「組織体質」と「改革」 日本 CHO 協会主催 2016.03.17 人事戦略フォーラム・ダイジェスト ◆参加者の意見・感想から 応募数 40 名以上 ▶ 参加者数約 30 名 「参考になった」という評価 98% ■「人事戦略というよりは、経営、事業戦略というとらえ方としても非常に勉強になり ました(勉強というよりは、痛いところを突かれた、刺されたという表現の方がしっ くりきますが…)。 まさに弊社は、成長産業(IT)に身を置きながら、完全に危機感を欠如してしまって おり、いくつか具体的な動き、アクションをとっていきます」 ■「まずは自分を変えることから始めます。本社と現場の意識のかい離を実感として 感じました。ギャップを埋めることを考えてみたいと思います」 ■「本質を鋭く指摘される話法に惹き込まれました。非常に説得力があり、有益でした」 ■「本部・経営サイドと現場とのかい離について、『立案した絵が正しいという前提で 改革を進めていくこと自体が間違い』という指摘が印象に残った。とかく効率を意識 しがちだが、手間を惜しまず、理解・共感につなげていきたい」 ■「体質改善が必要であること、まずは腹落ちすること、キーマン(やる気のある人) を集めること、泥くさく地道に訴えることが不可欠だと分かった」 ◆講演内容サマリー OBT 協会は、企業の経営課題や人財に関する課題に取り組んでおり、支援する領域には ①経営改革や組織風土改革 ②戦略やビジネスモデルの構築 ③新規事業立案等のコーディネート ④人財育成、昇進・昇格にかかわる能力評価 - の 4 つがある。 講演テーマでもある①の「組織風土改革」はこの 1、2 年、ニーズが非常に高まっている。 日本社会と企業は、改革の波にさらされているが、改革と言うと、チャールズ・ダーウィ ンの「進化論」にある言葉を思い出す。 「変化適応とは進化そのものである。生き残るのは、 種の中で最も強い者ではない。種の中で最も知力の優れた者でもない。生き残れるのは、 最も変化に適応し得た者だけである」 この考え方は、組織の栄枯盛衰にも重なる。変化に対応できない組織は淘汰され、生き 残ることができない。変化に対応した改革には、①外圧による痛みを伴う改革 ②持続的成 長のための自浄作用のある自己改革 - の 2 種類があり、きょうは後者を志向するために どうすべきかをお話する。 1 ◇変化への対応・体質改善により持続的成長を 改革を必要とする企業は多いが、膠着状態から脱却するためにはかなりのエネルギーがい る。見渡せば、古い体質から脱却できた企業と、構造的な問題に手をつけずに衰退した企 業に二分されている。 たくさんの企業を見てきて、 「成長する企業」と「衰退する企業」との差は、どこにあるの かを考えてきた。 過去の成功体験から脱却できない企業には、共通する 5 つの特徴がある。 1. 商品の競争力に乏しく、競合を逆転できる状況にないのに、販売量を増やすため の規模拡大の打ち手を一貫して講じている。 2. 既存製品の競争力を高めるために、新たな価値を付与する高付加価値化の手が打 たれていない。 3. 日常業務におけるコスト削減活動が継続的に行われていない。 4. 思い切った既存事業の撤退が実行されていない。 5. 安易な新規事業への参入。 「衰退したのは、戦略に失敗したから」とはよく言われるフレーズだが、戦略がひとり歩 きする訳ではない。考え出すのは人であり、実行するのは組織だ。その人と組織の体質が、 問題であることが多い。 企業が大きくなるパターンには、 「質的な変化を伴う成長」と「単に規模のみが拡大する膨 張」の 2 つがある。前者は、ビジネスモデルや組織、人財の質を向上させながら成長して いく。これ対して膨張は、取扱品目や社員数、展開地域などを増やして、数字を拡大させ るが、仕事の質は全く変わっておらず、生産性や収益は悪化することが多い。需要に対応 しているだけで、経営ではなく、オペレーションしているに過ぎない。マネジメントや組 織、人財の質をレベルアップさせながら、環境変化に対応できるかどうかが企業の優劣を 決する。 事業が失敗する時は、1 つの大きな誤りではなく、たくさんの小さな誤りの積み重ねによ ることが多い。高度成長時代は少々の誤りがあっても、時間が解決してくれたが、低成長 の今は時間とともに悪化するだけだ。 年数が経ち、規模が大きくなると、組織は次第に劣化していく。劣化を外部要因のせいに する人は多いが、企業が衰退するケースの多くは「些細なこと」を放置した結果だ。これ らが積み重なって内部から崩壊し、衰退への道を歩む。 組織体質の劣化を示す「些細なこと」を挙げてみる。 ・会議がやたら多い ・組織としての決定事項が徹底して実行されない ・方針やルールなどが組織全体に浸透しない ・会議等の公式の場と非公式な場での発言内容が異なる 2 ◇些事放置せず、絶え間ない改革で劣化阻止 こうした日常の「些細なこと」にこそ、経営やマネジメントの実態は現れ、その企業を象 徴する。不振に陥った企業ほど、経営が語る理念・戦略・ビジョンと、現場で起きている 事象との間にギャップがある。 時間とともに生じる組織体質の劣化は自然の理だから、これを回避するためには、絶え間 ない改革が必要になる。企業には、業績などの結果指標や会社の制度といった「見える領 域」と、組織体質や暗黙の前提といった「見えない領域」がある。この水面下の領域にこ そ、組織の抱える問題点が含まれている。重要なのは、結果指標がどのような組織の実態 から生み出されているかということだ。 多くの企業は、徐々に進行する劣化を「危機」と認識できないまま放置するか、個人の問 題として片付けがちだ。結果指標には強い関心を持つが、指標を生み出すプロセスには関 心を払わない。人財や組織体質など本質的な問題に手をつけないと、いずれ深刻な状態に 陥り、手遅れになる。戦略や制度などは簡単に作れるが、それらを実行し、成果に結びつ けるには、組織体質が大きく作用する。 次に、実在する企業 6 社の「特徴」を紹介する「表 1」。それらの企業には、どんな「社員 の意識」「支配的な空気」があるか、考えてほしい。 「表1」 特 徴 A社 B社 C社 ①世の中に対する影響力の大きい会社と社員が自負しており、「べき論」を追求することが多い。 ②ホワイトカラーの役目は「問題を解決し、周囲(社内外)を変えていくこと」という伝統がある。 ③大組織であるため、自分の主張を効果的に説得できる論理と資料が必要。 ④「資料等がポイントを抑えて簡潔にきちんとした形でまとめられている」ことが「できる奴」と評価される 代表的な例。 人を直接ほめないことが多い。「人の能力を評価すること」と「その人が作業したモノを評価すること」とは、 少々違う。「彼は評価が高い」という言い方をする。 人に関しては… ①過去の事例、社内基準をよく調査している。 ②社内の他の部との根回しを十分に行っている。 ③その上で、自分の意思、分析結果を述べており、数量的にも徹底的に詰めている。 ④社内での自分に関係ない仕事でも、年度が上の人間の仕事なら、基本的にやる。 ほめ言葉は「あの人は完璧だ」「確実で、漏れやミスが少ない」「安心して仕事が任せられる」「優秀だね /緻密だね/できる人だね」 ①すべき手順、決済、もっと言えば、社内のネゴがすべて円満に済んでいるかどうかがポイント。過去の事 例・制度を調査し、手を抜くべきところは抜き、社内で問題されそうなところはポイントを抑えておくことがで きる。そのような人物がいわゆる「完璧」な社員。 ②要領良くやるに越したことはない。苦労せずスマートに 17 時以内にすべてをこなせれば最優秀社員。 皆さんの会社の「特徴」は、どれに近いだろうか。これら 6 社に見られる「社員の意識」 「支配的な空気」を「表 2」に示す。どれが「いい」 「悪い」ではなく、どんな意識・空気 の企業が環境の変化に適応できるかという観点で見てほしい。 組織体質は、社員の意識を規定する。人は戦略や制度よりも、周囲の雰囲気の影響を強く 受けるから、「意識」や「空気」を認識しておくことが大事だ。 3 「表2」 社員の意識や支配的な空気 A社 ①個々の商売より、政策を重んじ、多少大げさに言えば、天下国家を論じる雰囲気が強い。 ②大企業だけにエリート意識とプライドも高い。 B社 ①ほめ言葉を受けるために、後ろ(過去)と上(上司・先輩)を向いてばかりいて、首筋を痛めてしまい、 前(将来)と下(後輩)が見えなくなってしまう、かわいそうな社員が出てくる。 ②上に評価されるためには、その人々と同様な発想をしなくてはならず、古い型に自らはまる必要がある (と思わせる風潮がある)。 ③「オーソドックス」であることが重視され、「ユニーク」であることが軽視されてきた。 ただし、「これではまずい」という雰囲気は少しずつ生まれている。 C社 ①新に企業の利益になるアイデアは、出にくい。出されるアイデアも、前例主義に近い。 ②仕事の手続きさえ踏めば OK という風潮があるため、時としてとんでもない提案が OK され、 すべての事業部の稼動を伴ってしまったりする。 ③手続きを踏まねばならないため、臨機応変な意思決定は不可能。 組織体質は、その企業の創業から現在までの歴史を反映し、トップが大事してきた価値感 に影響される。これまでに蓄積された成功体験と失敗体験によって、形成される。積み重 ねたものが次第に強固になって、体質となる。 戦略は、組織体質と適合した時に、最大のパフォーマンスを発揮する。革新的な戦略を立 てたとしても、 「出る杭は打たれる」風潮の会社だとしたら、実行は難しい。体質に合った 戦略でなければ、有効な打ち手とはならない。新しいことを始めた時にうまくいかない会 社は、管理者のマネジメント力ではなく、組織体質の問題である可能性が高い。既存の組 織体質を変えないまま、結果だけを求めて失敗するケースが多く見受けられる。 ◇「危機感の欠如」「その場しのぎ」が改革への障害 組織を改革するためのステップには、5 つのポイントがある「表 3」。改革の成否は、トッ プのコミットメントと本気度に大きく関わるから、トップが明確なメッセージを発する必 要がある。事務局のスタッフとは、考え方や方向性についてコンセンサスを得ておかなけ ればならない。 「現状把握」は、客観的にとらえることが大切で、感覚的・主観的な見方に 基づいてしまうと、有効な打ち手は見出せない。 「表3」 改革のステップ 1 トップと改革推進事務局間の 意志の統一とコンセプトの明確化 2 現状把握・潜在的な問題の顕在化 3 改革推進キーマンの初期値の形成 4 新たな戦略を推進しうる組織体質の 構築 5 新たな思考・行動パターンの定着化 4 組織体質の改革に当たっては、 「見える領域から変えて、目に見えないものを変える」ケー スと、「目に見えないものに直接働きかけて徐々に変えていく」という 2 つの手法がある。 前者では、制度や仕組みを変えて意識改革のきっかけとする。最初から意識改革を狙う訳 ではなく、結果として意識が変わるようにする。後者では、個々の意識に直接働きかけ、 現場で仕事する人たちが主体的に参加するための場をつくる。言うまでもなく、私たちは 後者の手法を重視している。 組織体質の改革は、1 年や 2 年では終わらない。定着には時間がかかるので、その間にマ ンネリ化して、動きが停滞することもある。いわゆる「改革疲れ」だ。改革への最大の障 害は、組織の内部に存在する。反発し抵抗しようとする矢は、陣地の後ろから飛んでくる。 障害のひとつは「危機感の欠如」。業績の低迷と社員の危機感は相関せず、成長する企業は ピリピリし、低迷する企業ほど危機感が乏しい。次に、対症療法的に問題を収拾させる「そ の場しのぎ体質」。そして、日本企業に非常に多いのだが、同質性を維持しようとする「共 同体の体質」がある。 改革案や戦略を打ち出したにもかかわらず、成果が上がらないことがある。すると、経営 サイドは「現場にやる気がない」 「実行力がない」と決め付け、現場を責める。しかし、改 革案や戦略は絵に過ぎない。お絵書きだけで何かが変わる訳ではないし、絵が正しいとい う前提で改革を進めていくこと自体が間違いだ。実行する現場に、改革案と戦略を理解さ せるプロセスがなければならない。 施策を打ち出すのは本社で、実行するのは現場の仕事という考え方は、間違っている。分 担するのではなく共有する。新しいことに取り組む時は、その意義を理解してもらうため に、繰り返し説明する必要がある。 もうひとつ大切なのが「感情」。改革を必要とするロジックはいくらでも説明できるだろう が、現場はロジックで納得する訳ではない。必要なのは「腑に落ちる」ことだ。電子掲示 板やメールにより、情報伝達は効率的になったが、意義を共有するためには文字以上のも のが必要になる。効率を追求し過ぎると、効果を失う。実行する現場には手間隙かけて説 明し、意見を聞く機会を設ける。何かを成し遂げようとする時、現場は直属の上司のやる 気、真剣度を見て動くから、現場のマネジメント力が非常に重要になる。 ◇「新戦略の実施」と「組織体質の改革」をワンセットで 事例をひとつ紹介する。従業員約 1 万人の素材メーカーで、2 年半ほど前に依頼を受けた。 事業環境の変化によって価格競争が激化し、他社との明確な差別化が図れず、収益にもか げりが出ていた。新しいビジネスモデル・戦略を模索していたが、戦略を実行し、成果に 結び付けられる組織なのかどうか、まずは状況を把握したいと提案した。戦略は、組織の 実態に適合しなければならず、マネジメントのレベルや、社員のロイヤリティ・モチベー ションによって、打ち手は異なるからだ。 5 実態把握の提案は受け入れられ、改革をコーディネートすることになったが、調査の概要 を「表 4」に示す。組織単位・役職単位のマトリックスで調査した結果、①本部と現場と の間における温度差と距離感の存在、一体感の欠如 ②情報の流れと意思疎通の悪さ ③事 業方針や施策に対する理解・共感の欠如 ④短期の成果・結果重視といった旧来の延長線上 に終始するマネジメント-という実態が浮かび上がった。 「表4」 企業実態把握調査_領域例 ①経営施策の 浸透状況 ②組織体質の 状態 会社の方針・方向性・ 戦略などの理解と運用の状態 A 社 の 実 態 ( 現 状 ) ③マネジメントの 状態 組織の成果や活性化に 影響を及ぼす役職者の マネジメントの状態 情報の流れや変化への対応 組織内の開放性や決定 事項の遵守度など ④社員の状態 会社・仕事への満足度や、 価値観、意識の状態 ⑤課題認識 会社や事業、仕事等について 課題と感じること など 組織体質を象徴するのは「危機感の欠如」「閉鎖的組織体質」「無責任構造」で、こうした 状況下で新しいビジネスモデルを浸透させていくのは非常に難しい。だから、最初に組織 体質の改革に取り組んだ。3 年計画の全体像を「表 5」に示す。新しい戦略の実行に当た っては、組織体質・意識改革をワンセットで行うことが重要だ。 「表5」 取り組みの全体像 1年目 改革に向けた キックオフ の 本 質 の 明 確 化 A 社 の 実 態 把 握 と 課 題 経営層・全管理職参加 マネジメント 組織体質の改革 2年目 3年目 戦略構築 プロジェクト 戦略の実行 ・展開の支援 マネジメント・ 組織体質の 改革継続実施 マネジメント・ 組織体質の 改革継続実施 PDCA 一年間の 取り組み課題 の決定 ✔ 管理職のマネジメント 組織体質は改善したか ✔ 取り組み課題は実行されたか 最後に、企業経営の本質的なテーマ 2 つを挙げておく。 1. 人が企業を作り、企業が人を作る。 2. どんな立派なシステムも仕組みも、それを考え、運用していく人間を超えること はできない。 6
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