成長を続けるシンガポールの観光業

ASEAN 街角事情
第一回
成長を続けるシンガポールの観光業
常陽銀行 シンガポール駐在員事務所
本号より5月号と11月号に、常陽銀行シンガポール駐在員事務所の執筆による「ASEAN街角事情」を
掲載します(連載中の「上海街角事情」は、引き続き2月号、8月号に掲載します)。
ASEANは、1967年、ベトナム戦争を背景に、東南アジアの政治的安定、経済成長促進等を目的に設
立され、現在はインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、
ラオス、ミャンマー、カンボジアの10か国が加盟しています。
「ASEAN街角事情」では、成長を続けるASEAN諸国の産業の動向や、衣食住・娯楽等の日常生活に関
係した情報等を、現地から報告いたします。
1.シンガポールの概要
シンガポール共和国は1965年にマレー
シアから独立し誕生しました。独立後は
アジアのハブ機能を果たすべく、経済面
を中心に様々な国家戦略が展開され、驚
異的な成長を遂げました。2013年の1人
当たり名目GDP(国内総生産)は55,182米
ドルと日本の38,492米ドルを大きく上回っ
ています(世界銀行データ)。
シンガポールは「ガーデンシティ」と
評される緑豊かな都市環境、世界的に高
い評価の港湾・空港インフラ、一流ホテ
ルの集積、英語の普及、治安の良さ等の
様々な魅力を持つ都市国家として、世界
のビジネス客や観光客から高い支持を得
ています。
シンガポールの象徴「マーライオン」
2.シンガポールの観光
⑴ GDP の 6.7%を占める観光業
シンガポールの成長を支える主要産業の一つが観光業です。2013年のシンガポールの年間観光客数は
1,560万人、観光収入は235億シンガポールドル(約1兆9,035億円)となっています。また、2012年の観
光収入はGDPの6.7%を占めています。
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<シンガポールと日本の観光データの比較>
人口及び 1 人当り GDP
(2013 年)
年間観光客数
(2013 年)
GDP に占める観光収入割合
(2012 年)
シンガポール
540 万人
(55,182 米ドル)
1,560 万人
6.7%
日本
12,730 万人
(38,492 米ドル)
1,036 万人
1.9%
2000年以降のシンガポールへの海外からの観光客数の推移を見ると、2003年に重症急性呼吸器症候群
(SARS)が流行した影響により大きく落ち込んだものの、2004年以降は好調な世界経済を背景に増加に
転じ、2007年には1,028万人と初めて1,000万人を超えました。
しかし、2008年は、リーマンショックを契機とした世界不況の影響により1,012万人(前年比1.6%減)
、
続く2009年には新型インフルエンザの流行も重なり、968万人(同4.3%減)となり、2年連続で前年を
下回りました。
その後、世界経済の回復や観光施設の新設等を背景に、2010年は1,164万人(同20.2%増)と反転し、
以降は過去最高を更新し続けています。
なお、2013年の国・地域別来訪者数を見ると、最も多いのはインドネシア308.9万人、次いで中国
227.0万人、マレーシア128.1万人と続いており、日本は8位で83.3万人となっています。
<シンガポールの海外観光客数と観光収入の推移>
250
2,000
観光客数(万人)
観光収入(億シンガポールドル)
223
1,600
230
235
200
188
1,200
124
101
800
91
98
88
148
155
150
126
109
69
400
0
769
752
757
2000
2001
2002
894
975
1,028
833
2004
2005
2006
2007
1,012
1,164
1,317
1,450
1,560
968
100
50
613
2003
2008
2009
2010
2011
2012
2013
0
⑵観光客の増加に寄与している「統合リゾート」
シンガポールの観光の成長は特徴を持った観光資源の開発によって支えられてきました。現在の主な
観光資源として、世界初の市街地ナイトレースとして2008年から開催されているF1グランプリ、カジ
ノ施設を核とする複合施設「統合リゾート(IR: Integrated Resort)
」、世界最大級の豪華客船が停泊可
能な「マリーナ・ベイ・クルーズ・センター」、総面積が101haもある「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」、
アジア初の「川」がテーマの動物園「リバー・サファリ」等があります。
特に最近の観光客数の増加に大きく貢献しているのが、2010年から営業を開始した統合リゾートです。
統合リゾートでは、カジノ施設に加え、ホテル、レストラン、ショッピングセンター、MICE i 施設等が
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一体となって運営されています。
現在、シンガポール国内には、「マリーナ・ベイ・
サンズ」と「リゾート・ワールド・セントーサ」と
いう2つの統合リゾートがあります。両リゾートの
2013年の売上高合計は5,238百万米ドルとなってお
り、うちカジノの売上高が約8割を占めていると言
われています。
夜開催の F1 シンガポール GP
<「マリーナ・ベイ・サンズ」と「リゾート・ワールド・セントーサ」の概要>
名称
マリーナ・ベイ・サンズ
リゾート・ワールド・セントーサ
開発運営会社
ラスベガス・サンズ
ゲンティン・シンガポール
15.5ha
49.0ha
展示会・会議来訪者、観光客
レジャー・ファミリー客
ホテル、博物館、映画館、ショッピングモー
ル、カジノ、コンベンション施設等
ホテル、水族館、
「ユニバーサル・スタジオ・
シンガポール(USS)
」、ショッピングモー
ル、カジノ、コンベンション施設等
2,968 百万米ドル
2,270 百万米ドル
開発面積
主な対象客
施設
売上(2013 年)
外観
⑶国主導によるカジノ、統合リゾート導入
シンガポールでは、イギリス植民地時代の1829年以降カジノが禁止され、独立後もカジノ導入の話が
度々浮上したものの、その都度立ち消えとなっていました。しかし、1997年のアジア経済危機、2003 年
のSARSの影響で観光収入が大幅に減少したことをきっかけに、カジノ導入の議論が再燃しました。カ
ジノ導入に関して国内の意見が二分しましたが、2005年4月、リーシェンロン首相の政治判断で、国主
導によるカジノ及び統合リゾートの導入が決定しました。
2013年のシンガポールのカジノ売上高は世界のカジノの中で、マカオ、ラスベガスに次いで第3位と
なっています。また、カジノの導入が観光分野での国際競争力の強化や雇用創出等、様々な経済効果を
もたらしています。
一方で、シンガポール政府は、カジノを運営する民間事業者が犯罪に関与せず、公正な運営をするよ
う、2006年にカジノ管理法(Casino Control Act)を制定し、カジノ運営ライセンス権、マネーロンダリ
ング対策、機器業者の管理を行っています。
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また、ギャンブル依存症患者対策として、国民に対するカジノ入場税(100シンガポールドル/日また
は2,000シンガポールドル/年)、排除プログラム、メディアでの広告規制、入場の年齢制限、ギャンブル
依存症国民協議会の設置等を実施しています。
⑷観光施策を主導するシンガポール政府観光局(STB: Singapore Tourism Board)
シンガポールの観光施策を企画し、推進しているのは、シンガポール政府観光局(STB)です。STB
では、ASEAN諸国に加え、欧米や日本、最近ではオーストラリアやインド等をターゲット国として、各
国のニーズを捉えたプロモーションを展開しています。
また、ビジネス、レジャー、サービスの各分野において、次のような取り組みを行っています。
①ビジネス分野
MICE の誘致のため、優遇制度を設けています。優遇制度の対象はイベント開催費用に対する助成
から、外国からの招待客に対する出入国手続きの簡易化まで幅広く、数多くのイベント等で活用され
ています。
②レジャー分野
旅行形態がこれまでの団体旅行中心から個人旅行中心に変化していることを踏まえ、「自分だけの
シンガポール」を体験できるように、インターネットを通じて、多様な旅行情報を提供しています。
③サービス分野
教育や医療からエンターテイメント施設、豊かな自然を楽しめる施設整備を行っています。
STBでは、こうした取り組みとともに、観光業界向け基金の設置やインフラ整備、重点分野に関連し
た大規模なイベント、旅行商品の開発等を支援しています。
これまで見てきたように、シンガポールは狭い国土や少ない資源にもかかわらず、東南アジアの中心
という地理的優位性を生かし、海外からの多くの観光客獲得に成功しています。STBが策定した
「Tourism 2015」では、2015年における海外観光客1,700万人、観光収入300億シンガポールドルを中期目
標として掲げています。この目標を達成できるかどうか、観光立国を目指す日本を含めた世界が注目し
ています。
〔参考文献〕
・自治体国際化協会(CLAIR)シンガポール事務所「シンガポールの観光政策」
・日本貿易振興機構(JETRO)「シンガポール経済の動向」
・「Singapore Yearbook of Statistics 2013」
・「Annual Report on Tourism Statistics 2013」
・「Tourism 2015」
〔参考ウェブサイト〕
・シンガポール政府観光局:http://www.stb.gov.sg/
・シンガポール統計局:http://www.singstat.gov.sg/
i )MICE:企業等の会議(Meeting)
、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う
国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字のことであり、多くの集客交流が
見込まれるビジネスイベントなどの総称。
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