくが、実際の臨床ではその前に治療されることが多い ため、このような例はあまり見ない。慢性疾患においては、汗がなくても、腹力が 強く臍を中心に腹が硬く張り頑固な便秘をするものに使ってよい。 13 多汗症 3-2 P.15 陽明病・白虎湯類ー煩渇・自汗・多尿 方 剤 白 虎 湯 構成生薬 知母 石膏 甘草 粳米 使用目標・応用 脈滑or洪大 口舌乾燥 煩渇 自汗 尿自利 白虎加桂枝湯 知母 甘草 石膏 粳米 桂枝 白虎湯+上衝 頭痛 関節痛 白虎加人参湯 知母 石膏 甘草 粳米 人参 大煩渇 亡津液 胃部振水音 時々悪風 陽明病の入り口に白虎湯類がある。エキス剤は白虎加人参湯のみ。白虎加人参湯証 は、体の中に強い熱がこもっているため、咽の渇きが激しく、皮膚の枯燥も強い。 妙に寒がりで顔色も悪く(熱厥)、陰証に見えることもある。水毒はないのに尿の 出は良い。普段病気でない人が、夏にこうした病態を呈するのかもしれない。 14
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